タイトル:【AP】霧の塔マスター:いずみ風花

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/14 19:29

●オープニング本文


 ラストホープの公園を散歩していたはずだった。
 小道を歩いていると、急に視界が陰った。
 陰ったと言うよりは、曇ったと言った方がいいかもしれない。
 通常のラストホープでも無いわけでは無いのだが、非常に濃い霧が出てきたのだ。
 不審に思い、立ち止まる者、歩き出す者様々であったけれども。

 いつしか、自分ひとりが濃霧に囲まれている事に気が付いた。
 隣に居たはずの友人も、手を繋いでいたはずの恋人の姿も居ない。

 ──どうなってるんだ‥‥。

 そして。

 霧が薄くなる。

 薄い霧の中、ラストホープに在り得ない建築物を発見し、溜息を吐く。
 そこには、欧州中世に建てられたかのような、石造りの塔がそびえていた。
 入り口とみられる扉は、細かい細工が施されている、重厚な木の扉だった。

 扉は、観音開きに開いた。
 石作りの建物独特の冷えた空気が流れ出る。
 小さなエントランス。
 そして、エントランスからは、螺旋上に階段が伸びていた。塔の最上部へと辿り着けるだろうか。
 辿り着けれたならば、周囲を見渡せるだろうか。

 と。
 引いて下さいといわんばかりのチェーンが一階の天井からぶら下がっていた。
 年季の入った黒光りした太い鎖だ。
 引こうか。それともそのままに、階段を上ろうか。

 A)鎖を引く
  階段から、無数の小鬼(ゴブリン)が降りてきます。
  身長1m程。服装は薄汚れたズボンのみ。
  棍棒を手にしています。

  ★選択1−1
  皆様は、気が付くと、不思議な剣など、お好きな武器を手にしています。
  魔法使いの杖でも、光線銃でも、何時ものスキルでも、何でも構いません。
  お好きな攻撃が出来ますが、全体攻撃は出来ず、一体づつの攻撃となります。
  ゴブリンの数は皆様が力尽きるぐらいです。
  ゴブリンを殲滅すれば、貴方の面識のある当方NPCが敵となって現れます。
  持っている武器は貴方の持つ武器と同じです。
  ご指定下さい。
   言葉を交わす事が出来、貴方に対する事柄ならば、全て聞けます。
  (バグアの内部事情とかは聞けませんが、見えなかった箇所や、気持ちならば聞けます)
  戦闘状態にはいります。途中で塔が崩れて、再び濃霧の中へ入り、ラストホープへと帰還します。
  
  ★選択1−2
  塔から出て、ドアを閉めます。閂がかかりますので、ゴブリンは閉じ込められます。
  すると、後方に貴方の面識ある当方NPCが後方から現れます。
  ご指定下さい。
  NPCが貴方を安全な場所へと連れて行きます。
  そこは、湖のほとりで、淡い薄紫と、桜色の桜が重なるように咲き、はらはらと散っています。
  そこで言葉を交わす事になりますが、通常のNPC判定の反応となります。


 B)鎖を引かない。
  ★選択2−1階段を上る。
  塔の最上階に、貴方の面識ある当方NPCが、貴方の知りたい過去の年齢、時間軸で居ます。
  ご指定下さい。
  (例えば、ティム・キャレイ(gz0068)3歳とかでも可能。ここでは、貴方を知りません)
  (ナンバーなしでも、死亡した者もバグアでも可)
  そこで言葉を交わす事になります。彼等も気が付いたらここに居たという形で友好的です。
  見晴らしの良い八畳ほどの広さの、気持ちの良い場所です。
  桜の咲く場所や、おもちゃ箱の様な町などが遠くに見えます。
  お茶を呑んでいると眠くなり、気が付くとラストホープの元居た場所になります。

  ★選択2−2
  扉を閉めて、森を彷徨う。敵とか、怪しい植物とかプレイングに盛り込んで下さるのも可。
  武器スキルなどは選択1−1と同じです。
  選択1−2の湖のほとりに出ます。気が付くと、ピクニック一式を持っているのも可。




※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません

●参加者一覧

/ 大泰司 慈海(ga0173) / 煉条トヲイ(ga0236) / 西島 百白(ga2123) / UNKNOWN(ga4276) / レーゲン・シュナイダー(ga4458) / 錦織・長郎(ga8268) / トゥリム(gc6022) / 卍JASON卍(gc7106

