●オープニング本文
前回のリプレイを見る「そこに‥タイガーサーベルが出たという依頼を出せば‥」
「ああ、娘は返してやろう」
絨毯に頭をつける、ホテルには不似合いの姿でやって来た初老の男に、痩せて背の高い、眼光の鋭いボディガードらしき男が、言い放つ。ソファに腰掛けている主らしき男が、背中越しに漏らした一言で、初老の男は凍りつく。
「気がつかれたりしたら、その場で花は散るだろうね」
「無事に‥」
「能力者達次第だ。優秀なんだ。タイガーサーベルをかいくぐって、娘さんひとりぐらい、簡単に助け出せるだろうさ」
思わず、駆け寄ろうとする初老の男を、痩身の男が捕まえて、ドアへと押して行く。
「‥そんなっ!」
初老の男の声を聞きながら、ソファに腰掛けた、平凡な顔立ちの東洋系の男がくすりと笑う。
「今よりも楽出来る。その為に、娘さんを出稼ぎに出した‥相場の3倍もする奉公先‥変だとも思わずにね」
「‥‥」
「面白いよ。実に、面白い」
生きるだけなら、十分だったろうに、欲をかいたばかりに掌中の玉を割る事になるかもしれないんだからと、また、くつくつと笑う男は、痩身の男をちらりと見ると、細い柑橘系の葉巻をもみ消した。
ホテルの窓からパトンビーチが鮮やかな青い色をみせていた。
「プーケットの小さな島に、銀色のサーベルタイガーが二体出たそうだ」
住民の避難は終わっているらしいが、逃げ遅れた少女がひとり、島の洞窟へと逃げ込んだままかもしれないという。
「少女を救出すれば良いんですね?」
「そうだ。だが、この依頼は何所かおかしい」
「おかしい?」
「住民は二家族しか居ない、小さな島だ。その島で、娘ひとり残して避難するものだろうか。娘は、先に船で逃げたと、その父親が証言した為に、探しもせずに島を脱出したのだが、後から居ないと気が付き、娘の荷物は携帯など全て持って来ている」
娘は、奉公先から里帰りしたのだという。半年振りに見る娘は、何所か怯えており、このまま、返したくは無いが、期限は2年。莫大な違約金を払う事も出来ず、途方に暮れていた所だという。娘のおかげで、新しい船を買った。家も改築した。返す金のあても無いのだと。
「先頃保護してもらった和臣・ブラウンを探索中に、銀色のサーベルタイガーの記述が在る」
ひょっとしたら、そこに何かあるのかもしれない。十分に注意するようにと。
島は、入り江がひとつある、小さな島だった。ごつごつとした岩場と、森。島の中腹には、こじんまりとした民家が4件。寄せ合うように立っている。入り江から一本道だ。森の中には、無数の岩場があり、3箇所の洞窟があるという。海へと続く洞窟と、行き止まりの洞窟。そして、島を横断している洞窟。大人の足で、一日もあれば、島は全て探索出来るだろう。そんな、家族の為の小さな島。
少女は、檻の奥で震えていた。声を上げれば、あの怖い生き物が寄って来るのでは無いかと。真っ暗な洞窟の中、時折、光る目が怖くて。どうして、こんな事になったのだろうかと、震えた。
島に放たれたのは、二体の銀色をしたサーベルタイガーだけでは無かった。
少女の入った檻の前にうずくまる、一体の漆黒のサーベルタイガー。たっぷりの肉を貰い、満足気に寝ているが、腹が空けばどうなるかはわからなかった。
●リプレイ本文
●その思惑
「‥気にいらねー」
三間坂京(
ga0094)は、誰に言うでもなく呟く。微妙な違和感を感じる。それが何かはわからないが、依頼書を受け取った時に言われたように、何かが変だ。島から逃げ出した家族に会えればと思ったのだが、島に急行するのも今回の任務のうちだ。仲間達と固まって動く為、話は聞けなかった事が、胸騒ぎのひとつとなる。──彼等も、狙われなければ良いがと。
「父親置いて先逃げた、とか普通考えるか? 家の為に奉公に出るような娘がさ」
「‥明らかに『M』の野郎の罠だな。此処まであからさまだと、逆に清々しいぜ!」
嫌な野郎だと、ノビル・ラグ(
