●リプレイ本文
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「あのお屋敷か‥‥懐かしいな‥‥」
本部で、ふと目を止めたのは、朧 幸乃(
ga3078)。楽しい記憶に笑みを零す。
「‥‥仮面舞踏会か。たまには息抜きも必要かも、な」
鯨井昼寝(
ga0488)から打診のあった誘いを本部で確認すると、煉条トヲイ(
ga0236)は、何処か寂しげな笑みを浮かべた。ここの所、連戦であった。その戦いの中、強敵が相次いで鬼籍へと旅立っていた。それが知らぬ間に心の一部を疲弊させていたのを、トヲイ自身ははっきりと認識はしていないのかもしれない。
「まぁ、仮面舞踏会っ! 素敵ですのv」
ふふっと笑うロジー・ビィ(
ga1031)は、本部での招待を見て小首を傾げる。
仮面を被るという事は、何時もとは違う一面をきっと見れるはずであり、自分もきっと見せれるのではないかと。
「仮面舞踏会! 浪漫ですねっ」
ふむ。と、立ち止まる叢雲(
ga2494)は、何時もの笑みを浮かべる。
「仮面、舞踏会ですか」
(はてさて。仮面で覆うようなココロはあったかどうか)
当然行くのだろうといわんばかりの不知火真琴(
ga7201)の姿に、まあ、当然のように叢雲もついて行く。満面の笑顔の真琴からは、悩みの一部が抜けたのか、少し前の憂いは無く、何よりだと叢雲は心中で頷きながら。
「何年ぶりになるのかしら?」
招待状を出した屋敷には覚えがある。懐かしさにリン=アスターナ(
ga4615)は目を細める。火のついていない銜えたばこが笑む。
(折角だから、と思ったのだけれど‥‥)
思うのは、大切な人。けれども、どうやら今回は予定が合いそうになさそうだと、リンは首を横に振る。
けれども、ダンスの相手には事欠かなさそうだと、参加する仲間達を見て笑みを浮かべた。
●
ストレートチップの黒皮靴が、細い道を歩く。中庭へひとり出ていたのはUNKNOWN(
ga4276)。
兎皮のシルクハットを、軽く被り直した。仮面は瀟洒な細工物。何処か骨董の香りを漂わせる。
テーブルを見つけると、そこに、持ってきたウィスキーを置くと、ホワイトシルクの手袋をした手が、からころとグラスの氷に音をたてさせる。ちらりと袖からのぞくのは、古美術品と言っても良いカフスだ。
琥珀色のそれを一口含むと、UNKNOWNは、ヴァイオリンを手にして、セレナードを弾き始める。
卓抜した腕前だが、彼にとってはこれはほんの趣味程度にしか過ぎない。
静かな時間。
思い思いに過ごす仲間達は、この中庭の音をかすかに聞き取るだろうか。
ロイヤルブラックのフロックコートが、暗くなり始める庭へと、UNKNOWNを溶け込ませる。
胸元に赤薔薇の生花をつけた、真っ赤な薔薇柄の黒いロングドレス。同色のハイヒールがちらりと足元から除く。仮面は白に金の月桂樹があしらわれている。
「戦いばかり、今も昔も。何も考えずに踊りたいの」
メシア・ローザリア(
gb6467)は、クローカ・ルイシコフ(
gc7747)へと、この曲をお願いと、曲目を伝えれば、笑顔で頷かれる。
「それは、弾くつもりでした」
「お願いね」
「はい」
音楽が、部屋に馴染むのを、メシアは待とうと思っていた。
そして、クローカへと告げた曲を思い返して、視線を落とす。愛の悲劇。
「真実を知らなければ、喜劇なのに」
(‥‥礼服なんて着たこと無いはずなのに‥‥)
クローカは、燕尾服が不思議と馴染むのを感じていた。
ピアノの前に座ったクローカは、楽隊の人々へと会釈をすると、考えてきた曲目を伝える。
その曲目をざっと見た楽隊の人々は頷き、大丈夫との笑みをクローカへと向ける。
