●リプレイ本文
●沢山の灯
疲れた体は、ふらふらと暖かな灯の光りに誘われるようにそのカフェに辿り着く。
カフェ『しろうさぎ』。兎が僅かに立ち上がる素振りの銅像が、そのカフェの入り口の足元で、お客様を出迎えていた。
ウッドデッキへと直接入るエントランスがあり、その両脇に、橙色した灯が、高低差をつけ、幾つも灯る。入店した時点で、どうぞお持ち下さいと手渡される灯り。そして、未成年には銀のリボンが結ばれたジュースを。成人には、金のリボンが結ばれたワインがお土産にと渡される。
戦闘に参加しつつ、高校の試験も休まずにこなした自分に、ご褒美をあげなければ。九条院つばめ(
ga6530)は美味しそうな香りに引き寄せられる。
甘みを抑えたチーズスフレに白味噌のソースは、香り立つ緑茶で飲み下せば、蕗の薹の香りが際立ち、口当たりが爽やかだ。一口食べて、幸せに頬が緩む。
「まさに和と洋の『こらぼれーしょん』ですっ」
緩んだ顔の前を、すっと通った人物に、つばめは目を丸くした。名を呟いて、手にしたフォークをかちりと皿に取り落とす。
その声は、小さかったけれど、デラード・ズィークは気がついた。つばめを見ると、軽く手を上げた。わたわたと挨拶をすれば、お疲れさんと労われ。
つばめは、ふうと、息を吐いて、すとんと座りなおす。お疲れさんという言葉に、先の戦いを思い出す。僅かに温もりの落ちた背の高い耐熱グラスに入った緑茶を抱え込んだ。淡いお茶の香りと、橙色のランタンの光りが胸に迫る。
五大湖解放戦線は、ナイトフォーゲル──KVでの実戦の初戦だった。愛機の撃破。
戦いの最中はわからなかったが、今ならわかる。悔しさで溢れた心の波が引いていけば、確りとした絆がこの手に残り。
ゆらりと揺れるランタンの灯の光りに、無事だった仲間を思い、少し大人びた笑みが浮かび。ようやく気持ちが緩んだのか、穏やかな眠りが押し寄せて。
クレイフェル(
ga0435)は、満足そうにプリンを食べているデラードを見つけて、何やら礼を言えば、楽しんでくれたようで何よりと、笑い返される。
橙色した灯の灯るテーブルで、そんなクレイフェルを待っていた柚井 ソラ(
ga0187) は、お待たせしましたと目の前に置かれた白いプリンに、小さく歓声を上げる。今日は、全部クレイフェルの奢りなのだ。
チーズスフレの、春の香りのソースも良いが、プリンも捨てがたいと、ふたりは皿を交換して半分ずつ平らげる。クレイフェルは自分が作るならと、その組み合わせから新しい味を脳裏に描く。
人心地ついてから、はいと、ソラは、一枚の写真を差し出した。能力者になって、一緒にラスト・ホープへとやって来たはいいが、こうして同じ時間を過ごす事は少ない。
「懐かしいな‥」
美味しいスイーツと、久し振りにソラと過ごす事で、満面の笑顔だったクレイフェルの眉が、僅かに寄ると、手は自然と結ばれた髪紐を触る。その先端には、蒼い飾り玉がついている。
橙色のランタンの灯りが、懐かしい人との思い出を、ひとつ、また一つと浮かび上がらせる。
何所か切ない顔をしたクレイフェルを見て、ソラも、チョーカーについた蒼い飾り玉をそっと触った。おそろいの飾り玉だ。おそろいが、嫌だった。そんな季節は、とっくに過ぎて。形見となった今、それすらも、慕わしい思い出で。
「‥って、何しんみりしてもうてるんやろな? ばあさまにハリセンでつっこまれてまいそーや」
クレイフェルが、橙の灯りに落ちた沈黙を破るかのように、笑えば、それもそうだねと、ソラも顔を上げて笑い返した。
───後ろ見て凹んでどないするんや。前を見て楽しんで行かへんのは愚かモンのすることやで。
そんな、在りし日の言葉が脳裏に蘇る。
橙の残光を残して陽は暮れる。けれども、灯る灯がある。ソラは、にっこりと笑った。
「あのね、苺タルトと、三色ソフトクリームチョコナッツかけ、追加お願いします」
「って、おい‥」
