タイトル:【聖夜】 YES。マスター:いずみ風花

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/12/27 16:25

●オープニング本文


「悪いけど、頼まれてくれないかな」
 ペパーミントグリーンのベリーショートをかきながら、ペッパー(gz0297)が呟く。
 戦禍は様々な場所にやってくる。
 それは、何でもないような顔をして。
 現在は平和な場所ではあるが、キメラが出たのだという。
 安全な地域だとしても、ふいに現われるのがキメラだ。そして、人々の何でもない暮らしを破壊していく。
 水族館は、半壊し、メインである壁一面の水槽のある部屋のみ残ったのだという。
「熱帯魚なんて食べれないんだけどさ、そういうのまで否定するほど荒んじゃうのもアレだろ?」
 クリスマスの日。
 恋人や友人、家族と連れ立って、熱帯魚を見に行くのは素敵な事だ。
「んでもさ、キメラが退治されたばかりだからさ、不安なのはしょうがないじゃない?」
 一夜の警護を。
 そして、翌朝、クリスマスシーズンの訪れと共に、壁一面しか無い水族館は街の人々へと解放されるのだ。
 その街から、頼まれたというペッパーが、ULTへと依頼を上げたのだった。

 中庭はガラス天井が温室のように広がる。
 小さなドームのようになった、建物は、中に入ると4面に壁がある。
 黒と白の細かな花模様のモザイクが床に敷き詰められている。内側からぐるりと見渡せば、綺麗なおもちゃ箱のような、そんな建物。
 その、一面に、水槽があった。
 入口の生成りの壁には、良く見ないとわからないほど小さく「WHY?」と、大人の目線の位置の何処かにレリーフされている。
 出口のある壁は、漆黒で、やはり、良く見ないとわからない彫り方で、「YES」と、やはり、大人の目線の位置の何処かに、1cmほどの小ささで掘り込まれている。
 入り口から向かって右側に水槽があり、左側には煉瓦が積み上がる。
 煉瓦には、蔓薔薇が這い上がり、真冬だというのに、小さな紅い花を咲かせていた。煉瓦の壁の下には、1mほどの花壇。季節毎に植え変えられるというその花壇に、今咲いているのは柊。高さ1mほどの花壇に、30cmほどの可愛い柊が、白く小さな花を咲かせていた。所々に結ばれた、細い金色のリボンが明かりを反射して、ちかちかと光る。
 その花壇の前に、2人用のベンチが6つ。等間隔で置いてあった。焦げ茶色のベンチは、縁に黒い彫金が飾られ、彫金は鈴をモチーフとした、緩やかなカーブを描く。
 ベンチに座れば、目の前に広がるのは、深い海の底。
 下にある、足元を照らす僅かな照明が、ぼんやりと大きな水槽を浮かび上がらせる。
 真上は、透明な天井。
 半円を描くその天井からは、冬の凍てついた空が見える。
 ちらちらと降る雪が、室内の暖かさに溶けて揺れる。
 その様は、まるで水中にいるかのようで。

 周囲は、静かな森だった。
 壊れた建物の横を、車道が通り、街へと抜ける道がある。
 破壊された水槽などは、綺麗に片付いていたが、時折、片付けそびれたガラスが光る。
 芝生が水族館の周辺を500mほど囲っており、その向こうにフェンス。そして、森。
 フェンスは一部ぐんにゃりと歪んでいる。
 けれども、そんなフェンスにも、金色のリボンが、まるでウェーブのように綺麗に飾られていた。
 金色のリボンの所々には、小さな丸いオーナメントが下がり、僅かな風にちかちかと光り、漣のようだ。


(「踊らなくても君は君」)
 WHY? の文字を指差して、笑った人の事を思い出した。
 ペッパーは、YES の文字をなぞり、額を押し付けた。
 答えを探す前に、目の前から永久に消えた、あの人の事を、忘れられない自分が悔しくて、情けなかった。

●参加者一覧

ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
レーゲン・シュナイダー(ga4458
25歳・♀・ST
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
不知火真琴(ga7201
24歳・♀・GP
夢姫(gb5094
19歳・♀・PN