ga3704)が小さく唸る。これは、罠だ。どんな理由かはわからないが、Mが能力者だけを島に呼びたかったのだろう。準備万端整えられた籠の中に入って来いという。籠の中には一般人の少女。遊ばれているのか。しかし、今回はMの思惑に易々と乗るわけにはいかない。少女救出に全力を傾け、Mなど目に入らない事を思い知らせなくてはと。
借り受けた地図を見れば島の概要がわかる。
「これが罠だというのなら、やっぱり僕はあの男を許せません‥女の子、大丈夫でしょうか」
優しげな表情を曇らせ、流 星之丞(
ga1928)が、軽く指を口元に当てる。早く。そう、焦る気持ちを抑えて、仲間達と離れないように移動する。
「‥面白くないです」
オリガ(
ga4562)が、長い白銀の髪をかきあげる。からかわれっぱなしは業腹だ。今回は無理にしろ、何れ必ず捕獲する。飄々とした立ち姿のオリガであるが、その決意は固い。
「Mの手がかりも、少女の命も、ここで絶やす訳にはいけませんわ‥‥全力を尽くして、参りますわね」
腰に下げた、ひばりと名の付けた日本刀に手をやり、鷹司 小雛(
ga1008)の漆黒の隻眼がさらに色を深くしたように思える。少女の命がかかっていなければ、ひばりと共に死線をくぐるのも厭わないのだが、今回は少女救出にその力を使うと決めている。
「何にせよ、嬢ちゃんを保護して、家族、嬢ちゃん双方に安心してもらうのが先決だな」
サーベルタイガーが2匹。キメラは何所にでも現れる。どうして現れるのか、詳細は不明であるが、高遠・聖(
ga6319)も、その胡散臭さは十分承知していた。仲間の聞き込んで来た情報を、過不足無く頭に叩き込む。
「Mが関わっているのだとしたら、何らかの方法でこちらを監視しているはずです」
罠だとすれば、その結果を待っているだけなのか、それとも自分から見物にやってくるのか。平坂 桃香(
ga1831)は、Mが何所からか見ているのでは無いかと、思考する。罠を張って、能力者が慌てるその様を見たいのでは無いかと。
小さな島の、小さな洞窟である。何人か照明手段があれば、必要は無いと判断され、照明等の貸し出しは行われなかった。電波探知機も、同様だった。様々な疑いはあるが、依頼の主旨は救出であるのだからという答えをオリガと桃香は貰った。
「あまり時間が無い、急ごう」
Mは、楽しんでいるのかもしれない。けれども、それに付き合う必要など無い。淡々と終わらせてやりたいと伊河 凛(
ga3175)は仲間達に声をかけた。
●森の銀
入り江は静かだった。二家族しか居なかった小さな島だったのだから、当然だが、島の中の生き物の気配がしない。マングローブがその足を伸ばし、岩や海に伸びている。灌木も多い。身を潜め、息を殺しているのは、小動物だけでは無いだろう。
何事も無ければ綺麗な場所だ。打ち寄せる青い波に、抜けるような青空。南国の花の香りが漂い。
そんな穏やかな場所に、肉食獣のキメラが潜んでいる。
「わざわざ洞窟に〜と話したんです、もし罠ならそこに僕達を誘き寄せたい何かがある、そう思いませんか?」
「まあ、そうだろうな」
星之丞の言葉に聖が頷く。全員が同じように感じている。小さな島に3つの洞窟。隠れるならば前後左右を確認しなくてはならない森の中より、洞窟だろうと。
「まずは、一番近い洞窟からかな」
ノビルの髪の色が真紅に染まる。緑の多い島に、花が浮き上がったかのようだ。その双眸は太陽のような金と冴えた月のような銀に変化する。覚醒だ。いつ、何所から襲われるかわからないし、どんな罠があるかもしれない。気配を消す。
「上手く、身を潜めていればいいんだがな」
京が、森を見渡す。そのキメラが、銀色ならば、目立つはずだ。急ぎましょうかと、オリガが足跡や周囲を警戒しながら、声をかける。
「砂浜に足跡はありませんね‥ざっと見ただけですが‥」
と、その時、いやな気配がした。覚醒していたノビルだけが、その接近に気が付いた。
