タイトル:桜の若木マスター:いずみ風花

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/03/26 14:44

●オープニング本文


 ある程度大木となった桜の見頃は、未だ先のことなのだが、桜の若木は、どの桜よりも早く花をつける。そして、咲いたと思えば、すぐに散ってしまう。だから、それが桜の木であるとは、注意深い人でなければ、気がつかないことも多い。幹は桜特有の色合いをしてはいるのだが、何分にも細い。通常の樹木と紛れれば、それが桜だと知るのは難しいかもしれない。
 まばらに咲く若い桜の木。
 いずれは、大木となって、人の目を楽しませる事になるのだろうけれど、今は未だ、人目を惹かぬ花である。
「今年もそんな季節か」
「‥‥ん。迷惑じゃなければ良いけど」
「何、迷惑なものか。大体、日本人は桜には甘いもんじゃ」
 今年55歳になる三山宗治は、孫のような少女を見て、僅かに目を眇める。
 未だ冷たいが、春の香りを含んだ風がペッパー(gz0297)の短い髪を巻き上げた。
 壱岐島。
 この場所は、バグアに侵略され、捨て置かれた、無法の地だった。人類の巻き返しと共に、奪還されたが、何時も再侵攻の脅威に晒されている場所のひとつでもある。
「だったら良い‥‥でも、喜んでいたって、表面だけかもしれない」
「そうか」
「‥‥ん」
言葉を弄してペッパーに対峙しようとはしない三山をペッパーはとても好きだった。自分でもわかっている。無茶な事をしている事も、考え方が偏っている事も。でも、口をついてしまう。行動に現れてしまう。ささくれ立っている時や、決め付けるような物の言い方をする相手には。それが高圧的な相手なら尚の事。好意的な相手の好意の言葉すらも、勝手に決めるなと思ってしまうのだから、始末に終えない。だが、どうしようもないのだ。そうしていないと、自分が崩れてしまいそうだから。
 この関係が築かれるまで、1年以上もかかった。出会った当初の事を三山はつい昨日のことのように思い出す。今よりもずっとキツイ眦で、周りの人全てが敵という風情だった。
「茶、飲んで行くか?」
「ん」
 壱岐島の海岸線が、桜で埋まれば良い。そう、ペッパーはもうじき咲く、小さな若い桜を振り返り、三山の後を追った。

 湾岸の道路沿いに、20本の若い桜の木が並んでいた。
 一年前に10本。そして、今年また10本。
 誰が植えたのだろうと島の人々は首を傾げる。しかし、それが桜だと判ると、何となく笑みが浮かんでしまう。
 薄紅色のその花は、どうしようもなく心を和ませるのだから。

「警戒がてら、花見をしにこんかね?」
 壱岐島から誘うような依頼があった。
 大陸での戦線の余波は少なからずあった。九州では今もって戦線の押し戻しの真っ最中だ。激戦区と言ってもいいかもしれない。壱岐も、何時また戦いの渦に巻き込まれるかという思いがある。島民達は常にその準備に怠りは無い。
 定期的に巡回される壱岐空港のUPC軍からの警戒飛行も見慣れたものとなっている。
 全てのバグアを押し戻すまで、気の休まる日は無いのだろう。しかし、それでも人は生きていかなくてはならない。
「小さな桜で、見応えからいうと、可愛いもんじゃが、」
 傭兵達が来るというのなら、島の人々も活気付くと三山は笑った。

 ペッパーは、朝日を見るのが好きだった。
 壱岐でも、海から上がる朝日はとても綺麗で。
 その朝日と共に、桜を見ようと、思っていた。

 深夜、海から、崖を登り、潅木を掻き分けて壱岐へと上陸したのは、1体のキメラ。
 そのキメラは半死半生だった。
 何処かの戦線から漂着したのだろう。
 頭は黒い牛。身体は人間。そして、背には真っ黒な猛禽類の羽が生えている。そのキメラの羽が片方もげていた。そして、わき腹には酷い手傷を負っている。しかし、まだ息絶えるには間がありそうだ。ぎらぎらと光る金色の目が周囲を見回し、潅木の陰へと滑り込んだ。