「ふふん。奢りってクレイ言ったもんね」
「‥食べれへんかったら、俺が貰ってまうからな」
失ったモノは、大きかった。けれども、いつまでも失ったと立ち止まっていたら、何も掴む事は出来ない。先へと進むその手にしか、失ったモノを埋めるモノは見つからないのだからと。
ホットカフェオレの大きな白いボウルを抱えて、人待ち顔で席に着いていたレーゲン・シュナイダー(
ga4458)は、よう。と、声をかけられて、心底びっくりした。夜型のイメージの強いデラードが、プリン片手に手を振っている。
大規模作戦の労いの言葉と、安否の言葉を繋げば、UPC軍軍曹に、この問いかけは無かったかと、我に帰る。だが、デラードは何も気にした風も無く、KVも元気と、手をひらひらとさせ笑う。言葉を返す前に、彼女の待ち人がやって来る。
約束の時間に遅れてしまった。傭兵と同じくらいハードで激務な企業戦士を兼ねる蓮沼千影(
ga4090)は、大切な人との待ち合わせ時刻に到達するのも一苦労だ。息せき切って『しろうさぎ』に駆け込んで来れば、レーゲンと話しているデラードが目に入る。挨拶を一息に言い切り、ふうと、息を吐いて微笑めば、そっちも元気そうだと笑われて。カジノで会ったら少し手加減をして欲しいと言えば、野郎にはいつでも真剣勝負。と、限りなく真剣に頷かれ。またなお二人さんと、含み笑われれば、橙のランタンの灯が、ゆらりと揺れた。
暖かい灯の光りのテーブルで、千影とレーゲンは、お勧めのデザート2種をひとつづつ頼み、半分こ。
両手を口の前で合わせて、喜ぶレーゲン。両方気になっていたのだと言えば、自分もだと、千影が頷く。こんなデザートを作ってみたいと、レーゲンは繊細な四季の日本へと思いを馳せれば、美味しいなと、微笑みながら目の前でカプチーノを飲んでいる千影と目が合った。
何時でも見ている顔なのだけれど。
夕暮れから夜へと移る時刻。
橙の灯りが急に明るさを増したかのように、ぼうとふたりを照らす。
同じ火の光りでも、戦いの最中に見る火は、酷く心を荒ませる。けれども、こうして揺れる小さな灯は、とても暖かく、心地良いものだと、彼女は思う。
「レグ。俺、レグがいたから‥頑張れた、ぜ。本当にありがとう」
「生きて帰ってきてくれて、ありがとです‥」
抜き差しなら無い状態になった五大湖解放戦線。自分を責めた、あの日。その言葉の多少に関わらず、あの時の自分がまた、頑張れたのは、それでも、信じて声をかけてくれた沢山の仲間が居たから。そして、仲間より、もう少し深く、大切な人が待っていてくれたから。千影は、穏やかでやわらかな微笑を浮かべるレーゲンの手をそっと取ると、その手に橙の灯の陰影に隠れるように唇を落とした。橙の光りよりも赤くなったレーゲンが、周囲を確認している、その様も愛しくて。
誰にも見られて無いと思うなよと、こそっと可愛らしいカップルを眺めて微笑むのは寿 源次(
ga3427)。戦いの続く日常だけれど、その中で、微笑ましい関係が生まれるのは、見ていて楽しい。
『しろうさぎ』という名前に惹かれ、ふらりと入れば、見知った顔がちらほら。こっそりと眺めながら、ホットトマトサンドとプリン。食後にコーヒーをオーダーし、舌鼓を打つ。下手な料理屋に入るよりは、こういう場所が好みに合うと、ぺろりと平らげて、花の様なプリンの一皿に、しばし固まれば、不都合があるのでしょうかと、初老の女性が現れる。どうやら、オーナーのようで、綺麗さに驚いたと、額の汗を拭えば、気に入っていただけたら、何よりと、丁寧に頭を下げられ。
「自分もここに来てから様々な事を体験した。尤も、マスターの歩んできた歴史には及ばないだろうが、ね」
コーヒーの香りと橙の灯の光りに心揺れながら、このイベントの意味をオーナーに問えば、ただ微笑みだけが返された。と、彼の横を、もう一組、気になる仲間ふたりが通って行くのを、こちらは何だか僅かに眉を顰めて見送った。
●灯の浮かぶ宵闇