最初に弾くのは穏やかに、軽やかに。みんなの心をワクワクと盛り上げる様な楽しさを込めた曲が流れ始める。
「お久しぶりデス‥‥現地は馴れましたカ? さびしくないですカ?」
「ありがとうございますのっ!! こうして、皆様にお会いできますし、ちょこちょこ、本部にも戻っておりますので、元気いっぱいですのっ」
ラサ・ジェネシス(
gc2273)は、ティムの元気そうな姿を見て、良かったと笑う。
「ティムさんのドレス姿もお綺麗なのですよーv」
「真琴様のドレス姿に、こう、感激! ですのーっv」
ティムと真琴は何時もの様に、きゃっきゃとハグり合い、真琴は、ティムを見てふと思う。
女友達に彼氏が出来るのは嬉しい事なのだけれど。
(いつも仲良しなティムさんにも、いつか彼氏さんが出来たら‥‥)
寂しく思ってしまうのだろうかと。
と、くるりと振り返ったティムが、ぐっと詰め寄って、ジト目をした。
「ティ‥‥ティムさん?」
「また、私の大好きな方が、彼氏持ちさんに変わってしまったのは、寂しい限りですの!」
「彼氏というのかな」
ぶんぶんと首を縦に振るティムを見て、そうなのかなと、真琴は思わず考え込むのだった。
銀狐の意匠をあしらった仮面を被ったリンは、黒の燕尾服で、颯爽と歩いてきた。その様は、まるで男性のよう。胸にはカトレアの花が一輪、細い銀と金のリボンが華やかに縁取って踊っていた。
「タイで沢山お手を拝借させてもらったのに飽き足らず、また拝借しに来たわ。シャル・ウィ・ダンス?」
人が離れた所で、リンはティムを捕まえて、軽い笑みと共に手を差し出す。
「もちろん、たくさん拝借して下さいですの! 相変わらずカッコいいですの。狐の仮面もステキですの」
ティムが、男性と見間違うほどの立ち姿に、一瞬目を見開いたのを見て、リンは笑う。
「ほら、狐って狡賢いでしょ? 仮面の奥では何を考えているのか、とね」
満面の笑みを浮かべたティムが、リンの手を取ると、音楽に合わせて、床を踏みしめ、踊りの輪の中へ。
綺麗な青い仮面を被っているデラードへとラサは、ぺこりと挨拶。
「こんばんはデラード殿、今日の我輩は普通のラサでス」
「了解だ。シスター・ユリドー」
「デラード殿っ!!」
可笑しげに笑うデラードに、ラサはぷんぷんと言った風に睨めば、わかってると、笑われる。
「そういえば、スカイフォックス隊はそろそろスペースフォックス隊になるのカナ?」
「いいや? 空は宇宙(そら)に繋がってるだろ? 俺達は何処まで行ってもスカイフォックスだぜ」
「了解でありまスヨ」
こくりとラサは頷くと、逡巡するエイミー・H・メイヤー(
gb5994)をデラードの前に押し出した。
エイミーは、意を決したように顔を上げれば、怪訝そうな雰囲気のデラードが目に入る。
この場に来るのは勇気がいった。
「ささ、お姉様がんばるのデス、仲良くしてみんなハッピーだと、我輩は嬉しいナ」
「まず、これまでの言動申し訳なかった。もうしないと誓うよ」
開口一番、謝意を述べると、エイミーは深々と頭を下げる。
「でも、レグの名誉の為に誤解は解きたい」
滔々と己の心が感じたまま、語るエイミーが、語り終えると、デラードの深い溜息をエイミーは聞いた。
「話にならんな」
デラードは、マスクを外した。
地雷を踏んだ事を、エイミーはこの瞬間に感じた。
謝意だけならば、これから幾らでも関係の修復はなっただろう。
もうしないと言いながらも、言い募ったのは何故だったのか。
「レグの為‥‥ね、そう言えば、俺が何でも頷き、聞くと?」
綺麗な青いマスクを被り直すと、肩を竦めるデラード。
エイミーに向き直るその目は、憐憫の眼差しだった。
「存外にお子様だった訳だ。お子様は、人の恋愛に首突っ込むのは十年早いぞ? 片思いじゃなくて、誰かと両想いの、忘れられない恋愛をひとつふたつしてから、また、お兄さんとお話ししようか?」
