タイトル:あの時、月を見ていたマスター:いずみ風花
シナリオ形態: イベント |
難易度: やや易 |
参加人数: 25 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2010/09/26 09:03 |
●オープニング本文
月を見ていた。
幾分か肌寒くなる頃。
月は過去を思い出す。
裏切りを。
別離を。
様々な悲しみが、忘れていたはずなのに不意に思い出されるのだ。
泣くだけ泣いたら。
どうしようもなく優しくなっている心をも見つける。
優しさは弱さだろうか。それとも強さだろうか。
失ったモノは多い。
けれども、いつかは必ず優しさを手に入れる事が出来るはずだから。
ラストホープ(LH)にある、とあるカフェ『しろうさぎ』。兎が僅かに立ち上がる素振りの銅像が、そのカフェの入り口の足元で、お客様を出迎えていた。
そんな入り口を抜けると、ウッドデッキへと直接入るエントランスがあり、その両脇に、橙色した灯が、高低差をつけ、幾つも灯る。
萩と桔梗、そしてススキが小さな生け花となって丸テーブルの中心に置かれている。
花器は丸い円盤。ざらりとした手触りで、乳白色にキャンドルの灯りに浮かび上がる。
日本には、お月見という習慣がある。
日系のマスターは、季節を思い出すかのようにカフェを飾る。
小さな黒板に書かれた『しろうさぎ』の、季節のデザートメニューには、「無花果と梨の入った餡蜜」「柿のプリン」と書かれていた。
「初冬のメニューの相談に乗って欲しいのですが」
綺麗な銀髪のオーナーが、皺深い顔を和ませて、ULTへと依頼を出していた。
冬の始まる前に、メニューを書き換えたいからと。
お礼は季節のデザートですがと、微笑んでいた。
●リプレイ本文
●
臙脂のワンピース、フリフリのエプロンに、ヘッドドレスにデコ靴。『しろうさぎ』は、着せ替え衣装も奥にストックしてある。お店の構えにきゅんとなったユウは、駄目もとで一日体験店員さんを申し出れば、しっかりと望みが叶ったようである。
銀のトレーを持って、にこやかにお客さんをテラスへと誘導する。
あちこちに、丸い月を思わせるしつらえがある。
(「それにしてもニホンにはお月見って言う習慣があるんだね‥‥。何だかとっても素敵なの」)
ふと思い出すのは、施設時代。
置き去りにされたのは、月の綺麗な夜だったとか。
そう、シスターに聞いた後は、月を見ると、見た事もない両親の顔を思い浮かべた。
一緒に置かれたハーモニカと共に。
寂しさを助長するハーモニカであったが、何時しか、それは楽器として、施設の自分よりも小さな子供達へと聞かせる楽しいものとなっていった。
ハーモニカのありかを、そっと手で確認すると、ユウは切ない溜息を吐いた。
久し振りに、込み上げる思慕の情。
(「今吹くと、ちょっと切ない音楽になっちゃうかもしれないケド」)
「おとーさん、おかーさん。ユウはマリア様に見守られてこんなに大きくなったんだよ‥‥」
きゅっとハーモニカを握り締める。
と、向こうからお客様が。
「いらっしゃいませ〜こちらへどうぞ、なの!」
ユウは、閉店まで、頑張る事となる。
透は餡蜜を、つばめは柿のプリンを頼み、仲良くお互いに味見をして、視線が会うと、どちらからとも無く、ふと笑い合う。何も無くとも、幸せな時間がゆるりと流れる。
「甘くないプリンと、とびきり甘い餡蜜‥‥ふふ、今回のも不思議で楽しい味わいです」
つばめは、ほくりと笑う。
透は、聞いてくれるかなと、視線を落とした。
高校の時の事だ。
月を見ると、孤独に陥りそうで怖かった。
それを聞いた友人達は、笑った。
『水臭いこと言うな、透。少なくとも、俺達はお前を裏切らねぇよ。そうだろ?』
その言葉に、皆の気持ちに、どれだけ救われたか知れない。
けれども。
キメラの集団が学校を襲った。
友達が、次々に襲われ。
でも。
襲われていた、友の伸ばした、その手を。自分はとる事が出来なかった。
怖くて。
「僕は‥‥皆を裏切った‥‥仲間だと言ってくれた皆を‥‥」
そこまで言い切ると、透は深く息を吐き出した。
つばめは、黙って透の話を聞いている。
透は、泣き笑いのような顔を上げた。
「数年後‥‥意を決して‥‥初めて皆の墓参りに言った時に‥‥同じ生き残りに聞いたんだ」
『あいつは最後‥‥笑っていましたよ。透が無事で良かったと。神経質な奴だから変に悩み続けないかは心配だがな、ガハハハ、とね皆もまぁ、似たような気持ちだったんじゃないですかね透に裏切られた‥‥なんて誰も考えなかったでしょう。バカだから』
馬鹿なのは僕だと、透はつぶやいた。
「僕はずっと‥‥皆から、現実から逃げていた‥‥皆ともう一度向き合えたのは‥‥LHの皆のお陰で、つばめさんのお陰で‥‥」
