●リプレイ本文
●
静かだった。
波の音、風の音。
北九州北端にある、半島とも呼べない小さな足がかり、糸島。
その、漁港へと停泊した小舟から、傭兵達が現れる。
「九州の情勢はだいぶ人類側に傾いているみたいですね」
ふわりと桟橋に降りるのは九条院つばめ(
ga6530)。
この地での戦いは取ったり取られたり、熾烈を極めていた。かなり、長い戦い。
(まだまだ先は長そうですけど‥‥)
日本全土を取り戻すのは、どれくらい先になるのだろうかと、思いを馳せる。
「手を伸ばせば触る事が出来るのに人類から奪われた場所、か」
仲間達を見渡し、周囲に広がる景色を目に、寿 源次(
ga3427)は、小さく呟く。
囮作戦としては申し分のない人数と歴戦のつわものが集まっている事に満足そうに頷く
「巧くこちらに引っかかってくれると‥‥いいのですが」
軽く目線を落とすのは御鑑 藍(
gc1485)。
「迅速に動く必要があります‥‥よね」
道のりは長い。
確保場所として示されたのは、漁港から湾曲し、南へと延びる54号線を下り、東西に渡る202号線。
「囮任務、達成してみせましょう」
僅かに目を細め、篠崎 公司(
ga2413)が、上空を行くKV編隊を見る。
加賀・忍(
gb7519)が。潮の香りに一息を吐く。
「私自身九州そのものに縁が有る訳ではないけれど、中々凄惨な戦場とは聞いているわね」
芦屋基地攻略の為の囮戦。
囮となれば、それなりの敵と戦わなくてはならないだろう事が推測される。
忍は、作戦路を軽く見据える。
(目標を駆逐しその経験を私の力の糧とせん)
「‥‥ひっそりと、しかし派手に、ね‥‥何気に難度の高い事を言ってくれるものだね」
硬質な声。ヘルヴォール・ルディア(
gc3038)が表情を変えずに呟く。
「‥‥でも、オーダーに応えられる様、努力しましょうか」
口の端が軽く笑みの形に上げられる。ヘルヴォールの足が地を蹴った。
「敵の目を此方に引き付ける。か」
月詠の柄に手をかけながら、大神 直人(
gb1865)は軽く走り出す。
(ひっそりと派手に『全力で楽しく』戦わせて貰うとするかな)
口元に笑みが浮かんだ。
命がけの真剣勝負は、これまでにも掻い潜ってきた。だが、派手に戦うという言葉に興味が湧いたのだ。
「以前の無力な美空ではなく、エレクトロリンカ―の美空として皆さんのお役にたつのであります」
転職後初の地上生身での戦闘だ。美空・桃2(
gb9509)は、こくりと頷き、前を向く。
うっそりと船から降り立つのは佐賀十蔵(
gb5442)。
他部隊の状況を頭に入れていたのは、レベッカ・マーエン(
gb4204)。地図を折りたたむ。
「狩人さんは箱さんをたくさん壊すよ」
可愛らしい笑みを浮かべ、アルテミス(
gc6467)ワンピースの裾を翻した。
性別は男性だが、深く追及してはいけないのだろう。
「どんな思い出があれ、母国だ。中の人間が腐っていても」
「暴れて目立つにゃ、申し分無い」
吹き抜ける海風を受けながら、月城 紗夜(
gb6417)は双眼鏡で周囲を見渡す。
未だ、敵といえる敵は出現していない。
そんな紗夜を見て、宗太郎=シルエイト(
ga4261)が軽く手で合図する。
紗夜が頷く。
「派手に‥‥ねぇ? ま、そういう事ならいつも通りで問題ないな。俺の相棒は騒がしいし、よ」
「どういう事だ?」
「いんや。言葉通り」