●リプレイ本文


 その水族館は、瓦礫の中に埋もれていた。円形の天井には、降りしきる粉雪が、落ちては溶けて、涙のような、波のような模様を流す。
 深と冷えたその場所は、雪が降っているからだろうか、やけに静かな場所だった。
 周囲の森も眠っているかのように気配が無い。
 深い鼠色の紗がかかったかのような世界。
 能力者達は、手分けして瓦礫の山の‥‥水族館の周辺へと散って行く。
 僅かに積もった雪を踏み鳴らし、森の中へと分け入れば、時折枝から落ちてくる雪の音が、静けさを深めるかのようだった。
 ベルセルクを持つ夢姫(gb5094)の、蔦の絡まる模様のブーツに踏みしめてきた雪が絡みつく。
 「大丈夫かぃ?」
 レーゲン・シュナイダー(ga4458)は、夢姫へと声をかける。覚醒をしているレーゲンは、雪のような白銀の髪を揺らし、きつい眦をし、油断無く周囲を睥睨していた。
 「異常無しです」
 無線機を片手に、夢姫がにこりと微笑を返す。
 交代の時間にも動かないペッパーを見て、不知火真琴(ga7201)は雪のような髪を揺らして首を傾げる。ついっと、その動きに釣られて、結ばれた赤いリボンも揺れた。
 最初に簡単な挨拶は交わし、手短に礼を言われたっきり、彼女と会話らしい会話は無い。
(「1人で居たい時もあるものです」)
 元気になったのならばそれで良いからと、考え深げな表情に、ひとつ頷き、館内へと向かう。
 そういえば。ここに集った人達は、みな知っている人ばかり。けれども、どの人も何時もの笑顔を浮かべてはいるが、時折、思案気な表情をする。皆思う所があるのだろう。それは、たぶんきっと触らない方が良い事で。
「真琴さん?」
「あ、何でもないですよー」
 思案に暮れた顔をしていた真琴を見て、共に警備をしていた朧 幸乃(ga3078)は、穏やかな笑顔を向ける。
 降る雪に、過ぎし年のクリスマスを思い起こす。
 思い出は雪のように柔らかに溶けて、心の中に残るは優しい記憶だけ。
(「クリスマス、か‥‥今年は一人だけど‥‥でも、淋しくはない、かな‥‥私はもう、歩き出したから‥‥」)
 幸乃も、見知った顔が、僅かに思案に揺れている様を見て取ってはいた。けれども、声をかけるつもりはない。
(「私の役目じゃない、か‥‥」)
 ただ、見守ろうと思う。この手が必要と呼んでくれるまでは。

「‥‥冷えるな」
 舞う雪を眺めながら、ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)が差し出すのは甘酸っぱい香りの紙コップ。
「‥‥どうも」
「っあーっ。染みるっ!」
 軽く会釈してホアキンから紙コップを受け取るペッパーと、嬉々として温まるアンドレアス・ラーセン(ga6523)。外回りに冷えた身体に、ホットレモネードが染み入る。街の人に解放されるという、この場所の警備に、アンドレアスは何処かほっとしていた。先の見えない依頼が多かったせいもある。一年走ってきて、疲れが知らずに溜まっていたのかもしれない。暖かな飲み物は、そのまま、良く知る仲間達との気安さに落ち着くようだ。警備に手を抜くつもりはさらさらないが、この空間が心地良いと思うのも事実で。
 その様を見て、ホアキンは僅かに笑みを浮かべて、遠くの町の明かりを眺めた。
 眇める目に写るのは、冬のありふれた風景。ちらりと揺れるフェンスの装飾さえも。
「誰が飾ったんだろうなあ」
 寒いような様子を作りながら、アンドレアスは金色のリボンを顎で指す。
「裏手、修繕も必要だろ、随分へこんでた」
 キメラが襲撃してきた名残りのフェンス。
 ちらりとペッパーはアンドレアスを見て軽く肩を竦める。
「本館がこの様で、フェンスの修繕も何もないんじゃないか?」
「ま、そりゃそうだけどよ。‥‥ずっと外に居るつもりか?」
 中に入った方が、集中力を保つには必要でもあるし、ずっと外に居続けるのは冷える。
 全部話を終える間に、ペッパーは水族館の裏手の方へと歩き出して行ってしまった。
「‥‥ふむ」
「んだよ」
 くすりと笑むホアキンを、多少恨めしそうに見て、ペッパーの向かった先を見て溜息を吐く。仲間達が警戒に当たって見回ってきていたのだから、もう不安は無いはずだが。
「ここを壊したキメラはワーウルフ。徹底的に索敵したんだ。大丈夫だろう」
 ホアキンが目を眇める。
 この場所を襲撃したキメラは、近隣を襲ってもいた。その数は確認され、報告に上がっている。余程でなければ、この水族館に新手のキメラはやって来ない事を、事前に調べていたからこそ出る言葉でもあった。


