●リプレイ本文
●廃墟を走る
4台のジープと、依頼主ペッパーの乗るジープ、そして、シーザリオ2台が連なり走る。
あちらこちらで黒煙が上がり、遠くからは戦闘の音がかすかに聞こえる。
「九州の情勢もなかなか安定しないわね‥‥取ったり取られたり‥‥か」
火の無い煙草を咥えつつ、リン=アスターナ(
ga4615)は知己となった三山を思い出す。
(「顔見知りが窮地に陥っているのを、黙って見過ごすわけにはいかないでしょう?」)
シーザリオのハンドルを握り、早く人々を安心させてあげなくてはと思う。
同じく、シーザリオのハンドルを握るのは如月・由梨(
ga1805)だ。
1年以上も前の事だ。由梨は、親バグア派だった親子を救い出す為に戦った依頼と、それを頼んだ三山を思い出して、綺麗な眉の間に僅かに皺を寄せる。
(「今回はどうなのでしょう」)
予感でしかないのだが、今回避難した中に、あの時の親子が居るのならば、さぞ難しい位置に居るだろうと思いを馳せる。バグアの侵攻に伴い、親バグアが活性化し、その余波を受けての逃走ならなおの事。
(「難しい、ですね‥‥親バグアと反バグア、どちらも同じ人ですのに」)
人同士が争わなくてはならない。バグアでは無くて。
「これが、戦争ですか」
ぽつりと呟く。だが、救えるものならば、人であるなら救おうと心に刻み。
ジープの座りは悪い。
道が悪い為に、乗り心地が良いとは言えない。だが、鯨井昼寝(
ga0488)はくすりと笑う。
キメラはどんなキメラだろうかと胸が騒ぐ。大型のキメラだったら良い。早く辿り着かなくては。万が一、逃走する人々がキメラに傷をつけたら、戦う楽しみが半減してしまう。
昼寝は、戦いの予感に知らず笑みが浮かぶ。
後方を走るペッパーのジープを気にしつつ、クラウディア・マリウス(
ga6559)はジープのハンドルを握る。初めての運転に、緊張しつつ、仲間達と速度をあわせ、慎重に運転をする。
(「何を怒ってるのかな」)
積荷で手伝う事があればと聞けば、それは頼んだ仕事じゃないと一蹴されたのを思い出す。
『声が届きますか? 助けに来ました』
無線で呼びかけを行えば、割り込まれる。ペッパーだ。ぐっと速度を上げたジープがクラウディアのジープの横に並び、大声が飛ぶ。
「何処に居るか、確実じゃないんだよ! 合流してからならともかく、無線でこちらの居場所を敵にも教えるつもりだったら、帰って?」
クラウディアはぐっと言葉に詰まる。逃走中という事は、彼らを追う勢力があるという事だ。敵は何処にどういった形で潜んでいるかわからない。
ここまでの道は意外と静かだ。フェブ・ル・アール(
ga0655)はジープを運転しながら、細かく地形を記憶する。戦闘区域は今の所遠い。地図との相違は、背の高い建物が、半壊している事が多く、裏道は使い物にならないという事。辛うじて幹線道路が走れる。障害物を避けて、車一台分の車幅があるかどうかだ。建物の少ない場所は、それなりに通れる。同班のフェブが運転するジープへ同乗する御巫 雫(
ga8942)は、どの車に乗るのか、わからず、出発前に一瞬躊躇する。行き先は皆同じであり、目的も同じであった為、置いていかれる事は無かったが、危なかった。漆黒の瞳が油断無く半壊する街並みを確認する。
柚井 ソラ(
ga0187)は人気の無い街並みに気持ちがざわめくのを感じ、無意識に腕輪に手をやっていた。
「間に合って──」
「‥‥絶対無事助け出します」
同乗しているのソラの呟きにこくりと頷くのは不知火真琴(
