●リプレイ本文
●街と大人と子供
活気が無いというのは、こういう事かと、能力者達は疲れたような表情をしている街の大人達を見る。がんばろうと思っている気合いはわかるのだが、何か抜け出てしまったかのような‥‥灰色の紗がかかったかのような空気があるのだ。
そんな、時間の止まったかのような街とは正反対に、元気の塊のようなノビル・ラグ(
ga3704)は、手にした双眼鏡で街を見渡した。
「うっはー。随分と寂れた街だな。こりゃ」
キメラに蹂躙され、破壊された爪跡も新しい街とはこうなるのかと、短い溜息を吐く。仕方の無いことだとは思うのだが、やるせない。丘の上の森も、ここから見えた。陽の光に緑の眩しい丘は、穏やかそうだ。
「ホントに居るのかね」
「影は人の心に簡単に入り込む。闇に変わる前に取り除いてしまわないとな」
サングラス越しに御嶽星司(
ga0060)も丘を眺めて、僅かに目を細める。そう子供達が何を感じたのか。復興を開始したとはいえ、その恐怖は生々しい記憶となっているのだろう。人の心は複雑で、単純だ。
子供達は、能力者達をキラキラとした眼差しを持って迎えた。
がんばろうという気力はあるが、その身にまとう雰囲気が元気な大人は少ないからだ。くすんだ街にやって来た能力者達は、居るだけで人々に元気を分け与える。
「けひゃひゃひゃ、我が輩がドクター・ウェストだ〜」
どこか飄々としたドクター・ウェスト(
ga0241)が笑うと、子供達も一斉に笑い出した。何時の時代もちょっと怪し‥不思議な人は子供は大好きである。
「お姉ちゃんステキ」
「そうか?」
ハロウィンメットに子供達が思いのほか食いつき、MIDNIGHT(
ga0105)は子供から興味深い話を聞きだす事が出来た。その、オレンジ色に見覚えがあると言うのだ。
「オレンジ色か」
「うん、でもはっきりはわかんない」
ねー。と、言い合う子供達。
サングラスを外し、その巨躯を屈めて、子供達にたかられているのは星司だ。引っ張っても、捕まっても、微動だにしない星司の背中を登ったり、膝に乗ったり、両手に花所では無い。整った顔立ちも子供達には好ましいと感じられたのだろう。目線の高さまで屈みこんでくれたのが大きかった。結わえた髪を引っ張られるのは閉口するが、子供のやる事である。
「さてと、それじゃ、森の見回りに行かにゃならんから今日はこれで終わりな。またハイキングの時に遊んでやるよ」
きゃあきゃあ言う子供達をかわるがわる肩車して回ると、星司はキメラっぽいモノが何所で見たのか、顔色を窺いつつ聞いてみる。
「天使像の近くだよね」
うん、あんまり見えないけどね、ざわざわってするんだよ。と、子供達が口を尖らせる。大人達は生返事をするだけだったから、ちゃんと遊んで、ちゃんと話を聞いてくれる人には久し振りに会ったのだ。
キーワードはオレンジ色と天使像。そして夜。
子供達は調査後のお楽しみを約束してもらい、名残惜しそうに能力者達に手を振った。
依頼を持ち込んだ大人にあたっていたのは郭桃花(
ga3104)、琴乃音 いちか(
ga1911)、ラウラ・シュラウドラフ(
ga3357)、雪子・レインフィールド(
ga3371)だ。
茶と金のヘテクロミアな瞳を持つ桃花は、暗い雰囲気を吹き払うように明るく笑う。
「何でもええねん」
「はじめに噂が立ちはじめたのはいつ頃なんだろぅ?」
「キメラが隠れられそうな、洞窟や洞が森にあるのなら、教えて」
おっとりとした、西洋の人形のような少女のいちかが小首を傾げ、小さなラウラが真っ直ぐな瞳を向ける。
「最近、森の中で妙なものをみなかったでござるか?」
