タイトル:【熊本城下大花見大会】マスター:いずみ風花

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 2 人
リプレイ完成日時:
2008/04/19 14:18

●オープニング本文


 風の音か、花の散る音か。
 ざあっという音が耳に残る。
 降るような桜の花弁が、石垣に、芝生に、舞い落ちる。
 ぽん。ぽん。ぽん。
 鼓の音がする。
 熊本城の一角で、神楽を演奏するイベントがあった。その、イベントが終り、鼓を打つ少女だけが、地元の中学生だった。桜祭りを開催している間、好きに打ってかまわないと、許可を貰い、朝日の射し込む、早い時間、一時間だけ、お気に入りの場所で鼓を打つのだ。
 その澄んだ鼓の音は、心地良く、朝が来たのだと、近隣に告げる音ともなっていた。
 その、鼓の音の鳴る時刻。
 ランニング中の青年が、キメラを見た。
 最初はキメラと気がつかなかった。
 その光景が、あまりにも綺麗だったから。
 降る花弁の中、朝日を浴びてきらきらと輝く白と黒の柴犬ほどの小さな生き物。
 白と黒の鱗を持ち、小さな鹿の角を耳の根元から生やし、太い4本足、太い尾。想像上の生き物、ドラゴンに良く似た。
 そう、ドラゴンパピーが2体、桜吹雪にとびかかるかのように、鼓の音で、踊っている。
 息を呑む男性に気がつくと、2体のドラゴンパピィは、カッと、真っ赤な口を開いた。
 真っ黒な30cm直系ほどの半透明の闇色の弾と、同じく無色の弾が、青年を襲った。それを、中学生の少女が見てしまった。
 いつも、鼓を鳴らす間だけ、出てきて、鳴り終わると、そのまま何処かへ消えてしまう、綺麗で可愛い生き物だと思っていただけに、ショックは大きかった。あれは、キメラ。バグアの手によって作られた、人を襲うもの。
 そう意識を切り替え、少女は気丈に熊本城の花見大会事務所へと走った。

「花見大会もそろそろ終盤ですが、被害が拡大する前に、退治をお願いします」
 退治後は、花見弁当をつけますからと、実行委員がほとほと困った顔をして、申し出た。
 ドラゴンパピィが出たのは、宇土櫓近く。500mほどの一本道だ。

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
蓮沼千影(ga4090
28歳・♂・FT
レーゲン・シュナイダー(ga4458
25歳・♀・ST
オリガ(ga4562
22歳・♀・SN
神森 静(ga5165
25歳・♀・EL
空閑 ハバキ(ga5172
25歳・♂・HA
ループ・ザ・ループ(ga8729
23歳・♂・GP
柊 理(ga8731
17歳・♂・GD

●リプレイ本文

●桜舞い。鼓が鳴り。
 少女の頭を、くしゃりと撫ぜて、大泰司 慈海(ga0173)は、その長身を僅かに屈め、にっこりと笑顔を向けた。
「キミの鼓の音が必要なんだ‥‥まだショックが大きくて怖いと思うけど、協力してくれるかな?」
「大丈夫か?」
 ループ・ザ・ループ(ga8729)は、鼓を持った少女を見る。癖の無い長い髪を、襟足で1つに結んだ、小柄な少女だ。
「キミは勇気があるね。すぐ気持ちを切り替えて連絡するなんてね」
 眩しそうに朝の光りを眺め、柊 理(ga8731)は少女に、微笑みかける。とても細く、能力者といわれなければ、普通の人の間に混ざっても、どちらかといえば細身だ。
 理は、迷い無く、花見大会事務所へ駆け込んだ少女の勇気を褒める。迷いの中に入り込んでしまう己の心を振り返り、そっと首を横に振った。迷いに埋もれていても、この場所へは能力者としての力を求められて来ているのだからと。陽に透けるような白い肌に、茶の明るい色の髪がふわりと風に揺れてかかった。
 桜の花弁が、舞い落ちる。
 その路。
 はらはらと落ちる桜の花弁が、朝日を浴びて次から次へと落ちてくる。
 音響機材は、セッティングしてある場所から外す事が難しく、残念ながら借りられなかった。すぐに花見客が押し寄せる時間という事もある。それに、基本、高価な品物は貸し出しは、余程でなければ許可されない。
 僅かに落ちる眼鏡をなおし、緑の目を細めて、レーゲン・シュナイダー(ga4458)も少女へと微笑みかける。
「怖いかもですが、私が頑張って護りますから安心して下さいね」
「俺の彼女、普段はのほほんとしてるけれど‥‥こう見えて凄くしっかりしてるからよ。安心して鼓を叩いてほしいぜ」
 ほわんとしたレーゲンの後ろから、蓮沼千影(ga4090)が頷けば、空閑 ハバキ(ga5172)が、少女に自己紹介をすると、名前を教えてと、首を傾げる。
「沙耶。逢坂沙耶と言います」
「そっか。沙耶ちゃん。一緒にもうひと頑張り、してくれな」
 鮮やかな青い瞳を僅かに眇め、神森 静(ga5165)が蛍火を何時でも抜けるようにと持ち帰し、少女が後ろに下がって行くのをじっと見た。
「では、行きましょう」
 仲間達が、少女の緊張をほぐすのを見て、オリガ(ga4562)も歩き出す。