首を横に振ると、透はつばめに笑顔で向き直った。
「‥‥ありがとう」
「透さんは、元から向き合う勇気は持っていた。私は、その心をそっと後押ししただけです、よ」
透からの謝意に、つばめは、首をゆっくりと横に振る。
透はしっかりと過去と現在と、そして未来を向いているのだから。
笑みを透に向けると、つばめは去年の今頃、満天の星空の下で、透に告白した事を思い出していた。
(「あの時誓った‥‥透さんの支えになるということ。1年経って、それができているのかは分からないけど‥‥」)
こうして、すごす時間を大切にしたいと、つばめは思う。
(「まずは今回の大規模作戦、頑張らないといけません、ね――」)
つばめの笑顔に、透も本来の笑みを取り戻す。
そして、これからも、彼女の笑みを守るために、全てを賭けると、強く思う。
(「その為にも無事に帰って来ないとな‥‥」)
「また、星空を見に行きませんか?」
「あ、賛成です」
自然に笑いあう二人の吐息が、萩の花を静かに揺らしていた。
過ぎ行く猛暑の名残のようなオレンジのホットパンツに、キャミソール。サンダルを履いた足を、揺らしながら、悠季は、デザートをつつき、さっぱりとした味の紅茶を口にする。
季節は回る。もうそろそろ、キャミだけでは涼しい時期にさしかかる。
(「そうかここへ来て丸二年が経過したのね」)
吹く風に髪をかきあげてると、LHへ来たばかりの頃を思い出して、しんみりとしてしまった。
(「そう、あの頃は思い返してみれば、本当にとげとげしさを醸し出してたわよねえ」)
名古屋の戦いで、親類一同失った。
幸い、エミタの適正があったため、自棄で能力者になったものの、自己不信に八つ当たり。
様々に惑い。
それは随分と、悠季を疲れさせていた。
放出した気は膨大だったようで、危うく一夏燃え尽き状態で終わる所であった。
だが、持ち前の気力などのお陰で、立秋の頃には立ち直りかけたかのように周囲には映っただろう。
意地や見栄を総動員して、崩れそうな自分を外に見せまいと、また、随分と周りを巻き込んだ。
あたり所の無い気持ちは、カンパネラによって、徐々に折り合いが付くようになったのが何時だったろうか。
くすり。
悠季は、とある人を思い出して優しい笑顔を浮かべた。
次の冬は、大切な人の事で気持ちが埋まっていたから。
溺れるという言葉がこれほど当てはまるものかと思うぐらい。
(「まあ、この大規模が終われば半休して復帰は一年後よ」)
彼と約束した時間は、目の前に迫っていたから。
月が満ちる様に、時もまた、満ちて。
月の盆。その穏やかな灯りを見て、セシリアは深く深呼吸をする。
(「‥‥貴方が居る場所からも、月は見えるだろうか‥‥」)
感情が揺らぐようになったのは、何時からだっただろうか。
神の奇跡。そう、エミタの適応者の自分を周囲は喜び、LHへと向かわせた。その事自体には、何の感慨も無かった。だだ、そうである。それのみ。
ただ生きている事に終止符を打ったのは、確かに、LHへ来てからだった。
関わる人達は、皆優しくて。
心をノックして行く。その訪問は嫌では無かった。
今までは、誰が戸を叩いても開ける事は無かったのに。
その訪問に気がつかなかったのかもしれない。
けれども。
大切な人が出来た。大切な人達が出来た。
(「私には何も無いと思っていた‥‥それは、今も少しは変わらないけれど‥‥。
でも、失くせない‥‥失いたくないモノが出来た‥‥。
‥‥それは小さな‥‥それは大きな、変化‥‥」)
何も求めないあの人を求めるようになった心は、皆を求めていた事に気がついて。
(「‥‥そして貴方は、皆は、沢山の‥‥沢山のモノを与えてくれた‥‥」)
それが、此処に『私』が在り、居る理由なのだとセシリアは思う。
(「‥‥だから、戦う‥‥私の為に‥‥そして、皆の為に‥‥」)
ただ生きているだけの過去は今はもう遠く。
確かな思いを抱いて、セシリアは戦いへと帰って行くのだった。
そういえば、この店に来るのは久し振りだと、ユーリは目を細める。
前は、皆でデラードを追いかけるという作戦時だったかなあとか思いつつ。その作戦には参加せず、KVのディースを磨いていた事を思い出して、ちょっと遠い目。
立ち上がる兎の像を撫ぜて店に一歩入ると、知り合いの多さに、かくんと肩の力が抜けた。
「ルキア、ここでは初めて会うねー」
「あ、ユーリ君〜っ」
ルキアと軽く手を振り合うと、ユーリは、椅子に腰掛ける。
座った途端、沢山の人が居るのに、何処か落ち着いた雰囲気に包まれた。
穏やかな笑みが自然と口の端に浮かぶ。
秋は駆け足で通り過ぎるだろう。冬将軍の訪れも、目の前だ。
軽く息を吐けば、暖かい紅茶の湯気の向こうに、昔しの自分が見えた。
