●リプレイ本文
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丁度タイ近辺では、海へと入るに良い季節だ。
静かな海。
「原形を留めている物が在れば良いのですが」
HWと思われる、金属の塊のサルベージ。
凪いだ海を見て、リュティア・アマリリス(
gc0778)は頷く。
「‥‥HWのサルベージか。無事回収出来れば今後の役立つ事は間違いないんだろうな。まあ、俺が出来る範囲で頑張らせて貰うぜ」
バグアの技術は、人類にとって様々に有効活用されてきている。威龍(
ga3859)は、耳にする噂話を思い出しながら、穏やかなタイの気候を肌で感じる。
特に、心を躍らせる敵が居る海域でも無く、サルベージもそこそこ。
本来ならば興味を誘う地域ではないのだけれど。
「仕方ない、か。私の轟竜號がパワーアップするって言う話なら」
でっかい野望を堂々と口にして、鯨井昼寝(
ga0488)は目を細めた。
巨大戦艦として大規模などに姿を見せる三番艦、轟竜號。
その巨体故に、様々な戦場を移動しつつ修理やバージョンアップがひっきりなしに行われている。
進化し続ける艦だ。
大泰司 慈海(
ga0173)は甲板で目を細め、先の戦いを思い、黙祷を捧げる。煉条トヲイ(
ga0236)が、そんな慈海と海を見て小さく息を吐く。
「‥‥内戦終結から一年以上、か。タイにやって来るのも久方振りだな‥‥」
無意識にこの地を避けていた。思いが深すぎたのかもしれない。
直接目にしたのは、大規模作戦の最中だった。如月・由梨(
ga1805)は、この地に落ちたゾディアックを思い出していた。彼女が最期を迎えた地。何処か心にひっかかったままのその姿を吹っ切る事が出来るだろうかと。
「そういや、ゾディアックの誰かが沈んでるんだっけ〜?」
水中がとても好きだ。オルカ・スパイホップ(
gc1882)は軽い鼻歌を歌っていた。
何人かは因縁があるのだろう。海を見ている様を見て、首を傾げる。
かなり前に沈んだと言うゾディアック牡羊座の機体は、爆発の状態からして木端微塵になったと推測されている。
「もし、調べる様な事があれば、そっちも念の為、そのうち潜ってもいいかもね〜」
何もないとしても、何もない事を確認するのもまた、一つの仕事でもあるだろう。
見知った顔を見て、ちょっと感激中のティムに、ヨグ=ニグラス(
gb1949)は、こそっと言う。
「えと、色々聞き耳‥‥じゃなくてお仕事忙しいでしょ? 今回は空母でお留守番しててねっ」
「はいですの色々、聞き耳を‥‥じゃなくて、海軍の皆様とも、少しでも馴染めるようにと思っていましたの」
こくこくとヨグの言葉に頷くティムに、ヨグも頷き、お願いねと、KVへと向かう。
そろそろ、目標地点へと辿り着くのだ。
(『ご覧くださいませ。あちらに見えるのが〜』とか、やってくれるのかなっ)
ふふっと笑うヨグは、小隊の隊長と仲間をちらっと見た。水中戦のエキスパート達だ。
「ティム様には、タイ海軍と各班の間に入って、調整役をして頂ければ」
準備品の確認をしつつ、櫻小路・なでしこ(
ga3607)が言えば、良い返事が返る。
牽引用のワイヤーは、通常海軍で使うものならばと、用意される。
海図を眺め、なでしこは地形情報、海流の流れなど、辻村 仁(
ga9676)や仲間達と共に確認をする。
ノートパソコンを起動させたティムが、過去なら報告書に沢山ありますと、状況を聞いたリュティアに頷く。
傭兵達に知らされている情報と、ティムが持っている情報は大差無いようだ。
ティムちゃんなら大丈夫と、力強く頷く慈海へと、ティムが、はうとばかりに頷いた。
