タイトル:格納庫掃除と年越し鍋マスター:いずみ風花
シナリオ形態: イベント |
難易度: 普通 |
参加人数: 25 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2011/01/12 23:15 |
●オープニング本文
モニタに写る依頼の中にLH(ラスト・ホープ)の滑走路と格納庫が映っていた。
その依頼には、まるで年末の打ち上げのような但し書きが、書かれている。
【鳥団子鍋付き年越し床掃除】
君も、ひとつ、鍋で、『伝統』の、固い絆を深め合ってみないか。
開催日 : 12月31日昼〜1月1日昼
12月31日昼→大掃除
12月31日夜→鍋会。そのまま、朝まで宴会。
愛機を愛でながら、鍋をつつくという幸福を君に!
君の参加を、心より待っている!
整備員一同。
でかでかと書かれた、ポップな宣伝文句。
ぱっと見、ただの宴会のお誘いではあるが、非常に小さく但し書きがある。
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<鳥団子鍋>
電気を消して食べるべし。
箸を突っ込むのは厳禁。 自分の皿にはお玉ですくう。
塩と生姜以外の味付けは厳禁。
鳥団子以外の魚肉類は厳禁。
締めは餅。そのまま雑煮へ。
ひとり一品、野菜を持ち込む事。被ったら後片付けしてシンクを磨く事。
食べ物じゃないモノを入れた奴は覚悟しとけ。
以上。
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毎年恒例行事となりつつある、アレである。
新年などバグアには関係なく、いつも滑走路や格納庫は使用されている。
けれども、ひとつのけじめになっていいだろうと、整備長のおやじさんの計らいであった。
磨く場所は以下の通り。
・愛機KV。
・格納庫外回りの掃除。
・滑走路ゴミ拾い。小石などの障害物拾い。
・格納庫、コンクリ床磨き。(雑巾のみ使用)
「鍋を囲む人数が増えれば、大鍋を調達してくれるそうですの」
鳥団子鍋は、ひとつ鍋で囲むのがジャスティス。
──らしい。
どうやら総務課に在籍しつつの外回りとなったティム・キャレイ(gz0068)が、ひょこりと顔を出した。
今回はプライベートで参加のようだ。
「整備長さんに聞いてまいりましたの。何時もの様に、個人個人で鍋をするのも、可ですの。翌朝まで格納庫は貸切となりますの」
闇鍋をするのは事務所。
個人鍋をするのは、格納庫。
「電気コンロしか使えませんの。 煙草の火も厳禁となりますので、お気を付け下さい」
人数に合わせて、コタツとコンロと鍋を用意すると言う。下拵えは、各自済ませてから材料を鍋に入れるだけにしてやって来て欲しいとの事だった。
「年越し、よろしければご一緒しませんか?」
にこりとティムが笑った。
●リプレイ本文
●
羽矢子とレーゲンは、早めに来ていた。
つい顔を見合わせて笑ってしまう。
(後は雑巾かけるだけにしとくと、楽だものね)
みんなが掃除しやすいようにと羽矢子は笑う。レーゲンは整備士達へと挨拶をし、張り切って。
(大好きな格納庫。やっぱりこの匂いが好きですv)
雑巾がけの前の掃除機を二人でさくさくとかけまわす。
ソーニャは吹き抜ける風にスカートの裾を抑えた。
(今日はちょっぴり風が強いね)
吹き抜けた風の行く先を目で追いながら、笑みを浮かべつつ、滑走路のごみを拾う。
小さなゴミなどを拾っていた幸乃は、吹き抜ける風を心地よく感じて、腰を伸ばす。
風がさらう髪を、無意識に押さえると軽く笑みを浮かべた。
整備の方々に、少しぐらいはお手伝いをしないといけないだろうかとも思う。
「お。予想外に跳び過ぎた」
リュインは、小石や破片の小さなものを拾っていたが、少し目地にはまり込んでいた石を蹴飛ばすと、以外に軽く、点々と転がって行くのをぱたぱたと追いかける。
この空気が懐かしくて、少し気分が浮かれている事をリュインは気付かず。
年末の掃除は何故か寒い。真琴は、けもみみ付き帽子を被り、万全の態勢だ。
「勿論しっぽもセットですよもふもふですよ! 可愛い?」
「んー。そうですね。可愛い可愛い」
生返事&素通り。
そんな叢雲の背後から思わずぺちりと平手をぶつけるが、それすらも軽くスルー。
最初は一人が寂しくて。二回目は皆に会いたくて。去年は収まり所が見つけられなくて。
そして今年は。
「伝統の重みが、ついてきたね」
ころころと笑いながら、ハバキはなつきの手を引いて、格納庫へと顔を出した。
でも、何処か欠けているかのような空間は、きっと親友の不在。
(──大丈夫。きっと大丈夫)
何時もの顔の数々に笑顔を向けながらも、繋いだ手をぎゅっと握りしめる。
ハバキと手を繋ぎつつも、なつきはハバキの影へと隠れるような感じで顔を出していた。
気持ちがまだ、不安定なのだ。申し訳なさと、この場に居る怖さとで身が竦む。
二人を見て、アンドレアスは僅かに眉間に皺を寄せた。
「‥‥御迷惑、おかけしました。小隊も‥‥黙って、抜けてしまって、ごめんなさい」