「では行こうか。例え囮であろうとこの人数に面子だ。連中が無視したくても出来ないだけの働きをしてみせよう」
白鐘剣一郎(
ga0184)が笑った。
余計な時間は無い。
ただひたすらに、202号線へと傭兵達は駆けだしていた。
●
走り出した傭兵達は、数十分も走れば、敵の接近に気が付く。
それは巨大な蛇キメラだった。
「スタートアップ! ‥‥これがエレクトロリンカーの覚醒か」
レベッカの赤の双眼が変化する。右目が金色に輝き、鋭い双眸がキメラを睨む。
その声は淡々と冷え。
剣一郎、直人、つばめの順に仲間達へと、強化をかけて行く。
鎌首を上げるその巨体に、剣一郎は踊りかかる。
「簡単に行く手を塞げると思うな!」
淡い黄金の輝きが残る。
修羅と化した剣一郎の両手には、紅炎、月詠のふた振り。
傭兵の中でもその攻撃力は群を抜いている。
道を塞ぐかのようなその巨体へと、駆け込んだのは、一人では無い。
微風を纏うつばめは、和槍、隼風を軽く回転させ、突っ込む。
攻撃を叩き込む両腕に幾何学模様がちらりと見える。
狙うは頭。
明けられた口は赤黒く。圧力を持って襲いかかっていたが、射程を延ばしたその一撃が、見事に突き刺さる。
「初めから全力で行かせて貰う!」
真紅の瞳が蛇キメラを見据える。逆立った髪が揺れる直人が真正面へと走り込んでいた。
「たたっ斬る!」
構えた月詠が陽光を反射してきらりと光る。
軽く飛び上がり落ちたその頭へと、深々と刃を叩き込んだ。
「‥‥天都神影流『秘奥義』双刃斬舞」
閃光の様な攻撃。
剣一郎は刀を収めると、仲間達を振り返る。
「皆、さすがだな。この分ならさほど脚を止めずに行けそうだ」
戦う仲間を背に、傭兵達は先へと進んでいた。
といっても、さほど遅れず、蛇キメラを相手取っていた仲間達も後方に位置している。
ぞろりとした音が響く。
右だ。
美空が、先見の目を発動させる。額からネプトゥーンレーダーのような線が重なる光が浮かぶ。
「いくぜ紗夜! 速攻だ!」
「任せろ」
荒ぶる雰囲気を纏い、両肩から蒼い光が噴出する宗太郎。
赤い瞳に浮かぶ真白の十字架。左頬に黒の蝶が浮かぶ紗夜。
二人は、飛び出した蛇キメラにカウンターを浴びせるかのように飛び込んで行く。
忍は、二人が動きやすいような位置へと走り込む。
「ランス『エクスプロード』‥‥SES、オーバードライブッ!!」
長槍が空を裂く。宗太郎だ。
壮絶な力の乗ったその攻撃が深々と蛇キメラへと突き刺さる。
「我は、我の仕事をこなすまでっ!」
瞬く間に迫った紗夜から、流れるような太刀筋が空を切る。蛍火が淡く煌めきキメラを薙ぎ。
「終いだっ!!」
蛇キメラの腹目がけ、忍が鮮やかな回転をかけた重い刃を叩き込んだ。
キメラが動かなくなる。
その合間に、最初のキメラを相手取っていた仲間達が追いついた。
彼らと共に横たわる蛇キメラを乗り越えて、傭兵達は走る。
二匹目の蛇をやり過ごした、他の仲間達は、路を先へと走っていた。
後方で地響きがする。
蛇キメラが退治されたのだろう。さして、距離は離れていない。
油断無く先を行く仲間達へと、三匹目の蛇が左から飛び込んで来る。
「いつも思うが生物学を無視した大きさだよな、こいつ等は!」
源次の瞳がペンライト程の光を発する。以前と比べ、僅かに明るい。
強化を仲間達へとかけると、蛇キメラへと弱体をかける。
「補助は掛けた、一丁派手に暴れてやろうじゃないか!」
「蛇退治としゃれこもうじゃないか」
瞳の奥に六ぼう星。強烈な飢餓感に笑う十蔵。
