●リプレイ本文
●綺麗にらぶく飾りつけ
風渡る丘の上。ひなげしの花は咲いてはいないが、あの木なんの木というほど大きな木が、ただ一本、能力者達を出迎える。
ざわめく梢は、南国の日差しを和らげ、穏やかな緑のきらめきを落とす。
遠くに見えるのは、花畑。花園。白、ピンク、黄色、赤、青、紫。様々な色彩で溢れかえっている。
潮の香りもほのかに香る。海に囲まれていれば、当然といえば当然だろうか。
湿度は低く、その為に、暑くてもどこか過ごし易かった。
青空のようなブルーのビキニの上に、デニムのホットパンツ。小麦色の肌に、鮮やかに映える。
レミィ・バートン(
gb2575)は、身に纏う大好きな青の花を、沢山用意した。色が偏らないように、仲間達の様子を見ながら、慎重に挿して行く。
幸せな2人をお祝いするのだ。こちらも楽しく行きたいと、大きな青の瞳を輝かせる。花には詳しくは無いが、花園で出会った人が、いろいろ教えてくれたのだ。
「お、レミィはセンスがあるなぁ」
「ホント?」
「うん、ちょっと青が入ると綺麗だなあ」
「良かったあっ!」
リュウセイ(
ga8181)は、レミィが楽しそうにしているのを見ているのも嬉しい。けれども、らぶブランコのシュチュエーションも、しっかりと作りこむつもりである。
花を運ぶのを手伝ったり、集まっている人達へと、満面の笑顔で答える。
「L O V E 何処らがいいかなっ?!」
「花を植えて、花文字。が良いかしら?」
「おう、その方が良いよな」
鮮やかな青い瞳。ふぁん(
gb5174)は、何を植えようかと、考える。大きな金のイヤリングが、柔らかなウェーブのついた茶の髪と共に風に揺れる。最初は、花びらだけで、花文字を作ろうかと思っていたのだが、ここは風が吹く。せっかく散らした花びらは、瞬く間に風に運ばれ、花ブランコを作っている能力者達の間を、花吹雪となって吹き抜ける。
「何方か脚、押さえていただけますか」
高い所へと花を飾る為に、辻村 仁(
ga9676)は、脚立を用意してきていた。咲き零れるプルメリアを手に、丁寧に挿して行く。
「いいよ〜☆」
大泰司 慈海(
ga0173)が、にこにこと手を貸しつつ、はっと、我に返ったりする。
実に名誉ある称号がある。しっ闘士。なのに何故、ここに居るのだろうか。
遠くで海の寄せる波音がする。そう、ここに海があるから。
「おじさま?」
複雑な顔をしている慈海へと、ティムが声をかけた。一緒に手伝いましょうと、脚立を押さえる手伝いに回る。
そう。それは、ここにティムが居るから。うんうんと、ひとり納得の境地へと旅立って行く。早く帰ってきて。
「らぶいブランコっていうとー。ブーゲンビリア・プルメリアあたりが可愛いかな? 赤・ピンク・白でキレイにグラデーションにしたいよねっ☆ 所々アクセントで、リボンやレースを飾っても可愛いかなぁ」
それが、どうやら基本の形になりそうだ。おのおのが好きな花をその上に挿せば、アクセントになってきっとさらに綺麗になるだろう。
「いつも楽しい時間をありがとうございますっ」
「ティムさんっ、私からも、ありがとう。ですっ」
「っ! 私こそ、いつも助けていただいて、ありがとうございますのーっ!!」
柚井 ソラ(
ga0187)とクラウディア・マリウス(
ga6559)が、にこにことやって来る。手にしているのは、小さな天使像。ブランコを揺らした時点で、海が見えるようにと、少し背の高いプランターも用意されている。
「お花綺麗だったね」
「うん、沢山あったね」
笑みを返しあい、ソラとクラウディアは、沢山の花も手にしていた。花畑の中は、それはもうむせ返るように良い香りが漂って。摘んでも摘んでも、綺麗な花の色は一向に減らなかったのを思い出す。ピンクや赤や白の中に、ほんの少しオレンジが混じり。