ga7201)人が無益に傷つくのは大嫌い。
(「三山さん‥‥」)
知己である顔を思い出し、真琴はぐっと唇を引き結んだ。
どれくらい走らせただろう。
人影を発見したのは、太陽が僅かに傾きつつある、薄闇がかかる時刻だった。
●半壊するビルのある道路で
男が全面に立ち塞がり、ジープは止まる。
ペッパーが、走り寄ると、男は頷いた。隠れるように移動している。時折前に出て、安全を確認していたのだと、傭兵達に現在移動中の場所を説明する。すぐ近くなのが幸いだ。
「怪我人は居ませんか?」
「怪我してる人いたら治療しますよっ」
ソラとクラウディアが、崩れた建物の影から現れる人々へと走って行けば、ペッパーの舌打ちが聞こえる。
「先にジープへっ! 治療の間に襲われたら元も子も無いんだからっ」
重傷者は幸い居ない。安全な地域に移動してから治療しても間に合うだろう。
疲れた表情の人々を見て、リンは軽く首を横に振る。
(「私たち戦う立場の人間は、覚悟ができているからいいけれけど‥‥戦況が変わるたびに振り回される現地の人々は、たまったものじゃないでしょうね」)
すまんかったのぉと最後尾から背後を気にしつつ現れた三山に、ご無事でなによりと微笑みかける。
「怪我人、お年寄り、お子さん。それから大人の方が乗って下さい。運転出来る人は居ますか」
走り寄った真琴が手を貸しつつ、ジープへと誘導する。
「初めまして。フェブと言います。逃走経路には目立った敵はおらず、障害物もさほどではありません。突っ切れば、安全地域への離脱は、比較的楽です」
「助かるよ」
じゃが、そうかしこまらんでもええ。目を細めて、三山に腕を軽く叩かれるが、フェブはいいえと笑みを浮かべつつ、首を横に振る。元軍人という生き癖の習いは嫌いでは無い。上官に当たる立場だった人物であり、年長者でもある。敬語を崩すつもりは無い。経路の確認を仲間達と始めようかという、その時。
三山と避難民がやって来た方向の建物が僅かに崩落し、真っ白なものが飛び、避難民の男ひとりを絡め取った。
「させぬよっ」
雫がイアリスで白い糸を叩き切れば、その糸は張りを失い、へたりと落ちる。糸の先にはもう居ないという事だ。瓦礫や亀裂を確認する瞳は闇の黒。動く雫の背には黒耀の小さな石翼が浮かび上がる。
「何処から出てくるか分からないわけね」
ナイフで丁寧に男の糸を外してやるリンの身体は全身淡く銀色に発光をしている。漆黒の瞳も同色へと色を変え。
「半壊したビルの中を移動? 上からも来るかもしれない」
真正面から敵は来るとは限らない。
半壊したビルのある場所だ。
ビルを伝い、瓦礫を伝い、上からも回り込んで横からも、姿を隠しつつ現れるだろう。だが、こちらを害するつもりならば、姿を現さざるを得ないはずだ。
「急いで下さい!」
蜘蛛っ?! 苦手な生き物のキメラに、真琴は心で叫ぶが、なるべく顔には出さないようにと心がけ。
(「頼りにしてます柚井さんっ!」)
ソラと視線が合えば、頷きあって。
ジープ4台に、先頭と最後尾には真琴とソラが乗り込む。5人乗りのジープだ。三山達を含めて全てが乗り込める事になる。
ペッパーが動いた。
「!」
こんな時に。
その依頼者の言動に注意していた仲間達の行動は早い。
こんな時だから動いたのだろう。
ひとりの男の襟首を掴み、ジープへ乗るのを引き止め、腰の銃に手をやった。その姿に、クラウディアは突進し、強引に割り込んだ。
「ダメですよ‥‥」
