●オープニング本文
前回のリプレイを見る その葉は、和臣・ブラウンによれば、Mの拠点のひとつの庭に生い茂る、大樹の葉だという。
和臣に会いたいと言う狂言に引き回されて手にしたのは、保護する少女から聞き出した、3箇所の拠点から、さらに絞る事が出来るものではあった。けれども、それが罠なのか、そうでないのか。
今までが今までである。
わざわざ、来いと言わんばかりの証拠は、果たして本物かどうか。
指し示すのは、タイ。プーケット。そのとある小さな島に、別荘が3つある。その別荘地の手伝いが名目で、保護した少女は点々と動いていたというのだ。
火焔樹。ハーンノックユンファンラン。乾季が終り、暑い時期が来る。そして、雨季の前に、真っ赤に燃えるような花を咲かす、その木の花の葉。
あちこちでみかける木ではあるが、Mの拠点と見られるその別荘地の中では、一番高台にある、一番大きな屋敷にしか植えられていないのだという。その花を、好むのか、火焔樹は何本もあり、時期になれば、鮮やかな赤い色をその地に写すのだという。
「多分、また、多くの肉食獣のキメラを放っているのだろう」
保護した少女へ、その場所の確認をとれば、間違いが無いという。
屋敷の庭は芝が植えられ、所々に火焔樹がある。
島全体が、個人の持ち物だからか、庭と自然の森へとの境は曖昧だ。ただ、舗装された道路が、入り江から、各別荘へと延びている。
その、火焔樹のある別荘には、ヘリポートもあるという。
美しい海を見下ろす、その島に、Mは居る。
「潜入は夜更け。舟はこちらが手配する。暗視スコープも人数分用意しよう。無事を祈る」
証拠といえば、少女の証言だけ。
今も、誰かが囚われているのか、何か、悪事が行われているのか。証拠が不十分だ。公に踏み込む事は出来ない。表向きは普通の豪商の持ち物なのだから。書類上の不備も無い。
「出来れば、M捕獲を願いたい。最悪、生死は問わない」
この前の、女性との会談と条件は同じだと。
その島は、静かな時を刻んでいた。
火焔樹もそろそろ咲き誇るだろうと、別荘のベランダで、柑橘系の葉巻をくゆらす男が居た。
Mだ。
「ゴールデンシャワーの家に、上手くおびき寄せる手はずになっているだろうな」
中腹の小さな別荘。
その別荘には、タイの国花である、ゴールデンシャワーが門のように二本植えられている。門をくぐれば、石畳が続き、ヨーロッパ風の別荘の観音開きの玄関を開ければ、そこには、ナイフプチャットが数体閉じ込めてあった。
奥の部屋には、能力者が入ると同時にナイフプチャットを放ち、屋敷の使用人を皆殺しにする。今までは、ぎりぎりでどうなるかわからないというスリルを楽しんだが、今回は、どうあがいても助けられない、そんな趣向を用意した。
その悲鳴を聞きながら、目と鼻の先でヘリで逃げてやる。どれほど悔しがる事だろうと、思うのだ。しかし。
「はい‥何か、気になることでもございますか?」
「嫌‥。上は何やら派手な事になりそうだな」
「そうですね、能力者も力をつけてまいりました」
影のように立つ、護衛の男が、よどみなく、Mに答える。
Mの上。バグアに連なる、その人は、最近連絡が上手くとれない。大規模な戦が各地で起こっているからかもしれないが、どうも妙だ。そうは、思うが、この仕掛けは、かの人のお気に召すに違いないのだ。
中腹の家に放たれるのは、ナイフプチャット。超小型の虎のようなキメラだ。20cmに満たないその肉食獣のキメラが、家のあちこちに入り込んだら、探すのも手間の上、攻撃も当たり難い。全部で10体が放たれて。観音開きの戸を開けると、外へと飛び出すだろう。
Mは、いつもその違和感を大事にしてきた。しかし、ここにきて、能力者と遊ぶ事が面白く、上の寵愛を過信し過ぎていた。
能力者に伝わっているのは、間違いなく、彼が潜む別荘だった。
Mの側近の男は、Mが自室に引き上げるのを見ると、ヘリの動力を切った。
「あの方は、遊びに溺れる部下は要らないと‥」
小さく呟いた言葉は、Mには伝わらない言葉であった。
●リプレイ本文
●00:00
島にある三つの別荘。
島の地理、別荘の見取り図、それらは、救出した少女と、和臣・ブラウンから聞き込んでいた。その詳細を、能力者達は覚え込む。
