●リプレイ本文
あちこちに見られる戦闘の爪痕。
それすらも飲み込むかのような自然の風景が広がっている。
流れを止める事の無い川が、静かに水音を響かせ。
夏の日差しを受けて、桜舞う白地の浴衣の袖が揺れた。クリア・サーレク(
ga4864)を見て、守原有希(
ga8582)は、眩しそうに笑う。クリアは、後れ毛を気にしつつ、バレッタの位置を確認する。そのの指には、ペリドットの指輪。誕生石であるそれは、有希がクリアにプレゼントしたものだ。
何時も、有希がクリアを誘って出かけるのであるが、今回はクリアが有希を誘った。
少しだけ、胸の鼓動が早いかもしれない。
クリアの手を、有希はそっととり、きゅっと繋ぐ。クリアが破顔する。
連れ立って歩いて来たのは、鷹代 朋(
ga1602)と、鷹代 アヤ(
gb3437)夫婦。
お揃いの紫陽花の浴衣が、夏の日差しを和らげるかのようだ。
「今年も七夕という名の誕生日が来たわけだが‥‥年々感慨湧かなくなってるってホントなんだな」
ちょっと遠い目な朋の言葉は、綾には届いてはいないようで、はっと手で口を押えた朋は、こちらを見たアヤに、何でもないと言う風に笑いかける。
今日はゆっくりと二人で過ごせたらいい。アヤは朋へと笑いかける。
結いあげた髪が風に僅かに乱れて、浴衣の襟から綺麗なうなじへとさらりと落ちた。
今日はきっと星が綺麗。暑い日差しに、九条院つばめ(
ga6530)は目を細めた。
軽く深呼吸するとえいやっと伸びをする。
九州は数度しか来たことが無い。けれども、日本人としては、故国の一か所が人類側に戻ったというのは嬉しい事だ。
「えと‥‥凄く似合ってる、うん‥‥」
白地に桜が舞う浴衣姿のつばめに、鐘依 透(
ga6282)は眩しそうに目を細めた。つばめはそんな透に嬉しそうに笑みを返す。今日は二人でのんびりと過ごすつもりだった。
濃紺の地に僅かに色の違う同色で流水が流れる。銀の入った角帯を締めた杠葉 凛生(
gb6638)と、淡い茶系に、緑の色が、所々ぼかし模様で入った浴衣。こげ茶から藍へと色が流れる、柔らかな絞りの兵児帯を絞めたムーグ・リード(
gc0402)。それなりの巨躯である二人が連れ立って歩くのは、異彩を放つ。
「‥‥此処ハモウ、解放、サレタ土地‥‥、ナノDEATH、ネ」
全てがとはいかないが、殆どのバグアはこの地を去った。
ムーグは、故郷とはまた別の蒸し暑さにびっくりしていた。
この地は凛生の妻の故郷なのだと聞いた。あまり足を踏み入れないエリアに、ムーグは僅かに緊張をしていた。けれども、横を歩く凛生が、何時もより柔らかな雰囲気で、ふと気が緩んだ。渡る風が、いらっしゃいといっているかのようで目を細めた。
(誘われた事‥‥少し、幸せかもしれない)
ムーグは笑みを零す。ここが凛生を形作ったひとつの場所だと思うと。
鈴木庚一(
gc7077)は軽く後頭部をかく。
誘った相手は、香月透子(
gc7078)。元婚約者だ。
どうせ暇だろうと。
何度、彼女と過ごしたのだろうかと振り返る。
(‥‥正直、何で透子を誘ったのか分からんが‥‥)
特によりを戻そうという気は庚一には無い。ただ、何となく。
「誘ってくれたから、来てあげたわよ?」
風景に同化しているんじゃないかと思う庚一を見つけた透子が駆け寄って行く。
(また、一緒に過ごせるなんて、思ってもみなかったけど‥‥)
「‥‥どう? 似合う?」
透子は白地に、紫やピンクの金魚が泳ぐ浴衣を見せる。
「‥‥あー‥‥似合ってるんじゃないの?」
庚一は、何故そんなことを聞くのかという風情で、言う。
何回も彼女の浴衣姿は見ている。他に何を言うのか、庚一には思いつかないのだ。
彼は何時もの服装だ。
行こうかと、ゆるく動き出す庚一を見て、透子は軽く首を横に振る。
何時もの気紛れだ。
わかっているけれど、それでも、少しだけ嬉しいかもしれないと思った自分が嫌で苦笑する。
「一人身なのは残念だけど、相手が居る人を羨む気はないし。却って皆幸せになって欲しいものよねー」
日系人としては、七夕は外せないかなと、樹・籐子(
gc0214)は頷く。
「特にお姉ちゃんより年下で可愛い子は当然の権利だし」
涼しげな青と白のストライプのワイシャツを、二の腕の半ばまで捲り上げた腕を、軽く延ばす。
次の機会があれば、浴衣を着てこようかと、ふと思う。
長い脚に良く似合う紺のロングパンツ。籐子は、颯爽と歩いて行く。
「九州か‥‥数多の命が眠る地‥‥もう関わる事は無いと思っていたが‥‥七夕で来る事になろうとはな‥‥」
関わったのは数える程度だがと、イレイズ・バークライド(
gc4038)は思いを馳せる。