キメラから身を隠し、まさにサバイバル。そんな風に一人生きていた自分を拾ってくれた人が居た。
あれはやっぱり月の綺麗な夜だった。
(「‥‥初夏だったけど」)
くすりと笑うと、頭に置かれた大きな手。撫ぜられた感触を忘れない。
自分の名前すら忘れていた自分につけられた名は、七月に拾ったからユーリ。
(「六月だったら、ユノかよとか思ったっけ」)
餡蜜を口にすると、思いの他の甘さに、目を見張る。
(「そういえば、小さかったラグナが俺に付いて来ちゃったのも、月夜だっけ」)
拾うつもりは無かったのだが、何処までもついてくるので、母狼が根負けして自分に任せたと言わんばかりに置いていったのだ。以来、大事な弟で。
ほんわかした気持ちが紅茶と共に身体を温める。
(「月の綺麗な夜は、家族が増える‥‥のかな?」)
さあ帰ろうか。月に見送られて家族の下へ。
過去は覚えていない。
きっとあっただろう、何気ない日常は、記憶の彼方だ。
ヘイルが覚えている限り、最古の記憶は、戦火の中、ひとり歩いていた事だった。
体中が痛くて。悲惨な町の中を見ても、反応する感情が動かないまま。
ただ、歩き続けていた。
そのうち、歩く事も出来ず、倒れた。
見上げると、月が出ていた。
死にたくないな。
そう、ぼんやりと思ったのを覚えている。
次に目が覚めたのは、救出に駆けつけた傭兵のひとりに背負われていた。
その人も傷だらけだったのに、『もう大丈夫だ』なんて、綺麗に笑ったのが印象的だった。
助かったのは良いが、記憶がすっぽりと抜け落ちていた。
俺を知っている人も誰も居なかった。
孤児院か施設に送られるのだろうと、ぼんやりと思った。そういうものなのだろうと。
その事実を目の当たりにした、その傭兵は、俺を引き取ると申し出た。
俺は、反射的に声を上げた。
『何のつもりだ?』
今考えると、俺こそ、どういうつもりだったのか。
『当たり前だろうが』
けれども、まるで、それが当然のように、その人は言った。
その人も大概、桁外れであったのは間違いない。
名前すら忘れた俺に、面倒だからという理由で自機の名を付けた。
食事をするのと同じように、戦闘技術を教え込まれた。
それが気まぐれでは無かったと気がついたのは、一人前に戦えるようになった時。
あの人はあっさりと俺を置いていった。
ヘイルは、熱い紅茶を口に含むと、顔を上げる。
今もこの月を見上げているのだろうか。それとも、月下の戦闘をこなしているのか。
月は答えない。
だが、きっと。
●
女の子達は、いつもかしましい。
真琴、レーゲン、ティムが、歓声を上げながらはぐり合う。
少し違うのは、デラードが何故か笑顔でレーゲンの横にいる事だろうか。その横でジングルスが不機嫌そうな顔をしている。叢雲は、くすりと笑い、ティムに挨拶をすると、デラードには目配せで、含み笑いを送れば、含み笑いが返されて、何故だろうかと考える。
真琴はハグを満喫すると、久し振りの笑顔のレーゲンを見て、満足そうに頷く。
雰囲気の変わったような気がするデラードに挨拶をしつつ、小首を傾げるが、笑顔ならば、それで良い。
いつもの様に、真琴と叢雲は同じテーブルについて、餡蜜と柿プリンを味わい、のんびりと紅茶を口にする。
じき、大きな戦いが始まる。
叢雲は、真琴が小隊を離脱するという言葉に、軽く眉を上げると、紅茶をソーサーに戻す。
「理由は‥‥武者修行がしたくなったから‥‥とか?」
「武者修行、ですか‥‥」
怪訝そうな叢雲の声に、そう。と、真琴は大きく頷いた。
秋も、月も、夜も、昔は全部好きではなかった。
様々な事が思い出されて、とても痛くて、この痛みはもう消えないだろうかと思っていたのだけれど。
自分は今笑っている。
変わりたいと思ったのは何時だったか。
変わらない事は何も無いのを知ったのは何時だったか。
落ち着いている真琴を見て、叢雲はソーサーに戻したカップを再び口に持って行く。
真琴の決意の源は、なんとなく察しがつく。先日のパタヤの事もある。
外に出て行く。それが、今、彼女に必要な事ならば、とめる理由など無い。
「ま、元々うちは出入り自由の部隊ですしね」
何時でも気軽に戻ってくれれば良い。
そんな思いを言外に留める。
叢雲の言葉に、真琴は笑みを浮かべる。
今、ひとつ気がかりな女性がいる。その人を、諦めたくない。
たとえ、どんな答えを見出したとしても。
決して諦めない。
だから。
自分の強さを量るために外の風に当たりたいと思ったのだ。
我侭でごめんね。
そんな気持ちを込めて、叢雲を見れば、いつもと変わ無い姿に、安堵する。
叢雲としてみれば、色々心配だったり、寂しかったりするのだけれど。
(「顔に出すような事はしたくないですしね」)
