●リプレイ本文
●冬空の下で
遠目からも良く見える、鴨だった。
近くへと寄って行っても、やはり鴨だった。サイズが規格外ではあったが。畑を悠々と歩いたり、くつろいだり。巨大なキメラには違いないが、能力者達の目には食材のひとつとして、熱意と共に狩られる事となる。
「‥‥ん。鴨肉。楽しみ。頑張る」
事前に、百合根業者に確認を取り尚且つ、時間一杯まで鴨キメラの生態を確認していたのは最上 憐 (
gb0002)である。真っ白な髪に大きなリボンが揺れる。漆黒の大きな瞳には、さしたる感情は見られないが、鴨は食べる物である。その認識が重要のようだ。
「‥‥ん。質問。鴨は。いつも。どの辺りに来る?」
「好んでいそうな場所が解れば教えて欲しいかな」
アズメリア・カンス(
ga8233)も、鴨の生態をまずは確かめに回る。双眼鏡を使い、背の高い水草の合間をぬうように泳ぐ巨大な鴨キメラの動きを確認する。
口元に笑みを浮かべて、リリィ・スノー(
gb2996)はヘッドセットの調子を確かめる。両手を空けるために自ら選んで来ている。何しろ鴨撃ちは初挑戦なのだ。準備は怠らない。初鴨はキメラなのだけど。
「百合根も鴨も食べたこと無いので楽しみです」
「鴨かー。脂がのって美味しい時期だよねえ」
うんうんと、頷き、やはり鴨キメラの動向を確認していた赤崎羽矢子(
gb2140)は、狩りですと、嬉しげにしている総務課ティム・キャレイを捕まえて、調理が出来る場所や、鍋に必要な調味料などの手配を頼み、びしっと親指を立てる。
「その代わり、鴨はばっちり仕留めてくるからさ」
「大体同じルートで出てくるようですね」
着物にダッフルコートを着込んだ鳴神 伊織(
ga0421)も、待ち伏せに有効な情報を聞き出す。
僅かに目を眇めて鴨キメラを見る。
「一般人には身近な脅威と呼ばれながら、能力者には只の食材も同然‥‥」
キメラが食べられると知られたのは1年前ほどの事。それからは、食べられるモノならば、食べてしまおうという依頼が多くなった。戦時下の食料としてはうってつけ‥‥なのかもしれないが、伊織は、何所かしら哀れとも思う。すぐにその感情は振り切るのだが。
「‥‥ん、ねぎ。向こうが持ってこないなら、こっちから持ってく」
黒いフリルが揺れる。
深い緑の瞳が鴨キメラに据えられる。特に表立った表情は無い。だが、シフォン・ノワール(
gb1531)は、しっかりと料理して食べるための様々な申請を通し、葱も忘れずに用意していた。
鴨に葱。お約束は大事である。
「育てるのが大変な百合根を荒らすなんて、許せません‥‥きちんと仕留めるので、安心して下さいね」
能力者がやって来たという事で、挨拶に来ていた農家の人へと石動 小夜子(
ga0121)は笑顔を向ける。
わらじに巫女装束ではかなり寒そうで、大丈夫ですかと、農家の人に心配されるが、慣れているのか、にこりとまた、笑顔を返し。
(「ブルーシートで代用‥‥」)
鴨キメラが空を飛んだ場合、上空から見つかり難いように目立たないシートを用意したほうが良いかどうか、しばし悩む。
「ふふふ、迷彩です。完璧でしょう?」
現地の事務所にあった、緑の風呂敷を借りてきた芹架・セロリ(
ga8801)は、それをほっかむりにする。小さく捻って、鼻の下で結べば、何所からどう見ても、漫画などに出てくる泥棒さんに見える。かさこそと、駐車場から池の方へと、身を潜めに忍び歩く。ほっかむりから出ている緑の髪のツインテールがふわふわと揺れる。
ボートで池の中の水草の陰に隠れる者、桟橋のある駐車場で、出来る限り目立たない場所へと潜む者に散った。
●鴨を撃て
「‥‥ねぎをしょって鴨を待つ。‥‥なんかおかしい‥‥。‥‥まあいいか」
シフォンは、用意した鍋や葱をつい背中に括ってしまっている。が、まあいいのだろう。
「さようなら、ねずみ年。お疲れ様です、菜食主義。来年は牛だぜ!! 時代は牛肉だぜー!」