「そんな事気にしては駄目よ」
「‥‥お前は、俺とホントよく似てるよ」
ぎゅっとなつきを抱きしめるロジー。
そんなロジーをハバキはさらにぎゅっともふもふ。大規模で重傷したのを気にかけて。
その横、何時もの様に手を振るハバキに軽く手を上げて返すと、なつきに、構わないと言う意味で首を横に振し、そのままその横を通り過ぎ、滑走路へと向かう。未だ、逃げ出し、ハバキを傷つけた彼女に対する気持ちが収まってはいないのだ。だが、責める事を、ハバキが望まないのだろうと飲み込んでいる。
「‥‥」
「アス?」
「なんでもねー」
ハバキの問いかけを打ち消しつつ、外に出る。
なつきは、未だに己の価値を見つけられずにいるのではないかとアンドレアスは思っていた。
(俺が逃げないのは、妥協を覚えただけだ‥‥無理やり納得して、前を向く技術でしかないが‥‥)
自分の尺度で人の気持ちを思いやるのは、かえって人を傷つける事がある。
(不用意に人を傷つけなくなった、筈だが‥‥)
かしかしと頭をかいた。
外の風が髪を吹き流して行く。
年若い友の顔が居ない。慈海は、小さくため息を吐く。
タイに続いて北京。今年はアジアに沢山かかわった年だったかと、ふと、振り返る。
雑巾をきゅっと絞る。
辛い事、苦しい事が沢山あった。
ぱんと雑巾を振る。
傭兵として関わらなければならないから、胸に痛い事事が多かったけれども。
良い事もたしかにあって。
慈海は、格納庫を見渡して、感慨深そうに目を細めた。
(格納庫掃除も四回目かぁ‥‥。早いものだよね)
やはり、ずっと一緒のハバキとレーゲンを見て、微笑む。
みんなの笑顔を見ながら新年を迎える事が出来る事の幸せをしみじみとかみしめる。
幸せの感情を、辛さに埋もれさせてしまいたくはないと、強く思う。
「何か、これをやらないと年越した気がしないんだよなぁ‥‥と言う訳で、今年も来たよ〜」
にこにこと笑いながら、ユーリが顔を出す。
その横では、エイラがやる気満々で居る。
「さてと、まずは、外から始めるとすっか」
これぐらいの寒さは、寒さの内に入らないとエイラは笑う。
「ティム、竹箒とゴミ入れ借りるねー」
「はいですの」
ぶんぶんと手を振るティムに、ユーリは苦笑しつつ掃除道具を借りる。
エイラは、つい最近依頼を一緒したばかりだ。
そういえば、何も知らないなあと。いろいろ、質問を考えていたのだけれど。
気合を入れた掃除をしつつ、にっと笑ったエイラが振り返る。
「ユーリ、あんたの愛機のこと聞いて良いか」
ユーリはくすりと笑って、掃除をしつつ、そうだなあと笑った。
「さぁ、さくっとお掃除してお鍋ですのーッ」
今年もこの季節がやってきた。
ロジーは、何時ものぴこハンを鳴らしながら、意気揚々と格納庫へと顔を出した。
今までは床磨きをしていたのだが、今年は滑走路へと足を向ける。
今年はKVで空へと上がる事が多かった。そのお礼にと。
「そ、それにしても‥‥寒い、ですわ‥‥」
くしっと、漏れるくしゃみ。ふと周囲を見ると見知った顔が。
毎年恒例という、そんな事があるというのも悪く無い。たとえ煙草を吸う場所が限定されていても。
そう、アンドレアスは格納庫の外回りを掃除して回っていたのだが。
「‥‥何やってんだ?」
「ふふ」
ロジーが、そっとアンドレアスの近くへと寄って風よけとして暖を取っていた。
アンドレアスはやれやれとばかりに、自分に溜息を吐く。
実は気になって、妙に探していたのは、ロジーは知らない。
毎年どうしても、片付けきらない廃材などが、倉庫外片隅に積まれている。
「‥‥寒い‥‥ですね」
それらをひと塊にすべく、恒例行事にしている叢雲が運び始める。
寒いのは苦手である。だがまあ、何時もの様にてきぱきと。
目の端に見えるのは、叢雲的に無駄な動きの多い、元気な真琴の姿。
外周をぐるっと掃いた真琴は、屋根のふちの雨樋に、ごみの吹き溜まりを見つけた。
「落ちたりしないで下さいよー?」
よいせよいせと脚立を運んでくるのを叢雲はため息交じりの笑い声をかける。
「子供じゃあるまいし、落ちたりなんてしませんよぅ‥‥っはうっ!」
かくりと、脚立を踏み外す真琴。
手にした廃材を、人の居ない場所へと放り投げつつ、叢雲が走り込む。
落下した真琴は、無表情で見下ろす叢雲の手の中に。
良く見知った知り合いが見れば、無表情だが、叢雲が軽い威圧状態である事がわかるだろう。
真琴は叢雲を見上げ、乾いた笑いを浮かべた。
「遅い! 床はあと水拭きだけだから、しっかりやってね?」
後から来た仲間達へと、笑いながら、羽矢子が振り返る。
掃除が全部終わればこたつむりなのだから。
「あ、ティムちゃんっ☆」
ふわんとした髪を見つけて、慈海はぶんぶんと手を振った。
その声に満面の笑みを浮かべ、ぱたぱたと駆け寄ったティムが頷く。
「おじさまっ! 完全防備ですのねっ」
「うん。はい、ティムちゃんにも」
「ありがとうございますのっ」
使い捨てカイロにビニール手袋。そしてハンドクリームをさくさくと床拭き班へと配って回る。
レーゲンは、すぐに黒く固くなる雑巾を、こまめにすすいで、水を取り替える。