「そうですね‥」
雪子も森の中の詳細を求める。能力者達から、依頼主は僅かに顔を背けて、ぽつりぽつりと話し出す。その森には古びた天使の像が二対あること。森は林といって良いほどまばらなのだが、奥へ行けば、洞のある大木も無いでは無いと。しかし、街の復興に忙しく、その森にご無沙汰であるという。彼等が森を調査しないのは忙しいだけでは無いだろう。漠然とした不安があるのだ。
●森の探索
「何かいるのは間違いなさそうだね〜」
天使像に祈りを捧げていたドクターは、やれやれだねと、独特の笑い声を上げる。
「うわ。ひでえもんだな」
子供達の漠然とした情報と、大人達のあてにならない現状とを抱えて森に入ると、聞き込んでいた天使像の無残な姿が目に飛び込んでくる。台座に無数のヒビが入り、ボロ布やら、ビニールやらがぐるぐるに巻かれている天使像を見て、ノビルは、声を上げた。
「居るには居るみたい‥‥」
子供達の勘は当たっていたのねと、ラウラが視界にドクターといちかを入れながら、辺りを見回す。キメラ以外の危険は無いとは思うが、何かあれば、すぐに二人を背に庇えるようにと。
「う〜ん‥足跡とかないかなぁ〜? なぁ〜い〜?」
ほわりと服の裾を揺らして、いちかが地面に目を凝らせば、雪子が森へと続く、箒で掃いたかのような地面の状態を見つける。
「何やらひきずった後があるでござる」
「‥‥音が‥‥」
まばらな木々の間を、風が心地良く吹き抜け、MIDNIGHTの長い黒髪を攫って行く。彼女は、報告書をかたっぱしから読んできていた。特に森にキメラが居る場合の報告書だ。そこに記載されていたのは、鳥の声などの森特有の消音。全てに当てはまるものでは無いだろう。しかし、キメラは異物であり、森と共存はしない事が多い。そういう場合には森から動物達は居なくなったり、音を出さないのだ。
この森でも、同じであった。さえずりが聞こえない。動き回る気配が無いのだ。
「出て来ないかね」
天使像にぐるぐる巻きになっているものを引き剥がしながら、星司は呟く。大人も子供も森に入ってはいない。ならば、この巻きつけられたものは、キメラが行ったという事になる。どういうつもりでこんな事をしたのかはわからないが、自分の成果を台無しにされたら、あるいは出てくるのではないかと思ったのだ。
しかし、森はまだ何のアクションも返さない。
「これを辿れば、キメラのいる場所に辿り着けるかもしれませぬが‥」
雪子が様々なものを引きずった跡を追うが、跡は様々な場所へと伸びていた。もし、キメラの拠点があるとしても、拠点から布やビニールを運んでくるわけではなく、何所からか持って来ているのが見て取れる。
能力者達は、再びやってくるだろうからと、天使像を中心に、痕跡を狙える位置へと思い思いに身を隠す事にする。
待ち伏せて叩く。そう話は決まったのだ。
●オレンジ色の南瓜キメラ
夜の帳が下りてくると、空には星が小さな光点となって瞬く。その美しい星々の彼方からバグアがやって来た。星の美しさは変わらないが、見上げる人の気持ちは多少複雑でもある。
森は、昼は穏やかな陽射しで暖かいが、日が翳れば、急に冷え込んで。深とした空気の中、どれほど待っただろう。
明け方近く、ずるずると、何かを引きずる音を冒険者達は耳にする。
音のする方向へと、真っ先に姿を見せたのは、雪子だった。キメラにも礼儀は必要だろうと思うからだ。
「拙者、名を雪子・レインフィールドと申す。キメラ殿、いざ尋常に勝負!」
月明かりに、木々の木陰から出てきたのは、オレンジ色の南瓜頭。黒い小さなマントをなびかせ、黒いタイツがびったしと決まる。くりぬかれたかのような眼下と、笑い顔した口元。手には、何所から拾ってきたのか泥のついた煤汚れたビニールシート。それをまた、天使像に巻くつもりだったのか。
