●リプレイ本文
●美味しい依頼
人類の恐怖を形に。それがキメラというものなのだが、時には、あれっと思うキメラも多々居る。
「‥‥水饅頭、ですか‥‥? い、色々な‥‥依頼が‥‥あるのです、ね‥‥」
かくりと、小首を傾げる井上冬樹(
gb5526)の青い髪がふわりと揺れるて、眼鏡越しの青い目が不思議そうな光を帯びる。
「夏の渓流に水饅頭‥‥風流というか、手が込んでるというか。バグアもヒマなもんだわね」
腰に手を当てて、呆れた風に呟くのは、愛梨(
gb5765)。
「媽媽‥‥好き、かなぁ‥‥?」
劉・黒風(
ga5247)は、じっとモニターを見る。そこには、清流に洗われる、つるんとした水饅頭のようなキメラ。どんな味がするのだろうか。ふと浮かんだのは、媽媽。果たして媽媽の口に合うだろうかと想いを巡らせ、気がついたら参加手続きを行っていた。
「あら? こんにちは。また会いましたね」
「‥‥あ」
依頼手続きを終えたステラ・レインウォータ(
ga6643)は、特徴的な黒いコート姿を見つけて、にこりと微笑む。何時か広場で迷子になっていた子だ。LHに居るのならば、傭兵かその家族なのだろうとは思っていたが、彼も傭兵である事に少し戸惑う。
「今日はどうしたの? ‥‥お仕事?」
黒風も、ステラを覚えていた。暑い夏の日、媽媽の為に冷たいものを買おうと外に出たのは良いが、猫を追いかけて迷子になってしまった事があった。その時に助けてくれたヒト。
僅かに眼を見開き、本当に僅かに微笑んだ。良く見ないとわからない笑みではあったが、ステラはなんとなく嬉しそうだと思って、もう一度手を伸ばした。一緒の依頼のようだから。
峠の茶屋に、渓流、吊り橋。
清らかな水の流れに、夏の盛りを過ぎて、色の濃くなった青々とした木の葉が煌く。きっと紅葉の時期はさらに見事な景色になるだろう。安心して、紅葉狩りが楽しめるようにしないとと、イレーヌ・キュヴィエ(
gb2882)が頷く。
「‥‥でも、砂糖水排出してるって、どうしてわかったのかな? 誰かが舐めたのね、きっと♪」
「はいです。お茶屋さんのご主人が妙に水が甘くなっていたのに気がつき、観察の結果というわけですの」
イレーヌがぽつりと呟いた言葉を、すかさずキャッチしたティムが経緯を語る。
「‥‥そもそも、水饅頭って何なんでしょ。砂糖出すくらいだから甘い物なんでしょうけどもー」
美味しそうな姿だとは思うけれどと、ヨグ=ニグラス(
gb1949)が素朴な疑問を口にすれば、超真剣なティムの顔が迫っていた。
「はうあっ!」
思わず飛びのくヨグに、つるんとして甘くて美味しい夏の和菓子だという事を、せつせつと語るティムの鬼気迫る姿を、微笑ましく見るのはレーゲン・シュナイダー(
ga4458)。娘さんは動じない。
「水饅頭、もとい。スライムを倒して、美味しい水饅頭を堪能なのです」
ほく。と、笑むと、渓流を遡る準備をきっちりと揃えて来る。
何処かお笑い色漂う、いや、のんびりとした依頼に、アンジェラ・ディック(
gb3967)は、柔らかな笑みを浮かべた。
「‥‥楽しそうね。でも、きっちりと片付けましょうか」
張り詰めた依頼が多い中。たまにはこういう依頼も良いかもしれないと思ったのだ。けれども、被害が予想されるならば、確実に退治しなければならないだろうと頷いた。
●渓流を遡り、見えてくるのは
涼やかな飛沫が上がる。
浅い渓流へと能力者達は足を踏み入れる。
