タイトル:【収穫祭】萩の花の下でマスター:いずみ風花
シナリオ形態: イベント |
難易度: 易しい |
参加人数: 32 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2008/11/02 21:12 |
●オープニング本文
「ツテとコネの強化協力ありがとうございましたの」
満面の笑顔で、UPC総務課ティム・キャレイが現れた。
きらーん。
そんな効果音がついているかのようだ。前回、叩いた電卓以上の収穫を得たようで、ほくほくといった顔である。
手には目録を持っている。カプロイア伯爵の収穫祭のお裾分けを頂いたというのだ。
ずらりと並ぶ、食べ物。
─────目録─────
ワイン(赤・白・ロゼ)
シードル
ブランデー
ベリー酒
各種ジュース
サングリア
各紅茶
葡萄のパウンドケーキ
アップルパイ
各ジャム
タルト
ベリーパイ
葡萄羹
特殊レアチーズケーキ(危険)
クッキー(プレーン、レーズン、林檎紅茶、激辛、激苦)
林檎のコンポート
葡萄パン
生ハム
腸詰
ベーコン
豚部位色々
冷凍マグロ
九条葱
千筋京みず菜
壬生菜
賀茂茄子
柊野ささ
伏見唐辛子
万願寺唐辛子
鷹ヶ峰唐辛子
田中唐辛子
山科唐辛子
能力者製一味唐辛子
海老芋
丹波やまのいも
丹波くり
紫ずきん
野菜キメラの手足
アイス
ヨーグルト
チーズ
バター
クリーム類
ミルク
明石のタコキメラ
栗(沢山)
香り米
____________以上
「特に、私達には多く香り米をいただきましたの」
そこで、と、ティムがにっこりと笑う。
「カフェ『しろうさぎ』を貸し切りましたの。香り米中心のおコメのメニュー競争を致しませんか?」
皆様の団結を強固にし、かつ、美味しくご飯を頂きましょう。と。チームは2チーム編成。料理が得意な能力者ばかりではないだろうが、どうなっても、仲間内の被害で済む。調味料、ハーブ等は何を使ってもらっても構わない。しかし、収穫物以外の食材は今回はご遠慮頂けると幸いだと。多分、他の食材を使えば、酷く高額なマイナスが待っているに違いない。電卓を叩く、あの娘ならやりかねない。
ふんだんにレースを使用してあるサテン生地で作られた、蛍光ピンクのエプロンと、蛍光ブルーのエプロンの揃いが、ティムの後ろでキラキラと光っている。テラスに簡易オープンキッチンが2セット光り輝いて見える。
パエリア組み(ピンク)VSチャーハン組み(ブルー)
・二品を作り、50人の来客の判定にて得点加算。
・特別審査員として、オーナーとティムとデラード
「他に何か、戦ってみたいおコメ主体の一品がございましたら、どうぞチームを申請して下さい。エプロンは当日までにご用意いたしますわ。グリーンでも、イエローでも、何でも結構ですわ」
あ、それと、と、にこりとまた笑う。
「ただ、ご飯を食べにこられる方も募集致しますわ。来客に混じって判定して下さっても構いませんの」
美味しい食材をツマミに、秋の一日を思う存分食べて飲んでもらえれば幸いである。
カフェ『しろうさぎ』は兵舎に程近いオープンカフェである。そのオーナーは日系老婦人だ。真っ白なシャツに黒いスラックス。短い黒のエプロンが、きゅっと締められ、白い髪は、貝螺鈿の花模様がひとつついた、黒漆の簪で小さく首の辺りで纏められ。
かなり広いテラスには、今はススキと萩の花が飾られている。貸切りの条件のひとつに、『しろうさぎ』にも食材が渡っている。京の食材を手にして、懐かしさか、老婦人は穏やかな笑みを深くする。
ただ、ゆっくりと食事を楽しみたい方は、中に入るのも良いかもしれない。
九条葱と豚を焼いた一品と、バターライス。丹波の山芋のクリームがかかったバニラアイスの上には、酸味の強いベリーソースがかかる。
萩の花の淡い色合いが揺れて。
●リプレイ本文
●
カフェ『しろうさぎ』。
兎が僅かに立ち上がる素振りの銅像が、そのカフェの入り口の足元で、お客様を出迎えていた。
まだ太陽の昇りきる前、開店早々の明るいテラスで、叢雲と真琴はのんびりと寛いでいた。
出迎えたオーナーの老婦人に、2人は揃って同じように挨拶をする。いらっしゃいませと、穏やかな声が出迎えて、朝日が射すテーブルへと案内された。まずはゆっくりデザートを味見するつもりだった。
沢山のデザートと、青で蔦紋様が描かれた、大きな白磁のポットに十分な紅茶が用意されて。
そこかしこに、小さな植物が置かれているテラスは、そこに居るだけで和む。季節の飾りは萩の花とススキ。ふんわりと優しい色合いが、時折吹く風に揺れて。
タルトやパイはとても美味しい。叢雲はその味を確かめて、ひとつ頷く。そんな叢雲を見て、真琴が笑みを深くして、僅かに身を乗り出す。
「これ今度作って欲しいな〜なんて」
「‥‥」
きらきらっとした真琴の要望は、僅かに口の端を上げた笑みで、華麗に受け流されて行く。
そうこうしているうちに、戦いのオープンテラス特設会場に、参戦者達が終結しつつあった。