「来るぞっ!」
「っ?!」
陽の光りを浴びて、銀色に光るサーベルタイガーが、近くの茂みから踊り出た。何の警戒もしていなかった星之丞に、その爪と牙が深く入った。
長い黒髪が、淡く青白い光りを放つ。覚醒した桃香が月詠を抜刀する。揉み合う星之丞と銀色のサーベルタイガーへ、攻撃するタイミングを計る。下手に攻撃すれば、星之丞にも当たってしまう。
「もう一体っ!」
「近寄らせはしませんよ」
これを好期と見たのか、ただ得物を狙いに来ただけなのか、躍り出たもう一体の銀色のサーベルタイガーをノビルが狙撃する。咆哮を上げてのた打ち回る銀色のサーベルタイガーに、オリガのサブマシンガンが小気味良い音を立てながら打ち込まれれば、地響きを立てて地に落ちる。
「‥女の子を助け出すまでは、僕達は絶対に負けられません!」
「行きますわ」
「何時までもさせんっ!」
淡い春の新芽のような髪と瞳に変わった星之丞が、銀色のサーベルタイガーを辛くも突き飛ばすと。月詠と氷雨を抜いた凛が真っ白な新雪のような髪をなびかせて切りかかり、小雛の流れるような一撃が入れば、2mの巨体は崩れ落ち、その動きを止めた。
「持って来て良かったですが、急いで洞窟に辿り着いてからですね」
星之丞の負傷状態を見ながら、オリガが頷く。
早く。
そう、早く見つけなければ。
報告に上がっていた、二体の銀色のサーベルタイガーは倒したが、少女の救出はまだである。戦闘の音や、銀色のサーベルタイガーの咆哮は聞こえているかもしれない。
●洞窟の漆黒
一番近い洞窟は海へと続く洞窟。森の中を岩場を上り下りしながら、割れ目のような洞窟へと入って行く。しかし、その洞窟には何も無かった。ぽっかりと開いた出口から、コバルトブルーの海が見える。僅かに傾斜になって、波間までは5mぐらいか。
「船とかヘリとかの姿は無いですね」
何所からか、見られているのでは無いかと、青い空と海原を確認する。漁船らしき舟が見えた。小さなその船に何か仕込まれているのかまではわからない。覚えておこうと、桃香は振り返り様に、もう一度その漁船を見た。
「居ない‥な」
足場の悪い場所で不意打ちを喰らえば、後手に回る。聖は、とくに岩場の影などに注意を払っていた。依頼に出された銀色のサーベルタイガーは退治したが、仲間達は緊張を解かない。見えない相手は神経に障る。他に敵が居るのか居ないのか。洞窟を引き返していく仲間達の足取りは、慎重だ。
少女はたまたま、外に出たのかもしれない。もしそうならば。
聖は、入り口の岩の割れ目に、木に結んだハンカチを括りつける。そのハンカチには、助けに来た事が書かれていた。少女がここに戻る事があるのなら、心の支えになればと。
「無事で居ろよ、嬢ちゃん‥」
「岩場にも痕跡はありますが‥何時ついたものかまではわかりません」
オリガは、星之丞の救急手当てをしつつ、何か銀色のサーベルタイガーや、それ以外の痕跡が無いか探っていた。何かしら、それらしきものはあるのだが、それが今ついたものなのか、昨日ついたものなのかまでは判別出来ない。倒した銀色のサーベルタイガーだけならば、何の問題も無いのだが。
「早く次の洞窟に行った方がいいかもしれませんね」
「どんな隠し玉があるかしれないしな」
Mだし。と、ノビルが唇を引き結ぶ。
次に近い洞窟は、地図によれば行き止まりの洞窟のようだ。
行き止まりになっているからだろうか、奥は真っ暗だが、縦3m、横1.5mほどの大きな洞窟だった。
その洞窟に足を踏み入れた時、甲高い悲鳴が奥から聞こえて来た。
「うそっ!」
「間に‥合えっ!」
先頭に立っていた桃香が声を上げて、足を速める。持参の暗視スコープのおかげで、暗闇でも足は鈍らない。少女の悲鳴と、何かを破壊するかのような衝撃音が耳につく。凛も、カンテラを持って走り出す。
洞窟は、分岐などは無かったが、ブーメランのように、向かって右側に折れていた。その折口に差し掛かると、入り口の人の気配に気がついたのか──音も無く漆黒のサーベルタイガーが飛びかかる。その全長は3.5mほどもあろうか。