●リプレイ本文

 LHに居たはずだった。
 深い霧が僅かに薄くなった先にありえない塔を見るまでは。
 卍JASON卍(gc7106)は首を傾げた。


 LHの公園は、いつも穏やかで、転寝をするには最適な場所でもある。
 その中でも、さらに良い場所は木の上だ。
 西島 百白(ga2123)の短い白銀の髪が穏やかな眠りを助長するかのようにそっと撫ぜて行く。
 淡い花の香りや、芽吹いたばかりの木の芽の香りに包まれ、もうしばらくは転寝を楽しむだったのだが。
 不穏な気配に、百白は、目を眇めてのそりと大型の獣が起き上がるかのように身を起こした。
「‥‥なんだ」
 ひんやりとした空気。
 LHの公園であるはずなのに、見渡す限り、白い靄に包まれている。
「‥‥霧?」
 これは、異変だろうか。
 百白は、俊敏な身のこなしで、地面へと着地した。
 踏みしめた大地は、土の香りがしているが。
 一寸先すらおぼつかない。
 だが。
 百白は、霧を透かし見るように見ながら、ゆっくりと進む。
 LHが広いと言っても、ある程度まっすぐに歩いて行けば、別の区画へと辿り着くはずだ。
 なのに、何時まで経ってもその気配すらない。
「‥‥」
 霧が、ゆっくりと晴れて行く。
 油断無く身構える百白。
 霧の合間から、木々の輪郭が浮き上がる。
 しかし、その木々は、LHに植林されている種類ではなさそうだ。そして、目に飛び込んできたのは。
「‥‥何だ‥‥これ?」
 ひんやりとした外観。白っぽい灰色の、石作りの建築物だ。
「城? ‥‥いや‥‥塔‥‥か?」
 重厚な木で作られている観音開きの扉を開けると、しばらく訪れる者も居なかった建物独特の空気が漂う。
 塔の一階であり、天窓などは見当たらないのに、どういうわけか暗くは無い。
「‥‥‥‥」
 警戒しつつ、慎重に足を踏み入れる百白。
 石畳の小さなエントランスだ。
 ふと見ると、階段が伸びており、その前には。
「罠‥‥だよ‥‥な‥‥絶対に‥‥これ」
 太いチェーンが、遥か頭上から下がっている。
 丁度良い位置だ。
「‥‥」
 百白は、僅かに身を捩り、手を伸ばす。
 じゃらりとした、重い金属の感触。
 ぐっと握り込むと、つい。
 派手な金属音が響く。
 チェーンが引かれたのだ。
「‥‥しまった! ‥‥つい!」
 こう、あまりにも手にフィットしたので、つい引いてしまった百白は、階段の上の方で、嫌な笑い声を聞いた。
 ひとつでは無い。
 百白が階段をふり仰げば。
 駆け下りてくるのは、欧州のお伽噺に出てくる悪役。身長が1m程の小鬼だった。
 手にしているのは彼らの身長より僅かに短い棍棒だ。
 百白を見つけた小鬼等は、指を指すと、下卑た笑いを響かせた。
「面倒‥‥だな‥‥これは」
 表情を変えず、小さくため息を吐く百白。LHで転寝中だったのだ。何も対抗する武器が無い。
 しかし、ふと気が付けば、手にしているのは諸刃の大剣。
「‥‥いつの間に‥‥こんなの‥‥が?」
 軽く振れば、馴染んだ感触が手に伝わる。
 百白の周囲を白い光が覆った。
「まぁ‥‥良い‥‥狩りの‥‥始まりだ‥‥」
 小鬼に向けられる瞳は、金色に光を放つ。
 けたたましい笑い声を上げ、小鬼が百白へと踊りかかる。
 百白は大剣を一閃。
 小鬼が吹き飛ぶ。
 次の小鬼が、百白が刀を返す前に飛びかかるが、捻り上げた大剣が、小鬼を下から上へと切り飛ばす。
「面倒以上だな‥‥これは‥‥」
 どれ程の時間、どれだけの小鬼を退治しただろうか。
 百白は、鈍い感触に小さく舌打ちをする。
「‥‥獲物が!?」
 疲労が溜まったのだろうか。
 何体目かの小鬼へと大剣を叩き込んだ瞬間、大検は真っ二つに折れ飛び、石壁に突き刺さる。
 一歩後ろに下がる百白。
 だが、その手にツインクローが装着されているのに気が付いて、僅かに口の端を上げる。
「楽しませて‥‥くれるな‥‥貴様ら‥‥」
 エントランスの後方へと下がると、百白は構えを低くとる。
 きらりとツインクローが光る。
「狩るか‥‥狩られるか‥‥楽しもうかぁ!」
 獰猛な咆哮を上げると、百白は、飛びかかってくる小鬼へと、飛びかかる。
 ツインクローが弧を描き、小鬼を吹き飛ばす。
 打ちかかる小鬼を交わすと、そのまま、飛び退り、ツインクローを叩き込む。
 まだだ。
 まだ。
 小鬼は次から次へと現れ、屠った小鬼はいつの間にか目の前から消えている。
「クソが‥‥」
 限界が来ている。
 百白は、振り抜く腕が重くなってきたのを感じていた。
 息が荒い。
 肩が落ちる。
「‥‥面倒‥‥だな」 
 百白は、力尽き果て、石畳のエントランスへと吸い込まれるように倒れ込んだ。
 はずだった。
「ふぬぉ!?」
 木々から、小鳥達のさえずりが聞こえ、百白の落下の音に驚いたかのように飛んで行くのが見えた。
 見渡すと間違いなく、LHの公園だ。
 吹き渡る風。花の香り。土の感触。
 落下した木を仰ぎ、百白は、その木に背を預けて小さく息を吐いた。
 手が僅かに震えている。疲労の為起こる震えだ。
 首を横に振ると、軽い身のこなしで立ち上がり、百白は公園を後にする。
 鳥の笑い声のようなさえずりが、百白の背中を追ったかのようだった。


