タイトル:桜の木の下で。マスター:いずみ風花

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 35 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/04/15 19:12

●オープニング本文


「UPC出資で、桜を見に行かないか?」
 本部で軽く話すその声に、くるりと振り向いた者、耳が大きくなっちゃった風にした者などが居る。
 何時もの軽い笑顔で、手をひらひらとさせているのはズウィーク・デラード(gz0011)軍曹。
「熊本城の桜が見頃だっていうからさ、ちょっとばかり宴会がしたいなと思ったわけだ」
「大盤振る舞いですの」
 ふわふわの犬のような明るい茶の髪がもそもそと動く。UPC軍総務課ティム・キャレイ(gz0068)が、何時に無く電卓を持たずに現れた。
「たまには息抜きも必要だろ?」
 デラードが笑う。北海の寒さは身に染みた。
 うららかな春の日差しを存分に浴びて、桜色と遊べば、きっと楽しいはずである。
「ええと。日程は、朝から翌日の朝までですの。警備をUPC軍が行っておりますので、何時でも出入り自由ですわ」
 雪洞も、一晩中桜を仄かに照らしているという。
「素敵な屋台も出ていますの。沢山食べられる方はお手柔らかにお願いしますの」
 傭兵の食欲はバカにならない。
 気が付けば、屋台全滅という可能性も無くは無い。
 どうか、他の人にもおすそ分けを残しておいて欲しいと。
「BBQの準備もございますの。総務課にお申し付け下さい」
 牛一頭とかは無理ではあるが、それなりに沢山の準備がなされていると言う。花を見ながら、皆でわいわいと楽しく過ごせば、きっと素敵な思い出になる。
「俺は一日中ふらふら飲んでるから、会ったらよろしくな。お誘い大歓迎だ。特に美人さんのな‥‥って!」
「行共道徳が乱れましたら、総務課がきっちりと対処致しますので、どうぞご安心下さい」
 どっから出した。というか、やっぱり持っていた電卓で、デラードをどついたティムが、にっこりと笑った。

 春うらら。
 昼の桜は春の日差しを浴びて艶やかな色を落とす。ふんわりと暖かい大地に寝転べば、桜の霞を通して青空が見える。
 未だ夜桜を見るには、冷たい空気の中を行かなくてはならない。
 宵闇に浮かぶ雪洞。
 その淡い光に浮かび上がる桜の花。
 足元を照らすのは、僅かなその雪洞の光のみ。
 浮かび上がるまぼろばは、忘れていた記憶を蘇らせるのか、はたまた辛い現世の記憶を癒すのか。それとも。
 朝の静謐を破るのは、ほかならぬ朝日である。
 差し込む陽の光は、全てを暴く。
 包み隠した欺瞞も、後ろめたさも。
 拭い去り進め。
 桜の花に見送られ。

●参加者一覧

/ 大泰司 慈海(ga0173) / 柚井 ソラ(ga0187) / ロジー・ビィ(ga1031) / 西島 百白(ga2123) / 叢雲(ga2494) / エマ・フリーデン(ga3078) / UNKNOWN(ga4276) / レーゲン・シュナイダー(ga4458) / 空閑 ハバキ(ga5172) / 鐘依 透(ga6282) / アンドレアス・ラーセン(ga6523) / 九条院つばめ(ga6530) / クラウディア・マリウス(ga6559) / 不知火真琴(ga7201) / 錦織・長郎(ga8268) / 御崎 緋音(ga8646) / キリル・シューキン(gb2765) / 正倉院命(gb3579) / 冴城 アスカ(gb4188) / 御沙霧 茉静(gb4448) / リュウナ・セルフィン(gb4746) / 東青 龍牙(gb5019) / 天原大地(gb5927) / エイミー・H・メイヤー(gb5994) / 白蓮(gb8102) / 紅鬼 レイム(gb8839) / 夢守 ルキア(gb9436) / 湊 影明(gb9566) / ブロンズ(gb9972) / 湊 獅子鷹(gc0233) / ソウマ(gc0505) / ファタ・モルガナ(gc0598) / ラフィール・紫雲(gc0741) / 御闇(gc0840) / 熊谷 光(gc1342