「‥‥鶏鳴にはまだ早いな」
 タバコに火をつけると、入り口のリースに目を細めた。
 一服すると、 NO SMOKING の文字に、火を消して中に入る。すると、巨大な水槽にまず目を奪われる。
(「主の誕生した聖夜、水泳ぐ魚に、人はどんな祈りを託すのか」)
 苦難、喪失、憎悪、破滅、後悔。
 この時代に生きる上で、大なり小なり避けて通る事は出来ない。破壊された水族館と、ペッパーとを見て、ホアキンはそんな思いに駆られる。
「‥‥護りたいのは、己もまたそれを望むが故、か」
 誰もが特別では無い。誰もが皆、それぞれに傷を負っている。思い出すのは故国。少年の頃。
 しかし。ゆるりと首を横に降る。僅かに長い髪が揺れて頬を打った。
「‥‥失われた答えを探す旅、か」
 ホアキンは、壁をなぞると『WHY?』の文字が書かれた前で佇む。
 伸びやかに泳ぐ熱帯魚を目の端に留め、蔓薔薇の延びる煉瓦の壁を眺める。その下に植えられている、小さな柊の花。指を伸ばせば、その先端が、ちくりと刺さる。僅かに生じたその痛みは、意外と消えず。
「‥‥俺は何故、ここに居るのやら」
 愛を捧げた女性はただ一人。暴き出された心の傷に、ホアキンは苦笑するが、そっと目を閉じる。
(「‥‥ただ、君に幸あれ、と」)
 いつも彼女の幸せを願っている。 
 吐息が『YES』の壁に零れて落ちる。
「‥‥曙光はまだ見えないけど、な」
 数々の思いが寄せては返す。会いたいと想う気持ちは深くなるばかり。
 地に足がついていないかのような、不安定さもあるけれど。
 いつか。きっと。