●陰陽の鱗が光る。
 ぽん。ぽん。ぽん。ぽん。
 鼓の軽快で、腹に響く澄んだ音が、熊本城内に響き渡っていく。
 はらはらと舞い落ちる桜の路。
 沙耶は、背筋をぴんと伸ばして、A5の辞書ほどの小さな寄木の座椅子に腰掛けて、膝をついて、鼓を打っていた。耳には、レーゲンの持参した耳あてをはめている。少しでも、キメラとの戦闘音を聞かせまいとする配慮だ。彼女を庇うように立つレーゲンの姿は、先ほどまでの柔らかいイメージから一転、びしっと立つ姐さんになっている。緩いウェーブを描いて落ちる長い髪は、白銀に変わり。
 漏斗型に陣形を作った能力者達の目の前に、生垣を突き抜けて現れたのは、白と黒の鱗を朝日に光らせた、小さなキメラ。柴犬ほどの大きさ。小さな耳と、小さな鹿のような角。金色の瞳が、楽しげに舞い落ちる桜の花弁を追うかのように、飛び上がる。
 キメラでさえなければ。
 僅かに冷える、春の朝。差し込む陽の光り。舞い落ちる花弁。そして、踊るように飛ぶ白と黒の小さな生き物。
 だが、幻想的な雰囲気は長く続かない。
「‥‥鼓の音に聞きほれるキメラ‥‥かぁ‥‥」
 素人の耳にも、心地良い。その鼓の音に、慈海はひとつ頷く。ほろ酔い加減に、淡く染まった肌は、覚醒の証。確かに、キメラをも惹きつける音なのだろうと。
 犠牲者も出ている。それなのに、ここでこうして、鼓を叩く。
「気丈な嬢ちゃんだ」
 瞳の色と同じ鮮やかな紫に、漆黒の髪を変化させ、千影は、沙耶とレーゲンをちらりと見る。そして、ジュラルミンシールドと、アーミーナイフを構えてドラゴンパピィへと向かう。
「倒さなきゃ‥駄目って言うのがね‥」
 もちろん、しっかり倒すけどと、ハバキがリセルシールドと、ナイフを構える。このドラゴンパピィはもしかしたら、朝の静かな時間‥の、友達だったのかもしれない。沙耶の心内を思いやり、切なくなる。
「網に向かったら、逃亡阻止になりますかね」
 ループは、ハンドガンにペイント弾を詰める。頑丈そうな太い足。太い尾。くわっと開いたその口の牙を見て、駄目っぽいかなと、口の中で呟いた。

 ぽん。ぽん。ぽん。

 鼓の音は鳴り止まない。
「あれが‥キメラ」
 シールドとアーミーナイフを手にする理が、先ほどとは打って変わって血色の良い顔立ちで睨みつける。覚醒だ。
「ドラゴンパピィねえ? 久し振りの相手だわ‥‥盾役の人がんばって。気を抜くと倒れるか? 焦げるわね‥‥」
 くすくすと笑いながら、静が、すらりと蛍火を抜く。優しい色合いの茶の髪は、白銀に変わり、おっとりとしたその物腰は、冷徹な雰囲気へと変貌する。倒れるのは、ドラゴンパピィの方にしたい所ねと、薄く微笑んだ。
 ドラゴンパピィ2体は、能力者達に気がつくと、飛び上がるのを止めて、くるりと振り返る。
「来るぞっ! 波動だっ!」
 千影の声が飛ぶ。
 狛犬のように、路に立ち塞がった白黒ドラゴンパピィ2体は、真っ赤な口から、波動を吐き出す。透明な攻撃と、黒い半透明な攻撃が、路幅いっぱいに広がる。
 耳障りな排気音のような音が響く。
「くっ!」
「んっ!」
「当たらっ! 無いかっ!」
 静が、その攻撃に僅かに身じろげば、理も、盾を構えてはいたが、完全に防ぎきれない。その衝撃で、ぐらりと揺れる。ドラゴンパピィの行動は多い。ペイント弾を撃つ前に、波動が飛び、ループは、がくりと膝をつく。
「大丈夫だよ〜」
 慈海が、錬成治療を一番ダメージを負ったループから、かけていく。防御、抵抗を上げていた理も、ふうと、息を吐き、ドラゴンパピィを睨む。
「痛いのも元気な証拠なんだ!」
 