真夜中の島。
静かな波が、その島へと打ち寄せ、星明りの中、彼等を乗せた小船は、目立たないように接岸される。操舵者はUPC軍人だ。
各人に手渡される暗視スコープ。
それを覗き込めば、暗闇でも、行動の制限がかからない。軍も本気だという事だった。
各屋敷に踏み込む為の決行時刻は、明け方04:30。
時計を合わせ、各班に分かれて、能力者達は静かに島に散らばった。
虫や鳥の密かな気配はするが、夜だからか深としている。それは、あるいはキメラが居るからかもしれない。
漆黒の闇は、地上には何所にも無い。暗視スコープを外しても、目が慣れれば、ある程度の濃淡はつく。月が無ければ、星明りが、夜とは、そういうものだ。しかし、戦いをするのならば、僅かな明かりでは、よほど訓練された者でしか無理だ。平坂 桃香(
ga1831)は、監視カメラの有無を、確認しつつ歩く。しかし、隠されていれば、それを見つけるのは困難だ。誰にでもわかるように設置されているはずが無いのだから。それでも、確認しないよりは良い。いくつか、目立つカメラを見つけて、回避する。
ゴールデンシャワーの大木とみられる木を発見する。この別荘も、門のような木が目印にあるだけで、周りの自然に溶け込んでいる。完全なプライベート用の島なのだろう。
桃香は手順をしっかりと確認する。彼女の思考をしめるのは、作戦の成功への道程のみ。Mへの心情も、作戦に対する心内をも明かさない。どれだけ気持ちをかけても、作戦が失敗しては仕方が無い事を十二分に知っているのかもしれない。
別荘から身を潜ませる灌木のある場所ぎりぎりまで接近すると、桃香は足を止めた。
「気を引き締めていきましょう」
和臣に語りかける流 星之丞(
ga1928)は、また罠かもしれないと、言葉にする。それはもうすでに仲間達の共通認識となっている。Mがからんだ話に、罠が無いはずが無いのだ。
「時間は掛かったが、ここまで追い詰める事が出来たな」
仲間達と同じように潜みながら、伊河 凛(
ga3175)はMという男と関わりあった時間を振り返る。正面からの突入は避ける。窓は多い。その何処かから、突入が出来るだろうと。
何の情報も無い、最後の別荘を、ファーザー・ロンベルト(
ga9140)は探査の眼で探る。
何も無ければそれで良い。
しかし、そこには人の痕跡がある。
慎重に隠された道。
その道は、高台から続き、別送へと入り、海へと下って行く。嫌な感じだ。ロンベルトは呟いた。
「何が出ますか‥‥」
「静かだよね」
一番海に近い、その別荘にも、能力者達が潜む。仲間達はまだ他の別荘へと辿り着いてはいない。大泰司 慈海(
ga0173)は、中腹の別荘へと向かう和臣に心配げに声をかけたのを思い出す。Mにもし会っても、殺してしまわないようにと。生かしておけば、バグアに対するなんらかの情報が引き出せる。和臣の心情は理解出来るけれど、それとMの捕獲はまた別の話だから。
ここが正念場という事なのだろうと、慈海は思っていた。係わり合いは薄いが、その男の犯罪は聞くに堪えないものばかりだった。Mは罰を受けなければならない。そして、苦しまなくてはならない。一瞬で楽になる死など与えるのは軽い罰だと。何よりも、聞き出さなくてはならない事が多い。キメラの入手先。攫った人が渡る先‥‥。
そんな慈海に、努力すると、和臣は答えていた。
(「Mがキメラに襲われて死ぬ‥‥なんてのも嫌だね」)
「何所までも、ふざけた話だな」
上陸した瞬間、三間坂京(
ga0094)は、覚醒をしていた。Mがらみ。何がどう転んでもおかしくない。外見にこれと言った変化も無く、練力を大量に保持する京だからこそ出来る事でもある。
島の見取り図には、ヘリポートらしき場所も記載されていた。そのヘリポートを使わない事などあるだろうか、下2つの別荘で何かあれば、すぐに飛び立てば良いのだから。
全ての手掛かりは、一番上の別荘へと向かっていた。ハーンノックユンファランの赤い花の葉。少女と和臣の証言。Mはここだと声を上げるような事実に、能力者達は逆に疑問を覚える。今までが今までだ。
日の出まであと僅か。
隠密行動を発動し、高台の別荘へと接近するのは御影・朔夜(
ga0240)とオリガ(