「派手過ぎず、かと言って変に萎縮し過ぎず。復興に向けての第一歩としてのお祭りとしては、これくらいで丁度良いのかもね」
全ての戦いが終ったわけでは無いがと、リン=アスターナ(
ga4615)は九州戦を思い返す。
懐かしい顔からの依頼だ。
「おじさま。手伝いに来たわ」
「おお、別嬪さんか、助かるのう」
三山と和やかに笑い合うと、リンは祭りの手伝いに来た人たちのお腹を助けに回る。
簡単な炊き出し。炊き上がったご飯を手早くおにぎりに握る。
暑い中の作業はすぐにお腹が空くものだ。
三山を見つけたイレイズは、その足を見て、何気なく側に寄る。
「仕事の指示を出してくれたら助かる、何をすればいいか分からんのでな」
笹竹を立てる手伝いをしていたティナ・アブソリュート(
gc4189)が、くるりとこちらを向く。
「何気におじいさんを気遣うイレイズさん、ツンデレというやつですか?」
「‥‥ティナ、お前少し黙ってろ」
はーいと笑うティナ。爆笑する三山に、かき氷台を運ぶ手伝いを頼まれ、イレイズが向かう。
今回の七夕へとイレイズを誘ってくれたのはティナだ。
最も信頼できる友である。
(‥‥出会ってから一年‥‥たった一年で、随分変わったものだな‥‥)
(‥‥二度も振られたけど、根に持ったりしていないからねっ!)
ティナは、あははと笑い、手伝いに戻る。
(親友以外の関係はあり得ないなんて! 気にしていないからいいけど!)
とか。ティナは誰にも聞こえないようにつぶやく。
「楽しいお祭りになるといいねぇ♪」
手伝いをしながら、Letia Bar(
ga6313)はウキウキと笑う。
色とりどりの短冊がとても綺麗だ。
「そうだな」
力仕事を手伝いながら、國盛(
gc4513)は、そんなレティアを見て口元に笑みを浮かべる。
カルマ・シュタット(
ga6302)は、老松神社で、なにくれとなく手伝う。
お手伝い、お手伝い。そんな感じで、モココ(
gc7076)は設営を手伝う。そんな彼女が怪我しないかなと横目で見ながら、クラフト・J・アルビス(
gc7360)は男手の必要な場所へと回り。
朋は、設営を手伝う。
「甘茶なんてどうですか? かき氷もシロップで甘いからどうかしようかと思ったけど、シロップのとはまた違った甘味だしね」
ありがとうと、三山が、朋へと笑いかける。
「こういう細かい作業、お姉ちゃん得意だしねー」
短冊を作る作業の手伝いをしながら、籐子は、次第に暮れて行く空を見て、照明のセッティングへと回る。
傭兵達の手伝いで、思ったよりも早く設営が終了しそうだった。人々の笑顔が、心地良く。
「三山さん、有難う! もぅ冷たいのが恋しいっ」
イチゴ味のかき氷を、嬉しそうに貰うと、レティアはさくさくと食べて、くっと目をつぶる。
「大丈夫か?」
お約束の頭痛である。ある意味、かき氷には必須状況。
「‥‥マスター、頭痛が痛いっ! (ぁ)はぅぅぅっ」
軽く目を見開いてレティアを見る國盛に、レティアは、くすくすと笑うと、べ。と、舌を出す。
「レティア、舌の色が凄いことになってるぞ?」
「赤い? マスターも真っ黄だねーっ」
レモン味をさくさくと食べていた國盛も、軽く舌を出す。
二人は目を合わせると、どちらからとも無く、笑いだした。
木陰を見つけて、朋の手を引くアヤ。
「冷たーいっ」
イチゴ味の赤い色。アヤが満面の笑みを浮かべた。
朋は、ブルーのかき氷。ソーダ味だ。
「アヤの少しくれよ。俺のも食っていいからさ」
「食べる食べる」
お互いのかき氷の味見をして、笑い合う。
透のかき氷はブルーハワイ。つばめの選んだのは宇治金時ミルクかけ。
こぼれそうなかき氷をつつき合いながら、零れるのは二人の笑顔で。
一口交換しましょうかと、有希が笑えば、イチゴを手にするクリアも笑う。
良い七夕になりそうだ。そう、有希は思った。
楽しそうに嬉しそうに食べるティナを、イレイズは不思議そうに見る。
頭痛がもれなくついてくる食べ物を、何故そんなに美味しそうに食べれるのだろうかと。
「ふぉうへわ、いれいふふぁんはふぁきふおりふぁれないのれす?」
「その口に咥えているものを出せ、何が言いたいか全く分からん」
「おじいさんーこの人にもカキ氷お願いしていいですか?」
「ああ、俺はいらな‥‥」
遮るイレイズを、ティナは当然の様にガン無視である。
「シロップはメロンとソーダと‥‥宇治金時で!」
「人の話は最後まで聞け。メロンソーダまでは許そう。だが宇治金時ってなんだ」
口の部分に簡易的なボイスチェンジャーが付いており、使用することによって音声が若干機械的になる『らいでんのお面』を被ったティナが、キッとばかりに、イレイズへと向き直る。
「混ゼれバ食ベレますヨ」