●リプレイ本文


 行幸坂を歩けば、そこは桜のトンネルである。
 つばめは、ドームのようになっている桜並木の美しさに圧倒され、言葉も無い。傭兵になって3年が経とうとしている。そして、高校最後の年でもある。
(「来年の今頃、卒業した私は、どんな道を進んでいるのかな‥‥?」)
「雪が解けて、春が来て‥‥桜、好きだな‥‥」
 僅かに頬が上気しているつばめを、桜と重ねて見ながら、透は嬉しそうに呟く。つばめと共に桜並木を歩く事は、穏やかで優しく楽しくて、それは母と歩いた時に似て、けれども絶対的に違うのは胸の奥から溢れる愛しい思い。
 雪に閉ざされる冬は、この春を呼び、花開く為に必要な事。雪解けの言葉ひとつに、希望を育む人の心の在り様を重ねて透は笑みを深くする。
 賑やかなざわめきが桜並木の先にある。何だかとても楽しくなって、透は自然と早足になり。
「行こう、つばめさんっ」
「はいっ」
 桜に気をとられていたつばめは、馴染んだ声の方を向く。何時もより、ちょっとだけはしゃいだ笑顔に、満面の笑みを浮かべて大きく頷く。また来年も一緒にこうして桜を見れたら良い。そう思いながら。

 白蓮は、絶好のお花見日和に、嬉しそうに影明に笑いかける。
 様々な物資が搬入されているのは、宴会の準備だろうか。
 それを見て、白蓮はニュースとかで見た、光景を思い出した。
 路上に転がる酔っ払いとか。
 病院に運ばれる酔っ払いとか。
 見ていたニュースがそれしか流していなかったと言う事もあるのだが。
「有名な酔っ払い宴会が始まるんですねっ?」
 いや。違うと思う。けれども、影明も特に気になる様子も無いようだ。
 並んでいる屋台の端から、屋台を制覇する勢いで進む。
 きらきらと光を反射するのは林檎飴。真っ赤な丸い飴を見て、白蓮は嬉しくなる。
「林檎飴〜っ、舐めると舌が赤くなりますよねっ‥‥でも、美味しいのですよっ」
 じーっと見ていると、影明が林檎飴をひとつ貰い、白蓮に手渡す。
 ぱりぱり感が良いんですよねと、白蓮は嬉しそうにぱくりと一口。満開の桜も綺麗だが、それよりもこうして2人で屋台を回り、一緒にいられる事が楽しくてしょうがない。
 小走りに桜のトンネルを抜けた先にある屋台を、透とつばめはのんびりと見て歩く。お面を斜めに被り、射的から綿飴、焼きそば、たこ焼き、風船つりに金魚掬い。様々に制覇しつつ進む透につい笑みを零すつばめが、じゃあとその先を指差して。
「いくら綺麗な場所でもでもゴミはでるからな」
 出来るだけ人との関わり合いを避けたかった。獅子鷹は、桜を見て目を細めながらゴミを拾って歩く。一通り回れば、屋台で何かつまもうかと、【OR】バリバリサイフを良い音を響かせて広げ。
 慈海は思わずぶんぶんと手を振る。バレンタインにチョコが欲しかったと笑い、先月の誕生日祝いを告げながら、ティムに年を聞いたが、満面の笑顔で聞こえないフリをされた。
「総務課のお仕事は傭兵の慰労をすること。だよね? おじさんを連れて熊本城の桜の名所をガイドして〜♪」
 ぶっぶー。ハズレですとティムは慈海にガイドブックを手渡した。哀しみの縦線を慈海は背負う。ガーンという抜き文字付きで。

