●リプレイ本文
「準備する時間もなし、と」
CD−016シュテルンのコクピットで、叢雲(
ga2494)が呟く。
戦線が広がっている。空では無数のレーザーの光りが飛び交い、爆音が響き、腹に響く衝撃は、海中や、壱岐のあちこちに落ちる墜落するヘルメットワーム──HW、味方機、ナイトフォーゲル──KV。そして、ミサイルなど。
遠くの海上では、艦隊戦も繰り広げられている。
機械化キメラの群れが、海面スレスレを飛び、味方艦隊を襲う。
内海といえど波が高い。
戦闘の為だ。
静かな波間ならば、異変を察知するに難く無いだろうが、戦の最中。
鋼の残骸が時折打ち寄せられてくる状況だ。
海中ソナーを仕掛ければ、ある程度は接近は予測出来るのだが、次の準備にかかる時間は、この様では出来様も無い。
レーザーやミサイルで被弾している空港が目に入る。KVならば、離陸着陸は可能だが、戦闘機が再びこの空港から飛び立つには、時間がかかるだろう。
一端、タートルワーム──亀を追い返したという、駐在UPC軍のKVは、その半数が全壊し、内海にその機体の残骸を沈めている。鋼の翼が、浜から見える。
何度目かの戦火にさらされる九州空域海域を一瞥して、口元を引き締めるのは緋沼 京夜(
ga6138)。F−108ディアブロが滑らかに立ち上がり、浜へと下って行く。九州への思いは深い。
(「あいつ等が眠る場所を、これ以上穢させたくないっ」)
残ったS−01、5機もあちこちが破壊されていた。機動に難は無く、十分戦闘可能だとはいえ、次の亀退治に直接当たれば、どうなるか。
次々に着陸し、人型形態へと変わって行く能力者達の機体が、大浜、筒城浜へと移動して行く。
『この先もここを守ってもらわないといけないんだし、無理せず撃ち上げたらすぐに退避してね?』
能力者の機体の着陸を、フォローしていたS−01へと、赤崎羽矢子(
gb2140)は万が一には、自分達を呼んで欲しいと声をかける。侵攻予測地点の大浜からは離れ、空港南の錦浜の防衛をと、能力者達は口々に伝えれば、頼みます。がんばりましょうと、軍のKVが能力者達へと声をかけつつ移動して行く。
「‥‥この機体でどこまでやれるかわからないけど‥‥、足だけは引っ張らないようにしないとね‥‥」
紅 アリカ(
ga8708)が呟く。羽矢子と共に、同機体CD−016シュテルンを向かわせ、筒城浜B班となる。漆黒の機体が砂を踏みしめ、僅かに金色が光る。
『‥‥こちらの布陣を待ってはくれなさそうだ!』
桜崎・正人(
ga0100)大浜の、錦浜寄りへと、の指揮の下、ウーフー、飯島 修司(
ga7951)、鹿島 綾(
gb4549)のディアブロが移動中に、最初の亀が姿を現していた。
それと同時に、筒城浜の近くでも、亀は顔を出す。かなり進行している。
「まぁ、気負いすぎず、されど気を抜かず。良い加減で参りましょうか」
連動配置は、頭に叩き込んである。修司は薄く笑みを浮かべると、機体を逃がしつつ、浜へと下っていく。
先の見えない攻防戦。
(「相変わらすUPC軍の要求水準は高いです。正規兵にはなりたくないですね」)
ULTを通して10機の増援しか送れないという戦線に向け苦笑する。
ばりばりと空を裂く音が響き、大型プロトン砲が大浜を掠めて消えて行く。空港へと届く距離にはあと少し。
急な攻撃ではあったが、仲間達に被弾したものは居ないようだ。
『‥‥これ以上押されてたまるかよ! 押し戻すぞ』
砂浜へと降りたばかりだ。あまりに空港に接近した場所での迎撃は、空港への被害が甚大になる。
正人が仲間達へと指示を飛ばす。それを事前に察して、前衛2機も先へと動いていた。