デラードは誰にでも見せる笑みをエイミーに向けると、背中を向けた。
小さな花が揺れる。ラサだ。
「おまえさんは良い子だな。だが、人と人との仲介はマイナスになりがちだぜ?」
真剣な話をしたいのならば尚更。間に人が入るとこじれる。そう、酷く優しい眼差しでぐりぐりと、頭を撫ぜられた。手を振り、踵を返すデラードの後姿を見送り、ラサとエイミーは顔を見合わせる。
「とりあえず、踊りまショウ」
ここは仮面舞踏会。【OR】ゴシックサンドレスの白い裾がふわりと揺れる。
顔を上げたラサは、にっこりと笑みを浮かべれば、ふと、師匠の姿が目に入った。
漆黒のスマートなフロックコート。臙脂のタイ。ちらりと見えるカフスは深い赤の宝玉。胸元には、チーフというよりも、コサージュに近い程、臙脂と黒の繊細なレースが溢れて零れる。臙脂の仮面を被ったアルヴァイム(
ga5051)は、頭上に花を揺らす弟子がこちらを見つけた事に笑うと、手を差し伸べる。
「一曲どうかな?」
「感激の行ったり来たりデス」
くるんと飛ばすかのように、アルヴァイムはラサをダンスの輪の中へと連れて行く。
(舞踏会は前歴の仕事で何度かあるが、夜会と言うのは初めてだな)
アルヴァイムは、漂う中世の雰囲気に目を細める。
(ま、こういう経験も悪くないか)
わくわくとした雰囲気のラサを見て、穏やかに笑い、踊りながら、周囲をざっと見渡した。
音楽は、絶え間なく、時を刻んでいる。
クローカは、顔を上げれば、楽隊の人々が軽く頷く。
甘くゆったりとしたひとときを願う曲へと曲調が変化する。
何処か切なさ、寂しさが入る曲だ。
夢守 ルキア(
gb9436)は、メシアへとすっと手を差し出す。
「今日初めての曲は、私と踊ってくれませんか?」
うやうやしくお辞儀をすると、タキシードを着こんでいるルキアはメシアの手を取った。その仮面は、顔の半分以上を隠す、怪人の仮面。
「きみとなら、誰よりも美しいダンスを踊れるよ」
「お手並みを拝見するわ」
「お望みのままに?」
艶やかに笑うメシアの手をとり、ルキアは綺麗なリードでフロアの中央へとゆっくりと進み。
胸に白薔薇をあしらった、青と白の色が揺れる、バラの花が広がったかのような裾のドレス。レースのパゴダスリーブの袖がかろやかに揺れる。青の仮面のこめかみ近くには、白薔薇の意匠。
「ふふ。初めて会った時を覚えてまして? アンドレアス。あの時も、仮装パーティでしたわね」
笑みを浮かべるロジーに、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)は、笑みを返す。
「‥‥ふ。流石、似合うな」
黒のタキシードに、グレーのシルクシャツ。ちらりと胸元にのぞくのは、赤のベスト。首回りにはブラックタイ。銀鎖のアクセサリーが袖に、胸元に、騒々しくなく揺れる。僅かに羽のついた仮面は、沢山の色が散りばめられている。
「Shall we dance?」
白薔薇を、すっとアンドレアスの胸元に差し入れると、ロジーは艶やかに笑う。
その手を優雅に取ったアンドレアスが、慣れた仕草で、ワルツに乗って部屋の中心へと連れて行き、足を踏み出せば、流れる様に、ひらり、ひらりとロジーのドレスがワルツに踊る。
ロジーの仮面を見、自分の仮面をもアンドレアスは思う。
顔を隠せば、心が露になるのだろうか。
いつも通りのロジー。いつも通りの自分。友人として、長く共に戦い、集った。戦友としてのロジーをずっと大切にしてきていた。けれども、折々に揺らぐのは何故だろうか。揺らいだ後に、何時も落ち着く気持ちは同じだった。
今までは。
では、これからは?