「――まあ、いつも通り、か」
 霧の中、UNKNOWN(ga4276)は、一瞬、何処だろうかと思ったが、笑みを浮かべる。
 何処であろうと、自分が変わる事などはない。
 歩く度に、艶の無いフロックコートの裾が揺れる。深い黒は白い霧を払うかのようだ。
 静かな場所だ。
 ゆるゆると歩いて行く。
 踏みしめる大地は、歩きなれた大地のようで、そうではなさそうだ。
 僅かに目を細める。
 霧が晴れ、目の前に現れたのは石作りの塔。
 観音開きの分厚い扉を開けると、太い鎖が下がっている。
 鎖を引いたUNKNOWNは、嫌な笑い声に軽く肩を竦める。
「ふむ‥‥お決まりというやつかね」
 手にするのは、なだらかな曲線の、長い得物。
 対戦車ライフルのような大きさのエネルギーガンだ。
 それを石畳の床にコトリと置き、肩にもたせ掛けると、【OR】Blue Light Papillonジッポーで葉巻に火をつける。良い葉の香りが紫煙と共にふわりと立つ。
 小鬼が楽し気にUNKNOWN目がけて飛び降りようとする。
 やれやれとばかりに、覚醒を果たしたUNKNOWNは、何時もと変わらず、小鬼へと攻撃を開始する。
 その手数は半端では無い。
 次々と太い光線が小鬼を消して行く。
「――妙に壁は厚いのだ、な」
 いつ果てるかと思う程の長い時間。
 練力が尽きる。
 それでもまだ、戦う術は十分にあるUNKNOWNであったが、自らの前後に鏡が立ちはだかった。
 UNKNOWNは、軽く肩を竦めた。
「人というより人間。人間としては完璧に近い。人としては失格」
 後ろの鏡へと向かい、呟く。
 僅かにずれた、【OR】Borsarino品の良い漆黒の中折れ帽子を被り直し。
「過去は思い出であれば、いい。そう、忘れさえしなければ。そして、それを糧としていれば」
 そして、前を向くと、再びジッポーで煙草に火をつけた。
 戦いの後の煙草が、甘く香る。
「未来は聞かなくていい。未来は見えないからこそ、楽しい。私はそれで夢を見れるから、今を生きる事が出来る」
 ふっと笑ったUNKNOWNは、視界が揺らぐのを感じた。
 真っ白な霧。
 霧が晴れれば、そこは何時ものLH。
「さて、行こうか」
 UNKNOWNは笑みを浮かべると、歩き始めた。
 全く何事も無かったかのように。
 穏やかな風がUNKNOWNのコートの裾を巻き上げた。