朋は、気もそぞろに時刻を気にする。約束10分前に到着して、はたと気が付いた。
(「良く考えたら、女の子と2人して食事なんて久し振りだな。大丈夫か俺」)
うーむと考え込んでしまうと、や。と、明るい声がする。
短いタンクトップにジャケットを羽織った小町が手を振っている。
小町は朋に何故誘われたのか、今ひとつピンと来ていない。とりあえず、誘われて、その場所で面白そうな出し物というか、競技というかが、やるというので、それを楽しみにやってきている。
両思いのハバキと待ち合わせをしていた慈海だったが、ティムを見つけると、ぶんぶんと手を振った。以降、女の子を見つけると同じように姿をくらます事となる。
「今日も可愛いね☆ 久しぶりに会えて嬉しいよー♪ 香り米の依頼とか、ティムちゃんの力になれなくってゴメンねっ。今日はお仕事じゃなくてプライベート? じゃあ‥‥ちょっとだけ、おぢさんとデートしない? 飯はやっぱ、可愛い女の子と食べるのが旨いんだっ。ボランティアだと思ってさ」
どどどどどど。立て板に水が流れるように繰り出される言葉に、ティムはこくこくこくこくと頷いて、ご飯の約束がぱたぱたぱたっと決まって行った。後でね〜。と手を振る慈海を、はい。と見送った後、がくりと膝をついたのが数名に目撃された。総務課ティム。依頼では押しが強いが、プライベートでは押しに弱い。
●
何はともあれ、香り米対決である。
オープンテラスには、床が抜けるんじゃないかと思うぐらい、沢山の傭兵達が集まっていた。ただ飯に勝るものは無い。それが美味しいとなれば、何をいわんや。である。
炒飯班は、ピンクサテンのフリル付きエプロンをきゅっと着込んでいる。
試食分の材料は意外と多く、『しろうさぎ』ではまかない切れず、買いに走る事となった。譲れないこだわりが卵とレタスにあったのだ。頭割りで折半。仲良く小額の出費となる。
「勝負ごとをやるからには手を抜くことなく、徹底的に。中途半端じゃ面白くないでしょう?」
リンが、含み笑うと、手際良く焼き豚を仕込んで行く。香り米と、豚の依頼に関わった。最後まで、付き合おうでは無いかと、くすりと笑う。選んだ部位は肩ロース。薬味として置いてあった生姜とニンニク、そして九条葱で臭みを取り、旨みが増す。甘めに作られた焼き豚は、細かく刻まれ、炒飯の具財のひとつとなる。煮込み時間が浅いのがネックか。卵と葱のシンプルな炒飯が出来上がった。
威龍が葱を2つの方法で料理する。ひとつは焦がし葱にし、もうひとつはそのまま刻み、九条葱の味のコントラストを楽しんでもらうつもりだ。がっとかき回された卵が、中華鍋に金色の奔流となって踊れば、黄金色した炒飯がみるみるうちに出来上がって行く。作る品は2品。仁はレタスをちぎる。紐で括る手伝いなどをした焼き豚はきちんと使用。コンロの心配をしていたが、大人数に味を見てもらう特設会場である。ちゃんとした火力がある。ラードで炒めた香り米と焼き豚。醤油、味覇を少々回しかけ、塩胡椒は極力控え。ざっと炒めたら、すかさずレタスを投入。2、3回中華鍋を振ったら、レタス炒飯の出来上がりだ。
「料理は心、ですわーっ!」
ロジーははじめての『しろうさぎ』に興味津々である。ころころと笑いながら、必要な食材を選んで行く。ブルーサテンのフリル付きのきらきらしいエプロンが良く似合う。
「‥‥うっ。これの存在を忘れてた‥‥!」
一瞬固まったのはアンドレアスである。勝負と聞けば、さあ、やろうじゃないかという相手が居たが、強敵と書いてともと呼ぶ叢雲は、今回はのんびりが基本と聞き、僅かにかくりとなったものの、こういのは大好きである。
「楽しませてもらうぜ!」
ブルーサテンのフリル付きのエプロンをきゅっと着込んだ。きらりん。そんな擬音がついたような気もする。
作るのは、タコキメラのパエリアと、京野菜とチーズのパエリアだ。
「華麗な剣捌き、ご覧在れっ☆」
タコキメラをざくざくと切る。とりあえず、ラスト・ホープの一店舗内である。覚醒無しでも捌けるようにはなっているのだが、やはり、大きいので、武器を使うと見栄えがする。調理に混ざるつもりだったのだが、アンドレアスと章一が、依頼の中でもどれくらいするかというほど真剣な表情で止めたので、仕方無しに飾り付けに回る事になったのだ。
「お任せを。きっと、上手く行きます」
章一はアンドレアスを手伝い、繊細な味の調節をする。ベーコンで旨みを出し、ニンニクと一味唐辛子で風味のアクセント。ワインの香りを仄かに立たせ。タコキメラパエリアには、サフランとターメリックで鮮やかな色彩を。パエリア班、こだわりの焦げ目が、食欲をそそる香りを放ち。ロジーが捌いたタコキメラと腸詰のタコさんが、燦然と輝く。
「ふふ‥‥これぞクリエイティヴ‥‥v」
きゃっきゃと盛り付けるのは、京野菜。葱をぷすり。茹でた枝付きのままの紫ずきんをぷすり。植わった様は生け花の様である。非常に華々しい。しかし、味付けは下拵えからしっかりとアンドレアスの指示の元、隙無く。
