●リプレイ本文
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あら、とばかりに、百地・悠季(
ga8270)は製図を見る。
「そうよね、ティムがいう通りに、小さい子にはもこもした手ぐさみ物で遊ぶのが好きだし」
毎度お馴染みのAAid。悠樹は軽く用紙をはじく。
夢中になって遊んでくれたらいい。そうすれば、気持ちは優しくなるし、気も紛れる。
辛い事もそのまま消えて薄れていけば良い。
「さーて、編み物は得意分野だし。張り切っていくわよ」
当然とばかりに、悠季は毛糸に埋もれた本部一室へと顔を出した。
「‥‥偶にはこんな依頼を受けてみますか」
本部で製図を受け取ると、ソウマ(
gc0505)は軽く肩を竦める。
表情はそっけない。
けれども、その内心は『子供達に笑顔を!』という目的に共感し、やる気満々であった。
「ぬいぐるみですか。縫うのはそんなに得意じゃないですけども、パパッとアニマル仕上げてプリン枕も作ってあげるですっ!」
「ヨグ様。これは、ぬいぐるみでは無く‥‥」
ふふふ。そんな感じで。ヨグ=ニグラス(
gb1949)は、ティムから颯爽と製図を手にして本部一室を陣取った。
「それでは製図を開きまし‥‥」
開いて、それが編みぐるみである事にようやく気が付く。
そもそも、布では無く、毛糸が山積みになっている時点で気が付くべきだったかと、ほんの数分前を思い、遠い目になる。部屋の端末で検索してみれば、とてつも無くファンシーなモノである事を理解する。
「ガンバルゾ」
とりあえず、編み方も理解したヨグは、チャレンジ! と、気合を入れた。
「はっはっは。久し振り、かな?」
「きょわわわわっ!!!」
ビラ配りのように編み図を配布しているティムを見つけると、UNKNOWN(
ga4276)は何時ものように後ろから近寄り、よいせとばかりに持ち上げて、子供にするようにくるりと回す。
きゃうきゃうと文句を言うティムを横目に、製図を一枚引き抜く。
「ん? 編みぐるみの数が必要なのかね?」
「‥‥はいですの」
うーと唸りそうなティムに軽く後ろ手を振り、UNKNOWNは、製図を見て考える。
(「それなら‥‥少し作ってみるか」)
和みの空間を眺めて、空閑 ハバキ(
ga5172)は小首を傾げる。
(「‥‥大事な話って何だろ? デラードは元気だから‥‥きっと、いい話」)
いろいろ思い当たる事があるハバキは、大丈夫だよねとひとつ頷く。
「手芸なんて最近はご無沙汰ですけど‥‥戦うだけが能力者のお仕事ではありませんし」
編みぐるみで、人道支援が出来るのならばと、九条院つばめ(
ga6530)はにこりと笑う。素敵な話だと。
「編みぐるみ、か‥‥たまにはこういうのも、楽しいですね‥‥ゆったり‥‥」
朧 幸乃(
ga3078)は、黒い毛糸を手にする。
「ですね‥‥たまには編み物も、面白いかもですねっ」
編み図を見て、不知火真琴(
ga7201)はにこりと笑う。
(「人手が要るっぽいから手伝いを名乗り出てみたんだけどさあ‥‥」)
『可愛いもの』『子供のため』という言葉に、囚われて、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)は、どうすれば良いだろうかと口に手を当て、下を向く。軽く眉根が寄って行く。
(「‥‥やべ。可愛いモノってマジでわかんねぇ!」)
編みぐるみとは何ぞや。と。
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「黒猫は縁起が悪いとされていますが、それは魔女狩りの影響なんですよ。東西問わず昔から黒猫は縁起が良いものと言われていたんですけどね」
「へーそうなんですの?」
軽く肩を竦めるソウマに、材料を配ったり、編みぐるみの手伝いにと一室を移動するティムが相槌を打つ。
「特に黒い招き猫は幸運を招き寄せるだけでなく、厄除けの意味も持っているんですよ」
知らないのかと言わんばかりに、ソウマは口の端を軽く上げる。
聞いてもらってちょっとばかり嬉しいのは微塵も見せないのが誤解の元か。
「と言う訳で、お手伝いに参上です★」
にへと笑うのは真琴。手にする毛糸は白、黒、茶など。
「やっぱり猫が好きなので、猫かなーと」
小さな猫を作り始める。バックに入るほどの手のひらサイズ。