「だったらお前が食え‥‥若干そのお面腹立つな」
ティナが、ふぉふぉと笑ったかどうかは定かでは無いが、爆笑しつつ、三山が注文通りのかき氷を積み上げた。
「‥‥あー‥‥で、どうする‥‥? カキ氷でも食うか? それとも短冊書くか?」
「あ! カキ氷!! 庚一、食べる?」
庚一の言葉が終わるか終らないかの内に、透子は駆けだしていた。
「‥‥お前は色気より食い気だな‥‥」
イチゴ味のかき氷を持ち、たくさん置いてある椅子に腰かける。
透子はふっと昔を思い返して笑みを零す。
設営が終わると、モココは、藍に白い花の散る可愛い浴衣に着替えた。ピンクに近い赤の帯が蝶々に結ばれる。からころと下駄が音を立てる。帯とお揃いの鼻緒がちらりと覗く。
二人とも、手にするのは仲よく同じメロン味のかき氷。
宵闇の中、星空の夜を待つ合間に、クラフトと小川を見たりそぞろ歩く。
「――っ」
みぞれ味のかき氷をさくさくと食べていたリンは、その冷たさに、思わずこめかみを抑える。
笑う三山へと、軽く肩を竦める。
「ふふ、かき氷なんて食べるのは何時以来かしら? 久しぶりすぎて体がびっくりしちゃったみたい」
「ゆっくり、暑さと共に口にするがいいさ」
「ええ、そうね。そうするわ」
三山の笑い顔に、リンは大真面目で頷いて、また笑われて。
かき氷に、目を丸くするムーグを、嬉しそうに凛生は見ながら、しゃくりと食べる。選べないとキラキラしているムーグへと、三山は盛大に笑いながら、子供用の器に沢山のかき氷を作ると、全てのシロップをかけて渡してくれた。色とりどりのかき氷は見ているだけでも楽しくて。
大丈夫そうかと、凛生は、ムーグをそっと見る。苛烈な戦いが続いていた。良く戦場を共にしている。先の戦いでは、何か様子がおかしかったような気もしていたから、この依頼へと誘った。彼の笑顔を見て、凛生は満足そうに頷くと、空を仰いだ。あいつは彼岸で笑っているだろうかと。妻を思い。
さらりと、結わえた黒髪が揺れた。月城 紗夜(
gb6417)は、二刀を差した袴姿で顔を出した。
差し入れにと、冷麦と冷やし飴を差し出せば、謝意を告げられる。
暑い夏だ。
「かき氷はイチゴシロップで。じいさん、代わろうか?」
「大丈夫じゃよ、未だ若い者には負けんて。‥‥あんたは。来てくれてうれしいよ。彼岸であの子も喜ぶだろうて」
「‥‥そうか」
何か虫の知らせのようなものがあった。
紗夜は、ペパーミントグリーンの髪の少女を思い出して頷いた。
かき氷を手に、紗夜は真夏の空を仰いだ。
強敵がいた。
感慨深いものだと、孫六 兼元(
gb5331)は、かつては戦いに赴いた大地を踏みしめる。
その敵は、友とも呼ぶものだった。
夏の日差しは容赦無く照りつける。それがまた、良いと兼元は笑う。
「さてと、やるか」
取り出したのは、家庭用工具セットに、高性能多目的ツール。
神社は、どこもかしこもガタが来ていた。大きな手で、そのひとつひとつを確かめると、黙々と修復にかかった。時間がゆっくりと、けれどもあっという間に過ぎて行く。
あの時も。
ふと顔を上げると、陽は僅かに傾いでいる。
「頂こうか!」
「お疲れさんじゃ。助かるよ」
「なんの! まだまだ‥‥っおぅ!」
「ゆっくり食べなされ」
「なんのぉっ!」
差し入れにと三山に差し出されたかき氷を、食べれば、キーンと。
けれども、何だか、かき氷に勝負を挑まれたような気持ちになって、残りをがっと書き込んだ。
しばらくは兼元に纏わりついたが、なんのそのと、汗を振り払い、陽が暮れるまで老松神社の修復を手掛けた。
すっきりとした神社を見て、兼元は満足そうにひとつ頷いた。
●
如月・由梨(
ga1805)は、少し、思い切りじたばたとした気持ちを抱えていた。
(うぅ‥‥久し振りのデートですのに、また忙しくて遅くなるなんて)
それでも、会えないよりはマシなはずだと、気持ちを立て直す。
宵闇はゆっくりと夜を連れてくる。
浴衣の蛍が星明りと、僅かに照らされた神社の明かりに浮かび上がる。
(今日は出来るだけ、一緒に居ましょう)
こくりと、自分に言い聞かせるように由梨は頷いた。
朋は、アヤが笹に括るのを手伝いながら、自分の短冊を括る。
『これから1年、俺もアヤも大事無く過ごせますように』
そんな短冊を見て、アヤは笑顔を浮かべて、括る。
『みんなが無事に過ごせますように』
小隊の皆を思い、しっかりと括った。
そして、こっそりと、高い場所へともう一枚括った。
それには。
『朋といつまでも一緒に居られますように』
まだまだ仲良しの夫婦である。
「七夕飾りの折鶴には『家族が幸せに長生きで』って願いが込められてるんだよ」
自分で作ってきた千羽鶴を、短冊と一緒に、クリアは括る。
