●リプレイ本文
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雪景色へと、炎がその赤を照り返す。
もうもうと煙が立ち込め。
赤い火の粉が舞い散る。
建物が炎によって破壊される、鈍い音が響き渡る。
傭兵達は、人の気配の無くなった、燃える町の中を歩いていた。誰か生きてはいないかと。
──ここをこんな風にしてしまった、敵は居ないかと。
小さく息を吸い込み、止める。秦本 新(
gc3832)は、目の前を通り過ぎた、敵を見つけた。
踏み込んで行く、大きな家。
その植え込みなどに隠れながら、傭兵達は迫っていた。
(‥‥敵と見て間違いない、か?)
炎の中を苦も無く歩くのが人であるわけがない。
黒い羽をもつ、牛頭のキメラを従えるのが、人であるはずが無い。
(‥‥やるしかないね)
きゅっと、旭(
ga6764)は表情を引き締め、頷く。
あれは強化人間だろう。この町がこうなったのが彼らのせいならば、逃がすわけにはいかない。
逃がした先で、事件を起こされるわけにはいかないから。
武器を握る。
先にキメラ退治をしてきたばかりだ。万全では無い。
(どこまでいけるかな‥‥)
久し振りに、体を動かそうかと、気軽に受けたキメラ退治の依頼。
それがどうだ。幽噛 礼夢(
gc3884)の目に真剣な光が宿る。
少女たちのやり取りが聞こえる。
苦笑する男。手出ししないキメラ。
(どうなっている)
誰が敵で、誰が味方か。滝沢タキトゥス(
gc4659)は目を眇める。
レインウォーカー(
gc2524)が、タキトゥスと礼夢を見やりながら、口角を僅かにあげた。どう出るか。
軽い混乱を起こしている者も数人いた。
大陸で死亡が確認されているはずなのだけれど。生きていたのだろうか。
血濡れの剣に眉を顰める大泰司 慈海(
ga0173)。
今にも崩れ落ちそうな少女に、見知った少女が重なり惑う。
幾分か幼いけれど、面影がある。
「‥‥彼女達は‥‥?」
表情を変えず、朧 幸乃(
ga3078)が静かに呟く。
(分からないことだらけ、だけど)
不知火真琴(
ga7201)が、唇を引き結ぶ。
慈海、幸乃、真琴の脳裏には、浮かぶ二つの名があった。
彼らは、敵の姿と、奥に居る少女の姿に見覚えがあったから。
強化人間ロウ。運び屋ペッパー。
タキトゥスが息を吐き出した。
「助けなきゃ」
彼らが何者であれ、出来る事がある。
「くそっ! 襲われてんのかよ!?」
ギリ。と、追儺(
gc5241)が歯をかみしめる。
一番奥に居る少女が襲われているのは確かならば、助けないわけにはいかない。
そう、能力者達は思っていた。
(‥‥こちらは皆手負い)
追儺の瞳が金に輝き、青い太陽の覚醒紋章が右手に宿った。
右目から頬に発光する一本の線が浮き出、髪先数センチに緑の燐光を発するのは新。
新は、仲間達を眺める。竜の血を発動させた。失った体力を少しでも戻しておかなくてはと。
(それでも‥‥)
やるしかないだろうと、新は思う。
簡単に、誰がどうするかを小声で、目線で、速やかに伝え合う。
「仕掛けるぞ、続け!」
ブロント・アルフォード(
gb5351)が、小さく声を上げた。
一瞬、ブロントの背に刀を持つ魔人の様な青いオーラが浮かび上がった。
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「‥‥ロウ。どうして此処に?」
幸乃が声をかければ、ロウは怪訝そうな顔をする。
「‥‥この惨状は貴方の仕業‥‥だとしたら、どうして‥‥? 彼女達は‥‥」
「全滅。綺麗に破壊出来てたでしょ? 炎の色どりがまた良いよね。名を呼んだ君だから答えてあげる。サービスだよ。彼女たちは私のかわいい人だから迎えに来たんだ。けど、どうしようかなあ。君たちのせいで台無しだよ」
幸乃は、背中から黒い羽を生やし、飛び退ろうとするロウに軽く眉を寄せる。
その合間に、キメラへと向かう傭兵達。
ゆらりと前に出るのはレインウォーカー。
「援護頼むよ、滝沢ぁ。強くなった事を証明して見せろよぉ」
「任せろ!」
瞳が冷たい青に光る。タキトゥスがキメラへとクルメタルP−38で銃弾を撃ち込む。
牛頭が咆哮を上げた。胸には銃痕。
レインウォーカーが手にするのは未だ抜かれぬ夜刀神。
振り下ろされる、キメラの太い腕。その手の先の鋭い爪。
僅かに笑みを浮かべたまま、レインウォーカーは刀を、地に軽い軸として置き、唸りを上げた足技を繰り出す。
脚甲インカローズが、炎を僅かに反射しながら、キメラの腕を払い落とす。
「大丈夫か、幽噛。止めは任せるよぉ」
その横合いから礼夢が走り込む。
ツインテールが動きにつられるように後ろへと靡く。
黒い電流が体の回りを囲うように纏いつき、背には黒の片羽。
縦に裂けた、鷹のような目が、僅かに眇められる。活性化を自らにかけ。
礼夢の口元が、くっと笑みの形に歪んだ。
「フフ‥‥クス‥‥アハハハ」
マーシナリーアックスが振り抜かれ、キメラの腕が吹き飛んだ。
「こちらも時間が無いからな‥‥一気に行かせて貰う!」
ブロントが、構え、撃ち放つのは拳銃ライスナー。
