●リプレイ本文
●1日目昼
「来ますっ」
長い銀髪が、軽いリズムを取っているアイロン・ブラッドリィ(
ga1067)が声を上げる。
その森は、侵入者をすぐに排除しにかかったようだ。
アイロンは、洋弓アルファルを引き絞る。
かすかな気配は、すぐに皆にそれと知れる、禍々しい気配になる。
灌木を掻き分けて迫るのは、灰色の毛皮のワーウルフだ。
「上からも来るぞっ」
深い森だ。背の高い木々が覆う。油断無く背後から警戒をする三間坂京(
ga0094)が、木々の中を這うように蠢く緑のゼリー状の物体を発見する。
降って来る溶解液を、ぎりぎりでかわす能力者達。
「降りて来るつもりは‥‥なさそうですね」
楔文字が、鎖が絡みつく様に肌に浮かび上がる。水銀のようにとろりとした色合いの、文字の中心である右目がスライムを捕らえて小銃シエルクラインで狙い打つのは、オリガ(
ga4562)だ。パリィングダガーで受け流すつもりだったが、時間が惜しい。
低い銃声が森に響き渡る。
「大歓迎?」
銃で攻撃をと考えていたが、出てくる数が多い。月詠を抜き放った平坂 桃香(
ga1831)が、行軍の側面から現れたワーウルフの爪を、がっちりと受ける。ふわりと揺れる漆黒の髪が淡く発光する。
「まだ来るよっ!」
大泰司 慈海(
ga0173)は、後ろに下がろうと思うのだが、迫るワーウルフ、木々の上からはスライムでは、下がるに下がれない。超機械ζで、まずは接近してきたワーウルフへと電磁波を発生させ、その動きを鈍らせようと試みる。ほんのりと赤みのさした肌は酔いがまわっているかのようだが、そうでは無い。覚醒だ。
「‥‥だーっっ! ワラワラワラワラ沸いて出やがって、鬱陶しいったらありゃしねーっ!!」
ずるり。と、木々から顔を覗かせるスライムへとアサルト
ライフルを向けるのは、ノビル・ラグ(
ga3704)だ。光り輝く金の髪が真紅に染まり、空の双眸をうつす青い瞳が、金と銀の妖眼へと変わる。
どう。
鈍い音が響き渡る。
「まだ、来ますか‥‥」
月詠を抜刀し、如月・由梨(
ga1805)が踏み込む。漆黒の髪、漆黒の瞳の日本人形のような姿の由梨だったが、深い闇の瞳は、そこから燃え上がる篝火のような紅蓮の赤へと変貌する。僅かに上がる口元。容赦の無い刃がワーウルフを両断する。
(「流石に‥‥数が多い」)
柔らかな色合いの茶の髪は漆黒へ。紫の光りをたたえる瞳は冷たく深い青へと変化した榊 紫苑(
ga8258)も蛍火を抜き放ち、迫るワーウルフへと振り抜く。
未踏の地だ。
細かい枝や、灌木が、刀が武器の能力者達には、幾分か余分な気を使わなくてはならなくなっていた。思うような一撃が与えられない。
いちいち相手はしてられないがと、紫苑は思うが、キメラを振り払い、森を走り抜けるのは無理がありそうだ。
咆哮が、遠くから聞こえる。
第2陣も、そう遠くなくやって来るのだろう。
仲間のキメラが地に伏しても、何ら怯む事無く、むしろ凶暴性を増したワーウルフを何体屠ったろう。
森の上から、落ちる酸に、装備は僅かに溶けている。襲いかかる事のみに集中したキメラ達。
京は、軽く溜息を吐く。
「やり過ごせる‥‥なんて事は無さそうだな」
「怪我した人は居ないかな〜?」
酸の怪我や、軽い擦り傷や切り傷を負って居ない者の方が多い。
軽い傷ならば、救急セットの手当ての方が良いだろう。桃香は、酷い怪我が居ないのを確かめる。
「まず自分かな」
桃香の服装はワンピースだ。覚醒をしていない行軍だ。コートを着てはいたが、小さな傷が沢山ある。