未だ惑っている。未だ、
決定的な何かは無い。けれども。
アンドレアスは己の心が掴みきれずに、僅かに笑みを浮かべる。
曲がひっきりなしに変わる。
フロアに華やかな色が踊る。
休憩に入る仲間達の姿も見られるようになってきた。
「今の曲は?」
「ん? ああ‥‥」
アルヴァイムは、一息ついているアンドレアスへとグラスを手渡す。
ひとしきり音楽の話をした後に、アルヴァイムはアンドレアスに向き直る。
「今の心境とか聞いてみたいと思ったのだが」
「心境ね‥‥戦いの?」
「いろいろかな。大規模も近い」
小隊の仲間だ、何かあればと思ったのだが、それはまた小隊で詰めようかと二人は笑う。
トヲイは、控室から現れた昼寝に、手を差し伸べる。
「一曲、お相手頂けますか?」
「もちろん」
腰から下は何層ものフリルが広がる、純白のドレス。すっきりとした胸元には、ピンクの花のコサージュが揺れる。同色のヒールが床を捉える。伸びやかな手足。昼寝は、手を取るトヲイの様子が何処かおかしいのに気が付いてた。
ステップが早い。挑むようなその動きに動じる事の無い昼寝は、笑みを浮かべつつ、軽やかについて行く。
「――流石は昼寝だ」
「当然?」
くすりと笑う昼寝は、明るい瞳をトヲイへと向ける。
「もう少し良いか?」
「もちろん!」
(人に懐かない筈の野生の獣が、どういう心変わりか、歩み寄ってくる様は、非常に、くすぐったい気分にさせられる――)
何時になく、積極的なトヲイに、昼寝は随分と随分な感想を楽しく抱きながら、鍛えた身体の赴くままに、何曲ものダンスを休みなく踊り続ける。
レーゲン・シュナイダー(
ga4458)は、目が合ったデラードにハグられる。
「おめかしだな、レグ!」
「どうして、解ったんですか‥‥?」
「? 変な事聞くな、何処からどう見てもレグだろ」
「‥‥へ、変装してみたんですが‥‥」
深い緑の蝶のモチーフの仮面。瞳にはコンタクト。いつもはあまりしない大人びた化粧。パットを何枚か入れたゴージャスなスタイル。茶の髪は銀髪の巻き髪ウィッグに押し込んだ。ぱっと見には、レーゲンとはわからない。
「ああ、そうか、仮面舞踏会だもんな」
屈託なく笑うデラードに、レーゲンは自分の暗い考えが、まったくの根拠のないものだと気付かされる。
「‥‥あの、試すような事をして、ごめんなさい」
「何が?」
「だって‥‥」
もしも気が付いてもらえなかったら、このまま立ち去ろうと思っていたのだ。
半泣きになったレーゲンに気付くと、デラードは手を引いてプールサイドへと出る。
蒼い光が差し込む。
寂しかった会いたかった。もっと一緒に居たい。
レーゲンはないまぜになった感情を抑える事が出来なかった。
ぼろぼろと涙が零れる。
「俺は、公人でもあるから‥‥どうしたって始終一緒に居てやれない。それでもいいかって、前にも聞いたよな? もう一度聞くぞ。俺でもいいか? 俺はレグがいい。愛してる」
ぐっと胸に抱きかかえられて、レーゲンはこくりと頷いた同じ気持ちでいるから。
「‥‥Ich liebe dich」
――愛してる。レーゲンは小さく呟いた。
ダンスは、今は二人とも必要ないようだった。
胸元の大きく開いた、ターコイズグリーンのマーメイドラインのドレスの裾をさばき、見知った人々が楽しげに踊る様をみて、笑みを浮かべていた幸乃へと、アルヴァイムが手を差し出した。
「さて、どうかな?」
「‥‥あら‥‥思わぬ方から‥‥もちろん‥‥私で良ければ、喜んで‥‥」
幸乃は、アルヴァイムへと、くすりと笑うと手を差し出した。
「また、頼む」
「‥‥ええ、始まるわね‥‥」
小隊【アークバード】は歴戦の履歴を持つ。また始まる宇宙への大規模な戦いを、こなれたメンバーを率いて戦いに赴くのだ。アルヴァイムは、穏やかに笑う朧へと信頼の笑みを返す。
黒く長い髪が、歩く度についてくる。
僅かにトライバル模様の入った真っ赤な仮面。同色よりも僅かにシックなワイン色をしたフロックコート。フリルのふんだんについたブラウスは、袖からも溢れている。黒いサッシュの先には金糸が混ざり。