何時も持参の電卓がノートパソコンに変わっている様に、人事異動かぁと慈海は複雑な顔をする。
だが、春は出会いと別れの季節でもある。
繊細な感情の機微である、とまどいとは、どうやらティムは無縁のようだが、タイを好きになって欲しい。
出来れば、安心してこの地で過ごせるようにと願いつつ、慈海は笑った。
「よぉし、サルベージ、頑張っちゃうよー!」
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最初に空母が寄せたのは、比較的浅瀬だった。
サルベージ船が待機している。
その場所に潜るのは五機。
ヨグ機、オロチ、キューツー。慈海機、ビーストソウル改が、水中を警戒するかのように金属が固まっている周囲へと散る。
ソナーブイで周囲を確認しつつ、慈海機は、水中を泳ぎ、岩場の暗い影を覗き込む。
金属の塊が、まるで元からその場所で岩と同化していたのではないかと思うような姿を晒していた。
海草がからみつき、魚がその合間を泳いで渡る。
「僅かの間で、こんなになるんだねぇ」
「しっかり撮影していくです」
積もった砂などを巻き上げないようにと気を付けながら、ヨグは搭載カメラで、残骸を撮影して行く。
陽の光が差し込むこの場所は比較的明るい。
浪間がきらきらと頭上から潜るKV達を照らす。
金属の挟まる岩場へととりつくのは、昼寝機、リヴァイアサン、モービー・ディック。由梨機、パピルサグ。リュティア、アルバトロス改、ラグ。
甲板から海へと向かう傭兵等に、気を付けてと言う声がかかる。
昼寝はその白い優美な機体の手を軽く上げた。
「そっちも気をつけて。海はなかなか侮れない場所よ」
サルベージ船との距離を測りながら、ゆっくりと海の底へと。
昼寝は、船体から伸びる鎖と、船底を仰ぐ。
サルベージ船の乗組員達と事前に打ち合わせをしていた。
良く知る者の手助けが必要だと。
船員達は、そんな昼寝に微細にこの海の説明と、引き上げ時点の流れなどを説明してくれていた。
「‥‥多いですね」
由梨は、沈んだ金属の塊の多さを見る。
全てが原型を留めているモノでは無いようだがと。
水中をがしゃがしゃとかくように、由梨機の手足が蠢く。
「衝撃をなるべく与えないようにしたいですね」
原型をとどめたHW発見の一報を入れたリュティアは、小首を傾げる。
昼寝が頷き、細かく場所の状況を海上へと連絡を入れる。
「だね。少なからず、爆発の危険もある」
小さな水泡がKVから噴出する。
レーザークローがのしかかっている岩を削りはじめると、水中が土煙で濁り始める。
細心の注意を払いながら、リュティアと昼寝が岩を砕く。
多腕で細かい金属をどかしていた由梨は、一人ではどうにも動かせない塊に首を傾げる。
「何か‥‥大物のようです」
「そうですわね。これは‥‥しっかりと引き上げてもらった方が良いですね」
リュティアが頷く。
「オーライ」
昼寝が打ち合わせ通りに、チェーンを下げてもらい、引いてくる。
「今のところは、敵機影など、不審物無し、だね」
「んと、こちらも異常無しです」
慈海とヨグから、周囲の状況が逐一入る。
「良し。上手くいったわ! 後は引きあげるだけね」
昼寝が合図を送る。
「念には念を入れませんと」
ゆるゆるとサルベージ船が引き上げるHW。
鎖が外れてしまった場合、即座にフォロー出来るようにと、追うかのように泳ぎ、従うリュティア機。
「では、空母を追いましょうか」
由梨が声をかける。
二隻のサルベージ船が、HW牽引。
その報は空母へと飛び、タイ中央の港で待ち構える海軍へとティムの言を経て通達された。
意気揚々と引き揚げるサルベージ船の乗組員達は、口々に傭兵達を賞賛するのだった。