慣れた手つきでせっせと床を拭いて行く。
冷たいのもなんのその。何しろ大好きな格納庫である。
格納庫の窓を磨くのはエイミー。基本、伝統でお湯は使えない。ならばとばかりにバケツを持つのは譲らない。せっせとバケツの水を変えて回る。
「レディにそんな重いものは持たせられないよ」
そんな自分もレディだという事はとりあえず棚に上げてあるようだった。
コンクリ磨きはもう手慣れたもの。ハバキは、こまめに水を変えて、てきぱきと掃除する。
その合間に、近くで掃除しているなつきと目が合うと、もふりと抱きつく。
「手が冷たくなったー」
「‥‥あ‥‥」
抱きつかれたなつきは、この場でどう対応していいか一瞬固まる。
その屈託の無さに、なつきは温かくなると同時に、申し訳なさがつのる。
(‥‥どれだけ、苦しい思いをさせてしまったのだろう)
何度も逃げて困らせた。
それでも、傍にいて欲しいと変わらぬ笑顔のままで居てくれた。
微妙な表情のなつきを見ても、ハバキはいつもと変わらずに、にこりと笑う。
何を考えているのかは大体わかる。でも、そんな事はどうでもいいのだ。
(‥‥追い込んじゃったのは俺だから。)
何よりも今、こうして一緒に居る事が嬉しくて愛しいから。
微塵も変わらずに。
「冷たくても平気だーい」
ルキアは、床掃除をしつつ、落書きをする。
(ミステリーワード♪)
パイロットとKVの落書きをして満足そうに笑みを浮かべるが、何だか危険を感じて思わずきゅきゅきゅと消した。
背後に整備長が仁王立ちしていたのは後から知る事。
なんだかんだ言いつつ、水拭きをする羽矢子は、感謝の気持ちを込めて目いっぱい掃除するつもりでいた。
「そういえばデラードは不参加か。スカイフォックスも忙しいみたいだね」
見知った顔が居ないのは不思議な感じもする。
と、整備長のサングラスと目があった。
「と。そのっ!」
別に悪い事をしている訳ではないのだけれど。
人様よりも余計にお世話をかけているせいか、何となく身が竦む。
(こないだもシュテルン大破させたしっ)
かなり無茶な事はしている自覚は、山盛りにある。
「温まるよ〜☆」
さんぴん茶の美味しい香りの湯気が立つ。慈海がどうぞと差し出して回る。
ティムを見つけると、レーゲンはクリスマスの礼を言えば、お礼返しとまねきねこがぐっと手渡され。つい顔を見て笑い合う。ラサとエイミーもティムに、クリスマス返しのまねきねこの襲撃を受けていた。
「ん、これで大丈夫かな」
大体、綺麗になったかと、リュインは、ぱんぱんと、手を払い、空を見上げ。
●
ルキアは、早々にやって来ると愛機を見上げてにこりと笑う。
「イクシオン、イスカリオテ‥‥私、今日も生きてるみたい!」
ラサはルキアを見つけると満面の笑みを浮かべてぺこりと機体ごとご挨拶。
外回りがひと段落すると、事務所掃除を始めた幸乃は、備品をチェックしてメモる。
(あとで、買い出しの時に、一緒に買ってきましょ‥‥)
(今年一年頑張って貰ったKVや整備の人に感謝しないとネ)
頭の花を揺らして、ラサは整備員へと差し入れをすると、ぺこりとお辞儀。
「今年もありがとうございまシタ、来年もヨロシクお願いイタシマス」
「嬢ちゃんもな」
サングラスの縁がきらりと光る整備長から謝意を告げられる。
掃除の後は闇鍋だという。
(ティム殿も参加するんだから)
きっと楽しいものに違いないとラサはうんうんと頷きながらKV掃除へと向かう。
竜彦は、深々と整備班へと頭を下げた。
持参したのは山のような酒。
「御詫びと御礼に仕事の後に呑んで下さい」
「ぼうず」
「はいっ!」
「今回はありがたく頂くが、これは行き過ぎだ。ぼうずからこんなに貰う義理は無いからな」
整備長が、サングラスを光らせた。持ってくるにしろ、限度があると。
でも、小隊メンバーの急な増加や、何しろ大規模の度に堕ちるしと、はうはうすれば、そっちはそれが仕事。こっちは整備が仕事だと、にやりと笑われ、そうかあと頷きながら、竜彦は機体へと向かう。
「何か、初めてじゃねぇ気がすんだよな‥‥気のせいだよな」
「ですの。一緒に遊んだような気もしますの」
エイラは、ティムに抱きつけば、きょわわと叫び声を上げられる。が、顔を見合わせて、笑い合う。
KVは戦いの道具だと思う気持ちは変わらない。慈海は愛機を見上げ、磨く。多くの命を守る道具でもある事を知っているから。アンジェリカ、シェアーブリスのコクピット内も綺麗にするとロジーは整備長らしき人物を発見し挨拶をすると、機体を見て欲しいと言えば、いつも見ているので大丈夫だと告げられる。パーツ交換や機材変更のリストを手に、機体をチェックするのは叢雲。真琴は愛機へとお礼と愛を込めて磨き上げ。
愛機二機、ギャラルホルンとフリムファクシを並べ、アンドレアスは磨く。兵器でしかないKV。けれども、今はそれに頼るしかない事も十分身に染みている。
(戦いを終わらせるための戦いだと思い込まなきゃやってられないよな‥‥)
終わりの始まりを世界へと告げると言う、角笛の名を持つ機体を見上げた。