信じてくれているのなら、信じて待とうと思った。
「サボれない理由ができちゃいましたねぇ」
真琴へと、笑いかけると、叢雲はくすりと微笑んだ。
彼女が戻る場所を守らないとと。
必ずそこに居てくれると信じている事が伝わったかのようで、その言葉に、真琴は満面の笑みを返した。
「俺はデートがしたいと言ったが、これ付きなのが、デートか?」
『しろうさぎ』の前で待ち構えていたデラードに、レーゲンは開口一番溜息と共に言われて、目を白黒させる。
ふしゃー。
猫が毛を逆立てるかのように、デラードを威嚇しているジングルスと交互に見て、どうしたのだろうかと、おろおろと。それはひとまず、女の子達のハグり会いで収まったのだけれど。
「‥‥れぐこ泣かしたら、ゴルさんで地獄の底まで追っかけるかんナ」
「ふふん。その腕じゃ、地獄の入り口が見えないうちに撃墜だな。腕磨いてからモノを言え」
「何だとっ!」
ジングルスはともかく、デラードまで、常に無く子供っぽいやりとりが再び展開されるのを見て、レーゲンはとりあえず、仲良しのジングルスを宥め様と、撫ぜ、はぎゅるは。
「‥‥だから、さ。その。えーと。‥‥お前も。とりあえず今は、無事に、帰って来い。スゲームカツくケド」
撫ぜられ、はぐられ、ジングルスは気持ち顔を赤くして、目線を落とす。
「‥‥って、う、うっせー何も言うナ! じろじろ見んナ! 恥・ズ・イ!!」
猫が笑ったかのようなデラードへと、さらに顔を赤くするジングルスは、じたばたといった風情。
やっぱり良くわかっていないレーゲンと三人でテーブルに座ると、デザートをあーん。といった風に食べあうのは、レーゲンとジングルス。何となく傍観者なデラードは、むくれてはいたが、目が笑っていた。
その目が、まともに見れない。
レーゲンは、手が震えるのをそっと抑えていた。今まで、そんな事は無かったのに。
二年前の今頃、彼がLHを去った。
何時も隣にあった温もりの無い事が、寂しくて、切なくて、恋しくて、壊れそうだった。
その時、デラードの言葉に、ジングルスの言葉に救われたのだ。
どちらが欠けても今こうして居る事は出来なかったろう。
そう、思う。
「元気に帰って来たら、またここで」
レーゲンは満面の笑みを浮かべた。
お代わりまで平らげて、満足そうに笑うと、ジングルスはくすりとデラードを見て笑う。
「‥‥ああ。デラード。今は、お前がれぐこの彼氏だってコト‥‥キチンとコイツに教えて、守っておかナイと、狼だか猫だかに、食われちゃうカモ、よ?」
「俺の他に誰かをレグが望むなら、それで俺は構わない」
「‥‥ふうん」
「宣言したからって、変わらない。レグはモノじゃないし、守られているだけの子じゃない」
それで? と言わんばかりのデラードの返事に、ジングルスは軽く眉を上げた。
酷く優しい笑みを浮かべたデラードが、レーゲンの頬に手を伸ばし、そっと触れた。
「ただ、俺が好きな子っていうだけだ」
何の言い合いが展開されているのか、うっすらと理解しはじめたレーゲンは、あまりの事に、固まった。
ジングルスは、醒めた目線を下に落とす。
無くしたものは多い。本当に欲しいものは手に入らない。
手に入れるのが怖いからかもしれない。
泣きたくても泣けない。
諦める事を覚えてしまったから。
最初から‥‥欲しいと言わなかった。
「ま、いいか。俺はもう、欲しがらナイ」
独り言のように遠くを見て呟いた。
女の子達をほほえましく眺めて、手を振ると、慈海は、オーナーに感謝しつつ、餡蜜とお勧めの飲み物を頼みながら、外の柔らかな空気を抜けて、店内へと向かった。何時もの場所だ。そう、ひとつ息を吐き出す。
薄暗がりのカウンターへと向かうと、軽くひじをつく。
カウンター席にも、手のひらに乗るほどの小さな白い球体の水差しがあり、細い口から萩の花が一輪、水差しを彩るかのように顔を出していた。
笑みが口元に上る。
過去は未だ薄闇の彼方。
けれども、今ある傭兵としての記憶は日々積み重なって行く。
初めて──人を殺した。
厳密に言えば、これまでも戦いの中で知らず知らず、屠って来たはずである。
だけども、立ち塞がる人を自らの意思で死での旅路へと向かわせたのは、初めてだった。
親バグア。
人はそんなに強くない。バグアがやってきて、自らの命を、家族を守る為にバグアに下った人々を責める気持ちは一欠けらも無い。けれども、こちらがそのつもりでも、あちらはそうでは無い事が多い。
深いため息を吐くと、片方の手を見た。
忘れる事などないだろう。全てが終結するその時まで。
小さな音を立てて、慈海の前に置かれたのは、餡蜜と、苦いくらいのエスプレッソだった。
何を聞くでもない老婦人に、ありがとうと、沢山の感謝を込めて口にした。