 何故──『WHY』を見て思うのは、叶えられなかった約束。
 押し寄せるのは暗い思考。沈んでいく気持ち。
 ざらりとした生成りの壁の感触が指先に伝わり、レーゲンは僅かに下を向く。柔らかな栗色の髪がぱさりとレーゲンの顔を隠す。
(「もしかして、もう、戻ってきてくれないのでしょうか。私の事なんて、忘れてしまったのでしょうか」)
 果ての無い寂しさという暗い淵へと飲み込まれてしまいそうになる。
 けれども、その度に思い起こす事があった。
 たゆたう色鮮やかな魚達は、下からの明かりに浮かんでは、水槽の暗い見えない場所へと消えて行く。ちらりと見える、一瞬の鮮やかさが酷く綺麗だ。その水槽をゆっくりと見ながら、未だ帰らない人を想い、レーゲンは小さな溜息を吐く。一緒に見れたら、どれほど楽しかったかしれない。
 辿り着いた漆黒の壁に、文字を探す。その文字は『YES』言葉通りに、レーゲンはにこりと笑みを浮かべた。
「Ja──」
 どれほど寂しくても、辛くても、心の際奥に眠る言葉がレーゲンを陽の当たる海面へと押し上げる。
 愛しているの。
 それは魔法の言葉。ただひとつの暗い淵しか見えなくなりそうな自分が、仲間達という陽の光を思い出す瞬間でもある。何時かまた、好きだと言ってくれた笑顔のままで逢える事を信じてる。
(「──悲観しちゃ駄目です。私が頑張らなきゃ」)
 レーゲンは、時折不意に襲ってくる寂しさを振り切り、いつもの笑顔を浮かべる。
 その時、不意に背後からぎゅっと抱きしめられた。
「夢姫さん?」
「えっと‥‥うっと‥‥」
「大丈夫、ですよ?」
「‥‥はい。ご、ごめんなさい」
 大好きなレーゲンが沈んでいる姿を目にして、夢姫は、大好きだという気持ちと、レーゲンが悲しいと自分も悲しいのだという気持ちを乗せて、抱きついた。けれども、逆にぽふぽふと頭を撫ぜられてしまう。
 初対面のペッパーに、元気良く挨拶をすれば、冷たく一瞥を返されただけだったのを思い出してしまった。立ち去る後姿に重なって、外に結んであるフェンスのリボンが嫌に綺麗に見えた。
 沖縄の海の色のような髪。だけど、何処か悲しい色をした瞳で、一般人にも関わらず、危険な仕事をする彼女が気になったのだが、ペッパーに良い印象は持たれなかったようだ。
 熱帯魚は、下から浮かび上がる明かりで、僅かに行き来が見れる。時折不意に暗闇から現われる鮮やかな姿に顔をほころばせていた夢姫は、二つの文字を見つけた。『WHY?』と『YES』。
「どういう意味かな? 誰かの思い出、壊れずに残って‥‥良かった」
 それは、建築家が刻んだものだと言う事である。どんな意図があったのかまではわからない。
 思い出。
 その言葉に、夢姫は深い溜息を吐く。
「‥‥お父さんは、なんで家族を置いて行ってしまったのかな‥‥」
 父と母が居て、家族で過ごした、楽しいクリスマス。
 鬼籍へと旅立った母。能力者となって世界中に行く事になっても見つけられない、生き別れた父。
 死んでしまった人の声は、もう二度と聞けないけれど、生きているのならば、父ともう一度逢いたい。夢姫は『YES』の文字を辿った。
「諦めない‥‥」
 諦めたら、そこで終わりになると言う事を、夢姫は心に刻み込んでいた。

 ガラス天井から落ちる水の流れは、まるで波打ち際を見るようで。蔓薔薇の放つ芳香が、心地良くて。真琴はうきうきと水族館のあちこちを眺めて回る。そして、ふと気がつくのは『WHY?』の文字。見つけた瞬間、楽しい気分が吹き飛んだ。唇をきゅっと引き結ぶ。
 浮かんだのは、幼馴染の姿。
 彼と一緒に居るのは楽しい。もう、二度と逢えないかと思った事もあった。その時に胸に思っていた辛さとは、まったく別の痛みが胸を刺すのだ。
 それは、抜けない小さな棘に似て。
 まるで、一人で留守番をしている、小さな子供のような心細さを呼び込んで。
「‥‥答えてくれますかね‥‥」
 もてあます感情に、名前はあるのだろうか。
 この感情が何か、彼なら知っているだろうか。
 ゆらりと光の中に現われた、鮮やかな熱帯魚を見て、真琴は思わずしゃがみ込む。熱帯魚は、一瞬その場に留まるが、直ぐに光の届かない場所へと泳いでいってしまう。
 聞いてみたいような、そうでないような。
 捉え所の無さは、彼も同じぐらい。
「答えられても、困る気がします」
 でも、答えが無ければ、この胸の中にある棘はずっと抜けないままだと言う事は、真琴にもわかる。
「『YES』の文字を、私は見つけたいの、かな?」
 答えは帰らない。
 大きな水槽の、光が当たる場所は良く見えるが、光が当たらない場所は目を凝らしても見えなかった。
 まるで人の心のように。