一緒に戦う仲間達も、地球で暮らす人達全てが、みんな幸せに長生きできますようにと祈る。
『ボクの故郷が取り返せますように』
それが、クリアの短冊。風に揺れてひらりと翻ると、裏には、『有希さんのお嫁さんになる』と、書いてある。
クリアが有希を見上げて微笑む。
「だって、今のボクにとって、この二つの願いは表裏一体なんだもの」
有希は嬉しそうに頷くと、自分の短冊を括る。
『戦勝後もクリアさんとずっと幸せにいられますように』
これは外せない。そしてもう一枚。
『部隊の仲間や友達と一緒に勝ってこの戦いを終えられますように』
大事な事だ。
「‥‥有希さん、いっぱいあるね」
「は‥‥はは。ちょっと多かったかな」
沢山の願い。それは、履歴を埋める様々な依頼で関わった人々への願いが書き留められている。
きっと、それらも星へと届くだろう。
(‥‥七夕‥‥不思議なお話‥‥)
宵闇に浮かぶのは、白い浴衣。色とりどりの紫陽花が、静かに花開く。セシリア・D・篠畑(
ga0475)だ。
一年に一度だけ会えると言う寓話。
(でも、必ず一年に一度は会える二人‥‥)
セシリアは、ふと視線を落とす。
(‥‥私は、次‥‥何時あの人に会えるのだろう‥‥また、会える事なんて、あるのだろうか‥‥)
ケイ・リヒャルト(
ga0598)は、黒地に紫の蝶の柄が舞う浴衣を翻す。
同じLHに居る愛しい人を思う。何時会えるのだろうかと、何時も思う。
彼を信じている。けれども、会えない時間が長ければ長いだけ、寂しさは募るから。
寂しい。それだけなのだけれど。
共に待つ身。七夕神社は、自分達らしいのではないかと、ケイはセシリアをそっと見る。セシリアもケイを見る。
互いに微笑み合う二人。
「セシリアの願いは、何?」
「‥‥願いは、言わない方がかなうと聞いた事があるから‥‥」
「そう‥‥そうね」
セシリアが願うのは。
『大切なアナタに、何時も幸せが降り注ぎます様に』
ケイが願うのは。
『ずっと‥‥貴方と一緒に‥‥』
短冊に込めた思いが、彼に届けばいい。
一緒に居られるだけで良い。愛はここにあるのだから。
(足りないのは‥‥あなたと会う時間と機会)
どうか。
そう、ケイは織姫へと願った。
リンは、静かに空を仰ぎ、短冊を括る。
『この夜空から赤い月が一日も早く見えなくなるように』
きっとその願いを届けてみせると。
「‥‥もう、時間は過ぎているはずですのに」
とっぷりと日が暮れた。
由梨は、僅かに眉間に皺を寄せる。
忙しくても、約束を破る人では無い。何かあったのだろうか。様々に思いが巡る。
次は、老松神社へ行こうと言う、声を聞き、由梨は、反射的にその人の袖をつかんだ。
「もう、一つ‥‥? そ、それはどこですか!?」
三山の知り合いだと言うその男性は、小川を挟んだ向こう側にある光を指さした。
老松神社でも、七夕祭りをやっているからと笑った。
謝意を告げると、由梨は、裾を蹴立てて、走り出す。
●
共に、戦いに身を置く傭兵だ。終夜・無月(
ga3084)は、忙しくしている由梨と中々合う事が出来ないのを、仕方のない事だと割り切ってはいたが、何処か歯がゆく思っていた。
偶然空いたオフ日が七夕。
その日の夕方、神社の鳥居の前でと。
「由梨‥‥」
宵闇を見送りながら、無月は最愛の人の名をそっと呟く。
昔は、『何時までも、二人一緒にいられます様に』と、二人で一枚の短冊に書いた。
透子は小さくため息を吐く。もう戻れないけれども、でも。
僅かに気持ちが揺れるのを振り払うかのように、短冊を見つめる庚一に顔を向ける。
「庚一は何書くの?」
「‥‥あー‥‥俺か? まあ、俺は家内安全とか、焼肉定食とか書くかね‥‥」
「‥‥! 家内安全?! 焼肉定食?! バカッ! 真面目に書きなさいよッ!!」
「‥‥あー‥‥はいはい、ちゃんと書くから大声出すなって」
どうせ叶いはしない。庚一は、感慨も無く、そんな風に浮かんだ気持ちを短冊越しに眺める。
昔話に乗じて願う事の意味は無いだろうと。
ふと思い出したのは、何時かの七夕。二人で願い、一枚の短冊に書いた。
あれは、『何時までも、二人一緒にいられます様に』だった。
首を軽く横に振る。
どうせ、叶う事の無い願い。ならば、何を書いても一緒だろうと、さらさらと書いた。
『透子の願いが叶いますように』
(庚一に突っ込んでる場合じゃないわ)
書き出した庚一を見て、透子は、自分のも書かないとと、少し考えると、笑みを浮かべた。
短冊に書きだしたのは。
『庚一の願いが叶いますように』
「見ないでよっ!」
「‥‥あー‥‥見ない、見ない」
元婚約者同士は、同じ願いを違う笹に括りつけた。
星空が間近に見える。
隣には、庚一が居る。
