●リプレイ本文
●ソフィア
嫌な空気が流れている。
前線が近い。
しかし、小競り合い以外は、ここ最近は主な戦いは無い。
だが。
神経を逆なでする、地響きの音。それは、今は静かになっているという。
山間のリラの修道院──補給拠点からの報告に、ツィレル・トネリカリフ(
ga0217)は、僅かに眉間に皺を寄せる。何時、戦いが始まるかもしれないという、その場所での、不可思議な地震は、さぞ、兵士達の神経を逆なでしている事だろうと思う。
「哨戒地域で襲われたって事は、リラの修道院に向かって来てるんだろうさ」
空は任せたと、ズウィーク・デラード軍曹を見つけて、ツィレルが笑えば、任されたと、手を振られる。
軽口を叩いた後で、そういえば、一応UPC軍の階級持ちだったなと思い返す。軍人には一応、警護を使う。しかし、まあ、いいかと、また思い直す。
(「まあ、デラードだから良いか。デラードはデラードだし」)
「すまん。聞きたいことがあるんだが」
「ん? 何だった?」
鮮やかな紫の髪が、地味な色合いの多い基地で目立つ。Cerberus(
ga8178)は、確認をと、ナイトフォーゲル──KVに乗り込む前のデラードを捕まえた。
戦闘地域との距離は、ほぼ国境間際だと、告げられて、周辺のキメラ、ワーム確認情報については、ここは、一応味方の陣地だが、ここに限らず、平和な地域でもキメラは何所からかやって来る事もあるだろうと肩をすくめた。ワームが出たら、大騒ぎだろうと、頷かれる。
「照明弾やらの合図と、撤収なんだが」
「話は通しておく。時刻も大丈夫だぜ。照明弾が上がったら、こちらも警戒しよう」
「頼んだぜ」
軍はこんな所かと、一息吐くと、配置されている、人型のKVを眺め、Cerberusは、何ともいえない顔になる。
「人型機械か‥‥まぁいい、慣れなければな」
さて、聞き込んだ情報を仲間に伝えなくてはと、集まっている場所へと足を向けた。
空気がざわめいている。櫻小路・あやめ(
ga8899)は、落ち着かない気分になる。平然としてはいるが、緊張している。それは、この戦いにか、それとも、任務にか。自問するが、答えは返らない。
「まだ日の浅い未熟者ですが、よろしくお願いします」
丁寧に礼儀正しく挨拶をすれば、仲間達が心配は要らないと言うように声を返してくれて、少し、ほっとする。
「確認、致しましょうか」
アルヴァイム(
ga5051)が、仲間に声をかける。デジタルカメラは人数分手渡されている。あとはと、元商社マンらしく、細々と確認を取る。
シグナルミラーの使用法を確認しはじめると、その通信方法は素人には難しいようだった。きちんと意味を通じるように動かすには、それなりの勉強が必要で、すぐに使えそうに無い。簡単なSOSのコールならば、すぐに覚えられるのだが。
「難しい事をしなくても良いのですよね」
緋室 神音(
ga3576)が、シグナルミラーを手にして呟く。
「そうですね、下手に敵に解読されてもつまらないですし」
筆記用具を手にして、如月(
ga4636)も頷いた。
「ミイラ盗りがミイラにならねー様、俺達も気ぃ引き締めて行くぜ!」
哨戒中のKVが消息不明だなんて。と、各哨戒地域の、哨戒ルートを確認してきたノビル・ラグ(
ga3704)が、その際手渡された地図を広げる。キメラか、ワームか。KVを襲うなんてと、首を傾げる。探索域は漠然と広いが、哨戒ルートで消息を絶ったのだから、その近辺を当たるのは効果的だろう。
ぐっと、気合を入れるのは三島玲奈(
ga3848)だ。
「うちみたいな子なくす為に調査がんばるで!」
能力者として、戦いに赴く。そこには、思いもよらない怪我もある。すっかり治りきってはいたが、玲奈の心には深く刻まれた傷がある。
「それじゃ、毎度のようにノイズの海にダイブするとしますかね」
同じく、哨戒地域を聞き込み、地図に記載していたツィレルは、作戦時間を合わせると、仲間達に声をかけた。ノイズの中には、戦いがいつも潜んでいる。
●ピリン国立公園南
『シグナルミラー‥届くでしょうか‥』
神音が呟く。哨戒範囲は広かった。中継点を作ったのは良かったと、胸を撫で下ろす。同一線上の場所であっても、木々が邪魔をする。何の障害物も無く、真っ直ぐにミラーの光りが飛ぶ場所などは、そうそう無い。
起伏のあるその場所には、平原も少なからずあったが、KVで飛んでは哨戒にはならない。戦線と程近い山間部だからこその人型での哨戒であった。F−108ディアブロの真っ赤な機体が山野に良く目立った。
『土塊‥ですか?』
『何だこりゃ〜! 巨大モグラ型キメラかよっ』
G−43ハヤブサのコクピットは、僅かに高い。如月が、哨戒ルートから外れた場所に、土塊を見つけた。風光明媚な場所に、真新しく掘り起こされたかのような土塊は、明らかにおかしい。その大きさも、軽くKV数機分はある。ノビルは、F−108ディアブロのコクピットを開けると、デジカメをその土塊に向けた。
木々には、移動する痕跡が見られない。神音は、その不自然な土塊に近寄るか近寄らないかを考える。これが危険かどうかは、見ただけでは判断がつかない。
『どうしましょう‥』
『とりあえず、掘り起こしてみれば、手掛かりのひとつもありそうな気もします』