●参加者一覧

レーゲン・シュナイダー(ga4458
25歳・♀・ST
リン=アスターナ(ga4615
24歳・♀・PN
不知火真琴(ga7201
24歳・♀・GP
サヴィーネ=シュルツ(ga7445
17歳・♀・JG
辻村 仁(ga9676
20歳・♂・AA
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
エイミー・H・メイヤー(gb5994
18歳・♀・AA

●リプレイ本文


 壱岐空港の明かりが見える。
 夜明け前はまだ暗い。
 点々と灯る誘導灯に導かれて、高速艇が降りて行く。
 一歩外に出れば、空気はまだピンと張りつめたかのような冷たさを持っている。
「三山さん、お久し振りです」
 空港の様子を見渡していたレーゲン・シュナイダー(ga4458)が、ぺこりとお辞儀をする。依頼でこの地にくるのは何時振りだろうかと思いながら。
「おはようございますっ。今回はお誘いありがとうございますっ」
 空港まで出迎えに出てきていた、三山の姿を認めると、橘川 海(gb4179)は、元気一杯に挨拶をする。ここから春を始めるのだ。お花見というのは、どうしてか、心浮き立つ。
「よう来てくれた」
 全員を見渡して、三山が微笑む。
「おじさまも、お元気そうでなによりね。一足早いお花見、楽しみにしてきたわ」
「おお別嬪さん。また会えて嬉しいのう」
 もちろん、警戒も疎かにはしないわよと、リン=アスターナ(ga4615)が笑えば。警戒は口実じゃがのと笑う三山に、再び軽く笑みを返す。
 まだ冬の名残りも残る、冷たい朝ではあるが、もう桜の花が開くという。春は確実にそこまでやってきているのだろうと、リンは思う。
 ここから、故郷は遠くない。愛梨(gb5765)は、占領下である沖縄を思い出して軽く口を引き結んで高速艇から降りて来ていた。潮の風が懐かしいような、何ともいえない気分を誘い、心がざわつく。
「警戒と花見ということだけど、桜の名所でもあるの? わざわざ傭兵を呼んでまで見せたい桜ってことは、何か思い入れでもあるの?」
「依頼理由はULTにあげておいたがの? その為に来てくれたんじゃろ?」
 三山は苦笑する。
「そういえば、ペッパーさんはお元気ですか?」
 三山と挨拶を交わした不知火真琴(ga7201)は、この地域で会った少女の消息を聞く。三山と彼女との繋がりをふと思い出したからでもある。
「ああ、来とるぞ。相変わらずじゃがの」
「ペッパーさんといえば、物資輸送ですが‥‥また、何処かに?」
 彼女が姿を現すのは、大抵何処かへ物資を輸送する為だ。この辺りは、比較的UPCの手も届き、彼女が壱岐に居るという事で、辻村 仁(ga9676)は軽く首を捻る。
「たまの息抜き‥‥かの」
「わ! なら、お会い出来ませんか? ご挨拶とかしたいなーなんて思います」
 海風がサヴィーネ=シュルツ(ga7445)の白銀の髪を巻き上げる。一歩仲間達と引いて歩くザヴィーネは、表情の緩まない瞳を、ほんの僅か和ませる。
「海、近いんですねっ」
 吹き込む海風と、波音に、海は楽しげに目を細め、その寒さに、ほんの少し首を竦めた。時間的に、じき、朝日が上がるだろうという事はわかるが、まだとても暗い。海は少し考える。
「あの‥‥お仕事まで、ちょっと時間あるなら、お日様昇るの見たいな‥‥なんて」
 波間に上がる朝日はどれ程綺麗だろうかと海は思ったのだ。
「周辺の地理を把握しておきたいし、まずは下見にでも行きましょうか」
 素直に朝日を見たいと言う海の言葉に、愛梨はぴくりと反応をすると、肩をそびやかす。本当は綺麗な朝焼けを、自分も見たい。だからそう言いたいのに、言葉は裏腹で。
 そうねと、エイミー・H・メイヤー(gb5994)が頷く。
「口実と言っても、やっぱり気がかりなく花見をしたいので、しっかり見回りをしておきたいんです」
 何処か、警戒すべきポイントとかはあるのだろうかと、メイヤーは尋ねる。出自は日系である。何処か桜の花に寄せる気持ちが強くある。だからこそ、憂い無く花見がしたいとも思ったのだ。
「ここは島じゃからの。海岸線、湾岸道全てが警戒ポイントとなるのう。何しろあちらさんは、人じゃない。こっそり何処かから入り込まれる事もある」
 幸い、制空権はこちらのものだから、大きな攻撃が無ければ、何とかやり過ごすがと笑われて、仕事熱心な用兵さん達だと、笑われて、朝日を警戒ついでに見るのならばと、湾岸沿いのルートを示された。
 その湾岸沿いに、ULTで話した小さな桜の木があるのだと言う。