カルマは、シュテルン、ウシンティの磨きあがった機体を眺めて、笑みを浮かべる。
「大事にすると機械にも心が宿るらしいネ。大規模ではお世話になりましタ、今綺麗にしてあげるからネ」
ラサはきゅきゅっと音を立てて、愛機を磨き上げた。
「整備の皆さんにはお世話になってるしな、お手伝いしないと」
それでもやっぱりゴスロリメイド姿は譲れない。
エイミーは姿で、きゅっとばかりにゴム手袋を装着すると、KV磨きに素手とかいう女性にジェントルマンにゴム手袋を手渡して回るとディアブロ、Rosen Ritterを磨き始める。
「大規模ではお疲れ様だ、ありがとう」
「Rosen Ritter殿もエイミーお姉様を守ってくれてアリガトウ」
ラサがエイミーごと、KVへとぺこりとご挨拶。次にはルキアの元へと挨拶に回り。
エイラは、愛機へと声をかける。
「よしこんなもんだな‥‥さて、次のことに取りかかるぞ。ちゃんと、磨いてやっからな」
水洗いの済んだ愛機をこれからぴかぴかに磨き上げるのだ。
「まったく‥‥こんな乗り手ですまねぇなヘルヘイム、ミスト」
こつんと頭を預ける。
この所、大破ばかりだ。
堕ちる痛みは、いつもエイラへと伝わっている。
すまないと、小さく呟く。
相棒であり、一心同体でもある愛機。
彼等が在るから、自分はこうしてここに生きていられる。
だから。
「待ってろ?」
エイラは、にっと笑って磨き始めた。
作業着に着替え、マフラーをくるりと巻いて、クラウディアは、アルバトロスのバトちゃんの元へ。
「‥‥そっか、もう1年経つんだね‥‥」
去年もやっぱりここで磨いていた。
そうして。
僅かに眉根が寄る。
思い出すのは苦い記憶。
未だ、故郷の地を踏めていない。
クラウディアは首を軽く横に振る。
鋼の機体に、自分の顔が映り込んだ。
鏡ではないので、おぼろに揺れたその顔の向こうに、様々な戦いが垣間見える。
強化人間達との戦い、会話。共に戦う仲間と過ごした時間。
軽く息を吐く。
何時も、共に居たのは。
「‥‥ありがとね」
バトちゃんが護ってくれたからだと、クラウディアは思い、ふふっと満面の笑顔を浮かべ。
「綺麗にしなくっちゃ」
いけないとばかりに、一生懸命磨き始めた。
ソーニャは、愛機エルシアンを磨く。
「‥‥生き延びたね」
それは、未だ飛べるという事。
今まではそれで良かったのだけれど、ソーニャの顔つきは、去年と同じであって、違った。
それは、ソーニャの世界が広がったからに他ならない。
小さく息を吐いた。
(ボクを慕ってくれた少女は、空に砕けて散った‥‥)
戦いは敵も味方も容赦なく命を奪う。
(ボクが砕け散っても、彼女等は咎めはしないだろうけど)
彼女は何を求め、何の為に逝ったのか。
この戦いの先に何があるのか。
洗った水滴が、機体を伝わってソーニャの足元へと落ちた。
「簡単には、死ねないね」
自分が死んでも、誰かが思いを受け継いでくれるだろう。
けれども。
自分の思いだけでは、もう。
ソーニャはエルシアンを見上げた。
「今年は余り使って上げれなくて、悪いと思っているよ。来年は‥‥そこそこ使うと思う、たぶん」
ソウマは、磨きながら、愛機へと語りかける。
と、何処か押したようで、急に警戒音が鳴り響く。
「わっ、どうしたっ?! ‥‥まさか機嫌でも損ねたかな?」
わたわたと声をかけながら、磨いたりさすったりしていると、わらわらと整備員達が群がる。何しろここは格納庫。ちょっとのミスも許されないプロフェッショナルの集団が黙ってはいない。瞬く間に機体は沈黙。ソウマは安堵の溜息を吐き、機体を見上げた。
「来年もよろしく、僕の相棒!」
ホントだな? とか言いそうな雰囲気が何となくある感じ。
ソウマは本当だってばと言うように、機体を軽く叩いた。
一真は、よしとばかりに、並んだ機体を眺めた。
「やっぱり一年の締め括りはこのイベントですねえ」
それでもって、ちょっとばかり、つーっと汗が。
何しろ並んでいるのは六機だったから。
早めに来たのはこの為だ。
流石に分解整備までは回らないが、メンテハッチを開け、剣翼に気を付けて、気合を入れて掃除にかかる。
まずは、最も使用頻度の高い愛機、阿修羅だ。
「酷使してますからね」
大規模も、通常依頼も共に戦っている。くっと布を滑らせれば、鋼の機体が淡く光る。
「沢山だねえ」
「ああ、ユーリさん。お疲れ様です」
外掃除から戻ってきたユーリと一真は、互いを認めて挨拶を交わす。
(ルキアさんもあちらにお見えでしたね)
見知った顔が幾人も居て、一真はそれぞれに顔を出し、年末年始のあいさつを告げる。
つばめは、愛機を眺めてしみじみとした気分になった。
(技術が進んだことは喜ぶべきなんでしょうけど‥‥)
ディスタン。ミカガミ。
旧式となり、市場から姿を消した。
乗り手としては、一抹の寂しさが過る。
けれども。
「申し訳ないけれど貴方にはまだ引退してもらうわけにはいかないの」
きゅっと磨き布が返事をするように大きく音を立て、つばめはにこりと微笑んだ。
(大切な人達を一人でも多く守るため、これからも力を貸して、ね?)