「沢山ありますから、どうぞ使ってやって下さい」
ソラが、集まった人達に、沢山の花の入った籠を持って行く。そっとそれを目で追うと、クラウディアは目を伏せた。しかし、顔を上げて、ティムを見る頃には、何事も無かったかのような、何時ものこぼれんばかりの笑顔で。
「はい、どうぞ」
「これを、私にっ?!」
何時の間に作ったのか、クラウディアは、小さな花輪をティムにかける。感激にうるっとキテいるティムに、花を手渡し、台座を飾りましょうと、引っ張って行く。その先には、ソラが居る。
「‥‥こんな感じでいいのかな?」
綺麗ですと、クラウディアは笑う。その笑みに、頷き返し、僅かに視線を彷徨わせるが、そうそうと、思い出し、総務課の皆さんへと、多めに摘んであった花を手渡す。総務課’Sは、今回はどうやら姿が無い。皆ぐれているのですわと、ティムが苦笑しつつ、感謝の言葉を告げる。
「現地の恋の神様ってあるのかな」
これ、良いねえと、天使像を見て、嬉しそうに頷いた後、慈海が首をひねる。どうやら飛んでいった心が帰ってきたようだ。人の手の入って居ない場所だ。探せばそういうのもあるかもしれないが、今のところは、わからない。
「幸せのお手伝い‥‥重要任務ですねっ」
「はいっ! 幸せのお手伝いをすると、幸せのお裾分けがもれなく付いてくるのですわ!」
軽く拳を握りつつ、鮮やかな花の中で不知火真琴(
ga7201)が笑えば、ティムが頷く。
「おすそ分けって言うのが良いですね。少しで」
「沢山は、自分で見つけて、零れるので、それをまたお裾分けですの」
「そうですね。きっと。連鎖になって膨れて行くのがステキじゃないかと思うのですよ」
顔を見合わせ、くすくすと笑う。選んだ花はカーネーション。真っ赤なそれは、愛を信じるという、花言葉を秘めている。
「あ、軍曹さん、お久しぶりなのですよーっ。こんにちは」
花を食べたそうな顔をしているデラードを見つけて、真琴はぱたぱたと挨拶にと走れば、何時もの顔が何時ものように、手を上げる。
「おう。元気そうで何より」
「‥‥正直、軍曹さん結婚とかは余り興味無さそうだったので、いらっしゃるのが少し意外ではありましたけど」
こっそりと呟いたつもりではあったが。
「‥‥そういうイメージで見てたわけね?」
「あっ! いやっ! そうで無いというならば、それはそれで、喜ばしいというか、そのっ!」
嘆息するデラードに、真琴はわたわたと手を振れば、はいはいと笑われる。
「あ、ズウィークくんもいるの? 久しぶりっ。後で海でも眺めながら飲もうよ♪ っていうか、ズウィークくんは、らぶいブランコに一緒に乗る相手はいないのー?」
「‥‥」
「痛い! 痛いっ!」
けらけらと笑う慈海に、デラードは馴染みもあって、ヘッドロックをかましていた。どうやら、居ないらしい。
笑いながらヘッドロックから抜け出した慈海は、ティムちゃ〜ん☆ と、ブーゲンビリアを手にして走って行く。未婚の人は右に、既婚の人は左につけるんだよ〜☆ と、後でねとデラードに言いながら。
仲間達の中に混ざり、花を黙々と挿していたジングルス・メル(
gb1062)が、そのやり取りを見て僅かに笑みを浮かべて、肩を竦める。一緒に来た子が、花篭の方へと花を取りに行ったのを確認すると、デラードをちらりと見た。
「‥‥なー。ダチ一人の笑顔さえ守れん男、どー思う?」
「別に? 笑えない時は笑わなきゃ良い。笑わなくったって、ダチはダチ」
「言うよなー。でも、すごく無力に思えねえ? 俺はずっと側に居るって決めてるけどさ」
「じゃあ、そうしたら良い」
