●オープニング本文
前回のリプレイを見る そのホテルで、回収された画像を見ていた男は、柑橘系香りの細い葉巻を揉み消した。
「面白いじゃないか」
「ほどほどにされませんと、上から何を言われるか」
「構わないよ。上だとて、こういうのは嫌いじゃないはずだ」
ボディガード件、側近らしい、痩せて目つきの鋭い長身の男が、控えめに進言するも、
人など十分に賄える。なのに、自分にあえて様々な権限を与えたのは、このやり方が、お気に召しているからだろうと、笑みを浮かべる。何所にでも居るような東洋系の目立たない顔。一般的な体躯。人込みに紛れ込んだら、よほどでなければ見つからないだろう、特別な何かを放つ人物では無い。
しかし。
「人混みにキメラを放てば簡単に面白いショーが見れる。けれども、簡単過ぎて‥そろそろつまらないと思っていた所だ。もう少し、こう、哀しみが無いとね」
柑橘系の香りが染み込むその手が、琥珀色した液体の入ったロックグラスを揺らした。
「和臣・ブラウンの生殺与奪権を寄越せば、バグアへの関与の情報を寄越す‥とな。実に、ふざけた話だ」
依頼としてもたらされた情報を最初に目を通したUPC軍人は、ふざけるなと、怒りに震えたと言う。指定されたのは、和臣・ブラウンを保護した場所。
ごつごつした岩山を上り下りする、足場も見通しも悪い場所である。不意打ちを食らいやすく、密集して動きにくい。せいぜい、自分ひとり分の立ち位置を確保出来れば御の字であり、後を追う仲間達の姿も、1mを越える岩などに隠れ、見えにくい。
灌木も、蔓も茂る、嫌な場所だ。
その山の中で、和臣・ブラウンに会いたいという。
会いたい人物は明言していない。
Mなのか、Mで無いのか。
今までの行動からして、Mが出てくる可能性は薄い。
「何が何でも、会いたいという、その相手を捕獲して欲しい。最悪、遺体でも構わない‥」
初老のUPC軍人は、唇を引き結んで能力者に場所の地図を手渡した。能力者達の足で、その山全てを探査すれば、丸一日がかりになるだろうという。
金色の髪が踊る。
岩場の多い山頂で、その女性は、和臣・ブラウンを待っていた。
待てと、指示されたからだ。
扱いやすい小型の銃を二挺、装備している。フライトジャケットの下で、その銃は見えにくい。さらに、足にはジャックナイフを仕込んでいる。
動きから、訓練を積んだ人物と見られる。
妙齢の女性だ。
そして、その山腹には。
超大型の猛獣が徘徊していた。3つの首があり、その口からは、業火を吐き出す。神話の一場面でその姿を見た者は多いだろう。
ケルベロス。全長5mの、地獄の門番を真似たそのキメラが方々に首をめぐらせた。
その、超大型の肉食獣キメラの露払いなのか、灰色のサーベルタイガーが、二体、岩肌に同化するかのように静かに動いていた。
●リプレイ本文
●疑惑と憶測と確信と
「和臣の命と引き換えに、バグア関与の情報を寄越すだって〜!? ‥臭う‥臭うぞ! Mの罠の臭いがプンプンとっ!」
依頼を聞いた途端、かしゃかしゃと、金色の頭をかくと、ノビル・ラグ(
ga3704)が僅かに眉を顰める。Mの手口は知れている。知りたくも無いが、その歪んだ思考を辿る事は難しく無い。けれども、その根底に流れる悪意が何か。触るのもおぞましいが、見つけなくては、自分が釈然としないだろうとも思う。
「まぁなんというか、ひじょーにわかりやすい挑発ですね」
ワンピースにレザーブーツが可愛らしい平坂 桃香(
ga1831)。彼女もMのこれでもかという姑息さ加減を知っている。半ば呆れ気味にモニタを見る。Mに囚われていた少女を保護出来ている。その足取りも、徐々に明らかになりつつある。少女の回復次第で、すぐにでも、Mの拠点が判明するに違いない。その、間隙をぬうような、取引き。時間稼ぎなのか、自信があるのか。放っておけばいい。そうすれば、ほどなくM本人を捕獲する為のミッションが公開されるのだから。そう、思うのだけれど。
「キメラ、罠。どんと来いですね」
白銀の髪をかきあげる。サングラス越しのアイスブルーの瞳は何所を見るのか。
必ず会いに行く。オリガ(
ga4562)は、内心でくすりと笑う。無駄のようなこの工程も、Mに会う為であるのならば、喜んで出向こうと。焦らされれば、焦らされるほど、出会いは楽しいモノになるだろう。この心模様は、まるで恋人に会うのを待ち望む乙女のようだとも思う。けれども。
