●リプレイ本文
●祭り後の夜。スクランブル。
遠くから、聞こえていた祭りの音が、次第に聞こえなくなってくる。綿貫 衛司(
ga0056)は、空港の待機所で、その音を聞いていた。先には、花火の振動もその身に感じて、僅かに頬を緩める。
どうやら祭りは無事、終了したようだ。このまま、何もなければそれで良い。何かあるにしろ、島民を不安にさせないように自分たちが居るのだから、大丈夫。そろそろ、夜間の警戒任務の時間だ。それに合わせて仲間達も戻ってくるだろう。
ナイトフォーゲル──KVに搭乗するかと、腰を上げる。
ズウィーク・デラード軍曹は、とりあえず、待機所に置いとくかと、オリガ(
ga4562)から手渡された、ひとかかえもある、祭りの戦利品に、大受けする。たぷんと金魚の水袋が揺れた。
全員が待機所に揃い、落ち着いた頃。
スクランブルの連絡が入る。
滑走路に、ライトが灯る。
わらわらと、飛び出してくるUPC軍の作業班。誘導灯が、行き先を告げる。
静かな空港が、途端に殺気立ち。
軽い振動音と共に、コクピットが開閉する。
馴染んだ単座に滑り込む能力者達。
「‥‥楽しい時間の余韻に浸りたかったのにぃ〜」
ナレイン・フェルド(
ga0506)が呟く。白い肌は褐色に、操縦桿を握るその両の手の甲にはクロス、左の目の下には涙型の白い文様が浮かび上がり。
軽い排気音が吹き抜けると、PM−J8アンジェリカが滑走路を滑り出し。
電磁波の妨害が強くなる方向が、管制塔から示される。
強いジャミングは、ある意味、敵機接近を知らせる目安。
「楽しいお祭りが終わったばかりと言うのに、余韻も冷めない内からお邪魔虫だなんて無粋ですね」
皆さんの邪魔はさせませんよと、ふうわりと、炎のような赤みを髪と瞳に纏い不知火真琴(
ga7201)のH−114改岩龍が、飛び立つ。それを、守るように前に出るのはとろりとした、水銀のような反射をする右目に変わり、その右目を中心に楔文字が絡みつくように広がった、オリガのXF−08D雷電。みっちりと詰め込んだ装備がその重量級の機体を強調するかのようだ。
『頼りにさせていただきますね♪』
『任せて下さい』
岩龍の装甲は、どうしても弱い。大好きな友人、オリガの雷電を見て、色々な意味で心強く思う。
「せっかくのお祭りですから、きちんと有終の美を飾りたいものです。その意味からも招かれざるお客には疾くお帰り頂く事にしましょう」
榊 刑部(
ga7524)のXF−08Aミカガミが、ぐっと前に出る。その銀色の双眸は、夜空を映す。コクピット内には氷雪のごとき白い空間に変わっていた。
「日常に異変を感じさせずに日常を守る、地味で目立たない盾役は自衛隊時代で慣れてますよ」
XF−08D雷電を駆る衛司が呟く。こうしたスクランブルは、平和だと言われていた時代にも頻繁にある。しかし、それは一般人の知るところでは無い。知らないまま、人々を守る、地味な役回りだ。
しかし、それこそが誇りである。そう、衛司は金色の双眸で計器を見ながら思う。
「夏祭りの余韻を台無しにしようとする敵へのおしおきタイムです」
ヴィルフリートと名をつけているS−01改へと乗り込む前に、レーゲン・シュナイダー(
ga4458)はぐっと口元を引き締める。この壱岐には、大切な人も来ている。迎撃は絶対に成功する。コクピットに乗り込めば、その柔らかな風貌は一変して。
紫煙が巻き上がり、瞳も髪も紫に変わる。KVは覚醒無しでは動かない。尚 覇志(
ga9547)のR−01改が、鋼鉄の翼に海風をはらみ、夜空へと躍り出る。ほんのりと肌に朱がさす大泰司 慈海(