笑って貰いたかった。笑顔ひとつ取り戻せないのかと、哀しくて、悔しくて。どうにもならない事実に、砂を噛むような思いをした。けれども、どんなに相手が変わっても、自分は、めげるものかと思う。めげたら終いだと思うのだ。
花ブランコ。幸せの形。
こういうのが好きな子のはずだ。好きだったのに。嘘の笑顔はすぐバレるって事が、あの子にはわからない。イヤ、わかってるんだろう。でも優しい子だから、振り切るコトも出来ないで、固まってしまっている。
──心が。
問いかけをしたデラードを見れば、笑っているようで、笑っていない。真っ白なプルメリアを手にして、無言で挿している。奇しくも、ジングルスが挿そうとしていた花と同じ。
「‥‥笑顔ひとつ守れないって言いながら、自分の生き方、自分の笑顔を忘れて行くのは、本末転倒ってもんだぜ? 待ってるのは、互いに互いを縛って、身動きがとれなくなるっていう深い穴だ」
ジングルスは、めったに見ない優しい笑みを浮かべたデラードに、背中を軽く叩かれた。
「あっさり島一つ。流石伯爵としか言いようが無いわね‥‥」
ゆっくりと、花ブランコへと向かうのはリン=アスターナ(
ga4615)。大規模な戦いも、また近いようだ。その前に、大切な人とゆっくり出来ればと、やって来た。この、幸せに包まれたかのような島の空気に、ふわりと笑みが浮かぶ。伯爵の好意に甘えさせてもらおうと、素直に思い、多くの人の挿した花の中に、配色を考えて、小さな黄緑の花、パカラナを挿して行く。
南国の花、カトレア。紫にも見える、濃いピンクの花びらを、艶やかに広げたカトレアを挿すと、レーゲン・シュナイダー(
ga4458)は、沢山の花が溢れる籠へと、向かう。花ブランコを飾るのは、ちゃんと手伝おうと思っているから。
多くは顔見知りだ。
傭兵としてここに居て長い。ぱさりと、淡い栗毛の髪が伏せた顔にかかる。短く切ったのは何時だったか。
何時も笑顔を振りまいている、レーゲン。何故か伏目がちなのが、レールズ(
ga5293)は気になった。
「‥‥最近なんだか元気ないですよ? スマイルスマイル!」
「あは。ありがと、ございます」
「レグさんはそうでなきゃ‥‥何かあったかはこの際聞きませんが、お手伝い出来る事があれば相談してくださいね?」
笑みを浮かべる、レーゲンの、その笑顔が何時もの笑顔では無いことは、すぐわかる。
けれども、言わずにはいられない。大事な仲間なのだから。
ぎこちなくも笑いながら、レーゲンが花を運んだり、プランターを移動させたりするのを、目の端に留めて、花を挿しているリンへと、足を向ける。
デラードへ気持ちを汲んでくれたお礼を言おう。そう、レーゲンは思っていたのだが、いざ目の前にすると、何をどう言って良いかわからなくなる。ジングルスと何を話していたのだろう。近寄るのを躊躇していたら、ずかずかと目の前にやってこられてしまう。
「あの‥‥軍曹さん」
「好きなようにすれば良いんだぜ?」
ぽむぽむと、頭を叩かれる。用は済んだとばかりに、海へと降りて行くデラードに、レーゲンは苦笑する。
伊万里 冬無(
ga8209)は、笑みを浮かべて、周辺の森に入る。何時もの姿は少々鳴りを潜めている。
「‥‥え? 何ですかその顔は、私だって何時もハチャメチャじゃないですよ」
誰に言うでもなく、カメラ目線で、再び微笑む。森を目指すのは訳がある。
「零〜っ」
「‥‥」
木陰の中、白衣を翻し、ひっそりと移動中の、佐東 零(
gb2895)を捕獲する為だ。
──レイは旅に出ます。己を変える為に。
と、スケッチブックに書き残し、出てきたは良いが、基本、インドア。外の空気は清々しいが、基本、インドア。使用していない筋肉は、普通の人ではありえない疲労を生み出す。日差し、もっての他。太陽の下に居るだけで、疲弊してしまうのだ。なにしろ、インドア。色素の抜けた、真っ白な髪に瞳。日に焼けていない、不健康な白い肌。吹けば飛ぶような、細く、小さな身体。さらに、言葉を発する事は無く、何かいいたい事があれば、スケッチブックを取り出して、筆談になるという、きわめつけのインドア少女なのだ。