(代鏡。いつもありがとう)
透は、雪村を内蔵する為か、負担が大きくなりがちな愛機の右腕部位を気遣い、丁寧に磨く。
無心に磨いていると、ふつふつと心に浮かぶ言葉があって、代鏡へと問いかける。
(お前は‥‥どう思う?)
短くない、透の戦いの歴史。
世界は複雑で、矛盾している。
酷いと透の思う事が『仕方ない』で片付けられる事も少なくない。
自分の出来る事は何だろうかと思えば、磨いている透の顔が代鏡に映り込む。
その顔は、おまえはどうしたいのかと問うているようで。
(僕は‥‥この世界が嫌いじゃない)
母以外は皆、自分を嫌っているのだと思っていた。
世界全てが嫌いで辛い事だと思っていた。
何よりも、そう考える自分が嫌いだった。
「透さん、代鏡磨きに行っても良いですか?」
「あ、うん。変わるよswallowさんへ移るね」
明るいつばめの声に、透は現実に引き戻され、笑みを浮かべる。
仲間がいる。好きな人が居る。
嫌な事も多いけれど、感謝したい事が沢山あって。
(‥‥この恩を世界に返したい‥‥)
思う事と裏腹に、汚れて行く、この手だけれど。
(‥‥僕は何かしたいんだ‥‥)
ぐっと手を握り込み、透は顔を上げる。
答えは、自分の心の奥に、きっと在るはずで。
「はい。お願いします。本当に、これをやらないと年を越した気にならなくなってしまいましたね」
「うん、そうだね」
つばめの機体、swallowへと透は手を当てる。
(今年も、つばめさんを宜しくお願いします)
そうして、二人はコクピットへと小さな鏡餅を飾り、居並ぶ仲間達へもどうぞと配って回る。
メンテはきっちりされている。だが、思わぬ場所に歪が生まれる事もある。
通常は問題が無いが、それが大きな歪になるかもしれないからだ。
整備班の面子と一緒に、シラヌイ、日竜を磨きながら、竜彦はそんな場所をチェックして行く。
「なんだか日竜に乗ってると北伐で死んだ妹に死ぬ事は許さない‥‥って言われてる気がするんですよ」
「そうかい」
返事を受けて、竜彦はひとつ頷く。
あの日の事は今でもまざまざと脳裏に浮かぶ。口の中に錆びた鉄の味が広がる。
首を横に振り、それらを振り払い。
傭兵達の乗る機体も様々に増え、どの小隊もバリエーションに富んでいる。
同じ機体で揃える隊も居るが、大抵はばらばらな機体に乗っている。
竜彦の小隊もそうだ。
「沢山お世話になってますっ」
「気にしぃだなあ、おまえさんは。どこも一緒だぜ」
竜彦は、やっぱり気になるしと笑う。
一方で賑やかな声がする。
「戦法だよー、装甲途中でパージするワケにいかないんだし」
「駄目!」
「むー。もちょっと薄いと良いのに」
手の回らない細かな場所を整備しつつ、ルキアは整備員とがうがうと機体のカスタム化で一通り言い合うと、ぷん。とばかりにコクピットに滑り込み、呟く。
「一回整備したら、確認で暖機して巡航した方がいいよね‥‥いきなり戦場に持っていけないし」
「滑走路一回りなら行ってきても良いよ」
「やたっ! 行きマース」
軽くエンジンをふかすと、ルキアは滑走路へと機体を流した。
様々な名が、仲間達のKVにはつけられている。
リュインは、細かな汚れを落とし、雷電を丁寧に磨きながらふと思う。
「皆のように名を与えてやるべきなのだろうか‥‥」
翼、胴体。足回り。磨きながら考えるが中々良い名が思いつかない。
機体へと上がり、風防に布を走らせれば、きゅっと音がする。
「──chardon‥‥」
ふと浮かんだのは、TACネーム。意味はアザミ。
何だか、すとんと心に収まった。
手を止めて、リュインは優しげに目を細めて愛機を見た。
「一心同体という感じで、それもまた良いだろう。これからも宜しくな、chardon」
磨かれた鋼が答えるかのように、光ったような気がした。
上質なコートの裾を翻し、格納庫へと顔を出したのはUNKNOWN。
「ま、毎年の締め。恒例の行事と言う奴だな」
(――しかし、増えたな)
年末の格納庫に集まる傭兵達を眺めて、軽く笑みを浮かべ、愛機へと向かう。
機械的疲労やブレ、動作の癖などが自分好みかを確認すると、整備士からの報告を受けながら、オリジナルな部分を点検する。
「――後でレポートにしておくか」
問題点を書きだすと、顎に手を当てて頷く。
全ての整備が終了する頃には陽が暮れてきていた。
レーゲンは、何時もメンテをしっかりしている機体へと触れ、挨拶をして回ると、整備長の許可を取りデラードのR−01の場所へと向かう。
「お久しぶりです、『相棒』さん」
ただ、彼がそう呼ぶKVへと主の帰還を願う言葉をかけると、皆の元へと戻る。
途中で、アンドレアスとハバキの機体をファン心を顔に貼り付けて遠目から見学をし、仲間達のそれぞれの個性ある機体の中をうきうきと戻る途中で、かかった声に足を止める。