「しっかりつかまってて下さいねっ」
 湾岸沿いの道を飛ばすのは、海のPR893パイドロス。その後部にはレーゲンがしっかりとつかまっている。
(「もしキメラが出たら、私が前に出て戦わなきゃ」)
 海はカーブの先を見据えて、ひとつ頷く。冷たい風が吹き抜けて行くが、真冬のように心底凍るような風ではなくて、しゃきっとするかのようにも思え。
 その後を追うように走るのは、愛梨のAL−011ミカエル。人気の無い朝の湾岸道を2台のAU−KVがエンジン音を重ね合う。
 2台のテールランプを視野に居れ、三山のミニバンが続く。
 そのライトに照らされて、小さな人影が見えた。AU−KVが止まり、ミニバンが止まる。何処か不機嫌そうな顔をしているペッパーだった。
 湾岸道はまだ長い。その先へと、AU−KVが再び警戒へと走り出し、やがて、朝の薄明かりの中に小さな桜が見えてくる。その途中。潅木の茂る海岸線の一角から、衝撃が海のAU−KVを襲った。
「っ!」
 あまり強くない衝撃ではあったが、車体を傾がせるには十分であった。
 一瞬、車輪が遊び、ブレーキをかける。タイヤが路面に擦れる高い音が響いた。
 背後からそれを見ていた仲間達が、それぞれに動く。
 ミニバンから走り出るのは、リン、真琴、サヴィーネ、仁、エイミー。
「レグさん、下がって! 皆が追いつくまで、接近は避けましょうっ」
「ちっ‥‥それにしても、なめたマネしてくれるじゃないか‥‥」
 柔らかな栗色の髪が凍てつく銀髪へと変化し、その性格も姐さんと化したレーゲンが、超機械【OR】EisenRosenを打ち鳴らす。鞭の形のそれから知覚攻撃が発せられる。
「物理ダメージは要らないさね。お前さんの動きが少しでも止められれば事足りるンだ。その間に仲間が仕留めてくれる」
「あまり物々しくはしたくないから、拳銃だけしか持ってこなかったけど、持ってきて正解だったみたいだ」
 サヴィーネは軽く眉を顰め、攻撃が発せられた場所へと向かう。燃え盛る炎のような赤に変わった髪がたなびく。冷たい色へと変化した灰色の瞳が、目的の場所を探る。手に構えるのは小銃・S−01。
「万が一の事があります。下がっていて下さいね」
 真琴が淡い焔を纏った手で、三山とペッパーを制して躍り出る。その炎を映したかのように淡く白い髪と瞳が揺れる。
「まあね。戦うのはあたし達の役目よね」
 ミニバンと、攻撃の出た場所の間へと走り込むのは愛梨。
「何時でも、車を出せるようにして下さい」
 ゴシックロリータのフリルとレースがふわりと踊る。盾を構え、持ち手の双方に刃が伸びるツインブレードを持ち、エイミーは湾岸道を踏みしめる。ヘッドドレスが括られた漆黒のツインテールが海風を受け、揺れた。油断無く潅木の辺りを睨み据えるのは、黄金に輝く双眸。
「出て‥‥来ますか?」
 仁が慎重に歩を進める。カランコエの描かれた着物の裾がトンビコートの合間に見え隠れして揺れる。その花言葉は貴方を守る。手にするのは日本刀・血桜。その刀身が赤く色めき。ひとつに括った長い黒髪が揺れ、赤く染まった瞳がキメラを捕らえた。
 潅木の陰から姿を現したのは、人の形をしたキメラだった。黒い牛頭に、やはり黒い猛禽類の羽。その片翼はもげており、腹部には重傷を負っているようだ。
 走り出したリンは、銀髪がなびき、その双眸も銀に変わっている。その走る速度が上がり。
「無粋な闖入者はさっさと退場願いましょうか――!」
「行きますっ」
 リン、仁、サヴィーネが接近するのを確認した海も動く。
「domestique noir‥‥」
 キメラを見て、ペッパーが呟いたのを、護衛していた真琴、エイミー、愛梨は、かすかに耳に留めた。
 集中攻撃を受けたキメラは、なす術も無く動きを永遠に止める事となった。