「‥‥あんたか。こいつが呼び寄せてないとどうして言い切れる? こいつは親バグアだったんだ。バグアの何が良いのかしらないが、元親バグアは裏切るんだよ。こちらの駐留している生活区の爆破や、密告なんかを手土産にしてね」
不安な芽は摘んでおくが良いと、掃き捨てるペッパーにクラウディアは食い下がる。
「誰もが生きたいんです。生きる為に必死なんですっ。だから、生きる為に、仕方なく別の道を選んでしまう事も‥‥それを『裏切り』と一括りにして力で裁いちゃったら、私達もバグアと同じになっちゃいますっ」
「自分の言ってる事わかってるか? 裏切り者を助けて、集落や都市の全滅を見ても、そいつが生きる為に犠牲になっても良いと言うわけだ」
「そうじゃありませんっ!‥‥そんな悲しい事。みんな、仲良くしようよぉ」
「まずは生き延びてからにしませんか」
ソラがペッパーにそっと触れれば、反射的に弾かれた。踵を返して自分のジープへと向かって行く姿を見送り、軽く首を横に振り、クラウディアをそっと叩き、自らの役割を果たすべく、次々と出発するジープの最後の車両へと乗り込んだ。
「来たにゃ」
にこりと笑うと、右目尻に梅花の紋様が浮かび、全身に帯電の様な現象が。髪が逆立ち小物が弾け、猫が威嚇する様な騒乱を巻き起こしつつフェブは大型の蜘蛛が現れた道へと、月詠を構えて走り込む。背後のやりとりは気になるが、今はキメラを退治するのが先だ。
「ふん。蜘蛛‥‥か。糸に捕まると厄介だな。難民から引き離す‥‥!」
雫も、無造作に距離を詰めている。
糸が飛ぶ。
「させないわ」
リンがエネルギーガンを撃ち込み、蜘蛛がフェブや雫へと狙いをつけるのを撹乱する。
全てのスキルを乗せた、渾身の一撃を、その複眼へとフェブは叩き込んで。
「っし、結構デカいじゃない。オーケー、楽しませて頂戴!」
道のもう片側から、もう1体。蜘蛛キメラが現れる。
口角が僅かに上がる。
褐色へと変わった肌、赤みを増した髪。昼寝はエネルギーガンを撃つ。あれは自分の獲物だ。沸き立つ心と、それを屠る為の冷静な行動の組み立てが、昼寝を走らせる。
あまり知性は無いだろうという思いと、蜘蛛ならば同種の生き物と同じ行動をとるのではという考えがせめぎあう。同種の生き物ならば、正面から向かってくる事など無い。ひそみ、巣を張り、獲物を待つ。だが、このキメラは、人を襲う事が決め事のようだ。
「まずは、足止めですね」
真赤に染まった瞳で、由梨は小銃スパイダーを構える。現れたキメラへとその赤い瞳は違わず照準を合わせて撃ち込んだ。走り去るジープにひとつ頷き。
涙を堪えつつ、走って戻ってくるクラウディアは、左手首に光る星を煌かせ、星の加護をと、前に出て行く昼寝と由梨へと練成強化を、届け。
地響きを立てて落ちる蜘蛛キメラに、糸を吐き出す射線上を避け、昼寝は息を詰めて迫る。
「その大きさで、逃げきれると思ってるの?」
複眼が昼寝とかち合えば、昼寝の笑みは深くなる。
もらった。
由梨の銃弾が蜘蛛を撃つ。そして、昼寝のエネルギーガンがその大型キメラを地に沈めたのだった。
●安全区域で
三山がペッパーの肩を軽く叩き、引きずられた男の肩も軽く叩いていた。
安全区域に入れば、多くの目がある。ペッパーもそれ以上無茶な行動をするつもりは無い様ではあったが、その動向はどうしても傭兵達は気にかかっていた。
大丈夫ですよと、ソラとクラウディアは手分けして傷を治して行く。
小さな子などに、飲み物を手渡し、笑顔に相好を崩す由梨は、後で甘いものもありますと微笑めば、それはこっちがやるからと、斜に構えたペッパーが口を挟んできて、首を傾げた。