ひんやりとした水に、愛梨は眼を細める。見上げれば、木々のアーチから、陽の光が零れ落ち、幾重にも緑の色を映し出し、とても鮮やかで綺麗だ。秋にはそれが、赤や黄色の色へと変わるという。AL−011ミカエルを着込んだ愛梨が木々を仰ぐ。
「ここ一面が紅葉するなら、ほんとに見事でしょうね。秋が深まったら、また来てみたいかも」
「そろそろお山も真っ赤になるですねー」
ヨグも周囲の緑の山々を眺めて、にこりと笑う。硬質な音が響く。ヨグもDN−01リンドヴルムをしっかりと着込んでいた。その上に水筒をたすき掛けし、釣槍を肩に担ぎ、片手には100tハンマー。
ばっちり決めていた。いろんな意味で。
「転ばないように、足元を注意して下さいね」
ステラが仲間達に声をかける。
「戦う前に転んで怪我でもしたら大変ですし」
長靴を履いたレーゲンが、足元に注意しつつ、歩を進め。
水玉浴衣の裾をからげて、帯に挟み込んでいるのは、イレーヌだ。ちゃんと着替えの浴衣は茶屋に預けてある。足にはわらじ。脱げないようにきっちりとくくったわらじは、川の中では以外に歩き易いものでもある。
「特に‥‥複雑な、地形では、無いみたい、です‥‥」
冬樹は地図を見て、茶屋でも地形を確認していたが、足元はローファーだ。僅かに滑りやすく、慎重に歩いて行く。
「ゆっくりと歩けば消耗しないから」
水流の盾になるようにと、アンジェラはなるべく前に行く。きっちりとした訓練を受けていたアンジェラは、隙の無い装備だ。足元もしっかりとしており、歩みも一番確かである。おぼつかない黒風や、少女達の足場が楽になるようにと気を配る。
「途中休憩していきませんか? お饅頭もあるですよ」
ぱや。と、笑うレーゲンは辿りつく前に疲れを取れるようにと、饅頭持参。到着地点までの途中で開かれた温泉饅頭が、皆の疲れを取っていくような気がする。それは後からティムがこっそりと補充に走り。
イレーヌが吊り橋を見つけて、仲間達に声をかける。
「じき、目的地かな」
そして見えてきたのは、水饅頭。
堂々たる半透明の半円。その中には色とりどりの核が見える。清流に洗われる姿は、砂糖水に浸る水饅頭を髣髴とさせ、妙な清清しさも感じられた。
「‥‥ホントに、お菓子みた、い」
こくりと喉が鳴るのは、黒風。その、華奢な首とちらりと見える手首に、荊のような紋様が毒々しい赤色で浮かび上がった。
「‥‥いき、ます」
「黒風くん、気をつけて」
ステラが黒風に練成強化をかける。
(「危険は少ないといっても‥‥ベタベタになるのは嫌ですからね‥‥」)
仲間達の配置をよく見ながら、ステラも動くが、脳裏を過ぎるのは、酸攻撃ならぬ、砂糖攻撃。ふるふると首を横に振る。
小豆色のスライムへと、黒風が動く。注意深く接近するが、小豆色の砂糖水、濃縮攻撃を受けてしまう。肩口を僅かに重い衝撃が襲うが、構わず迫り、小銃S−01を打ち込み続ければ、多少時間はかかったが、小豆色スライムは川に溶ける。
べたべたになった自分を、確認すると、表情を変えずに、淡々と水で流したり、タオルを塗らして拭う。
ぷよんとした水饅頭の射程には未だ入らない。それぞれが、狙う水饅頭‥‥もとい、スライムがあった。
「えと、あれが鶯色?」
抹茶色と良く似た、鶯色を指差し、ヨグは、対戦相手を確認する。鶯色がどんな色か、わからなかったのだが、これで大丈夫。迷う抹茶色の他はちゃんと判断がつくのだからと、こくりと頷き。
無造作に鶯色に迫る。鶯色の砂糖水まみれになる。多少の衝撃はどんとこい。だってAU−KV着てるんだもん。ということで、難なく接近したヨグは、100tハンマーを思いっきり振り下ろす。