オリガは、シエルクラインを撫ぜて、薄く微笑んだ。乙女の抱擁は暖かいものとは限らない。
長く行動を共にする仲間達を見て、伊河 凛(
ga3175)も、モニタに映し出される大まかな地図を眺めて、苦笑する。キメラは確実に居るだろう。和臣・ブラウンの身柄の安全を確保するのが最善だろうと、頷いた。
「まあ、まず、穏便に話しをしようなんて事は無いな」
「まあな。‥招待主がMだとして‥和臣に話し聞くか‥てか、聞かないと拙いだろうな」
大き目の伊達眼鏡の奥で、僅かに目を細めるのは三間坂京(
ga0094)だ。笑っているのか、考え深げにしているのか。
「でも、どうしてMは和臣に執着してやがるんだ? 猫が鼠をいたぶって悦ぶみてーに、和臣をいたぶる手段でも持ってんのか」
「さてな。彼ならそこへ辿り着く、と確信しての罠だろう‥何か心当たりがあるんじゃないか?」
Mが和臣に執着するのは何故なのかと、ノビルが腕を組めば、京がある男に気がき、目線を向ける。
UPC軍人に左右を固められ、集まった能力者達の前に、唇を引き結んだ、大きな男が歩いてくる。和臣・ブラウン。ファイターだ。この先は、諸君等に任せると、UPC軍人は軽く礼をとると、踵を返して去っていく。その後姿を、睨むように見ていた和臣に、笑いかけるのは大泰司 慈海(
ga0173)だ。和臣がいかにしてMと係わり合いを持ったのか、Mの絡む依頼はどんな状態なのか。仲間達によく聞き、報告書にも目を通している。
「和臣くん、初めまして。よろしくね」
よろしく頼むと、集まった仲間達に頭を下げる和臣。
「今までの事で良くわかりました、Mはとても巧みに人の心の隙を付いてくる‥だから、例え何があっても、自分を強く持ってください。和臣さんの今までの苦労を、けして無駄にしない為にも」
柔らかな物腰で、けれども、譲らない視線を和臣に向ける流 星之丞(
ga1928)は、嫌な予感がするんですと、言葉を続けた。
その嫌な予感を、京は憶測と推測に置き換える。
「待ち受けるのは動揺を与える人物かそれに酷似した相手‥だと思うんだが」
「下っ端が来るのは確定だろーケド?」
ほぼ間違いないだろうと、確信めいた言葉を繋ぐノビル。
星之丞の言葉に頷き、和臣は、京やノビル、に間違いないだろうと頷き、待ち受ける相手に、心当たりは無いがと、首を捻る。
「向こうからの接触希望ということは、こちらから見つけれる場所か、もしくは相手から見つけれる場所‥」
オリガは、そうですねと、呟く。単純に考えれば山頂ですかと、ぱさりと落ちる白銀の髪をまた、かきあげる。
「兎に角、ブラウンに何かあったら面倒だ。戦闘を想定して動くから、ブラウンもそのつもりで頼む」
了解したと、凛に頷き、オリガ、桃香に世話をかけると頷いた。
「最悪、遺体でも‥‥か。精々全力を尽くさせて貰おうか。その最悪の事態とやらを選ばぬ様に」
表情を変えず、御影・朔夜(
ga0240)は和臣を一瞥すると、移動艇へと真っ先に歩き出す。今回の作戦は、和臣に会いたいという人物の捕獲。
様々な疑惑も憶測も、導き出される確信も、多くの手管を使わなくては、到達出来ない場所にある。人の心が絡み、相手の出方がわからない、こんな依頼はどれだけ複雑に考えても考え過ぎると言う事は無いという事を知っている。けれども、複雑だからこそ、単純に答えが導き出される事も無いでは無い。
───人身売買。
条件反射にそれは、忌避するべき事柄だと、人は思う。けれども、そんな、見聞きしたMについての知識に、朔夜の感情は揺れなかった。この手についた、見えない鮮血と比べれば。と。
バグア侵攻。
そして、続く戦いの日々。人の心は、戦いに慣れて行くのかもしれない。
●岩場での攻防戦
切り立った山。その山に、以前和臣を保護した洞窟はあった。その上へと、注意してみれば、足場が伸びていた。その足場は険しく、上りきれば、さらに上に、突き出る岩の合間を縫うように進まなければ、上りきれないような、複雑な地形を広がらせていた。
「何ともね」
京は、前回、サーベルタイガーに不意打ちを喰らった事を思い返し、覚醒を果たす。しかし、その覚醒は見える場所の外見に変化が及ぶ事は無い。初手からの覚醒。それを覚えていたのは、他には桃香とノビルだけだ。桃香の髪が、ふわりと風に揺れたかのように淡く青白い光りを纏い、ノビルの金の髪が、鮮やかな真紅に染まり、空を映したかのような双眸が金と銀へと変化する。