 霧の中の塔。その扉を開き、鎖を引いた大泰司 慈海(ga0173)は、尽きない戦いに息が上がっていた。
 ほんのりと頬が酔った様に染まっている。覚醒だ。
 エネルギーガンは、小鬼を寄せ付けない程の威力を放ち、確実に一体づつ屠ってはいたが、数が多い。
 もう駄目かと思った瞬間、小鬼が現れなくなった。
「ふー。終わったかなっ」
 額の汗をぬぐった慈海へと、エネルギーガンの光線が飛んできた。
「!」
 石畳の階段を、コツコツと音を立てて下ってくるのは見覚えのある顔。
「‥‥これはこれは‥‥見た顔と、意外な場所で‥‥貴公も死んだのかな」
 エネガンを構えたまま、互いに動けない。一発が次の行動を決めるだろう。
「‥‥違うよ」
 慈海は、深く呼吸した。
 ──貴公も死んだのかな。
 この言葉が意味するのは、彼の死を意味する。
 サーマート・パヤクアルン。暁の虎。
 そう呼ばれた、タイの軍人。
 現政府へと牡羊座ハンノックユンファランと共に南部兵を纏め、反旗を翻した男。
「ずっと、聞きたかった事があるんだ」
 慈海はサーマートから視線を外さずに言う。
「傭兵をどう思ってたの?」
「‥‥傭兵は、傭兵でしかないだろう? 特に、今はバグアと戦うに不可欠な人類」
 変な事を聞くとばかりに答えたサーマートの口調。
 言葉の裏は無い。
「あの戦いに参加した傭兵というのならば、様々だったなと言うしかない。貴公に関してというのならば、情に流されているなとは思った。傭兵がやるべき事は依頼の遂行だ。その依頼の遂行を無視して感情で動くのはあまり良い事とは思わない。依頼を達成するという前提で動くのならば、どんな感情も行動も共感は出来るだろう。だが、貴公は時折、迷っていた」
「‥‥あは。そうだったかな‥‥その時は、そう動かなきゃ、動けなかったんだ」
 傭兵は基本、自由だ。
 口ではどんな綺麗事も言える。相手の気持ちを知ったかのような錯覚に陥り、同情する事も出来る。
 感情をぶつけるだけで、解決策を提示できなければ、それは己の感傷だろうと慈海は知っていた。
「いずれその情けは自らを滅ぼす。注意する事だ」
「ありがとう。気を付けるよ‥‥あのね、タイは‥‥復興してるよ。随分元気になってる」
「‥‥そうか‥‥国は、子供のようなものだな。手を取っている間は逐一気になり、今も気になる。けれども、元気ならば、それで良い。それで、良‥‥い」
 穏やかに目を細めるサーマートに、慈海は言葉を詰まらせる。
「どうしてって聞いていい?」
 妹がバグアに預けたまま亡くなった。その後、牡羊座がサーマートを奪還する為に来襲したあの時。
 話をする時間はあったけれど、多くの疑問が残った。
「あの人の事か」
「うん。それと、妹さん‥‥残念だったね」
 互いの胸をエネガンは狙い続けている。
 慈海は困ったような笑みを浮かべてサーマートを見た。
「ありがとう。妹は、助かる見込みのない病だった。バグアに手を貸し、強化人間になった時点で、妹が強化人間として‥‥ヨリシロとして生き延びる可能性は万に一つもない事は理解していた。けれども、あそこには最新式の医療設備があったからな。多分、随分と延命したのだろうと思う。その点では、あの人に感謝している。妹の側についていてやる事が出来なかったのが心残りだったが、それでも、一分一秒でも長く生きてくれた事が俺には嬉しい事だったから」
「そっか」
「その事に怒っていた奴もいたがな」
「うん‥‥えっと‥‥」
「そうだな‥‥あの人は俺と良く似ていた」
 慈海は気になっていた。
 傭兵達の心が千々に乱れていた、あの刹那の時間を。 
「あの人は俺で、俺はあの人だった。ただ、あの人はバグアで、俺は強化人間ではあったが、人だったという事だ。拠って立つ場所が決定的に違った」
「彼女を‥‥愛していたの?」
「そう、見えただろうか?」
「わからないよ。だから気になったんだ」
「地球と国と、あの人とを秤にかけたら、あの人の手を取れなかった‥‥」
「サーマート」
「これは、愛なのだろうか」
 衝撃が二人を襲った。
 慈海へとサーマートの攻撃が入るが、慈海の方が僅かに早い。
 慈海のエネガンがサーマートの胸を撃ち抜いた。 
 天井が、砕けて落ちてくる。
 その瓦礫の中、サーマートが笑っていた。悔いは無いという顔だ。
「‥‥馬鹿っ!!」
 わざと撃たれた。そのくらいは慈海もわかる。
 霧の中から目覚めるとそこはLH。
 牡羊座と彼の間には、何か絆があった。それは愛では無く。
 何かもっと別の深いもの。そんな事も稀な例としてはあるのだろう。
 穏やかな公園を見ながら、慈海は小さく呟いた。
「馬鹿‥‥‥‥」
 彼は最後まで彼だった。