『少し前に出たほうが良いか』
『嵌りすぎないよう、両脇を固めようか』
綾が荒い波打ち際へと走り出せば、修司が共に亀を挟撃にと走る。鋼の足が、砂浜に深い溝を作って行く。
亀との間合いを詰めるという事は、その間、亀の大型プロトン砲のチャージ時間を与えるという事でもある。
波間に突き出るUPC軍のKVが移動をすんなりとはさせてくれない。
『向こうは機械化キメラの群れかっ?!』
正人が前衛に走る綾機と修司機への援護にスナイパーライフルD−02を撃ち放ちつつ、軽く舌打ちする。
錦浜からは、次々と機械化キメラが上がってきていた。
その1体づつは、さして強くない。しかし、数が上がれば、面倒な事になるだろう。今は未だ、軍KVががんばっている。どうやら、空港では無く、島奥へと向かうようだ。狙うのは、自主避難した民間人に違いない。
『北九州の偵察へ行ってきたの。敵の司令官は冷血漢よ。こちらも冷酷無比で臨みましょう』
PM−J8アンジェリカを躊躇無く浜へと向かわせるのは藤田あやこ(
ga0204)。大浜筒城浜側の前衛、京夜の後を迷わず追って亀へと迫る。
鈍い振動が、また、仲間達の機体を震わす。
近くの海で派手な爆発が起こり、盛大な水飛沫が上がる。
「さて、本土では好き勝手やってくれているようですが、此処ではそうは行きませんよ‥‥」
XF−08D雷電を鹿嶋 悠(
gb1333)は筒城浜へと急ぎ、移動させる。亀の移動を睨みつつ。
索敵をする間もなかった。
波が荒く打ち寄せる。だが、幸い、筒城浜には、KVの残骸は無い。
亀発見と、ほぼ同時に、亀からは、大型プロトン砲の一撃が襲ってきた。浜をえぐり、筒城班の機体へと迫る。
羽矢子は飛び退ろうと、機体を動かす。
12枚の可変翼がバランスを取り、機体を逃がす。アリカが間に合わず、直撃を受けて吹っ飛び、機体が砂浜に叩きつけられる。しかし、機体が動かないほどではなさそうだ。ぐっと唇を噛締める。
「不覚っ!」
「ちょっと間に合わない‥‥っか!」
機盾レグルスを構えて、鳳覚羅(
gb3095)は、迫るプロトン砲を受ける。直撃では無いが、レグルスで弾いた、その振動に、ディアブロが傾ぎ、腰を落として踏ん張った足が砂にめり込む。脳裏に過ぎるのは、戦いの記憶。
(「九州のバグア達には借りがあるからね。ここで、晴らさせてもらうよ」)
『次の攻撃に気をつけて』
悠が、仲間達に声をかけ。
「その程度の砲撃でこの帝虎は落ちはしない‥‥」
笑みを浮かべ、仲間達と砂浜を蹴立てて亀へと寄る濃紺の悠機の両肩が、陽光に赤く光る。
『攻撃される前に、こっちの射程距離に入れちゃえば良いんだよな』
羽矢子が笑い、アリカ機が起動するのを確認すると、亀へと向かい走り出す。
(「実弾‥‥装備してる様子は無い‥‥か」)
一口に亀と言っても、様々な装備を装着している。
確認されるのはいつも大型プロトン砲だが、そうでない場合も多々あるのだ。羽矢子は油断無く、しかし迅速に亀へと迫る。
『どこから現れるのやら、まったく気が抜けないね』
埋まった足を引き抜くと、僅かに苦笑する覚羅。
「さてアズラエル、バグア達に死を告げる天使の名に恥じない戦いを見せてあげようか」
苦笑する口元は薄い笑みへと変わり、砂を蹴立てて、漆黒の覚羅機も亀へと向かう。所々に描かれた深紅のトライバル調の模様が見え隠れして。
その亀は、有人機のようだ。
迫るKVを見ると、ずるずると後退して行く。能力者達が近付いてくる前に、完全に海中へと沈み込む事となる。
水面へと、3.2高分子レーザーがぶち当たる。
『これ以上の接近は危険だね‥‥』
やれやれと言った風に、覚羅が声をかけた。