「進むより、戦う時間のほうが多いですわね」
アイロンが、2回目のペイント弾を打ち込んだ。鈍い音と共に、木に明るい色が着色される。
由梨が厳しい眼差しを倒したキメラ達に向ける。
「一刻も早く救出した方が良さそうですね」
「ミイラ取りがミイラにならねー様にな!」
気合入れて行くぜと、思うノビルの元気な声が仲間達を促した。
●1日目夜
真の闇は、存在はしないのかもしれない。
夜に目が慣れれば、人工の光りはかえって邪魔だ。
見晴らしの良い場所を、何とか見つけると、能力者達はそこにキャンプを張ろうと試みる。
氷点下まで冷え込むという事は無いが、そこそこの寒さが森を包む。
静かに安眠できれば、体力も練力も回復するだろう。
だが。
闇に紛れるような事も、気配を隠そうともせず、ワーウルフが迫る。
銃撃の音で引き寄せられて来ているのだ。
新たな戦いと移動。
そしてまた、銃弾の音に引き寄せられるキメラ。
幸い、強酸を放出するスライムは数が少ない。足が遅いのか、あまり移動する気が無いのか。
いずれにしろ、この依頼を共にする仲間達からすれば、一体はさして敵とするほどの相手では無い。
「野営生活というのも久しぶりですが‥‥」
アイロンが弓を引き絞る。
「眠れ‥‥ませんね」
「意地でも眠らないとな」
次の襲撃まで間があるだろう。
ディガイアを軽く振り、ついた血糊を払うと、京も苦笑する。
暗視スコープに映るのは、もう動かないワーウルフばかりだった。
京は、軍に、KVが落ちた後の行動を聞いていた。
軍行動で、何らかのパターンがあるのならば、捜索が助かる。
この依頼は、じき退役する個人の依頼だ。ロストと認定された、要救助者、北見沢幸一の‥‥軍内のKV乗りの脱出パターンは、容易に教えてもらえるものでは無かった。落ちた機体も汎用機の上、さして重要な任務を背負っていた訳でもない。
ただ、高い場所へと向かう事は、基本だろうと告げられる。
(「‥‥大の為の小、か。確かに正しい判断だが‥‥馴染めないな」)
夜空を仰ぎ、服装に頓着していなかったアイロンは、僅かに身を震わせる。
それにしても、と。ひとりを切り捨てるそのやり方に、小さく溜息を吐く。
「救難信号が出てという事は、まだ、望みはあります」
なんとしても救出して見せましょうと。
「立て続けでしたね‥‥」
オリガは、女性の苦手な紫苑にあまり近寄らないようにと気を配りながら、歩哨に立つ。冷える夜は、ぬくもりが恋しい。預けてきた猫を思い、荷物に紛れ込ませたこねこのぬいぐるみを見て、僅かに笑みを浮かべる。
絶え間なく続く襲撃に、体力と練力がじわじわと減って行く。
僅かな睡眠も、襲い来るワーウルフの叫び声に、何度も中断を余儀なくさせられる。
(「決定的な戦力差とまではいかないが」)
堪える。
紫苑は深く息を吐き出した。
まずは、川を探すのが基本だろうかとノビルは考えたが、墜落した方角に、これといった水場は地図に無い。ひとり離れて水場へと向かうのもためらわれる。ロスト扱いの幸一が、正確な地図を持っているかどうかもわからない。まずは、落下地点まで行く事が重要だろう。
「どのくらい進んだかな」
「そうですね、1日、通常の行軍がどれほどのものかはわかりませんが、戦闘時間分‥‥3分の2ほど」
綺麗な眉根が寄る。
バグア支配地域と変わらないほどの戦闘区域からの救出。
生存率はどれほどだろうと、思う。だが、老軍人が、諦められず、依頼を出した。その想いはきっちりと受けた。
「是が非でも成功させてみせます」