 霧の中に現れた塔を見て、煉条トヲイ(ga0236)は呟く。
「――ここは何処だ?」
 扉を開くと、そこには、意味有り気に天井からぶら下がる鎖。
「‥‥さて。鬼が出るか蛇が出るか‥‥」
 このまま何もせずに彷徨うのは性に合わない。何が出ても。
 幸い、武器はある。
 数々の死闘を共に生きてきた爪、体の一部と言っても良いシュナイザーが。
 鎖を引くと、小鬼が階段を駆け下りて来た。そして、始まる果ての無い戦い。
 小鬼を屠っても屠っても終わらない。だが、ふっとそのプレッシャーが消えた。
 カツン。
 小さな音が響く。
 トヲイは、不意に現れた新たな敵に息を飲む。
 同じシュナイザーを着けた、鮮やかな紅いアオザイを着た女性。
 息が止まるかと思った。
 トヲイは片手を腰に置く妙齢の女性を睨み据えた。
「ダーオルング? ‥‥いや、違うな。牡羊座――ハンノックユンファラン‥‥か?」
「その声には聞き覚えがあるわ。私のお気に入りの玩具ではなくて?」
「何故、お前が此処に‥‥」
 倒したはずだ。
 仲間達の持てる力全てを叩き込んだあの日。
 暁の海へと散った筈だ。
(それが、何故──!?)
 僅かに腰を落とし、油断無く構えるトヲイ。
「ふふ。私の相手には、小鬼ではつまらなかった所よ。いらっしゃい?」
 牡羊座ハンノックユンファランは、嫣然と笑った。
 長い黒髪が絹糸の束の様にさらりと揺れた。
「‥‥ゾディアック中の誰よりも狡猾で、先頭を切って戦う事の無かったお前が」
「あら、素敵な評価をありがとう。そうね、戦闘は退屈よ。結果があまりにもはっきり出るわ。強い者が勝つ。それだけよ。そういう戦い、私は興味が無くてよ」
 トヲイは息を一瞬止める。
「――では、どうして、あの時‥‥無謀とも思える突撃を行った?」
 ずっと心の片隅に引っ掛かっていた疑問だった。
 今の彼女の返答にあるように、彼女は表立った戦闘は余程でなければする事は無い。
 補給路を断つ事や、後方支援を壊滅させる事、それがFRに搭乗した際の彼女の戦闘の手管。
「俺の目には‥‥お前が自滅の道を選んだとしか思えなかった‥‥」
 彼女が落ちた戦闘は、あまりにも彼女らしくない戦いだった。
「意外とお喋りね?」
 ふわりと、牡羊座が階段から飛びかかる。
 上手から襲いかかる攻撃をかわし、下手から間髪入れずに入る攻撃もかわす。
 それを掻い潜ってまた攻撃が入るが、トヲイは跳ね除ける。
 がっちりと爪と爪が重なった。
 鍔迫り合いの間合いとなり、至近距離に牡羊座が迫る。
 しゃらしゃらと、腕の金のバングルが音を立てた。
 軽く攻撃してきたが、早い。
 そして、重い。
 歴戦の傭兵であるトヲイでなければ、持ちこたえられない程だ。
 UPCへと護送されてからのサーマートの行方を知る術は、無い。
「お前は彼を――愛していたのか?」
「愛? ホルモンのバランス異常の事ね。それは繁殖に繋がる人類の生体のひとつだと理解しているわ」
 牡羊座はくすりと笑った。
 けれども。
「では、何故だ? サーマートへの執着故か?」
「執着‥‥そうね、執着していたわ。それは確か。あの子は私のモノなのよ。私の側に居なければいけなかったわ。なのに、最後に私を裏切った。ありえない事よ」
 そう、語る牡羊座の視線が揺らいでいる。
 天井ががらがらと落ちてきた。
「愛。それは綺麗な言葉だと理解しているわ。でも、愛じゃなくてよ」
「では、何なんだっ!」
「嫌ね。結論を出さない方が美しい事の方が多いのよ。貴方は意外と無粋だったのね」
「くっ!」
「そうね、ツインソウルという言葉が一番美しいかしら」
 二つと無い、絆だったのだと。
 牡羊座が手配書とはまるで違う、少女の様な可愛らしい笑みを浮かべるのをトヲイは見た。
 ヨリシロの記憶に引きずられるバグアは多い。
 何故そうなるのか、それは不明ではある。
 彼女もまた、自分の行動に説明がつかないのだろう。
 瓦礫と共に、深い霧にまかれ、霧が晴れればそこは何時もの景色。
 トヲイは溜息を吐く。
「本心‥‥か‥‥」
 本心は自身の知るだけの心。
 もしも、自分ですら、自分の心がわからなかったら。
 答えは迷宮に入るのだろう。
 トヲイは、明るい日差しのLHに立ち、空を仰いだ。気持ちの良い青空だった。