ga0173)は、祭りの余韻が残っているわけでは無い。覚醒だ。彼のEF−006ワイバーンも、滑走路を離れて、夜空へと飛び立っていた。同班の覇志とは、奇しくも同郷。沖縄の地は未だバグアの旗が翻る地なれど。
『見つけました』
真琴の岩龍を後方に据え、離れないようにと飛ぶ仲間達は、嫌な頭痛に悩まされ始めていた。それは、キューブワーム──CWと呼ばれる、バグアサイドの霍乱型ワームが空域に居る特徴でもある。
『8‥‥いや、9機か?』
CWの実数を確認した衛司の声が上がる。
『では‥‥バグア製の花火を打ち上げましょうか』
覇志の機体が前に出る。
射程距離に入ったという事は、向こうからの射程距離にすでに入っているという事である。
夜空を裂いて、プロトン砲の淡紅色した光りが、固まって飛んでいる空間へと飛んでくる。
ヘルメットワーム──HWの主砲だ。
『っ!』
岩龍による、ジャミング中和は行われている。しかし、頭痛は治まらない。
遠目に視界に過ぎるのは、四角い物体。数が多い。
『行くよ〜っ★』
『まかしときっ!』
覇志、慈海、レーゲンの3機は、試作型G放電装置、G放電装置をCWへと飛ばす。
そして、そのまま、突撃仕様ガドリング砲を派手に撃ち放ちつつ、CWの只中へと突入するのは、レーゲン機と慈海機だ。嵐のように撃ちまくられるガトリングに、CWはひとつ、またひとつと色を失う。
『っこのっ!』
アグレッシヴ・ファングを発動させると、127mm2連装ロケット弾ランチャーが覇志機から、CWへと飛び込んで。
軽い金属音を響かせて、CWが、発光を停止し、暗い海へと堕ちて行く。耳障りな音が、一瞬弱くなる。しかし、未だ止まない。堕ちたCWの穴を埋めるかのように、CWは淡く発光して集まって行く。集まれば、また、嫌な頭痛が始まるのだ。
HWが、盾代わりのCWの背後から、紫の光りを放った。収束フェザー砲だ。そして、機体を逃すKVとの空戦の射線から、不意に上昇する。岩龍を狙う気だ。
急な上昇に、機体はついていけない。機首を上に上げるにも近過ぎては限度がある。HWは慣性はほとんど意に介さない。KVや戦闘機のような軌跡は描かないのだ。不意に上昇し、不意に下降する。そして、あらぬ角度で迫られて。その為、格段にその戦闘能力を上げた機体でも、上手や背後を易々と取られる。
だが、CWに接近する3機の背後にはもう3機。岩龍を守る為に、雷電が専属で1機付いている。
『まわり込まれるかっ?!』
HWが上昇する瞬間に、P−115mm高初速滑腔砲を撃ち込み、雷電の質量のある機体を捻り、衛司は、機首を返す。こちらに機を取られてくれれば、他機が動き易い。
だが、あえて重量級のKVへとHWも向かわない。
弱い場所を突く。
それは、どちらの攻防にも必須行動だろう。上を取るHWには、同線上、もしくはさらに上をとらなくてはならない。
『もう! 上手く避けてくれるじゃないのぉ〜』
短距離高速型AAMを撃ち込みそびれた、ナイレンが、悔しげに舌打ちする。
『大丈夫だ。陣形を立て直そう。回り込まれる』
しかし、HWが攻撃をしかけるのも、同線上に下りてくる必要がある。逃げてばかりでは、向こうも攻撃が当たらない。岩龍の紫煙範囲になるべく居るために、速度を調節していたが、こうなったら、ミカガミの速度を上げて回り込めば良い。ブーストに頼らなくても良い刑部の機体は、ぐっと速度を上げる。HWのような小回りは効かないが、それを補うスピードがある。じき、上空のHEへと追いつく。127mm2連装ロケット弾ランチャーを撃ち込み、当たったかに見えた。
『‥‥何っ?!』
その瞬間、HWの姿が消える。高度を急に下げたのだ。岩龍を狙いに、ぐっと落ちたその場所には、雷電の機体が滑り込んでくる。