まともに当たれば、この面子で亀1体、さほど敵では無いのだが。
「大人しく食われてはくれそうにありませんね」
悠は苦笑すると、亀の沈んだ海面を眺めた。
(「接近さえ出来れば、錬剣羅真人を叩き込んでやれるのに‥‥)
静かにアリカも海面を睨んだ。
水中での戦いは分が悪い。
思えば、UPC軍KVと戦って撤退したというのも、有人機であり、補給をするべく戻ったのかもしれない。
そうだとすれば、むやみやたらと突進してくる事は無いだろう。
だが、亀の攻略目標が壱岐空港である事は間違いが無い。
『展開しましょうか。今度は完璧に。マップデータで今亀が出てきた場所を確認しましょう』
叢雲が仲間達へと声をかけた。
『こちらの出現場所は‥‥』
上陸ルートが解れば、戦い易くなる。悠は、すかさず地形とマップを重ねて、亀が上がろうとしていた筒城浜の場所を記す。
それにしても、降りた瞬間に布陣も出来ずに、迫っている亀と戦うとは想定していなかった。
だが、今度は完璧にし、おびき寄せれば良い。
連絡をしがてら、悠は錦浜の状態を受けて頷けば、同じく連絡を取っていた修司が錦浜の攻防を見てひとつ頷く。
『中々、良い腕のようですね』
薄い装備で、亀を撤退させただけはあるのだろう。
(「夜まで長引かなけりゃ良いけど」)
羽矢子は、一端撤退させた荒れた内海を見て小さく息を吐く。
戦いの音が波のように響く。敵味方が海中へと落下する、高い飛沫を遠くに見据え。
やってくる次の攻撃の波は。
筒城浜へ2体の亀。大浜へ1体の亀。
『こっちが1体で、筒城浜に2体向かってるみたいだけど、大丈夫か?』
綾は亀を見て声を上げた。亀が現れるのは遠目からも見える。向かう先は大よそ見て取れるのだ。
(「『護る』って決めたんだ‥‥」)
戦いに赴く、こんな時。いつも思いはバグア侵攻時へと返る。まだ、足らない。自分の力を測りつつ、綾はディアブロを上陸しようと迫る亀へと走らせる。
筒城浜の亀は、左右に広がり、2方向から大型プロトン砲を撃ち放ちつつ迫る。
だが、こちらもすでに布陣済みだ。
先ほどのように無闇に撃たれるものでは無い。
荒い波間であるが、筒城浜にはKVの残骸が無い。
浮かんでくる亀を早期に発見する事が出来る。
「‥‥紅 アリカ、黒き金剛の騎士(ブラック・ダイヤモンズ・ナイト)‥‥いきます!」
アリカ機と羽矢子機が、片側の亀へと迫り、悠機と覚羅機が、もう片側の亀へと迫る。
何度か、出ては海中へと引っ込む。そんな攻防が続いた。
『中々、しぶとい亀です』
『そろそろ、補給行きましょうか』
再び、攻めれば、退かれて、かなりの消耗になった。
大浜の亀も似たような結果になっていた。
『‥‥今のうちだ、お前は補給に向え』
正人が、A班へと声をかけ。
上空のミサイルが浜を掠めて、内海へと落下し、爆風と飛沫を上げるのに目を細めて舌打ちする。
(「好き勝手やってくれるぜバグア軍‥‥」)
じりじりとした戦いの果て、何度目かの攻撃で、ようやく勝敗が決する事になる。
3体の亀が、一斉に大浜の内海へと顔を出したのだ。
数に頼んで、一気に空港まで押し進むつもりのようだ。上空の戦いは、ほぼ決着がついているようであり、せめぎ合いをしていた錦浜は、1機が起動不可能になり、1機がかなりの破損を受けていたが、今の所、防ぎきっている。
『応援を』
綾が正人に声をかければ、了解の声が返り。
『こっち3体だ。筒城浜はどうだ?』
『こちらに亀の姿はありませんね』
錦浜への機械化キメラの攻撃は、猛攻がおさまりつつあるようだ。そして、筒城浜には、今の所亀の上陸は無い。だが、何時亀が転進するかわからない。正人と悠は浜の状況を確認するが、筒城浜は動くに動けない。大浜に亀が3体現れた場合、筒城浜はどうするのか悩み所のようで。錦浜に至っては、機械化キメラとの攻防で、助力に入る余裕が無い。
