●リプレイ本文
●メタルレッドのキメラ
その街は、灰色で覆われていた。
うっすらと肌寒い風に吹かれて、篠原 悠(
ga1826)は、今回の任務で退治する敵の姿を思い出し、溜息を吐く。
ドラゴンパピィは、柴犬ほどの大きさで、小鹿のような角をつけ、太い足と尾で大地を蹴って走るとか。非常に可愛いらしく、肩を落としている。
「退治せなあかんのか」
「キメラということに変わりはありませんから油断はできませんね。実際、被害も出ているようですし、放っておくわけにはいきません」
淡い水色の髪が灰色の廃墟に揺れる。天上院・ロンド(
ga0185)が、溜息を吐く悠に、笑いかけた。
アフリカの自然保護区で野生動物の保護を仕事していたゲック・W・カーン(
ga0078)がロンドの言葉を引き継いだ。
「‥‥子供とは言え、充分に脅威となり得る以上放置はできない、か‥‥気は進まないがな」
「1匹とは、言ってなかったよな? 他の敵も居ないわけがないな」
神無月 翡翠(
ga0238)が、あ〜あめんどくさいと目を細めて街を見る。確かに、他の敵には言及されてはいなかった。怪我を負った男性は、特に他に何かいるとは見ていない。しかし、万が一を考えて、能力者達は緊張を隠せない。
アサルトライフルを抱えなおすと、キーラン・ジェラルディ(
ga0477)は、誰に言うとも無く呟いた。
「かつて多くの人々の生活が此処にあった‥‥同じ境遇の町はいくつも見てきましたが、やはり何とも言いようのない気分になりますね」
「おなか空いてるのかしらね」
モニターに打ち込まれた情報には、ドラゴンパピィはピンクのコスモスを食べていた。蒼羅 玲(
ga1092)は、大荷物を持って仲間達の後に続く。
鮮やかな色をしたツインテールが揺れる。櫻塚・弥生(
ga2000)が、じゃあ、手はず通りにねと、待ち伏せをする班に手を振った。
「どちらにしろ、早く見つかると良いわね」
「コスモスの群生があるのは、ここね」
街の地図は、簡単に手に入った。道などは使えなくなっているところもあるだろうが、男性が襲われた場所はわかる。高村・綺羅(
ga2052)は、当たりをつけると、ならばこの場所に出現した場合は、何処が狙撃に向いているかと、灰色に染まる街を見回した。中心部に歩いて行く最中に、敵‥ドラゴンパピィと遭遇する可能性について考えていたのは、綺羅だけだった。
明るい色物は持たないようにと配慮はしていたが、彼等の目立つ髪の色は、灰色の街によく映えた。
吹く風にゆれて、その色は鮮やかに揺れ。
大人数で町の中心部へと向かっていたのも目立った。
軽い足音が近付いてくるのを察知したのは、綺羅だった。
「うっそぉっ!」
悠が小さく叫ぶ。
はたり、はたりと尻尾を振りつつ、たったったと、駆けて来るのは、メタルレッドに陽の光を反射するドラゴンパピィだ。瓦礫の街のアスファルトの上を、我が物顔でやってくる。その視線の先には。
目立つ髪の色した能力者達である。
ふう。ふうと、荒い息が聞こえる。
「手なずけるっていうのは無理‥ですかね」
玲が恨めしそうに呟く。魚の干物を七輪で焼いて、ドッグフードで餌付けしてみようかと考えていたのだ。だが、これはキメラだ。
「多分な」
ゲックの瞳が金色に輝き、犬歯が見た目でも分かる程長く伸びると、ファングを構え、走り出す。
「ただ眼前の敵を倒すのが仕事だから」
自身の立場を思い返す綺羅もゲックの後に続く。傭兵は戦うのが仕事。そう、心も身体も反応するのだ。
どうやら、自分に攻撃を仕掛けてくる相手だとドラゴンパピィは理解したようである。ぐっと、前かがみになると、くわっと口を開いた。炎のブレスが、突進して行ったゲックと綺羅を焦がす。
「ちっ!」
「‥‥」
その足で、ふたりはもろに炎を受ける事は無かったが、攻撃の手は緩む。
「見た目も動作も可愛いですが‥狩らせて貰いますね」
キーランの髪の色が昏い銀色に変化する。あまり目立たないが僅かに犬歯が伸び。手にしたアサルトライフルが、ドラゴンパピィを狙い打つ。銃弾の音が廃墟に響くと、彼の銃弾は、ドラゴンパピィの口元を僅かにかすった。開いた口を狙ったのだが、丁度閉じた所だった。
「早い‥ですね」
ロンドのアサルトライフルからも、銃弾が飛ぶが、動いている小さな標的には当たり辛いが、走る肩に当たって僅かにえぐる。
練成強化をしようとした翡翠は、瞳の色が、淡い紅に変化する。
「これでは‥。くれぐれも気をつけろよ? 俺、死体の処理、嫌だからな? 無茶と無謀は、べつもんだぜ?」
残念な事に、自身の力の使い所としての超機械を手にしていなかった。彼は、仲間達に声をかけて、出来るだけ後方へと下がる。
「さぁっ! ライブのはじまりやでっ!」