 水槽前のベンチに腰掛けると、アンドレアスは水槽を眺める。故郷の海はこれほど青くは無い。けれども、光の届かない場所の暗さは良く似ているかもしれない。故国はクリスマスをとても愛する国だ。久しく帰国していなかったが、クリスマスの時期は街は暖かな光で一杯になる。
 懐かしく思い返し、共に思い出すのは、故国とは逆の暖かな国の事。
 入り口と出口の壁の言葉を口の中で反芻し、金の髪をかき上げる。
(「『WHY?』胸に突き刺さる言葉だ‥‥」)
 薔薇の花の香と、柊の花の香がふんわりと溶け合った室内に、南国に降る土砂降りの雨。その中で会った青年の事を思い出す。彼は正しくて、完全に間違っていた。
 けれども。
「‥‥助けたかった」
 正義という名の下に、どれほどの人が惑い、その言葉の元に戦いが行われる事の恐ろしさを、思う。どれ程力を得ても、力だけでは、決して救う事の出来ないモノがある。むしろ、救う事が出来る事の方が限られてくるだろう。
 手から零れ落ちる真実という名の運命。
 砂を噛むような思いを何度繰り返しても、それでも、目の前にある手が届く全てを助けたいと願うのだ。
 それは、何故か。
(「‥‥きっと、全て、自分の為‥‥だな‥‥」)
 『YES』。わかっている。問うまでも無いかと、自嘲する。
 誰かに必要とされたいと願う自分の心を垣間見て、渋面を作った。
 全て自分のエゴ。
 アンドレアスは、そう己の心を断じ切り、僅かに笑みを浮かべた。
 ひらりと、明るく照らされた水槽の一部に、熱帯魚の一群が現われ、泳ぎ去る。
「しょーがねーよなあ?」
 どうしたって、変えられない生き方がある。魚群が去った後の水槽には、ただ、海の色があった。アンドレアスは目を細める。
 もし。自身の終わりの日が来たら──魂は、海へと還るだろう。
 罰が下されるというのなら、還った海で受け止めよう。全て。
 身勝手と知りながらもなお。夜が明ければ、戦いに身を投じる事をアンドレアスは決めていた。それが、どれほど危険な場所でも、きっと自分は行くのだろうと。
 誰かを、救う為に。

 綺麗な場所だ。幸乃は、浮かび上がる水槽を見て、笑みを零した。
「水族館って、きれいですね‥‥私ははじめてだけど、この一面だけでも、十分‥‥皆の思い出の場所、なのかな‥‥」
 仲間達が、立ち止まる壁を見て、幸乃は首を傾げる。
 その場所で、皆、めったに見ない表情を浮かべるからだ。
 近寄ってみれば、そこには『WHY?』の文字。幸乃は笑みを深くする。楽しい想像が浮かんだからだ。
 浮かんだのは二人の誰でもない人物。『どうして私を誘ったの?』そう聞く人が居て、『どうして一緒に来てくれたの?』そう聞く人が居る。そして想いを伝え合った二人が、仲良く部屋を出て行くのだ。
「‥‥あ‥‥でも‥‥」
 問われた答えが『YES』では無い場合、二人はどうするのだろうと、口に手を当てて考え込む。想いは迷路に入ってしまう。そして抜けた先に思うのは、必ずしも答えは『YES』で無くてもいいのかもしれないと言う事。
「‥‥一緒に居る事だけが、正しい事‥‥とは、限らないのかな‥‥」
 共に在る事は素晴らしい。けれども、共に無くても。思いやる気持ちが互いにあれば。何処に居ても、どんな形になったとしても、それは『YES』になるのかもしれない。

 朝の光が水族館に届く。
 時折降る粉雪は、ほんの僅か、周囲を雪化粧に変える。
 煌く朝日に、濡れたように光るのは、水族館の屋根。
 続々と集まる街の人々の喧騒が聞こえてくる。
 傭兵達に、口々に聖夜の祝いを告げる、嬉しそうな人、人、人。

 誰の上にも、クリスマスがやって来たのだった。