●リプレイ本文
●区長イ・ドンギュ
「依頼した人数が集まったと聞いたのだが‥‥」
執務室に通された能力者達と、一通り挨拶を交わした後の第一声がこれであった。
軽い威圧感を人に与える、大柄な区長だ。
「残りの3名は、すでに捜査に入っています」
「そうかね」
表情を変えずに煉条トヲイ(
ga0236)が、淡々と事実を告げれば、残念そうな顔で首を横に振る。
人当りの良い笑顔を浮かべて、大泰司 慈海(
ga0173)は、それとなく、区長の立ち振る舞いを伺っていた。太い眉の間に、僅かに皺が寄った。
「検死結果と、被害者の概略をお聞かせ願えますか?」
「そういう事は、警察で聞いてくれないかね? 報告は受けるが、詳細まで私が把握はしていなくてね。申し訳ない」
また僅かに皺が寄る。笑みを浮かべては居るが、これは、機嫌が悪いのかもしれないと、慈海は思う。
「街の区画など、この区はどんな特徴がありますか?」
平坂 桃香(
ga1831)の問いには、おどけた調子で肩を竦める。
「そうだね、比較的道は整っているよ。自慢でね。大学があるおかげだろう、街には若い者が多く、活気がある。余裕のある生活をする者が多いというのも自慢だね」
(「あれ‥‥?」)
榊 紫苑(
ga8258)が、何かおかしい事に気がつき、心中で呟く。また、ほんの僅か、眉が寄ったのだ。よく注意して見ていた慈海と、紫苑が、それに気がついていた。
大雑把な区長の印象は、何所にでも居そうな、体育会系の政治屋だ。
自身の立場の重要性を人にアピールし、その威圧感。迫力と言い換えても良い雰囲気で人を惹きつける、それなりの魅力ある人物である事は確かだ。
一度の捜査で捕まるとは思わないが、出来るだけ早く問題のキメラを捕まえて欲しいと、イ・ドンギュは、オーバーアクションで首を横に振り、有権者へと向けるのであろう、鮮やかな笑みを浮かべた。
良ければ、今度は全員で来たまえ。一緒に食事の時間を持とうと、立ち上がるのは、退出を即す合図であろう。それは、皆に知れた。
(「全容のあらましを聞く‥‥とはいかなかったようですね」)
立ち去る広い背中を見送りつつ、オリガ(
ga4562)は髪をかき上げた。説明を期待していたのだが。
慈海は、違和感を反芻する。
何に付随するのかは分からないが、区長はこの依頼を心底快くは思って居ないようだと。
執務室を出た彼等は、警察に連絡を入れ、現場へと向かう手はずを整える。
「被害者が増える前に、なんとか、しないといけませんね?」
口に手を当て、紫苑は小さく呟く。手こずった挙句、対象が消えてしまう。そんな状況を脳裏に描き、首を横に振る。思い浮かべた不適当な未来を振り払うように。
普通の生物で無ければ、十中八九、キメラか、それに近しいものだろうと、桃香は思う。
けれども。
「足どりが追えないというのはなかなか珍しい、というか難しいケースですね」
「まあねぇ。町中にキメラが潜んでいたら、安心して生活できないよね」
慈海が頷くと、トヲイが呟く。
「無差別な様でいて‥‥無差別では無い」
仲間達の見解は一致している。
キメラならば、余程知能が高くなければ、不意に現れ、痕跡を残さず身を潜めるという事は、特異だ。
桃香のひとつに結んだ黒髪が揺れる。
「人間並みの知能を持ったキメラか‥‥」
「何者かに制御か、保護され、操られて、犯行を繰り返しているか」
「どちらにしても、かなりやっかいなのは間違いないですねぇ」
執務室を出た廊下を歩きながら、トヲイは窓越しに見える街を睥睨する。キメラのねぐらになるような、人気の無い場所も確認しましょうと、桃香が懸念を上げる。
「何か‥‥変だったよ」