「どうも」
「おう」
長い金髪を見つけると、叢雲は軽く会釈すれば、相手も自分をすぐに見分けたのだろう、挨拶が返る。
仮面と言っても、顔半分を隠すだけ。全部覆っても、問題は無いくらい、良く見知った顔が覆い。
(随分と、知り合いも多くなりましたね)
傭兵になってからどれくらいの月日が経っただろうかと、ふと思う。
前にこの場所に来た事を思い出していると、準備が整った真琴が顔を出したので出迎えに。
真っ白なドレスは、裾がひらひらと炎の様に広がるカットだ。歩く度に、金色のチュールがちらりと見える。少しだけ軽く結い上げた髪には、赤と金のリボンが見えるか見えないかの配分で編み込まれ、金の薔薇のヘアピンでとめてあった。仮面は白。けれども、片目の下に金の涙が描かれた道化風。
叢雲を見て、一瞬固まるが、ここは思い切り遊びに来たのだ。そう自分へと真琴は頷く。
満面の笑みを浮かべた真琴に叢雲がうやうやしく手を差し出せば、二人は軽快にワルツのステップを踏みながら踊りへと加わる。
「傭兵になってからの方が踊りとか、こういった技術が上手くなったような気がしますねぇ」
「あ、それはあるかも!」
仮面越しの叢雲との会話は、何だか不思議な感じだと真琴は思う。
叢雲は、自分の事が好きだと真琴は確信している。けれども、叢雲は何も変わらない。
ただ静かに何時もの様に側に居る。
「何ぼけっとしているんですか? 足踏みますよ」
「! 踏んだら蹴る!」
「ほほう」
「う‥‥ごめんなさい」
「わかればいいんです、わかれば」
(今までは‥‥)
真琴は、ふと遠くを見た。
今までは、好かれるにしろ嫌われるにしろ、必ず何か関係の変化を求められたように思う。
けれども、それは真琴には出来ない事で。どう伝えようかと、惑い、考えている間に、相手が先に結論を出し、去って行った。それはそれで、間違ってはいないのだけれど、そういう感情のやりとりが苦手だった。
なのに、叢雲は違う。
「‥‥踏んで欲しいとか」
思考に囚われていた真琴は、叢雲のイイ笑顔に、我に返り、ぶんぶんと首を横にる。
ならよろしいと笑う叢雲は、今までと同じであり、少し優しい。その距離感はかえ難いもので。
(私のどこが良いのかな‥‥)
真琴は、少し自分の感情を持て余していた。
論理立てた思考など、恋愛に必要ないと知るのは何時だろうか。
一息ついたところで、真琴はアンドレアスと目が合った。
「あのですね、アスさん、もしよかったら、一曲いかがかななんて思う訳ですよ」
アンドレアスは、真琴を見て、軽く目を見張るが、何時もの様に笑みを浮かべる。
「いいぜ。では、お手をどうぞ? 少し行ってくるな」
「はい、どうぞv あたしは喉が渇きましたから、あちらで休んでいますわ」
ロジーは、アンドレアスと真琴を見送ると、その背を見てなんだか安堵する気持ちになった。
「‥‥何でしょうね、これは」
つと、胸に手を置いて小首を傾げる。
仲良しの友人に戻った彼等を見てホッとする自分も気持ちはなんなのだろうかと。
「何がだ」
「あら、珍しい」
かかる声に、ロジーは破顔する。アルヴァイムが、すっとロジーへと手を伸ばす。
「手が空いたようだな、では?」
「もちろん喜んで?」
古い馴染みだ。小隊の仲間として、何時も共に戦いに向かう。
「こうしていると、戦いは遠いですけれど」
「ああ、これが終われば、また手を借りる事になるだろうな」
「任せていただきますわ」
「当然、あてにしている」
くるり、くるりとロジーのドレスが揺れる。
視界の端には、金色の髪が何時も、見えて。
互いに仮面を被り、踊る。
仮面越しのアンドレアスを見て、真琴は不思議な気分になる。友以上の関係にはなれなかったけれど、去る事も無く、変わらぬ友で居てくれる、そんな、稀有な人。
仮面越しならば聞けるだろうかと。
「あのですね」
「何だ?」
「どうして、うちを好きになったのでしょうか」