 ぽん。ぽん。ぽん。ぽん。

 能力者達が動かないのを見て取ると、白と黒のドラゴンパピィは、花弁が降り積もる路を蹴って、能力者達へと走って来た。降る花弁と、蹴られて地上から舞い上がる花弁と。
 かぁっと開く、真っ赤な口が見え隠れする。
 その足も、早い。
「身の安全は‥確保させてもらいます」
 オリガが呟く。
 黒のドラゴンパピィが、片方の端に居るオリガへと突進する。その、突進を、きっちり構えていたバックラーで、がっちりと受け止める。受け流されたドラゴンパピィは、ならばと、盾の無いループを襲う。
「このっ!」
 メタルナックルに付け替えている間だった。
 噛み付かれる。
 その瞬間、千影がフォローに入る。鈍い金属音が響く。ジュラルミンシールドに、突撃したのだ。何しろ、ドラゴンパピィは、その足の速さ。そして、行動が多い。
 千影は、もう一体の白のドラゴンパピィの行くえを目の端に捕らえ、頼んだぜと、ハバキへと声をかける。
「足の速さはっ! 知ってるがなっ! ハバキっ!」
「了解っ。後ろ、入って!」
「神森さんの邪魔はさせないっ!」
 理が、体当たりを喰らい、足元がよろける。白のドラゴンパピィはすかさず、もう一撃を加えようとするが、抵抗力を高めたハバキが前に出る。その横から、静の突きが白い鱗を貫き通す。
「見た目は、綺麗なんだがな? さて、綺麗な場所には、ふさわしくないから退去してもらおう」
 薄く笑う静。
「錬成弱体〜」
 近くに飛び込んで来てくれれば、こちらのものだ。慈海の超機械αがドラゴンパピィの防御力を削ぐ。
「まあ‥近いですが‥皆さんには当たらないと思います」
 さり気なく怖い事を言いつつも、確かに、オリガの目にも留まらない速さの攻撃は、正確に黒のドラゴンパピィへと撃ち込まれた。ぐらりと、その身体が揺れる。
「よしっ!」
 桜の木は傷つけさせない。そう、気を配ったループのメタルナックルが、朝日に刃をきらめかせ、ざっくりと黒い鱗を飛ばして入れば、黒のドラゴンパピィも動かなくなり。
 沙耶と、能力者達の戦いとの間で、こちらに来れるもんなら来るが良いさと、睨み据えていたレーゲンも、その手のスパークマシンΩを下ろして、ほっと一息をついた。

 ぽーん。
 
 沙耶の鼓の音が、静かになった桜の花降る小道に響き。ハバキは、武器を置いて沙耶に近寄って行く。
 耳あてをしていても、全ての音が遮断されるわけでは無い。
 鼓を置き、ハバキを見る少女の顔が、困ったような、泣きそうな顔で、ハバキは思わず少女を引き寄せた。泣きたいのは自分だったから。
「良く‥がんばったね」
 ハバキは、腕の中で沙耶が僅かに頷くのを感じて、そっと、髪を撫ぜた。
 キメラじゃなければ。
 きっと、友達のままでいられたに違いないのにと。
 桜がざぁと、音を立てて小道へと降り注いだ。

