●リプレイ本文
●旅芸人一座
「幌馬車に乗った旅芸人一座‥‥小説とかではよくありがちだけど、まさか生でお目にかかれるとは思わなかったわ‥‥」
鮮やかな緑色した幌。御者台に、栗毛の2頭の馬。リン=アスターナ(
ga4615)の、口に咥えた火の点いていない煙草が、軽い驚きと共に上下する。
「銀の弾丸、この目で見るのを楽しみにしてるぜ」
「通常任務を一緒にこなすのは始めてだったかしら‥‥」
互いに見知った顔だ。アンドレアス・ラーセン(
ga6523)は、リンに軽い笑顔を向けて、目的の場所を眺める。
遠くに見える、壊れた橋。
コンクリに絡みつく蔓薔薇。
そして、咲き誇った薔薇を食べに現れるという竜。
(「頽廃美だな〜これをネタに、一曲書けそうだ‥‥」)
開ききった花を摘むのは、薔薇の花が綺麗に咲く為でもある。メアリー・エッセンバル(
ga0194)の豊富な知識を仲間達は信頼している。彼女の指示の元、開ききった白っぽい薔薇の花を摘む事になっている。それは、ドラゴンパピィの好物であるから、そのまま、おびき出しの釣り餌にするのだ。
芸人一座『ほうき星』の面々にも説明していたメアリーは、見知った顔が薔薇を眺めているのを目にして、足早に近付く。
「リンさん、今回もヨロシクですっ! っと。アンドレアスさん?」
「‥‥あ、摘むのね、ハイハイ」
「もう少し見てても良いですよ、サラさん達も、もう少し見てたいでしょうし」
所在無さげに長い金髪をかきあげるラーセンに、メアリーはくすりと手を口元に当てて笑う。
確かにねと、リンもその場所の色鮮やかさに微笑む。
「ぱっと見、ちょっとした幻想的な光景ですもの」
幌馬車から顔を出す、小さなサラと、ヴェールを纏うセルヴィアの姿を目にし、セルヴィアと目が合って、アンドレアスは軽く肩を竦める。
(「『ジプシークィーン』には、お見通しか‥‥?」)
聞いた話の中で、壊れた橋についての言い伝えがあった。その言い伝えは、酷くロマンチックで。共に訪れたい人の面影が過ぎり、苦笑する。
「満開の花を隊の皆と見に来れる様、頑張ってくるからな」
「気をつけて下さいねっ」
サラに軽く手を降るのは、三間坂京(
ga0094)だ。一抱えもある、大きなくまのぬいぐるみが、幌馬車の奥に鎮座するのをちらりと見る。
それを持ってきた京の姿にセルヴィアがくすりと笑ったのを思い出す。男性なのだが、女性のようで。なよなよとした風は無いが‥‥まあ、綺麗所は彼女でかまわないかと、京はそう自分の中で定義つける。
そんな彼女と、目の前に広がる風景は似合いそうだなと目を細めた。
メアリーと共に、旅芸人一座の人々に、今回の作戦を説明していた神森 静(
ga5165)も、顔見知りの2人に声をかける。
「お元気そうで何よりですわ」
「‥‥そういう貴女も‥‥」
小さく頷き、微笑むセルヴィアに、気をつけて下さいねと、穏やかに微笑みを返す。
そんな、旅芸人一座を見ながら、蓮沼朱莉(
ga8328)は、とても、不思議だと思っていた。
蔓薔薇や廃墟に興味はあったが、それよりも、現代に蘇ったこの一行の人々が興味深い。どんなパフォーマンスを見せてくれるのだろうかと。
「がんばります」
生真面目な朱莉は、こくりと頷いた。
「キメラを退治したら、近くで見ようね」
小さなサラのようだと、可憐な蔓薔薇を見て、大泰司 慈海(
ga0173)は、にこにこと笑顔を向ける。能力者の皆に、口々に、退治したら近くで見ようと話しかけられて、サラはこくこくと頷いている。
可愛いなあと相好を崩す。
「薔薇は紅茶に乗せたり、ジャムにするといい香りのができるんだよネ♪」
「そうですねっ!」