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「‥‥海流が激しい上に、思った以上に深い。気を引き締めて掛らないと、見当違いの方向に流されるぞ‥‥!」
サルベージ船から下がる鎖は、碇があっても随分と揺れている。
ただ沈むように潜るだけでは、この海域ではいかな重厚な雷電でも、もっていかれる。
トヲイは、空とはまた違った空間に目を細める。
サルベージ船とは回線を繋ぎっぱなしにしてある。
座標を見ながら、トヲイは金属の塊のある地点へと潜って行く。
「さて、どの様な大物が上がるでしょうか」
なでしこだ。
海流激しく、比較的深いとは聞いている。慎重に、、ビーストソウル改、蒼騎士を潜らせる。
深い場所に潜る為に必要と、ライトを提示されたなでしこは、サルベージ船からライトを借り受けている。
「ひとつずつ確認して移動するくらいが良いかもしれませんね」
雷電、閃影を潜らせるのは仁。
海底の砂に半ば埋没している金属の塊は、海流によって吹き溜まるかのように、窪んだ場所に点在している。
サルベージ船の船長が現場の状況を聞いた仁機へ、大型のライトを手渡してくれている。
これで、光源は十分だろう。
先の地点でのサルベージ完了の一報を流したティムは、空母の将官とレーダーを共に覗き込む。
対、UPCとしての役割を持つ、短い髪をオールバックになでつけている女性将官だ。
「快調のようだな」
「はいですのっ‥‥?」
「警戒態勢を取れ」
海域に、無数の光点が現れる。
敵機接近。
それは、潜った五機も察知していた。
「キメラの群れと予測されますの。迎撃をお願い致しますの。味方機がこちらに辿り着くのは、すぐですの」
空母のティムから、光点から予測される敵が各機へと転送される。
通常のKVの全長以上ある長さの蛇キメラ。同じ程大きな鮫キメラの混合した群れのようだ。
リヴァイアサン、玄龍から、対潜ミサイルR3−Oが水中に筋を生み出し飛んで行く。威龍機だ。
長い射程を生かし、まるで一体の巨大な生き物のようになった群れへと着弾し、爆発が起こる。
「よーし、そのままこっちへ来い」
威龍がにやりと笑う。
爆発は、周囲のキメラも巻き込む。海流が渦を巻く。
M−042小型魚雷ポッドが、25発の細かな軌跡を海中に尾を引き、一瞬ざわついたキメラをさらに混乱に落とし込んでいるかのようだ。威龍は距離を測りながらガウスガンを構え、狙い撃つ。
爆発から抜け出てきたキメラを正確に狙い撃つ。
その合間から、オルカ機、リヴァイアサン、レプンカムイが速度を上げ、海中を踊るように進む。
一気に勝負をつける。
三本の爪の様なレーザークローがオルカ機から伸びた。迫るキメラの群れへと振り抜く様に叩き込む。
オルカは機体を泳がせ、キメラを引きつける。
「仕事仕事っ!!」
一体は相手にならない程度のキメラだ。先の威龍の攻撃で、数は半数にも減っている。
撃ち漏らした数体も、機首を転じて追いかければ、追撃は容易だった。
「‥‥そう簡単に終らせてはくれないか」
HWへと向かわせまいと、トヲイがキメラとの戦闘を確認しつつ、こちらに来るようならばと警戒を強くする。
「こちらは殆ど問題ないですね」
いつでも攻撃に転じれるようにと、戦況を見て頷く。足を踏ん張り、海流にのまれないようにと確認し。
抜けて来た数が少ないのを見て、なでしこが水中用試作剣蛍雪を構える。キメラ意外の場所も念の為、確認をしていると、空母のティムから各機へと連絡が入った。
「ジャミングの強い方角が、キメラとは別方向にありますの。そちらから、視認確認は出来ますかっ?」
気にしていたなでしこが発見。海洋迷彩を施した、HWが数機。
気づかれたと知ったのか、キメラが殲滅したのを確認したのか、そのHWは瞬く間に後退していった。