ga4562)だ。
監視カメラは、見えるものは全て確認した。
見えないものがどれだけあるのかわからないが、とにかく、目立った場所からの行動は回避出来る。
Mはここに居るのだろうか。右眼は水銀を湛えた球体に変わり、右目を中心に楔文字が、鎖が絡みつく様に肌に浮かび上がっている。オリガは、先日の依頼を思い返し、僅かに眉間に皺を寄せる。恋人に、あまりにも似た女性を再び目の前で失うという事は、和臣にとってどれほど心に負う出来事だったのだろうか。その痛さは、涙が零れるかと思うほどの衝撃だった。
(「泣きませんけどね」)
オリガは、揺らぐ心を抑える術を知っている。逃がしはしないとMを思う。和臣は殺したいだろう。でも、殺すわけにはいかないのだと。
ヘリポートには、小型のヘリがあった。流石に、ヘリに乗り込み、画策するには目立つ監視カメラを見つけ、近寄れなかったが、あれに乗り込まれるとやっかいではあると思う。
黄金の獣の瞳と流れる銀髪。漆黒の炎を闇に溶かし、朔夜は薄い笑みを浮かべていた。じき、決行時間だ。
●04:30
戦闘は、3箇所で始まった
監視カメラの有無を確かめつつ慎重に進む事は良かった。けれども、どうしても、突入時は監視カメラにその姿を晒す事になる。
彼等の姿は捕らえられていた。
中腹の屋敷に踏み込む瞬間、絶叫が響き渡る。
ふわりと、髪が青白く夜の闇に浮かぶ。覚醒をした桃香は限界突破をかけて窓をぶち破る。強化硝子。覚醒しなければ、打ち破る事が出来ない硝子であった。そして、邸内に踊り込めば、目の端を過ぎる姿がある。
キメラ。小さな虎のような姿のそれが、襲い掛かる。
「っ!」
手にした月詠を降り抜けば、手応えがある。小型の獣の絶叫が尾を引いて消えて行く。と、同時に、調度品も薙ぎ払ってしまう。屋敷内が広いとはいえ、日本刀を振るうのは、厳しそうだ。ショットガン20に持ちかえ、油断無く走り出す。
何匹も現れるナイフプチャット全てに攻撃は届かない。強敵とみるや、その脇を抜けて走り抜ける。
桃香は、それに目もくれない。
急げば助かる命があるかもしれないからだ。
「すいません‥‥目的がMなのは良くわかっているんです」
淡い新緑の色に髪と瞳を変化させ、星之丞は和臣や仲間に謝るが、仲間達とて、出来れば屋敷の人を助けたい。それは同じだ。各々が武器を構えて邸内の悲鳴が上がる場所へと向かい、走る。
「ちっ! 毎度毎度、気に障る奴等を放つ‥‥人として道を踏み外した結果か‥‥。救えない奴だ」
僅かに、苛立ちを浮き立たせ、凛はカプロイアM2007を構え、和臣に後衛を頼めないかと声をかければ、俺で良ければと、和臣は二振りのアーミーナイフを抜き放つ。
一番下の別荘には、Mの部下とおぼしき男が居た。
ロンベルトのおかげで、さして接近を気づかれず、別荘内に突入する事が出来、その扉を見つける事が出来た。キッチンの食料庫のようになっているその扉を開けると、彼は居た。
背の高い細身の男は、能力者達がやってきたのを見て、笑った。存外頭を使うものだなと。
職業軍人の‥‥もしくは、それに順ずる訓練を受けた動き。普通の人であっても、卓抜した能力を保有しているようだ。
「させねぇ!」
瞬天速。京の足が、男の自殺を止める。ざっくりと入る、ディガイア。殺しはしない。ただ、聞きたい事が沢山あるのだ。
「これも、神の御心というものでしょう」
血の涙を流しつつ、ロンベルトが目にしたのは、男が覗いていたパソコンだった。そこには、高台の屋敷と、中腹の屋敷が映っていた。
そうして、高台から逃走をするMの姿が。
「一箇所で見張っていたのがまずかったですかね」
「まあ、どちらにせよ、逃げられはしないだろう。狩りの時間という事だ」
オリガと朔夜は、慈海からの連絡を受けて、Mが逃走するヘリポートへと向かう。
銃弾が、2人に飛ぶ。
ヘリから降りた、Mが撃ったのだ。ヘリはどうやら、動かないようだ。
「精々足掻き抜け‥‥。どちらにせよ、この“悪評高き狼”から逃げられなどしないのだからな‥‥!」
朔夜のシエルクラインが、Mを狙い打つ。しかし、間にヘリを挟み、致命傷には至らない。
「自害など‥‥させたくはありませんね」
ここまで来たのだから。オリガもシエルクラインで狙いをつけて、発砲した。
