タイトル:【極北】Judgmentマスター:いずみ風花

シナリオ形態: イベント
難易度: 不明
参加人数: 36 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/08 13:25

●オープニング本文


 ラストホープにて最終調整を受けていたブリュンヒルデは、同じく寄港していたユニヴァースナイトとゴットホープまで同行すると、マウル・ロベル(gz0244)は思っていた。が、特殊作戦軍の司令官であるハインリッヒ・ブラット(gz0100)准将からの命令は『ユニヴァースナイトとは別行動を取り、カナダのイカルイト市へ停泊。状況に応じて最善と思われる行動を取ること。ブリュンヒルデの行動についてはあらゆる権限を委任する』という物だった。
「状況に応じて‥‥か」
 マウルも現状のチューレを巡る、というよりは同地にあるとされる強化人間の関連施設を巡る一部の意見は知っている。それを手に入れれば、強化人間の救命に役立つ公算が高い、という事だ。
 だが、基地の破壊と制圧であれば、後者の方が格段にリスクが大きい。そのリスクにメリットが見合うかどうかを検討し、場合によっては独自で動け‥‥、というのは重い判断だった。

「いいか、お嬢ちゃん」
 最初に意見を聞いたリチャード・ジョーダン(gz0302)中佐は、苦笑を浮かべつつ言う。
「あんたは艦長で、俺たち全員に死ねという権利と義務が有る。俺に意見を聞いても、その責任は変わらん」
「す、すみません中佐‥‥」
 ジョーダン中佐の海兵隊は、例えば基地への突入作戦については専門集団だが、激戦に際すれば死者は増える。命を天秤に掛ける責から目を逸らすなと、中年の軍人は普段の笑みを崩さずに言った。
「ま、決めにゃならん瞬間の指揮官は孤独だが、その前は相談するのも構うまいさ」
 だが、自分の意見はマウルには告げるつもりがないと、ジョーダンは言う。
 それは、年少の指揮官への彼なりの気遣いなのかもしれなかった。

 マウルの悩みを、有る意味では共有したのは意外にもブリッジで話を聞いていた白瀬留美(gz0248)少尉だった。
「反対なの」
 素っ気無く、モニターから顔も上げずに少女は言う。
 この艦がその作戦に選ばれた理由を、留美は指を折りながら列挙した。
 損傷が重なっており、惜しげが無いこと。
 傭兵の愛着が有ること。
 揚陸艦であり多数の傭兵を積み込めること。
 つまり、正規軍にとっては失っても構わない兵員のみで作戦を行える、という点。
「そうね。ユニヴァースナイトクラスを当てるわけにはいかないけれど、ブリュンヒルデなら失っても構わない、という判断は有ると思う。それに決行するとなれば傭兵達も協力してくれる、という期待は確かにあるわね」
 口にしてから、マウルはため息をついた。
 ブリュンヒルデと搭載戦力だけで行う、という認識が最初から抜けていたが、本来はそういうもののはずだ。どうやら、随分甘えがあったらしい。
「敵を助ける技術に、能力者さん大勢を賭けるだけの価値が有るとは思えないの」
 淡々と言う白瀬の語調がいつもよりも強かった事が、マウルの気に留まった。

「意見ですか? 軍人は、言われた事を過不足なく遂行するのみ、でしょう」
 昼食の時に顔をあわせたアナートリィ(gz0350)中尉は、心底不思議そうに答える。
 それはジョーダンと同様の軍人としての常識であったが、背負う者が少ない立場ゆえの気楽さがあった。
 彼と部下はそれぞれマウルの直属であり、自分個人がマウルの命令で躊躇無く死地に赴けるかを、それぞれが理解していれば良いのだと。
「傭兵の意見は傭兵じゃないとわかりません。修理も大体終わった事ですし、いっそ招待でもしたらどうですか?」
 停泊中の軍艦が民間人を乗船させるのは、別に珍しいことではない。
 まして、傭兵は『一般人』と括るには軍に近い存在だ。許可は簡単に降りるだろう。
「それもそうね。お茶くらいしか出せないけど‥‥」
「いや、多分自分達で勝手に持ってくるんじゃないかな」
 自分も本場のピロシキでも作ろうか、というアナートリィの能天気さに救われた気がしつつ、マウルはULTへと連絡を取った。

●参加者一覧

/ 鋼 蒼志(ga0165) / 白鐘剣一郎(ga0184) / 煉条トヲイ(ga0236) / 弓亜 石榴(ga0468) / 須佐 武流(ga1461) / ルクシーレ(ga2830) / UNKNOWN(ga4276) / ファルル・キーリア(ga4815) / ハンナ・ルーベンス(ga5138) / 秋月 祐介(ga6378) / ハルトマン(ga6603) / L45・ヴィネ(ga7285) / ヴィー(ga7961) / ロジャー・藤原(ga8212) / 百地・悠季(ga8270) / 狭間 久志(ga9021) / ラウラ・ブレイク(gb1395) / 嘉雅土(gb2174) / 狐月 銀子(gb2552) / キリル・シューキン(gb2765) / 平野 等(gb4090) / 周太郎(gb5584) / ソーニャ(gb5824) / グロウランス(gb6145) / メシア・ローザリア(gb6467) / 夢守 ルキア(gb9436) / ソウマ(gc0505) / レインウォーカー(gc2524) / ラスティーナ・シャノン(gc2775) / 春夏秋冬 立花(gc3009) / ヘイル(gc4085) / 天野 天魔(gc4365) / ゼクス=マキナ(gc5121) / 追儺(gc5241) / 権兵衛・ノーネイム(gc6804) / マーシャ(gc6874