自称菜食主義出るが、年末とかその辺りの意味不明な理由でお休み。また来年お会いしましょう。ちなみに苦手な食べ物はセロリですっ! ぐっと、拳を握り締めつつ、身を隠しているセロリのテンションは上昇中のようだ。矢継ぎ早に小さく叫びつつ、頷いたり首を振ったり、ツインテールがぶんぶんと動く。きゃー。とか擬音が入ったりして忙しそうだ。静かに潜むリリィは鴨へと何時でも照準を合わせられるよう体をずらす。
「百合根に被害が出ないようにしましょうか」
「そろそろ来そうですね」
落ちないようにと気を配るアズメリアと小夜子のボートが水草に隠れるように移動して行く。
伊織がぽつりと呟く。
「岸辺班に、向かう様に攻撃して追い詰めれたら良いですね」
「‥‥ん。頑張って漕ぐ。泥船に乗ったつもりで。任せて」
「そうね‥‥泥船?」
「‥‥ん。気にしてはいけない」
憐も、舟をゆっくりと漕ぎ出す。その、不穏な言葉に僅かに首を傾げる伊織に、こくりと頷く憐だった。
静かに、泥船‥‥もとい。ボートは進む。
準備万端整った所に、何の警戒もせずに、ゆうゆうと池に鴨キメラが入ってくる。
よし。
そんな軽い緊張が能力者の間に流れる。
波紋を広げつつ、鴨キメラが近付いてくる。
「迂闊ですね‥‥考えが甘すぎます」
青白く発光した伊織の光りが禍々しくその光量を増す。そして鴨キメラに渾身のエネルギー派を撃ち込む。グェとか、グァとか言う悲鳴と共に、かすった攻撃に鴨が慌てふためく。
「‥‥ん。このまま。追い込む」
憐が長弓、万里起雲煙で攻撃に参加しようかと思うが、どうも鴨キメラの波で安定しない。万が一の為に舟漕ぎに専念する。
ほぼ同時に攻撃をしかけたのはアズメリア。右腕を中心に、炎のような黒色の模様が全身に浮かび上がっている。小銃S−01の銃声が響く。だが、アズメリア達の方向へと、鴨がどーん。ざばーんと言った風に身体を傾いだからたまらない。
「転覆は、しません」
水面が波立ち、ボートが大きく揺れるが、おっとりと話す小夜子は、きっぱりとした口調に変わる。揺れを受け流すよう、必死でボートを掴み。攻撃するよりも転覆阻止が先だ。
「っ! この池で仕留めさせてもらうわよ」
傷つき、暴れる鴨キメラは、収穫地へと戻ろうとするが、アズメリアの銃弾が逃走経路の前に打ち込まれると無期を変え。能力者達の待ち伏せる駐車場へと盛大な水飛沫を上げて飛んで逃げようとする。
水浸しになったボート班は、その背後を狙おうとするが、揺れるボートからは照準がつけ難い。体に残るダメージを、アズメリアは細胞を活性化して回復に努め。
シフォンが狙い違わず、羽を撃ち抜く。深緑の瞳が黄金の輝きを放つ。
「‥‥ん、畑には行かせない‥‥!」
「‥‥こんなに大きいと当てるのは簡単ですね」
両腕がぼんやりと青い光を放つ。服に隠されてわからないが、幾何学模様が浮かび上がっている。覚醒したリリィは、飛ぼうとする鴨キメラの羽の付け根をアンチシペイターライフルで狙い打つ。
「バーべキュー! 鍋ー! 南蛮ー! ‥‥でも一番は、生──!!」
セロリが弾頭矢を長弓燈火で撃ち放つ。
激しい音が響き渡る。着弾して爆発する弾頭矢。追いかけている仲間達へも、盛大な水飛沫が飛び、大きく波が押し寄せ、追い討ちはかけられない。
(「さようなら‥‥手羽先‥‥!大好きだったよ!」)
静かに狩人の如くと、思いつつ、その行動は間逆でもあった。本体を直撃したら鴨はほとんど食べられないモノと化しただろうが、被弾したのは鴨の羽の一部。本体が大きく横へと爆発の衝撃で吹き飛ぶ。
ハミングバードを構え、桟橋へと走り込み、羽矢子は渾身の衝撃を鴨キメラに叩き込んだ。背中に出現した猛禽類の羽が風を切る。
「残念だけど、ここはあんたの居場所じゃないの。可哀想だけど退治させてもらうよ!」
そして、鍋の具になりなさい! そんな心の叫びが木霊する。
その心の叫びは、ここに居る能力者達全てに通じる叫びであった。