小銃フォーリングスターの黄金の銃身へと炎が映り込む。
キメラの肩に、黒い羽にと銃痕を穿たれる。
新がブロントの攻撃を追撃するように引き金を引く。
銃声が重なり、キメラに続け様に銃痕が穿たれた。
新の視界の端には、常にロウの動向が入っていた。
(翼‥‥奴は、逃走するのか、攻撃に転じるか‥‥)
ロウへと走り込めそうな位置取りに攻撃位置を移動して行く。
「ここで逃がしては‥‥」
その間に、旭が走り込み、振り下ろされる腕をプロテクトシールドではじき、ガラティーンを叩き込む。
眩い剣先が炎を照らした軌跡を描く。剣圧が熱風をはらむ空気を裂いた。
ざっくりと切り込まれるキメラ。
「っ!」
咆哮が上がり、むやみやたらと振り回される両腕を旭は回避。
ライガークローで牽制するのは幸乃。
緑色に光る紋様が、右手のエミタから左頬まで浮かび上がっている。
キメラへと攻撃を仕掛けられたのを見て、ため息を吐くと、ロウは飛び立とうとする。
ロウを庇うかのように、走り込んで来るのは、剣を持つ少女。
旭は、その合間に、迅雷を乗せると、ロウへと走り込む。
剣を持つ少女は、旭のスピードに追い付かない。
その少女へと向かおうと慈海が飛び出る。
(一般人?)
慈海が心中で軽く驚きの声を上げる。ほんのりと酔ったように皮膚が赤い。
少女は、慈海と対峙して、涼やかな顔に壮絶な笑みを浮かべる。
追儺の両拳が赤光を帯び、目の色も赤く染まった。
「何考えてやがる? てめぇ‥‥強化人間か?」
「貴方もロウの敵というなら容赦はしませんわ」
剣を無造作に構えて、追儺目がけて走り出す少女の動きは、早いが、能力者の目からすれば、見切れる。
僅かに出来た空間に、無理に割り込み、瞬天速を乗せて、奥の家屋へと真琴が走り込む。
瞳に、白い髪に、両腕、両足に、赤い焔が浮かぶ。
それは幻視の焔ではあったが、まるでこの大火を照り返しているかのようだった。
盾を構えた慈海が、合間に入り、剣を受ける。不機嫌そうに眉間に皺を寄せる少女へと、追儺が回り込む。
「暴れんじゃねぇぞ!」
追儺へと振り向いた少女の隙を見て、慈海がエネガンの銃身部で剣を持つ腕を殴る。
同じく、追儺が天拳アリエルを装着した拳で、剣を叩き落した。
慈海が軽く少女を絞め落とす。
「大丈夫ですか? もう、大丈夫ですから」
蒼白な少女の手を、真琴が引いて、出てくる。
少女の目が、剣を持つ少女と、ロウを互い違いにうつろに見ていた。
真琴はぎゅっと少女の手を握り、肩を抱える。崩れ落ちてしまわぬように。
「‥‥よし。引こう」
「おう」
慈海が剣を持つ少女を抱え、追儺が盾を構えてキメラを牽制し、その場を離脱する。
真琴は、背後をちらりと見て、きゅっと前を向いた。
死んでしまえばそこで全てが止まるのだ。
誤解を解くことも、真実を知る事も、何かを願う事も。
何があっても生きなくてはいけない。
物事は流れ、変わる。全てが。
だから。
レインウォーカーが、旭が足を止めたロウへと向かう。
「レイン‥‥無理しないでね‥‥」
礼夢がレインウォーカーへと声をかけながら、キメラへと、渾身の力を込めて斧を振るった。
「フフフ‥‥もっと斬らせテよ‥‥」
「まずはあんたたちを仕留めないとな」
銃を撃ち込むタキトゥス。
キメラの黒い羽が舞い散り、炎を受けて燃え上がった。
幸乃の攻撃がキメラの足に入る。
「こちらががら空きだ」
回り込んだ新がキメラへと銃弾を撃ち込み。
背の羽が、ばあっと散った。
「確実に‥‥堕ちろ!」
仲間達の攻撃の合間を縫うように、ブロントの銃撃が叩き込まれ。
「私に向かってくるには、手数が足らないね」
笑うロウへと、旭は思いっきり剣を叩きつけるが。
だが、止められ、空いたロウの手が旭を突き飛ばすかのように伸びる。
その攻撃を旭は盾で防ぐが、攻撃が重い。
「っ!! このっ!!」
その隙に、レインウォーカーが走り込む。
「自分の役目を果たす。それが出来ないようじゃ道化は名乗れないからねぇ」
円閃。回転するレインウォーカーの攻撃がロウへと向かう。
「嗤え」
手応えはあった。
だが、次の攻撃を仕掛ける前に、ロウは空へと逃れていた。
「私の名を知っている子が居たりとか、いろいろ気になるけど、大勢とやり合うのは好きじゃないんだ」
キメラが倒れる様を見て、やれやれとばかりに首を振る。
地響きがする。
家屋が炎で倒壊しはじめる。
熱風が周囲へと広がる。
積もった雪の中、火の粉が舞い散った。
夜はしんしんと更けており。
漆黒の夜空へとロウが逃走する様を、傭兵等は見送った。
幸乃は軽く眉間に眉を寄せる。
「‥‥逃げた?」
屠ったキメラの血を振り払うように礼夢が斧を軽く振り抜く。
「‥‥助かったと言うべきか、それとも取り逃がしたと言うべきか‥‥」
ブロントが首を横に振る。
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一般人を避難させた組と、戦闘組が夜空の元、合流する。
炎は、次第に小さくなっている。
町。
そこには、ロウの言葉が真実だとすれば、もう人はいないだろう。
タキトゥスは、意識の戻った剣を持っていた少女を見て、小さくため息を吐く。
(慰めは、不要。ですかね?)