 何だろう。これは?
 そう、鎖を引いてみたは良いのだけれど、不気味な笑い声にレーゲン・シュナイダー(ga4458)は固まる。
 バグアと戦ってはいるけれど、階段から降りてくる小鬼の姿に、くるりと踵を返し。
 観音開きの戸を閉めると、閂をがんっとかけて、ぜいぜいと息を吐く。
「‥‥お、檻が落ちてくるとか、番人さんが出てくるとかじゃありませんでしたっ」
 ファンタジーな展開だなあと思っていた分、小鬼襲来は心臓に来た。
 いや、小鬼襲来もファンタジーには違いないのだけれど、レーゲンの想像の範囲外だったのだ。
「と、とりあえずこの場を離れないといけませんね」
「お。レグも迷子か」
「軍曹さーんっ!!」
 くるりと後ろを向くと、何時もの顔が手を振っているのを見て、はう。とばかりに駆け寄った。
 そんでもって、袖をぎゅっととれば、ぽむぽむと頭を撫ぜられる。
「何だ。お化けにでも会ったような顔してるぞ」
「お化けじゃなくて、小鬼に会ったんです」
「そいつは良い。どーれ。見に行こうかっ」
「行きませんっ!!」
 観音開きの扉へと向かいそうになるデラードをレーゲンはわたわたと袖を引いて止めようとする。
「んじゃ行かなーい」
 最初っから行く気は無かったようで、満面の笑顔で振り返るデラードに、ぎゅっとレーゲンは抱き込まれる。
 ぴ。
 何故にどうして、こうなるのか。
 固まったレーゲンの手をデラードがしっかりと繋ぐと、笑みを浮かべて引いて行く。
 その笑顔につられて、レーゲンもにこにこと笑みを浮かべる。
 何処へ行くのか、ここは何処とか、そんな事は考えられなかった。
 穏やかな空気。
 静かで爽やかな森の気配。
 踏みしめる草の香りがふうわりと立ちのぼり。
 花の香が、風の中に僅かに混じる。
 少し冷える。
 大地が近いからだろうか。
 その訳は、すぐに知れた。
 目の前が開けると、そこには澄んだ水色の湖。
 湖に倒れ掛かるかのような桜の大木。
 これは夢だろうか。
 淡い桜色の花弁と、淡い紫の花弁が混じり、はらはらと舞い散る。
 水色の湖にまるで絵を描くように点々と淡い陰影が落ちる。
 夢でも良い。一緒に居られるのならば。
「桜、きれいですね‥‥」
 舞い落ちる桜をワンピースの裾に集め、桜色の花弁五枚で、薄紫の花弁一枚を囲って顔を上げる。
「‥‥色違いでお揃いですね」
 胸元の青い小花のペンダントがキラリと光った。
 デラードがレーゲンを不意に引き寄せて、深く口づける。集めた花弁がはらりと散る。
 予想外の行動にレーゲンは一瞬固まるが、そのままに。何度も花弁が重なるように唇が重なり。
「側に居て。ずっと」
「‥‥はい」
 一年前、夜桜を見た時こんな時間が来るなんて思えなかった。
 けれども
「デラードさんの側に居ます」
 そう、満面の笑顔で答えるレーゲンは、デラードの胸の中にぎゅっと閉じ込められた。
 はらはらと舞い落ちる桜吹雪が。
 眩しい太陽に変わって。
 目を開ければそこはLH。レーゲンは大きく溜息を吐いた。
「‥‥ええと。その。私の想定外が多過ぎるような気もしますっ!」
 レーゲンは思いもよらないデラードの行動を思い出し、顔を赤くしつつ拳を握り、ふっと笑みを零す。
「‥‥今度、夜桜を見に行きませんか? ってお誘いしてみましょう」
 きっとまた、予想外の行動が多いだろうけれど。