●美味しく頂きます
濡れた服などはティムが回収し、クリーニングに走り事無きを得る。その間は、ジャージ上下でボート班は暖をとって温まって。
そして、何処かから料理番組のテーマソングが聞こえてきそうな、駐車場。
管理小屋から、申請済みな品物や、農家の方のご好意で分けていただいた野菜などがごそりと出して積みあがっている。
「持ち帰り難いようでしたら、捌きましょう」
伊織が巧みな包丁捌きで鴨を小さなブロックへと分けていく。割烹着姿が良く似合う。
「手伝おう」
武器の手入れをしていたアズメリアが、鴨を捌きに混ざる。手際はそこそこ、綺麗な包丁捌きだ。
「‥‥ん。鴨と言えば鍋」
シフォンが、おぼつかない手ではあるが、伊織の横で、鴨を切る。そして、そのさらに横で憐は黙々とかもの下拵えに混ざり。
「ひゃっほーい! 肉だぜー!」
鴨肉はさくさく解体されていく。料理は下手なのでと2回言ったセロリは、変わらぬテンションで周りの手伝いに回っている。
半壊した百合根も、丁寧に痛んだ部分を取り除けば、立派に食べれる。
小夜子は百合根が何年もかからないと出来ないのを知っていたようだ。
「茶碗蒸しとか、ちょっと贅沢に、天ぷらとお浸しも作りましょう」
穏やかに微笑むと、たおやかな手が沢山の料理を作り出して行く。
シフォンが百合根できんとんを作り始めると、その横で、頬を緩ませるのはリリィだ。
「私も、きんとんを作ります」
簡単なレシピをチェックしていたリリィは、詳細なレシピを片手に百合根のきんとんを作り始める。
丁寧に裏漉しされた百合根と、花びら型にほっくりと茹でられた百合根が、甘いきんとんへと姿を変えて。
ふたりの優しい味のきんとんが出来上がる。
同じ百合根で、小夜子は
羽矢子は、本格的な出汁とりに入っている。小さく下拵えした鶏ガラ、長葱、生姜、セロリ、玉葱、人参、水を火にかけ卵白を混ぜ、強火で沸騰するまでかき混ぜる。卵白が集めるアクを掬い極弱火2時間煮込みキッチンペーパーで濾せば、美味しい出汁の出来上がりだ。
出汁を煮る間に、鴨肉団子入りの鍋を作り、胸肉を薄切りにする。しゃぶしゃぶすればきっと美味い。
ササミは湯通ししてほぐし、三つ葉に山葵醤油で味付けて付け合わせれば、そろそろ美味しい試食の時間。
憐が、煮え始めた鍋に、つ。と、顔を上げて箸を持つ。
「‥‥ん。お腹空いた。はやく。食べよう」
「では、尊い犠牲になった鴨に感謝の気持ちを込め美味しく頂きます!」
鍋を囲んで、ずらりと並ぶ料理の数々に、能力者達はほっと一息つく。羽矢子がぱむりと手を合わせれば、次から次へと箸が動く。
「‥‥鴨うまー」
シフォンがこくりと頷いて、熱々の鴨肉に満足しつつ、次々と鴨を投入し、食べて行く。
「本当ですね、美味しい‥‥」
小夜子は初キメラ食に、おっかなびっくり箸をつけるが、その味は、普通の鴨と遜色が無く、笑みが零れる。
「やー。寒い目にあった後だし生き返るわ。お酒も進むねえ」
羽矢子は、ほくほくと顔に書き、丁寧に下拵えした鴨出汁に舌鼓を打ちつつ、お酒を飲む。身体はぽかぽか。心まで温かくなるようだ。
「‥‥ん。おかわり。おかわり。どんどん。おかわり」
憐の前の肉は何時消えたのだろうか。まるで亜空間に繋がっているようだ。可愛らしい亜空間へと綺麗に消えて行く食材の補給に、ティムが走る。
「‥‥ん。おいしい。もっと。沢山。いっぱい。食べる」
時間一杯。鴨キメラは結構な量があった。けれども、どうやら、半分も食べられますか? という心配はしなくても済むようだった。
「‥‥ん、自信はあんまないけど」
食材が尽きる頃、シフォンが取り出したのは冷やしたきんとん。
冷たい食感が熱くなった口に心地良かった。
「‥‥ん。もう、無い?」
憐が顔を上げれば、鴨キメラ宴会は終了のようである。
食材は、迅速にラスト・ホープへと届けられる事になり、お節の一角を飾る事となる。
<お節用に確保した食材>
・鴨キメラ
・百合根