ナックルフットコートで、その土塊をいくらか掘って見る如月だが、その土塊の中からは何も出て来なかった。ただ、その土塊のまわりの表層には、何の被害も無く、地中から沸いたかのようだという、不可思議な印象を残した。
●ピリン国立公園トスパート方面
『何かが不時着とかしてたりしてな』
玲奈が、倒木が無いかどうか、眺める。
強いて言えば、哨戒の為の道が出来ている。KVの歩いた後だろう。一応、デジカメに収める。F−104バイパーの広いウィングが鋼色に光りを反射する。
『味方陣地とはいえ、KVが消息を絶っているのです。ただ事では無いでしょう』
最後尾で、警戒を怠らないのはアルヴァイムだ。FG−106ディスタンの足がたわむ。トスパート方面は、もう少し外れれば、山は無い。緩急はあるが、山の上からならば、広く見渡せるだろう。
『何時、どのように敵が出てくるかわかりません。離れすぎない方が良いでしょう』
F−108ディアブロが、ぐっと方向を変える。遠くまでは危機で確認するのは不可能のようだ。どうしても、視認が必要になる。静かなその地に、今は戦いの音は無いけれど。
その静けさは、嵐の前だからだろうか。
トスパート方面には、特に、これといった問題は無さそうだった。
●ヴィフレン山南
『何ともね』
LM−01スカイクラスパーのコクピットを開けると、ツィレルは、軽く溜息を吐いた。
土塊は、かなり大きなものだった。その土塊から飛び出しているのは、KVのウィング。
『‥』
最後尾で警戒をしつつ、辺りを見回していた伊藤 毅(
ga2610)は、F−104バイパーのコクピットの中で僅かに顔を上げる。振動を感じたのだ。一端止んでいたという、その振動と、これは同じものだろうかと。土塊に近寄る仲間達に何かあれば、すぐに攻撃が出来るよう、武装を確認する。KV1機を土塊で身動き出来なくなるほど破壊したその敵は、近くに居るのだろうか。果たして?
『何かを引きずった後は無い。これだけの、土塊を残しておきながら、移動した痕跡が無い』
人型のS−01の移動は、そう悪くない。機体の動きを確かめ、身体に馴染ませながら動いていたCerberusは、湧き上がったかのようなその土塊に、嫌な感じを受ける。土塊のまわりの木々も倒れてはいるが、その倒れ方が、一斉に土塊の外へと向かっている。
2回目の提示連絡時刻まであと数分の事だった。
●嫌な予測
「気の毒に‥この人にも家族があったやろうに」
玲奈は、鬼籍に旅立っていたKVパイロットに黙祷する。土塊に押し流され、押し潰されたようなKV。依頼を受けた時点で、すでにコト切れていたのだろう。
土塊には、特にこれといって目立った特長は無かった。少し、試したいと、玲奈は、KVを掘り出す前に、スキルを発動させ、銃弾を打ち込むつもりだったが、が、肝心のスキルを持ち合わせが無く、まあ駄目もとだったからと、デジカメで写真を撮り始める。
土塊と残骸を掘り出すのを手伝いながら、如月は、ぽつりと呟いた。
「地中兵器‥‥今回の大規模作戦に響かなければいいんですが‥‥」
大きさから言っても、タートルワームに引けをとらないだろう。木々を盾にする事も、下手をしたら役に立たないかもしれない。潰れたKV。それは、今まで見てきたバグアの攻撃とは、また違った攻撃なのだろうと、如月は思考する。
『いったいどこに向かっているのでしょうか、これを作った地中兵器は?』
『E79をずっと辿って行くとソフィアに辿り着くから、謎の地中兵器の目的地はソフィア方面の何処か‥』
潰れたKVの足をノビルが持って、溜息を吐く。金属の歪む音が、切なく響く。玲奈が、地図に線を引っ張った。
『土塊を繋ぐと、まずは、リラの修道院へと向かっていそうや』
『リラの修道院を越えれば、ソフィアは目と鼻の先じゃないですかね』
『最終目的地は、ソフィアか‥』
アルヴァイムの言葉に、神音が頷いた。地響きは、KVを掘り起こしている最中も、時折響いてくる。その震源は、はっきりとはしないが、大よその方向は感じられ。
鉄の塊りとなった、KVが、トラックに積み込まれた。
「うちがバグアをボコボコにシバく、あんたの分まで絶対ボコるさかいに」
空に向かい、玲奈が黙祷をする。
『地中を移動している兵器‥探索は危険でしょうか』
『地中兵器なら、深追いはまずくないか?』
あやめは、追う事が出来ないかと思うが、地中兵器ならば、人型で探る事の危険をも思い出し、Cerberusの言葉に、頷いた。
『離脱が容易なら、カメラにおさめるぐらいはしたいがな‥』
姿を見せるのなら、一撃入れて、偵察にしたいがと、ツィレルは思う。
発見されたKVの武器は、潰れており、はっきりとした確認は出来なかったが、ディフェンダーはともかく、ガトリングが一発も撃たれていなかった。何が起こったかわからないうちに、あの潰れた姿になったのだろう。
数名が、再び山に入っていったが、敵兵器と遭遇する事は無かった。
振動が、また、止んでしまっていたのだ。
次に動き出すのは何時か。
能力者達によりソフィアに移送されたKVの損傷が、圧迫によるものだと断定された。
地中から、KVをひと飲みにするような兵器。
それがリラ修道院近くに潜んでいるのだと。