「見た目はアヴァンギャルド、しかし味はコンサヴァティブ! 芸術の秋に相応しいぜッ!」
こうして、パエリアが出来上がる。
リゾット班が作るのは、ワインと林檎のリゾットと、タコキメラのリゾット。
「わはっ。すんごい豪華っ」
山盛りてんこ盛りの食材に、ハバキが歓声を上げる。
「リゾットパープル、がんばっていきましょ!」
オーナーに挨拶をしてきた神撫が、穏やかに笑う。
にこりと微笑むケイ以下4名は光沢のあるフリル付きパープルエプロンをきゅっと着込み。楽しくお料理したいわねと、ケイが微笑めば、仲間達は2つ返事で頷いて。林檎とゴルゴンゾーらのピザからヒントを得た、林檎のリゾットは赤ワインで香り米を色付けし、白い林檎のコンポートを乗せる。甘い香りと、ワインの香りが混ざって立ち上る。見た目もとても綺麗だ。
「美女の僕として、何なりとご指示を」
「有難う、慈海。ハバキ、味見お願いv」
「味見係は任せて」
瞬く間に出来上がって行くのを、感動して見つつ、立ち上る香りと湯気にほくほくと微笑んだハバキは、嬉々として味見を買って出る。ふんわりと口に広がった優しい甘さと、ワインの香りに、美味しくてくらりとなる。香り米の収穫の苦労を思い出し、さらりと手にする香り米に笑みを浮かべる。収穫時から、ずっと食べてみたかったのだ。沢山の収穫物の依頼をこなしたリョウは、食材の行き着く最後の結実をこの目で見、この手で作り上げてみたいと思ったのだ。一番香り米に合うのは、リゾットだとリョウは思う。
「料理の基本は心だ‥‥この食材全てに、俺は俺と仲間達の魂を込める!」
「さあさあ、今から大蛸の解体ショー始めるよー!」
声を上げる神撫が、楽しげにイアリスを振るう。動きは止まっているが、大きな蛸を切る様は、見ていて楽しい。
湯通しして、白ワインで漬けたタコキメラ。オリーブオイルで炒めた野菜が混じった塩味が決めて。楽しんで貰えると良いなとリョウは思う。
「あ。そっちも美味しそうね‥‥」
ケイが首を傾げれば、ハバキがにこにこと味見するよと声をかけ。キメラの味に目から鱗。
「‥‥お、美味しい」
「俺も味見する! リヒャルトの変わりリゾット」
どうぞと差し出された淡い甘さのリゾットに、リョウは嬉しそうに頷いた。後から他の料理も味見は出来そうで嬉しくなる。
どの組が勝つのか気にはなるが、こうして仲間達と一緒に何か事を成し遂げる、この時間がとても好きだった。
そして、最後に参戦したのは炊き込みご飯班。きらきらしいグリーンのフリル付きエプロンだ。
無月は何時もと表情は変わらなかったが、非常にとても真剣であった。兵舎内カフェレストラン『Luna』を仕切っている意地がある。その真剣度合いは大規模作戦に匹敵するのかもしれない。
おー。と、こっそりお手伝い中の賢之はやっぱり兵舎内に『蕎麦・焼酎処 山路』を開いているだけあり、腕にはそれなりの覚えがある。だが。
びしっと並べられた食材と調理法。
仕込みを手伝おうと、材料を手にする。皮を剥いたり、栗を裏漉ししたり、とろろをおろしたり。無月のやりやすいようにと、食材を配置する。
ふと周りを見れば、皆楽しそうにしている。この店は、どうしてこんなに愛されているのかなと見渡した。
実りの秋は、幸せをもたらしてくれる。
由梨はそう思い、てきぱきと流れるように調理にかかっている無月を見て優しい気持ちになる。
「‥‥由梨‥‥」
「あ‥‥なんでもないです」
うん。と、静かに頷きつつ、無月の手は止まらない。どきどきしつつ、由梨はお米を研ごうかと思うのだが、研ぎ方もあるようで、まるでお茶の作法のように調理が進んで行くのを見る。がんばらないと。と、思いつつ、また名前を呼ばれ、はっと我に返り。
2品を作るつもりである。収穫の炊き込みは、マグロは赤身を選ぶ。油の乗り過ぎる場所は避けて。塩を振り炙り、みず菜はぶつ切り、茄子は銀杏切り、海老芋はサイコロ。紫ずきんの豆を取り出し、醤油ベースの出汁を作る。そして炊き込む器は土鍋である。火加減もびっちりとタイムを計る。栗と香り米だけで炊き込み、栗の旨みのみで勝負する。僅かに増やした水の分量が決め手。栗餡を別鍋で作り。
「あの‥‥蓋付きの椀を‥‥お借りしたいのですが‥‥」
どうぞと、出されたのは黒塗りの椀。金彩で鶴亀が描かれている。
その椀に炊き込みご飯をよそい、上に餡を乗せれば、蓋を開けてびっくり。おはぎのような炊き込みご飯の出来上がりである。やりきった感の無月の姿がそこにあった。
番外に、水色チャイナに三つ編み団子ツイン。蒼いエプロンのナレインと、プリン色の黄色い薔薇模様のエプロンをしたヨグが、厨房を借りてプリンを作っていた。お米プリン。
「お米でプリン作りますよっ」
「はい先生」
小さなヨグに、ナレインが真剣な面持ちで従う。
「ライス黒ゴマプリン 抹茶ソースがけ作るですっ」
ひっそりイエロー班ですねっ。と、お米をぐつぐつと煮込み中。
料理下手な自覚のあるナレインは卵を割ったり、煮込みお米をかき回したり。逐一ヨグの指示を仰ぐ。