「ふむ、大方夢の中と類察するが」
 軽く眼鏡を直すと、錦織・長郎(ga8268)は深い霧を眺める。
 さてどうするか。
 霧が晴れてくると目の前には石造りの塔。
 その観音開きの扉を開けると、しばらく開いていなかったような、深とした空気が長郎には感じられた。
 目の前には、引いてくれと言わんばかりの鎖。
 くすりと笑みを浮かべる。
「ま、お決まりといえば、お決まりだけどね」
 引けば何か事が起こるのだろうけれど、今はオフだ。
 故に、夢の中だとしてもゆったりとした時間を過ごしたい。
 横合いに伸びる階段が気にかかる。
「随分と高い塔であったから、見晴らしは良さそうだよね」
 では。
 濡れるまではいかないが、僅かに湿気を感じる石は、呼吸しているかのようだ。
 壁に手を付けば、ひんやりとした感触がある。
 自身の足音だけが、音を立てる。
 音は響き合い、まるで後ろから誰かが上って来るかのような幻聴をも感じる。
 風が吹き込んで来る。
 最上階が目の前なのだろう。
 明るい陽の光が飛び込んできた。
 遠くには山並みが、森が、小さくおもちゃのように固まった色が見える。街だろうか。
 そこは、柱に囲まれた石造りの東屋のような場所だった。
 ここの床は磨かれた柔らかな淡い肌色の石と茶の石がモザイクで幾何学模様を描いている。
 一角にテーブルセットがあり、良い香りが漂う。紅茶だろうか。
 座っているのはさらりと長い黒髪の女性。紅いアオザイを着ている。
 長郎は彼女に見覚えがあった。
「ハンノックユンファラン‥‥アイリス(牡羊座)かね」
 手配書そのものの姿がそこにあった。
 もう鬼籍に旅立ったバグア。
 人類を翻弄する手管は、長郎にとって、ある意味感歎の極みであった。
 正面から戦い合うのを避けるという彼女の性癖そのままに、こちらからの一手が届く前、肩透かしをするかのような最期を迎えてしまったのが、今も心残りだった。
 牡羊座はゆっくりと近づく長郎を見て小首を傾げる。
「私の名前を知っているのね。けれども、私は貴方の名前を知らなくてよ? 不作法では無くて?」
「これは失礼を、アイリス。私は、錦織長郎と名乗る者です」
「よろしくてよ長郎、お茶をご一緒しません事?」
 くすりと笑い、立ち上がった牡羊座に、長郎は僅かに目を細める。
 彼女の腕の細い幾つものバングルが、しゃらしゃらと瀟洒な音を響かせる。
 短い付き合いでは無い。
 顔を合わせた事は無かったけれども。
 長郎は、にこやかに笑みを浮かべると、優雅に腰を折り、お茶よりもと、牡羊座へと手を差し伸べた。
「Shall We dance? お手を宜しいかね?」
「よろしくてよ」
 軽く眉を上げると、牡羊座は、長郎の手を取った。
 程よくふっくらとしてはいたが、先ほど触った石壁の様な、穏やかな冷たさが長郎の手に伝わった。
 そして、さらりと、絹糸の束の様な髪が腰に手を回した長郎の手を撫ぜて行く。
 何処からか聞こえてくるのは東洋風の音曲。
 軽い重みが、牡羊座の背に回した長郎の手に伝わる。
 紅茶の香りに混じるのは甘い花の香り。彼女から香る。
 長いイヤリングの細い鎖が束となり、小さな音を立てる。
 ふっくらとした唇が嫣然と笑みを浮かべている。
 泳ぐように滑るように、足はワルツに良く似たステップを踏む。
(全く‥‥本来ならばギリギリの緊張の狭間で、裏を探りあう逢瀬の時にしたいものだったが)
「‥‥ダンスに誘ったのならば、私だけを見ていなくてはいけなくてよ?」
「貴女だけを見ていますよ」
「そうかしら。私を通して、何方を見ているのかしら? いけない人ね」
「貴女ですよ。ええ‥‥間違いなく」
 空を穿つかのような巨大な水柱を覚えている。
 最後の戦いは、どうしても避けられなかった戦いだった。
 それを彼女が望んだのだから、仕方のない事でもある。
 長郎は目の前の牡羊座へと、笑みを向ける。
「良いわ。許して差し上げるわ。これは夢ですもの」
「夢でも会えて光栄ですよ」
「ならば、ちゃんと私を見て下さらないといけないわ」
「望むままに?」
 何時しか戻ってきていたのは、穏やかながら、戦いに向かう場所。
 ふっと、長郎はLHの公園を透かし見る。
 覚えている。
 柔らかな感触。鈴を転がしたような笑み。
 本来、敵味方問わず、女性は愛でるものに違いないと長郎は思う。
「命をかけるのとは別に僕はその立場堅持するね」
 さて。
 長郎は、踵を返すと、何時もの日常へと足を向けた。