 淡い桜の花弁がキリルの目の前にはらはらと舞い落ちる。僅かに冷たさもはらむが、穏やかで優しい春の日差し。人の笑い声が何処までも響く。
(「ああ、そうか。ここが楽園か‥‥」)
「花見って初めてなんだよね、私は花より団子かなあっ」
 ルキアを誘ったは良いが、キリルもこの国の花見がどんなものかは良くわかってはいない。だがまあ、こうしているだけでも楽しいものである。
「口の中がむにゅむにゅする」
 ルキアは一時もじっとしていない。ぱくりと桜の花を食べてみたり、あちこちに顔出し、雀によって五弁の花がそのまま落とされた桜を丁寧に拾い集めて、キリルの肩に手を置いて、屈んでと頼めば、言われるままにのキリルは、ルキアに花を髪に挿された。うん、似合うと、ルキアは満足そうに頷くと、甘酒に手を伸ばしつつ、ごそごそと何か取り出した。
「三色団子持ってきたー!」
 花見について仕入れた、断片的な知識から、緑、白、桜の三色は実に不揃いで、お団子といって良い姿かどうか悩む姿。一生懸命作ったものなのだが、その味は作った本人も知らなかったりする。

「ズウィークくんは花より女の子、って感じだろうけど清正公が作ったこのお城も‥‥立派なもんだよねぇ‥‥」
 建築物に興味のある慈海は、城を仰ぎ見ながら、大規模ではお疲れ様と、デラードへと意味深な笑みを浮かべれば、缶ビールが飛んでくる。笑うデラードへと、ルキアが甘酒を持ってやって来る。
「ズウィーク君にもあげる、飲み方教えてもらったし」
 女の子の好意は間違ってても受けるっ! そう笑いながらルキアの持ってきた生姜丸ごと入りの甘酒を飲み干すのを見て、これ、生姜だけど違ったのかなと、ルキアは首を傾げる。
「お酒もいいけど飲み休むヨ。それより牛乳飲むアルヨ〜、コーヒーとフルーツもアルヨ〜」
 じゃあフルーツと言うデラードに、光は冷たい瓶を手渡した。
 ハバキは、デラードを見つけると、へにゃりと笑い、格納庫での礼を言えば、無言で首を横に振られた。ハバキはこの年下の友人へと、ぽつりと心の内を零した。
「俺さー‥‥デラードンなら、許す、よ」
 含みを込めた言葉。に、デラードは溜息を吐いた。
 忘れられない相手が居る少女の隙をついたかのように手を伸ばす事だけはしないようにと、思っていたと。けれども、それにも限界はあると。
「‥‥行ってくれる、の?」
 誰に甘えても駄目だと思い、ひとりで立ち直るべく気を張っている彼女は、自分から他の誰かの手を取ろうという事は絶対に無いという事をハバキは良く知っていたから。
「落とし前はつけてもらうぞ?」
 デラードが苦虫噛み潰したかのような顔で言った言葉を聞いて、また、へにゃりと笑った。

「にゃー! お花見楽しむなりよ!」
 とても楽しみにしていたリュウナは、連れの百白と龍牙の前を、弾むように歩く。はずむ足取りは、朝早くにコッソリお弁当をつまみ食いしたからかもしれない。
 もちろん、龍芽はそんなリュウナの行動はお見通しである。多めに作り、抜かりは無い。
 百白は、嬉しそうなリュウナと龍牙の後に、あまり花には興味の無さそうな顔をして続く。
「‥‥暇潰しには‥‥なるだろ‥‥」
「ひゃくしろ、何か言ったなりか? そうだ、龍ちゃん、お弁当、お弁当っ!」
 ぽつりと呟いた百白の足元に転がるように纏わりつくと、リュウナはすぐに、龍牙へと笑顔を向ける。
「去年も‥‥一緒だったな‥‥確か」
 早く早くと、手を振るリュウナを見ながら、百白が零した言葉に、龍牙が穏やかに笑みを返す。
 いただきますと元気で弾むようなリュウナの声が響く。青空と桜の下で食べるお弁当は、とても美味しい。
 どうぞと出したのは良いが、百白は食べてくれるだろうかと、龍牙は思っていたが、表情を少しも変えないままだったが、百白は黙々と出されたものを平らげて行く。
「あ、作り過ぎちゃったので‥‥残しても構いませんよ?」
 流石に3人では多いだろうと思っていた龍牙の声に、百白は一瞬手を止めて顔を上げる。

