●リプレイ本文
特徴の有る眼帯をした、隻眼の鷹司 小雛(
ga1008)が、仲間達に作戦の確認をとってまわっていた。穏やかな海風が吹く島を上空から見た時の美しさを思い出す。珊瑚礁の海は、コバルトブルーとエメラルドブルーの色を陽の光に反射する。綺麗だ。南国の島の景色に満足気に頷くと、この地で戦える事を幸いと、微笑んだ。
「今日の仕入れる酒は椰子酒ですねぇ‥」
猫屋敷 音子(
ga0277)は、頭上の椰子を見ながら、うんうんと頷いた。酒の仕入れをついつい考えてしまうのはもはや身についた習性だろうか。仕入れ?と聞き返す仲間に、こちらの話でと、笑顔を返しつつ、島人にグリーンスライムの目撃地点を聞き込んで行く。
「では、よろしくお願いします」
島の代表者を探すと、説明会を開きたい旨、話をつけたのは高崎 仁(
ga2462)である。能力者がやってくることは、島人達は知っていたが、作戦行動に協力してもらうためには代表者を探せれれば、話がスムーズに進む。淡々と仕事内容を話す姿からは窺えなかったが、仁は、穏やかな島が心から安全になるようにと全霊を尽くす気でいた。
「やっぱり、衛星電話は駄目みたいね」
「トランシーバーが借りれたかのだから、良しとしようじゃないか?」
「モニターに情報が載るようなキメラは充分なサンプルもあるみたいね」
高機能の通信手段は、地上ではほぼ使えないと思ってほしいと言われたのを、文子(
ga2495)は思い出す。トランシーバーさえ借りれないようだったら、作ってもと思っていた、ミハイル 平賀 (
ga0275)は、そんなものだろうと、軽く肩を竦める。退治するキメラの情報は多いほうが良いだろうと考えていたのは、十得・梨緒(
ga0524)と文子だったが、モニターに映し出されるようなキメラは、特殊という報告が上がらない限り、充分なデータがあるという。今回のグリーンスライムは、取り立てて特殊なものでは無いようだ。
「島の人々の生活の平穏を取り戻す事に全力を尽くしてきます」
困っている人の力になれたらと、文子は強く思うのだ。
大人達に厳重注意されていたのだろうか。笑い声の無い、むっとした表情の子供達に、仁はサングラスをくいっと上げると、笑いかけた。
「‥‥海へは近寄るな。すぐにお前らが遊べる海を取り戻してやる」
発見ポイントは、二つ。島を挟んで対岸にある入り江付近というのだから、警戒が厳重になるわけで。疑似餌が、盛り上がった緑の物体に飲み込まれる。索敵し、掃討するつもりで分けた班も二つ。能力者達は、手はず通りにグリーンスライム殲滅戦を始めるのだった。
「こりゃまた‥食欲旺盛だな」
仁がアサルトライフルを構える。左眼が、金色に変わり、猫のような瞳孔に変わる。それと同時に顔の右側に、眼を縦に切られたかのような傷跡のような線が一筋浮かんだ。覚醒だ。
銃弾が水面に伸び上がって来たグリーンスライムに命中する。うねるグリーンスライムは、自分を攻撃する相手を認めたのか、単にこちらに来たかったのか。連続して、仁の銃弾が打ち込まれる。しかし、水中をうねりながら動くグリーンスライムの致命傷にはならないでいた。
「寄ってきましたね」
覚醒を終えた真藤 誠人(
ga2496)の背に白い翼のような光がふわりと浮かんでいる。黒い瞳は色を変え、金色に光り。きりきりと引き絞られた長弓の矢が、美しい軌跡を描き、グリーンスライムに命中すると、うねり、波を上げ、波紋を広げていたグリーンスライムは動かなくなる。
島の反対側の入り江近くでは神徳 奏音(
ga1473)、文子、音子の狙撃が、もう一体のグリーンスライムを屠っていた。
空を飛ぶ鳥を落としたという情報から、凧を飛ばしていたミハイルは、あっという間にぼろぼろにされた凧の糸のみ巻き取る。海中から発射される酸の攻撃はまちまちで、はっきりとはわからなかったが、おおよその目安が立てば良い。