「そうですね、何かとは言えませんが」
建物から離れると、慈海が仲間達に違和感を告げれば、紫苑も同意するように頷いた。
●ピザ宅配員、ソ・ジョンフ
ヴァン・ソード(
gb2542)は、ピザ屋の店員が目を丸くするのを見て首を傾げる。
漆黒のタキシード姿が、すでに街をふらつく姿では無い。何か式の帰りというなら分からなくも無い。しかし、漆黒のテンガロンハットに、無骨なブーツ。無骨なグローブを手にはめ、じゃらりとつけたアクセサリ。酷く印象深い姿だった。まるで、芸能人か何かのようだ。音楽に携わるヴァンにとっては、普通の格好だが、普通に生活している人々に混じれば目立つ。一度見た者は、二度と忘れないだろう。
「取り合えず店のメニューのピザ全部頼む」
ざっと見て、お勧めのピザを注文する。自腹だ。
焼きあがるまでの時間、店員を捕まえる。
「そうだ、個人的に興味有るんだが此処の店員、事件に巻き込まれたろ? どんな奴だったんだ?」
「真面目で良い人でしたよ。面倒見も良いし‥‥」
どうやら、この話題は聞かれ慣れているようで、またかという顔で、店員は答える。
「いつもあの辺で配達してるのか?」
「ええ、彼の担当区域でした。少し行くと高級マンションがあって、治安は良いはずなんですよ」
こんな事件があっても、夜の配達を止めるわけにはいきませんからねと、溜息交じりで答えられる。
「ふうん‥‥常連さん‥‥は、どのくらい居たのかな?」
「‥‥多いですよ、ありがたい事です」
様子を伺いつつ、話を聞いていたヴァンだったが、ソ・ジョンフ個人の話は、多く語ってきたらしく、口が軽かった店員も、それが、事客の話題へとシフトしたのには敏感に反応した。
「名前とか、分かるかな」
「‥‥お客さん、探偵さん? 私等も客商売ですからね、顧客情報は流しませんよ?」
「少し興味があっただけだからさ」
にこやかな営業スマイルに戻った店員は、お待ちどう様です。ごゆっくりどうぞ。お飲み物はサービス致しますと、ヴァンの座る場所へと、だだだだっとピザを並べた。
(「危ない。危ない‥‥」)
出来れば、常連客まで話を聞きに行けれたらと思ったのだが、それは身分を隠して聞けれる情報ではなさそうである。
ヴァンはぺろりと大量のピザを平らげて。ソ・ジョンフは良い人で評判は上々。それを聞き留めた。
●大学生、ハン・ウンス
大学のキャンパスへすんなりと入り込んだロジー・ビィ(
ga1031)は、聞き耳を立てながら、構内を歩く。
センセーショナルな事件だ。噂や話題になっていないはずが無いと踏んだ、その読みは当たっている。ひそひそと話す学生達の話題のほとんどは、キメラによる連続殺人事件の事だった。
人数が多く固まっている中へと、ロジーは顔を出す。
「何だか凄い事件だったんですって?」
「何、ニュース見てないの?」
軽い興奮状態に陥っている学生達は、呆れたようにロジーを見て、頼みもしないのに語り出す。あら。まあ! と、ロジーは適度に相槌を打つ。
すごく真面目で、良い人だった。
誰にでも優しい人だった。
成績は特に優秀ではなかったが、空気を和ませ、欠かせない人物だった。
教授や講師にも一目置かれており、彼を嫌う人はまず居なかった。
「ドヨンとヨンスと仲良かったよね」
「あ、ほら、あそこ」
ひとりの学生が指し示す先には、2人の男性が連れ立って歩いていた。
明るい色のゆるやかな髪をした、穏やかそうな雰囲気の青年と、長い前髪をかき上げる、顔立ちの整った、青年と言うよりも少年のような顔の学生。ぐっと唇を引き結んでいる。どちらも身なりが良かった。深く観察する間も無く、そういえばという別の話題に引き戻される。