「生き物の気配が無いような気がしませんか?」
「キメラが居るんだと思うな」
桃香が、山を見上げて呟けば、同じパターンだよと、ノビルも油断無く見上げる。
練力には限りがある。何所でどう覚醒するのかは、判断の分かれるところだ。
足場は、2列になれるほどの幅は無い。京、朔夜、星之丞、慈海と続く。その後を、少し離れて周囲を警戒しつつ、桃香、凛、和臣、ノビル、オリガが進む。
灰色の岩肌に、草木が絡みつき、乾いた空気が足音を響かせる。慎重に。
「今回の件、何か思い当たる節はあるのか?」
凛が、後ろを歩く和臣に問えば、首を横に振る。ただ、目障りで、気に入らない奴を、始末したいだけかもしれないが、楽に殺してはくれないだろうなと苦笑し、簡単に殺されるつもりも無いがと、二振りの、アーミーナイフを叩いた。
その時。
「来ます!」
「来るぞっ!」
「っ!」
桃香が、真っ先に気がついて向きを変える。踊りかかったのは、サーベルタイガー。その、目標は、最後尾のオリガ。その巨大な爪が、えぐる。
岩場の上り下りは、それだけで時間がかかる。桃香は月詠を抜刀し、接近しようとするが、まるで何枚もの壁のようになる岩と、後方の仲間に阻まれ、思うように近寄れない。
もみ合うオリガとサーベルタイガー。鮮血が灰色の岩場に飛び散り。
奇襲に備えてはいたが、足音を忍ばせるサーベルタイガーの姿を視認するのが、僅かに遅れた凛が雪のように白い髪をなびかせて、月詠を抜刀する。アーミーナイフを抜いて、オリガを助けるために戻る和臣からつかず離れず、転げ落ちるかのように、下っていく。
「会いたいのは、あなたではありません」
手にしたシエルクラインで、それ以上の攻撃を防いでいたオリガの右目は、水銀でできた球体のような色をたたえる。その右目を中心に指先に至るまで肌に楔文字が浮かび上がれば、サーベルタイガーの力には及ばずとも、そうそう組み伏せられたままでは居ない。
僅かにサーベルタイガーの動きを止めれば、ノビルが、アサルトライフルの照準を合わせた。間違いなく撃ち抜く。
その鋭い感覚が、オリガから、離れた場所のサーベルタイガーの体へと、鈍い音と共に打ち込まれた。跳ね上がる、サーベルタイガーへ、接近した桃香の月詠がざっくりと入り、横倒しになったサーベルタイガーへ、和臣が走り込めば、岩場で多少動きは鈍ったが、凛の月詠が、吸込まれた。
そして、もう一方。先行していた仲間達へも、同時に灰色のサーベルタイガーが襲いかかっていた。
「くっ!」
「持たせろっ!」
弱い方から襲う。
それは、狩る者の本能なのかもしれない。不意打ちを喰らわないように、何度も、背後を振り返り、警戒をしていた慈海だったが、後方に灰色のサーベルタイガーを見つけたと思った時には、もうサーベルタイガーの攻撃範囲に入っていた。早い。
その太い前足と、むき出された爪により、重い一撃をざっくりと受ける。
京が、岩場に舌打ちをしつつ、慈海へと転がり落ちるように近寄る。手にしたディガイアを、目にも留まらないほどの速さで打ち込んだ。練力をごっそり消費するその一撃は、確実に手酷い傷をサーベルタイガーに刻み込めば、ぐったりと、慈海に被さる。
もう一撃とばかり、食い込ませれば、さしものサーベルタイガーも身動きは出来ず。
錬成治療が無ければ、危なかったかもしれない。慈海は、ふうと、一息吐いた。後方からも、拳銃の音が聞こえて来ていた。銃弾の音が、山に響き渡ったと言う事だ。
そのせいでか、それより前に近寄っていたのか、それはわからない。
京が眉間に僅かに皺を寄せた。
「やばいか‥?」
ざわり。
背筋に嫌な感じが走る。
漆黒の燐光を纏い、黄金に光る双眸、白銀に揺れる長髪。朔夜が不敵に、登るべき道の向うを眺めた。
何か、影が走る。
「邪魔だ――“悪評高き狼”を甘く見るなよ、獣共」
咆哮が上がる。
姿が見えれば、こちらのものだ。
足場は悪い。
けれども。
姿を見せた三つ首の獣。ケルベロス。奇妙な既知感に、薄く笑みを浮かべた昨夜が、シエルクラインの銃弾を立て続けに打ち込むのとほぼ同時に、黒く塗れた様な体躯のその獣の口から、一斉に火炎が上がる。その火炎は、仲間全てを襲う。