●リプレイ本文

 いつものように、ブリュンヒルデの甲板では、宴会が始まっていた。
 思えば、この艦は、最初からこんな風に傭兵達と乗組員が入り混じっていた。
 この艦には思い出がある。くっと、メガネの位置をなおすと、周太郎(gb5584)は艦を見渡した。
 革靴が硬質な音を立てて、甲板を踏みしめる。
 周太郎の後に続き、甲板に上がったラスティーナ・シャノン(gc2775)は、やはり艦を見渡す。
「戦乙女‥‥ワルキューレの名を冠するだけあって美しい艦です」
 間近に見るのは初めてだ。
 周太郎は目を細める。小隊と共に、ブリュンヒルデの周囲を飛んだ日々。世話になってばかりだったと。
「ラスティ、手伝ってくれるか」
「皆様の楽しさを損なわないように、がんばります」
 見ているだけでも楽しいものだ。さて、こちらは任せてもらおうかと軽く手を上げ。
「その前に少しいいかしら?」
 マウルが周太郎を呼び止めた。意見を求められ、周太郎は息を吐き出す。
「俺は‥‥好きにすればいいとしか言えん。メリットを優先すれば良いとしか。‥‥だが、出来るなら‥‥せめて今、目の前で沈んでる友ぐらい、助けたい」
 視線の先には、友の姿。
「だから、ロベル少佐、すまないが‥‥可能なら、俺達の指し手に付き合ってくれ」
「‥‥それは、好きにすればいいという意見とは全く真逆ね?」
「そうだな。‥‥だが、もしそれが可能なら、俺はこの身を賭けても、惜しくは無いのでな」
「気持ちはわかるわ。ありがとう」
 マウルに、ぽんと肩を叩かれて、周太郎は頷く。
 あくまでも、可能ならばだからと告げれば、わかってるわと頷かれ。 
 マウルと立ち話をしていた周太郎へと、ラスティーナがにこりと笑う。
「周太郎様、配膳が止まっていませんか? 使用人たる者、そんな姿勢でどうするのですか」
 はい。と、ばかりに渡された大皿を持って、周太郎は再び仲間達の輪の中へと。
 ロシアンシュークリームですけど、どうぞと、山盛りのシューを手にして、ラスティーナは笑う。
「難しい事かもしれませんが‥‥今この時を楽しんでは如何でしょうか?」
 大当たりを引いたらしい渋面を作り、じたばたするマウルへと、ラスティーナはすかさず水を差出し。
 甘いシューで一息つくマウルから、ありがとうと頷かれ。

 百地・悠季(ga8270)は、沢山の菓子を配りつつ、久し振りのブリュンヒルデを眺めて回っていた。
 目には見えないが、激戦の傷は艦を相当疲弊させているはずだと、小さく息を吐く。
(あたしが復帰するまで現役でいてくれたらな‥‥)
 マウルに呼び止められて、悠季は苦笑すると、出来れば制圧希望だけれど、マウルの判断を尊重すると告げた。

「バグアとヒト。強化人間は助けて、キメラは殺すのに躊躇しないの?」
 論争になっている、意味そのものがわからないと、夢守 ルキア(gb9436)は小首を傾げる。
「スキかキライかって言えば、同じソンザイだから、自分が好きな方を取るよ」
 簡単と、ルキアは笑った。
「救うトカ、救わないって、押し付けさ相手の気持ちなんてワカンナイ」
 相手に聞いてもきっとワカンナイよと。
「んー。もし何かやるんだったら、ブリュンヒルデにKVやヘリ乗せて、自爆装置付けたら? 自爆して敵の眼引くの、救出したいヒトの手助けかな。兵はヘリやクノスペ、リッジウェイに乗って脱出。これから、戦いに耐えられないならイラナイもん」
 使えなくなるのならば有効活用という事らしい。
 その悪びれなさに、マウルはくすりと笑った。

 春夏秋冬 立花(gc3009)は、マウルを見つけると、挨拶し、にこりと笑った。
「何やら思い悩んでるって聞きました」
「まあ、間違ってないわね。正確には意見を聞きたいって所かしら」
 ほわんとした立花に、マウルが頷く。立花は制圧・破壊いずれかについての意見を聞かれ、首を傾げる。
「誰かが悲しんでいる顔を見るのは嫌だし、死ぬのも嫌。できれば笑顔を作る側でいたい。味方だけじゃなくて敵も。‥‥それをするためにには動くしかないでしょう?」
「つまりは、制圧に賛成という事ね?」
 マウルの言葉に、立花は、その方法しか知りませんと邪気のない笑顔を向けた。
「私は我が侭で欲張りな子供なんです。そりゃ、みんながみんな私と同じように思っているわけじゃないし、反対派も決して少なくない。でも、助けたいと思う人は確実にいる。どんなに思おうとも、動く人間は動くし動かない人間は動かない。どうせみんな自分の我が侭で動くわけですから。マウルさんが優しいから悩んでいるんでしょうが、気にすることないですよ」
「みんな自分の我が侭‥‥ね」
 ふわんと立花は笑った。