「戦うのは慣れませんが、こういうことなら大歓迎です」
何しろ、編み物は得意分野である。
ドイツといえば、編み物(?)。マルセル・ライスター(
gb4909)はの驚異の集中力を発揮し出す。
緑の瞳を和ませて、フランツィスカ・L(
gc3985)は沢山の毛糸を見て嬉しそうに微笑む。
「ウチ、貧乏だったんで‥‥。余った毛糸で、弟達によく作ってあげてました。元気に過しているかな‥‥チビたち」
のんびりと編んでいるかのようで、その手は早い。
さくさくと作られるのは白熊の編みぐるみ。それぞれ、何処となく表情が違う。
悠季が作るのは十二支の動物一揃え。
今年の寅と、来年の卯は両手いっぱいに抱え込める程大きな編みぐるみへと変わり、他の干支は手のひらサイズの可愛いモノへと編まれる。何処か優しげなのは、色合いがパステルカラーで統一されているからだろう。綺麗な彩でワンセットが出来上がる。その胴回りへと、シフォンとサテンが合わさったリボンがくるりと結ばれる。
「そうそう、根気よく、粘り強くね」
入れ代わり立ち代わりする軍人達もいる。彼らは決して器用な人ばかりでは無い。
悠季の簡潔な指示で思いの外進んだ者も居た。
幸乃にも聞いた話を思い出して、ハンドクリームを忘れずにねと笑う。
毛糸は長く編み込めば指の水分を吸って手荒れへと直結する。作業前と後には欠かさずにと。
「はい、おしぼり」
湯気の立つ暖かなお絞りが作業中の仲間達へと配られる。
僅かに熱いそのお絞りは、細かい作業で固まった手をほぐし。
あー。とばかりに、目に当てて疲れを取る者も居た。
「どんな可愛らしい編みぐるみが集まるんでしょうv」
ころころと笑うのはロジー・ビィ(
ga1031)。
ボディピローにも使えるほどの特大サイズが、それは素晴らしい速さで編みあがって行く。それを見て、ハバキは目を丸くする。何しろ、ロジーの料理ときたら、いろんな意味でスペシャルであるのだから。
「ねぇアス。ロジーって料理以外はフツーだよね」
「‥‥」
ハバキの声に、アンドレアスはぴくりと反応するが、黙々と手を動かしている。そんなアンドレアスとハバキを見て、ロジーが再びころころと笑う。すでに巨大白うさぎが完成しそうである。
「ふふっ、手先は器用ですのよv」
「アスー糸絡まってんじゃん」
「‥‥今俺に話しかけるな!」
格闘中のアンドレアスにちゃちゃを入れるハバキの手元も実は危うい。
「ハバキ、よそ見するともつれましてよ?」
「‥‥な、慣れたら上手になるしっ‥‥!」
笑うロジーに一瞬ひるむハバキだったが、その言葉通りに、一時間も経つとそれなりの形になっている。
「ティムせんせー! 目はどうやって付けてあげたらいいですか?」
「はいはいですの」
色形が沢山ある小さなボタンやフェルトを差し出され、楽しそうに選んでいる、ハバキへと、格闘中のアンドレアスが、多少げっそりした風で声をかける。
「なー、お前なんでそんな楽しそうなん?」
「えー? 楽しくない?」
「楽しいですわよねーっ」
「ねー」
「‥‥」
にこやかに笑い合うハバキとロジーを恨めしそうに見ると、アンドレアスは、ため息を吐く。
(「同じ男とは思えねぇ‥‥」)
そういえば。明るい髪の友を見て、彼の生い立ち、過去を良く知らない事に気が付いた。
(「ま、今を共有できてるからいいんだけどな」)
散々悩んだ末に、ぽんと手を打つ。
「要は製図通り丁寧にやればいいワケだ」
「あら、ようやく決まりまして?」
「ふふ、こっから始動開始だねっ」
入るちゃちゃ声を聴き流しながら、黙々と作り始める。
理解すれば、手先の器用なアンドレアスは、量産体制に入った。
「ゆきのんはやっぱり兎さんだ」
ハバキは、しっかり者の隊長の編みぐるみを見て、にこりと笑う。
年下扱いする事など無いけれど、やっぱり女の子だなあと、笑みを深くした。
程よい大きさのその編みぐるみは、本体が出来上がると、ボタンで目をつけられ、別の色の毛糸で×印の口が縫い取られる。胸元には、フェルトで作った蝶ネクタイ。良い出来だ。幸乃はくすりと微笑んだ。
付属品を付けていたら、懐中時計とシルクハットを付けてあげたくなった。
それは頑張り過ぎかなと首を傾げた所で、ふとある事に思い当たる。
(「‥‥ダメだよ、私‥‥」)
その付属品は、ある人を思い出させる。