「地獄の番犬か‥悪趣味だっつーの!」
ゆうに5mはあるその体躯を、後方から眺め、ノビルが毒つくと、その射程に入れるため、出来るだけの速さで、デコボコし、壁になる岩場を駆け上がる。火炎は届かないが、その余波で、熱波が下って、僅かにむせる。
ちりちりと、あちこち焦げた臭いが立ち上る。
「っざけんなよっ!」
その足に、力が入る。獰猛な三つ首のひとつが、迫る京と目が合った。ぎらりと睨む、漆黒の体躯に赤く燃えるような金色の双眸が、また、炎を吐こうと向かうが、京が僅かに早い。再び、重い一撃を、その三つ首のひとつの顎から上へと飛ばすように、ディガイアを振り抜いた。
「この距離で喰らえば只では済むまい――“悪評高き狼”の爪牙、余さずその身に刻み込め‥!」
やはり、ぐっと炎を堪え、近寄った昨夜のシエルクラインが、再びケルベロスへと打ち込まれる。
「駄目です。あなたは、出て行っては」
オリガは、傷を庇いながら、それでも和臣を前には行かせない。しかしと、加勢に動きたい和臣に、凛も頷く。
「大丈夫だ。俺達は、そう弱い者じゃない」
「そういう事です」
桃香も、にこりと笑い、ケルベロスの側面を突こうと、その足を進めていた。
咆哮が響き渡る。
その巨大な前足が、京を振り払おうと動き、嫌な音を立てて、京は岩の上に倒れた。
そのまま、ケルベロスは斜面を駆け下りようとするが、もう一度、朔夜の銃弾が打ち込まれ、て、があっと、また炎が向かう。先ほどのような業火に比べて、やや弱まってはいるようだが、その火炎は、容赦無く、昨夜を襲い。
「‥もう、そっちも重傷でしょ‥?」
灰色のサーベルタイガーから這い出した慈海が、ケルベロスへ、錬成弱体を向ける。
「っし!」
追いついたノビルの銃弾が、ケルベロスを狙い撃った。
●その待ち人‥
ケルベロスの断末魔が、響き渡れば、かすかに人の気配がする。覚醒していなければ、わからなかったろう。その人は、上から能力者達を見下ろしていた。
長めのショートヘアは、金色に光り、僅かに笑みを浮かべた瞳は、新緑の緑。細身の、妙齢の女性が立っている。
「ローラ‥?」
「お知り合いですか? でも、少し落ち着いてください! そして思いだしてください、奴は人の心の隙間に入り込んでくる」
「まさか‥死亡したはずの恋人か?」
和臣が、ふらふらっと、登り始めるのを、星之丞と、凛が、遮る。どうしても近くに行きたいらしく、能力者達を押しのけて‥かなわないとなると、己の武器に手をかけようとし。
しかし、和臣は間に合わなかった。
「桃香っ!」
ノビルが、走り出した桃香に声をかける。仲間達が、いっせいに、桃香と高い位置に居る女性を見た。
桃香は、月詠を抜刀していた。
灰色のサーベルタイガー。そして、三つ首のケルベロス。キメラが徘徊しているこの山の中で、平然と立っているその女性が、友好的だなどとは、微塵も思わない。
話し合い。それで何か情報が引き出せるとも思えないと、桃香は思っていた。
「遠慮してたら、後手に回ります」
明るい太陽の光りに、桃香の刃が反射して光る。
すっと、金髪の女性が動いた。
手にはハンドガンが二挺。一方は、和臣を狙い、もう一方は、迫る桃香へと、引き金が引かれた。接近していた桃香は、胸に銃弾を打ち込まれる。どう。と、反動でよろめく。
しかし、金髪の彼女も無事では無い。
「遺体にしたくは‥ないのですが」
オリガのシエルクラインが、女性の膝に打ち込まれれば、ぐっと唇を噛締めた桃香の月詠が、女性を薙いだ。
「‥臣‥」
小さく漏れた、女性の声。
ぐっと、拳を握る和臣を、両脇から、星之丞と凛が動かさない。和臣から漏れる嗚咽は、悲しみのためか、怒りの為か。
後から確認すれば、その女性は和臣の恋人に良く似た別人だった。けれども、生前の動画と引き比べてみても、本人では無いと言い切るのが難しいほど、良く似ていた。
彼女の胸ポケットには、柑橘系の葉巻が入っていた。そして、何かの葉が。それを見て、和臣は息を呑んだ。知る場所なのだろう。
Mは何所からか、見ていたのだろう。
一人の男の慟哭を。虚しさに苛まれる心を。
彼女か、和臣か、どちらかが、死んでいたのだろう。
けれども。
───必ず落とす。
手掛かりをひとつ持ち、無事な和臣・ブラウンと共に、能力者達は帰還した。