「最大の質問。マウル・ロベルさんは安産型なのか。そしてムネは寄せて上げてるのかを!」
「っ!! な! に! を! してるのっ! かしらっ?!」
 ふむ、と、弓亜 石榴(ga0468)はマウルのカップを確かめてにこりと笑う。
「『敵を助ける為に味方を犠牲にする』だの『感情だけで救えない』だの難しく考えすぎなんだってば」
 人類より数段上の科学力を持つバグアが作った強化人間の施設。それは、未知の技術の宝庫かもしれず。
 手にすれば、この戦争を人類の有利な展開で進められ、終結が早まるかもしれない。
 敵の強化人間も戦う理由は傭兵同様、様々である。
 投降しても命は助かると思わせるのは、強化人間を戦わずして無力化できる可能性が生まれるのではないかと。
「多数の命と弾薬を消耗して敵一人倒すより、拡声器一つで敵主戦力を奪える方が断然楽だしお得じゃない」
 からりと石榴は笑うが、心中は複雑だった。ふと遠い目になる。
(本音はまあ‥‥友達を助けられなかった罪滅ぼし‥‥ってキモチかも知んない。あの子が今生きてたら、私は一人でも施設を乗っ取りに行ったと思うから)
 だが、すぐにまた明るい顔で向き直ると、麻雀へと参加しに石榴は卓へと向かう。

 タコヤキと鮭トバを持ち込んで、ばたばたと宴会準備の手伝いをしつつ、嘉雅土(gb2174)は周囲に飛び交う意見を耳に、自分の意見を纏める。
「救う選択肢を行動すらせずに捨てる事は、心を切り捨てるみたいで俺は嫌だ」
 進んでバグアに行った者は別とし、攫われ、洗脳の末に強化人間となった者は救いたいと思う。
 これが、自分の親しい者ならば、何を置いても救いたいと願うから。
 見ず知らずの強化人間であっても、己の知らないうちに人類の敵となってしまった者ならば、救いたいと。
「どう動くにしても、最終的に下した決定とその理由は艦のクルー全員に伝える事を進めるぜ」
 マウルは軽い雰囲気で、時折考え込む嘉雅土へと、頷いた。

「UPCが強化人間をバックアップしてみなさい、一般兵の不信は更に広がるわ」
 クロカンブッシュから、シューを取り分けながら、メシア・ローザリア(gb6467)は、首を横に振る。
「結婚式ではありませんが、未来、沢山の人が生きる事が出来るよう」
 もし助けに向かうのならば、軍の援助は一切断ち切る覚悟が必要ではないかと言う。
「ブリュンヒルデを、捨て駒にするのならそれでよろしいの。精々、行うとすれば破壊を行った上で傭兵を派遣、内部の制圧を任せる事ね。やりたい者に任せ、ただし正規軍の兵は派遣せず」
 マウルの身代わりを立て、軍が一切関わらず、傭兵の独断とすれば良いと。
「アンタたちに。責任を負ってもらうつもりはないわよ」
「‥‥将は常に孤独よ?」
 100兵が居て、10の兵士と1の将が危機に陥ったら、10は捨て、残り90を率いて将が生き延びよとメシアは艶やかに笑うのを、マウルは頷く。だが、それが出来ないから、マウルなのだ。

 クッキーなどを提供していたヴィー(ga7961)は、マウルへと向き直ると賛成だと前置きし。
 被害が甚大になるのならば、施設破壊も已む無しではあると告げる。
 この身も犠牲にしても味方は守りたいと。
「マウルさんも、マウルさんの尊厳や意志を貫いて、自分が最善であると考える命令を与えて下さい。それ以外の方も、自分という最も大切な存在を切り捨てることはしないで欲しい」
 家族はバグアに目の前で殺された。絶対に許す事は出来ないけれど、恨みに凝った、この心は辛いものだ。
 たとえ強化人間でも、恨みに凝った心が生まれるのを見るのは辛い。だから、世界中に生まれている、この辛い心を抱く家族の心身も助けられる方向に向かえたらと願う。

 お茶を差し向かいで飲みながら、ソーニャ(gb5824)は言う。
「人類側に投降しても生きれるとなれば、さらに亡命者や洗脳が解けたものから共に戦う協力者が出れば効果は倍。そして人間の手で強化人間を作る事が出来たら‥‥それがエミタと同等の適合確率でも戦力は倍増」
 バグア占領地の生活は悲惨だ。
 そして、抜けたくても抜けられない強化人間も居るはずだと。
「そして人間の手で強化人間を作る事が出来たら‥‥それがエミタと同等の適合確率でも戦力は倍増」
 戦いが激化している、今さら、人道という言葉は要らないとソーニャは呟く。
 一般兵の中にも強化人間になっても仇を打ちたいと言う者もいるだろうと。
「もし、そうなる方法があれば、そういう選択肢も浮上するでしょうね」
「だね、もしあればね」
 渋面を作るマウルへとソーニャはにっこりと天使の様に笑った。
「ブリュンヒルデ‥‥ 勝利のルーンに通じる者。ワルキューレが勇者の魂を率いてヴァルハラに帰還するにはいいころかもね。未来の勝利に向けて」
 決断をするのならば、その決断の一部は共に背負うと。

 助けられればそれはそれでいいと須佐 武流(ga1461)が言う。
 だが、エミタと仲間の命をかけてまで助けようとは思わないと。
 そして、強化人間の希望になっても悪くは無いと。結果。マウル次第だと笑う。
「まあ、あれだ。どんな結論になろうとも、俺は仲間を見捨てない」
 たとえ意見が違っても、傭兵全てが仲間だと武流は思う。
 仲間を見捨てるのは信念に反する。誰とどう戦う事になっても、優先すべきは仲間の命だと。
「なぁに、アンタの部下だってどんな判断を出そうと‥‥皆わかってくれる。だから、アンタの判断がどうあれ、みんな付いてきてくれるさ。だから、何も迷うことは無い。それに、俺がいるときは‥‥俺が仲間も、アンタを守るよ。これは絶対だ。信じてくれ」
「ありがと、当てにしてるわ」
 マウルの言葉に、任せろと武流が請け合った。