綺麗な青い髪の少女、水鏡 空亜(
gb0691)は薔薇を見て頷いて、サラと笑い合えば。
そろそろ、始めましょうかと、メアリーの声がかかった。
●灰色のコンクリに這うは
とうとうと流れる、深く青い川。
そこに崩れ落ちるコンクリの橋。僅かな風に揺れるのは、甘い芳香を放つ蔓薔薇である。小さな蕾は、濃いピンク色をしている。咲くにしたがい、開いた縁の花弁から、色を白く変えていく。中心がピンクで、縁取りが白い花はまだ5分、7分咲きだ。満開に咲ききった小さな薔薇は、芯まで真っ白に変わっている。そうして、酷く甘い香りを放って。
コンクリの橋の上部まで蔓が這っていなかったのが救いだ。上部は、流石に何も壊さず登る事は難しそうだ。
「にゃはは〜♪ 良い天気だね〜っ♪」
青空が、広がる。空亜は、薔薇の壁を前に、ううんと背伸びする。
「薔薇に関しては、下手に動くより貴女に従うのが一番だと思うから。メアリー、頼むわね」
リンがメアリーに振り返る。
間近で見る花の壁は、けぶるような白とピンク。摘む事には賛成だけれどと。アンドレアスもメアリーを見る。
「ちょっと勿体無い気もすっけどな」
「摘んだほうが、今蕾の花が綺麗に咲くんですよ」
「ふーん。そんなもんか」
「はい。真っ白で香りが強くて、花芯が見えていて自重で下を向いている薔薇が摘み取り時ね‥‥ん、良い匂い。余った物はお茶やポプリにしたら素敵かも」
メアリーは、薔薇の花をひとつ摘む。その可憐で艶やかな薔薇に自然と顔がほころんでくる。
双眼鏡でコンクリの内部、見えない場所などに気を配り、細かいトゲのある蔓薔薇のひとつを、ぐっと摘む。
「‥‥花を誘導先まで所々落としとくのもアリか?」
全部摘まないから、安心してと、微笑むと、嬉しそうに笑ったサラの顔を思い出し、静も白い花を摘む。
「薔薇‥‥綺麗です。例え、刺があろうとも‥‥私は大好きです、ね」
「うん、綺麗よね。私も大好き」
薔薇の摘み取りを手伝う仲間達に、開ききり、首が下を向いていれば、間違いなく真っ白なはずだからと、メアリーは丁寧に摘み取りを教え。
●水際に躍り出るは
公園の中ほどに、こんもりと盛られた白い薔薇。
咲き零れるかのようなその花弁の山へ、点々と、花の道が出来ている。京が誘導にと落とした花だ。
灌木が多く、身を潜めるには十分。
どれほど待っただろう。
陽が中天に差し掛かる頃。
コンクリの灰色の瓦礫の山の中から、顔を出したのは、水色に近い青の鱗を持つドラゴンパピィ。
金色の目、太い足、太い尾、両脇の小さな耳の後ろへと鹿の角のようなものが生えている。慣れた足取りで、瓦礫をくぐり抜け、蔓薔薇の這う方へと、たったと走り飛ぶ。
アンドレアスと慈海が目配せをする。
お気に入りの白い花が無いのに気がついたドラゴンパピィは、尾をびたんびたんと打ち付ける。そして、足元に落ちている白い花に気がついて。かあっと開けた口は、ぺろりと花を食べ、点々と落ちている花に気がついて、その花に誘われるように、やって来る。
(「ひっかかったか」)
早々に京は覚醒を果たす。何時でもその技を振るえるように。袖に隠れる覚醒の印のおかげで、覚醒しても目立たずに済む。
メアリーも、間合いを計る。
ドラゴンパピィは、ようやく、白い花の小山を見つけた。何の躊躇も無く、その小山へ、顔を突っ込んだ。
それが、合図になる。メアリーの髪がほどけ、金色の奔流となって空を舞う。覚醒だ。
「行くわよ‥‥」
リンが、淡く銀色のオーラに包まれる。
アンドレアスは金色のオーラを纏う。長い髪がさらに伸び、足元まで金色をはじかせる。その顔は幾分柔らかさを増し、中性的で神秘的な容貌へと変化する。その手からは錬成強化が仲間に飛ぶ。