ゆさりと体を揺らすと、機敏な動きで狙う。
「けっ。避けるなよ」
スキルを乗せた攻撃を【OR】97式自動対物破壊小銃で撃ち込む。
銃声が空を震わす。
すらりと抜き放つ刀は翠閃。
眼と髪が蒼に変わった。刀を持つ手から、蒼い雪を思わせる光が舞い上がる。
そして、猫耳のような幻影が頭に浮かんだ藍が走り込む。
その蛇キメラへと疾く接近し、藍は回転を乗せた刃で切り込んだ。
蛇キメラが、痛みの為か咆哮を上げ、体を捻り、接近した藍を囲い込もうとする。
「こっちだ」
ゆるやかに髪がたなびく。風は凪いでいる。
ヘルヴォールが小銃S−01で藍から注意をこちらに引きつけようとする。
蛇キメラが一瞬動きを止めるが、胴が藍を薙ぎ、藍が吹き飛ぶ。
「任せろ」
源次が藍の傷を治す。
「っらあっ!」
十蔵の射撃が叩き込まれる。
三匹目の蛇が倒れるかどうかの合間に、初手、次手の蛇と戦っていた仲間達が追いついていた。
合流した仲間達は蛇を乗り越え、先へと走って行った二名を追った。
●
最初に202号線に辿り着いていたのは、蛇を相手取らなかった公司とアルテミス。
アルテミスは隠密潜行を発動させる。
姿が消えるわけでは無い。ただ、気配が減じられる。
そして、そのまま、街道から外れた。
公司は202号線を進む。未だ、敵の気配は無い。
と、頭痛が襲ってきた。
これは、CWが発するモノである。
公司は眉を寄せた。
「少しでも障害の元を減らさないといけませんね」
和弓、夜雀には、弾等矢がつがえてある。
遠くに、僅かに光る物体。
眇めた両目は真っ青に染まり、一瞬瞳が消えたかのようである。
放たれた矢は、びょう。と、空を裂いてCWへと届くと、派手な爆発を上げた。
戦闘に煽られ、糸島に放たれていた敵が一斉に動き出していた。
アルテミスは仲間達と離れた場所で、CWに遭遇した。
「狩人さんは、遠くから狙って狙撃するよ。月の女神の月光の一撃! なんてね」
小銃ルナで対応するが、孤立している。戦線からはずれていたのが祟った。
「うっそ〜!! キメラと戦うはずじゃないのに〜っ!!」
不意に現れたキメラと対峙して、アルテミスは渋面を作る。
「‥‥こんな場所で何をしているんですか」
「あ、美形〜っ♪」
満身創痍のアルテミスは、原田に救出された。
戦っているうちに、原田隊の戦闘区域まで踏み込んでいたようだった。
202号線上で、公司の放つ矢がCWを捉えているのを、仲間達は確認する。
びょう。
再び公司の矢が放たれ、激しい爆発をCWに与えた。
「く‥‥この頭痛。お出ましのようだな」
剣一郎は、目の前の202号線を見て呟く。
家々や木々の合間から、ちらちらと光る物体が見える。見慣れたあれはCWだ。
走り込み、家屋を足場にCWへと飛び込んで行く。
手にする二刀がCWへと叩き込まれる。
「っし、行くぜっ」
宗太郎はその手の槍を掲げ、突進して行く。
激しい頭痛に軽く眉を顰める。
「‥‥っ。それにしてもこの頭痛はいつまで経っても慣れないですね‥‥!」
つばめが眉間を抑えつつ、クルメタルP−56を取り出した。
構えると、CWへと向かい撃ち放つ。
軽い振動に髪が揺れる。
一か所に固まっていては、長い戦線を維持するのは不可能だ。
CWを追うように能力者達が散らばる。
傭兵達は、蛇を退治した班事に固まって戦っていた。
その仲間達からあまり離れ過ぎないようにと、直人は気を配りながら、CWを狙う。
頭痛が激しければ、そこにCWは固まっているはずだと。