 傭兵は好きにやればいい。制圧に自分は賛成であると、そう、ロジャー・藤原(ga8212)は笑う。
 バグアの技術が『偶然』手に入るかもしれないからだ。
「って言ったら『勝手に行くって名目ならKVの運用費自腹ならアリだと思うし、もっと厳しい事言うならLHからの移動費用も自前で出すべき。俺達は軍やULTがあって戦えてるんだから』って言われたしな。ちなみにそいつの意見は『だからどうしてもと言うのなら人類にとっての利益を説くべき』で締められていた」
「そうね、お友達の意見も、正論ね」
 マウルは頷くと、謝意を告げて踵を返す。

 琥珀色の酒をグラスで飲みつつ、レインウォーカー(gc2524)は甲板を歩く。あちこち歩き回っている風のマウルに挨拶をすると、ブリュンヒルデを良い船だと言い、沈んで欲しくないと軽く笑い。
 亡くなったハーモニウムを知っていると僅かに表情を曇らせると自嘲気味に微笑む。
「自分の意思のない人形みたいな奴だったけど、最後は自分の意思で行動し、死んだらしい。ボクは最後に会う事は出来なかったけどねぇ。正直な話、少し後悔している。救えなかった事をじゃなく、この手で決着をつけられなかった事をねぇ」
 一瞬の間が開いた。
 ふっと、レインウォーカーは笑みを浮かべた。
「ボクは道化。死の恐怖に震えながらも誇りを懸けて戦う事を愉しむ。道化は敵と戦い殺し戦い踊るモノ。誰に何と言われようとそれを変える事はない。マウル。お前も自分自身の答えがあるのならそれを実行しろ。他人に言われて変えるのなんて、つまらないだろぉ?  後悔しない選択ができると良いねぇ、お互い」
「ええ」
 頷くマウルにレインウォーカーは、軽く手を振った。

 戦いの一番外側から、好き勝手言うのは卑怯だ。
 様々に目をそむけ、人に押し付けた。でも、それは何時までも自分自身を裏切る事に他ならない。
「今のまま、見て見ぬ振りをするなんてあまりにも卑怯だ」
 誰に言うでもなく、ハルトマンは言う。それは、過去の自分に決別の為の言葉でもあった。
 変えようと動いた瞬間から、人は変わる。小さな自信がハルトマンの中に生まれていたのかもしれない。
「軍の方達には無駄な血を流してもらいたくない‥‥けど、私達だけでは力が足りない‥‥」
 マウルをハルトマン(ga6603)はじっと見た。
「どうか―あなたがたの持てる道具を持って、どうか私達を手助けしてやって欲しい」
 強化人間を救い、人類を救えないのは本末転倒ではある。
 だが、施設を制圧し、その中に強化人間救命の為の何かがあるのなら。助けたい。
 あるのならば、公表して欲しいと。
「出来れば、マウルさんたちと共に進みたい」
「確約は出来ないわ‥‥でも、ありがとう」
 ハルトマンの肩をマウルは軽く叩いた。

 先の討論会を纏めていたヘイル(gc4085)は、ここでも沢山の人の話を聞いていた。
 マウルが報告書は一通り目を通したと頷くのに謝意を告げ。
「俺の個人的感情はこの際抜きにして、だ。強化人間云々に関しては結局救う救わないの問題にはならないのでは? そもそも制圧することで被害が増えるのならその段階で命を問題にした議論にはならない。助けられる『かもしれない』命と確実に出るであろう死者の命はイコールになることは絶対に無いのだから」
「‥‥その通りよ」
 それでも、技術確保の為に動くべきだとヘイルは言う。
 恨まれるだろう、罵詈雑言を浴びるだろう、死の危険さえも伴うかもしれない。
 けれども、まだ続くであろうバグアとの戦いを有利に運ぶ為、今この時点での汚名は受けても良いのではないかと。
「未来で、此処で得た技術でその時戦う誰かの被害が減るというのなら決行すべきだ」
「確実に手に入るとは限らないのよ?」
「もし俺達傭兵の心配をしているのなら『余計なお世話だ』と言わせて貰おう。貴女の決断が貴女にしかできない様に、俺達の決断も俺達のモノだ。貴女が背負うのならばこの艦にいる貴女の部下の命を優先するべきだな‥‥何にせよ。貴女の決断を俺は全面的に支持しよう。俺達傭兵には決して出来ない決断だからな」
 マウルは、笑みを浮かべると、ヘイルへとありがとうと笑った。

 様々な食べ物を差し入れしつつ、狭間 久志(ga9021)は艦内のクルーに混ざって、他愛無い話に笑顔を見せていた。
 だが、心中は複雑である。マウルを見つけると困ったように笑った。
 救えなかったハーモニウムが過る。助けられるはずだったのに助けられなかった。
 これからどう戦えばいいのか。久志は迷っていた。
「もう消えてしまいたい位悔やんだけど‥‥こんな罪悪感も後悔も、もう誰にも味わって欲しくないんだ」
 死に場所が自分にあるなら、ここしかないと、久志は気が付いた。
「そう思ってる傭兵もいるって知っておいてくれたら嬉しいな」
「助けたいと思うのは、あんた達の事も入っているのを忘れないで欲しいわね‥‥べ、別に気にしてるわけじゃないけど」
 マウルが叩いた肩を、久志は握りしめた。

 久志は、周太郎と立花を見つけてお茶に誘う。
 ココアを貰うと、立花は一息つくと、遠くを見る。
「‥‥私も辛いですがね、目の前で助けが間に合わなかったのは。みんなそれぞれ助けようとして動いて、それでも事故は起きてしまった‥‥きっとこの悲しみは拭うことは出来ませんが、それでも私たちに立ち止まる時間はないですからね。貴方も私も、守りたいものがあるんですから」
 ええと、久志は頷いた。
「今回も、苦しい戦いになりそうだね」
「生きていれば勝ちだ‥‥死なん程度に、な」
 静かにカップを傾けていた周太郎が呟く。
「‥‥君こそ死ぬなよ。今際の際にまで仮面なんて寂しいだろ」
 久志は息を吐き出した。心は、決まったから。