だがしかし、姉とも慕う伊万里と共に、ちょっとばっかし、外に出ようという気にもなっていた。しっかりと、何時もの画材は防水加工のものである。伊万里も零の気持ちはわかっている。
「はい」
「‥‥」
薔薇のモチーフが綺麗なゴシックパラソルを手渡すと、皆の居る丘の上にと誘う。
「ほら零。そこで見ているです♪」
あまり離れていない場所で、木陰に零を座らせると、伊万里は楽しそうに、花を飾る。とても、てきぱきと。
しゃきーん。そんな音が聞こえてきそう。
(「アサルトでも、メイドはメイド。その奉仕能力を最大限に発揮っ!」)
戦闘用メイドカチューシャ。戦闘用エプロン。戦闘用勝負下着一式。戦闘用メイド手袋。全て【OR】であり、黒と赤でフリルとリボンがふんだんに揺れる。南国。暑くないかどうかは、聞いてはいけないのがお約束である。
花を飾りつけながら、ふと横を見ると、ぼーっと座り込んでいる零が目に入った。
「ほら〜零、一緒に飾り付けしますです♪」
ひらひらと、真っ赤なブーゲンビリアを振ってみせると、零は僅かに眉間に皺を寄せて、考える。すぐに、何時もの淡々とした顔に戻ると、よっこいしょ。と、声がかかりそうな立ち上がりをみせると、ゆっくりと伊万里の横に行く。
伊万里が、ブーゲンビリアをその白い手に手渡すと、おぼつかない手つきで、零は花を挿す。
上手上手と、伊万里が笑えば、零も僅かに笑ったかのように見えた。気のせいだったかもしれないが。
「これは、眺めが良いですね」
「ええ、本当に」
美環 響(
gb2863)と美環 玲(
gb5471)は、フリルがふんだんに使われたブラウスに、手の込んだ上着を羽織っていた。2人が並んでいるアップだけを切り取れば、何処のパーティ会場だろうかと思うだろう。容姿も雰囲気も激似の2人。
「玲さんとは、秘密の関係兄妹なのか、他人なのかそれは秘密です」
「響さんとはよく双子と間違えられますが、どのような関係なのかは秘密です。A secret make a woman woman 秘密は女を綺麗にする、という言葉をご存知かしら」
共に、誰に言うとも無く、悪戯っぽく微笑み、カメラ目線。
暑くないのかという言及は、以下省略。
「ふふふっ結婚する二人には、まさにぴったりな花だと思わないかしら」
玲は、小さな黄色い花を手にしていた。
イリマ。
黄金色のイリマは、かつては、ハワイでは王侯貴族だけしか身につけることが出来なかった花だ。旅立つ人へと幸運をもたらすという使われ方をしていたりもする。
「私にはまだ早い話ですが、カップルの幸せを応援させていただきますわ」
まるで夢を見ているかのような、綺麗な島だと、玲は思う。咲き乱れる色とりどりの花はもとより、まるで、レイのように飾りたてられた、長い花のロープのブランコ。きっと、幸せを運んで揺れるのだろう。何回も。何回も。
揺れた数だけ、幸せは行ったり来たりするのだ。
「幸せな二人が過ごす時間が、虹のように輝かしいものであることを祈ります」
ふんわりと花開く、色素の薄い、しかし、どことなく色のあるような。名も無き花。
そんな花を響きは選んでいた。
ふっ。
そんな笑みと共に花の香を嗅ぐと、優雅な手つきで沢山の花が咲き乱れるように挿された中へと、差し入れて。
ゆらゆらとゆれる花ブランコが、出来上がった。
完成した花ブランコを眺めて、小さく笑みを浮かべると、朧 幸乃(
ga3078)は、余分な茎やら、土やらを、取り除いて行く。丁寧に、後片付けをしておこうと思うのだ。