●
椅子の背にもたれて、軽く腕を頭の後ろで組むと、月のようなテーブルの灯りがふんわりと追ってくるかのように思える。
昼寝は、竹取物語を思い出す。
まだ小さかった頃、本ばかりよんでいた。だが、他の平和な児童文学に興味は無く、それが唯一気に入っていたお話だ。
地上の権力は、月よりの使者にまるで無力だったラストシーン。
それが、良かった。
はたり。
羽が揺らぐのをじっと見ていた小さな昼寝。
その蝶は今にも蜘蛛に捕獲されそうであった。
それを見て思ったのは。
──羨ましい。
それだけだった。
ずっと、焦燥にかられていた。
何故自分はこうして安穏と生きているのだろうかという、心の奥の苛立ち。
天敵の居ないこの環境に対する違和感は、他人には理解されないものでもあった。
それは、昼寝も良く知っていた。どうする事も出来ないと。
だが。
昼寝の願った日常は、不意に訪れた。
エミタの適正があると知った日は震えるほど嬉しかった。
理不尽な程の力で、抵抗すら許さない存在。バグア。
それが自分の敵となる。
昼寝は、ようやくあるべき場所に辿り着いたと思ったのだ。
ふっと満足そうな笑みが浮かんだ。
昔の事だ。
ぎし。
椅子をきしませて、立ち上がる。眼下に盆の月が揺らぎ、御伽噺の挿絵が通り過ぎて行った。
今はただ、何もかもが楽しい。
ブランデー入りの紅茶の芳香が立ち上る。
清四郎は、父が戦死した時の事を思い出していた。
「あの時も月が輝いていたな‥‥」
空には消えぬ赤い星。バグアがやって来て以来、消える事の無い。
「忌々しいな‥‥赤い月」
もう、二十年前にもなる。
分厚い木のテーブルは古民家を思わせる落ち着いた木肌、月に見立てた円盤にゆれる花に目を細める。
父は死を予感していたのだろう。
出撃前、【OR】教えのお守りを手渡し、いつもの言葉を告げた、その表情を忘れない。
「親父、あんたが守りたいと思った星を俺たちの手に取り戻してみせる」
能力者では無かった。だが、逃げずに軍人としての責務を果たし、散った。
清四郎は、静かに目を閉じた。
浮かぶ父の姿に、心からの尊敬を寄せる。早々に逝ってしまった父は、人によっては最悪の父だと言うだろう。だが、清四郎にとっては、かけがえのない、自慢の父だった。
長く息を吐き出すと、目を開ける。
最初は父の背に憧れ、それを夢中で追いかけていた。だが、もう今は違う。
己の意思で、仲間を、日本を、世界を守りたいと心から思うのだ。
「精一杯悔いなく生きぬくからよ‥‥死んだら、その時こそ一緒に酒でも飲み交わそうや‥‥」
人類は巻き返している。確実に。
芳香漂う紅茶を掲げると、一息に飲み干し、席を立つ。
思いの他長居をした。こんな気分になるとは思わなかった。
穏やかな空間を僅かに振り返り、笑みを浮かべると、きびすを返す。
その表情はすでに戦いに向かう戦士の顔だった。
「少し愚痴を聞いていただけませんか?」
恭也は、オーナに顔を向けると、どうぞと、穏やかな笑顔を返され、テーブルにつく。
京都の旧家の分家筋に生まれ、両親の愛には恵まれず、宗家からは毛嫌いされて育った事を、淡々と口にする。エミタの適正検査で、能力者となったが、十二歳の自分は、LHをどうするか決断の付かない時期だったと。
だが、親友と妹と山で遊んでいた時に、それは起こった。
「その時、何故あの場所にキメラがいたのかは分かりません。いきなり飛び掛ってきたキメラに親友が吹き飛ばされて‥‥血が‥‥ぴくりとも動かなくなって‥‥」
じっとりと手に冷や汗が浮かぶ。恭也は両腕で身体を抱え込んだ。
武器も無く、どう戦うかも知らず、自分はただ、キメラを引き付け、逃げ回っただけだった。
キメラは退治され、親友は辛くも命を取り留めた。
だが、能力者の癖にと、冷たい扱いは、もう実家に居続ける事を許しては貰える状況では無く。
親友に会う事も出来ずに、逃げるようにLHへとやって来た。
月は、カバン一つで全てから逃げ出した自分を思い出させる。
それは、当然だと思う。何も、終ってはいないから。
「あれから自分は強くなれたのでしょうか‥‥?」
「そえはご自身が良く知っていらっしゃるのでは無いでしょうか?」
震えの収まった顔を上げると、穏やかな返事が返る。恭也は首を横に振った。
「また来ます。まだ誰も守れていませんから」
取り戻したいものは遥か遠く。
未だ向き合えない。
ならば、掴み取る事も叶わない。
そう、あの日見た月へと手を伸ばし。
人の声や気配のざわめきは、心地良いものだ。
奏歌は、梨の食感と餡蜜の中の寒天の食感の差を楽しんでいた。
こういった場所に来るのは久し振りだ。戦いに明け暮れている中、たまには良いものだと、その甘さが以外にも心をほぐしているのに気が付いて、笑みを浮かべる。