 秋月 祐介(ga6378)は、マウルを交え、麻雀を打つ。作戦の有無を問われれば、ドラをぱちっと捨てる。
「誰もが、何かを選び、何かを捨てながら生きている。それと同じですよ『大事なもの』の為なら、自分はなんでも捨てますよ」
 思い浮かべるのは恋人。
「ロン! それです。博打も戦いも、迷いは簡単には消えない。一度、迷えば‥‥易々とは弱い意識からは抜けられない‥‥となれば‥‥狙い撃ちですよ‥‥そんな心は‥‥」
 マウルの捨て牌は様々で、手が出来ていないのではないかと祐介はちらりと見れば。
 開けられたマウルの手は、あと一手。聴牌。
「惜しかったですね。決断が正しかったかなんて、終わるまで解らないのですから、覚悟を決める事ですな。躊躇や不安は決意を鈍らせる。自由とは思想を異にする者の為の自由なのだから、貴女は貴女の正しいと思う道を往けばいい」
「それはそれとして、艦長殿‥‥負け分はキッチリ払っていって下さいね」
「ちょっ! そんな約束はしてないわよっ! しみじみ話した後に、それを出すわけっ?」
「脱衣麻雀とか言わないだけ良心的でしょう」
 ふっ。そんな感じで、メガネを直す祐介。
「ブリュンヒルデの諸君も見たいですよね〜」
 賛同の声が響き渡り。
「わかったわよっ! 着ればいいのねっ?!」
 何だかんだと、付き合いのいいマウルである。カフスと襟のしっかりとした燕尾服風バニーを着込んだ。
 
 びしっと着替え直したマウルへと、厳しい意見も続く。
 命を賭けるには余りにも無意味だし、無価値だとファルル・キーリア(ga4815)は、言う。
 技術と言っても、それはバグアの技術だ。解析出来るかどうかと問えば、それはわからないとしか答えられないだろう。
 今までの強化人間に対応できるかもしれない。しかし、奪取以降は、また新しい技術が施術されるのではないか。
 バグアによる強化人間に対する対応がより厳しくはならないか。
「施設を奪取した所で、どこまで効果があるのは未知数。私は効果についてはかなり低いと思っているわ。それは果たしてリスクに見合ったものなのかしら?」
 ファルルは軽く息を吐き出す。
「お人よしの傭兵なら、それでもやりたいのかもしれない。でもね、私は守るべき対象を取り間違えた挙句、本当に守らなきゃいけないものを守れないなんて御免だわ。そんなものの為に命を賭けたくはないわね。敵は殺して味方は守る。戦争だもの、どうやったって死人は出るわ。なら、この簡単な原則を守ればいいだけよ。全てを救うなんてただでさえ不可能なのに、常にギリギリの戦いをしなきゃいけない人類にはどう逆立ちしても無理な話よ」
「全ては救えないわ。それには賛成しておくわ」
 頷くマウルに、ファルルは小首を傾げると、踵を返し、厨房に顔を出す。
「さて、お茶請けにスコーンでも作って来るわ。厨房を貸してもらえるかしら?」

 マウルの目を見つめて、煉条トヲイ(ga0236)は、反対を静かに告げた。
 制圧は被害甚大が予想されるからだ。
「仮に『基礎技術』が手に入ったとして、それは人類の手に負えるものなのか? その保証すらない」
 無理を通せば、被害は大きい。被害の無い戦いは無いとしても。それを承知で尚、敵を救うのかと。
「俺達能力者は、千人に一人の最後の希望。能力者になった以上、その責務を全うする使命がある。まして、能力者は自分一人で生きている訳では無い。KVや武装、エミタの維持を賄っているのは、多くの力無い人々の血税だ。その信頼と願いを裏切る事は許されない‥‥」
 人々は決して、敵を救う為に能力者を支援しているのではないとトヲイは言う。
 歴戦の戦いの中で出会った救いたかった強化人間がいる。けれども、と。
 何かを得るために何かを失う、命が天秤にかけられているというのならば。
「──俺は。哀れな強化人間達よりも、共に血を流して戦ってくれる同胞達を選ぶ‥‥! 同胞への信義を貫く事。それが、今の俺達がするべき事だ」
「強化人間を敵と位置つけるのね? だったら、あんたの言う通りよ。敵を救う術をあたし達はもたない」
 マウルは困ったように首を傾げる。

 強化人間助命に反対のL45・ヴィネ(ga7285)が理由を挙げようと続ける。
 制圧に際し、相応の戦力を割かねばならない。制圧にはそれ用の部隊が必要だろう。それは、戦力の分散を意味する。
「味方を犠牲に敵を救うなど、本末転倒としか言えん」
「そうね。相手が敵ならね」
 制圧を実行した際、被害が甚大ならばUPC正規兵、一般人から、傭兵やUPC特殊軍に対する風当たりが強くなるのは火を見るより明らかだ。『傭兵やUPCは兵士や一般人の命より敵の命の方が大事』と取られるだろうと。
 多くの強化人間は、望んでバグア側に居ると。
「利敵行為にしか思えない‥‥そうまでして救いたい強化人間は決して多くない『多数の味方を危険に晒して少数の敵を救う作戦』というのが、制圧に関する私の見解だ」
「少数の敵を救う作戦‥‥ね」
「‥‥いずれを選ぶにせよ、こうと決めたら決して迷うなよ」
 ヴィネは、考え込むマウルへと、笑みを向けた。いざとなれば、きっと力になるからと言外に告げ。