『っ! また退かれる?』
『そうそう、逃げられるのも楽しくありませんが‥‥』
側面へと回ろうと動く、綾と修司。
ある程度は海へと踏み込まなければ、引きずり出せないのだろうかと考える。そんな時。
2体の亀が、A・B班を止めている間、真ん中からもう1体の亀が顔を出したのだ。
何度か、仲間達は被弾するが、致命傷にはなっていない。
京夜が飛沫を上げつつ、亀に迫る。
「今の私は機械だ! 戦機だ! 戦鬼だwoo 金曜日の悪夢、高分子、お望みのコースで地獄へお行き!」
あやこもレーザーを全て叩き込もうと前に出る。大分出身でもあり、九州には思い入れがひときわ強い。『玄界灘一本釣りクラブ』の顔も知っているだけに、安否が気にかかる。あやこは亀のプロトン砲を避けれず、かなりダメージが入っていた。叢雲の的確な指示のおかげで、動けないほどではない。全力でいく。そう思う。
『一番近い亀からのプロトン砲、次が来るまで、あと、3、2‥‥』
叢雲が時間を計り、チーム内へと告げる。
挟撃をする為に亀に迫れば、真ん中の亀から、左右どちらかの味方機が狙われる。有人機ならば、手薄になった場所を突かれる。
援護射撃を、叢雲と正人は、射程外ではあったが、真ん中の亀へと向かい撃ち放つ。
3本のプロトン砲が、次々と大浜へと向かう。
その射線から逃れた味方機は、反撃の間を掴む。
「ロック――もらったぜ」
プロトン砲を撃ち放つ合間に、近付いた京夜がスナイパーライフルRで砲台を半壊させる。
かなり海へと踏み込むが、逃すわけにはいかない。
亀も持久戦に焦りが見えるような気がする。
何かに追い立てられるように迫る亀は、引き際を失したようである。
「逃がしませんよ」
迫る修司機が、亀にガトリングを浴びせかけ、手にするロンゴミニアトを、装甲へと押し込めば、嫌な金属音が響き、ばちばちと、火花が散る。
「ブチ折れろ」
綾が機槌明けの明星を叩き込む。自身がターゲットとしている亀以外のプロトン砲の射線を、その亀で盾にし、回り込んでの渾身の一撃だ。
海中、膝まで浸かる場所での攻防が続く。
叢雲が軽く眉間に皺を寄せつつ、京夜へと指示を出す。これ以上、長引かせるのは得策では無い。
『行けます』
『了解っ! 何匹でも来い。断末魔で鎮魂歌を奏でさせてやる』
亀の行動は遅い。
プロトン砲を狙い撃った京夜は、もう1体、じりじりと後退していく真ん中の亀へと迫り、狙い撃つ。プロトン砲を破壊された、最初の亀も、後退を始めていたが、あやこが無造作に接近を図る。
1体を屠った修司、綾が後退する亀へとレーザーを打ち込めば、その動きが鈍る。
「これでお終いだ!」
正人が叢雲が、この機を逃さず、機体を前進させて撃つのは、互いにライフル。その弾は、亀へと狙い違わず。
鈍い金属音が響いて。
バグア軍撤退。
その報がもたらされたのは、夕刻。
真赤な夕日が水平線へと沈んで行く様が見れる。
錦浜からは亀は上がってこなかった。しかし、無数の機械化キメラが壱岐の人々を襲う予定であったのかもしれない。S−01、2機が全壊。残りもかろうじて動けてはいたようだが、そのまま次の戦線に投入するのは無理のようだ。
『お疲れさん。叢雲の店で打ち上げでもやるか♪ また激辛鍋でな』
京夜の声が夕闇の中、響く。
急襲であり、空港の被害は多少あったが、能力者達が駆けつけた後は、それ以上の侵攻を許さず無事、空港を守りきる事が出来た。
まだ、予断は許さないが。
当面の戦いは勝利したのだった。