「おう」
ノビルと、由梨は、依頼成功を願い、頷き合う。
けれども。
由梨の愁眉は晴れない。
「ただ、何となく嫌な予感がします‥‥バグア支配地域に近いという事からでしょうか」
「そっか‥‥」
「‥‥いえ、あまり気負いすぎもいけませんね」
「でもさ、そういうの、大事だよな」
何がどうと、はっきりとした形にはなっていない。
キメラの蠢く森をつっきり、人を保護する。よくある依頼だ。だが、何となく釈然としない。由梨とノビルは、ふたりともそんな思いを抱いている。
「人の居る痕跡って、無いですね」
「うん、そうだね。まだKVが落ちた場所は遠いのかもしれないねー」
「そうですね、でも、これだけキメラが居れば、他に人が出歩いてるって事は無さそうですから、何かあれば、それは確実に手掛かりですね」
帰り道の為にと、木をへし折ったり、地面に印をつけたりしていた桃香だった。
そして、思うのだ。同じように、幸一が印をつけて歩いてはいないかと。
「そーだね。キメラばっかりだもんね」
慈海は、沢山の手紙を用意して来ていた。助け手が来る事。向かう方向が、簡易に書かれた手紙だ。
目印にと木に貼り付けた。帰りは剥がして帰れると良いと思う。
万が一、幸一が死亡していた場合、持ち帰るのは遺体か、遺品か。
そう、依頼主の老軍人に慈海が問えば、遺品で構わないと告げられた。
そこまでは、必要が無いと。
淡々と語る老軍人の眉間の皺が忘れられない。
(「無事だと良いな」)
慈海は小さく呟いた。
●2日目夕方
「まだ、何の痕跡もありませんね」
キメラがこれだけ出て、戦闘をしているのなら、薬莢や、ブーツの踏み後が目立つはずだ。オリガはうっそうとした森に眼を細める。
「ひらけた場所というのも、中々無いです」
双眼鏡でまわりを確認する桃香が溜息を吐く。
今日も収穫が無ければ、野営に適した場所が無い。その場合、どうするか。
「こちらに逃げているんじゃないのかも」
「キメラは来るけどねっ!」
ノビルが叫ぶ。
うねる物体が、上から降って来る。
どろりとしたスライムの、強酸。
視認するのが僅かでも遅れたら、まともに喰らう事になる。
夕焼けが、燃えるように赤い。
「能力者‥‥ラスト・ホープの者か。それとも‥‥村から来た者か」
がさりと現れた男は、銃口を能力者達に向けていた。
戦いの音は、キメラを呼び寄せるだけでは無く、森の中を逃走していた要救出者──北見沢幸一がやって来る為の音にもなっていた。
嫌な色に変色した軍服。
依頼で見た幸一の写真では黒目、黒髪だったが、灰色の髪に、緑の瞳は瞳孔が縦に細い。覚醒をしていた。それはそうかもしれない。キメラと戦ってはいるが、やって来たのが味方とは限らないからだ。
今現在、幸一が立っていられるのは、能力者達へとキメラが集中したせいでもある。
彼がエクセレンターである事も幸いした。
「北見沢幸一くん? 救助依頼が出ているんだよ」
慈海が、幸一の顔色をうかがいつつ、声をかける。
回復能力があるとしても、完全では無い。練力にも限りがあるからだ。
「村? 親バグアの村ですか?」
ほぼバグアの占領下に近い、戦闘区域だ。そんな場所に存在する村は、あまり無い。オリガが怪訝そうに呟く。
これだけキメラが居る場所に、村。
「救出に来たんだろう、だったらさっさと撤退だ。キメラの多さは見ただろう」
村と聞き、逡巡する能力者達を一瞥すると、幸一は銃を下ろすが、仕舞う気は無さそうだ。何所と無く見下した感のする言い様が、僅かに勘に障る。