紫の光りが、オリガ機を撃つ。しかし、酷い損傷には至らない。
『伊達にごつい機体なわけではありません』
『捉えたわ!! あなたを帰す訳にはいかないの、ここで眠ってちょうだい!』
同線上に下りてこられれば、しめたものだ。CWによる頭痛も軽くなっている。あと少しで殲滅が可能のようだ。
ナイレン機はSESエンハンサーで強化された3.2cm高分子レーザー砲が唸りを上げて、HWを貫く。
『逃げれば深追いはしないつもりでしたが』
ぐらりと傾ぐ、HWは、何回目かの紫の光りを、迫る雷電に放つ。しかし、同時に、衛司機のP−115mm高初速滑腔砲が、掠め。
上空から、駆け下りてくる刑部のミカガミが接近し。
3.2cm高分子レーザー砲でCWを蹴散らしてきた、レーゲン、覇志、慈海機が合流すれば。
(「撤退する間も無しということでしょうか」)
襲撃と言うよりは、偵察なのだろう。9機のCWと、1機のHW。先触れとしても少な過ぎる。真琴も、深追いは止めるつもりだったが。
HWとCWは逃げる余裕すら与えられなかった。
逃げ場を無くしたHWは、高い水飛沫を上げ、その姿を暗い海の中へと沈めたのだった。
●波音と燃える火と
壱岐に帰還したKVを、衛司は機体チェックを始める。補給もきちんと済ませ、愛機を軽く叩く。
無いに越した事は無いが、再襲撃か、再偵察かに備えたいと思うのだ。
慈海も、仲間達のKVを見て楽しげにメンテナンスを手伝う。本格的な整備は整備班が行うが、簡単な機体チェックは手伝える。プロトン砲と、収束フェザー砲により、何機かは、機体に傷跡が残っていた。酷い損傷では無く、飛行には問題は無さそうだが、装甲の取替えと、精密機器の検査は必要かもしれない。
時は日付変更線を回り。
深とした夜の空気が辺りを包んでいる。
湿った海風が、暗い海から吹き上がる。
そこに、嫌に目立つ篝火があった。
赤々と燃える、それは、木を組み上げて作ってあり、まるでキャンプファイヤーのようだ。周囲を、玄界灘一本釣りクラブの面々が囲んでいる。どうやら、祭りの成功を祝う、お疲れ様会のようだ。
お疲れさんと、戻った能力者達を、手招きするのはデラード軍曹。
時折偵察に来るが、今回はかなり接近してたみたいだと、HWの落ちた地点を確認して、呟く。やっぱり花火に釣られたなと。
少数機でやってくるのは無人機で、まあ、朝日が昇るまでは、何も無いだろうよと、笑う。
見越して、能力者を多めに配備してもらったのだからと。
刑部が、烏龍茶の入った紙コップを上げる。
「‥‥今日の勝利に乾杯です!」
「かーんぱーい!」
ビールの入った紙コップを掲げ、火にあたるレーゲンは、とても嬉しげだ。思わず、近くに居たデラードの生え際を、こっそりとガン見する。こっそりとガン見は一致しない。ガン見すれば、当然気づかれて、うら。とばかりに、前髪をオールバックにかき上げられて、じたばたと慌てる。生え際は、噂とは違うようである。
あちこちから、乾杯の声が上がる。
「皆で楽しく飲むですよー☆ はい、ナイレンさん、オリガさん、真琴さん」
まずは女の子組みと、にこにことお酌して回る。当然、全員制覇だ。女の子組み‥‥。自然にそう浮かんでいるようなので、問題は無いのだろう。
「ソフトドリンクは無いのっ?」
生憎と、ビールと芋焼酎のみのようだ。玄界灘一本釣りクラブ。濃い。まあ、しかし、今日は飲もうかと思っていたので、苦いわ〜と、顔をしかめつつ、でも、楽しげにナイレンはビールを口にする。
「これ、美味しいよ★」
「俺はビールが良い」
お・い・し・い・よ・! と、デラードに迫る慈海。しかし、アルコールがあるのならアルコールに向かうデラードは、甘い系飲み物に触ろうともしない。