榊兵衛(
ga0388) と、クラリッサ・メディスン(
ga0853) は、『しろうさぎ』の入り口でしばし時間を過ごした。しかし、他に仲間が現れず、せっかく来たのだからと、残念そうに兵衛がこぼす。『チーム榊』として大作戦を過ごした仲間との慰労会のつもりだったのだ。クラリッサは、何故仲間が集まらなかったのか、理由はわかる。気を使ってくれたのだ。仲間達に心のうちで感謝を述べつつ、しかし、さっぱり気がついていない兵衛に、軽く不機嫌になりはしたが、せっかくだからなと、最初にこぼしたのと違う雰囲気の兵衛の笑顔に、にこりと微笑み返す。
兵衛の前にはハムステーキとビール。クラリッサの前には、グラタンと白ワインがそれぞれ出されて、二人は、にこりと笑い合う。その笑顔の裏の感情は、酷く複雑で、単純なものではあったが。
「二人が何時までもより良き関係を続けていられるように改めて乾杯をしようじゃないか」
バグア侵攻が無ければ、その道が交わる事など無かったろう。兵衛は、豪奢な金の髪をかきあげるクラリッサを嬉しそうに見た。
戦友。
そう思っている。彼女にとって、自分は戦友という名前以外はつかないだろうと。
けれども。
「‥‥こういう一時を過ごせるのも、贅沢なのでしょうね、ヒョウエ」
好意は伝わるものだ。その好意の質がどのようなものでも。揺らぐ心はあるが、クラリッサは、今はそれで構わないと思う。
長い時間をかけてここまで来たのだからと。同じ仲間として迎えられた時の嬉しさは、今でも忘れられない。
擦れ違う、けれども、根底に流れる一つの気持ちをお互いに隠して、乾杯を。
グラスが小さく音を立てた。
「あ、デザートのお兄ちゃんだ」
「デラードのお兄ちゃんだよ」
「うん、デザートのお兄ちゃん」
ぬいぐるみ『はっちー』をぎゅっと抱えた愛紗・ブランネル(
ga1001) は、美味しそうな名前だねと、ひとり納得している。デラードは、愛紗の頭をぐりぐり撫ぜると、おっきくなるまでに覚えてねと、何先物買いしてるのかという周囲の視線は気にせずに笑う。愛紗は、今回の任務はのんびりなんだよと、笑顔を振りまいて、カウンターに座り込み、熱々のグラタンを、はふはふと頬張った。蟹の甘みがきゅっと詰まっていて、うーっ。と、叫びだしたくなるほどで。しかし、僅かに甘い葡萄ジュースを両手で抱えて飲む頃には、ゆっくりと睡魔が襲って来たようだ。うつらうつらとしつつ、カウンターにこてんと頭を預け。
皆とおでかけは久し振りだ。アグレアーブル(
ga0095)は、にこりと、笑う。店に入ると、座っていなさいと、穏やかに微笑む犀川 章一(
ga0498)が、何所かへ消える。
「おいしいゴハン。皆で食べると、もっと、オイシー」
小首を傾げて、櫻井 壬春(
ga0816)がアグレアーブルに、満面の笑みを向ければ、アグレアーブルは、そうだね、皆で美味しいねと、頷き返す。
お待たせと、章一が戻ってくる頃には、熱々のグラタンもやって来る。甘い蟹の香りがふうわりと立ち上る。
「‥はいどうぞ」
「3人で外出は‥何時以来だろう。ここに引っ越し以来‥か? 兎も角、今は嬉しい‥」
身寄りの無いアグレアーブルと、壬春。あぶなっかしいふたりの面倒を見ている章一は、血の繋がりも無く、年もそう離れては居ないが、子供とも思うふたりと一緒に、久し振りに食事が出来る事を感慨深げに思う。アグレアーブルに白ワインを注いで貰えば、嬉しくて、饒舌になる。
「ランタン、ゆらゆら‥たいへん、きれい」
壬春は、沢山の橙色の灯を、目を細めて見る。マカロニグラタンに、頬を緩ませて、食べ進むが、食が細いのか、減っている様子は見えない。
穏やかな外食。橙の灯に囲まれて。
その生まれ育ちは関係無く、強い絆が三人を繋ぎ。
そわそわと奥を見る章一は、小さなキャンドルの灯に相好を崩した。
