●リプレイ本文
●オレンジの気になるあいつ
客間から進入を開始する。
中庭の大きなプール。それを囲むように白い円柱が立ち並ぶ。2階は無く、高い空間は開放感を感じる。プールに対する面は、客室はアコーディオン式のガラス張りである。
それはコの字型に広がり、数多くの客間などを出現させていた。客間の無い短い一辺は、従業員が掃除などの出入りする為の壁になっている。
プールにぷかぷかと浮いているオレンジ・ジャックは、一体だ。オレンジ色したかぼちゃの顔にくりぬいたかのような目と口。黒タイツに黒マント。マントは脱いでいるようだ。もう一体は、長い一辺のプールサイドにある白い長椅子に寝転がり、やはりマントを脱いで、サングラスで上を向いて、転寝をしているかのように見える。
「ずるい──‥‥」
まずは、囮の班がプールサイドに出て、近いほうのオレンジ・ジャックを退治する作戦である。囮班のレーゲン・シュナイダー(
ga4458)は、客間から、アコーディオン式のサッシを開ける前に、覗いて呟いて、はっと我に帰る。ふるふると首を横に振ると、このままでは危ないですもんねっ! と、拳を握り締める。
「あの、優雅な佇まい‥‥」
似合うのが悔しいと、蓮沼朱莉(
ga8328)も僅かに眉間に皺を寄せる。プールに居るオレンジ・ジャック対策に、塗れても良い様、スクール水着姿だ。
「まぁ、さっくりと退治してしまいましょう♪」
朱莉の姿に、可愛い可愛いと目をほころばせつつ、グラサンかけて、寛ぐなんて、何所のお大尽なんだかと、大泰司 慈海(
ga0173)は厨房で作ってもらったトロピカルジュースを揺らす。甘い香りがふうわりと漂った。もう片方の手には、強力粉を水で練ったものを入れたバケツを持っている。足止めに使うつもりだった。
「建物の被害‥‥最小か」
豪奢なお屋敷を眺め、弁償代を思わず脳裏に描いた榊 紫苑(
ga8258)が、小さく溜息を吐く。その姿は何所と無く緊張気味だ。初めての囮役はともかく、女性が苦手と言う生理現象に至る事象に悩まされている。
手際良くロックを解除し、囮班の前を行く不知火真琴(
ga7201)は、同行の仲間達を振り返り、にこりと笑う。見知った顔が多いのがその理由のひとつであり、グラップラーの先輩と思う愛輝(
ga3159)と依頼を共にする事が出来たのも大きい。
「頼りにさせて頂きますので♪」
「こちらこそ、お手並み拝見致します」
愛輝も、真琴といつか一緒の依頼をという、約束が果たせた事で、嬉しげな笑みを浮かべる。
「上手く牽制出来れば、大丈夫かな」
プールと長椅子に別れているオレンジ・ジャックを確認し、クラウディア・マリウス(
ga6559)も頷いた。
興味津々で、覗き込んだ曽谷 弓束(
ga3390)は、複雑な表情で首を傾げる。見た目は小柄で、キメラと言われてもぴんと来ない。けれども、嫌に堂々とした寝そべり具合。ぷかりと浮かび、時折ざばんと潜って浮かび、またぷかりと浮かぶ姿。
「‥‥可愛さ余って、憎さ百倍という奴やろか?」
その言葉が似合う相手に、初めて遭遇したかもしれないと。
「行きましょうか」
真琴が囮班に声をかけた。
●プールサイドの攻防
「オレンジ・ジャック! 覚悟っ!」
大きな音を立てて、アコーディオンの引き戸を開けて、真琴はプールサイドに侵入する。僅かに髪や瞳に赤みが差し、胸元から腹部へと焔の紋様が浮かび上がっている。
「そォら!」
キャンディやお菓子の袋を揺らすのはレーゲン。栗色の髪から、プラチナブロンドへ。柔らかい目尻がキツクなり、口調すらも、姐さんと呼ぶに相応しく変わったレーゲンは、その前に、錬成強化を真琴と紫苑にかけている。