慈海、第一ラウンド敗退。
しかし、それでめげる慈海では無い。そうそう、泡盛も、花酒もあるよん。と、持参した酒を振舞う。口にしただけで舌が痺れる度数のものもあったりする。
玄界灘一本釣りクラブのおじさん達は、どんと来いのようで、似たような年齢層にお酌すれば、お酌し返され、慈海も覚醒かと思うくらい、顔がほんのり赤くなってくる。つまみは、焼き鳥、たこ焼き、焼きそば、から揚げ、枝豆などが、誰もが手にしやすく、回し易いように、紙コップに突っ込んで、沢山おいてある。
「あはは♪ 楽しいわ〜お酒も食べ物も美味しいし、ステキな仲間が一緒だし♪」
ね〜♪ と、レーゲンに抱きつけば、レーゲンも嬉しそうには〜い♪ と笑い。
「頂きます」
「どんどん飲んでね〜★」
オリガは、慈海の花酒を、おいしそうに平らげる。
アルコールは水です。
そんな、北方の国の肝臓を見たような気もする。
「守って貰って有難うございましたv」
「いいえ。当然の事です」
真琴が、オリガに酒を注ぎにやって来れば、嬉しそうに、オリガも酒を受ける。
「皆さんを見ていると、自分も羽目を外した方が良いと思うのですが、外し方を教えてください」
「羽目ねえ。別に外さなくても大丈夫だと思うが‥‥」
夜遊びを教えて下さいと、覇志は、真剣にデラードに頼む。と、横から、楽しげな声が響く。
「軍曹さんしょーぶっ!」
「今度こそ負けないのですよ!」
レーゲンと真琴が、酒瓶抱えて、満面の笑顔。今日こそは、長崎の仇‥‥もとい。長崎のリベンジをするのだ。
「外聞とか、世間体を捨てれたら、多分簡単」
「‥‥はい?」
さあさあと、お酌する2人と、デラードの言葉が微妙に重なる。当然、聞き捨てならない言葉に、ぴくんと2人の目尻が跳ね上がる。
「あ! 何ですか。うち達を何だと思ってるんですかっ?」
「あー。はいはい。頂きます」
「っ! また流したっ!」
「はいはい」
どんどん。どんどん。どんどん注がれるお酒に、やっぱり先にべろんべろんになるのは、女の子組みである。
怪しい笑いのレーゲンが、軍曹さんにどーん。と、長崎の夜再びをかませば、それは駄目〜っと、きゃらきゃらと笑いながら、真琴がひっぺがし、女の子同士がぎゅ〜と、はぐり合う、眼福な光景が広がって。
「‥‥まあどうぞ?」
「勝負?」
「いいえ。あれをツマミに飲めれば、私は満足です」
良かった。オリガとはマジ勝負になりそうだからねぇと注ぎ返され。
ナイレンの居る辺りでは、綺麗なお姉さんかと思い、玄界灘一本釣りクラブの面々が次々に注いでいたら、どうやら本性の地が出たらしい。泣きが入ったり、笑い声が上がったり、ステキな阿鼻叫喚。
「ところで、ズウィークくん★」
カーン。
慈海の第二ラウンドが始まった。どうやら、デラードに浴衣を着せて躍らせたいらしい。
酒飲みには格言がある。
酔っ払いには逆らわない。もしくは、酔っ払いはさっさと沈める。
浴衣を着せるのには成功した。シャツとフライトパンツの上からではあるが。
だが、踊りは皆で踊ってなんぼのものであるらしく、ひとりだけ踊るのはごめん被る。女の子の近くが良いしと、胸を張られ。
慈海、第二ラウンド、ドロー。
「そういや、おまえさんは飲まないのかね?」
三山が、静かにお茶を口にしている衛司に皺の深い笑みを向ける。
「再襲撃、無いとも限りませんし」
楽しげな仲間に聞こえないように、お茶、ご馳走様でしたと、僅かな笑みを浮かべて。
「本当に、無事で良かったですね」
酒は未成年だから飲めないが、この場の賑やかな雰囲気は、心地良い。
刑部は、篝火と、その向こうにある夜空を眺めて、感慨深げに微笑んだ。
楽しい時間を守れて良かったと。