「召しませ乙女のお手製弁当っ!」
 じゃーんとばかりに、満面の笑顔で白蓮はお弁当箱を出して、蓋をぱかっと開ければ、ぽふんと吹き上がるのは小さな黒煙。2人の間に漂う焦げた香り。
「‥‥頂きます」
 炭と化した物体を影明は口にすれば、てへっとばかりに、白蓮は胃薬を差し出した。
「お粗末様ですっ‥‥デザートの胃薬になりますっ」
 それを飲み込むと、影明は、小さくひとつ息を吐いた。見ているのは満開の桜だけ。
「言ったことは無かったが、君に対して、いままで誰とも経験したことのない特別な想いががある。多くの人間ははそれを一生見つけられずに探し求めているから、それを見つけられた事は、殺し合いしか知らない俺にとって人生の中でとても大切なことだ」
 白蓮にとっては、とても、急に思えるのかもしれない。けれども、影明は今伝えておきたいと思ったのだ。生真面目に、影明は、白蓮の手を取った。白い手袋を外して。
「改めて君に伝えよう、白蓮、俺と一緒に歩んでくれ」
 心の奥深くに刻まれた傷がある。それは、人には布越しでなければ触れないほどのもの。けれども、白蓮ならば。ほんのりとした温もりが伝わる。忘れかけていたその温もりの先には白蓮の顔がある。
 彼女の答えは、桜吹雪の中に溶け。

 桜の花が頭上でふんわりと揺れるのを見て、緋音は何度目かの笑みを浮かべた。誘おうと思っていたブロンズから、誘われたのがとても嬉しくて。見上げる緋音を、少し眠たげに、ブロンズは見下ろした。春風に誘われるまま、ゆっくりと桜の下を一緒に歩く。
(「まあ‥‥たまにはこういう息抜きも良いもんだよな」)
 風に揺れて桜の花をいっぱいに咲かせた枝がふわんとたわむ。そんな桜の木の下に座ると、緋音は作ってきたお弁当を並べ始める。
「ああ、そういえば作ってくるって言ってたっけ‥‥ん、美味しそうじゃん」
 緋音はえへへとまた笑い、ふと手を止める。
「あ、お箸忘れちゃいました‥‥でも、一膳はあるです。はい、あーん♪」
 嬉しそうに笑う緋音に、これは確信犯だなと、ブロンズは苦笑する。
 お弁当の出来栄えはとても美味しくて、一口食べる度に、軽く目を見開いてしまう。
 お茶をどうぞと差し出され、一口飲めば、持っているコップを奪い返され、そのまま緋音が一口。当然、緋音は、カップもひとつしか最初から準備はしていない。
「間接キスだね♪」
 少し見上げて口元だけの笑みを浮かべれば、すかさずブロンズのでこぴんが飛ぶ。
「何言ってんだ、お前は、まったく」
 他愛無いやりとりが、桜の花に吸い込まれ。
「そのまま寝ちゃってもいいんですよ? ‥‥ほら、春ですし」
 お弁当を片付けると、緋音が軽く自分の足を叩く。
「膝枕か? ‥‥まあ別にかまわないが」
 緋音の膝枕で横になれば、桜の花と重なるように緋音が見える。うららかな陽射しと、美味しいお弁当で、ブロンズは瞼が重くなるのを感じる。眠くなってきたと呟けば、どうぞどうぞと笑う緋音の声も心地良い。すっかり寝入ったブロンズの重さを感じて、緋音は幸せそうな笑みを浮かべ、そのまま共に夢の中へと。