アンドレアスは思わずダンスの足が止まりそうになるのを、慌てて持ち直す。
「あのな‥‥それを今、俺に訊くのか。意地悪だな」
とても好きだった。特別な人になって欲しいと願ったのは夏の日。花火のように散った、その思い。
少し考えて、アンドレアスは、言葉を選ぶ。
「個人的経験から答えるなら、気に入った所があるから恋に落ちる訳じゃない。本当に『落ちる』としか言いようがないんだ。そんな事故みたいな想いが世界を変える。その人がいる世界は生きる価値があると思える‥‥ま、俺の場合な」
そう、恋はするものでは無く、落ちるもの。
ふと気が付けば、もう、その人でなくてはならなくなっているのだから。
考え込むような顔をした真琴へと、アンドレアスは言う。
「真琴は考えすぎなんだよ」
「そうでしょうか」
「そうそう、Don’t Think Feel! ってな」
ワルツの最後の一小節をアンドレアスは聞き取り、くるりと真琴の手を離して、笑った。
リンは、こちらへと向かってくるアルヴァイムを見て、笑みを浮かべる。小隊の隊長である。
「こんな場所で顔を見るとは思わなかったわ」
「皆、口を開けば‥‥私とて、多少の覚えはあるが」
苦笑するアルヴァイムへと、リンが笑う。
「そうね、悪かったわ」
「ドレスで無いのが多少残念ではあるが?」
お手をどうぞと、アルヴァイムが男装のリンへと手を差し出した。
「あら、じゃあ、お願いしようかしら。こういうのも悪くないわね」
「そうだな」
子気味良いステップを踏みながら、ダンスの輪の中へと。
「物悲しい音がする」
ルキアが楽隊へと目をやれば、曲調が再び変化する。一夜の夢に浮かされるように、煌びやかさと仮面の下で蠢く心の対比を神秘的に映し出せるようにとクローカが選んだ曲だ。
「一曲いかがでしょうカ?」
「一曲いかがでしょうか?」
ラサとアルヴァイムは同じことを考えていたので、時折かちあった。
つい、師弟は顔を見合わせる。
くすりと笑うメシア。
「可愛らしい方はごめんなさいね、こちらの殿方と踊らせていただくわ」
「行ってらっしゃイ」
ラサは満面の笑みを浮かべて手を振る。その人が楽しい方が、より自分も楽しいのだから。
「お上手ですね」
「ワルツは好きよ、母国でもよく踊りましたわ」
アルヴァイムがメシアを褒めれば、メシアは嫣然と頷く。
メシアが踊り疲れたならと、様々な準備をしていたルキアへと、クローカが手を出した。
「何?」
「踊って欲しいんだ」
ルキアは少し考える。未だ、メシアは戻る気配が無い。
クローカは、どうしても伝えたいことがあったから、手をひっこめない。
「お願いします」
「‥‥イイよ」
少しだけだよと、ルキアはクローカの手を取った。
ルキアは男装中であるけれど、クローカは構わなかった。きっとそうだろうなと思っていたし。
同じ喫茶店の店員という仲のルキアを、クローカは眩しそうに目を細めて見る。
ルキアは、道を見失った自分に、導きの手を差し伸べてくれた人だ。
奔放なルキアへと思う気持ちに形はつけられなくて。
憧憬でも無く、友情でも無く、恋慕でも無い。
ただ、伝えたい言葉があった。
曲が終わる。
「そろそろ、戻るよ。メシア君が戻るから」
「うん‥‥あのね」
「?」
「ありがとう」
「うん、じゃあ、またね」
「うん」
万感の思いを込めた、ありがとう。ルキアは少し小首を傾げ、クローカを見ると、踵を返す。
伝わっても、伝わらなくても。
(‥‥いいんだ)
ただ、自分が言いたかったから。クローカは笑みを浮かべて、ルキアの後姿を見送った。
●
「ふわあ、綺麗です」
水際の椅子に座り、その景色に目を細める真琴は、感嘆の溜息を吐く。
「何かもらってきましょう」
「はーい」
ひたひたと遠ざかる叢雲の何時もの足音に、真琴は何だか朦朧としてきていた。
「‥‥真琴さん?」
叢雲は、手にした飲み物をテーブルに置くと、椅子に座ったまま、寝ている真琴へと声をかけるが、むにゃむにゃとした返事しか返らない。すっかり爆睡モードだ。
「仕方ないですね」