「皆に食べてもらいたいものね」
頷くと、真剣にひとつひとつを手を抜かずにこなして行く。
「次は黒ゴマゴリゴリするですっ」
「はいっ」
ヨグの気持ちは、心を鬼にして料理の苦手なナレインを鍛える保護者。身長は足らないけれど。
んしょ。と、台を運び、上に載ると、不安げなナレインの手に手を添えて、実地指導。
「もっとゆっくりやるですよっ こう、しずかーに」
卵や牛乳、生クリームのフル稼働で、ふんわり甘いプリンの完成は目前だ。
●
霧香は、友を探しつつ、料理を次々に味見していく。
「こんな時やないとこんな種類食べれへんからな、しっかり美味いもん探しとかんとな」
炊き込みご飯と炒飯に舌鼓を打つと、摩訶不思議なパエリアのオブジェをつつき、先ほどから何故かデザートコーナーで悶絶した呻き声が上がるのを不思議に思いつつ、その原因を発見し、度胸を決めて口に運べば、何やら別世界が見えたかのような衝撃が走り、つい椅子を探して休憩に入る事になる。対決には薫り高い競技に1票投じ。
神撫は、試食中の接客も欠かさない。
「こちらが王道系の蛸のリゾットでございます。夏目 リョウシェフが腕によりをかけた一品でございます。こちらはケイ・リヒャルトシェフ力作の『りんごとゴルゴンゾーラのリゾット』でございます。先入観にとらわれず、ご賞味くださいませ。いかがでございましたか?食後のワインはいかがでしょうか?」
白シャツを腕まくりし、黒いスラックスで頭を下げつつ、積極的にアピールを狙う。
「‥‥そのオブジェは‥‥何」
「勿論アグレッシヴでアヴァンギャルドなお料理ですわッ☆」
ケイが、ロジーの生け花パエリアを見て首を横に振るが、そんな事はものともせずに、ころころと笑うロジーは、仲良しを発見した。
きゃー。と、もふもふと挨拶を交わす。何時も元気で明るいハバキだったが、視線が一点にブロックされている。芸術爆発な生け花パエリアは食べると来る前から約束している。何人かが試食して、おいしいと言っている。大丈夫。大丈夫だ自分。そう心でファイトをかけて。携帯で記念撮影をしてから、スプーンを突っ込んだ。
「あ‥‥れ?」
「何ですのっ?」
「イヤ、普通に美味しいからさ」
その向こうで、アンドレアスと章一の涙のガッツポーズが見えたり見えなかったり。ダイジョブそうならと、俺も私もと、手を出す者が多かった。
「うしッ、実りに感謝っ! さぁ喰うぞーっ!!」
賢之は試食を楽しみに、太らない自分の体質を褒めて、次々と秋の味覚を楽しんだ。
楽しげに様々な収穫物や、出来上がっているクッキーなどをつまんでいるのは、小町と朋だ。しかし、デザートコーナーでは、時折悲鳴が上がる。そんなひとつに小町はクリティカルヒット。
「クッキーが台無しやんけ───!!!」
「‥‥大丈夫‥‥?」
檄辛、檄苦のクッキーをそれでも丁寧にひとつづつ味見してしまった小町は、薫り高い紅玉の紅茶で喉を潤す。しかし、デンジャラスな味のクッキーには、薫り高い紅茶も形無しであり、がくりとダメージを受ける。しかし、まだ大丈夫そうである。心配気な朋に、眉間に皺を寄せつつも頷いて、芸術的香りが漂うパエリアに手を伸ばす。美味しそうな出来栄えの競技料理は思い切り後回しである。それもこれも、競技品は全て味見したかったからだ。だが、予想に反して、芸術の薫り高いパエリアの味はとても美味しかった。全競技料理を制覇すると、どの料理もとても美味しくて、料理人達に拍手とエールを送る。
「これいいなぁ‥‥。帰って再現に挑戦してみよう‥‥」
朋は、細かく料理をチェック。火加減、味加減、食材の利用法。色々迷った末に、炒飯に1票。エントリー品目ほとんど全てにキメラ入ってるのはお約束なのだろうかと内心冷や汗だったが、以外にキメラは美味しかったりもして。
判定員は、全てラスト・ホープの傭兵である。沢山の傭兵たちが一口づつ味見をしていく。そんな中。妙に玄人さんのようなお客様が居た。ホアキンである。
伊達眼鏡にスーツ姿。胸ポケットには万が一の為に偽名の入った名刺入り。
(「さて、ピエモンテの栗‥‥どう料理されているのやら」)
錆を含んだ低音のボイスでぼそりと呟くが、どうやら潜入は成功のようである。誰も、ホアキンと呼び止める者は居ない。軽く含み笑うと、ほっくりと炊けた栗ご飯をゆっくりと味わう。雑味も無く、旨さが引き立つ炊き込みご飯にひとつうなずき、手にするスケッチブックに、競技料理を描き込んでは味見をし、またひとつ頷いて。きゅきゅっとスケッチの下に書き足すのは、星印。それは、大よそ3〜7個が記されて。
(「ふむ‥‥1、2がつくほど味の落ちる品は無い‥‥」)
大勢の顔見知りと、何度か目が合ったが、すんなりと移動出来たのは、競技に熱中している為もある。
(「潜入捜査の一環‥‥成功というわけか。ニンジャになったような気持ちだ‥‥」)