キメラの前に立ちふさがった雪子が壁になり、潜んでいた能力者、特に狙撃を狙うノビルは照準を合わせれずに居た。髪の色が真紅に染まり、瞳は金銀妖眼に変化している。ほんの僅か、見れれば、弾丸は間違いなく届くのに。
かちりと刀を返す雪子は、峰打ちを狙う。このキメラを持って帰ると言う仲間のために、損傷を少なくする心積りだった。
「超機械一号、起動〜!」
ドクターといちかが手分けして前衛に出て行く仲間の武器を強化する。強化しながらも、ドクターの目はキメラを良く見ようとあちこちに動く。
オレンジ頭のキメラは、天使像の周りの気配が敵意あるものだと認めたようだ。その足が、軽く地団駄を踏む。
オレンジ頭で、黒いマントに黒いタイツ。身長60cmほどのこのキメラは、オレンジ・ジャックと呼ばれる事になる。
にやりと笑ったオレンジ・ジャックは、ボロシートを雪子へ向かい、放り投げる。
峰打ち狙いの雪子が振り払うが、ボロシートは刀にまとわりつき、その間隙をぬってオレンジ・ジャックは雪子の懐に飛び込んだ。重い頭突きが彼女の脛をしたたかに打つ。
「一人じゃないんだ。生憎な」
ファングを閃かせ、オレンジ・ジャックの背後に回りこんだのは星司だった。金色の獅子の鬣のように逆立った髪が星の光を反射する。牙のようにむき出した犬歯を見せて、にい。と、笑った。しかし、ボロシートが目くらましになり、その小さなキメラを一瞬見失う。
「‥‥弱点らしき弱点は‥‥無い?」
銃声が響き渡る。MIDNIGHTは真っ白な素肌が褐色に色を変えていた。覚醒だ。そのまま、現れたキメラの弱点を探ったのだが、どうやら逃走する為の足を止めるぐらいしか、さしたる弱点は無い。
どん。
またオレンジ・ジャックの一撃が怪我をして動きの鈍る雪子に当たる。
「さっさと終わらせてもらうで! あいつらの笑顔のためにな‥‥ここで逃がす訳にゃいかねェんだよ」」
ヘテクロミアが金色の双眸に変化した桃花の手にするファングが、雪子に当たって体勢を立て直そうとするオレンジ・ジャックの背後をとった。一撃入れると、すぐさま後ろへと下がる。オレンジ・ジャックの足は早い。だが、姿が一瞬でも見えて、止まれば。
「早い‥けどよ、街の連中のささやかなハッピータイムをぶち壊すのは無粋ってモンだぜ?」
動く的に当てるのは難しい。それが小さければ尚の事、そして、仲間達の間をうろちょろしていれば、さらに難易度は増す。ノビルは慎重に標準を合わせてアサルトライフルの引き金を引いた。銃声が静かな森の中へ響き渡る。
「キメラの所為で人が死ぬ。そんな理不尽、許さない」
それが、たとえ小さなキメラであっても。キメラには違いないのだから。刀を振るうラウラの脳裏には、いつもなくした家族の思い出がある。真っ赤な双眸と、星の光を浴びて真っ白に輝く髪が揺れ、白い睫毛が震えた。オレンジ・ジャックの甲高い声が響き。
「良い‥戦いで‥あった」
負傷した雪子に、いちかが、淡い光を纏わせながら近寄る。その手には、幾何学模様が浮かび上がり、仲間を癒して回る。
「みんな怪我してない?」
MIDNIGHTは、天使像の無事を確かめると、一人、森の奥へと入って行き、ドクターはキメラの残骸を丁寧に保存して。
朝日が、そろそろ昇る時間だった。
●穏やかな陽だまりの中で
ピクニックのお弁当が出来上がるまで、子供達に混じって、ノビルは南瓜をくりぬく。『ジャック・オー・ランタン』だ。昼間に見るその顔は何所か滑稽で、子供達の楽しげな声が上がる。