走り込めば、建物の陰から光る立方体が現れる。
「っらああっ!」
直人の刀が綺麗な軌跡を描き、CWへと叩き込まれた。
「思い切り、行ってくれっ!」
レベッカが仲間へと強化をかけてまわる。
金色のツインテールが揺れた。
攻撃力の底上げは、ダメージを受け難い怪電波の中、心強いフォローの一つだ。
CWの光が消えて行く。
ただの金属の塊と化したのだ。
だが、遠目に迫るCWが未だ見える。
続々と迫ってくるCWによって、再び頭痛が押し寄せる。
軽く眉根を寄せながら、忍が走り込む。
「‥‥まったく。嫌な相手だ」
渾身の力を込めて、刃で切り込んだ。
硬質な音が響く。
表面に傷がつくが、未だ起動を停止するには足らない。
CWがふわりと浮き、倒れ込むように襲いかかる。
「っ‥‥」
それをかわすと、再び攻撃に転じる。
実質的な攻撃力は皆無ではあるが、こちらの攻撃が通り難い。
KV戦でも、生身の戦いでも。
攻撃力の高い敵と、複合して襲ってこられれば、厄介な戦場と化す。
「頭痛をもたらすのが鬱陶しいな、忘れたい記憶まで思い起こさすな」
攻撃力を上げた紗夜が、CWへと突進して行く。
仲間の与えた破壊箇所へと攻撃を重ね。
凄絶な一撃。それは、それだけ大幅に練力を食う。
宗太郎は、桃色の髪を揺らす美空を目の端に捉えると、敵から目を逸らさずに声を上げる。
「美空ぁっ! 頼むぜっ!」
「了解であります。美空と呼吸を合わせるのであります。1、2の今なのであります」
仲間達の練力タンクになればと、後方から伺っていた美空が、走り寄る。
宗太郎の一撃の練力は大きい。半分請け負うとしてもごっそりと渡るのが分かり、美空は軽く息を吐く。
クルメタルP−56へと武器を持ち替えた藍が、構え、CWへと弾丸を撃ち込む。
(‥‥練力は‥‥未だ大丈夫)
持久戦となっている戦線。藍はグリップを握り直すと、CWへと続け様に攻撃を叩き込んだ。
どれほどCWの光を消しただろうか。
爆発が随所で見られる。
疲労も蓄積し、練力の底が見え始めてきていた。その時。
機影が過った。
傭兵達の頭上から、友軍のKVが飛来する。
着陸地点を見定めたKVらが、垂直に、はたまた人型に変化して降下してくる。
その、地響きが伝わる。
緊迫した戦線の張りつめた空気がふっと緩んだ。
「‥‥やれやれ‥‥何とか糸島制圧の一役くらいにはなれた、かな?」
小銃S−01を下すと、ヘルヴォールは、ふっと笑みを浮かべた。
「踏み出す一歩一歩が九州奪還に繋がる、いい事じゃないか」
仲間達を強化、治療で支えていた源次が笑う。
日本人としても、この地が人類側に戻る事が嬉しく、どうやら原田隊もさしたる被害は無さそうな事に安堵する。
「全く、あの頭痛は相変わらず厄介だったが‥‥原田隊も無事か。ともあれ皆、お疲れ様だな」
剣一郎が、戦線を見渡して、明るい笑顔を浮かべる。
作戦前に顔を会わせていた原田隊が、任務完了の伝令とアルテミスを後方に送った旨を伝えにやって来る。
芦屋基地制圧の報に、傭兵達は笑みを浮かべる。
「九州戦線も終わりが見えてきたかな」
銃器を下げた十蔵が、目の前に立ち、バルカン等でCWを破壊しつつ前に進むKVを見て呟く。
「明けない夜はないのであります―」
こくりと、美空が頷いた。
北九州の戦線は、人類側有利に、着々と攻略が進んでいた。
そして、芦屋基地から撤退したバグア戦力は、陸戦部隊が多かったと言う報告を後から聞く事となる。