盛況の内に終った競技を眺めつつ、ワインを水のように消費すると、満足気に頷き、多少目眩のするデザートを口にして、よろめくが、かろうじて踏みとどまりつつ、全てを試食すると、7つ星をつけた料理を何所からか出した保存容器にちゃっかり詰めて、こっそりと会場を後にする。僅かに伊達眼鏡をずらして、会場を振り返り、深い笑みを刻んで。
●
勝負は、接戦だった。
終盤には炒飯が粘ったのだが、追いつかず。
炒飯+17票
パエリア+6票
リゾット+18票
炊き込みご飯+19票
ありがとう、お疲れ様でしたと、萩の花で作られた冠が炊き込みご飯班の3名の頭上に載せられた。
●
「これも俺の鍛錬不足だな。甘んじて敗北は受け入れよう。そして、次の機会があれば、このリベンジをする事にしよう」
威龍は、軽く首を横に振ると、次回があればと頷いた。
「こんなにうまいのに‥‥なぜだぁ!」
神撫が、ぽろぽろと涙を流す。負けるとなんとなく悔しいけれど。よし、飲むぞと、つまみを作って朝まで酒盛りを決行予定のようだ。
ツインテールにメイド服姿のナレインが、出来上がったプリンを配る。
「ふふ、エプロン姿も素敵ね!」
ケイの賛辞に、ありがとうと、満面の笑顔を返し、ひらりとメイド服の裾を翻してプリン配りを再会する。
「プリンは美味しく出来た?」
「大丈夫です。美味しいはずです」
ケイが、プリンを配って歩くヨグに声をかければ、大きく頷かれ、そう。と、微笑んで、プリンを貰う。
「お待たせしましたぁ〜抹茶プリンです♪」
あちこちに配りまくってヨグと合流したナレインだが、心なしか、ツインテールがしょんぼりしているかのようだ。
「おいしく出来たかしら‥‥大丈夫、かな?」
「おいしいですよ」
よしよしと、プリン作りにかけては先生のヨグが、ナレインを慰めて。2人でぱくりと食べてみれば、ほろりととろけるプリンに、顔を見合わせて笑顔になった。
料理上手の無月に味を見てもらうのは、かなり、思い切り緊張する。食べれる。大丈夫。そんな感じに出来上がったタコキメラの炊き込みご飯。野菜キメラの手足も入っている。意外とチャレンジャーである。
「どう‥‥ですか?」
「ん‥‥上手‥‥お疲れ様、ありがと、ね?」
成功するかどうか実は様子を伺っていた無月は、香りとご飯粒を見て、大丈夫と頷いて口にする。心配気な由梨に頷けば、ほう。と、心底安心したような由梨の顔に、笑みが深くなる。
さっぱりとした紅茶で一息つき、色々な料理で、お腹の調子も落ち着く頃、Happy Birthday 10・21と大きな白い皿にココアパウダーで描かれたケーキが運ばれて来た。皿の上には、萩の淡い紫の花が点々と色を増やし。
「え?」
「変に形が残るものよりはいいかな、と思って。遅ればせながら、誕生日おめでとうございます」
幸せなサプライズ。
フォークを入れれば、ココアスポンジの台の上には、生クリームとマロングラッセが刻まれて入り込み、濃厚な紅茶のムースがその上に。さらにココアスポンジが乗り、その上にとろりとしたチョコレートのかかった小さな丸いケーキ。アクセントに乗っている栗は、僅かに塩味がする。甘くてとろける中に、ほんの僅かしょっぱくて。
少しはにかみながら、朋はまた、誘っても良いかなと小町に尋ねた。帰りは嫌じゃなければ、送らせてと言葉を添えて。目を丸くした小町の返事は。
静は、収穫物の多さに目を見張り、大人数でごった返すテラスや店内の熱気にあおられ、軽く溜息を吐く。適度に食べ物を摘まんで歩いていると、ティムを見つける。お茶に誘えば、喜んでとテーブルを共にする。深い色合いの紅茶に、アップルパイやパウンドケーキ。さっくりと甘いクッキーが嬉しい。依頼の労いを言えば、こちらこそと頭を下げられる。
「たまには、こんな息抜きも良いと思いますよ?」
穏やかに微笑めば、そうですねと頷かれ。
全種類制覇すると、結構お腹が一杯になる。何しろ米主体だ。
「ユキさん、誕生日おめでとう」
「ありがとう。そっちもおめでとう。慌ただしくて申し訳無い‥‥今度は、飲み比べでも」
かちりと、サングリアのグラスをあわせて飲み干せば、章一は家族サービスが待っているからと、ごめんと手を上げ、競技の最中応援してくれていた大事な家族の下へと急ぎ移動する。
家族団らんは大事。今度一杯奢らせてと、賢之は、にこやかに送出す、章一から貰った黒皮に肉球の型押しのある携帯灰皿を見て笑みが深くなる。
さてと、プリンを配っているヨグを見つけて、手を上げる。
レアチーズケーキは、妙な具合に一番人気に終る気配。
ハバキとアンドレアスは、じっとそのステキなケーキを眺めて固まっている。生唾を飲み込む音がハバキから聞こえてくる。過去の忌まわしい思い出が走馬灯のように過ぎるのだ。
「ええい! 一蓮托生っ!」
思いきって、ひと匙掬ったアンドレアスにハバキも慈海も倣い。
「オイシスギテ、意識ヲ手放シチャウカモ‥‥」
レディの料理を食べるのは、男の幸せ。そう言い切った慈海だったが、根性と気力と愛でどうにかなるモノとそうで無いモノが存在するのを知る。しかし、意地でも笑顔は崩さない。凍りついただけかもしれないが。
黒い影が『しろうさぎ』の喧騒に足を止めた。生垣から中を伺えば、見知った顔が大勢居る。