 参加する全員が作戦内容に同意し、受ける被害についても承諾済みなら話は別だが基本反対だと、白鐘剣一郎(ga0184)はマウルを真っ直ぐに見た。
「仮に実行するとしても、俺はまずチューレを投入可能な戦力の全力で早期に攻略する事を推す。その上で、システムや技術情報が残っていれば回収する、という流れだな」
 徹底的に焼き尽くすという戦いでもなければ、制圧でなくても回収出来るものはあるはずだと。
 救える命なら救いたい気持ちは判ると剣一郎は言う。彼の戦歴は厚く長い。
 強化人間の知人が命を救う術が無く、短い生涯を看取るだけだった事がある。
 救いがあったとすれば、最後は人として安らかに眠れた事ぐらいだった。
 だから、バグアにより歪められた命を永らえさせられる術が手に入るなら、その事自体は悪い事ではないと。
「既に挙がっている声にもある通り、この作戦を実行する為に同意も無い友軍の命を勝手に賭けるのは反対だ」
「あんたのいう事は何時も良く筋が通っているわ」
 マウルは小さく息を吐いた。

 勝算がなければ独立強襲は反対だと、ラウラ・ブレイク(gb1395)。憎まれ役も指揮官の仕事だと。
 どちらに憎まれるのかは、マウルが決めるべきだとラウラは言う。
 ブリュンヒルデと直属の部下、海兵隊等を秤にかけてまで行うべきことは何かと。
 その決定には従うことを決めているから。
 確実に助かる命を切り捨ててまで、救う価値のある命は無いのではないかと。
 助けたい強化人間がいるが、彼女はきっと望まない。
「主義主張は、様々にあるものだと思うわ。でも、それを押し通した結果を考えないのは無責任よ」
 理想を掲げ、それが成されれば一番いい。だが、理想を掲げ、それが成されなければ。
 今よりも辛く、惨く、酷い現実が立ちはだかるだろう。
 バグアは裏切りを許さない。手にしたモノが今のまま存在する事などありえない。
(戦争の悲惨さに慣れていない若い傭兵達が、そんな世界に耐えられるのかも‥‥心配)
 全信頼を持って、マウルの決断を支持すると笑った。

 助かる命があれば、助けたらいいと鋼 蒼志(ga0165)がマウルを見た。
 だが、それはリスクの無い場合だ。犠牲を出してまで敵強化人間を助けるのはどうかと。救助したい者だけが向かえば良いと思うのだと。それは、傭兵だから言える事でと蒼志は笑う。傭兵の選択は傭兵自身の責だから、友人が何をどう選び、どういう結末を迎えても構わないと。
 だが、納得せず命令に従わなければならない兵の友人の結末は、納得できないと。
「上のせいで死ぬなんてのは軍じゃままあることなのかもしれませんので、怨んでばかりじゃ仕方ないかもしれませんが」
 ちらりと、蒼志は留美を見た。
「‥‥理不尽な命令で友人が死ぬのを辛いと思うのは、多分俺だけじゃないでしょうから」
「戦いは、何時も理不尽なものよ。その中で、より理不尽で無い事を選びたいと思っているわ」
 蒼志はマウルへと頷き続ける。
「マウルさんが軍人になった理由はなんでしょうか。世界平和? バグアの排除? 弱き人々を守る為? 守りたい人がいるから? 出来る事をやらなきゃいけないと思ったから? それとも‥‥」
 一呼吸置き、蒼志は笑った。
「全てを救う為?」
 マウルは、蒼志の目を真っ直ぐ見た。
「バグアの排除と、人々を守る為よ。‥‥そうね、他にも自覚していないだけであるのかもしれないわ。でも、全てを救うのは‥‥悪いけど、手に余るわね」
 生真面目なマウルの返事に、蒼志は笑みを浮かべて頷いた。

 剣一郎は、マウルが一人になる時を見計らい、そっと言う。
「強化人間に関する詳細な技術情報を入手する事は『人類が強化人間を造り出す術』を得る可能性にも繋がるのではないかと、俺は思っている。だがそれは下手をすれば歯止めの効かない状況を生み出し兼ねない。だから、そうならないよう取り計らって欲しい」
「あんたって人は‥‥。どれほどの事が出来るかわからないけれど、その時は、真っ先に手伝ってもらうわよ?」
 マウルの信頼に満ちた視線を、剣一郎は受け止めて笑った。


 ソウマ(gc0505)は、何をしたいのかと表情を引き締めて向き直る。
「‥‥決まっているんなら、悩むのはどうやったら上手く事を成すか。その方法を考えるべきですよ」
 くすりと笑顔になり、ソウマは軽く肩を竦める。
 どちらも、それぞれメリットデメリットが存在する。ならば、後は簡単だと。
「自分の好きな方を選べば良いんです」
「好きな方‥‥ね」
 後は、考えればいいと。以下に被害を少なくし、成功させるかを。マウルには頼もしい仲間が沢山いるのだからと。
 片目を軽く閉じると、はいと、チョコを手渡した。
「甘くておいしいですよ」
「‥‥ありがと」
 きっと良い事があるはずだと笑った。
 正しい答えは選ぶのではなく、自ら作り出すものだと。

「この艦 本来の艦運用でガタが来たのですか? それとも用途の違う運用を続けた結果ガタが来たのか。同じガタが来たのでも大いに違いが有りますが、どうなんでしょうか?」
「‥‥普通に戦艦としての戦いを続けているわね‥‥多分」
 気になっただけだから、気にしないで良いと、ゼクス=マキナ(gc5121)は首を横に振る。
「マウル艦長が何を思い何を考えているかは分かりませんが、只ご自分の出した結論に対して決して後悔なされないようにとは思いますよ。その後悔は御自分だけでなく周りの人達にも多大なダメージとなって現れるでしょうから」
「周りにダメージ‥‥ね。ありがとう。気にしておくわ」
 ゼクスは、こくりと頷くとマウルを見送る。