同じ時間のはずなのに、同じ時間では無くて。ふと切なくなる。
(‥‥いつか‥‥また、昔の様に戻れたら良いのに)
透子の願いは叶うだろうか。
笹竹につばめは短冊を括る。
『私の一番大切な人と、来年もまたこうして一緒に七夕の夜空を眺めることができますように』
『これからも、つばめさんが笑顔でありますように』
「‥‥恥ずかしいから、内緒」
「ふふ、私もです」
透が少し顔を赤くする。つばめも少しはにかんだ笑顔。
(他には‥‥何も、いらないな‥‥)
透は、つばめの笑顔を見て、気持ちを新たにする。それだけで、満足な自分を知っているから。
(戦いなんて、速く終われば良い‥‥)
つばめと平和の中で生きたいと願う。今は難しいけれど、きっと掴む。平和を。
その為の戦いは惜しみはしないと。
『ムーグの心願成就』と、凛生は短冊に書き、『妻の安らかな眠り』と書いて括る。
じっと、短冊を見るムーグに、どうしたと凛生は聞くが、何でもないとムーグは笑い、綺麗な青い短冊を括って、見よう見まねで手を合わせた。
(復興と、凛生サンの道行きに、光あれと)
ただ、そう願う。
戦いで亡くしたのは、父。そして友。カルマは短冊を結んで空を仰いだ。
『無くした父や友に恥じぬ行動を‥‥』
何時も思っている。自らの生きる導を。
紗夜は、人の少ない夕暮れ、昼と夜とが混じり合う不可思議な時間帯に僅かに高い位置に短冊を括った。
『君死にたまふ ことなかれ』
流暢な筆文字だ。
誰にという宛は無い。
多過ぎ、また、時すでに遅く。
その短冊を風が涼を運ぶように凪いで行く。
「異議は認めないと、此れからも」
天女ならば叶えただろうか。けれども、自分は天女では無い。
叶う事の無い願いは、叶う事の出来る現実にする。必ず。
(理由がある以上、死ぬわけにはいかんからな)
僅かに目を眇め、軽く唇を引き結ぶ。
憎しみと、一抹の歯がゆさが追い立てる。
軽く首を横に振る。
そういう巡り合わせだったのだろう。
(誰かが死しても尚、我には理由がある)
戦い続ける。
紗夜は、きゅっと顔を上げた。
行き交う人を眺めながら、待ち人来たらずで、無月は静かな顔をしてはいたが、焦燥を感じていた。
(‥‥由梨)
今まで長く合わなかった時間に比べれば、ほんの僅かな待ち時間。
それが、随分と長く感じるのはどうしてだろうと。
次は、七夕神社へと向かおうという親子連れの声を耳にして、無月は、もうひとつの神社の存在を知る。そういえば、依頼には、ふたつ神社名があったような気がした。久し振りに会えるという嬉しさから、見落とした自分に溜息を吐きつつ、駆けだした。
●
「織姫と彦星は会えただろうか?」
紗夜は星を眺めながら、冷やし飴を口にする。
「―――我は、弟とは暫く会えそうにない。彼岸と此岸は星を掻いても遠すぎるな」
「逝く時は、嫌と言っても聞いてはくれず、逝きたいと願っても、中々お迎えは来ない。そんな場所じゃのう」
「だが、逝く者があれば、安らかな思いで逝って欲しい」
「安らかであったよ。あんた等が居てくれたからのう」
「そうか」
様々な思いが、浮かんでは消える。紗夜は、静かに息を吐き出した。
「形が綻んだとしても 確かに輝く華であれ―――弟の遺した歌詞の一節だ」
届くと良い。
きっと届いただろう。
何処かで笑ったような声が聞こえたような気がした。
目を眇め、この祭りを壊すものが居れば出ようと警戒しつつ、紗夜は星空を見た。
カルマは星空を仰ぐと、くっと手を握る。
無くしたもの、得たもの。
無くしてから過ぎ行く時間の中で手にしたもの。
手に入れたのに失ったもの。
「‥‥俺はまだ、生きている」
カルマは、歩みを止める訳にはいかない自分を知っていた。
亡き父との約束。
強敵に呼ばれた名。
傭兵として生きた年月は短くなく、その間に戦いの履歴が重なり、多くの戦友が出来た。
彼等と共に、戦いを続けて行く。
「ちゃんとした墓参りにも行けないけれど‥‥もう少し、待ってな」
星空へ浮かぶ顔へと、声をかけると、カルマは踵を返した。
戦場へと戻る為に。
短冊を兼元は括った。
隅に小さく自分の名を書いただけの短冊だ。
笹の葉の擦れる涼やかな音をしながら、人の輪からそっと離れた。
少し歩けば、川のせせらぎが聞こえる。
誰も居ない。
手にした洋酒を二つのグラスへと注ぐ。
対面に一つグラスを置くと、もう一つのグラスを軽く掲げ、口を付ける。
静かだった。
星空を仰ぎ、兼元は目を細める。
(ワシの願いは、以前に言ったがキミと酒を酌み交わす事だった。敵同士な時点で叶わぬ事だがな。
本当に敵であった事が残念だ。
だがキミと戦った事によって、良き仲間達にも出会え、ワシも成長出来たと思う!