「‥‥何か、賑やかだな。聞き覚えのある声もあるようだ。──少し、寄ってみるか」
街へと向かう途中だったUNKNOWNは、いつもの漆黒の出で立ちで、賑やかなテラスへと足を伸ばす。小脇に抱えているのは愛用の専門書と、これから所用のある書類の束。
ハバキが気が付き、声を上げるのに、軽く手を上げる。女の子達ときゃあきゃあと笑い声を上げているターゲット、ティムの背後にゆっくりと歩み寄ると、長身を屈めてティムの肩口に顔を寄せる。
「――楽しくやっているかね? ティム。いい笑顔だ」
「きゃわわわわっ!」
含み笑いつつ、頬に挨拶代わりのキスを落とすと、テーブルの上のワインに、ティム越しに手を伸ばす。
「寄ったついでに、土産に頂こう。手ぶらもなんだったし、な」
軽く片目を瞑ってみせると、静かに笑い、何だか良くわからない状態になっているティムの頭をくしゃりと撫ぜる。
「すまんが、少し用事で、ね」
時間が取れれば、また来ようと笑みを浮かべ、仲間達に片手を上げて挨拶しつつ、悠然と足を返した。手には戦利品の赤、白、ロゼのワイン3本。店を出る前に、もう一度背中越しに片手を上げて挨拶の代わりとすれば、そのまま所用の場所へと書類の束とワインを抱え。煙草を咥えると、紫煙を吐き出し。ゆるりと空を見上げて、何事も無かったかのように、笑みを刻んだまま予定の場所へと歩を進める。
そんなふらりと立ち寄ったUNKNOWNとホアキンにも、後日『しろうさぎ』から、立ち寄られた記念にと可愛いラッピングの赤ワインが届く事になる。
久し振りです。と、レーゲンは店内を眺めて、微笑んで、ひとつ溜息を吐く。楽しい場所、楽しい思い出のある場所でも、隣に居る人が居ないと、何所と無く空気が違っているかのようにも思える。けれども、ふるふると首を横に振ると、先に来て居た仲間達に笑顔で手を振った。
店内は賑やかで楽しい雰囲気は残りつつ、落ち着きも漂い始めている。レーゲンが頼んだのは京野菜。微発泡のシードルが、背の高いグラスに爽やかな色をつけ。
ティムを見つけて、いつもありがとですと告げれば、こちらこそと、笑顔が返り、アイスクリームをお裾分けすれば、ではと、ティムが手にしていたオーナーの作った紅茶のアイスをお裾分け返しされ。女の子同士の他愛無い会話に花が咲く。
「軍曹さん、はい、あーん☆」
デラードを見つけたレーゲンは話題のレアチーズケーキをとりわけて、ぱたぱたと寄って行く。甘い飲み物は苦手だが、デザートは喜んで食べる。
しかし。
これは問題の阿鼻叫喚を引き起こしたアレである。だが、女の子には。特に仲の良い娘さんの無垢な顔には逆らえなかったようだ。一口食べて、涙目になり、よろけつつ、レーゲンの頭をぐりぐりと撫ぜて、なおもよろけつつ片手を上げて店の中へと消えて行く。
「美味しい‥‥? のですよね?」
デラードを見送ったレーゲンは残りを一口食べて、襲い来る目眩に、ベリー酒を一気飲みするのだった。
僅かに陽が陰る頃、賑やかで楽しい気配を楽しみながら、つばめは目の前のオーナーの料理を満喫していた。対決の班の中には友達が沢山居て、とても選べそうになかったから、オーナーの料理に向かう事にしたのだ。
茹でて粘りの消えた山芋は裏漉しされて、ほっこりとした滋味溢れる味にほんのりとバターの風味が混じる。冷たくて濃厚なバニラアイスと喧嘩を始めるのではないかと思うが、ほんの僅か酸味が効き、洋酒の香りが強いベリージャムが上手く纏めて複雑な味わいが口の中に広がった。焦がした味の濃いほうじ茶は紅茶に近く中国茶にも近いが、やはりほうじ茶としか言い様が無く、そのさっぱりと香り高い暖かさが、不思議なデザートを不思議に甘く喉に落ちる。
「これぞまさに和と洋の『こらぼれーしょん』‥‥って、あれ、前にも同じこと言ったような‥‥?」
ほう。と、一息入れて、ほころぶ頬を押さえつつ、つい口をついた言葉に、首を傾げる。
そういえば、前に来た時も不思議な味わいに同じ感想を抱いたのだと、思い出す。
焦げ茶の分厚い木の椅子には、細いT字の背もたれがある。
その背もたれに、身体を預けて、茜色した空を眺める。
美味しいのも、不思議な味なのも同じ気持ちだったけれど。果たして、自分は以前来た時よりも成長しているのだろうかと自問する。五大湖の戦線では、ただ与えられる事のみに奔走していた。しかし、今は采配を振るう立場になって。
僅かに目を閉じれば、夕日が瞼に暖かい色を乗せ。
そういえば、無闇に慌てなくなったと、自身の心内を覗けば、確かに年月は経つだけでは無かったと笑みを浮かべ。
席を立ち、オーナーを探し、礼を言うと、ひとり考え事をする為にまた立ち寄りたい旨を告げれば、老婦人は、ひとり考える時間に飽きるまで、何時でもいらしてという穏やかな笑みに、僅かに苦いものを含んだ笑みを返す。だが、すぐに浮かんだ笑みは歴戦をくぐり抜けて来た仄かな自信にも満ちて。また来ますと踵を返し。
●