ぷよおぉぉん。
確かに衝撃は食らっているようだが、なんとも楽しい感触だ。
もう一度、竜の爪を乗せて、100tハンマーを振り下ろせば、鶯色のスライムは、ぺっちゃんこになり、川に溶けていった。
「ワタシがあちらの抹茶色担当ね。コールサイン『Dame Angel』、水饅頭を模した五つのキメラ、手加減せず速やかに排除するわよ」
任せてと、軽く手を上げ、アンジェラが抹茶の水饅頭に近づく。岩の突き出ている場所へと腰を落とすと、アサルトライフルを構え、強弾撃強化の上、影撃ちで狙い打つ。数発銃声が響けば、抹茶色のスライムはへなへなと、川へと溶けて行く。
「此方の2体、引き受けよう。あんた達、そっちを頼んだよ!」
スライムに練成弱体をかけているレーゲンは、穏やかな栗色の髪が緩い白銀のウェーブに変わり、口調がすっかりと姉御的に変化していた。
「知覚力活かして敵さんの攻撃タイミングが読めりゃいいんだけどねェ。水圧で吹っ飛ばされて仲間にぶつからないよう、懸命に踏ん張るとするさ」
姐さん、男です。そんな感じで、ずんずんと歩を進めるレーゲンへと、葡萄色の攻撃が飛ぶ。
僅かに重い衝撃が、レーゲンを襲う。
「‥‥目標、補足しました」
淡い光のオーラを纏う冬樹は、おどおどとした雰囲気を一変させる。淡々と語られる言葉と、的確な動き。
和弓月ノ宮が引き絞られて、その矢が惑う事無く空を裂いて薔薇色のスライムへと突き刺さる。十分に効いているようだ。
そこへ、イレーヌが割って入る。少し前、瞬間、風が彼女の周りを舞った。瞬きするその虹彩が金色に輝き。
弱ったその薔薇色のスライムのぷにぷにへと、練成弱体と虚実空間を、先に展開していたイレーヌは、スパークマシンαを川に落とさないようにと気に掛けつつも、つい、飛び掛る。
ぷよん。
そんな反動に、つい笑みが浮かぶが、まだ完全に息の根は止まっていない。
腹にしたたかなに撃ちつける衝撃を感じた。
噴出すその攻撃は、薔薇色の砂糖水。とっても濃縮。どろっとした薔薇色が、イレーヌの浴衣をどろどろへと変える。何となく、その砂糖水の味は苺風味のような気がした。梅とか、桃の実とか想像していたイレーヌだったが、苺が当たり。
「っつああっ!」
当たりついでに、攻撃の当たりでスライムから身体が浮いた。水流に足を取られて、ざっばーんと、大きな水飛沫を上げて川へと転がる。さらしを巻いていて良かった。
ぷにんぷにんを満喫出来て少し満足。イレーヌは、自身に練成治療をかけて、さくっと回復。
(「本物の水饅頭が楽しみよっ」)
「追撃します」
イレーヌが離れたのを見て、冬樹は小さく息を吐くと、2射、3射と繋げれば、薔薇色のスライムもその姿を変じ。
髪と瞳が、琥珀色に輝き、全身にオーラを纏った愛梨は、ライトシールドを構えつつ、葡萄色のスライムに接近していた。
竜の息で射程を伸ばし、竜の瞳で命中を高めて、シエルクラインで狙い打てば、ぷよぷよと動いていたスライムの動きが止まった。
「やっつけた‥‥かな?」
そろりと近づく愛梨は、慎重に歩き過ぎて、小さな岩に、がっこんと躓いた。
「! ! !」
どーんと、葡萄色のスライムへと、のしかかるようにダイビング。
その衝撃でか、ぷにぷにのスライムが、大きくたわむ。そして、葡萄色の砂糖水、濃縮。が、がんがんと連射され、ずぶずぶとスライムへと沈みこんで行く愛梨。
「ちょ、誰か助けなさいよ! これは戯れてるんじゃないのよ!」