●05:00
灌木の中を走る。
「殺すなよ」
凛は色を無くした顔をしている和臣を静止する。M逃走。それは、中腹の能力者達にも連絡がいった。
中腹の別荘には、息絶えた人もいれば、無傷の人も居た。後からわかった事だが、ナイフプチャットの入っていた檻の開くのが遅かった。それは、同時に突入したおかげでもある。一番下の別荘で、部下のパソコンで開くようになっていたのだ。次々に開いた檻は、全部で10。門の前に多く置かれたそれは、窓から突入した能力者達の行動が僅かに早く。
「なんとか、半数の方は助ける事が出来て良かったです」
桃香は、傷を負った人を救急セットで応急手当をしてきた。全部とはいかなかったが、助けられて良かったと、心底思う。
だが、人命を優先する彼等は、ナイフプチャットを何匹も島へと放ったままにしてしまった。逃走したナイフプチャットは、キメラ故に繁殖はしないだろうが、また、探し出して退治しなくてはならないだろう。
Mは逃走をしている。
手傷を負ったMの血痕が点々と、彼の居場所を教えてくれる。追いつくのもそう時間はかからないだろう。
「M‥‥僕はお前を許さない」
星之丞が、呟く。その男に泣かされる人はもう見たくない。そして、Mを捕まえる事が、Mが手がけていた人攫いの行く末──バグアの一端に繋がるというのならばと。
銃声が、何度も聞こえる。朔夜とオリガだろう。
仲間達が、そろう頃には、Mは瀕死になりながら、その戦闘能力を奪われていた。卓抜した能力を持っていたとしても、所詮、人である。エミタを埋め込んだ能力者にはかなうはずが無いのだ。
朔夜は、冷たい眼差しで、しくじったMを見下ろした。何の感慨も無い。所詮同じ穴の狢と。手段を選ばず、使用人を無残な遊び道具にする、それすらも、昨夜にはどうでも良い。これは依頼だ。だから、捕まえた。それだけの事。
「遊びが‥‥過ぎたと‥‥」
すぐに、猿轡をかませ、手錠で捕縛しようとする慈海の横で、そんな状態でも、笑いながら言うMに京は問いたい事があった。
「‥‥手前の遊びに付き合わせたあの子の親父さんは今何処に居る?」
あの子と聞き、怪訝そうな顔をしたM。彼には、心当たりがありすぎるのだろう。だが、能力者が絡むあの子なら。思い出したかのように、また、血反吐を吐きながら笑うと、苦しみの無い世界に先に旅立って貰ったのだよ、素敵だろうと、喘ぎながら言った。
京の蹴りが、誰が止める間もなく、反射的にMに入った。
舌を噛み切るほどの力も無いMと、かつてMの部下だった男。そして、使用人だった人々を数人連れて、能力者達は帰還した。
その男達は、もう二度と軍の施設から出る事は無いだろう。
●ヨーロッパ某所
タイの別荘の報告を受けた彼女は、その赤い唇を僅かに笑みの形につり上げた。
戦いの気配が沸き立ち、治まらない前線も、嫌いでは無いない。ヨーロッパ戦線。力を持って版図を塗り替える、戦い。
あからさまに戦い、押さえつけ、踏みにじるのも悪くは無いが、それは、弱者の団結を生む。現に、各地では反撃の狼煙が上がっている。
「敵が同じならば、思想はどうあれ、弱いものも強いものも手を結ぶものよ‥‥戦いは当然の結果ですわね‥‥博士‥‥」
緩やかに波打ち、背に落ちる黒髪をすき、ヨーロッパ戦線のラジオ放送に苦笑する。
「‥‥気に入っていましたのよ。残念ですわ」
しゃらり。黄金のバングルが、褐色の肌を滑り落ちる。真っ赤な長い爪が、ディスプレイに映る島をなぞる。Mと呼ぶ、13番目の部下に与えた島だ。
気に入っていたのは、Mなのか、それとも島なのか、そのどちらもなのか。
バグアとの戦いは、目に見える物質的な戦いだけでは無い。もちろん、戦線を勝ち抜き、人類の版図を取り戻すのは当然の事だ。けれども、その心に巣食う、いいしれない悪意に翻弄される。
KVを駆り、エミタによって覚醒した能力者がキメラを狩る。それは、目に見えて人々に安心をもたらす戦いだ。
そうして、もうひとつ。
どうにもならない状況に落とし込まれた人の心は、物質的に救われても、何時までも苛まれる。ふとしたはずみに生々しい傷跡がまだある事を思い出すのだ。
人の奥底に眠る悪意。
それを具現化するのが特に好きなのだと。彼女は笑うのだった。