後はこの得た物で、我が士道を進み続ける!
だから其処で見ていろ! ワシの、地球人の底力をな!!)
星空へと、僅かに高く掲げると、兼元は旨そうにグラスをあおった。
凛生とムーグは酒を酌み交わしながら、七夕の話を静かにしていた。
「一年に一回しか逢えないって話だ‥‥」
「ソレ、デモ‥‥幸せ、ナノ、デショウ、カ‥‥?」
「まぁ、生きてくれている、それだけでも有り難いことだと思うがな」
「‥‥ナルホド、デス」
頷くムーグの杯に、凛生は酒を注ぐ。
彼が居るだけで、随分と辛さを忘れる事が出来たと思う。
ムーグは、凛生に注がれた酒を飲み、重なる戦いの履歴を思う。
死に場所を探していた自分が、前に進めるようになったのは、彼のおかげだと思う。
そして、戦いは凛生に新たに深い傷を負ったとムーグは思っている。
「手伝ッテ貰ウバカリデ、何モ返セテ、イナイ」
「元から見返りなんざ求めちゃいねえけどな‥‥それにもう、沢山の物を貰ってるぜ」
凝った心。見ないふりをしていた傷。
止まった時を動かしてくれたのは、確かに目の前の青年なのだから。
全ての感情が動く事は、生きている証だと、彼に教えて貰ったのだから。
「‥‥美シイ、国、デス、ネ」
ふと止まった時間に、ムーグは人々のざわめきや木々の音、川のせせらぎを感じる。
未だ戦禍の名残はある。けれども、解放の灯火は、こんなにも美しく。
凛生の気遣いが、どこかくすぐったく‥‥仄かに、暖かかった。
●
降る様な星空だった。
イレイズは、星空を眺めて呟く。
「‥‥アルタイル、デネブ、ベガ、で夏の大三角形だったか?」
「あら? よく知ってますね」
「星座の事を知らな過ぎると言われたから覚えたんだよ」
「あはは♪ えらいえらい♪」
ぐりぐりと撫ぜるティナに、撫ぜるなと言わんばかりに振り返る。
「‥‥何も聞かないんだな」
「聞いて欲しかったですか?」
「いや」
イレイズは、命を賭けてひとつの事を成し遂げようとする男を見て、思い出した事があった。
自分が、何をすべきだったかを。
だから‥‥道を違えた。願いだけ託して‥‥約束と‥‥復讐の為に。
「安心しろ、お前が心配するような事ではない」
ティナは、その時の事を思い出していた。
久し振りに会ったイレイズは、別人のようだった。
身にまとう雰囲気が変わっただけでは無く、恩人から託されたと言う、彼が大事にしていた首飾りが無かった。
あれは願いの証だった筈だ。
何を思い、何を覚悟したのかは分からない。
けれども、それが彼の選んだ道ならば。
「それは無理な話ですね、あなた、意外と無茶ばかりしますし」
(‥‥私は信じますよ、ずっと‥‥)
何時もと変わらないティナが、ありがたくて、イレイズは僅かに下を向いた。
(‥‥すまない)
交差する時がもたらす結果は未だ星の彼方で。
「わ! 綺麗ですね!」
すぱんと立ち上がったティナは、天の川を見て嬉しそうに笑った。
「こんな時に限って‥‥!」
こけそうになり、涙目になりつつ、走っているのは由梨。
「由梨!」
聞き慣れた声に、由梨は足を止める。
愛しい人の姿を見て無月が、安堵の溜息を吐く。
「!」
胸の中に飛び込んでくる柔らかさを抱きしめる。
「やっと‥‥会えた‥‥」
「‥‥はい‥‥」
涙目の由梨の顔を撫ぜると、由梨にしか見せた事の無い、柔らかな笑みを浮かべ。
そっと口付けた。
丁度、橋の上。
静かな川のせせらぎが聞こえ、空の星が川面にちらちらと映り込んでいた。
七夕神社に短冊を括ると、僅かな雪洞に道を譲られるように歩いた無月と由梨は、静かに夜空を見上げていた。
「大丈夫‥‥俺はずっと君を‥‥」
離さない。
抱きしめたまま。
幸せそうに笑む恋人達は、星空に見守られて。
『子供らの願いが叶いますように』
レティアは、集まっていた子供達が書く願い事を丁寧に拾い、同じ願いを短冊にしたためる。
濃紺地の浴衣に描かれた菖蒲柄が夜の明かりに白く浮かぶ。
「‥‥レティアは浴衣も良く似合うよ」
「えへ、ありがとう。あ、そうだ。お願い! これ飾るの手伝って!」
子供等の願いと同じ短冊を手に抱えたレティアに、國盛は、静かに笑んで、括りつけに回る。