(「ここで、どなたが愛を誓うのか‥‥それは知りませんけど‥‥能力者であっても、そうでなくても、一緒に戦っている誰かの、一生の中でもとても大事な大事な瞬間、そのためなら、少しくらいお手伝い、できればいいかな‥‥」)
仲間達が、思い思いに、散って行くのをそっと眺め。
吹き渡る海風が、短い黒髪を撫ぜて吹き抜ける。とても、心地が良かった。
●恋も愛も友情もそれは全て愛しい気持ち故に
「大丈夫ですよー」
にこりと笑顔を向けるレーゲン。花ブランコが出来上がると、一人、仲間達とは別の方向へと歩き出したのを見逃さない人が数名居た。
「‥‥嘘の笑顔は、解るんですよ、レグさん」
穏やかな笑みを浮かべて、真琴はレーゲンの笑顔を否定する。
「大丈夫ですから、私ちょっとあっちの森が気になるので行って見ようかと。ひとりで探検です」
「レグさん、そんなんでは騙されませんよ?」
女の子達は、きゅっと抱きしめ合った。
零れる涙は胸に詰まった痛みだから、沢山泣いて居れば良い。
「レグ‥‥」
後を追うのは、真琴だけでは無い。ジングルスは、真琴に思いをぶつけるレーゲンをそっと見守る。
(「俺には何が出来るだろう」)
拳を握り込んでいたのに気がついて苦笑した。
「黙ってちゃ駄目なんです」
真琴はレーゲンの涙を拭いて、笑みを浮かべる。そういう自分の瞳も潤んでいたけれど。
今でも思い出す。あれは何時かの秋の日。理由無く部屋から居なくなった人の事を。酷く傷ついた。世界が終わってしまうのではないかと思うほど。
「側に居たかったなら、その為の。何かを伝えて欲しかったなら、聴く為の努力がきっと必要で。それが足りなかったから、あんなに苦しかったんじゃないかと。だから、今度は後悔しない為に、何も解らないまま、自分から離れたりなんてしないんですよ? 会話をする手立てが残っているのならば、決して、自分から断ち切ったりはしません」
いいですか? 私はこう見えて諦めが悪いんですよと、真琴がしっかりとした笑みを浮かべる。
たとえどんな事でも受け止める。いつも側に居る。
「友達でしょう?」
「‥‥はい」
今でなくても。きっと何時か、笑って話せるから。
遠くから、レーゲンを見守っているのは、幸乃だ。
声をかけるつもりは無い。
「私もそんな、人のことを気にできるほど、立派な人間じゃありませんけれど、ね‥‥」
人生経験も、恋愛経験も無いから、迂闊に踏み込む事は出来ないけれど。ただ側に居ようと思う。すぐに声が届くように。倒れたら、手を差し伸べられるように。
優しい気持ちを乗せたつぶやきは、風に乗り、青い空へと届く。
花ブランコを作りながら、ソラはふと下を向いてしまった。
「結婚‥‥か」
脳裏を過ぎるのは、大好きな2人の姿。
(「彼らも‥‥いつかは恋人になって‥‥結婚、するのかな?」)
幸福な季節を過ごしていたのだと気がつかされた。
今の関係が壊れてしまう事が、こんなに胸を締め付けるとは思わなかった。
大好きな人が、大好きな人のものになる。
幸せが倍になるはずなのに。
いっぱい遊んでくれるだろう。けれども、それは今までとは違うのだ。
(「2人が幸せになるのが一番嬉しいことなのに‥‥どうして‥‥」)
どうして、胸が痛いのだろう。
どうして、素直にそう思えないのだろう。
揺れる花ブランコの向こうに、真剣に楽しそうな顔で花を挿しているクラウディアを見つけて、首を横に振る。
駄目だと。
今は楽しもうと思う。
視線に気がついて、手を振るクラウディアに、笑い返す。
遠くに海が見え、クラウディアが重なる。
──ここはとても綺麗。胸の痛みを吹き飛ばしてくれるほど。
●南国といえばバカンス。先取り御免
真っ白な砂浜。揺れる椰子の林。
青い海!