「女の子優先」
何が何でも。そんな感じで。慈海もにこにこと錬成強化を飛ばす。ほんのりと朱が差した肌はまるで一杯引っ掛けたようで。
ドラゴンパピィは、花を散らしつつ、顔を上げた。その目に映るのは、5人の能力者。そして、背後からは3人の能力者の足音が迫る。
逃走行動をとる前に、静がきりりと弓を引き絞る。穏やかな静だが、覚醒後は別人のように冷徹な雰囲気を纏い、柔らかな栗色の髪は冷たい白銀へと変わり、口調が冷ややかな氷のごとく変わる。
「やれやれ弓は、得意じゃないのだが、こう何回も相手していると慣れてくる。その場所から、どいてもらおう」
びょうと、空を切って矢が放たれるが、それへ向かって、真っ赤な口が開いた。その口から出るのは水弾。拳ほどの大きさの水の塊りが、連続して吐き出される。その1つが、矢の進行方向を歪め、能力者達へと襲いかかる。
「当てさせはしませんよ」
強化ありがとうございますと、丁寧に礼を述べつつ、朱莉が前へと走り込む。その手にしたレイシールドが、間一髪間に合った。鈍い振動がレイシールドから伝わり、飛沫が飛ぶ。
「イタタタタッ! よ、妖精さん助けてデス!! というか皆助けて──!!」
全ての水弾が朱莉へと向かったわけでは無い。ドラゴンパピィは行動も多い。足手まといにならないようにと、朱莉から一歩引いた位置に構えては居たが、前衛にと出ていた空亜へ、もうひとつの水弾が当たる。
「大丈夫、大丈夫! 痛いのは、すぐ治るよ〜」
慈海の練成治療が、空亜を癒す。
「っ!」
接近して、攻撃をしようとする朱莉の動きを見てか、ドラゴンパピィは横の灌木へと逃げようとする。前後に立ちふさがられても、この場所は広い。
灌木への逃走を懸念していたアンドレアスだったが、こちらに向かってくるのでは無く、何も無い場所へと飛び込まれては、追いつかない。
「悪いけど‥‥逃がすつもりは毛頭ないわよ‥‥!」
ショットガン20の轟音が響く。その音と、掠める弾丸にドラゴンパピィは一瞬足を止めた。
「ちっ」
静の矢が再び、襲い、太い尾を縫い止めた。咆哮が上がる。
その足の早さと行動の多さで、上手く、接近戦にまで持ち込む事が出来ない。朱莉はハンドガンへと武器を持ち替えるが、その間に、廃墟側でドラゴンパピィを逃走阻止組のメアリーと京が、迫っていた。早い。銃弾を打ち込んだリンもすぐにその後に続き、メアリーのファングが矢を振り払ったドラゴンパピィにざっくりとえぐれば、牙を向いて反撃しようとするドラゴンパピィに、銀の軌跡を描いて、リンの刹那の爪が、腹を捕らえて、したたかに入った。
●ひとときの寛ぎは幻想の中に落ち
蔓薔薇を間近で眺め、十分に楽しんだ一行は、街へとその足を伸ばす。緑の幌馬車から出てくる、鮮やかな布。金糸、銀糸のモールに、極彩色のジャグリングの道具。高い位置に椅子のある一輪車。
CDによる軽快な音楽が流れて、そのつるんとしたディスク音に、深みが混ざる。バイオリンだ。やはり、生の楽器は響きも、その音の通りも違う。街へ楽しげな雰囲気の風が、ざあっと流れ込んでいくようだ。
小さな鈴の音は、サラの踊り。
石畳に、靴を脱ぎ、裸足でステップを踏む度、銀のアンクレットがしゃらしゃらと澄んだ音を立てる。バングルにもお揃いの銀の鈴が小さく沢山ついている。
早い曲調に変わったバイオリンに合わせてくるくると動く手足。長く尾を引いた弦の音と共に、その踊りは突然に終わる。
輪になった街の人々から、沢山の拍手が送られ、黒いシルクハットを持って、青年が回れば、小銭がばらばらと投げ入れられる。