「‥‥傭兵となってから‥‥もうすぐ1年が経ちますか‥‥そういえば‥‥初めて受けた依頼も南米でしたか‥‥早いものです」
今度の大規模作戦は、南米だ。
密林が待っているだろうと、ひとつ頷く。
幼い頃、バグアの襲撃があった。
その日、全てが奪われ、光すらも失った。
絶望は生きる気力を奪い、心も閉ざし、ただ、来るべき死を待っていただけの日々。
エミタ適性は、それを覆した。
生き方を変えられる日が来るとは思わなかったのに。
無花果のぷつぷつとした食感の中に、とろりとした甘さをも感じ取り、くすりと笑う。
戦いは、未だ終わらない。
終わりすら見えない。
けれども、それでも構わないと、奏歌は思う。
(「それが一度死んだはずの奏歌に与えられた‥‥使命なのですから」)
からんと、小さな音を立てて、木のスプーンが器に下ろされた。
ユーリと別れたルキアは、くたびれた黒革のレッグホルスターを触る。中にあるのは、銀色の銃。
思い出すのは、養父。
好きじゃない、愛じゃない、どんな感情も当てはまらない。
あの時の事、忘れない。
あの──時。
何を思ったのかを考えるのは止めた。
絶対に開けたくないパンドラの箱を開ける事になるから。
ただ、目からこぼれていく滴の正体もシラナイ。
物ならば裏切らないから、物を大切に持っている。
人形も、バングルも、そして、忘れない技術も。
「永遠に、裏切らないから」
ルキアは、淡々と呟く。
金の髪がさらりと揺れた。
養父が居なくなっても、空の下を歩いている。
芽吹いては咲き、咲いては実を結び、実を結んでは枯れて、枯れては朽ちるように。
「歩き続けるよ、だって私はルキアだから」
水盤の水が波紋を広げた。
波紋は、縁にぶつかり、消えて行く。
「青ざめたり赤くなったり、月も忙しい。‥‥トドカナイから、もう、変わらないね」
月に重なる養父の姿。
軽く肩を竦めると、ルキアは甘いと感じるギリギリの甘さのプリンをひとすくい口にした。
見覚えのある長身を見て、ラナが挨拶をすれば、よぉと、デラードから挨拶が返る。
どうやら連れがあるようだと眺めて、ひとつ頷くと、
目の前の深い赤琥珀の紅茶へと目線を落とす。
カップの中の紅茶に、赤い月がだぶる。
月がやけに赤く見える時は、嫌な記憶が蘇る。
ラナは、首を横に振った。
あの時も、月が血のように赤く見えていた。
兄と共に、家庭を顧みない母に辛く当たられた記憶。
どうして。何故。
ちり。
左肩が疼いたかのようで、ラナは無意識に肩へと手をやる。
そこには大きな裂傷がある。
母を最後に見たのは、その裂傷が残った日の夜の事だった。
愛は何処に消えたのか。
最初から存在していなかったのかもしれない。
あの女は、男を作って消えたのだけれど。
ラナは小さくため息を吐く。
「私はさながら、化け物を食い物にする女郎蜘蛛‥‥バグアとそう変わりませんね‥‥」
エミタの適正があり、傭兵となって戦うのは、自分を見捨てた母を見返す為の行為。
こんなにも凄い人間だったのよと、言い放つ為の。
紅茶を口にする。
茶葉の甘さが滑り込む。
目の前の丸い花器を見て、首を横に振る。
人を信用する事が未だに出来憎い。
初めて出来た恋人すらも。申し訳なさで涙が出そうな時もあるけれど、駄目で。
何時の皮下、心の底から、人に身を任せる事が出来るのだろうかと思う。
安心して。
(「頑張ろう」)
桔梗の閉じたつぼみを見て、ラナは再び、紅茶を口にした。
じんわりとした暖かさが身体に染みた。
餡蜜の甘さがするりとほどける。カウンターの片隅で、紗夜は、アイスグリーンティの氷をからりとまわす。
手灯りの丸い小さな白い花器に月と思い、苦笑する。
「月見か。我の故郷はドが付く程田舎で、綺麗な場所だった‥‥日本でも一番綺麗だったと思う」
忘れる事の無い、出来事がある。
弟。
バグアが攻めて来た。それは、その当時良くある光景だった。
逃げまどうなか、弟は私を庇った。
ほんの一瞬の出来事だった。
そのすぐ後、敵の撤収の合図が響き渡り。
私は助かった。
この手の中で消えて行く命を忘れない。
助けが来た時には、もう冷たくなってしまった事も。
あの撤収の合図が後一呼吸早かったら。
「磔刑で弟の命が買えるなら何度でも、受ける‥‥この命は、弟の為、アイツの望んだ平和な世界の為に戦う」
ぎりぎりの生活が待っていた。
役に立たないという事でか、私の扱いは塵芥、ゴミ同様だった。
エミタ適性が発覚し、傭兵となったのは、そんな奴等への義理立てに過ぎないのだと知っているけれど。
形ある形見は無い。
あるのは、私の人間だった過去。
「不甲斐ない私を許せ、憎む事でしか生きられん」
(「今の我は兵器だ」)
紗夜の手は、無意識に首元を探った。
●