「本来なら切り捨てられちまうトコを、爺さんに助けられたんだ。一生足向けて寝らんねーぞ?」
ノビルが、軽く肩を竦める。
「どういう事だ。軍からの依頼で来たんじゃないのか」
「違う」
ノビルが首を横に降る。軍は彼を切り捨てた。それは事実だ。
「‥‥だったら、この救助は余計な事だ‥‥戻っても恥を晒すだけと言うわけだ」
「そんな事無いよ。軍が動かない場所に行くのが俺達の仕事のひとつだから」
まずいなと、慈海は思った。軍人の中には、このタイプは意外と多い。ラスト・ホープの傭兵を一段下に見て、自らが軍に所属している事を誇る者だ。幸一は、傭兵達に頭を下げた老軍人とは真逆の位置に居る。
「じき、夜になります。まずは野営の準備をしないと」
暗くなってきた空を仰ぎ、由梨が声をかけた。
●2日目夜
「村はどうしましょうか」
アイロンの疑問は仲間達全ての疑問でもある。
「バグアの占領下近くだ。全員一丸で動きたいが‥‥保護対象は確保したからな」
京が苦笑する。
万が一の場合、遺品だけでも持って帰れれば儲けものかと思っていたが。
「周囲がキメラだらけなのに、教われない村‥‥」
かといって、単独行動は無謀だ。
仲間達はどうするのかと、オリガは夜の蒼い闇を見る。
「幸一が発見されたから、戻るのが確実かと思う。まずは報告だろうな」
村は二の次。紫苑はそう思う。
幸一により、村の概観は聞けていた。
その村は、川の真ん中に位置するという。
切り立った崖のような大きな岩のような場所が、川の真ん中に存在するのだと。泳いで渡れない事も無いが、川の中に何が潜んでいるかわからない。
渡りきった所で、急斜面を這い上がるのはかなりの労力が必要になりそうだと言う。
いざとなったら一か八かで川に入るつもりだったらしいが、銃弾の音に、思い留まったのだと言う。
「今夜は静かだな」
ノビルは、こんな場所に存在するという村を思う。
「普通の村では無さそうですね‥‥何か、何かがおかしいですね」
「うん、俺もそう思う」
親バグアの村だとしても、普通の人が外界と行き来出来ないような場所にある村。
嫌な感じだ。
この感じは覚えがある。
「っ! 来るぞっ!」
咆哮が上がる。
ワーウルフの襲撃が昨晩に比べると少ないと思っていたら。
闇に浮かぶ金色の目。
サーベルタイガー。
ノビルはこのキメラを嫌と言うほど知っていた。
──M。
かつて追った、バグアについた人買いのヒトデナシが、ふっと脳裏を過ぎった。
今目の前に現れたサーベルタイガーは、かつて戦ったサーベルタイガーに比べ、さして、強くも無かった。自身が強くなったのか、それとも前のサーベルタイガーが強かったのか。そのどちらでもあるのかもしれない。
由梨の月詠が闇と共に、サーベルタイガーを切り裂き、ノビルの銃弾がめり込み、酷い咆哮が響き渡り‥‥。
「様子見‥‥しか出来ないよねえ」
村に入る手立てが無い。その村のある川まで、丸1日余分に進まなくてはならない。幸一を確保したのだから、すぐに帰還するのが良いだろう。しかし、気になる。慈海は、深く溜息を吐いた。
「あまり深く関わり合いになりたくないですね」
今は。
そう、桃香は呟く。早く朝が来るといい。
目的は果たしたのだから。
幸一という、戦い手を増やしたが、帰りの道行きも、来る時と同じくらい、ワーウルフとスライムにじわじわと体力練力をけずられつつの撤収となった。
慈海の貼り付けた手紙が一枚、紛失していたが、スライムの強酸で溶けたのかもしれない。
愛想の無い礼を言う幸一と、深々と礼をする老軍人の姿が対照的だった。