●リプレイ本文
●少女リリー
少女のいる町は森に囲まれた緑豊かな平穏な所であった。近くに軍事基地も無ければ、バグア軍と交戦した痕跡もない。このような平穏な町にキメラが出現したとは、にわかに信じられない。
「少女と馬の友情なんて浪漫のある話ですのね。でも危険なキメラだとしたら退治しないといけませんわ」
防具を身に着けず、普段着の黒ドレスを纏ったミリハナク(
gc4008)は微笑みを湛えながら、そう呟いた。
「戦うだけが、騎士ではないわ」
神妙な面持ちの神楽 菖蒲(
gb8448)は、ミリハナクをたしなめるように言って聞かせる。
「ただ力を持って倒すだけならば、それはバグアと同じ‥‥。人々に希望を与え、子供の夢を守るのが私たちの仕事だと思いますから‥‥」
瞳を閉じたシエラ(
ga3258)は、白杖を頼りに歩きながら、自分の考えを述べた。
「単に討伐すれば済む話じゃないからな‥‥難儀な依頼だねぇ」
那月 ケイ(
gc4469)は苦笑いを浮かべながら、三人のやり取りに応える。
傭兵達は少女の家を訪れると、母親が感謝しながら出迎えてくれた。だが、その表情は不安に暗く沈んでいるように見える。そして、傭兵達に今回の事柄と心境をゆっくりと話し始めた。
「娘がよく遊びに行く花畑で、キメラに襲われたんです。娘は大人しくていい子だって、言うのですが私にはそのようには見えませんでした。瞳を真っ赤にして、襲いかかってきたんです」
母親はこれ以上言うべきか迷っていたが、覚悟を決めて傭兵達を正面から見つめてくる。
「実は、夫‥‥あの子の父親は、遠出した時にキメラの被害にあって亡くなってるんです。娘には事故で亡くなったと伝えてありますが、私はキメラを優しいものだと思う事は出来ません。娘も夫のようになってしまったらと思うと、心配で心配で‥‥」
母親はそこまで言うと、それ以上何も言わなくなってしまう。その時、タイミングよく少女が姿を現した。
「おかーさん! この人たち誰? お客さん?」
無邪気で人を疑うという事を知らない少女が、小首を傾げて傭兵達を見つめる。
「そうよ。あなたのお友達に会いたいんだって。それより、挨拶は?」
母親の言葉に少女はハッとする。
「こ、こんにちは。おねーちゃん達におにーちゃん。私はリリーって言います!」
リリーと名乗った少女は、元気よく傭兵に対して挨拶した。
「こんにちは。今日はよろしく」
シクル・ハーツ(
gc1986)は微笑みながら挨拶すると、リリーの頭を撫でる。少女は気持ちよさそうに目を細めた。
「リリーさん、こんにちは」
金刀比羅 双葉(
gc4176)もリリーと挨拶を交わす。
「みんなも白馬さんに会いに来たのね! 会えばあの子がいい子だってわかるから!」
リリーは何のために傭兵が来たのか、詳しく知らない。そんな彼女に母親は、白馬をどうにかしてもらう為に呼んだ事を告げた。
「え‥‥? みんなは、白馬さんをいじめに来たの?」
不安そうに訊ねるリリーに、シエラは柔らかな表情を見せて安心させるように努める。
「‥‥お友達がお母さんに怪我をさせてしまったのも、その大声に驚いてしまったか、あるいは単純に、貴女を困らせるものを許せなかったのかもしれません。とりあえず、もう一度会ってみましょう」
自分と同じくらいの年齢の少女に、リリーの強張った表情が若干和らいだ。
「このままだと、あなたの友達の白い馬を倒さないといけない‥‥だから、あなたの友達が危険じゃないって証明して欲しい。そうすれば、倒さなくても済むかもしれない」
シクルからの説得もあり、リリーは覚悟を決めて、口を開いた。