満足そうに頷くと、京はセルヴィアの設えた紫がかかったテーブルへと向かう。何人かの列が出来ている。
「評判の占いだ。ひとつ、頼む」
京が小さな椅子に座ると、セルヴィアはカードをシャッフルし、京にも混ぜるように即す。そして、生年月日を聞くと幾つか山をつくり、またひとつにし、深緑のカードを、流れるようにテーブルに横滑りさせて、一枚選んでもらう。
出たカードは『太陽』。
「新たな始まりね‥‥。今日、貴方は何を見つけて、誰に目を留めたのかしら」
気を抜かないでとセルヴィアは微笑んだ。朝日に暴かれるのは、貴方も同じと。
陽気に歌を歌ってやって来た、空亜が引いたカードは『皇帝』。
「自身の考えに縛られないで? 高い台座から降りなければ、孤高のまま‥‥よ?」
「なるほど、心に留めておく」
1人で座るその場所には、沢山の責任が乗るもの、それを負うだけの心はあるけれど、無理はしないで‥‥ね。と、見送られる。
『悪魔』を引き当てた、アンドレアスは、流石にめくった瞬間は息を呑む。
けれども、髪をかきあげて、にやりと笑った。
「Eマイナーセブンスコードを聴いて悔恨と感じるヤツも郷愁と感じるヤツもいる占いもそれと同じだろ?」
「‥‥ええ。カードに良いも悪いも無いのよ‥‥あるのは意味だけ‥‥」
占い師は経験に基づいてカードを読む事を、アンドレアスは良く知っていた。
音楽にも通じるものがあるからだろう。セルヴィアから語られる言葉は、断ち切り難い思いは、何所まで暖めていくのかしらという問いだった。
「もしよろしければ‥‥占っていただけますか?」
「‥‥もちろんよ‥‥可愛いお嬢さん‥‥」
朱莉のカードは『審判』。どういう意味にもとれる。目を丸くして、首を傾げれば。
何を待っているの? と、セルヴィアは微笑む。貴女が信じる道をそのまま行けば良いと。下される審判がどんなものでも、心を裏切らずに進んだ結果なら、どんな事でも受け入れられるはずだと。
「信じる、信じないは、個人の好き好きだと思うわ」
「答えを貴女は知っているのね‥‥ずるいわ‥‥」
道を切り開くのは己の力。そう微笑、占いの礼を言う静に、セルヴィアは同じように微笑み返す。出たカードは『悪魔』。
過去に囚われた思いを、貴女は大事にしているのね? 断ち切り難い思いを、知っているのに手放さないと。
静かに座ったリンのカードは『愚者』。
「愚か者?」
「愚か者は、最高に賢い者でもあるわ‥‥」
離れ難い過去を捨て去る事が出来たのかしらと、セルヴィアは微笑む。ありのままの貴女は、ステキよと。心のままに、その道を進んで? と。
芸人一座『ほうき星』全ての芸が終わる頃、慈海がやって来る。
楽しげに引いたそのカードは『運命の輪』。
回る輪は常に落ち着かず、幸も不幸も目まぐるしくやって来るという。
「貴方の望むモノが近くにあるのかしら‥‥? それは、油断すればすぐに目の前から消えてしまうモノよ?」
手をかざした慈海に、首を傾げるセルヴィア。占い、俺も出来るんだよと、人好きのする笑顔を向ける。
「うん、俺と付き合っちゃいなよ★」
慈海は、即座に言った言葉を冗談にする。笑い合い、最後に言った言葉に、セルヴィアが遠い目をしたのを心に留めた。ビンゴと、心中で呟いて。
──忘れられない人が居るんだね。
「橋を直して、また蔓が全面に絡みつくまで何年かかるかしら‥‥」
蔓薔薇の絡みつくコンクリの残骸。この橋の復興の目途はたっていない。この廃墟のまま、蔓薔薇が彩るのかもしれない。
メアリーは、葉の具合など眺めつつ、柔らかいグラデーションを作る蔓薔薇に目を細めた。
橋が再び開通する、その時は。願わくば、平和な世界になっていますようにと。