「キメラじゃなくて妖怪の仕業って言う話もあるわよね」
「妖怪ですのっ?」
これはまた、突飛な話だ。
だが、噂話というのはそういうものである。人つてに話は削られ、誇張され、様々に変化する。
「金色の目に、赤い小さな姿で『お前は俺が好きか』って聞くんですって、で、好きって答えると嘘つきと言われて、殺されて、嫌いって言うと、正直者だと言って、殺されるんですって」
「あ、聞いた聞いた。夜中に構内で出るんだって言うよね」
殺されると言う言葉が飛び交うが、実際にそんな話があれば、大事になっている。一応、ロジーは記憶に残す。
その後は、たわいも無い話しに移っていったため、またねと、その場を後にする。
次は教授に会おうと思うが、予定を調べていない。
偶然を装うつもりで、あちこち足を伸ばす。
「困りましたわ‥‥」
「迷子かね?」
「!」
不意に背後から声をかけられて、ロジーは緊張する。
そっと振り向けば、キム・ホンス教授が立っている。勤めて平静を装い、挨拶をすれば、見慣れない学生だねと首を傾げられる。
真面目そうな、穏やかな雰囲気。聴講をと言えば、ああと、軽く頷かれる。
事件の悔やみを言えば、落胆した風に、酷く残念だと答えが返り、そろそろ次ぎの講義が始まると言われ、どの教室かと問われるので、終った所ですと、教授を見送る。
怪しい噂話と、ハン・ウンスの性格。それに、彼の友人、ドヨンとヨンスの雰囲気を記憶した。
立ち去るロジーを、キム教授は教室の窓からじっと見ていた。
●流浪の、チェ・ソンウク
犠牲者の出た公園へと、鐘依 透(
ga6282)は、ぶらぶらと道を歩く。街路樹が多く、高い建物がほとんど無い。
大きな通りのすぐ横に、併走するような、道があった。土地勘が無ければ、大通りを走るだろう。しかし、民家を挟んで50mほど横にはもう一本の道がある。車も十分走れる道だ。
その道は、生活道路として使われているのだろう。昼は閑散としていた。事件後しばらくはこんな風なのかもしれない。
「ちょっと僕、公園には行かないほうが良いわよ」
あと少しで目的地という場所で、透は洗濯物を取り込んでいた中年女性に呼び止められた。
「友達と待ち合わせしてて‥‥」
「今は、事件の後だから、気が立ってる人が多いんだよ。何されるかわかったもんじゃないよ」
良い身なりして。と、上から下まで検分されて、ほどほどにしないとと、苦笑される。
「‥‥キメラ、この辺りに出没してるって噂は‥‥本当なんですね‥‥」
「やっぱり、その話聞いてきたんだね。その先の公園で、住所不定のおじさんが犠牲になってね。ああいう所に住んでいたけど、優しい人でねえ。良く犬猫に自分の食べ物を別けてたねえ。野良が居つくから、嫌う人もいたけど」
うちも生活で手いっぱいだから、と言いつつ、その女性はどうやら食べ物を時折差し入れていたようだ。
止められたが、公園を覗いて見れば、数名の視線に晒される。声をかける間も無く、彼等は身を潜めてしまう。
被害からあまり日数は経っていない。どうやら余所者には懐疑的であり、近寄るという事はしなさそうだ。
(「誰かがかくまっていなければ、こうまで目撃されない‥‥ということは無いと思う‥‥」)
生活音が時折響く。
他は至って静かな場所だ。夕方や朝方には、きっと家の数だけ、人の出入りが激しいのだろう。見知らぬ人は、透が呼び止められたように、呼び止められはしないかもしれないが、誰かが見ている。
しかし、すぐ脇には歩道のついた、大きな車通りがある。
誰でも入れて、どんな風にも出て行ける。そんな場所だった。
透は、僅かに顔を顰める。