「‥‥レグ、さん」
なつきの姿を見て、レーゲンは立ちつくす。ぽろぽろと零れる涙。
「おかえりなさい、なつきさん。良かったですね、ハバキおにいちゃ」
他に言葉にならず、わんわんと泣くレーゲンの手をなつきはそっと取り、引いて行く。
なつきは愛機のコクピットへとレーゲンを招き入れた。
胸元に光る小さな花の首飾りを見て、なつきは彼女の今までの葛藤を思い、抱きしめ、髪を撫ぜる。
ハバキは、整備長を見つけて挨拶をすると、笑う。
帰らない親友の話を聞きたかったから。
「おっちゃんは、いつからの付き合い?」
「‥‥テストパイロットに入ってきた小生意気なガキの頃からだな」
未だKVがKVとして確立されない時期。
今のような軽い感じというよりは、悪がきであったのだという。
ハバキはサングラス越しに眇められた目に不安を見透かされたようで、どきりとした。
「あいつは、戦場で親友とも呼べる先輩を無くしてる‥‥ぼうずが心配するような事にゃあならねえさ」
逝く事より残る事がどれほど辛いか知っているからと。
「うん」
くしゃりとハバキは笑った。
日暮れてくる。沈む夕日が朱に染まる。
「最近、夕日が血の色に思えて困るわ」
その赤を見て、アンドレアスは目を眇め、呟いた。
UNKNOWNは、唯一煙草を吸える場所である整備室の一角に腰を下ろし、紫煙をくゆらせていた。
機体の細かな部位の確認に回る整備士へと、ゆったりと笑うと立ち上がる。
「そこは、キャップを捻る感じに、だよ」
「ああ、なるほど。了解です‥‥お帰りですか?」
「鍋は遠慮しておこう。こういう日はBARに飲みに行きたいから、ね」
そして、持参したワインをごとりとテーブルに置く。
「今年もサンクスだよ。来年も、宜しく頼む」
きゅっと煙草を消すと、謝意を告げる整備員へと軽く後ろ手に手を上げると、格納庫を出て行った。
行く先は、LHの繁華街。
今年もいつもの通りに。
●
小さな軽い音がして、事務所内の電気が消える。この時ばかりは、格納庫内の電気も消える。
別の場所で、集まった食材を上手に火を通してきてある。火の通りは、それぞれ良好であるはずだった。
手にしているのは、丼。これでなければ、受け止められない食材があると、通達されたも同じ事である。
今年は果物がNGで非常に残念とロジーは頷く。
だが、それならばと、軽い音がする小さな物を投入する。少しのスパイスは必要だろうと。そして引き当てるのは、投入したものと同じような形で、一瞬冷や汗が。だが、それは噛めば噛むほどねばねばと。
海藻だから、いいよねっ。とか心で呟きながら慈海が投入するのは、沖縄ではポピュラーな物。そして引いたのは小さな葉物。味は、不思議な味。
「スープにも入れるし、不味くはないと思うんだよな」
最初にそれを隣の皿に放り込んだ事を思い出し、リュインは筋張った香り葉物を入れる。
引き上げたのは甘い鍋候の葉物。つい笑みが零れ、ちらりとハバキの居る方角を見る。
「‥‥果物禁止」
何か嫌な予感。でもきっと大丈夫。こくこくと頷くハバキ。何故か引いた覚えのない苺を食べた彼は、居ない友が嫌いなものをつい入れる。そして、ころんとしたものを引き上げる。綺麗に形のとれたそれは、ほっこりと甘い。なつきもハバキと同じようにきっちりと下拵えの入った根菜を引き当てていた。ふにゃりと崩れるその冬野菜は。
鍋投入の品物が限定された。よって、『当たり』は、そうそう無いはず。と、羽矢子は軽い音共に入った葉ものを口にする。口にする前から香る。そういや最初は山葵に当たったんだと思いながらユーリが口にしたのは、日本で良く鍋で食べる香りある葉物。ほっとして食べ進む。カルマは、しんなりとして溶けそうな細い葉物を手にした。味の無いそれは、本来非常に鍋に合うものだろう。以外に合うと聞いた一真は色の淡い葉物を投入し、口にするのは筋張った葉物。香りが非常に。こう。来る。いろいろと迷って優しい葉物を投入したクラウディアは、でっかい葉物が丼に。仕方がないのでかぶりつく。でもこれは非常に馴染んだ味。胃腸に良いかもとにこりと笑う。しんなりとした葉物はしゃきしゃきなのかそうでないのか。竜彦はううむと唸る。
ぷちむにゅ。ぷち。柔くなったぷちぷちがイヤんな食感。ラサは目を白黒させる。
「‥‥ッッッ!」
どんな神様の思し召しか。刺激物を投入したアンドレアスは逆襲に合って涙目である。
小さいけれど、丸かじりは結構ハード。
「お、お皿に盛られた物は全部食べないと神様に怒られるのデス」
「当たりですね。結構おいしいですよ」
色物食材は先輩方にお任せをする。
そう、滋味あふれる食材を投入したソウマが引き当てたのは、非常に馴染んだ葉物。