「酸の射程は5mから9mほどって所だね」
「また、明日。明るいうちから船出した方が良いでしょうね」
「そうね、どうやらここにいたのは一体だけみたい」
奏音の呟きに、アサルトライフルを片手で肩に担ぎ、双眼鏡で聞き込んだスライムの出現ポイントなどを慎重に見ていた音子が答える。
外海から気持ちの良い風が吹く。外海と内海をわける珊瑚が白をはじめ、様々な色と形で島にラグーンを作っている。コバルトブルーとエメラルドグリーンに煌く海を見ると、無性に飛び込みたくなるのはわかる。子供達はさぞつまらない日々だった事だろう。快晴の空の下、慎重に小船が着水させられた。
「食いつきは良さそうですしね」
ミハイルが、浮きのようになった椰子の実を、舟の進行方向、先へ先へと投げる。
「何でも食べるっていう事は‥」
何も存在しない場所にグリーンスライムは居るのでは無いかと、奏音は考えていた。小魚の群れが、船体の下を通るのを見て、すぐには会えないかと、また眼を凝らす。ミハイルが、一点を気にする。それにつられて、奏音は視線を向けると、その場所から逃げるように魚が動く。水中に白く泡立つ軌跡が現れると、大きな魚がぷかりと浮かんだ。酸の攻撃。
右手に埋め込まれたエミタが淡く光り、奏音の右目が金色に変わり、アサルトライフルを構えて引き金を引く。
「あそこっ!」
「了解っ! 突然動かすかもしれないから、気をつけて」
「逃がさないようにしましょう」
音子が慎重に舟のを動かし、文子が淡々とアサルトライフルを構え、奏音の攻撃の補助に回る。戦闘のさなか、トランシーバーが鳴るが、こちらも終わらなければ、どうする事も出来ない。
「なんとか、持たせろっ!」
ミハイルが叫んだ。
分かれたもう1班の舟を操るのは小雛だ。長い黒髪が潮風に揺れる。
「なるべく揺らさないよう、注意いたしますわね」
「食えない奴を釣るのは性に合わねぇがな」
船を直接襲わないようにと心中穏やかでは無い、表向きは落ち着いた風情の仁が、撒餌をばらまく。梨緒が、流れたゆたう撒餌の行方をひたすら眺める。
「撒餌、ずいぶん撒きましたね」
「これだけあれば、何処から来るのかわかるだろうな」
確かに、浮いているだけの沢山の撒餌は、グリーンスライムを呼んだ。一方向の撒餌が、盛り上がる碧の海面と共にごっそりと海中へ沈む。
「来たかっ!」
大きく揺れる船の上、仁が覚醒を終えるとアサルトライフルの引き金を引く。弾丸は、グリーンスライムに命中するが、連続で打つ弾全てが当たるわけでは無かった。揺れる船の上では、誠人の長弓は狙いをつけにくい。ぎりぎりと弦を引く。何処でも打てるようになりたいと思うのだ。放たれた矢は、グリーンスライムに命中する。しかし。
「向うからもっ!」
梨緒の声が上がる。
こちらばかりに気をとられていたわけでもないが、次のグリーンスライムの接近を許してしまった。幸い、撒餌は沢山撒いてある。あえて打ち落としてまで大きな餌‥能力者達や船を先に食べようという気は無いようだ。
「行きましょうか、クリスティーナ」
小雛が、クリスティーナと名のある愛剣を引き抜いた。どろりとした半透明のグリーンスライムが舟にかかる。
「連絡をっ!」
トランシーバーで連絡をとるが、どうやら向うの班も交戦中である。
「かわろう」
梨緒が小雛に練成強化をかけて、舟の舵を受け取る。梨緒の目は、猫のように瞳孔が縦に伸び、揺れる毛先が銀色に染まった。覚醒だ。いつもつけているマスクも外している。
「多少高飛車で我侭な子ですけれど‥」