 ふわりと茉静の湯呑みに落ちてきたのは桜の花弁。淡い緑に浮かぶ花弁がふるりと揺れる。
 この、穏やかな時間は今だけのものだと知っている。茉静は、嬉しそうに目を細めると、幾重にも重なる桜の花を見上げて微笑み、そっと春を飲み干した。ふうわりと香る花の香は、満開の桜のものか、それとも茉静が内に滑り込んだ花弁の香りだっただろうか。
 戦いばかりでは、心も身体も疲弊する。レイムは、たまには休息も必要だろうかと、春風を受けながら、桜を眺め、のんびりとしていた。
「平和だな‥‥」
 丁度昼下がり、桜を見る人の声が、心地良いBGMとなる。いつしか、レイムは春の夢に誘われていた。穏やかな寝息を遮るものは、ただ降り注ぐ桜の花弁だけであった。

 折り畳みテーブルを満開の桜の木の下に設置した御闇は、重箱に詰まったお弁当を広げる。じき、夜がやってくるのだろう。薄闇が辺りを包んでくれば、雪洞に灯りが灯る。
 桜の下で珈琲で一服を‥‥のはずだったのだが、とある人物を見つけて、盛大に珈琲を噴出した。
「―――何でお前がここにいる!!」
「見つけたヨー!!」
 光は、御闇へと向かってダッシュ。当然のごとく、御闇は椅子を蹴立てて逃走っ。しばし、追いつ追われつが花見客の合間に見え隠れしつつ、展開されていたが、ついには力尽きて御闇は光に捕まった。
「御闇いなくなたせいで、ウチはゴミ屋敷ネ、どうしてくれるアル。沢山いいたい事はアルヨ。その前に‥‥ご飯おくれヨ」
 捕まったからには観念した御闇は、設置した憩いの場所で、光と差し向かいで桜を見物する事になってしまっていた。俺、何か悪い事しましたか、神様。そんな感じ。
「全部食うなよ? 絶対食うなよ!?」
 ガガッと掻き込まれる、お重の行く末は神のみぞ知るのだった。


 大きなブルーシートを敷いた場所にはLH傭兵ご一行様という札がかかっている。
 日本酒・焼酎・梅酒・瓶ビール1ケース・緑茶・烏龍茶・ジュース等のソフトドリンク類の準備を抜かりなく、チンジャオロース、ホイコーロー、エビチリ、バンバンジー、海老マヨ、豚キムチ。実家の家族と共に大皿にどーんと盛った。
 アスカの横でにこにこと笑っているのはラフィール。重箱に詰めたお弁当は、味の染みた和食。そして、BBQを担当しようと、食材を沢山詰めたクーラーボックス。お酒やソフトドリンクの入った段ボール。を積み上げて、不意に寝てしまう人用に毛布も大量に持ち込んであり。
 2人により、事前準備は抜かりが無かった。
 アスカは、熊本城下を一望できる、桜の見事な場所の下、仲間達の前で、嬉しそうに杯を掲げた。
「今日は忙しい中、集まってくれて感謝するわ っと話が長いと文句が来そうなので‥‥乾杯!」
 集まった仲間達から、口々に乾杯の声が飛ぶ。
「‥‥宴会‥‥か」
 賑やかな宴を横目に、百白は、少し離れた桜の木の下へと向かう。
「‥‥騒がしいのは‥‥慣れて‥‥ないんだ」
 いらっしゃいと言うように揺れた桜の花を見て、僅かに微笑むと、百白は転寝を始めた。