こういうのも良いモノだ。そうエイラは思う。特に激しい食材ではないが、癖のある葉物の香り。
「べっ、別に泣いてねぇよ。嬉しいだけなんだ」
「鍋ごと食べる気分で、行っちゃうよっ!」
ふにゃりと甘い。でも、嫌な甘さでは無い。
拳ほどの大きなそれを、ルキアはぱくぱくと口にする。ちょっと中に種がある。
しっかりと下拵えをした根菜を投入していた叢雲の箸が、ぴたりと止まる。引いたそれを無言でそれを平らげる。味は良い。だが、触感がふにゃふにゃで。これは愛。そう思いながら真琴は重い物を投入し、手にしたのは何だか箸から滑る。口にすればねばりと広がり。鍋に合うと良いなあと投入した丸ままな物体。鳥団子の味は大好きだ。レーゲンがわくわくと引き当てたのは小さくて丸い葉物。馴染んだ味ににこりと笑う。香り葉物を投入したティムはごろんとした根菜を引き当てた。ほくほくしたそれは、滋味あふれ。つばめは縦に長い物体を丼で。かじりつくと甘い。食べ方があるかもと、四苦八苦して、横にしてそぎ落とすように身を食べる。透はつばめよりも一回り小さな長い根菜を手にしていた。今年の干支をふと思い出す。
散らばる物はそう無くて、時折でっかいものはあったが、意外とまとまったピリ辛鍋となった。
そうして、蛍光灯の白々とした明かりが、大鍋を暴き出せば。
慈海*海ぶどう→ラサ
ロジー*唐辛子→アンドレアス
叢雲*かぶ(下拵え)→なつき
リュイン*セロリ→一真
レーゲン*パプリカ→ルキア
ハバキ*春菊→ユーリ
なつき*とうもろこし→つばめ
透*水菜→カルマ
カルマ*キャベツ→クラウディア
アンドレアス*タイ香草(パクチー)→羽矢子
つばめ*モロヘイヤ→真琴
クラウディア*ほうれん草→ソウマ
一真*レタス→竜彦
真琴*ジャガイモ→ティム
ユーリ*えびすかぼちゃ(下拵え)→ハバキ
羽矢子*オクラ→ロジー
竜彦*フェルドザラート→慈海
ルキア*ヘチマ→叢雲
エイラ*芽キャベツ→レーゲン
ソウマ*人参→透
ラサ*白菜(下拵え)→リュイン
ティム*パクチー→エイラ
今年は違反するチャレンジャーも居らず。
野菜が被ったのはアンドレアスとティムのみ。
磨くのは罰ゲームなので余人介入を許さず。せっせと磨く二人であった。
そして、真夜中に年が明け。
●
もっと食べる―と、ルキアの元気な声が響く。
事務所鍋がひと段落つくと、そこにお餅が投入され、そのまま新年鍋へと。
「ワイン足りてる?」
リュインがお雑煮にワインも結構いけると、笑みを浮かべて、新年の挨拶をかわす。
「恋人と妹が待ってるんで帰ります」
竜彦がナチュラルに発した言葉に、一部整備班から、ゆらりと陽炎が立ち上ったような気がする。
はっとしたのもつかの間、かるくスキンシップという名の引き止めが。
「‥‥鬼か、アンタらっ?!」
半泣き。の、ところで、あっさりと解放。
バカヤロー。豆腐の角に頭ぶつけてしまえーとかの声を背に、そそくさと帰る竜彦だった。
「よろしくね」
機体の並ぶ、静かな場所で、羽矢子は愛機全てに、額を付けて呟く。
名は無い。ただ、全てが『相棒』である。
返事は無いが、きっと空を駆ける時に答えてくれるようにと。
「もう、二十歳になったんだな、あいつ」
アンドレアスは外に出て、軽く杯を夜空に掲げた。
思う事は‥‥。
ソーニャは小さく息を吐く。
今年も、またエルシアンの下で、チーズフォンデュ一人鍋を作っていた。
長いフォークに刺したバケットにチーズを絡めてぱくり。
熱さと美味しさに、僅かに顔をほころばす。
闇鍋に興味はあるが、食べられない物は、本当に食べられないので、遠慮している。
(でも、鍋繋がり)
ふふっと笑い、鍋の仲間入り気分と、頷く。
エイラは、初めて尽くしの年越しに、格納庫をきょろきょろと。
とりあえず、鍋には自信が無く。一人鍋。
「ちぃと、面白みねぇけどまぁ‥‥良いよな」
市販の出汁に野菜や肉を入れれば、何となく鍋なのだ。
満足そうに頷くと、ぱくりと食べて、頷いた。
透とつばめはすき焼きを二人で仲よくつつく。
牛肉、椎茸、春菊、ネギ、白滝、焼き豆腐が美味しい香りを放つ。
「あけましておめでとう。これからも宜しくね」
「こちらこそ」
今年もいろいろあったけれど、無事新年を迎えれた事に、つばめは安堵する。
来年の大学受験を頑張らないとと、気を引き締める。大変だろうけれど。
(‥‥きっと頑張れる。一番大切な人が応援してくれてるんだから)
そんなつばめを見て、透は肉を取り分けながら思う。
(つばめさんも頑張ってる‥‥僕も頑張らないと、な‥‥)
慈海は、どうぞと、整備長へと泡盛をお酌して。
「はい、ティムちゃんもー。幸乃ちゃんもー」
「乾杯ですの」
「ありがとう」