落ち着けば、苦も無く立ち上がれたのだが、軽いパニック状態の愛梨は、じたばたともがいて、ちょっと偉そうに、だが切実に助けを求める。
あ”ー。というような空気が仲間達に流れていたが、レーゲンとステラが回復と救助に当たる。
「‥‥スライムと抱擁‥‥」
「わわ、だ、大丈夫ですか?」
立ち上がった所で、アンジェラの的確な射撃が、のたうっている葡萄スライムを川に流した。
●峠の茶屋で
さらさらと、川は流れる。
岩場があちこちに顔を出し、頭上から降り注ぐ陽光に緑の陰影が、渓流の清き水に深みを与える。
「眺めが良いわ」
あっさりとした水出し煎茶と、色とりどりの水饅頭の甘さに、一息ついたアンジェラは、豊かな情景を眺めて微笑む。行軍はきついものだが、終わってみれば、清清しくて。
「はわ‥‥美味しい。幸せ」
ステラは、大好物の甘いもの。水饅頭に思わず頬を押さえる。
「散々な目に遭ったわ‥‥もう渓流と水饅頭なんてコリゴリ」
AU−KVを脱いで、茶屋の縁台にぐったりと腰掛けていた勇者様だったが、綺麗な深い硝子のお椀に入った水饅頭を差し出されると、がばりと起き上がる。スライムと水饅頭は絶対に別物なのだと、そのつやつや加減に顔が綻ぶ。
「5色、ぜんぶ食べちゃおうかなぁ‥‥でも太っちゃうしなぁ‥‥お持ち帰りできますか?」
乙女の悩みは何時も同じである。愛梨は、なんともいえない食感に、顔を上げる。
「お土産‥‥持って帰った、ら、ダメ‥‥?」
黒風も、おそるおそる手をつけた、水饅頭の口当たりに、ほんの僅か眼をみひらき、やはりほんの僅か、顔をほころばせる。媽媽にも、食べさせたいと、顔を上げる。
「まさにスライム、tre bien! お友だちにお土産も欲しいな〜」
浴衣を金魚模様に着替え、ショールを羽織ったイレーヌが、美味しさに声を上げる。
「もっちもっちしてるです」
ヨグは、その外側の半透明のもちもちぷにぷに感に、顔が総崩れだ。やはり、お土産に出来ないものかと首を傾げる。もし出来るならば、帰りに総務課に寄ろうかと考えていたのだ。もちろん、最愛のプリン付きで。
「‥‥これは。お土産に買って帰りたい、です」
ティムと冬樹の間に入り、もぐ。と、水饅頭を堪能していた。あっという間に、硝子のお椀は空になる。
「‥‥抹茶、とても、美味しい、です‥‥」
どの色も美味しいが、好きな味は抹茶だ。この抹茶は、ほんのりと苦味はあるがとても爽やかな甘さ。抹茶に砂糖は使って無いんだよと聞いて眼を見張る。他の餡も、甘さの見極めが絶妙だ。甘味好きには物足らない甘さかもしれないが、とても美味しい。
レーゲンと、冬樹とティムとで顔を見合わせて、美味しい溜息を吐いた。どの色も幸せいっぱいの美味しさだったから。
小豆は、漉し餡で、甘すぎず、薔薇はほんのり酸味の効いた苺ジャム。葡萄はやっぱり甘酸っぱい巨峰ジャム。抹茶は白餡に抹茶が練りこまれ、鶯は鶯豆の餡だった。ぷるんとした食感の後、口の中に広がる餡の数々は、さらりと溶けて、もうなくなってしまったのかと、次に手が出て、5つぐらいはあっという間に消えてしまう。
「あ、もう一つ、頂いてもいいですか?」
ステラは、木陰で風に揺れる木々のざわめきを効きながら、また紅葉が綺麗な時期に来たいと思う。
美味しい顔が私のお駄賃ですと、店主は笑い、青いリボンで括られた、5色の水饅頭のお土産を手渡した。
あちこちから歓声が上がり。
秋は栗絞りと柿羊羹。さつま芋の練り切りがありますよと声をかけられた。