過去が脳裏に浮かんだ。良く似た、彼女だった人の姿が。
タキトゥスは、きゅっと手を握り込む。
「お前も人間だろ? しかも、見たところ顔見知りだ‥‥」
「お前ではありません。道真遠子という名があります」
「‥‥じゃ、道真サン? ‥‥なんで殺そうとしたんだ?」
「ロウが私を置いて行ってしまった今は、もう、意味の無い事ですわ」
「ちょっ‥‥あの惨状作っておいて、それは無いんじゃないか」
「ごめんなさい‥‥ごめんな‥‥さっ‥‥」
顔を覆って、大声で泣き出す遠子に、追儺は参ったなという風に夜空を仰いだ。
「まぁ何にせよ、無事で良かった‥‥」
ブロントが、コーヒーを差し出す。
何があったのか、話してはくれないかと。
慈海が、少女二人を離して座らせていた。
ぽつぽつと話す、澤由衣里と名乗る少女から、由衣里と遠子はロウの恋人であったのだと伺えた。
著名な建築家であったというロウ。
「‥‥ロウって元は人だよね‥‥元々、あんな性格してた訳かな‥‥」
どうして強化人間になったのか、彼の経緯を慈海は思う。
遠子の話によれば、ロウはもう作る事に飽きたのだと言う。
作ったものを壊したいという気持ちにバグアがつけ込んだ。
建築家であった彼の頭脳を欲し、コンタクトが取られ、強化人間となるに時間はかからなかったようだ。
火がおさまったら由衣里の両親を埋葬に行こうと、慈海は町を見る。
比較的豊かな暮らしをしていた少女達。彼女等は、同じバレエ団の団員であるのだという。
ロウとの出会いなどを聞いて、真琴はひとつひとつに頷く。
何処か似ている。そう、幸乃は由衣里を見る。
知っている少女のような、強い光を持つ目では無いけれど。
朝日が差し込んで来る。
町の炎が朝日に混ざる。
一瞬、傭兵達はそれに気を取られた。
眩い光に。
目を瞬かせるのは礼夢。空気が澄んでいる。
炎と煙の嫌な臭いは何処にも無い。
「ん‥‥? あれ‥‥ここは?」
ブロントが自分の手を見て、ぐっと握り込む。
「‥‥真琴さん‥‥」
幸乃は、周囲が、この現状を確認しようと、友の名を呼ぶ。
真琴は、由衣里が、たった今までそこに居たはずの場所をじっと見ていた。
(‥‥男と女‥‥思いの行方‥‥か‥‥)
ゆっくりと幸乃は首を横に振る。
強化人間となった、由衣里を知っている。
Why。Yes。
彼女と依頼を共にした、あの水族館は、ロウが作ったもの。
そして残されたトウシューズ。
(‥‥汚したくなかった、思い出‥‥なのかもしれない、か‥‥)
「‥‥一体、何の夢だったのか‥‥」
タキトゥスは、妙に疲れている身体を伸ばし、首をひねる。
レインウォーカーが軽く肩を竦めた。
軽く旭は目を閉じて、息を吐き出した。
どうやら、戻るべき町から反対方向の廃墟へと辿り着いてしまっていたようだった。
「こんな所に町があったか?」
新が、手をかざして周囲を見渡せば、残骸と言っても良い程しか残っていない廃墟が雪に埋もれていた。
追儺は、目を眇める。
夢だとするには生々しく、けれども決して現実では無い、あれは何だったのだろうかと。
さくり。
歩くと、真新しい雪に足跡が付く。
慈海はやるせないような表情のまま、困ったような笑みを浮かべた。
過去は決して覆らない。
だから、if は無い。
何もかも全て、この手に握り。胸に刻み。
前に進むだけなのだから。
傭兵達は、雪に埋もれる廃墟を後に、新たな戦場へと──帰還する。