丸いキャンドルが、幾つも灯る。ひとつ、ふたつ‥全部で17個。色とりどりの花弁が、銀盆に敷き詰められ、外周を鶉の卵大のキャンドルが飾り、その真ん中に、10cmほどのチョコレートケーキがちょこんと乗っていた。チョコレートケーキの上には、つやつやの苺がぎっしりと乗り。お誕生日おめでとうございますと、初老の女性が壬春の前に、花の銀盆を置いた。
連戦で疲れている壬春に少しでも元気になって欲しい。そんな暖かな気持ちを乗せて、章一は祝いの言葉を送る。
「誕生日おめでとう‥壬春」
「Much love and happiness to you」
血縁では無いけれど。驚いている壬春の頬を、そっと触り、にこりと笑いかける。飾らない心で、アグレアーブルに何時も幸せをくれる大切な二人と、揺らぐ灯の中で暗がりに仄かに照らし出された、この御伽噺のような空間に、今一時だけは戦いを忘れて。
「誕生日‥わふー、ありがと、ウレシー‥!」
ケーキが置かれても、何の事かわからなかった。けれども、大事な二人から宝物のような言葉が紡がれれば、生きるのを諦めなくて良かったと、暖かな気持ちが満ちてくる。
幸せ。
そう、思えるのが、とても幸せ。
●漆黒の帳に浮かぶ灯は
細身のスーツにモノクルをつけたアダム・S・ワーナー(
ga6707)が、目の中に入れても痛くないような顔をして微笑みつつ、 ルミナス(
ga6516)と赤の発泡酒を傾けあう。他愛の無い話がふと途切れれば、ルミナスはくすりと笑い、アダムを覗き込む。
「ぬしはこの分の悪い賭け、勝つと思うかや?」
難しいですねと、アダムは常に無い真剣な顔で頷いて、先の戦いで放った言葉を思い返し、自信たっぷりの笑みを浮かべる。負ける気などさらさら無いと。
そして、アダムはルミナスに問う事があった。
「どうして嫌いな筈の能力者になったのです?」
答えを返したのだから、返答をと、鮮やかな笑みを向ければ、ルミナスは、僅かに唸った。
「わっちは、別に能力者は嫌いで無いでありんす」
嫌いならば、アダムとこうして同じ席には居ない。口の端で笑い、赤の発泡酒を煽る。能力者は良い。けれども、こころもとないのはエミタというモノに頼る事だ。アダムは大事な家族。その家族だけ、不安定な場所に置く事を良しとしなかった。自身も能力者という検体のひとりになればと。ルミナスの言葉に、アダムはひとつ息を吐き、それがルミナスの選んだ決断ならばと、目を細めて頷けば、途端に可愛らしい風を装い、ワインの追加をねだる彼女に、はいはいと、ふたつ返事で頷いて。
オープンテラスの店の奥、カウンターでナレイン・フェルド(
ga0506)はグラスを傾ける。一口大に切り分けられた、合鴨と橙の一品に、チョコレートソースが苦味を添えて、点々と彩っている。甘くて、苦くて。今の自分はこんな感じだろうかと首を傾げる。橙色の灯りが赤の発泡酒を浮き立たせる。華やかで賑やかな場所で、笑顔を絶やさないナイレンだが、暗い最中、橙色の光りに囲まれて、様々な思いが行き交う。キメラの生み出される不条理から始まって、自身の恋の行方まで。好きは、何所までもLIKEであり、LOVEへとは変化しない。時期でないのか、それとも、ずっとLIKEしか抱けないのか。まあ、悩んでいても仕方ない事かと、緩く首を横に振る。基本、前向きのようで、思いと行動は、別なのか、くすりと笑う。
「綺麗なお姉さんがひとりで‥って、野郎か。邪魔したな」
「ちょーっと待ちなさいよ。ズウィークちゃん。聞き捨てなら無いわ」
「いーや。聞き捨ててくれ」
こういう場所で、綺麗な女性にはとりあえず声をかける。そんなデラードは、野郎に対する扱いはけんもほろろである。しかしまあ、能力者仲間であれば、無下にするつもりもないようで。
何所からか、カンツォーネが聞こえる。かすかに聞こえる程度の歌を口ずさむ黒崎 美珠姫(