これだけ近ければ、はずしませんわと、小雛が仲間達を背にしてグリーンスライムに切りかかった。得体の知れない手応えだが、確かに、ダメージは、入ったようだ。僅かに、うねると、グリーンスライムは酸を小雛に飛ばす。
「っ!」
とっさに庇った手にかかる酸は、軽く無いダメージを小雛に与える。
「大丈夫! 大丈夫だよ」
梨緒が練成治癒をかけて、怪我を治し。なんとか、挟み撃ちの危機を脱出したのだった。
海中から姿を現している緑色のスライムの動きを止めてから、どれくらい時間が経っただろう。トランシーバーでお互いの無事を確かめ合う。どうやら、どちらの班も、良い結果を導き出したようである。
「これで終りかな?」
「もう一周、してみませんか?」
万が一、ラグーン内にスライムの狩り残しが居てはいけない。音子は再度の確認をする為に、エメラルドの内海を見回す。穏やかに陽の光を受けて、宝石のように光る碧のラグーンに平和が訪れた。
椰子の木の木陰で、紅茶を入れるのは誠人と文子である。
「いい風だな」
釣り糸を垂らし、眩しい陽射しに目を細めつつ、葉擦れの音を聞きながら、本の頁をめくる。
賑やかな笛や太鼓の音が島中から聞こえてくる。子供達の歓声と飛び込む水の音も笛や太鼓の音と気持ち良い重奏となり。久し振りの漁から戻った男達によって、豪快に魚がさばかれる。鉄鍋にココナツの甘い味と、僅かに刺激のある酸味と辛味のある魚介類のスープが出来上がっていたり、塩を振り、香草と共に蒸し焼きにした鳥。焼いた海老に柑橘類を搾って出され、椰子の実のジュースや酒が、これでもかと振舞われる。
「あれよね! あれ! うまくいって、ょかったねええっ!」
「あれって何っ?!」
「あれぇ? あれは、あれよぅ」
料理の手伝いをしていた文子は、真っ赤な顔をして、ぱむぱむと寄る人を幸いに叩きまくっている奏音に捕まる。見れば、たいした量も飲んでいないのに、へべれけになっている。島の人に手をとられ、太鼓と笛の音で、一緒に輪になって踊って行く奏音は、この夜の記憶はすっぽり欠落し、後から仲間に聞く事となる。
「‥‥騒ぐのは趣味じゃねぇんだ」
サングラスをくぃっと上げ、賑やかな場所から離れるのは仁である。陽の落ちるまで、子供達と珊瑚の海でたわいの無い水の掛け合いや追いかけっこをしたのを星空を眺めて思い出す。
同じように、昼間のうちに子供達に凧揚げや彫刻技術を教える気まんまんだったミハイルだった。南国の平和を守り、守護神として崇め奉ってもらうという遠大な計画だったのだが、文明程度はそこまで低く無く。しかし、子供達に、お兄ちゃん上手と集まってもらえれば、そうだろうっ? と髪をかきあげて復活する。これは野望の第一歩。報酬を貯めて巨大和風カラクリを作り、バグアを蹴散らして世界を和風カラクリで埋め尽くすという遠大な野望の! ミハイルは、一人マッドなサイエンティストよろしく高笑う。
静かな夜を好むものは他にも居た。
「一休み一休み」
音子は、波音と、お祭り騒ぎの賑やかな音の丁度真ん中あたりの静か過ぎず、煩過ぎ無い場所に、ハンモックを吊るす。寝転がれば、ゆさりとしなり、見上げれば満天の星空を独り占めのような気分にさせてくれる。
「綺麗よ?」
本格的な手入れは、戻ってからしなくてはいけないだろうが、小雛は愛用のグレートソード、クリスティーナを磨く。いままでも、これからも、この我侭な彼女と一緒なのだ。磨き上げたクリスティーナを胸に抱く。
アレルギーのある梨緒はマスクを外すと、深呼吸して、くしゃみの出ないのを確認すると、軽く頷き、寄せる夜のラグーンにゆっくりと入る。優しい海が、彼女を向かえた。ぷかぷかと仰向けに波間に浮かぶと、月と星の綺麗な夜空が見えた。のんびりと戦いの疲れがとれていくようで。
柔らかな夜の光と静かな海。遠くから、島の人々の楽しそうなざわめきも聞こえ、夜は更けて行くのだった。