餡蜜を注文すると、ソウマはふと前に受けた依頼を思い出した。
目の前の円盤が月のように丸くて。
あのときも、月の綺麗なよるだった。
それは良くある依頼だった。
人型のキメラ退治。多分、元人間の。
キメラはその男の住んでいたとみられる村の住人を殺害し、近くの森へと移動していった。
被害者の中に、男の家族が居た事もあり、もし、人であっても、人格はすでに無いのだろうと。
(「‥‥バグアにとっては、戯れにも等しい何かだったんでしょうね」)
ソウマは目を細める。
姿は人とは言えず二足歩行のキメラで。傭兵のチームに勝てるほどの個体でも無く。
退治終了後、その場で火葬した後の仲間の言葉が耳に残っている。
『確かに不幸な事だけどこんな事良くあることよ』
下を向いていたソウマは顔を上げた。
『止めたくなった?』
その言葉に返す言葉は一つだった。
よし。そう笑った傭兵の先輩でもある女性は、先に引き上げていった。
その背を見ながら、一つの飴と、言葉をもらって、しばらく立ち竦み。
『甘い物を食べると人間、自然と笑うものなのよ』
開いた包み紙の中の小さな飴を口にした。
飴は、甘かった。笑っていたかもしれない。
その時、見上げた月と決意は、今も胸の中で同じ光を放ち。
小さな音と共に前に置かれた餡蜜をひとすくいすると、その甘さにソウマは笑みを浮かべた。
クラウディアとアンドレアスは仲良く横に座って盆の月を眺めていた。
栗の入ったティラミスを肴に、クラウディアはフルートグラスに花の色が揺らめくミモザを口にする。
ワイングラスを傾けて、赤の色が移ろう様を見ていたアンドレアスは、クラウディアの年齢を再確認して、穏やかに苦笑する。
クラウディアは、あは。と笑いながら、再びミモザを口にした。
しかし、優しいざわめきの中、クラウディアは不意ある敵を思い出した。
故郷であるイタリアの地で、大切な友人が傷付くのを、見ているだけでしかなかった過去が、クラウディアを縛っていた。随分と時が経ってはいたのだが、それゆえに、未だ故郷の地を踏めない。
浮かんだ敵が歪み、別の姿へと変化する。
その敵は、助けたいと思うほどの相手だった。けれども、彼女はそれを拒む。
拒んで、さらに問うた。
戦場に居る事の覚悟を。
戦いは好きではない。だが、自分が躊躇っている合間にも、誰かが傷つく。
それは、嫌だ。
(「‥‥だから‥‥戦う」)
そう、決めた。
クラウディアは自分ではわからないがかすかに眉が寄っていた。
見上げるのは、兄とも慕う同じ戦いに出向く人。
「お兄ちゃん、助けたいのに相手はそれを望んでなくて‥‥そう言う時、どうしたらいいのかな」
「助けたいと思うんだろ。なら、助けろ。迷うんじゃねぇ」
それが相手にとって、良かろうが悪かろうが、その結果を自分が引き受ける覚悟があるのならば。
毅然とした返事に、クラウディアはこくりと頷いた。
紫煙が灯りに見え隠れして空に上って行く。
分厚い木のテーブルの丸い花器をぼんやりと眺めて、ロジーは恋焦がれるひとりの男性を思い浮かべる。
届きそうで届かない。伸ばした手の先をするりと抜けて。
けれども、決定的な決別の言葉も態度も無くて、ただ、思い出すのは笑顔。
随分と会っていないのが寂しくて。
タイのスコールの最中に交わした気持ちが、ロジーは再び持ち上がるのを感じて苦笑する。
もし。
彼に出会っていなかったら。
もし。
視線の先には、金色の長い髪が、少女と真剣な会話をしている姿。
アンドレアスがもっと近い距離に居たのならば、この月を一緒に眺める事になっただろうかと、ふと思う。
だが、浮かんだ思いに首を横に振る。
繰言だ。
もし。は、生きている時間の中で、ありえない事だ。
昔世界中を旅して回った事がある。
その時も、月は様々な顔を見せてくれていた。
鮮明に覚えているのは中東の赤い月。
今はバグア圏内の彼の地が、また人類の版図となったのならば。
(「いつか‥‥何時の日か、またあの月を眺めてみたいものですわね‥‥」)
隣に居るのが誰だとしても。
何処か諦観めいた表情をすると、ロジーは再び紫煙を吐き出した。
「アンドレアス‥‥今、何を考えてまして?」
ひとり物思いに沈んでいるアンドレアスに、声をかければ、軽く肩を竦めた返事が返った。
アンドレアスの前には、渋みの深い肩の張った赤ワインのボトルがあった。
意を決したようなロジーをちらりと見る。思いは同じだが、今は語るつもりは無かった。
傭兵になって三度目の秋。
LHに来る前に無くした同じ年の幼馴染を思い出していた。
彼女は、ボランティアに行った競合地帯で落命した。
価値観のまったく違う、馬鹿な女だった。
けれども。
軽く目を閉じると、月が、煌々と脳裏に浮かんだ。