 グロウランス(gb6145)は、傭兵達がブリュンヒルデに乗り込む様を眺めていたが、おもむろに【OR】【魂の一品】を取り出すと、様々な角度で写しはじめる。
「こいつの遺影にならんといいがな‥‥」
 技術が発達する中持つのは一眼レフ。文字通り『過去となる現在を焼き付ける』事に拘り続けているから。
 何気ないスナップを、にこやかに対応しつつ撮影して回るが、シャッターを切るその目は終始冷やかでもあった。そんな様子を、見ていた留美へとグロウランスは問う。
「理屈ではなく感情としての賛否を聞いたら、答えて貰えるか?」
 反対なのとそっけなく言う、その背を軽く叩くと、グロウランスは留美から離れた。
 
 留美を人けの少ない場所へと連れてきた天野 天魔(gc4365)は、薄く笑った。
「さて少尉は強化人間救命に反対でいいのかな?」
「‥‥反対なの」
「俺も反対だ。以前は賛成だったがLHでの署名を見て考えが変わった。酷かったよ」
 無言で天魔を見る留美を天魔が覗き込む。
 マウルに告げないのはマウルは人として正しい結論に辿り着くからだと。
「ありえないと思うか? 技術を手に入れた救命派は助ける為に動く。兵を虐殺した強化人間を助けたら軍はどう思う?」
 対立が生まれ、続き、混沌とする様を天魔は予言するかのように語った。
 故に、強化人間救済の手段はあってはならないと。
「もし俺に出来る事があれば手を貸そう」
「ご意見は承ったの」
 そっけなく留美は、踵を返すと、マウルの元へと向かった。
 少なくとも、留美はマウルを個人としては好いている。
 幼くして隔離され、友人もいない少女にとって、身近な同性は彼女だけなのだ。
 天魔は最後まで口調を変えなかった留美の後姿を見送り、軽く息を吐く。
 だが、留美は拗ねていると言っても良い顔だった。

 神のご加護を。そう微笑みながら、ハンナ・ルーベンス(ga5138)はブリュンヒルデの乗組員の話を聞き、穏やかにほほ笑む。
「‥‥裁量と権限を与えられたのなら、私は為すべきだと思います。分の悪い戦いは、今に始った事では有りませんし‥‥歴史を紐解けば、様々な解放を求め、人は戦いました‥‥」
 答えは自らの胸の内にあるのではないかと微笑めば、そうねとマウルは頷いた。

 山盛りのピロシキを運んでいるトーリャへとキリル・シューキン(gb2765)が「同志」と声をかける。独特の呼び方だが、キリルにとっては、敬意を込めての事である。気にする風も無く、トーリャはピロシキを勧め、キリルは懐かしい味に舌鼓を打つ。故国にはこんなピロシキの店があり、今はどうしているのかわからないと、僅かに遠い目をすれば、そうだねという相槌が返る。
「美味しそうなもの食べてるじゃないの。一つもらうわよ」
 不意のマウルの声に、キリルは軽く居ずまいを正す。直接会話するのは初めてだからだ。
 意見を聞かせて欲しいと言うマウルの言葉に、キリルは困ったようにちらりとトーリャを見ると、言葉を選ぶ。
「我々傭兵はただ報酬分、己の使命を果たすだけです。どちらにしろ任務は見敵必殺、銃口を向けられればキメラだろうと強化人間だろうと打ち倒す。私は侵略者には容赦しない‥‥滅ぼすだけです」
 故国の過去に思いを馳せながら、キリルは話す。
「‥‥敵であろうと慈悲を請うのならば一考はしますがね」
 頷くマウルに、キリルは、笑みを浮かべた。
「少佐のお好きにどうぞということです。死ねと貴女が仰るなら、報酬分の札束で顔を殴るだけですから」
「誰の顔というのは、戦いから戻ったら聞こうと思うわ」
 マウルが立ち去るのを見て、ハンナがトーリャへとそっと言う。 
「お姫様の孤独を、重責を察してこそ、騎士は騎士足りえるのです。貴方の少佐はお悩みでいらっしゃいます。‥‥貴方が少佐の騎士ならば、どうか。‥‥心から少佐を敬愛していらっしゃるアナートリーさんには、要らぬ説法かもしれませんが」
「うん、要らないね」
 トーリャは笑った。彼女の責務は肩代わりは出来ないが、自分の責務は承知していると。
 「あ、はは‥‥うん‥‥。色んな人が、居て、面白いなぁ‥‥」
 次々に運ばれてくる食べ物などの配膳の手伝いなどをしながら、つまみながら、マーシャ(gc6874)は、初めての艦を見渡す。この艦もじき、戦いへと向かうのが、いまひとつ実感として湧かない。

 一際、賑やかな場所へと、ルクシーレ(ga2830)は向かう。本物の兵士とお近づきになりたかったという事もある。
 海兵隊の面々が、何時もの様にジョーダン中佐を取り押さえつつ、飲み食いに精を出している。
 軽く挨拶をかわすと、ルクシーレは飲み進み、少々正体を無くしかかってきた。
「俺達傭兵はヒーロー気取りになりすぎてやしないかってね。兵士としての心構えを教えられてない。聞きかじった知識で兵士の理念を標榜するやつぁ、俺も含めているにはいるが‥‥ヒック」
「いいんじゃねーか? 傭兵は様々に居るのが当然ってもんだ。だからこそ、助けてもらえる事ってのが多い訳だ」
 がははと笑うジョーダンに。ルクシーレは尚も続ける。
「強化人間? 助ける為に味方を犠牲にするのは許せないっす。これが『物語』なら味方のその他大勢ほど蔑ろにされて、盛り上がる敵との悲劇の邂逅がクローズアップされますけど……そうじゃないだろって」
 そのままルクシーレは酔い潰れ。