●桜舞う。一片。桜舞う。吹雪。
 ぼんぼりが、ほんのりとピンクに色をつけて、はらはらと降り止まない桜の花弁と、僅かに葉桜になりかかっては居たが、まだ夜に浮かぶ雲のような桜の花を見ながら、大勢の花見客にまざり、能力者達も宴会が始まっていた。
 慈海が、沙耶を一緒にと連れて来る。あんまり遅くなっては駄目だからと、お弁当を皆で一緒に食べて、朝とはまた違った音曲の鼓を沙耶が披露するのを皆で心地良く聞いて。沙耶の父親からこっそりと食べ物その他の補填があったのは後から知る事になる。辛い事を乗り越えるぐらい良くして貰ったからと。
 そんな事は未だ知らず、現在只今熊本城を見ながらの乾杯は、何度目かわからなかったり。
「えー本日はお日柄も良く‥。‥。‥かんぱぁぁいっ!」
 ネクタイを鉢巻にするのは、お約束のようだ。
 ハバキが千影のネクタイを頭に結び、缶ビールを掲げ、ほろ酔い加減で良い笑顔。
「頭にネクタイ。これは、企業戦士のスタンダードスタイルなんだぞ」
「俺もか‥」
「とーうぜん」
「ま、当然だな」
 何本持ってきているんだという突っ込みは無しで。寿 源次(ga3427)も千影から手渡されたネクタイをきゅっと額に締める。
 この場所取りは、源次が下調べしてセッティングしたものである。良い感じに熊本城が眺められ、満開の桜の木の下を陣取れていた。
「あ、おいしい」
「そーだろ」
 源次が用意した屋台セット。焼き鳥やとうもろこしがころころと焼かれて、良い香りだ。理はそれを貰って満面の笑顔。外で食べると、何でも美味しい。それは、皆と一緒だから余計に楽しいのかもしれない。とても、面白いと、嬉しくなった。
 はらりと、酒杯に落ちる桜の花弁。波紋を杯の中に閉じ込めて。
 ループはカラオケ大会にならなかったなぁと、思いつつ、酒をあおる。満開の桜の下で、皆で飲む酒は、それはそれなりに楽しくて良いかと笑い。
「朝まで続きそうですね」
「贅沢ですね。というか耐久宴会でしょうか」
 静が、くすりと笑えば、すでにどれくらい飲んだのだろうか。肝臓の丈夫な国の人だから。もとい。かなり強そうなオリガは、何本目かの酒を開けている。
「はい、ちか」
「生ビール♪ レグ、お酌さんきゅ☆」
「飲み過ぎは‥って言っても無駄みたいですね〜」
 あは。と、ちゃんぽんドンと来いと、ばかりに、色々なお酒が飛び交う男連中を眺めて、レーゲンはしょうがないなぁと、でも楽しげにお酌をして回る。
「おおっとありがとだぞ」
 レーゲンと千影を応援し隊のような源次は、仲良くしている2人を見て、嬉し気だ。
「俺はねー! 皆ねーっ。皆、大好き、だーっ!」
「うんうん。そうだね、大好きだね」
「わかってくれる? ホント?」
「うんうん」
 は〜う。とばかりに、感極まって、泣き出すハバキをよしよしと撫ぜている慈海。酔っ払いゾーンは次第に広がっていく。
 毛布持参で良かったかしらと、静は屍累々を眺めて呟いた。

 翌朝。
 朝日の中を、深いスリットの入った真っ白なドレスショールをかけて、ゆっくりと桜を眺めて歩くのは、静だ。朝の静寂の中、響いてくる澄んだ鼓の音に、あらと、しばし立ち止まる。
 手に甘酒を持って、小道を歩くのはレーゲンだ。
 もう、誰も傷つかない。何も、ここには出て来ない。そう、人々に印象つける為。
 ゆっくりと小道を歩く。
 沙耶の横には先客が居た。ハバキだ。
 東雲色した桜。そう目を細める。変わり無く鼓を打つ沙耶の姿に、胸を撫で下ろす。良かったと。
 最後の一打が空に掻き消えるのを沙耶の横で待つ。見上げる沙耶に、僅かに微笑んで頷いた。
「桜、綺麗だよね」
 そう、呟くように問えば、こくりと頷かれ。
「パピィも綺麗だったよね」
 そう、桜を見て問えば、やはり、こくりと頷かれた。綺麗なモノは綺麗。それと、ドラゴンパピィは倒すべき相手だったというコトは別。あれを綺麗だと思った感覚は否定しないで欲しいと思っていたハバキは、笑みを深くする。
「日本の春って、素敵ですね‥」
 甘酒を一緒に飲みませんかと、レーゲンは2人に微笑んだ。

 ざあっ。
 風の音か、桜の音か。
 熊本城の桜が花吹雪となって空を舞い落ちた。