「彼らは望んでバグアに組したわけではないかもしれません。もちろん、それが一方的に許されるとは思いませんが。それでも彼らの事情を汲み取っていただきたいと。殺したりするのは簡単ですが、それをしてしまって‥‥人と言えるのでしょうか?」
親バグアも、反バグアも人である。そう、由梨は思う。強い感情は生まれて居ないが、否定するほどの失意の感情も無いから。
「‥‥あんたの考えか?」
「いえ、受け売りですけどね」
「じゃ、迂闊に語るんじゃない。特に、解放区ではね」
根深い憎しみを癒すつもりは無いのか。何も届かない相手に由梨は、軽く首を横に振る。
「自ら進んで親バグア派となったのならいざ知れず、生きる為に属さなければならなかった苦痛、私にはわかるがな。私を拾い、育ててくれた爺は人間に殺された。‥‥爺を殺した人間は憎いが、だからといって、人間全てを憎むわけにはいくまい?」
「論点がズレてるよ。あんたの悲しみと乗り越えたものは、あんたのものだ。オレのじゃない」
「‥‥お前が憎いのは本当にバグアか? それとも自分を裏切ったもの全てか? よく考えよ。自分だけならばいいだろう。プライドの為に死をも選べる。だが、愛する者が居ても、同様に命が絶てるか?」
「ご高説だね」
「‥‥敵を間違えるなよ。己が心を御せなければ、バグアに成り下がるぞ」
「あんたもね。ひとりを救おうとして、全てを破壊して途方に暮れないように。正論は時に悪より始末が悪い」
鼻で笑うペッパーを見て、雫はやれやれと言う風に首を横に振る。まるで壁撃ちをしているようだ。何があったかわからないが、その何かが掴めなくては、彼女の心に響く言葉は無いのかもしれないとふと思う。だが、雫には少しだけ語尾が柔らかかったようである。
「あのさ。割と本気で『正義の味方』やってるつもりだよ。やれる力があるからね。たとえ銃を向けられても、私は相手が人間なら何とかしてやりたい。その為に軍をやめて、傭兵になったんだ」
雇われている身だ。依頼主の為に、撃つ時は必ず撃つけれど、今回は必要だったかと聞けば、渋面を作るペッパーに、笑みを返す。
ただ、ペッパーと親バグアだった男を見ていた真琴は、長い息を吐き出す。
九州の一部地域は、そういう時勢だった。奪還されて、彼等の立場がどう変わったのか、どう変わっていくのかわからない。その過去があるから疑われるのだろう。もちろん、過去がどうあれ、無闇に人を疑うつもりなど無い。でも、そういう事もきっとある。そうだとしても。
「たとえ、馬鹿を見たとしても、信じる気持ちや理解する心は忘れたく無いよね」
遠目から見ていた真琴に、三山の手がぽんぽんと置かれる。
「彼等が安心して反バグアでいられるような、そういう状況を作っていかなくちゃ‥‥いけないんですね」
言い様の無いジレンマを抱えて、ソラは呟く。
にんげんは。
誰もが強くはいられなくて。
誰もが戦えるわけではなくて。
それでも、生きていく為に一生懸命で。
あの男の人も。無茶をしようとした依頼主も。そう思い。
「壱岐で振舞ってもらった浜汁とおにぎりのお礼、これで返せたかしら?」
「お返しだけじゃあ無く、別嬪さんとはまた会いたいもんだのぅ」
仲間達を横目で見ながら、三山へと柔らかくリンは苦笑する。助かったよと頷かれて、お上手ねと、リンはまた同じ笑みを浮かべた。
様々な立場で、様々に生きなくてはならない。
ただ、今は。
まだ肌寒い夜が、静かに生き延びた人々を包んでいた。
九州各地で、バグアとの戦いが激化しはじめる。
それは、新たな火種をはらみ。