「置いとくから、腹減った奴らは、どんどん食ってくれ」
そう言い残し、リュウセイは、まずは海へと駆け出していく。大きな重箱に、ぎっしりと詰まっているのは、定番のお弁当。厚焼き玉子に、たこさんウィンナー。から揚げ、ポテトサラダ、金平ゴボウ。形の良いお握りが、これでもかと、入っている。
海風にあたりながら食べるお弁当は、どうしてこう美味しいのだろう。
もちろん、リュウセイの味付けも上手である。
「やっぱり、お料理上手ですね」
「たこさんウィンナーっ」
ソラが玉子焼きに頷くと、クラウディアがたこさんを幸せそうに口に入れる。
お腹が満足すると、2人は、海へと走り出す。
笑い声と水飛沫が、上がる。
「えいっ! 隙ありっ!」
「うわ!やりましたねっ!」
走り込んだ勢いそのままに、ソラの後ろから、クラウディアは飛び掛る。バランスを崩したソラと共に、大きな飛沫を上げて、白い砂の見える、青い海へと転がり込んだ。目を開ければ、一瞬、海から空が見えて、人魚にでもなったかのような風景が広がる。
起き上がると、2人顔を見合わせて、楽しげに笑いあう。
「お返しです」
「!」
立ち上がろうかという、その瞬間。ソラが、手ですくった海水を、クラウディアへと、投げかけた。
太陽に当たり、その飛沫がきらきらと金色に光をはじいて。
きゃーという、楽しそうなクラウディアの声が響き。
そのまま水かけっこになって、互いの笑いが収まれば。
「あは‥‥今日は、ありがとです」
心からの、満面の笑顔を返したソラに、クラウディアも、晴れやかな笑みを返し。
海が俺を呼んでいる。
リュウセイは、レミィに選んでもらった黒のブーメランを履いて、バンダナを額から鉢巻のように締める。海に駆け込んで行けば、結んだバンダナの尻尾が揺れる。
「プールのときはなんだかんだで血に染めていたばかりで泳いでなかったんだよなぁ」
ふと水場の記憶を振り返り、いやいやと、首を横に振る。
「綺麗だねっ!」
飛び込んで来たクラウディアとソラを見て、レミィが楽しげに笑う。
せっかく海にいるのだから、遊ばない手はないとばかりに、ざぶんと波を被って、楽しげに笑う。
ゆさりと、海より青いビキニが揺れる。正確には、ビキニの中が。ごほん、ごほん。リュウセイは、この綺麗な景色と、綺麗な海を、血でそめてはならじと、ぐっと我慢をする。血管が僅かに浮いているかのよう。男には。耐えねばならぬ時がある。どっとはらい。
という横で、レミィも実はどきどきだったりする。
自分で選んだのだけれど、非常に、思い切り、際どい。ぶんぶんと首を横に振る。まったりゆるく遊ぶのも良いけれど。ここはひとつ。
「ね、競争しない?」
「おう!」
互いに、ばくばくする心臓をなだめる為に、競泳を始めるのだった。
ちらりと、レミィはリュウセイを見て、笑みを深くする。誘ってくれてありがとう。そんな感謝の言葉を胸に抱いて。
「零も、長距離は歩けるようになってくれないと。おねーちゃんは悲しいです♪」
伊万里は、零を抱っこして海岸まで降りて来た。
中々心を開いてもらえないのが、胸に小さく棘を挿す。けれどもそんな事でめげたりはしない。サービス、サービス。そう、心の中で笑いながら。椰子の木陰が砂に落ちる、涼しげな場所を水遊びの場所に選ぶ。零が陽にあたり過ぎないようにとの気配りからだ。そして、着替えてきた伊万里は、自分の姿のあちこちを確認する。