 朝日が上がる寸前、まるで白昼夢の中に居るかのような、影の薄い時間がある。
 赤紫に染まった空が、青みを帯び、眩いばかりの太陽が海面を鮮やかに浮かび上がらせる。金の波を沸き立たせるかのようなその光景は、一瞬のうちに消え去り、青空と、青い海が朝日を迎えて押し上げる。
「ふーん、まあまあね」
 小さな桜の花を見上げて、愛梨は呟く。それよりも何よりも、綺麗な海をずっと見ていたかったのもある。
「あんたも海が好きなの? 桜も‥‥まぁ、いいんじゃない?」
 ただ海を眺めていたペッパーへと、愛梨は声をかけるが、返答は無い。ちらりと眺められ、踵を返されてしまう。
(「何よ‥‥感じの悪い女ね‥‥」)
 初めて会うペッパーの無愛想さに、愛梨は渋面を作る。
「あの。良かったら、一緒にお弁当を食べませんか?」
「‥‥遠慮しておく」
「そうですか。では! またの機会にです」
 一声掛けてみたレーゲンだったが、軽い挨拶と断りの言葉に、ひとつ頷いて後にする。
 人と話したくない時に話すのは苦痛だという事を知っているから。
 夏の海とはまた違った海を見て、レーゲンは不思議な気持ちになっていた。
 初めて見る、小さな桜の木は、すぐにでも倒れそうだけれども、しっかりと花をつけているのが、やっぱり不思議で。
(「いつか、平和を取り戻した頃には、きっと、もっと大きくなってますね」)
 小さく頷き、レーゲンは仲間達のもとへと戻る。
 待っていたような真琴を見て、にこりと笑みを浮かべて。
 その笑みを受けて、真琴もにこりと笑みを返し、連れ立って歩く。
「桜、綺麗ですね」
「はいです」
 特に言葉は他に無い。一緒に居るだけで良いのだろう。
 レーゲンの抱えている気持ちを真琴は痛いほど良く解っているから。彼女の出す結論がどんなものであれ、きっと自分は味方でいるのだからと。
(「この桜色を見ると、祖母サマを思い出す‥‥」)
 エイミーはふと思い出した人を桜に重ね、笑みを浮かべた。確かに自分もこの国の血が流れているのだろうと。
 そんな、桜の花だった。
 あまり寄りたくないようなペッパーへ声をかけようかと思い、ああいう時もあるかとサヴィーネは思い留まり、小さな桜を見て、僅かに笑みを浮かべる。
(「花見、か。花を楽しむなんて、出来る訳がないと思ってもいたけど。これはこれで、悪くないみたいだよ」)
 傭兵になって2年が経つ。
 血と泥と硝煙の臭いが纏わり付いていた。それが、当たり前の世界に生きていた。
 海風が吹き込む。桜の花が揺れて、淡い色を翻すのを見て、笑みを深くした。
(「今は、守りたいと思ってるんだ。この日常を。頑張るよ、私は」)
 知ることが出来た。やっと。
 こんな風に花を楽しむ事が出来る事を。
 少しにぎやかな場所から離れていたサヴィーネは、見知った顔の中へと歩み寄って行こうと踵を返した。
 ペッパーが花見を終えるのを見計らっていたリンは、戻ろうとする姿へと声をかけた。
「皆に食べてもらいたくて多く作ってきたから‥‥貴女も、少し食べてもらえる? 私、こう見えても料理の腕に関してはちょっとしたものよ?」
「どうも。だが、遠慮しておこう。気持ちだけは頂いておく」
「そう?」
 皆から遠ざかろうとするペッパーへ、リンは声をかけ、微笑むが、謝意が告げられるだけに留まった。まあ、良いかと、目の端に彼女を留め。