「ん〜っ。確認してくるね。強いのと戦いたいなぁ〜」
強敵? と、オルカがキメラを殲滅させたと確認すると、その方向へと向かった。
しかし、逃げ足は速いようで、影も形も無い。
「片付けられる時に片付けておいた方が周辺住民の為にもなるからな。これもサービスだ」
威龍だ。
目的を持って襲ってきたキメラの群れは殲滅したが、これからタイへと向かうキメラも居ないわけでは無い。
出来る限りの範囲を索敵して回り、スライム型のキメラなどを数体、海の藻屑へと変える。
艦橋では、女性将官が、感嘆の溜息を吐く。ティムが逐一海中の戦況を実況していたのもある。
こちらへと助力の為にやってくる仲間達が到達するのは、無傷のHWが一機、引き上げられる準備が整った後。
「外枠が少し壊れていますが、十分でしょうね」
仁がチェーンを引きながら頷いた。
「HWとチェーンの固定を完了。引き上げを開始してくれ」
トヲイの声が響く。
未確認の敵という、嫌な感覚は残ったが、傭兵達のキメラとの戦闘の見事さと、手際の良さだった。
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先に向かったサルベージ船は、港に集まったタイ国民や、ジャーナリスト達に大歓迎を受けていた。
引き上げられた戦果は、三番艦轟竜號の補強へと回される。
ヨグの撮影した海底の状況がデータとして保管される。
目立った金属片は大方引き上げたので、後は監視ぐらいだろうかと。
「‥‥戦闘は、そちらの地域でしたか」
少し残念そうな由梨。戦いに身を投じる事が覚醒によって膨らむからだろう。
戦いになれた己を顧みて溜息を吐く事もあるのだけれど、覚醒時は真逆の気持ちが現れる。
「戻りましたら、皆様でお茶をいかがでしょうか」
リュティアが作戦完了を受けて、穏やかに笑みを浮かべる。
「ぜひ、ご一緒いたしますの」
ティムがはいはいと挙手せんばかりの声が聞こえ、あっという間になじんでいるねぇと、慈海が楽しそうに頷く。
傭兵も、海軍も、タイの人々も、渾然となった様を見て、昼寝は、こういうのが良いよねと、心中で呟いた。
誰もかれもが先に立つのでは無く、それぞれがそれぞれの役割をこなしながら、手を取り合えれば良い。
(気になりますけど)
今は、作戦の成功を素直に喜ぼうとなでしこは思う。
タイから少し南下すれば、バグアの跋扈する地域だ。
入り混じった地球の版図。
こちらが何かしようとする動きがあれば、あちらも偵察程度は送ってくるのかもしれない。
「目立つのはあんまり好きじゃないが、ある程度傭兵の存在をアピールしておくのは悪い事じゃないしな」
威龍が牽引を助ける。
「傭兵への不審が高まりつつある今、こういったアピールも時には必要だ」
トヲイが頷く。
「ですね。こういう事って意外と、人の記憶には残るものです」
仁だ。
「よおっし♪」
オルカが、サルベージ船に添う様に、愛機をジャンプさせる。
シャチの様なフォルムが陽光を浴びてキラリと光る。
システム・インヴィディアを発動させ、蒼い燐光が尾を引くように流れた様は、大喝采を受けた。
「やややっ?! 負けませんっ」
ヨグがオルカの反対側を、ブーストを使用したジャンプで飛出し、やっぱり集まった人の喝采を受ける。
卓抜した操縦力を持つ二人だからこその芸当だ。
楽しい事は、良い事だ。
それが戦いの残滓でも。
真っ直ぐに立ち直りつつあるタイは、笑顔の余裕が生まれていたのだった。
タイの夏の日差しは、じき終わる。
それまでは。
タイ南部へと抜けて行く海域の海底を海洋迷彩のHWが五機、静かに移動していた。
それらは、時間をかけ、オーストラリアへと帰還していったのを誰もまだ知らない。