(「‥‥それは、ダメ‥‥」)
小さく息を吐くと、首をゆっくりと横に振った。
ぴょこんと、ラサ・ジェネシス(
gc2273)の頭に黒いチューリップが。
(「皆にハッピーをプレゼントダネ、我輩は戦いよりもこっちの方がいいナァ」)
選んだのは青い色の、太い毛糸。
「昔は作ってもらう側だったナァ」
【OR】ガラス玉のついた十字架を何となくさわる。ガラス玉が飾る木製のそれは、決して高価なものではない。けれども、親代わりのシスターの作ってくれた、大事なお守りだ。
ラサは戦災孤児である。
育った教会で、シスターに教えてもらった作り方を思い出しつつ、するりと毛糸玉から太い糸を引き出す。
「これが製図ダネ、秋の夜長にはこういうのもいいネ」
糸にあった、太いかぎ針でさくさくと編み進む。
作るのは、抱き枕にもなる、大の字姿勢のダックスフント。
てろんとした姿が次第に形になり始める。
「胴長いから綿を沢山入れよウ、ふわもこダ」
ラサは、パンヤのような中綿を手にすると、その感触に、思わず笑みが零れる。
大の字のダックスフントが、平面から立体へと形を変える。
「もらった人喜んでくれるとイイナ」
その形に満足そうに頷くと、ラサは目と鼻の取り付けにかかる。
「目と鼻のバランスが難しいナ‥‥なかなか可愛く出来なイ」
編目の合間に、思った通りの姿でくっつかなくて、ラサはうーむと編みぐるみとにらめっこ。
そうだと、ぽんと手を打つと、赤いリボンを蝶結びに首に結ぶ。
リボンから下がるのは、小さなクリスマスベル。
「おー以外といいカモ、自分で使おうかナ‥‥なんてネ」
よし。と、ラサは嬉しそうに頷いた。
ちりんと鳴ったクリスマスベルに、破顔する。
編み物初挑戦の辻村 仁(
ga9676)は、図面と睨めっこをしながら、ゆっくりと編んでいた。
「ここは、こうして‥‥あれ?」
顔を上げて、きょろきょろとティムを探せば、はいはいとばかりに顔を出す。
「すみません。この減らし目がわからないんです」
「こうして、すくいますの」
「あ、なる‥‥」
諦めずに編んでいけば、やがて形が見えてくる。
何とか初心者なりに仕上げてみれば、左右の手足の大きさが不揃いの、何となく不恰好ではあるが、しっかりとしたシマツの良い茶色のクマの編みぐるみが出来上がる。
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つばめの兵舎、燕の羽休め所の縁側で、鐘依 透(
ga6282)と二人は、仲よく編みぐるみを作っていた。
時間は羽が生えたように過ぎて行く。
「あ、この細かい所はこうすると良いみたいですね」
「本当です。綺麗に回りますね」
小さな疑問も二人で編み進めれば、意外とすんなり編んで行ける。
その度に、顔を見合わせて、くすりと笑う。
透の作っているのは、柴犬のテツさん。ずいぶんと老犬だ。
いつも、撫ぜても抱きついてもふもふしても、反応が殆ど無く、好きにして。そんな究極のマイペース姿。
丸くなって日向ぼっこをしている、のんびりとした緩やかな空気を出せればと。
テツさんを覗き込めば、薄目を開けられるが、すぐに閉じられる。
それでいて、つばめや同居の猫達をその老練な視線で温かく見守っているに違いないと、そんな姿を模す事が出来たらと、透は編み進める。
「僕もテツさんの癒し系を表現できてれば良いなぁ‥‥」
「あは。透さんすごいすごい。テツの雰囲気を見事に表現できています‥‥!」
寝てるのか、目を伏せているのか、微妙な感じで刺繍された黒い目を見て、つばめが相好を崩す。
何よりも、その大きさがステキだった。子供が寄り掛かったり、抱きつけるほどの大きさと、モコモコな感触がたまらない。何処か、脱力感漂うその大きな編みぐるみからは、この縁側の温もりがそのまま伝わりそうである。
「最低限、野良猫さんたちに文句を言われないような出来栄えにはなったかなぁ‥‥?」
「ふふ、うん‥‥つばめさんの猫さん、個性が良く出てる」
老犬と共に堂々と出入りをして、寛いでいる野良猫達は、安全なこのLHの中のさらに安全な兵舎の一角で、非常に悠々自適な生活をしていた。黒ぶち、茶トラ、サバトラの猫の編みぐるみをなるべく近い色合いで編み込んだ。座り込んだ姿、丸まった姿、伸びをしている姿。どれもとてもらしく仕上がっていた。