「今日は〜♪ 楽しいピクニック〜♪ るるる〜ん♪」
いちかからは、甘い香りがふうわりと漂っていた。得意の手作りクッキーは、可愛らしいラッピングをされて、小さなリボンをかけられて、持っているだけで幸せな気分になる。怖かった思い出。哀しかった思い出。いちかにも覚えがある。けれども、甘いお菓子を口にすれば、すこしだけ、笑顔が戻るのを知っているから。ちいさな手を握りながら歩けば、いちか自身も笑顔が戻るような気分になって。
簡易テーブルと椅子を街の人から借り受けたドクターは、ティーパックの紅茶をそそぎ、イスに腰掛けて、やはりイングランドはティータイムが基本なのだね〜と、間違っているのかいないのか、と、僅かに微妙な姿が何所と無く怪し‥もとい。子供達に受けていた。
「ん〜、いいね〜。お茶の一時は大事だね〜」
青空を透かし見て、ノビルと共に、お化けの格好をしている子供達に、独特の笑いと共に、悪戯されてはかなわないね〜。手作りではないが、皆で仲良く分けたまえ〜と、ラスト・ホープで手に入れたクッキーの箱を手渡す。意外と子供好きなのかもしれない。
「日の下で食べるおにぎりは格別でござる」
雪子が作ったのはおにぎりだ。鮭、おかか、梅干、昆布、しぐれにたらこ。沢山食べると良いでござると、差し出せば、海苔とご飯の香りに歓声が上がる。雪子自身は、自分用には海苔を一枚巻いたものに適量の塩をふりかけた。スタンダードなおにぎりを、賑やかな子供達の姿を嬉しそうに見ながら頬張って。
肉まん! 餃子! ちまき! 春巻き! 胡麻団子! 子供達の希望を聞いたのが良かったのか悪かったのか。とりあえず、出来るだけ作るからなと、桃花は、沢山の種類の中華を手際よく山盛りに作った。高価な食材は無いものの、手間をかけて、でも素早く作られた珍しい味に、口の周りを汚しまくって子供達が頬張る姿に、目を細める。
うふふと、虚ろな笑いを浮かべて、MIDNIGHTが、次から次へと食べ物を口に入れる。その細い身体の何所に入っていくのかわからない。すでに、用意されていたお弁当は半分が所、彼女の胃に納まっている。しかし、仲間達も大量にランチを作っている。量的には、多分‥大丈夫。
「サンキューな。お前が踏ん張って持ち堪えてくれたお陰で、多分、街の人達は無事だったんだぜ? 元通りには直せねーけど、これで勘弁してくれや」
穏やかな陽だまりの中で、ノビルは子供達と出来る範囲で天使像を磨く。土台の修理などは専門家でないと難しいだろう。けれども、風雨にさらされ、オレンジ☆ジャックの攻撃にさらされていた天使像一対は、磨くだけでも、まるで別物のように生気を取り戻した。人との交流を待ち望んでいたかのようだ。
そんな天使像を見上げて、ノビルは満足気に頷いた。これからも、街を見守っていて欲しいという願いを込めて。
「肩車希望の奴は居るか?」
沢山食べて、お茶を飲んで、天使像を磨く子や、ころがる子、そうして、最初に出会った星司に、待ってましたとばかりに跳びつく子も多かった。2mを僅かに越す彼の肩車は、世界を変える。高い場所から見る景色は、穏やかな陽だまりの森。
きゃあきゃあと、子供らのはしゃぎ声は途切れず。
「お日様あったか、お腹いっぱい。とってもいい気持ち」
美味しいランチを作ってくれた、桃花や仲間達にお礼を言うと、ラウラは温まった草の上にころりと寝転んだ。吹く風はお日様と森の香りをいっぱいに乗せて。子供達の声や、仲間達の気配が子守唄のように、彼女を穏やかな睡眠に連れて行く。
楽しいピクニックが、森への不安を払拭し、くすんだ街には子供達から光が生まれて行くようだった。