國盛の願いは『レティアがいつでも笑顔でいられますように』。レティアに見られないように、子供等の短冊に紛れてそっと括る。鬼灯が居り込まれたこげ茶の角帯。鼠の地に僅かに濃い紺色で太さの違う、縦縞柄の浴衣が涼しげに袖を揺らした。
「レティアは何を書いたんだ?」
「あ、これもお願いーっ」
「‥‥ああ」
聞きそびれたまま、國盛はせっせと短冊を括る。
星空が、空一面を覆う。
ひと段落ついた二人は、星を追って手を繋いで、ゆるりと歩いていた。
「織姫と彦星って言うのはな、あの星とあの星だ。一際光っているだろう? ベガとアルタイルと言う」
「面白いねっ‥‥私、星はいつも綺麗って思うだけだったから」
知らない事を気恥ずかしそうにレティアは言う。
「織姫と彦星‥‥好きな人と離れるのは、寂しいね‥‥でも空であんなに輝いている。心は一緒って事かな」
小首を傾げるレティアに、國盛はただ笑みを向ける。静かで優しい、安心できる笑みだ。
「星にも願いを掛けてみる、か」
「うーん。これだけあると、新しい星座作れそう! 複雑なのとかも‥‥ホラ、あれとあれをこうして‥‥マスター座!」
繋いでいた手を、ぶん。と、大きく振ったレティアは、勢いに任せて國盛の頬にキスをした。
「大好き!」
そんなレティアを、國盛は引き寄せて抱き込んだ。すっぽりと抱きしめられたレティアは少しびっくりして顔を上げる。ゆっくりと落とされる唇。
随分長い時間だったような、あっという間だったような。レティアを開放した國盛は、軽く咳払いをする。
「俺達が織姫と彦星で無くて良かった‥‥いつでも傍に居られる。護りたい時に護ってやれる。俺の大切な帰る場所‥‥レティア‥‥愛している」
レティアの願いは、もう、叶っているのだろう。
『マスターが幸せでありますように』
國盛はこの上なく幸せだった。そして、レティアも。
「有希さんの故郷の九州だって解放できたんだから、メトロポリタンXだって、いつか取り返せるよね」
何時か。
開放したら結婚しようと約束した二人は、星空の元、じっと見つめ合う。
クリアは少し背伸びして、有希へと口付けた。
「だから、もう少し、もう少しだけ待って欲しい‥‥でも、大好きだよ、有希さん。世界で一番。いつか、貴方のものになるから‥‥」
少しだけ、自分自身を、責める。けれども。クリアにとっては決して譲れない事。
それは、有希も良く理解していた。
有希は満面の笑みをクリアに向けた。そっと手を取ると、ペリドットの嵌る左では無く、彼女の右の薬指へと四つ葉が獅子と蠍の星座石のダイヤ、オパール、ルビー、トパーズで出来たクローバーがあしらわれた指輪【OR】プラチナリング「Bright Clover」を嵌めた。
「うちの全部をあげるから一生を共に歩んでくれませんか?」
言えなかった返事がある。
それを有希はクリアに伝えた。
「貴女の願いは全力で叶えたいから」
有希に迷いは無い。
「永遠に愛してます」
星空が、重なった。
「浴衣って初めてなんだけど、結構動きにくいかな? 涼しいんだけどね」
モスグリーンの地に、黒で鳶が描かれている浴衣のあちこちをひっぱりながら、クラフトはモココに笑いかける。
「どう? はじめての天の川は」
モココが初めてだという天の川。一緒に行けるなんて、とても嬉しいと、クラフトは思っていた。
満天の星空を見上げ、モココは、ほう、と、溜息を吐く。
「こんなに綺麗な物がホントにあるんだ‥‥」
短冊を手に、クラフトはモココを覗き込む。
「モココはどんな願い事書くの?」
「あっ」
隠すつもりも何もなかったモココは、あっさりと願いを見られる。
『隣の人とずっと一緒に笑っていられますように』
くすりと笑ったクラフトは、はいと、自分の短冊をモココに見せた。
『モココが怪我しなくて、俺がそばにいられますように』
「モココ‥‥思い出に残したいって言ってたよね」
クラフトの言葉に、モココはこくこくと頷く。
可愛いなあと笑うクラフトは、長身を屈めて、モココにそっと口付けた。
「‥‥こんなんしか思いつかなかったや」
「! ! !」
嬉しくて、モココはきゅっとクラフトに抱きついた。
初々しい恋人達は、星空を背に、ゆっくりと帰路に就く。
楽しく話を続けながら。
「コツは夏の大三角を目印にかな。天の川は見える?」
