●リプレイ本文
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タイは牡羊座がかき回していった。だが、戦火は去り、現在は、すこしづつ復興に向かっている。その手助けにと思ったのだけれど、宵藍(
gb4961)は、本部のモニターに映し出されたキメラの映像を見て、軽く溜息を吐く。
「ランブータン型キメラって‥‥やっぱりバグアってよく分からん」
「パーム椰子農園‥‥って、2月に行ったのと同じところかな?」
地域はタイ南部。その文字を目にして、大泰司 慈海(
ga0173)は僅かに顔を曇らせる。未だ、キメラは頻繁に出没しているのだろうかと。
「あれからもう半年近くか、農園の復興どのくらい進んだんだろうな」
お。
そんな感じで依頼を目にした三間坂 京(
ga0094)は、前回の爆撃後のパーム農園を思い出すと、ふっと表情を緩めた。
(「‥‥て事は、報酬は椰子の実ジュースか」)
現地の空気を感じて飲むあれは美味しかったと、京はモニターを眺めて頷いた。
「長い時間をかけてたどり着いた平和を壊させはしないさ」
関連依頼の表示が多い。軽く確認する。復興は戦いよりも時間がかかる。その積み重ねを思い、天空橋 雅(
gc0864)は、しっかりと頷いた。
「場所が場所だからね、それなりの準備させて貰うかね、くっくっくっ‥‥」
くっと、眼鏡の位置を直すと、錦織・長郎(
ga8268)は、その場所にまつわる様々な思いを纏め上げる。
(「『彼女』がこの国をどう扱いたかったか、その心情は思い測れないままであろうが」)
タイ近くの海上に吹き上がる水柱が、脳裏を過ぎる。
あれから随分と時間が経った。
牡羊座の最後を見届けた1人として、タイが良き未来に続けるような手助けのひとつとなればと。
続々と集まる傭兵達から離れて、ロジー・ビィ(
ga1031)は紫煙をくゆらせる。
どうしても、タイと聞けば足が向く。
復興は着々と進んでいるようで、喜ばしい限りだ。
能力者の協力ももちろんあるが、そこに生きる人々の力が大きい。
深い溜息を紫煙と共に吐き出す。
何時までも心を苛む事がある。
(「この状況に追い込んだ責任の一端は間違いなく、あたし達‥‥」)
軽く首を横に振り、細く長い指が煙草をもみ消した。
「あたし達は出来る限りのことをやるしかないのですわね‥‥」
タイはもう過去を振り切って前にと向かっているのだから。感傷は不要だ。
風が髪を撫ぜて吹き抜ける。
「‥‥いい風が吹きますね。来てよかった」
本国の蒸し暑さを思い出し、和泉 恭也(
gc3978)はくすりと笑った。
「さて、しっかりと油断せずに参りましょう」
現地に到着すると、空は黄昏ていた。
「さて 収穫の時間だ、はりきっていこうか」
小銃S−01の点検をしていたクティラ=ゾシーク(
gc3347)が、その複雑な色を浮かべた空模様を眺めて、笑みを浮かべた。
ランプータン退治が始まった。
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囲みの入り口から、能力者達は2班に分かれると、進み始める。
京は、前回と今回の状況の差異を出来るだけ詳しく聞いてきていた。封鎖区域には、爆撃の跡、新しく植えたパーム椰子の木がある場所が一箇所。他は、変わりなく。
「‥‥この時間なら双眼鏡より肉眼のが信用出来そうだな。あ、それと、植樹したばかりの所で戦うのは避けようか」
根も土も柔らかいはずだ。ならば、1mもあるランプータンを突進させるのはあまり良いとは言えない。懐中電灯を点すと、タバコを胸にしまう。
んじゃあ、左回りに回ろうかと、仲間達に軽く手振りを示す。
慈海がキーライトで周囲を照らすと、
「ふむ。ローラー作戦というわけだね」
蛇眼がパーム椰子の合間をじっと見る。長郎は、周囲を確認しつつ慈海を背にするように歩いて行く。
燃え上がるかのような瞳、鉛色の肌。クティラは、ライトシールドを構えて椰子の合間を覗き込む。長郎が足を止める。
「何か聞こえないかね?」
「だな。来るぞ」
薄闇に、京は目を細めて、すでに戦闘態勢に入っている。ほんのりと赤く酔いの回ったような慈海が、満面の笑みを浮かべる。
「クティラちゃん限定で援助の手〜っ☆」
「? ありがとう。‥‥2体か‥‥椰子の木を傷つけたら、後が怖いからな」
ダメージ軽減を自らに施していたクティラは攻撃力を上げて転がってくるランプータンに狙いを定める。木々の合間をぬって出現したのは2体のランプータン。
慈海は、援助の手を向けた後に、接近する距離を測る。接近したら弱体化させようと隙を狙う。
銃弾の音は普段と変わらなかった。
クティラは、吹っ飛んだキメラに目を丸くする。
慈海の援助の手の入った攻撃は、一撃でランプータンを無効化させる。