「! ! ! ! !」
長椅子に寝そべっていたオレンジ・ジャックがサングラスを直しつつ、軽く飛び上がり、奇声を上げれば、プールの中で浮かんでいたオレンジ・ジャックも、ざばりと頭を上げる。
おびき寄せる必要は無かった。この中庭全体をテリトリーと考えているのか、メイドを追い出した事からも想像出来るように、自分達以外の者は排除する。追い出しにかかるのだから。
二体が同時に三人へと向き、怒りマークが浮き出ているかのような頭の振り方、そして、人を指差すその指から。
「来るっ?!」
真琴が叫び。
「見た目の割りに素早いか?」
紫苑が軽く舌打ちする。茶色の髪が漆黒に変わり、紫の瞳は冷たい青い色をたたえて。
遠距離攻撃の射程と同じ距離から、打ち出されるのは勢いの良い水鉄砲。
どちらか一体だけをターゲットにするつもりだった能力者達は、双方からの攻撃に一瞬惑う。たったったと、軽快に走ってくるオレンジ・ジャックと水中から接近するオレンジ・ジャックを引きつけ、駆け出す。
びし、びし。と、柱に当たる。柱を盾代わりに移動をする為だ。しかし、柱だけに水鉄砲は当たらない。手前にあった白い長椅子や、テーブルが、びし。と当たる度に壊れる。移動経路にも、多くあり、小さなオレンジ・ジャックの移動よりも、能力者の方が手間がかかっていた。
「っ!」
「くそっ!」
「大丈夫っ?」
レーゲンと紫苑に、僅かに当たる。銃弾のように重い一打だ。当たった場所がじくりと痛む。真琴が、動きが止まった2人を庇うような位置へと走り込む。
「練成治療があるさっ!」
ぐっと唇を引き結び、レーゲンがその傷を治して行く。
プールサイドを回るオレンジ・ジャックが、隠れながらおびき寄せる能力者へ迫り、プールに入っていたオレンジ・ジャックは、ざばざばと近付き、よっこらせと、プールサイドへと上がり、迫るかと思う頃。
「Hi、Jack! お前の安住の地は此処じゃない。即刻、退場を願おう」
同じ客間から、攻撃班として後から突入してきた愛輝が叫ぶ。真っ青な瞳が、真紅に色を変え。
練成超強化を愛輝にかけた慈海は、トロピカルジュースと強力粉の罠を張るのを一端置く。朱莉ちゃんにかけたかったかもっ。と、女の子優先な慈海がこっそり思ったのは内緒。
「足手纏いにならないように‥‥」
「星の加護をっ」
朱莉は、強化してくれるクラウディアにぺこりとお辞儀をする。水着の胸が寂しくなったのは戦い易い為である。
突入前に、左手で胸のペンダントを触るクラウディアは、星よ力を‥‥と、小さく呟く。覚醒だ。クラウディアの左手には、星が連なる光りのブレスレットのようなものが浮かび上がっていた。
「逃がさへん‥‥覚悟しぃや」
弓束の紫の瞳が真っ赤に染まる。僅かに眇められた目が、オレンジ・ジャックを捕らえる。長弓黒蝶、漆黒のその弓から、びょう。と、空を裂いて矢が飛んで行く。注意をそらされていたオレンジ・ジャック1体の頭の端を、えぐるように弓矢が刺さる。
悲鳴を上げるグラサンの付いたオレンジ・ジャック。
挟み撃ちを見て取ると、怪我をしていない方のオレンジ・ジャックは、プールへと飛び込んだ。水柱が上がり、ざばざばと誰も居ない方向へと逃げようとする。
「超機械攻撃だよ〜」
ほんのりと酔いの回った風な赤みの差した顔色の慈海の手から、超機械ζの電磁波が飛ぶ。
「おいチビ、逃げるなんて格好悪ぃ真似すんじゃねえよ」
愛輝が逃走にかかるオレンジ・ジャックを挑発するが、かかってはこない。大人数で囲まれては、子供っぽい行動をとるオレンジ・ジャックといえど、いや、そうであるからこそ、ダッシュの逃走にかかる。