抜き放たれた氷雨が、蒼く美しい刀身を閃かせ、凛は襲い掛かるかに見えた漆黒のサーベルタイガーに切りかかる。
「邪魔だ。お前に構っている暇は無い」
氷雨の刃が入る。しかし、僅かに浅い。鉄の香りが洞窟内に広がった。だが、漆黒のサーベルタイガーは、そのまま洞窟の外へと走り出す。
「そうそう、逃げられると思わないでいただきたいわ」
小雛から赤いオーラのようなものが暗闇に浮かび上がった。
広いといっても洞窟だ。その広さを測った彼女の手から、突きが繰り出されるが、向かい合おうとしない漆黒のサーベルタイガーは小雛の下を通り抜ける。
「奥には戻らせねぇ」
両手につけた、18cm程の長さの金属製の鋭い爪、ディガイアの一閃を入れて、京と小雛は共に洞窟の奥へと回り込む。
「不意打ちは食らいません」
桃香が仲間の援護をと、逃走を予測していた桃香の拳銃、S−01が漆黒のサーベルタイガーを狙い放たれて、僅かにその足を削ぐ。
「逃がさん」
目元にタカと同じような隈取に似たな灰色の線が浮かび、暗闇に淡く浮かび上がる幻影の翼を両の腕に浮かび上がらせた聖が、身体を固く防御を高め、ソードを構える。漆黒のサーベルタイガーは、そんな聖のソードめがけて飛びかかり、聖に僅かに傷を負わせる。
「逃げが基本かよ!」
アサルトライフルから打ち込まれたのは貫通弾。ノビルの弾がめり込み、動きを止めた。ロエティシアを装着し、共に洞窟の中へと戦いに出たかったが、星之丞は、オリガに傷の手当てを受けていたため、僅かに入るのが遅れた。地に伏した、その死骸を見て、小さく安堵の溜息が出る。どんなに傷ついても、人の命を守る為の戦いはこれが終りという事は無いのだからと。
●空の青と少女
鉄の臭いが充満した洞窟の奥で、酷い怪我を負った少女が救出された。あと一歩遅ければ、少女の命は無かったろう。檻に入っていた少女は、その檻のおかげで、命拾いしていた。あと数撃の衝撃で、檻はへしゃげ、少女は爪がかすっただけでは無く、牙の一撃をまともに受けていた。運び出され、応急手当がされる。
「ハッキリ言って、『M』っつーか『S』だよな。名前に偽りありだぜ」
檻に何かしかけてあるのではないかと、疑っていたノビルだったが、残骸を見て、溜息を吐く。触ってみれば、通常ではびくともしない頑丈な檻だ。それが豆腐を潰したかのような姿になっているのだから。そして、へしゃげた檻の奥に、隠しカメラを見つけた。もう、誰も見て居ないのだろうけれど、ここから、少女を。漆黒のサーベルタイガーを。そして、やってくる能力者達を眺めていたのか。今に見てろ。そう、口の中で呟いた。
「飲めるか?」
京の差し出す水で口元を湿らす。救出されたのはわかるだろうが、何かを話すには時間がかかるだろう。
「もう大丈夫だ」
うっすらと目を開けた少女に、凛が力強く頷く。何事も無くとはいかなかったが、命は無事だったのだから。
痛々しい姿に、聖はベストを脱ぐと、毛布代わりに少女にかける。大きな青い瞳が、聖をぼんやりと見て、潤んだ。大丈夫。大丈夫。そう、能力者達は口々に声をかける。
「ゆっくりと。でも、早く‥」
桃香が周囲を見回す。早く、連れ帰らなくてはならない。桃香と同じく、視線を四方に配るのは、京だ。
穏やかな風が海風を運び、森の香りを巻き上げる。そんな静かな島なのに。
──口封じなんてさせねえよ。
何かの手掛かりを持っているはずの少女。このまま放って置くはずがない。京の懸念は当たり、少女の父親が行方不明になったのは、後日知る事になる。
念の為にと、ノビルが申し出ていた、少女の保護は、UPC軍が責任を持つ事になり、ラスト・ホープの病棟へと、移送される。
何も知らない家族に本当の事は話せない。
話せば、彼等も消息不明になりかねないからだ。
少女は保護された。
Mへの足がかりがまたひとつ‥。