「私が、白馬さんを説得する! だから、一緒に連れてって! あの子がいい子だって、証明してみせる!」
リリーの要求を、傭兵達は受け入れる。元々、捕獲し別の場所へ運ぶつもりであった事を告げた。
「私達は危険が及ばない限り、白馬に攻撃しないと約束するわ。その代り、リリーも私達の言う事を守ると、約束して?」
菖蒲はリリーの目を見て、約束を交わす。リリーも頷いてその約束を受け入れた。
「目的は一角獣の捕獲か住処の移動。その為に一角獣と会ってこちらの意思を伝えてほしいんだ。このままじゃ、リリーも、お母さんも危険にあうかもしれない。場合によっては、その、一角獣を倒すことになるかもしれないんだけど‥‥、武器を使わずに済むならそれが一番なんだ。俺達にとっても、な」
少し緊張していたリリーに対して、ケイは視線を合わせて丁寧に自分たちの意思を伝える。ケイの気持ちが伝わったのか、リリーに再び無邪気な笑顔が戻った。
「キメラの事、どうかよろしくお願いします」
母親の願いを受けて、傭兵達はリリーと共に一角獣捕獲に出かける事となった。
●一角獣捕獲作戦
傭兵達はリリーと共に談笑を交わしながら、森の奥にあるという花畑を目指していた。
「私もそのお友達に‥‥会ってみたいです」
リリーが楽しそうに一角獣との出会いを語るのを聞いて、白杖を頼りに歩くシエラが相槌を打つ。リリーの隣には、手を握った菖蒲が歩いていた。ケイは一緒に行動しているものの、少し距離を取って歩いている。
「友達‥‥か‥‥」
リリーから少し離れた場所を歩くシクルが、ぽつりと言葉を漏らす。その胸中では、自分の友人が殺された時の記憶が蘇っていた。
森を歩く事十数分。目的の花畑に到着する。色取り取りの花が咲き乱れる花畑は、そこだけ別世界のように幻想的であった。
「故郷にも‥綺麗な花畑がありまして‥‥。よく、母と一緒に行ったものです‥‥。ああ‥‥
目には見えませんが‥‥風と花の香りは、よく似ている気がします」
シエラは胸いっぱいに息を吸い込むと、花々の甘い香りを感じる。
「それじゃあ、白馬を誘い出しますわよ」
ミリハナク、リリー、シエラの三人は花畑で白馬を誘い出す事になった。
菖蒲はリリーの手を放す前に、視線を同じ高さに合わせて語りかける。
「白馬の捕獲が第一目標ですが、相手はキメラ。捕獲は困難を極めると思う。リリーは白馬を友達だと思っているみたいだけど、お母さんを襲った事を忘れないで。私達を見た時、同じような行動に出る危険性もあるの」
リリーはその言葉を受けても、強い意志で菖蒲を見返していた。菖蒲は少し安心して、リリーの元から離れる。ケイも菖蒲の後に付いて離れていく。リリーの視線を感じたケイは笑顔を作って、そちらを見た。
「あまり相手を刺激したくないからね」
リリーを安心させて、ケイは5m程度離れた木の陰に姿を隠した。
シクルはある程度三人から距離を取り、姿を隠す。白馬が現れた時、すぐに退路を断てるよう準備しながら、花畑で待機するリリーを眺めていた。
「こんな小さな子に私のような思いはさせたくない‥‥でも‥‥」
少女の友達は、友人を殺したバグアの兵器であるキメラ。自分はどうするべきなのか、悩む事しかできなかった。
その頃、双葉はスナイパーライフルを背負って、狙撃ポイントを探していた。何処から現れるか分からないが、リリーの近くに姿を見せる事は分かっている。それを踏まえて射程ギリギリの場所を探していた。
(「夢は夢のまま、終わらないコトの方が、圧倒的に多いのは解ってるんですけどね」)
花畑で笑っていた少女の姿が、自分の幼少期の姿が重なる。その頃の思い出が蘇り、少し心配に思ってしまうが、気を取り直して任務に集中した。