「ん〜物足りませんけど、偶にはこんな水着も良いですね♪」
露出を抑えた、メイド服に見立てたフリル付ワンピース水着を着た、伊万里だが、着替えた零に、うっ。となる。
白衣の下に、ワンピースタイプの水着。麦藁帽子を目深にかぶり、きらりと胸に光るのは、細い鎖に通った指輪だ。
「零、そのコンボは凶悪過ぎますです‥‥! あぁ、でも今日は来て良かったです♪」
「‥‥」
こくりと頷く零は、木陰で、足が少し入るぐらいの波打ち際で、無表情に、ぱしゃぱしゃと遊ぶ。
きっと楽しいはずである。多分。
ひらりと、白衣が風に揺れる。
来て良かった。伊万里は、その光景を見て、満足気に頷くのだった。
ふぁんは、水着に着替えると、海へと向かう。白い砂が、素足に暑い。海水をすくおうとすれば、打ち寄せる波の中で、白い貝殻が見える。にこりと笑うと、そっとそれを手にとった。
大き目の椰子の木の根元に転がるのは、仁だ。海風が、ふわりと優しく撫ぜて行く。静かな寝息が、椰子の木のざわめきと呼応するかのようで。波の音が子守唄代わりに、穏やかな眠りへと誘い。
「‥‥ん‥‥」
幸乃は、海と丘が見える場所で、風を吸い込んだ。
身体がゆるゆると柔らかくなっていくのがわかる。穏やかで、優しい場所だ。今ひと時は、ゆったりとして過ごそう。また、戦いの日々がまっているのだから。
海鳥が、ふわりと寄って来る。風を受けて。幸乃は、そっと目を閉じると、島の優しさ全てを受け取ったかのように、小さく笑みを浮かべた。
ハンモックに揺られるのは、響きと玲。
花畑に誘った玲は、色とりどりの花が溢れていた。ピンクのマウナロアが可愛いと、笑み崩れ、玲に花冠を作って渡したりもした。
お約束の、波間で水のかけあいを通過すれば、随分と沢山遊んで疲れている事に気がついた。
ゆらゆらとゆれるハンモックの中、椰子の木陰から、柔らかな光がちらちらと降ってくる。
「あら? 響きさん?」
こっそりと寝顔を写真に収めようと起き上がった玲は、隣のハンモックから、降りてどこかへ行こうとする響きを見つける。
「不思議な国へ白兎が案内しますよ。ちょっとした冒険をしましょうか、お嬢様」
芝居がかったお辞儀をすると、響は玲に手を伸ばす。
実は、こっそり穴の探検にと出かけるつもりだったのだ。不思議な場所へ行くのならば、自分は水先案内人の白兎。エスコートするのは、可愛らしいお嬢様と決まっている。あらと、微笑む玲は、スカートをつまむお辞儀のマネをして、響の手をとった。
幸せそうな顔で眠っているのは慈海。揺れるハンモックで、今日の夢を見る。
花ブランコにティムと乗れば、長い花のロープが、青空へと伸びるようで、眼下には皆で作ったプランターの生垣。LOVEの花文字。天使が祝福するかのようで。空は、とても青くて、海も、とても蒼く。きゃあきゃあと笑い声が大きな木に溶けこんで、幸せを増すようだった。て。世界中の海がバグアから解放されて、きれいな海を心から楽しめるようになれば良いと、心から願いつつ。
「これも一つの幸せのお裾分けってことで‥‥ね?」
「はう。ありがとうございます!」
小動物のように飛び跳ねているティムを見て、リンはくすりと笑う。手渡したのは手作りのお弁当。から揚げや玉子焼きなどが入った、定番のものだ。ふわふわ栗毛を見送り、ちらりと花ブランコを見る。先ほどまで、慈海とティムが乗っていた。