「ファリスね、小さな子供の為にうしゃぎさんを編んでみたいの。叔母さま、ファリスに編み方を教えて欲しいの」
戦災孤児であるファリス(
gb9339)は、まだ小さな手に、しっかりと製図を手にして、養い親である叔母へと頼んでいた。教えてもらったは良いが、編み物は初めてである。
「‥‥難しいの。ここはやり直しなの」
白い毛糸が、何度も編まれては、ほどかれる。
ちょこんと座ったファリスの横には、うさぎのぬいぐるみ『イリーナ』が、やはりちょこんと座り。
一生懸命な、編み物進行を見守っている。
ただの毛糸が、次第に形になって行く。
ふと顔を上げれば、イリーナと目線が合う。ファリスはにこりとイリーナに微笑んだ。
「‥‥ファリスにはこの子が居るの。ファリスが編んでいるうしゃぎさんが誰かのお友達になってくれたら、ファリス、嬉しいの」
ぽっこりと太めな白いうさぎの編みぐるみが出来上がる。
用意していた、優しいピンクのリボンを耳にきゅっと結んで。
ファリスは満面の笑顔を浮かべた。
●
みっちり八日。
悠季は、八セットのふんわり干支編みぐるみを提出し、先に行ってるわと手を軽く上げる。
動物の親子がワンセットとなったマルセルの編みぐるみは、とても丁寧な仕上がりで。
「最近眠れないことが多かったんで、丁度良かったです。編んでいる間は心配事も忘れられましたし、良い気分転換になりました。‥‥ハハ、流石にちょっと、疲れてしまいましたが」
不眠不休で作り上げたマルセルは沢山の編みぐるみを渡す。
「お疲れ様でしたの。どうぞ、『しろうさぎ』へと向かって下さいませ」
女の子のような指先だったはずなのに、随分と荒れている。悠季の配っていたハンドクリームと熱いお絞りをティムは手渡すと、打ち上げ会場への道を示せば、マルセルが笑う。
「半ば、願いや祈りみたいなものも入っているかもしれませんけどね‥‥」
目の下にしっかりと浮いたクマ。その頑張り程のほんわかした編みぐるみであった。
白熊の編みぐるみには、マフラーと帽子がついていた。
それもフランツィスカが編んだものだ。温かみのある編みぐるみが手渡され。
ヨグは真っ白に燃え尽きていた。
いや。爆睡をしていた。
「あともうちょいっ!」
眠い目をこすりつつ、ようやくプリンが喉を通りそうなので、プリン補給をすれば、八日間の疲れがどっと出たのか、ヨグはまた、目を軽くこする。
(「‥‥お腹いっぱいになった‥‥ら‥‥眠いなぁ‥‥」)
何しろ、ぬいぐるみと編みぐるみを間違えて挙手してしまったのだから、さあ大変。とかだったのだ。
二日目は、まだ元気。提出日までには皆であみぐるみますたーだと、きゅぴんとかしていた。
んが。基本は手仕事。ひとりで頑張るしかない事に気が付いてしまう。
三日目は、毛糸と格闘。四日目は黄色のうさぎになる事をしっかり製図で確認。五日目は、大好きで主食と言っても良いプリンが食べれなくなるほど追いつめられ。六日目はついにお手伝い募集の張り紙を張ってしまう。が、張り場所が悪かったのか、誰も見ていないようである。ふふふ。乾いた笑いが木霊する。そうして、七日目。耳っぽいのが仕上がった。よし。行ける。そのまま、八日目に突入を。
そんな訳で。
本部の机に突っ伏して寝てしまっていた。
むにゃむにゃと寝言からは、「あみぐるみますたー! おめでとう!」と。
だがしかし。その手には、ウサギの鼻まで完成した未完成な編みぐるみがあった。
ティムはヨグの提出した編みぐるみを手にくすりと笑い、その後を続けて編んでさっくりと完成させる。
「や‥‥や、みんなのあみぐるみますたーですっ。‥‥zzz」
暖かい本部一室ではあるが、毛布がそっとかけられて。
ヨグは夢の中で盛大にあみぐるみますたーとして活躍するのだった。
「こういうお仕事ならまたしたいナァ」
ちょっとばかり不細工? だけど、愛嬌のある仕上がりに、満足そうに頷くと、ラサは、きゅっと抱き心地を確かめてから提出をする。
編目は様々な大きさで、左右の耳の大きさも僅かに違う。
白いうさぎの編みぐるみは、ぽこぽこっとした雰囲気で、笑っているかのようだった。
(「特別編み物が得意って訳でもないのです」)
けれども、真琴は、出来る限りに丁寧に作り上げていた。
白猫、黒猫。三毛に茶トラ。思いつくままに編み進めた、ちんまりと出来上がったその子達へと、赤、青、白、茶、金など、色合いが綺麗なように、リボンが結ばれていた。