萩の花とススキの穂がいくつも揺れる様を、視界の端にとらえて、アグレアーブルは表情を変えずに、再び訪れた『しろうさぎ』のテラスを歩く。言動には表れなかったが、その優しい色合いと、変わらずに揺れるランタンの灯の色に、心は踊る。
「お手伝い、オツカレ様ダヨー」
章一が競技中は、一生懸命応援していた壬春がにこにこと笑う。
縁取りがレースのように作られ、ピンクの薔薇が細かく描かれ、黄緑や緑の葉が繊細なカーブを描き縁取っている大きな楕円の皿の真ん中に、わざと崩したスポンジケーキが小さく山を形作るかのように盛られ、ケーキの山の周囲には、テニスボールほどの円家のバニラアイスと、紅茶アイス。チョコレートアイスが交互に飾られ、その上には細かく砕いたマロングラッセが散らばる。飴で作った網が虹のようにケーキの上に渡り。チョコレートの数字が、ふたつ。ケーキの山の峰に乗っていた。それは章一と、アグレアーブルの年。互いが、互いを思って、同じ事を考えていたのだ。
アグレアーブルと壬春の声が重なり、章一の記念日を祝う。
「いつも、ありがとう」
「『Breithla Shona Dhuit !』誕生日オメデトー」
「‥‥っ」
せり上がる涙を抑えるように、立ち上がると、章一は大切な家族ふたりをぎゅっと抱しめた。守らなくちゃいけない。がんばらなくちゃいけない。そう思う反面、何時も守られ、支えられているという事実が胸に暖かく迫る。
ぎゅっと抱しめられる感触に、アグレアーブルはそっと目を閉じる。
最初にここを訪れたのは、壬春の誕生日だった。ラスト・ホープに居るという事は、戦いの中に身を置くという事で。慣れて行く自分は、家に居ることも少なくなり。それでも、変わらずお帰りなさいを言ってくれる場所として居てくれる章一は、大好きな親であり、兄であり──。
「やっぱり、皆で食ベルごはん、オイシー。シアワセ!」
壬春の声に、こくりと小さく頷くと、前菜の一品の野菜は何かと、章一に問う。小首を僅かに傾げるだけのアグレアーブルに、偶には、笑いなさいと、言いながら、それでも嬉しげに章一は説明を始め。そんな二人を見て、余計に幸せになってしまう壬春は、チョコレートアイスをスプーンで掬いぱくりと口にして、これでも一人前の半分は食べれるようになったと、自慢げに言えば、モチモチと、千春の頬を触るアグレアーブルの手が伸びて。
返り際に、壬春は白ウサのグランマ。と、老婦人を呼び止めた。お礼と差し出すのはバジルの種。大事にそだてますねと、老婦人の微笑が返って、千春はこくりと嬉しそうに頷いて、また来年もランタンの夜があれば良いなと告げれば、きっと。と、頷かれる。重ねる幸せの記憶は、暖かく、強い絆になって行くから。
霧香は馴染みの友人を探したが、見当たらず、老婦人に話しかければ、静かに頷かれ、暖かい緑茶が振舞われる。爽やかな香りを含めば、先ほど食べた様々な食べ物が思い出され、顔を顰めたり笑ったりしつつ、感想に花が咲く。
記念にと、あちこちを写していた静は、デラードを見つけて、声をかける。
「お久しぶりです。楽しんでますか? そういえば、あの願い事本気ですか?」
静はデラードに聞きたい事があった。デラードが七夕の願い事に書いていた『ハーレム』という見も蓋も無い願い事の事だ。デラードは軽く肩を竦めると、男の浪漫だろ? と軽く笑う。
そういうものだろうかと、程好く焼けたベーコンと、何種類かのチーズの盛り合わせをつまみに、大事に飲んでいる一杯のワインを口にする。
少しアルコールが入っているのかいないのか。賑やかに現れた慈海に、質問はひとつづっ! と笑いながら、手を上げる。
九条葱が食べやすい大きさに並ぶ皿には、こんがりと焼き色の付いた肉厚の豚。生姜醤油の香りが、バターの香りとあい混ざり、香ばしさを漂わせる。バターライスはさっくりもっちり、コクのある味わいが広がる。前菜に出た生ハムはごく薄く切られ、梨にベールのようにかけられて出て来た。京野菜は海老芋のソテー、賀茂茄子のスープ、丹波栗の炊き込みご飯、三種岩塩添え。白、赤とワインが進む。
クラリッサが微笑む。グラスの向こうには、あの時、届くはずが無いと思い込んでいた、大切な人の姿。
「前にもここでヒョウエと食事をしましたわね。あの時はお互いに自分が相手に相応しくない、相手は戦友程度にしか、こちらを思っていないと考えていたみたいですわね」
溜息を吐くように、呟くクラリッサに、兵衛も五大湖戦の後の会食を思い出し、ワインを飲み干し軽く苦笑する。
「あの時も互いの気持ちはそれぞれ相手に向いていたはずで、後一歩踏み出してさえいれば、もっと早く今みたいな関係で居られたのに随分と遠回りをしてしまったな」
「本当にわたくしたちは繋がりあっていますわね。お互いに想い合いながら、遠慮をしていたのですから‥‥」
時の立つのは早いものだ。着実に、この半年でクラリッサと兵衛の距離は近くなった。恋人と呼び合うまでに。
「何時までも二人が互いが互いを思いやる関係で居られるように、もう一度乾杯しないか、クラリッサ」