やれやれと息を吐くと、ひょいと真琴を抱きかかえた。いわゆるお姫様抱っこ。
(今度は起きてる時にしたいですねー)
ふっと笑うと叢雲は、部屋へと向かった。
蒼い光の中、プールサイドに立つのはトヲイ。
「まるで、アクアリウムの様だな‥‥」
幻想的な光景に目を細めると、プールサイドに屈むと、手をプールに浸す。さわりと寄ってくる花をかき分けて掴めば、それは真っ赤な薔薇の花。その花に幾人もの強敵と、空に浮かぶ赤い星がダブって見えたかのように思う。
「‥‥今、俺達は赤い星の喉元にまで迫ろうとしている」
人類は宇宙へと向かう。その先にあるのは、バグアとの決戦だろうか。
(もう少しで望みが叶う。だが‥‥)
物思いに沈むトヲイを、昼寝が傍で見ていた。
何も言う事は無い。何を言われなくても、それで良かった。
カクテルを片手に、リンはプールを眺める。
蒼い光の中揺れる水面に目を細めると、覗き込んだ。
「‥‥残念。今回もあったら、割と本気で探してたんだけど」
沈んだ欠片。それを見つけたら、願い事が叶うのだと言う話があった。それは以前来たときの趣向。
自嘲気味な苦笑が浮かぶ。
(二人でゆっくり過ごせる時間が欲しいけど‥‥ね)
最近お互いに忙しく、会う事の出来ない大切な人を思い、グラスを傾けた。
「星が、近いな」
何処か遠くを見る様な眼差しで、UNKNOWNは夜空を仰ぐ。
空へと立ちのぼるのは紫煙。
夜が静かに更けて行く。
蒼い光は、各部屋のテラスへも射し込む。
アンドレアスとロジーは並んで思う事があった。
闇を背負った青年。
それは何時でもそこにある生々しい思い。
けれども。
アンドレアスは、蒼白く光を受けたロジーをちらりと見た。
彼と、そしてロジーと。二人に対する『特別』の意味を違えてはいないだろうかとふと思った。
(‥‥わからない)
確かに言えるのは、二人とも生きる意味を与えてくれる、かけがえのない二人だと言う事だけだった。
「ワインでも飲みませんこと?」
振り返ったロジーが、にこりと笑った。
「お、いいな。飲もうか」
「綺麗なグラスもあったんですのよっv」
ロジーはテラスへとワインとグラスを運ぶ。
かちりと合わさるグラス。
ロジーは、蒼の光に染まる金髪の海賊を見て目を細める。
やはり、思うのは黒髪の青年。金と黒。共に無くてはならない。
(だけど‥‥あたしが今、欲しているのはどちらなのでしょう)
何時も隣に居てくれる金なのか、恋焦がれている黒なのか。
(どちらも大切で、かけがえのない存在‥‥あたしの『特別』)
変わらない思いは、二人の間に何時までも回っているかのようだった。
部屋へと引き上げてきたメシアはにこりと笑う。
「主としての権限を使っても構いませんわよね」
ふっふっふ。
そんな笑みが浮かんでいる。
「考えてみて、バトラーに女装は似合わない」
「あら? 主に逆らうの?」
「うーっ‥‥」
ルキアはメシアを上目づかいにちらりと見た。
昔は、可愛い姿に憧れた事もある。
でも。
思い出したくない過去がある。
それは、心の中の鍵をかけた小箱に入れてあり、絶対に言えないけれど。
さあ、さあと言う感じのメシアを見て、ルキアは溜息を吐いた。
「しょうがないなあ」
嫌だと言う思いは、しばらく凍結していてと、ルキアは自分の心へと呟く。
だってメシアの頼みなのだから。けれども、武器はすぐに手に取れる場所へとしのばせる。
メシアは、ルキアの逡巡を把握していたが、表情には僅かにもあらわさなかった。
嫣然と笑うと、ドレスを次々にルキアに当ててみる。
「赤もいいけど、白もいいわよね。大丈夫よ、肌の傷などは手袋で隠せばいいの」
ルキアが何も言わないのならば、何も聞かない。
どうしても立ち上がれなくなった時に、手を貸せばいいのだから。
(それが、大人というものですもの)
可愛らしいドレス姿に着替えたルキアが鏡とメシアの前に現れて。
エイミーとラサは、同じ部屋に泊まる。ラサは、ベッドにふっかりと飛び乗った。
「もう食べれないノダー」
幸せな夢を。きっと。