「‥‥お願いしますの」
ファリスは、大切に編みぐるみをティムへと手渡した。
「素敵な子を、しっかり受け取りましたのっ」
ティムはその編みぐるみをやはり大事そうに完成品の中へと入れる。
その編みぐるみには、可愛らしいカードが添えられていた。
−この子の名前は『コロナ』です。可愛がって上げて下さい−
きっと手にした子は大切に可愛がってくれるだろう。
一生懸命な優しい雰囲気がにじみ出ているのだから。
毛糸の靴下を、毛糸に解いていた総務課’Sから、毛糸に戻さないものをUNKNOWNは100ほど貰い受ける。思いの詰まったクリスマスプレゼントというのならば、古から伝わるモノが良いのではないかと思ったからだ。
綿の他にポプリを入れる。ほんのりと甘い花の香りが漂う。
「まあ、編まれたもので作るから、少し違うように見えるが‥‥毛糸生地のぬいぐるみの出来あがり、だ。クリスマスにも似合う」
フェルトで帽子やウェストコートを作り、サンタにしたり、トナカイにしたり、あんのんにしたり。
ソックモンキーと呼ばれる、その人形が一山になる。
試に作ったのは小さな黒猫。
「なかなか可愛く出来ていると思いませんか?」
そう問うソウマに、受け付けているティムが、そうですねとこくりと頷く。
「一匹目が上手く出来たので思わず凝った物を作ってしまいましたよ。猫の愛らしさが上手く出ていますね。ネットや専門本を読んで、僕なりにアレンジを加えた自慢の一品です」
ふ。そんな雰囲気で、思いっきり自画自賛するソウマの姿に、ティムは生返事をしつつ、でも、その黒猫はとても可愛いのでもふもふして完成品の中へと混ぜる。
ソウマはさらにもうひとつ猫の編みぐるみを取り出す。
「‥‥奇跡の一品ですね。製作している途中から何かに取り憑かれたように一気に仕上げた物ですよ」
とても見事に仕上げられた、素人が作ったとは思えない程の黒猫の編みぐるみが手渡される。
「きっと幸運を招き寄せてくれますよ」
ふっ。前髪をかきあげて、ソウマは口の端を引き上げた。
手の平サイズのひよこを五つと、抱っこ出来る大きな茶色のプードルが一つ。
丁寧な編み目のふんわり編みぐるみを手渡すのはレーゲン・シュナイダー(
ga4458)。
(「狐は作ったら手放したくなくなりそうなのでやめました」)
ふと思い出し、レーゲンはくすりと笑った。
エイミー・H・メイヤー(
gb5994)は、どさどさっと、作成した数多くの編みぐるみを置いた。
「可愛いは正義」
「! 正しく、正義ですのっ」
何か通じたらしいティムは、エイミーの作った編みぐるみを手にしてつい力拳。
ものすごい量の猫、うさぎ、羊、熊。小型のそれには、全てゴスロリ風の衣装が着せかけられている。
その衣装も全てエイミーの手作りだ。
さらに、余分に衣装のみ大量に袋に詰めてあった。
総務課’Sは、大喜びで作っている編みぐるみへと着せていた。
ハバキは、明るい色を選んで作った。
アライグマ、犬、猫、ひよこ。並べてみたくなって幾種類も作った。ふと手が止まる。
(「‥‥狼」)
何となく薄紫で作った編みぐるみを並べて、遠い目をして笑みを作る。
「な、なんとかなっ‥‥たわ‥‥」
幾分か、髪が乱れている。
アンドレアスが作り上げたのは、子供の手のひらに乗る程の、小さなクマ八体。
並べて提出して、僅かに目を細める。
思い出すのは、赤い月が来る前の、遠い北の国の冬。振り返る子供の姿はアンドレアスの小さな頃。その手には、相棒である大きなクマのぬいるぐみがしっかりと抱えられていた。
軽く首を横に振り、無愛想だった子供の頃の記憶を振り払う。
よいせ。とばかりにロジーが提出したのは、大きな白うさぎ。
スカイブルーのリボンがふわりと結ばれ愛らしい表情が笑っているかのよう。
さらに、袋の中には色々のとても小さな猫の編みぐるみ。
頭に紐が通っており、ストラップのように持ち歩ける。
編みぐるみを作るのはとても楽しかった。それがロジーの編みぐるみの、どの顔にもあらわれていた。
幸乃は、ぽす。と、ティムに黒ウサギの編みぐるみを手渡す。
つばめと透が仲よく連れ立って、大きな犬と数体の猫の編みぐるみを提出し。
出来をかえすがえす見返して、仁が小首を傾げると、高く結わえた長い黒髪が揺れた。
「むぅ、少しは自信があったのですが‥‥」
「可愛いくまさんですの」