織姫と彦星。透は丁寧に星空を指す。
「あ、はい。続けて下さい」
一瞬、透の話を聞いていなかった。星座を見て思い出したのは敵。
せっかく二人できているのだからと、つばめはその意識を仕舞い込み、高校生活よりも充実した毎日を過ごしている大学生活の話を、透へと楽しげに報告すれば、透は、つばめよりも楽しそうに頷く。
透は透で、いろいろあるようで、話がひと段落すると、やれやれと言った風につばめに話す。
「知り合いの傭兵の子なんだけどね‥‥これがまた小さい悪魔みたいで‥‥はぁ‥‥」
けれども、それは大変ながらも楽しい時間で。
(‥‥子供が出来たらこんな風なのかな)
透は、少し未来予想図を描いて、ぱたぱたと消すと、つばめに向き直る。また、大規模な戦闘が始まるから。
「無事を、祈ってる」
「はい」
つばめは、透の顔を覗き込むと、そっと顔を寄せて口付けた。
「大規模作戦、頑張りましょう。離れていても、今回もきっと大丈夫‥‥ですよね?」
真っ赤になった透は、つばめへと、頷いた。
「何の為に、何をしたいのか‥‥」
こんな自分の側に居てくれるつばめ。
そのおかげで、透は生きる理由と戦う意味を見つけ始めていた。
悲劇の多いこの世界の中だからこそ、求めているのは平和だ。
「やっと分かった」
「透さん?」
首を傾げるつばめに、透は満面の笑みを返した。
彼女が笑っていられる、明るい世界の為に。
戦う。
アヤと朋は、少し離れた場所で、星空をのんびりと眺めていた。
「これで、祭りが終わったらアフリカ行き‥‥とか無くて、家に帰るだけなら平和なんだがなぁ‥‥」
そっとアヤの頭を撫ぜる朋。
「来年‥‥とまではいかないにしても、出来るだけ早くそうなりたいもんだ‥‥」
平和に過ごしたい。その為に戦うのだから。そんな気持ちに、朋は苦い笑みを浮かべる。
「前に話してた縁側つきの家でゆっくりもしたいし、な。だから、もうちょっと‥‥頑張るか」
アヤの頭を撫ぜるように抱き寄せれば、アヤがそっと顔を近付ける。
「アヤ?」
「誕生日おめでとう」
ぎゅっと朋を抱きしめると、口づけた。
えへへと笑うアヤを、朋は愛おしそうに腕の中へと抱え込んだ。
籐子は、星空を見ながら、短冊作りに励んでいた。
無差別ナンパは、とりあえず諦めて、友人達を思い出して。
『可愛い子達は守りたい』
そして、籐子が願うのは、愛してやまない妹の安全祈願。
『何時までも健やかで居られる様に』
「こんな所かな。うん。お姉ちゃんの願いは‥‥自力で叶えるから」
笹に括りつけながら、星空を仰いで、籐子はにっこりと笑った。
三山と酒を酌み交わしながら、星空を見るのはリン。
ぽつぽつと語る三山から、おおよその事情を知り、深い溜息を吐く。
(‥‥最後の瞬間は、安らかに『人間らしく』終れたかしら‥‥?)
何回目の杯を星空へと掲げる。
(お疲れ様、よ──)
彼女が聞いていたならば、必要ないと、ぶっきらぼうに言っただろう。照れながら。
誰しも己が思いのまま、駆け抜けるのだから。
満天の星空の何処かで、あの人が飛んでいる。
遠くとも、何処までも繋がっている空。
セシリアは、星空を見上げて、愛しい人を思う。見上げる度に、少し不思議な気持ちになるから。
最近思うのは、その、愛しい人と、隣に居る、大切な友人の事ばかり。
(‥‥彼女は、何を思ってこの空を眺めているのだろう‥‥
綺麗で、何処か寂しげな横顔を見ながら、セシリアは、少しでも彼女の笑顔が見られたら良いと思う。
(欲張りだけれど‥‥)
そう、ケイは思い、星空に願いをかける。『セシリアと彼が、心から幸せになりますように』と。
ふと、視線を感じて、ケイはセシリアに向き直れば、視線が揺らいでいる。
セシリアは、自分の願いを我儘だと思った。何時からか、色々と思い、願うようになったから。
それはきっと、あの人が、自分の事を思ってくれたら良いと感じるようになってから。
ケイは、そっとセシリアの手を取った。セシリアはケイの手をそっと握り返す。
「届くといいわね‥‥あたし達の想い‥‥」
「はい‥‥夜も更けてきましたし、そろそろ帰りましょうか‥‥」
「そうね」
星空を振り返り、二人は歩き出した。明日へと。
七夕の夜は、静かに過ぎて行った。