ティムがきゅっと飲み、幸乃が紙コップで受けて軽く掲げる。
「いただきますわ」
「どんどん行ってね、ロジーちゃん☆」
うんうんと頷きながら、慈海は依頼などで顔見知りの女の子優先でお酌に向かう。
「Buon anno !」
「! おめでとございますのっ♪」
ティムの姿を見つけると、クラウディアは、やっぱりはぎゅと抱きついてご挨拶。
そして、はぎゅとご挨拶返し。女の子達の華やかな歓声が上がる。
倉庫内では、いくつかの鍋が出来上がっていた。
今年も出血大サービスな自腹海鮮鍋の真琴。蟹の赤が倉庫にまぶしい。白味噌仕立て。熱燗付き。
簡単な摘みを作ってそれを手土産に、叢雲は海鮮鍋へと顔を出す。
「ティムさんもどうぞ」
「いただきますの」
酒飲みの大人達は、杯を片手に、鍋の回りでのんびりと語らっている。
「Buon anno ! 今年もよろしくお願いしますっ」
クラウディアが元気よくビールとカクテル片手に駆け寄ってくると、真琴となつきにぺこりと挨拶。
「お兄ちゃん、今年もよろしくお願いしますねっ」
アンドレアスが笑いながら乾杯をする。
「ティム殿も行こウ!」
「是非にご一緒致しますのっ」
ラサが、ティムを見つけて、甘い香りへと誘えば、二つ返事で頷かれる。
「エイラ、良かったら一緒にレーゲンのチョコ鍋に行かないか」
「え? 行ってもいいのかな」
パウンドケーキを投入しようかなと思うと、ユーリは笑い、趣味だからと、エイラにも手渡した。
「‥‥クガ、さん」
「うん?」
自分が混ざっても良いのだろうか。
そんな気持ちを込めて、ハバキの袖を引いたなつきは、満面の笑みを返され手を引かれて行く。
「なんとか生きて新年を迎えることが出来ましたが、来年はどうなんだろ」
簡単に死んではやらないけれどと、ちょっと斜に構えてみる。
(僕はキョウ運の招き猫ですから‥‥)
ソウマは、軽く肩を竦める。が。
賑やかな流れがチョコ鍋へと向かうのを見て、笑みを浮かべて踵を返す。
「僕はこっちの方が好みかな」
素直でないソウマだが、甘い物には素直に従った。
甘い香りがするのは、レーゲンのチョコフォンデュ鍋。
「沢山ありますよ〜。バナナ、苺、オレンジ、マシュマロ、一口バームクーヘン。食材持込も歓迎です」
にこにこと、レーゲンが手招きする。
「あっ、お姉さん、それとって貰っていいですか」
「はいどうぞ。熱々ですよ〜」
ソウマは猫を被った天使のような笑みを浮かべ問いかける。
レーゲンは、くすりと笑い、苺チョコを手渡せば、ソウマは貰って嬉しそうに口にする。
「こういう鍋もあるのですネ。甘いけど熱イケド甘い‥‥複雑でス」
「でも、とても美味しいですの」
「でス」
ラサとティムは笑み崩れながらつつく。
「甘いものは別腹ですよねっ?」
「ですです」
クラウディアと、真琴も、チョコを、はうとばかりに口にして。
「はい、ラサ嬢、あーん♪」
「あーン」
レーゲンの手伝いをしていたエイミーはラサを見つけると、とっておきをあーんする。
チョコのテンパリングや、ミルクチョコとスイートチョコの配合や。雪だるま型のマシュマロの用意。ミニドーナツ、ハートや星形にくりぬいたのフルーツ。しっかりとした下準備で、華やかさが増していた。
ふと、ティムと目が合う。
「可愛いは正義、そして甘味もまた正義だ」
「至極当然ですの」
何か妙な空間を形作る。もうその件について、二人に多くの言葉は要らないようだった。
幸乃は、集まってきた人を見て、とても懐かしい雰囲気だと、微笑む。
(‥‥もう、二年半以上前になるの、かな‥‥。あの頃からのご縁が続いている‥‥嬉しい事‥‥)
人との縁は不思議なもの。
繋ぎ止めようと頑張って繋げれるもの、切れてしまうもの。
それと知らず繋がるものも。
大切にしようと、幸乃はまた、小さく微笑んだ。
今年もソーニャは、後片付けを終えた後、格納庫前にエルシアンを出し、夜空を見上げて眠りにつく。
誰も居ないこの空間が心地よかった。
けれども。今年は。
(誰か横に居てくれればいいのに‥‥)
ひとりでは広い空間だと気がついてしまった。
夢でしか会えない仲間と星空のフライトを願い、ソーニャはゆっくり目を閉じた。
格納庫脇の外に座り込んだ叢雲と真琴は、初日の出を見て、新年の挨拶を交わす。
徹夜明け。叢雲は返事があいまいになる。光が仄かに温かいが、やはり外は寒い。
真琴は、叢雲が眠そうだと見て取るや、するりと叢雲のコートに潜り込んだ。
叢雲はまあいいかと、ぼんやりと明ける空を見る。伝わる温かさは、眠気を加速する。
一緒に居るだけで落ち着く事に、真琴は気が付き、すぽっと出した顔を、再び半分コートに埋める。
朝日が夜の混沌から、物事をくっきりと暴き出すように差し込んだ。
今年こそは‥‥。