ga7248)は、フリルがあしらわれた黒のカーディガンを羽織、橙色したカンテラを眺めていた。灯の光りは心落ち着かせる。過去に過ごした場所を思い返し、必ず助けに行くからと、誓いを新たにする。大湖解放戦線以降、美珠姫は休む間もなく戦っていた。その時、彼女を戦いに駆り立てていたのは、焦燥感。力が欲しい。力が足らない。
ゆらりと橙の灯が揺れるのを見て、微笑む。大丈夫、頑張れるわと小さく呟けば、注文の品が並べられる。
「わ、赤の発泡ワインて、珍しいね」
フルートグラスの底から立ち上る細かい気泡が、灯に透けて、赤い陰影を浮かび上がらせる。ほの甘い発泡性のワインにクラッカーとフレッシュチーズが数種、オレンジとグリーンで縁模様が描かれた皿に盛られてやってくる。さっぱりと甘いチーズと、発泡酒に、笑顔がこぼれた。ゆっくりと‥強くなっていけば良い。そして、必ず。
背の高い細い耐熱グラスに、香ばしい香りの紅茶。セシリア・ディールス(
ga0475)は、香りを吸い込み、ゆっくりと吐き出す。橙の光りが深いブラウンの紅茶に明るい色を挿す。灯の光りは、どうしてこうも心を惹きつけるのか。どんな光りも、光りには違い無いのに、灯の光りは心を優しく掴む。軽食をと頼めば、ほうれん草とキノコのキッシュが切り分けられる。金色のスプーンが添えられた蜜柑の香りのシャーベットと、バニラアイスがロックグラスに小さく盛られ。そっと手を組む。祈りのようだが、それは、彼女に取って育った場所で染み付いた習慣でしか無い。柔らかなキッシュを一口食べれば、優しい口当たりに、ほっとする。孤児院で、多くの仲間と育ったセシリアにとって、様々な人が行き交い、人がざわめくこの店の雰囲気は心地良いものだった。ゆっくりとフォークを動かしながら、橙の灯に問うのは、答えの出ない気持ち。過ぎ行く記憶は変えようも無く、やって来る未来を選択するのは己の心ひとつ。カウンタの端で、たゆたうように、灯に心を任せれば、何かが形になるのかもしれない。
同じように、カウンターの別の端に座っているのは梶原 暁彦(
ga5332) だ。黒尽くめの彼は、サングラス越しにランタンの灯を眺める。ちらちらと揺れる灯。置かれた舟型の小さな灰皿。煙草は良さそうだと、火をつける。紫煙がゆっくりと吐き出され。戦いの日々を振り返る。逝ってしまった仲間を悼み。手にした力が、失った過去にあれば、黄泉路へと旅立つ仲間は居なかったかもしれないと、やりきれない思いにかられた事もある。けれども。もしもは無いのだ。
今心を占める大きな気持ちは、ただ前へと。人は立ち止まっては生きられないから。赤い発泡酒を、逝った仲間に掲げて、流し込み。更け行く夜に身を委ねた。
●朝陽の中で
過去は、どんな過去でも懐かしいものだ。ふむ‥と、呟き、ジーン・ロスヴァイセ(
ga4903)は紫煙をくゆらせる。明け方の紫に染まった空に、彼女は何を見るのか。刻まれた年輪と、吐き出す煙のみが知っている。
今回の、戦いは長かった。レールズ(
ga5293)は、からりとグラスを傾けた。朝の光りはまだ遠い。爽やかなハーブスピリッツが喉を焼く。
漆黒の翼に追いつくには、まだ、力及ばないのかと自嘲する。けれども、いずれ必ず、自分の翼も追いついてみせようと思う。そう、戦いに赴く気持ちはどれほどでも勇気が出るのに。
カラリとグラスの中で氷が溶ける。
気になる人が居た。
誘おうかと考えたが、結局声をかけることが出来なかった。向うはこちらを特に何とも思って居ないかもしれない。だったら、明日の生死も問えない身だからこそ、築き上げた関係を崩したくないと思う。けれども、このままの状態で良いのかと言う気持ちも確かにある。
相反する感情が、矛盾無く心に存在する。
例え先に何があろうと一歩を踏み出さないと前には進めない。
人類の未来も、小さな恋も。
大きく背を伸ばして呟いた。
「誘ってみるかな‥またこんな機会があった時にでも‥今度こそ勇気を出して」
昇る朝日が、橙の灯りと溶け合い、眩しいほどの光りを降り注ぐ時間がやって来る。
そう‥いずれ、必ず。