月は嫌いではない。迷いも、弱さも、静かに許してくれているようで。
中断されて良い命など一つも無い。
(「手を伸ばす余地があるなら俺はそうする」)
何も変わらず、恨まれる事となっても。
以前はそれが怖かったが、今迷いは無かった。
浮かぶのは一人の青年。彼が存在する世界の一部ならば、何も失いたくは無かった。
どれだけ傷ついても、前に進む。
何処で倒れても後悔は無いのだから。
アンドレアスの口元に、自然に笑みが浮かんでいた。
夜更けに顔を出したのはUNKNOWN。予約していた二つのカウンター席の奥を開けて座る。
「久し振り、かな?」
オーナーへと、くすり笑うと、UNKNOWNはカクテル・世界一周をと注文をする。
待つのも随分と慣れた。
蒼い海を旅するように、世界各国の都市の名がついたカクテルを干して行く。
ゆるりと。
赤い月は見慣れた。様々な場所で、赤い月は不吉の象徴とされる。
正しく、バグアの星の色を見れば得心が行く。
「次のカクテルは何かな?」
「シャンハイ・カクテルです」
ダークラムが半分を占める、とろりとしたオレンジ色のカクテルが、小さな音を立てて目の前に。
UNKNOWNは、笑みを浮かべて、杯を軽く掲げて口にする。
あの赤い月にも似た星のおかげで、見る場所によっては、夜の海の色が変わった。
月光の白光は魂を吸い取るかのように青く冷たく、荘厳な輝きを放っていたが、あの赤い色からは、地球がその身から血を流し、黒ずんだ赤が纏わりつくかのように海上に浮かび上がるかのようだと。
他愛も無い話を時折混ぜながら、夜は更ける。
「──待ち人来たらず」
待たせたのは、果たして向こうか、自分か。多分自分なのだろう。
最後の杯を飲み干すと、カウンターを後にする。
「また、飲みに来るよ」
アップルジャックを。
お待ちしています。そんな声を背にして、夜のLHへと、UNKNOWNは踏み出した。
『しろうさぎ』を出ると、レインウォーカーは、ゆるりと着こなしたスーツに羽織ったコートにはらむ風が冷たさを増しているのを感じて、くすりと笑った。
能力者になる前、ただの傭兵だった。
父が自分を庇って殺された。だから、生きるために傭兵になった。
戦いに明け暮れる日々は、それ以外の出来事を忘却の彼方へと流し、姉や妹の顔すらも、思い出すのが難しくなるほど。
その事実を認識した時、思わず、月を見上げたのだ。
その月は冴え冴えと、とても冷たいモノに見え、哀しかったのを覚えている。
けれども今は、少し違う。
「おかしな話だ。月は今も昔も変わらないのに、今は昔より冷たいとは思えない。なんでだろうねぇ」
今は、心を穏やかな気持ちにさせるのだ。
それは、自身が変わったからかもしれないと、思う。
吹く風に引かれるように後ろを振り返る。
穏やかな灯りが、見送っているかのようで。
「見る者の心次第で見え方は変わってくる、か。ボクも少しは変われたのかなぁ」
皆と出会い、話し、共に戦い。
それも悪くない。目を細めて、レインウォーカーは笑みを深くした。
兎の彫像が、静かに傭兵達を見送っていた。
沢山集まったメニューは、厳選の末、初冬に公開される事となる。
デザートメニュー。
抹茶カプチーノの下に、ぜんざい入りの『抹茶ぜんざいカプチーノ』『ぶどうの皮ごと焼きこんだクラフティ』初冬に降る雪のように粉砂糖をたっぷり掛けた『アーモンドのマドレーヌ』『季節の果物のシャーベットパフェ』、オレンジピールみたいに皮も少し入れた『蜜柑果汁をたっぷり使ったゼリー』、マロングラッセとティラミスを合わせた『マロンティラミス』、香ばしい『クルミのスコーン』『栗かぼちゃのモンブラン』、タルト台にアールグレイの茶葉を混ぜ込んだ『梨のタルト』、カスタードをタルト生地上に乗せ、その上に小さく切った甘く煮詰めたリンゴを乗せ、薄くゼラチンでリンゴを固め、タルトの生地にラム酒を付ける上から垂らし、火を付けた『贖罪』、『洋梨のキャラメルムース』、青のゼリーに銀箔を入れ、粉砂糖を雪のようにふった『雪の女王』、栗粒が癖になる甘味『栗餡のたい焼き』、『熱々アップルパイの柚子シャーベット乗せ』『ホットココア』『焼きモンブラン』『柚子羊羹』『蜜柑のゼリー和え』。
軽食、つまみにと。
茄子をパンに載せて鰹節と胡麻と醤油『茄子のオープンサンド』、さつま芋と木野子の沢山入った『季節のグラタン』『栗かぼちゃときのこと根菜類のパイ包み焼きクリームソース掛け』。『秋鮭とスライストマトのバジルソース焼き』。
テイクアウト用にも、何種類か集まった。
小さな袋に入れて軽くつまめるようにした持ち帰り用『おばあちゃんの大学芋』『さつまいもや胡桃のクッキー』『かぼちゃのラスク&れんこんのラスク』『里芋キャラメル』。
秋の恵みは初冬への贈り物であった。