「朝日を拝みながら花見というのもなかなか趣がありますね」
 にこにこと笑みを浮かべて、仁はおにぎりをほお張る。こまごまとしたおかずの中に、玉子焼きの黄色が眩しい。
 リンのバスケットから現れたのは、おかか・ごましお・昆布・ツナマヨ・牛肉時雨煮が入った、おにぎり。ピリ辛風味の唐揚げ、綺麗に巻かれた玉子焼き。そして、まだ肌寒いこの湾岸に心強い、温かいコンソメスープが保温容器から注がれる。
「私のも良かったら、どうぞですよ」
 散らし寿司を出したのはレーゲン。桜でんぶと錦糸玉子、アクセントに鞘豌豆。花畑とひよこ、クローバーを何となく思い起こさせる。お重二段の上の段には、ジャーマンポテトがぎっしりと。
「うふふ、交換しませんかっ?」
 海が、にっこりと笑い、大根菜飯を差し出す。シンプルながら、非常に旨みのあるお弁当だ。
「みんな料理がうまいな‥‥いいお嫁さんになれる」
 エイミーは、レーゲンと真琴の間に陣取ると、おにぎり・おいなりさん・たこさんウィンナー・うさぎさんリンゴを差し出した。そして、別の場所から出てきたのは、お団子・蓬餅・桜餅・桜饅頭・ワラビ餅。甘いものに歓声が上がる。
「まだ花見酒って季節じゃないけれど‥‥一献いかがですか、おじさま?」
「飲み交わすのが、楽しいと思います。あ、でも、駄目ならお茶でも」
「願っても無いが、帰りの運転は誰かしてくれるかの?」
「うちが運転しますよー」
「おお、それなら」
 車を出そうかどうしようかと考えていた真琴は、はいとばかりに手を上げる。ならばと、三山は嬉しそうにリンからのお酌を受けて、レーゲンに頷いた。
「はい、追加。酒の肴には遠いけど」
 桜を眺めていたサヴィーネが置いたのは、バウムクーヘン。お酒の飲めない人はこれで楽しんで欲しいと言う気持ちを乗せて。 
「大好きです。大好きです」
「頂きますですよっ!」
「ん」
 大事な事なので二回言うレーゲンと、やはり甘いもの大好きな真琴がウキウキと手を出す。
 可愛い女の子が加わる事は、大歓迎である。
 そんな気持ちを、表情には表さないが、何となく雰囲気がウキウキとなったエイミーが言葉少なく手を出して。
「な‥‥何よ、文句ある?!」
 つい、コンビニ袋を抱え込んだのは愛梨だ。スーパーのお惣菜とコンビニ弁当が入っている。それはそれで、愛好者の沢山居る美味しいものなので、問題は無いだろう。が。来い、来い。という優しい人達の手招きで、お弁当の輪の中に入る。
「笑顔になるのって、とっても力のいることなんです」
 海が誰に言うでもなく頷いた。
 辛い事、悲しい事で、人は笑顔を作れなくなる。
 底知れない絶望が。
 得体の知れない虚しさが。
 人から笑顔を奪って行く。
 ここの仲間達は、それを知っていると、海は思う。
(「だったら、私も信じたい。笑顔が皆を幸せに出来るって」)
 辛い冬を乗り越えたなら、春は必ずやって来るのだから。
 最初は小さくても。
 何時か、きっと大きな笑顔の花になる。
 
 小さな桜の若木が、湾岸道路の脇で、壱岐に春を告げるのだった。