準備が整い、白馬を誘い出し始めてから、三十分が経過した。ついに一角獣が森の奥から姿を現す。その姿は報告にあった通り、白馬の額からは螺旋を描くような長い一本の角が生えていた。そして、顎には牡ヤギのような長い髭が蓄えられていた。それは、伝承にある一角獣の姿に酷似している。
だが、それがキメラである事を傭兵達は感じ取っていた。幾度となくキメラと戦ってきたからこそ、分かる事である。
リリー達の説得が始まる。
「こんにちは。白馬さん。今日はあなたに会うために、お客さんが来ているの」
リリーは一角獣に優しく語りかける。今のところ、大人しく人懐っこさすら感じた。
「ごきげんよう、お馬さん。私とも友達になってくださるかしら?」
ミリハナクは笑顔で、一角獣に問いかける。一角獣の様子は満更でも無いようだった。
「私とも‥‥お願いします」
無表情ながらに、少し笑みを帯びた顔でシエラは一角獣へ語りかける。一角獣の様子から、捕獲は成功するかに思われた。
美しい花畑に現れた、一角獣は幻想的で絵本の一ページのようであった。
「あれが‥‥まるでお伽話のようだな‥‥」
その光景に退路を断つために移動するシクルの口から感嘆の言葉が漏れる。ポジションに着いたシクルは、説得する三人を眺めながら祈るように胸の前で手を組んだ。
「頼む、成功してくれ‥‥」
その瞬間、シクルは背後からもう一つの気配を感じ、振り向くとそこにはもう一匹の一角獣が存在した。だが、その一角獣は瞳を真っ赤に光らせ、シクルに向かって体当たりを仕掛けて来る。
「くっ‥‥」
シクルはかろうじてその攻撃を避ける。だが、一角獣はそのまま花畑の三人に向かって駆け出していった。
花畑にいた三人は、説得に夢中で一角獣の接近に気付かない。
「ここは、私が引き受ける!」
危険を察知した菖蒲は、突進する一角獣の前に立ちはだかると、その攻撃を受け止めた。体当たりの衝撃はたいしたことはなかったが、鋭い角が防具の隙間を縫って突き刺さる。
「おねーちゃん!」
「平気よ。お姉さんは騎士だから」
菖蒲はそういうものの、リリーはショックを受けているようであった。そして、説得を受けていた一角獣も菖蒲の姿を見て興奮し始める。
「落ち着いて! あなたはそんな子じゃないでしょ!」
少女は説得を続けるものの、一角獣が落ち着く事はなく、ついに瞳が真っ赤に変色してしまう。暴れ始めた一角獣は、油断していたシエラとミリハナクを攻撃し、ダメージを与え、次に長い角をリリーへ突き刺そうとした。
「リリー! あぶねぇ!」
ケイは瞬間的にボディーガードを発動させると、呆然と立ちすくむリリーに覆いかぶさる。そして、一角獣の長い角がケイの背中に突き刺さった。
「おにーちゃん!」
「くっ! 大丈夫か?」
盾になりながらも微笑むケイの姿に、リリーは自分の過ちに気付く。自分の我儘で沢山の人が傷ついていた。これ以上、そんな所を見たくないリリーは覚悟を決める。
「お願いっ! この子達を止めてっ! おかーさんの言った通り、人を襲う危険なキメラだったの!」
リリーの悲痛な叫びが花畑にこだました。
●キメラというモノ
捕獲作戦は失敗に終わり、リリーの要望により討伐作戦へと移行した。
「いたた、ひどいことしますのね」
活性化によって、受けた傷を一瞬にして回復させる。
「援護するぜぇ!」
ケイの援護射撃を受けたミリハナクは、覚醒によって黒く染まった両手でスカートの中に隠しておいた武器を取り出し、すぐさま振るう。ステュムの爪で足を引っ掻くと、次はハミングバードに両断剣を乗せた。だが、止めには程遠く、息の根を止めるには至らない。