とてもステキと、ティムはにっこり笑顔で仁の編みぐるみを完成品の中へとちょこんと置いた。
様々な人の手により、沢山出来た編みぐるみは、大きいのから小さいのまで、どれもとても可愛くて。
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「まあお守り、だ」
「! ありがとうございますの。でも、お心だけ頂きますのv」
UNKNOWNがあんのん風ソックモンキーをティムに手渡すと、ティムはくすぐったそうに笑いながら、しっかりと納品物の中へと仕舞い込みに走る。一応備品含めて軍のものである。
あわただしい事だねと笑いながら、UNKNOWNは帽子を被り直すと踵を返す。
休めそうな場所は無いかとマルセルはティムへと聞けば、オーナーがどうぞと、店内へと案内してくれる。テーブル席へと座ると、マルセルはテーブルに突っ伏す。
「あっ、マルセルさんもこの依頼‥‥受けてらっしゃったんですね。全然、これっぽっちも知りませんでしたよ。偶然ですねぇ〜」
フランツィスカは、実はこの場所に一時間も前から来ており、店の前でマルセルを待っていた。
にこにこと笑みを浮かべて当然のようにマルセルの横に座る。
「相変わらず、ナイス半ズボンで頼もしいです。触って良いですか?」
軽い口調だが、目は真剣である。隙あらば。そんなハンター? のようなフランツィスカの声はマルセルに半分届いて、半分届いていなかったようだ。マルセルはうつつで顔を上げる。
「ごめんリヒテン、心配させて。ありがとう、俺は大丈夫‥‥。もう、決心はついたんだ。伝えるよ、ちゃんと‥‥。でなければ、君にも申し訳が立たないから」
「それで、まだグダグダやってるんですか‥‥。あまり、エスターさんもその女の子も、待たせちゃダメですよ? マルセルさん、男の子なんですから‥‥」
マルセルの言葉を聞いて、ため息を吐きつつ、その頭をそっとフランツィスカは撫ぜる。
「う‥‥。そろそろ意識が飛びそう‥‥」
ぽてんとフランツィスカへと倒れ込んだマルセルを膝枕へと移動させると、フランツィスカは深い溜息を吐いた。
「私も自分に正直に生きられたら‥‥」
随分正直に行動しているフランツィスカではあったが、まだ心の内に通せない事があるようだ。
作っていたソックヤーンをマルセルに渡しそびれてしまっていた。
大丈夫かと覗きに来たティムへと、合間に作ったものですがと、手渡せば、ぎり、申告と致しますと人道支援の納品物として納められたのだった。
「ティム殿初めましテ! ナンだか初めての気がしないケド!」
「! 初めましてですの。‥‥私も何だか初めてのような気がしませんの」
ラサとティムは何か通じた‥‥のかもしれない。
「デラード殿、お久しぶりでス‥‥おめでとうゴザイマス」
「よお。久し振り‥‥って、何がだ」
ふと影を感じてラサは顔を上げると、フラグの立った人物が目に入り、ご挨拶。
「結婚式には呼んで下さいネ。ではお二人を邪魔しないようニー我輩はこれデ」
待てとか。どこまで話が尾ひれになっていると言うデラードの声を後ろに、そそくさと後にする。
今日は大好きなお姉様と待ち合わせをしているのだから。
「是非是非ご一緒にー!」
「きゃあっ♪ 是非是非ですのーっ♪」
真琴はティムときゃあきゃあ笑いながら、紅茶とお菓子を楽しむ。
(「今回はこれなかったから、お土産にレシピとか聞ければ聞いて帰ろかな」)
きっと幼馴染の彼はレシピが欲しいはずと、真琴はレシピを手に入れる。
「折角ですし、ラスクと珈琲でパーっと」
ころころと笑うロジー。
同じテーブルについたアンドレアスは、軽く髪をかきあげると、珈琲を口にし、何となく視線を落とす。
大切な友人ではあるのだが、どうも間が取れずに戸惑う。
「そういや、クリスマスって事は。あいつの誕生日だなあ」
「‥‥ですわね。もうすぐあの方の誕生日‥‥1年は短いですわ」
二人が会話をする接点は、その青年の事だけなのかもしれない。
誰か合間に入れば別なのだが、二人顔を見合わせると、必ず思い出される。
あまりにも深く囚われ過ぎているのかもしれない。
「こないださあ、変な夢見たのよ」
かしかしと頭をかくと、アンドレアスは夢の話をぽつぽつと語り出す。
珈琲の湯気の向こうに見えるそんなアンドレアスを見ながら、ロジーは笑みを深くする。