悠がスコーピオンを手にして、ドラゴンパピィに向かって走り出す。どうしてもライフルに比べれば、その飛距離は短いからだ。が、銃を構える前に、ドラゴンパピィは、突進を開始する。能力者達の足元に走り込んだのだ。
「っ!」
弥生もスコーピオンを使用するつもりだった。だが、標的は構える足元を通過すると、ひとり、後方へ下がる丸腰の翡翠目掛けて走り出す。
銃は混戦に持ち込まれると、中々打ち辛い。特に、相手が早く、仲間内の中に入り込まれては、思ったように標準が定まらない。
「思った通りには行かせないぜっ!」
「‥‥」
綺羅とゲックが、飛び込んできたドラゴンパピィに、追いついた。
ゲックのファングが、ドラゴンパピィのメタルレッドの身体にざっくりと一撃が入る。
凄絶な吠え声が上がる。
くわっと開いた赤い口に、皺の寄った顔は、成長すればどれだけの被害を及ぼすキメラになるのかの片鱗をうかがわせる。
「あんたも犠牲者よね‥‥」
それは、わかってるの。
そう、弥生は呟くと、動きの止まったドラゴンパピィに、スコーピオンの引き金を引いた。キメラは、遺伝子操作で作られる、人工生命だからだ。自然に産み落とされる変異種では無い。
バグアは何処で伝説上のモンスターの情報を得たのか。素体になった人の情報なのか。綺羅は、ドラゴンパピィの、あまりにも良く出来た姿に、自分の持つ疑問を反芻する。人類が持つ潜在的な恐怖を利用しようとしているとも言われるが、真相はまだ闇の中である。
「‥‥許してくれとは言わない。戦えばどちらかが死ぬ、そういうものなんだもの」
弥生はぐっと唇を噛締めると、再びトリガーを引いた。同じように、眉を寄せて、銃弾を打ち込むのは悠だ。
「ごめんなぁ?」
があっと、赤い口をあけ、ドラゴンパピィは、闇雲に炎を吐き出す。弱りながら吐く炎は、徐々に弱り。下がっていたロンドとキーランの狙撃が、止めを刺した。
「そう、覚悟は‥‥出来てるわ」
覚悟は出来ている。どんな敵にあっても、どんな事があっても、自分達が戦い続けなければならない事など。弥生は、地に伏すメタルレッドのキメラを見て、その構えを解いた。
●廃墟に揺れるコスモス
「廃墟となろうとも、思い出は残り続ける」
キーランは、被害にあった男性との会話を思い出す。彼が、幸せに過ごした街に、戻りたいという気持ちは良くわかる。
灰色のコンクリートがむき出しになり、風雨にさらされ、灰色の紗を被ったように色あせた標識や、看板は、面影さえも残してはいないだろうけれど、僅かに残る思い出は、そんな灰色の街を駆け抜けるのだろう。
「あうぅぅぅ‥‥かわいいのになぁ‥‥」
心優しい冒険者達は、倒れたドラゴンパピィを土に埋める。悠は、出会い頭のドラゴンパピィを思い出して、溜息を吐く。
「結局、ドラゴンパピィは何で釣れたのでしょうね」
「何か狙われた気がするんですが」
キーランが僅かに肌寒い風になびくピンク色のコスモスを手に取ると、ロンドは自分の髪を風から取り戻すようにかきあげる。
能力者達は、検証する事は出来なかったが、囮はこっそり地味な格好で、静かに、速やかに、少人数で行えば、検証が出来た。メタルレッドのドラゴンパピィは、蛍光色に近いような、華やかな色合いに惹かれて動いていたのだ。遠くから、ペイント弾を一箇所集中で打ち込んで、マーキングしてもおびき寄せは可能だったろう。あくまでも、このメタルレッドのドラゴンパピィに限る話ではあったが。
「そういえば、この花は」
翡翠は、ひとりでコスモスを摘んで佇んでいる。何か思う所があったのかもしれない。
他に、敵が居ないかどうか、街を探索するのはゲックだ。
同じようなキメラがいないとも限らないと、慎重に瓦礫の隙間などを見て回る。廃墟を吹き抜ける風は、四方八方から吹いてくる。
‥‥僅かに肌寒い。
確かに、ドラゴンパピィが根城にしていたとみえる場所は発見したが、他には探す事が出来なかった。ひとりで見回るには、限界もある、だが、自然保護区での生活が、ここにはもう生き物‥キメラのような生き物は居ないと告げるのだ。
ひときわ鮮やかなコスモスを手折ると、メタルレッドのキメラが眠る場所に置いた。
「‥‥単なる自己欺瞞だってのは分かってるんだがな」
灰色に崩れた街。煤けた色のアスファルト。吹き溜まった砂埃など。そんな合間を押しのけるかのように、コスモスのピンク色した花は、街のあちこちにみかけられた。綺羅は、コンクリートの裂け目から天を目指して伸び上がるコスモスの花の前で、僅かに微笑んだ。
「こんな廃墟でも花は咲く。生命って凄いと思う‥‥」
抜けるような秋の青空に、夕闇の色が落ちる。
黄緑や橙の中に真っ赤な夕日が沈んで行き、廃墟に長い影を落とし。
任務は無事成功したのだった。