その隙にケイが拳銃を撃つが避けられてしまう。
後方にいたシクルは抜刀・瞬によって、瞬時に風鳥を抜き去るとキメラに向かって駆け寄る。
「なんで‥‥」
キメラの退路を塞ぎながら、二匹のキメラの足元を切り裂いた。
「Einschalten.」
シエラはその呟きと共に瞳を開くと、瞬時に覚醒する。そして、手にした武器で説得をしていた一角獣に止めを刺す。
「リリー‥‥ごめんね」
菖蒲の腕の中にいるリリーに向けて謝罪の言葉を呟くが、その言葉は誰にも届かなかった。
菖蒲はリリーを抱いたまま、数発発砲するがリリーを守る事に専念する。
遠方で様子がおかしい事に気付いた双葉はキメラへの狙撃を開始する。
(「一瞬の判断ミスが‥‥命取りですね」)
最大限に集中した状態で、双葉は引き金を引く。遠くのキメラの姿がぶれたので、命中したことが確認できた。
双葉は口を閉ざしたまま、次の狙撃の準備へと移る。
更に荒ぶる一角獣は、周囲を囲む傭兵達に角による攻撃を加える。菖蒲は角を受け止め、ダメージを抑え、シクルは華麗に回避し、ミリハナクは攻撃を受け止めた際に軽いダメージを負う。
そこに双葉からの第二射が訪れ、一角獣の動きが鈍る。その隙にミリハナクはハミングバードに両断剣を乗せて振り下ろした。
「これで、楽にしてあげますわ!」
勢いの乗った一撃が一角獣を両断すると、そのまま息絶える。
「ごめん。こうする他ないから」
凄惨な花畑を見せないように、菖蒲はリリーを強く抱きしめた。
●新しい友達
花畑にはリリーの泣き声だけが、響いている。
「ごめんなさい! 私の我儘で、みんなに迷惑かけちゃった! 私が、友達だなんて勘違いしたから‥‥」
リリーはそう言うものの、その涙には亡くなった友達への悲しみも含まれていた。
ケイはどう声をかけていいか分からず、ただ見守る事しか出来ない。
「‥‥ごめんなさいね」
ミリハナクの謝罪は、誰に向けられたものなのか、分からなかった。
「すまない‥‥助けてあげられなかった‥‥」
シクルは泣きじゃくるリリーを抱きしめながら謝る。その抱きしめる腕は、かすかに震えていた。
「本当に‥‥ごめんね‥‥」
シクルの口からは、いつもの強めの口調とは違い昔の穏やかな口調がこぼれた。
シエラ、菖蒲はその様子を黙ってみている事しかできなかった。
「白馬を埋葬しましょう。人である私達だからこそ、行えることだと思います」
スナイパーライフルを背負った双葉はそう言いながら、合流を果たす。そして、リリーを含め、その場の全員が双葉の提案を受け入れた。
傭兵達は花畑が良く見える森の中に、キメラを埋葬してやった。墓石として手頃な岩を二つ並べてやる。
「安らかに‥‥眠って下さい」
シエラは墓石の前で手を合わせて冥福を祈る。それに合わせて仲間も合掌して冥福を祈った。双葉と菖蒲は花畑に咲いていたユリの花を墓石の前に供えた。
「白馬さん、ゆっくり休んで下さいね‥‥」
一通り泣いたリリーは落ち着きを取り戻して冥福を祈る。そして、墓石に向かって報告する。
「あなた達とはお別れになっちゃたけど、新しい友達が出来たから寂しくないよっ!」
リリーは以前の無邪気な笑顔で傭兵達を見回した。
「私の我儘に付き合ってくれた優しいおねーちゃん達と、おにーちゃんがいるの!」
傭兵達は一堂に頷いて少女の友達である事を肯定する。
「今日は、本当にありがとう! もし、みんなが来てくれなかったら、大変な事になってたです」
少女は頭を下げて傭兵達に感謝を表す。傭兵達はリリーの手を取り、家までの十数分を一緒に歩いて行った。