「喜んで。でも、その後はデザートに付き合って下さいね? お酒も結構ですけれど、甘いモノの美味しさを知らないのでは人生を損していますわよ、ヒョウエ」
くすりと笑う、今までに見ないような雰囲気のクラリッサに、軽く目を見張れば、もう遠慮は無しで構わないのでしょう? と、クラリッサが微笑む。 夜も更けてくれば、橙の灯りに萩の花とススキがぼんやりと浮かび上がる。
賑やかな昼と同じように賑やかではあるが、何所と無く大人の雰囲気が漂い始めて。
「もし良ければ、一献受けていただける? さらなる関係の強化のためにも‥‥ね?」
「‥‥お上手ですわ」
負けた気いっぱいですの。と、呟き、頂きますとグラスを出すティムに、リンは面白そうにくすりと笑う。
昼からずっと飲み続けているオリガは、僅かに酔いが回っていたのだろうか。
「きゃわわわわわっ!!」
本日2度目のティムの叫び声が響く。
小柄なティムの姿を見つけたオリガが、つい後ろからむぎゅーっとハグったのだ。
「小動物みたいに可愛いので、つい‥‥」
「小動物っ!」
「いえいえ、先日のオレンジ・ジャック君のことなんて考えていませんよ」
くすりと笑えば、ティムに縦線ががくりと入る。確かに。似ていなくも無い。
真琴がワイン瓶を持ってにこやかにお酌しにやって来れば、オリガが手近にあった空のワイングラスを嬉し気に差し出す。
「何かとお世話になってます」
皆で飲みましょうと、真琴の後ろから何時の間にか姿を現した叢雲が、ティムにワイングラスを渡す。軍曹さんもご一緒にと、店内から出てきたデラードにワインを掲げると、こちらも、おう。と、嬉し気に寄って来る。
「おつまみーは?」
視線を真琴からティム、デラードへと移動させたオリガに、真琴が満面の笑顔で、はい。と、近くの皿から豚のかりかり焼きをオリガの元に運んでみれば、雛鳥よろしく、口を開けて待っているオリガが居たりする。
「ふふ‥‥皆でこんな時間を過ごせて幸せね。さ、オリガ‥‥どうぞv」
ケイがゆったりと微笑みながら、仲良しの一団にするりと混ざる。飲んでも大丈夫な友人が、グラスを干すのを待って、優雅な手つきでワインを注ぐ。
「大勢で楽しいですわねッ☆」
ケイと共にロジーが楽しげに笑う。
「おにゃのこ達が、きゃっきゃしてると和む〜v」
「うんうん〜♪」
真琴達を見ながら、テーブルの一角で、ハバキと慈海がグラスを傾けあいつつ、程好い具合に飲んでいる。このまままったりのんびり飲み続けるのだろう。
「よ。楽しんでるか?」
ワインとワイングラスを持って移動中のアンドレアスが、その集団を見てくすりと笑い、声をかける。
「あ。アスさん、も」
ぴくりと顔を向けた真琴とアンドレアスは、互いに笑みを浮かべ一瞥すると、何事も無かったかのようにそのまま擦れ違う。
「飲みませんか?」
「ん。お、リンも居るのか」
何時もと変わらぬ不敵な笑顔のまま、叢雲がワインを掲げると、アンドレアスも何時もと変わらぬ不敵な笑みを返すと、珍しい知人を見つけたからと、立ち止まる事も無く。
その背中を見て、真琴が僅かに下を向いたのを見た叢雲は、何事も無い顔をして、頭を軽く撫ぜ、ではティムさんにもどうぞと、お酌をしに動けば、真琴は手にした九条葱で餌付けに戻る。
ちゃんと笑えただろうか。今も笑えているだろうか。笑顔を仲間達に向けて、真琴は自問し続ける。
リンは、友達の彼女だ。そして、同じ部隊にも所属している。縁は深いが、こうした場所で会うのは珍しく。
「そいや、作戦以外の話ってした事ねぇなー」
「そうね。小隊の誰かと個別に飲むのは初めてだから‥‥何だか新鮮。とりあえず乾杯しましょ。大規模作戦からこうして無事に戻ってきて、美味しいお酒が飲めることに、ね」
互いに珍しい機会をグラスを重ねる事で楽しんで。
照らす灯りに萩の花とススキがぼんやりと浮かぶ。
話の合間に火をつけた煙草の煙をゆっくりと吐き出す。長く、尾を引くように。
「贅沢、だな」
口の中で呟いた言葉は誰に言うでも無く。
この場に居るのは、皆、仲の良い友人ばかり。なのに萩の花を見た瞬間、不意に押し寄せた、寂しいという気持ちを紫煙に込めて吐き出した。
秋の夜は冷える。物悲しいのは薄ら寒いせいなのか。それとも。
ナレインがカウンターへ行かないかと誘えば、頷いて共に座る。真赤なチャイナドレスのナレインは、何所か性別を越え。
「ティムちゃんのふわふわの髪が可愛くて好きなのよね〜」
手を伸ばして触ると、くすぐったそうな笑いが起こる。既に明け方。出される料理は、味わいがさらに淡くなって。
「ありがとね‥‥ステキな時間を用意してくれて」
皆がステキだから、ステキな時間になるというティムの答えに、そう? と、ナレインは微笑む。
こうして皆と一緒に過ごす時間はかけがえの無いもので。
朝日がゆっくりと『しろうさぎ』を明けの色に染めて行く。
今日もまた、本部では傭兵達を依頼が待っている。
ほんのちょっと、心を休める為に、いつもこの店は開いている。
お帰りなさい。
そして、行ってらっしゃい。