アルヴァイムは、一人、テラスで空を眺めた。遠く続く星空の向こうにあるのは。
自室のテラスでUNKNOWNはグラスを傾けた。幾ら飲んでも酔わないのだけれど。
ぽん。と、ベッドに寝かしつけた真琴を見て、叢雲はふと何時もの笑みを浮かべた。
軽く鼻を摘まんでみる。
「‥‥むー‥‥んー‥‥」
心中で大爆笑すると、手を離せば、すやすやと寝息を立てる真琴。
穏やかな笑みを浮かべると、叢雲はベッドサイドのスタンドの灯りだけの部屋で、静かに読みかけの本を開いた。頁をめくる音だけが、密やかに響いていた。
「舞踏会では‥‥すまなかった――俺の中には、昏い炎が渦巻いていて。時折、闘争への欲求に抗えなくなる事がある」
「ん? 別に?」
着流しを着て溜息を吐くトヲイに、昼寝がにこりと笑う。
本当に全く気にしていないのだ。気晴らしになれば幸いと思っている。
トヲイはそんな昼寝に苦笑すると、叶わないなと呟く。
きっと、本質は戦いを求めてやまない修羅なのだろうと、トヲイは自身を思う。
けれども。大海のような昼寝が居るのならば、何も。
「昼寝。お前は‥‥俺の炎を鎮めてくれる」
そっと昼寝の頬に触れたトヲイは、強引に引き寄せると口づけた。
何時もは自分の方が戦いやら様々に荒ぶり、昂ぶっているのだけれど、トヲイがそうなのは珍しいと昼寝は獣を抱きかかえる。幾らでも受け止める。今のトヲイが愛から来る衝動でなくても。今はそれでも構わないと。
(少しでも、楽になればいいね)
昼寝は獣の黒髪を撫ぜた。
落ち着いたレーゲンは、おまぬけな事をやってしまった自分自身を多少呪いながら(?)そっとデラードに包みを差し出した。
すぐ近くに大好きな人が居る。
(わうー‥‥)
とても嬉しくて、ちょっとだけ緊張。
「遅くなってしまったけれど、お誕生日おめでとうございます」
「ありがと」
ぎゅっと抱きしめられて、レーゲンは真っ赤になる。
もうずいぶんと長い付き合いであるけれど、今日はまた別である。
(‥‥そういえば‥‥)
そも、レーゲンは盛大な勘違いをしている。デラードが女性に声をかけるのは習い癖だ。もう、おはようというのと同じくらいの感覚である。仲よくなったり、気の合ったりする女性も多いが、全てに恋心があると言えば、全くのNO。である。付き合って欲しい、彼女になって欲しいと告げたのはレーゲンだけであり、自信に太鼓判をつけても構わないと、だから疑ったり嫉妬するのは愚の骨頂だと。先の依頼でスカイフォックスの銀狐が、言っていたのを思い出す。
さらりと衣擦れの音がして。
最初の一夜がレーゲンに優しく訪れた。
静かな水音が深夜のプールに響いた。ルキアだ。メシアが寝てから、そっと抜け出してきたのだ。
ぷかりと仰向けに浮かべば蒼い光の中、満天の星空が見えた。
「セカイを見たいんだ――」
全てを忘れないように。
消えたくないと、願ったヒトを知っているから。
浮かぶ花が、寄り添うようにルキアの回りに集まって来た。
静かな朝が来る。
夜の名残りが尾を引く夜明け前のしらじらとした世界。
ロジーは、鬱屈をすっかりと吹き飛ばし、朝の風を楽しんでいた。
と、見慣れた金髪が目に入り、ロジーは破顔する。
「よう、ロジー」
「アンドレアス。良い朝ですわね」
「だな」
並んで歩く庭園。
夢のような一夜が過ぎれば、いつも通り‥‥と、思った所で、アンドレアスは僅かに首を傾げる。
(元通りの友人‥‥なのか?)
「アンドレアス、コケますわよ?」
「ん、ああ。すまんすまん」
朝日が差し込む。
一条の光は、瞬く間に昨日を打ち払い、今日という日を連れてくる。
(‥‥本当に?)
ころころと笑うロジーに、アンドレアスは何か変わったのだろうかと思いを巡らせるけれど。
(アンドレアス。貴方が大切な事に変わりはありませんわ)
すっきり結論を出したロジーが満面の笑みをアンドレアスへと向けたのだった。
今日は昨日の続き。
そして、今日は明日への礎。
そうして、毎日が過ぎて行く。
結論も結末も次への通過点。きっと、誰もが。