その夢の話はロジーと黒髪の青年と三人で暮らす夢。
砂糖菓子のように脆く危ういその夢を口にして、アンドレアスはしまったとばかりに手で口を押える。
「悪ぃ‥‥ワイン貰うか」
「ふふ。お付き合いしましてよ?」
(「‥‥そんな夢が本当なら良いのに‥‥」)
ロジーは笑いながら、自らの胸の内に苦笑する。
黒髪の青年が存在しなければ、アンドレアスも自分も、仲間と共に、色々あるけれども屈託の無い日々を過ごしていたはずである。
出会えた幸せ。出会えなかった幸せ。
(「‥‥どちらが幸せだったのでしょう」)
けれども、出会ってしまった。
それは運命なのかもしれない。
なだらかな肩の赤ワインが大きめのグラスにゆっくりと注がれて、ゆるりと揺れた。
デラードを見つけて、レーゲンは嬉しさを隠さずに駆け寄って行く。
けれども、中々目が合わせられず、目の前で立ち竦む。
逢いたかった。とても。
そして、どうしても聞かなくてはいけないと思い詰めていた事があった。
大きな手をそっととる。
「私、軍曹さんのこと‥‥好きになっても良いでしょうか」
デラードが目を軽く見開く。
「軍曹さんに‥‥恋、しても‥‥良いのでしょうか」
「俺はずっとレグが好きって態度にも言葉にも出してるぞ」
桜の花が散ったあの時から。
軽く屈んだデラードはレグの顔のすぐ近くで笑うと、軽く頬に口づけた。
「!」
レーゲンは一気に気が緩むのを感じた。
ぽろぽろと知らずに涙が零れ。
自分でも思ったよりも彼が好きだと気が付いたから。
間近で笑う茶の瞳から目が離せなかった。
初恋の人である幼馴染を奪ったデラードへと、エイミーは条件反射的に食って掛かった。
「レグはあたしの大事な大事な幼馴染だ。こんなちゃらちゃらしてそうなヤツ、絶対認めない! レグを一番幸せにできるヤツにしかレグの隣は渡さないんだからな!」
あまり面識の無い、可愛い娘さんの激昂に、デラードはきょとんとして首を傾げる。
「くそぅ、レグパパとレグママにあることないこと報告して第一印象最悪にしておいてやる!」
エイミーは、『捨て台詞を残して涙目を隠しながらダッシュ』という荒業を繰り出した。
失恋。
そんな字幕を背負って。
目を白くしてオロオロしていたレーゲンは、デラードに肩を抱かれて寄せられた。
沢山良い友達がいて良かったなと。
レーゲンは顔を上げて、はいと笑った。
幸せな報告。それと同じくらいの勢いの謝罪。
「鈍いなぁ」
ころころとハバキは妹とも思うレーゲンをぎゅっと抱きしめて、おでこにキスを落とす。
「お兄ちゃんの願いは、レグの幸せ。何にも裏切ってなんか、無いんだよ」
でも。と、半泣きの顔にハバキは首を横に振る。
「お兄ちゃんは、いっぱい悩んで、人を好きになれるレグが大好きです」
沢山の謝意を告げてぱたぱたと走る後姿をハバキは満面の笑みのまま見送る。
(「‥‥デラードと話したコトは、男のひみつっ」)
胸に浮かぶのは友の顔。
(「これでいいんだよね」)
そして、もうひとりの友の顔。
紫の。
ハバキは目を閉じ、さくりと蓮根のラスクを口にした。
恐縮しつつ報告にと告げられた事に、真琴は満面の笑顔を返す。
なんとなく、そうなるかなあという漠然とした予感はあった。
「うちは、誰と一緒でも、レグさんが笑顔であれるならば、それで良いのですよ? 愛とは深く、広いものなのです」
こうして、本人の口から聞く報告は、とても嬉しくて。にへりと笑う。
「だから、頑張ってくださいね」
はう。そんな風な彼女へと、思い切りはぐぎゅをして送り出す。
これは、絶対に良い事。そう真琴は笑みを浮かべた。
珈琲を置くと、幸乃は、ぱくぱくと口をさせながら説明する友達へと、穏やかに笑う。
「そう‥‥」
ふさぎ込んだり、揺れる様を見ていたから、幸乃は、余計に嬉しい気持ちが胸に灯る。
申し訳なさそうな彼女の手を取った。
ただ、取りたかった。
「お疲れ様‥‥」
何度も謝意を告げて去る友人の背を見送り、雪乃は置いた珈琲を再び口にする。
(「‥‥私も、新しく歩き出さないと、かな‥‥なんて、ね‥‥」)
焦がした豆の香りが抜けて行く。
幸乃は静かに目を閉じた。
傭兵となり、LHで出会った彼との思い出も、変わってしまった故郷の思い出も。
今はもう、冷たい鎖では無い。
それは、新しい靴へと変わり、温かい羽と変わり、佇む自分の背をそっと押してくれている。