矢が刺さって、くるくると回っているオレンジ・ジャックにエアストバックラーから、ジャックに武器を持ち替えた真琴がその足を使い走り込む。
「七色の星々よ、彼のものに大いなる加護をっ」
クラウディアが、朱莉に錬成超強化をかけ、ぺこりとお辞儀をする朱莉が走り出す。その前を、愛輝が走る。早い。
「はい。お終いですよ」
ざっくりと入る爪と爪。
「暫く見ない間に、頼もしくなりましたね」
大きなオレンジ頭が、どさりとプールサイドへ沈んだ。
「なんや、しょもないなぁ‥‥」
再び、弓を引き絞るのは弓束。
「行きます」
びぃんと響く、弓の音。そして、クラウディアが持ち替えたスパークマシンαから、一直線に攻撃が飛んで行く。軽い水飛沫が上がると、ぷかりとオレンジ頭が浮かんだ。
「ごめん。限界」
オレンジ・ジャックが2体とも動かなくなるのを確認すると、紫苑は、崩れ落ちるようにばったりと倒れた。
●ちょっとだけよ
慈海が、プールちょっと遊ばせてもらえないかなと小首を傾げる。
「ティムちゃんもご一緒に♪」
クラウディアも、ね? と、笑う。
「ほら、キメラが使ったみたいだし、プールも調査が必要だよねっ」
お疲れ様でしたと、玄関で執事さんやメイドさん達と待っていたティム・キャレイは、では、状況を見てと、微笑む。
ポケットから出すのは電卓である。
執事さんと、破壊された長椅子などを見ながら、電卓の応酬を繰り返し、お互い満足したのか、頷き合っている。
「修復必要でしたらお手伝いを‥‥」
「椅子は破棄するそうですので、大丈夫ですわ」
朱莉が修復を申し出るが、椅子などはそのまま捨て去るようで、硝子にヒビなども無く、柱は大理石であり、僅かな傷は問題なしとされた。
それで、プールは‥‥と伺う能力者達に、ロマンスグレーの執事さんが、鷹揚に頷いた。
「それにしてもスゴイお屋敷やわぁ‥‥」
壊れていない長椅子で、なにやら呻いている紫苑を見つつ、弓束が、小さく安堵の溜息を吐く。
片付けられたオレンジ・ジャックの姿があったなんて、考えられないような静けさだ。プールサイドから、足だけ水に浸せば、陽射しがたっぷりと注がれた水色のプールに銀色の波が浮かぶ。
歓声が上がる方向を見れば、水着を着込んだ仲間達が水面を揺らし、また、銀色の細波を作る。それを見て、弓束の口元に、自然と笑みが浮かんだ。終わったんだなと。
「ご一緒に‥‥ですか?」
「遊ばせてもらえるなら、遊びましょう」
ちょっと戸惑っているティムに、レーゲンは、こくりと頷き、引っ張ってくる。そうそう、一緒に遊ぼうと慈海が後押ししつつ。
「どうかしましたか?」
うっ。と、僅かに言葉に詰まったレーゲンへ、朱莉が小首を傾げる。覚醒時にスレンダーなスタイルだった朱莉だが、今はスクール水着が悩ましい曲線を作っている。羨ましいと零れる溜息と、何の事かわからずに首を傾げる朱莉。
勢い良く飛び込んでいたのは真琴だ。
「ふあっ。気持ち良いですねー」
水から顔を上げると、猫のようにふるふると水を切る。潜水用の水着も、真琴が着ていると、何となくカッコイイ。まだプールサイドに居る朱莉やレーゲンに手を振る。
同じ水着でも、クラウディアのは何となく可愛い。やっぱり、ざぶんと飛び込んで。ぷかりと浮かび、伸びをする。
「貸切だねーっ!」
女の子が一杯。と、幸せそうな慈海。
ちゃぷりとプールに入った朱莉は、ティムを横目でみつつ、思わず願う。
「素敵なパーティーが行えますように‥‥」
朱莉の願いは、すぐに叶う事になる。
プールを占拠していた、オレンジ・ジャックは退治されたのだから。
きらきらと光る水面に、女の子達プラス1名幸せ者の笑い声が響いていた。