おやおやと、その攻撃を見ながら、長郎は超機械シャドウオーブをキメラへと向ける黒いエネルギー弾が向かう。それと同じくし、京がキメラへと瞬時に迫っていた。ディガイアが低い軌跡を描いて、もさもさとしたキメラの殻へとざっくりと入った。
右回りへと向かっていた仲間達も、複数のランプータンに遭遇していた。
ごろんごろんと転がってくる、3体のキメラ。
「動いてくるぞ、気をつけろ」
真紅の輝きをまとう雅は、スパークマシンαを構える。仲間達に、次々に強化を施して行く。
「1mってサイズは微妙だよな‥‥ランブータンにしては巨大だが、キメラではそうでもないし」
【OR】装着式LEDライトに照らされたキメラを見て、宵藍は、小さく溜息を吐く。確かに、大きくは無いが、数をそろえて迫られると、何ともイヤな状況になりそうだった。
鮮やかな瑠璃色の双眸がキメラを捕らえ、月詠を構える。
「早々に退治してしまえばいいか!」
力を乗せたその刀身が、ランプータンの動きを止めた。ざっくりと入った刃は、そのまま綺麗な軌跡を描いて引き抜かれ。
甘い香りがふあんと漂った。
「挟撃というより、横並びの突進ですね」
前方に位置していた恭也もキメラに対峙していた。血涙を流したかのように、双眸に赤い筋が浮かび上がっている。
「潰します」
にこりと笑い、エルガードでもさもさを受け止めると、鉄扇を叩き落とす。
「‥‥」
何時もの、ころころと笑う笑顔はそこには無い。蒼い闘気がロジーを包む。背にはその闘気が羽のように広がっている。瞳は硬質な紫へと染め変えられ、二刀小太刀花鳥風月の片太刀で、キメラを止めるように攻撃し、そのまま、もう一方の太刀がさっくりと断ち割った。
盾にかかる重さがじりじりと恭也を押す。
だが、押す力は弱まっている。
何度目かの鉄扇が、振り下ろされれば、不意に、圧力が消滅した。
キメラの命が尽きたのだ。恭也は、軽く息を吐く。
「あなた方に直接の恨みはありませんが‥‥ってべたべたしますね」
鉄扇から滴る、甘い香りに、やれやれといった笑みを浮かべた。
「怪我は無いか?」
大丈夫そうだったがと、雅が仲間の状態を見て声をかけ。
程なく、キメラは退治された。
「他に居ないか見てくるな」
宵藍はもう一度、ぐるりとフェンスの中を確認しに走って行った。
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機嫌良さそうに、傭兵達へとソッドがジュースを配ってくれた。
椰子の実ジュースの冷たさが、プラスチックのラージサイズカップから手に伝わる。
日が暮れれば、暑さは弱まるとはいえ、まだ暑い。
手に冷たい水滴が沢山つくが、それがまた美味しそうに思える。
のど越しが冷たく、戦いの後の一杯に長郎は満足そうに笑みを浮かべた。
「美味しい‥‥」
カップを両手で抱えたロジーが口元をほころばせる。
「半年ぶり? やっぱりまだキメラ、たくさん出るのかな?」
慈海がジュースを飲みつつ、にこりと笑えば、ソッドが頷く。
「まあな。だが、まあ、あん時に比べりゃ、出るヤツもこんなだし、数もうんと減ったなあ」
幾分か、ソッドの話す雰囲気が柔らかい。
そっか。と、慈海は嬉しそうに頷いた。
今のタイの様子はどうかとロジーが問えば、雇用は相変わらず不調だが、食うには困らなくなってきていると、にやりと笑われた。これからのタイについて問えば自分達一般人は、とりあえず経済復興が目標だなと、からからと笑われる。王様や議会は、積極的にバグアへと対応するように力をつける事を画策しているようだがとも。
「椰子の実ジュース、初めて飲んだけど美味いな」
タイの情勢を聞きながら宵藍が思わず目を見張る。
ジュースは甘ったるいのかと思えば、意外にさっぱりと飲めて恭也も笑みをこぼす。
「うん、美味しい」
「だろ」
変わらない味に、満足そうに京は頷くと、ふと顔を上げた。
「そういや、ランプータン」
「あ、食べて‥‥みようか?」
宵藍と京が、くるりと転がっているランプータンへと顔を向ければ。
「当然、食べるんだろう? ランプータン、意外といい香りしているよ 美味そう」
椰子の実ジュースを飲み干したクティラが、口の端を上げて笑みを浮かべた。
「青空もいいが、この星空もまた良いな」
夕暮れから、紫の帳が下りて、南国の夜空に、沢山の星が見える。
街中では、明かりに消されてしまう星が、降るように瞬き始めるのを雅は嬉しそうに見上げる。
ランプータンを解体しはじめた仲間達を目の端に入れながら、雅は星空に誘われるまま、歩き出す。
そんなに歩かないうちに、トラックの接近音に気がつき、超機械を構えて身構えると、どうやらタイの南部兵士のようだった。キメラ回収に来ましたと運転席から、人の良さそうな顔が見える。
「何だ。あんまり驚かせないでくれ。そのキメラなら、向こうで試食中だ」