 軽く目を見開く。トゥリム(gc6022)は、さてここは何処だろうかと、森を見渡す。
「とりあえず、寄り道はせずに、中華料理の材料を買い出しに行きたい」
 買い出しに向かう途中だったのだ。
 それなのに、この場所はなんだろうか。
 目の前には石作りの塔。
 ばーんと開いた観音開きの扉を開けると、階段が上に伸びている。
 これを上ると、今の位置がわかるだろうか。
 と、背後に何やら怪しい気配。
 がさがさと、嫌な音がする。
 くるんと踵を返すと、目の前には、全長5m程もあろうかという、巨大伊勢海老。
 きっとキメラ。
 キラーン。
 トゥリムの目が輝いた。
「す、すごい! これは捕らえねば!」
 幸い、手にはSES中華鍋が!!
 目が赤紫色に輝き、髪と肌から光沢がなくなり灰色になった。覚醒だ。
 小柄な体が、まるでボールが弾けるように、ぽーん、ぽーんと走り込み、近寄る。
 そのトゥリムの接近を、巨大伊勢海老は察知した。
 がさがさっ!
 前脚が動く。長〜〜〜〜い髭が、うよんうよん動く。
 真っ黒でつやつやしたでっかい目玉が光るっ!
「食材っ!!」
 トゥリムが勢いをつけて、飛び込む。振り上げた中華鍋が、陽光を受けて光る。
 伊勢海老の口から、わしゃわしゃと泡が出る。
 泡はシャボン玉のように七色に輝き、ふわんふわんと空中に漂う。
 それ自体は、害が無いようだが、視界が遮られる。
 それを堪えて、ぱーんと気持ち良い音がして、伊勢海老へとヒットする。
 キシャーとか、ケシャーとか聞こえたかもしれない。
「よし」
 こっくりとトゥリムが頷く。
 目が×印となった伊勢海老が、ノックダウンされていた。
 さてとばかりにさくさくと捌いてカバンに入れると、色んな気配が森のあちこちにあるのに気が付いた。
 豚、牛、鶏、チンゲン菜、カニ。さらには足の生えたサメやフナなどの魚介類まで。
 どれもこれも巨大化したキメラであった。
「こ‥‥ここは天国だぁ!」
 キメラは、意外と美味である。
 巨大化している為、食べごたえが半端ない。
 ぽー、んぽーんと弾むように楽しげに、トゥリムはサクサクとキメラを狩って行く。
 白銀の髪がふわふわと揺れ、可愛いワンピースのリボンやレースがつられて揺れる。
 結果発表ーっ。大猟である。
 材料の山を目にして、うむ。と、満足そうにトゥリムは頷くと、持ち運びやすいように解体し。
 小山の様になった食材を、えいさと背負う。
「む」
 背中に山と食材を背負ったトゥリムは、森が開けているのに気が付いた。
 僅かに涼やかだ。
 そこには、水色の湖が広がっている。
 そして、湖に倒れ込むように、淡い桜色の桜と、淡い紫の桜が重なるように咲き誇り。
 はらはらと散っている様は、幽玄を感じさせる美しさ。
 ほう。と、息を吐くと、ぽん。と、手を打った。
 その絶景を見に来ている、人々が沢山、池のほとりでピクニックや宴会をしている。
「よし」
 こくり。
 頷くと、トゥリムは、サクサクと下拵えをすると、中華鍋にざっと材料を入れる。
 食欲をそそる香りが立ち上った。
「‥‥どうぞ。たくさんあるから」
 集まった人達に、トゥリムは美味しい香りの中華料理を
 何だかよくわからないうちにここに辿り着いていた卍JASON卍も参加する。
 きれいな景色、美味しい食べ物。不思議な空間だと。
「皆行きわたったかな」
 美味しそうな人々の顔を見て、トゥリムは嬉しそうに頷けば。
 桜吹雪がざあっと視界を遮った。
 淡い桜色と淡い紫が渦を巻く。
 手にしっかりと、SES中華鍋。
「‥‥いけない。材料っ」
 沢山調理したはずなのだが。
 食材の天国をふと思い出し、笑みを浮かべながら、トゥリムはLHの何時もの店へと走り出した。

 暖かな日差し。
 穏やかな時間。卍JASON卍は、傭兵としてとりあえずはと、本部へと向かう。
 依頼を受けるための様々なノウハウを得なくてはならないだろう。
 続々と、新たな傭兵がLHへと集まってきているから、仲間を見つけるのも良いかもしれない。
 
 LHは、未だ平和な時間を刻んでいた。