酷く嫌な気配。臭いがするような気がした。暫く嗅いでいなかった醜悪なその臭いの根源は、この連続事件の根源に根ざすものだろうか。
被害者達は同じ根の出来事があったのだろうか。
(「不可解過ぎる、から‥‥人為的なもの、あると思うんだけどな‥‥」)
それはまだわからなかったが。
住宅が多いが、すぐ脇の大通りに出てしまえば、移動は楽に可能。そんな場所だと。
●現場検証
携帯を申請する者は誰も居らず、トランシーバーを持つ者も全員では無い。だが、事前の打ち合わせがしっかりしており、行動するには不都合は無かった。
「時間帯は深夜。だけど、深夜の一定時間というわけでも無いみたいだね」
警察の一室で、証拠品や地図を思い出し、慈海が唸る。依頼としてラスト・ホープに流れてきたものと同じだ。提供された地図には、赤ペンで印をつけてある。その、どれにもあまり関連らしきものは無い。日時もばらばらだった。規則性は見出せない。
証拠物件の中には、オリガが探そうかと思っていた、キメラのものらしき剛毛があり、僅かに落胆する。自身で探すつもりだったのだが、一応鑑識も居る。色々調べた、その上で、キメラではという結論の上の依頼だったのだから。オリガは溜息を吐く。
噛み千切られた跡の歯型らしきもの。その傷の跡から、1mほど大きさだとは推測されていた。
真赤な血のような剛毛を思い出し、眉を顰め。
「次、行こうか、オリガちゃん」
「ええ‥‥」
その地図に記されているのは事実かどうか。その証明を2人は追う。
「少しでも気になる事があれば、些細な事でも良いので教えて下さい」
トヲイ、桃香、紫苑はキム教授を尋ねていた。
小さいが、きちんと整理された一室。
「特に‥‥ありません。立ち話に熱心な学生も、すぐに本分に立ち返るでしょう。じき、最高学年生は卒論で身動きが取れない‥‥そうですね、聴講生が増えたぐらいです」
穏やかに、キム教授は微笑む。年は30を超えたばかりだというが、落ち着いて見えるのはその職にあるからだろうか。
「キメラが関わっている事はご存知ですか?」
桃香が尋ねると、はい、と頷かれる。早いうちから、その噂は流れていましたと。
能力者の皆さんがここに居る事ですし‥‥とも。
底の知れない柔らかさ。
竹刀を構え、相対した時に、知らず吸い込まれて一本をとられている相手のような。そんなイメージをトヲイはキム教授に持った。
紫苑は、連絡の無い仲間達が真相に近付き過ぎて危険な目にあっていないようにと祈る。
どうやら長い戦いになりそうだとトヲイは息を吐く。
聞きたかった事全ては、ほぼ警察の資料にあった。
分厚い捜査資料を括れば、被害者の交友関係も浮き彫りになったのを桃香は思い出す。警察の見解は、仲間達が考えていた事と、そう差は無かった。何者かが、キメラを街に放ち、回収しているのでは無いかと。桃香はそれに頷き、首を捻る。だとすれば、後出来る事は何だろうかと。自分達でなければ、出来ない事は‥‥と。
嫌な気配。バグアの影を皆が感じていた。
ピザ屋では、不思議な格好の人が話を聞きに来たと、告げられ、公園近くでは、野次馬が増えて、その中に子供も多く居るから、危なくてしょうがないという事を告げられ。新たに、仲間達が知った事以上の情報は得られなかった。
だが、先に警察に寄ったおかげで、大量の情報が手に入った。分厚い捜査資料の中から、自分達がこれと絞った事実を拾い上げるのは重要な事だった。黙っていれば、出てこなかったかもしれないのだ。特に警察と能力者が仲違いしているわけではなく、何が必要で、何が不必要か、その選択をするのは依頼を受ける彼らだからだ。
情報を纏めるのは、これから‥‥だった。