どうもと、頭を下げて、降りてくる兵士達と共に、歩きながら、また仲間達の下へと。
「ここで会ったのも何かの縁だろう」
そう、雅は笑う。
ですねと、笑い声が返ってくる。
「こちらでは南十字星が良く見える」
88星座の中でも一番小さく、けれども、揺るがない指針を示すその星座を見て、雅が目を細め。
「あっ!」
やって来た面々を見て、慈海は知った顔を見つけると、ぶんぶんと手を振った。
王弟ムアングチャイの姿を見つけたのだ。彼からも軽く手が振られる。
ソッドに5人の兵士のリーダーが確認を取っている合間、長郎はその様変わりしたムアングチャイへと、軽く会釈をすると、そのまま踵を返す
互いに、それ以上は踏み込まないのが良い事を知っている、何より、彼らはキメラの掃除という軍務で来ているのだ。長郎のその会釈ヘ、好意を持ったお辞儀が返されていた。
「先の件では失礼ばかりを致しました。閣下‥‥どうぞお許し下さい」
ムアングチャイを見つけて、謝意を示そうとしたロジーだったが、渋面を作られる。
軽く促されると、南部兵から離れた場所へと引っ張っていかれた。
「現在の処遇、聞き及んでおります。どうか閣下とタイに幸在れ‥‥と」
「貴方にも感謝をしています。‥‥もう会うこともないでしょう。お元気で」
丁寧な口調で、ロジーへと返答すると、ムアングは仕事に戻りますのでと、丁寧な敬礼をし、南部兵の下へと戻って行くのを見送った。
手伝うよ〜と、南部兵に混じってキメラを片付けにかかった慈海に、これはこちらの仕事! と、笑われて追い払われそうになるが、手伝っても大丈夫そうな雰囲気を感じ取って慈海はにこにこと片づけを手伝う。
「食べてないヤツはいるか〜っ?」
切り分けたランプータンを京が南部兵も、農場の人も、仲間達も分け隔てなく配って回る声が響いている。
「缶詰にはない甘さと爽やかさがありますね。うーん出来ればいくつか買って帰りたいですけどこの様子だと痛みも早そうですし‥‥」
恭也は、真剣な顔でお皿とにらめっこ。
南部兵達が片付けるのは、そのもっさもさの殻だけという事になりそうな勢いで、沢山の笑い声が響いていた。
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海を見渡せる場所へと出ると、長郎は軽く口の端を上げる。
手にしているのは火炎樹の花束。
それを、手向ける
「どちらが先に死のうが『別れの手向けに口付けを』を申し出来なかったのは至極残念だ」
こうも早く逝ってしまうとは思わなかった。
次の目標はもう定めてあるのだけれど。
「君と違ってShall We Dance? を申し込むのは遠慮したい相手だがね」
軽く首を横に振ると、踵を返し、星空と海を背にして仲間達の下へと戻って行く。
賑やかなランプータン祭りが終了し、傭兵達は帰還するトラックへと乗り込んで行く。
ソッドと南部兵達が笑顔で手を振っている。
エンジン音が響く。降るような星空をロジーは見上げる。
(「終わったことに想いを馳せても仕方無いのでしょう‥‥」)
走馬灯のように思い出すのは戦いの日々。自分は何時も出来る限りの選択をしてきた。他に方法は考えられなかった。でも、時々思う。他の方法もあったのだろうかと。それはどのようなものだったのだろうかと。そこまで考えて首を横に降る。走馬灯の最後のシーンに、ムアングチャイの敬礼が流れ去って行く。
「今のタイは本当に逞しいですわ」
風が髪をなびかせるのを抑えながら、ひとつの決着を自分に告げるかのようにロジーは呟いた。
満天の星空。
慈海は笑みを浮かべてはいたが、顔は僅かに引き締まっていた。随分と心を置いて来た。この国と切れる事はもうないかもしれない。何かあれば、必ずまたここに駆けつけるだろう自分を知っているから。
(「でも、今度はプライベートで遊びにきたいなあ☆」)
のんびりと。
「‥‥夜空だけは今でも綺麗なまま、か」
京は、未だ戦渦にさらされている各地をふと思う。この綺麗な星空に見合うだけの地上も取り戻さないとと。
「この国はこれから、此処から始まるんでしょうね。どうかこの国に暮らす皆さんに幸多からんことを」
子気味良い揺れに身体を任せながら、恭也は見上げた夜空へと呟いた。
夜風が、タイの雨季の終了は近い事を知らせていた。
『──変わらず賑やかな連中だった。俺達は、農業。ヤツ等は戦い。道は違うが、ひとつ所を目指している。
文字にすると陳腐だが、世界平和はきっと夢じゃあないはずだ』
ソッド・シットは、薄い作業用ノートに書き記した日記を締めくくると、満足そうに笑った。
南部復興度△3→△0へUP
中部復興度△0
北東部復興度△0
積み重なる傭兵達の活躍で、タイは内戦以前の生活水準を取り戻した。
そして。ここから。タイの世界への責任を果たす為の巻き返しが始まる。