ゆっくりと目を開けると、優しい仲間達が見えて。
幸乃は、くすりと微笑んだ。
「軍曹さんには軍曹さんの思いや、悩みが、きっとあったはずで。これからも色々あるはずで。それでもと踏み切ったのなら、後は応援するだけでっ。皆みんな、良い方向に進んでいけると良いなぁと、祈るばかり、なのです」
「そういうお前もな?」
「は‥‥い?」
デラードに挨拶へと行った真琴は、にやりと笑われて、しばし固まる。
「わわっ?」
ハバキはレグからの報告の報告をデラードに告げようと思って、先にハグられる。
「絶対ダメだと思ってた‥‥サンキュ‥‥」
結構いっぱいいっぱいだったらしい人類エースな親友を見てぱむぱむと肩を叩く。
「何処へ行っても、生きて帰って来なきゃ駄目だよ」
「フラグ踏んだって、あちこちから言われてるけどなっ!」
ハバキは、照れ隠しに言い放つデラードを、またぱむぱむと叩いて笑った。
深い色合いの木の椅子に腰かけ、ソウマは鮮やかなオレンジ色のラスクをさくりと口にすると、深い香りのカフェオレを楽しむ。
さわるとふにゃりと崩れる里芋のキャラメルをそっと包みから外すし口にすれば、あっという間に溶けて行く。
いろいろな人の声や気配。優しい甘さのお菓子。
「ホントあったまりますね 」
何だかほろほろと心の中まで温かくなって、知らず目を和ませた。
透は、出されたラスクとキャラメルを見て、軽く目を見開く。
「あ、このメニュー、つばめさんの案だったよね?」
「ふふ、『しろうさぎ』の常連のつもりの私としては、自分の考えたメニューが採用されるなんて、これに勝るご褒美はないですね」
傭兵になった当初から、和と洋のコラボレーションデザートを楽しみに通っていたつばめは、ほくりと笑って、さくりと口にする。
第一弾として採用させていただきましたと、老婦人が謝意を告げつつ焦げた風味の強い番茶をそっと置く。
「友達へお土産にしたいな‥‥」
そう、透が呟けば、透明のラッピングで、籠ごと透の分のお菓子が包まれて、細い組紐で、上が結ばれた。
ラスクの日持ちを聞いたハバキは、キャラメルは生ですから、数日のうちだが、ラスクはしばらく大丈夫と、老婦人が、笑みと共に、やっぱりハバキの分をラッピングしてくれた。
「‥‥なんとなく、ね。もうすぐ会えそうな気がするんだ」
ハバキは謝意を告げると、幸せそうに微笑んだ。
きっと、愛しい人と分け合えるはずだからと。
レグのお付き合い宣言を聞いて、ちょっと、かなり。だいぶ、思いっきり傷心のエイミーは、手を振るラサのテーブルを見つけて、よろよろと近寄って行く。
「あたしはついさっき初恋は敗れるというジンクスを実証してきたとこだ」
「お姉様〜よしよし〜今日だけは我輩の胸をいくらでも貸しマス〜」
どんより姿のエイミーをそっと抱き寄せて、ラサはエイミーを撫ぜる。
そんな、ラサをぎゅっとハグり、エイミーは盛大にため息を吐く。
「ラサ嬢はあたしの分まで幸せになるんだよ」
「我輩の方も全然全く進展がないのデスヨ、トホホ」
すこーし遠い目をして、ラサが呟く。
まあ、飲もう。
ですね。
そんな感じで、自棄紅茶(?)をして、語り合う二人だった。
深い色合いの木のテーブルに肘をついて、茶色の苦味の強い紅茶を口にすると、悠季は小さく息を吐く。
「そろそろ『約束の時』だけど因縁解くのにまだ時間が必要だからまだまだと‥‥」
カップをソーサーに置くと、さくりとラスクを口にする。甘過ぎないけれども、じんわりと優しくなる甘さ。
さて、どうなるかと。また紅茶を口にすれば、程良い口当たりに変わっており、笑みが浮かぶ。
きっと丁度良い時期が巡るはず。
たっぷりとミルクを入れた大きな紅茶のカップをファリスは両手で抱え込む。
白いカップとソーサーには綺麗な藍色でうさぎ模様が描かれている。
ファリスは、口の中に入れると溶けてしまうキャラメルに、ほう。と、幸せのため息を吐くと、ミルクティーを口にして、また、小さく息を吐く。
「‥‥コロナ、元気で頑張るの!」
初めて自分の手から送り出せた、ふわふわの『娘』。
きっとファリスの心を受けて手にした子を幸せにしてくれるはず。
カップのうさぎが、大丈夫と、ファリスに告げているかのようだった。
こうして、編みぐるみ達はクリスマスに戦禍に追われた子供達の手に渡る事となる。
大きなスノーマンのジンジャークッキーと共に。