「流石にアレに乗るのは気恥ずかしいわね」
行きましょうかと、レールズを反対側の草原へと誘う。広げられたお弁当に、レールズは笑みを浮かべる。
「いや〜リンさんは相変わらず料理上手ですね? 美味しいです」
ぱくりと食べたから揚げの味は、良く染みていて、彩り鮮やかなプチトマトが何だか可愛い。
玉子焼きを摘むと、リンは少し考え、悪戯っぽく笑って、レールズへと差し出した。
「あ〜ん」
「え?‥‥わかりました‥‥あ〜ん‥‥」
瞬間的に赤くなったレールズは、ぽん。と、音がしそうだった。誰も見ていなくても恥ずかしいものである。けれども、最愛の人のあ〜んは、嬉しいもので。美味しい玉子焼きが、何倍にも美味しくなったりする。
そんなレールズの反応が面白くて、にこにこしていたリンは、当然のように逆襲に会う。
「お返しですよ? はい、あーん」
「あ〜ん‥‥」
差し出されたタコさんウィンナーをぱくりと受け取る。
ただ、隣に居るだけで、嬉しくて、楽しくて。草原を渡る風が、静かな音を立てて吹き抜ける。
幸せが凝縮したほんの一瞬。時が止まったかのような、錯覚さえ起きる。
お弁当をかたづけながら、リンがくすりと笑う。
「膝枕してあげましょうか?」
「‥‥確かに嬉しいですけど‥‥恥ずかしいです」
「イヤ?」
「なわけありません」
あ〜んよりも、さらに恥ずかしい。けれども、嫌なはずが無い。どうぞと、笑み崩れるリンの膝の上に、そっと頭を乗せる。ふわりと、リンの香りが風に乗る。
「‥‥でもこういうのもちょっと良いかも‥‥」
膝の上のレールズの顔をそっと撫ぜる。じき、また大作戦が始まる。2人で過ごす時間は、恐らく今日しか無い。常よりも浮かれているのは、そのせいかもしれないと、リンは思う。ふっと、それが表情に出たのだろうか。
「第二次五大湖解放戦が始まるらしいですね」
「そうね」
「また激戦でしょうね‥‥北米は敵の最大拠点ですし」
レールズも、僅かに顔を曇らせる。発表を聞いた時、次は北京では無いのかという、軽い驚きがあったからだ。何故五大湖になったのか。それは、また明らかになるのだろうけれど、釈然としない気持ちもある。
言ってから、遠くを見るリンを見て、ここでも戦いの事を思い出させてしまったと、少し考えると起き上がる。
「っ?!」
不意に起き上がったレールズに、どうしたの? と、問いかける間もなく、リンは抱き寄せられ、キスが落ちてきていた。
「これでおあいこですね♪」
目を丸くしているリンの銀色の髪を撫ぜる。
「大丈夫ですよ。俺は今まで一度も重体になった事がないラッキーボーイですから!」
「‥‥威張らないの。重傷はなくても、それに近いケガは今まで沢山してるでしょう?」
「そうだった?」
「ラッキーボーイ‥‥って言ったわね? それじゃ、そのラッキーを‥‥私にも、少しお裾分けして貰えない?」
風が、彼女の銀髪を、さらさらと梳いて行く。目を細めて、笑みを浮かべたリンが、レールズにキスを返す。
花ブランコから、ふわりと花びらが飛んで、睦まじい恋人達の膝の上にとやってくる。
幸せは零れて溢れる。
だから、どれだけ分けても大丈夫。
いつの日か、誰もが幸せの器をいっぱいに出来るから。
花ブランコが、風に揺れ。