 どちらでも変わらないと、軽く笑いながら、肩を竦めるのは平野 等(gb4090)。
「特攻ん(とっこん)でってキメラなりバグアなりをぶん殴ってくる? みたいな?」
「まあ、おおよそ間違いではないわね」
 どちらでも良いと。信頼には信頼を。そう、等は思う。
 軍事作戦実行には、常に誰かの命がかかっている。これまでも、これからも。
 犠牲になる可能性が高いのは、能力者以外のUPCの兵士だ。
(そーゆーこと、忘れちゃ駄目ですよね)
 その名も知れぬ兵士は、誰かの子であり、友人であり、伴侶であり、親である。
 誰かの愛しい人に違いなく。
 マウルの決断は、下に従う兵士の生き死にを決める。傭兵以上につらい立場だと、等は思う。
(なんつーか、その点、傭兵は楽だよね)
 傭兵は、誰かに対して責任を持た無ければならないという事は、ほぼない。だからこそ、自分本位の感情論を好き勝手に言えるのではないかと等は思う。
 くるりと踵を返すと、等は、宴会へと明るい笑顔で、混ざりに戻る。

 グロウランスは、考え込むマウルの横顔を一枚映した。
 隠し撮りはと言うマウルへと、謝ると、改めて申し込めば頷かれ、シャッターを何枚か切る。
 カメラ越しにマウルを無機物であるかのように眺めながら。
「戦場から能力者が一人減る事で、一般兵死生率がどれ位になるか、計算した事はあるか?」
「知っているわ」
「そうか‥‥傭兵は死に難い、故に死に鈍い。報告官も然り。綴られる戦場は、適当に命が軽く、死がおざなり。そんな奴らが、救済だ人道だ、正義だと語る。笑うしかあるまいよ」
 口の端を笑みの形にすると、グロウランスはマウルへと、フィルムを抜き取ると手渡した。
「フィルムは巻き戻せても、過ぎた過去は戻せん。後悔せぬ道を選ぶといい」

 マウルを見つけると、追儺(gc5241)はその腕を取って、宴会の中へと引っ張って行く。
 それぞれが、それぞれの思惑がある。それは当然の事だと追儺は思う。
 けれども、戦いの前夜だ。今この時は、互いの無事と目的の達成を祈りたかった。
(俺達は敵じゃない‥‥仲間だ)
 互いに牽制しあうのは、この期に及んで意味の無い事ではないかと思う。
「戦いに行く前の壮行会だ‥‥英気を養おう‥‥軍も、傭兵も無く全員でな。少なくとも、戦っている時は、俺たちは仲間だ。お前は俺の意見を聞いたら従うのか? ‥‥違うなら‥‥自分の考えがあるならそれを貫け‥‥そして、とりあえず酒を飲め」
 マウルがきゅっと杯を傾けたのを見て、追儺は笑みを浮かべる。

 権兵衛・ノーネイム(gc6804)が、マイクを握り込み、歌い始める。宴会には歌がつきもの。
『人間なんてたいしたもんじゃないさ。面子なんてもういらないから 握った拳を隠すなよ。不安に夢を売り飛ばすほど まだ老いぼれちゃいないだろ‥‥』
 唸りを上げる声。途中、権兵衛の全身から炎が噴き出した。覚醒だ。
 音が響き渡り。歌い切った権兵衛は、覚醒を解除し、手近な飲み物で喉を潤す。
 拍手をしているマウルが目に入り、頷いた。
「案ずるより産むが易し」
 その言葉に、マウルがくすりと笑うのを見てまた頷いた。

 琥珀色の酒を満たしたグラスを片手に、咥え煙草でデッキに佇むのはUNKNOWN(ga4276)。
「もう、答えは自身の中にあるのではないかな? 答えを口にできないだけ、で」
 UNKNOWNはマウルの胸を示せば、マウルは軽く眉を上げる。
 救うと言う気持ちはわかると。だが、『救う』という驕った思いでは、失敗するだろうと。
 無理やり強化人間となった者は別だがと続け。
「――どんなに厳しかろう、が『人』は『人』として生きるのがいい。それが茨の未来になろうが、それが各々の試練となろうがそこは乗り越えて行くべきなのだろう。その点で、私には優しさがない。技術としての興味もあるし、ね。相手をバグアとして見るか、人類として見るか、それで意見が別れる所だろう、ね。それでもなお『人に戻してやりたい』と思うなら、私も。私の機体もそれを手助けする為に動こう――どうしたいのかね? その思いを聞かせてほしい」
「‥‥そうね。決まっているわ。いいえ、決まったと言うべきかしら」
「少しは‥‥気が晴れて考えが定まったか? ‥‥死ににいくんじゃない‥‥勝ちに行くんだからな」
「ええ、勝ちに行きましょう」
 何時もの調子が戻ってきているようで、追儺は頷き破顔する。
 ハンナがマイクを手渡す。
「お心がお決まりなら、クルーの皆さんに、私達にお教え下さい。‥‥宇宙人に反撃する映画の大統領さんみたいに演説出来るなんて、一生の内にそうそう無い機会だと思いますから」
「話をしておくのは、いい機会だと思うわ」
 マウルは、マイクを受け取ると息を吸い込んだ。