「もう桜の咲く季節ですか‥‥ティムさん、お久しぶりです。ちょっと寄らせていただきました」
 軽く会釈をする叢雲の向こうで、アンドレアスも、久しぶりとティムに手を振る。もっと酒と言いかけて、自分で取って来ようと思い直し、腰を浮かせていたりする。
 バイクを慣らし運転しながらやって来た叢雲は、せっかく総務課が企画したお花見ならばと顔を出して、アンドレアスと真琴の姿を見て、軽く首を傾げる。
「こんな所で奇遇‥‥でもないですか」
 こういう集まりで居ないはずがないかと、ひとつ頷く。
 今から宴会が始まるという事で、賑やかしい2人に付き合おうかと思ったのだけれど、所用の連絡が入った。
(「‥‥ま、あの様子なら私はいなくても大丈夫でしょう」)
 色々、あったが。
「真琴さん、アス。私は先に失礼しますね」
 叢雲はくすりと笑い、フルフェイスメットをしっかりと被った。
 何時もならば、近寄るけれど、少し離れた場所から帰るという声をかけた。それで十分だと思ったから。
 僅かに眉間に皺が寄っていたが。
 その声に振り向いた真琴は、もう小さな後姿になっている叢雲を、軽く目を見開いて見送ったのだった。
「お団子食べないか?」
 エイミーは、にっこりと女子優先で三色団子を配っていた。
 日本人である祖母から聞きかじった『花より団子』というフレーズに従っているだけなのだが、微妙に違うのは致し方の無いことである。可愛く1本づつラッピングされた、招き猫シールは自作イラストだ。その団子が大量に入っているストローバックにも、招き猫が。
 その風情は、ゴシックロリータ衣装のマッチ売りの少女ならぬ、お団子配りのお姫様。
「月明かりの下では雰囲気がだいぶ違うものだな」
 数え切れないほどの満開の桜と、雪洞は、何処か別世界のような美しさで。
 先日見た朝日の下の若い桜の木も、この幽玄な桜も、とても綺麗で。
「気に入った」
 ひとつ頷くと、再びお団子配りのお姫様となって、大好きな友達の合間は当然として、あちらこちらに顔を出すのだった。
「牛乳飲めばスクスク育つネ、いいヨ〜牛乳は」
 光は牛乳の伝道師となっていた。
 特に未成年者に向かい、牛乳がいかに良いものかを語りながら、瓶入り牛乳を勧めて回る。特に風呂上りの珈琲牛乳についての講義は熱意を持って行われていたようだ。ぐっじょぶ。

 肌寒さを感じて起きてみれば、緋音の足はすっかりと痺れていた。ずっと膝枕をしていたのだ。それはそうだろうと、ブロンズは苦笑し、肩を貸す。
 そのまま、のんびりと屋台を回り、宴会場へと到着をすれば、多くの仲間がそこに居た。
 2人は笑い合いながら、乾杯をする。
 長郎は、満開の桜に目を細める。
 持ち寄ったものは、焼きビーフンとトムヤンクン。そして、合わせる酒は当然タイの酒。ラオ・カーオ、メコン、ビヤ・シン。独特の風味が広がる食と酒は、一度口にしたら病み付きになる事は受けあいで。
「くっくっくっ‥‥こうして酒精に紛れるのも一興そう思わないかね?」
 何しろ、自身の信じる神は守護神として八叉大蛇。
 水のように酒を煽り。
「たこ焼きと焼きそばと、そば飯とフランクフルト持ってきたぜ」
 屋台の差し入れを持ってきた獅子鷹は、にっと笑うと、さくさくとゴミを回収して立ち去る。
「大したものではないが、もしよかったら食べてくれ」
 自信作なのだがと、レイムはクッキーを差し入れて、夜桜を仰ぎ見る。
「やはり‥‥、美しい物を見ながらの酒はいいな‥‥」
 からりと揺らすのは、琥珀色の酒。レイムは芳香に嬉しそうに目を細めた。
「にゃ〜♪ お邪魔しますなり!」
「ちょっと、作り過ぎてしまいましたので‥‥」
 楽しそうだと、ぶんぶんと手を振って混ざるのはリュウナ。お昼にかなり消えたのだが、まだまだ、ある。何処の仕出し屋さんですかというくらい作ってあったお弁当を龍牙が広げ。
「っかぁぁぁ! この一杯は何物にも換え難いわね♪」
 コップに並々と注がれた瓶ビールを飲んで、アスカは満足そうに笑みを浮かべる。
「ヒャッハー! 酒だぁ!」
 まずは酒が当然の事。ファタは、食事も花もそこそこに、嬉しそうに飲み干して、満足そうな獲物。もとい。ライバルをロックオン。
 紫雲は、チューハイやカクテルを飲んで、ご機嫌でいたが、そろそろ夜も深まってくると、BBQへと回る。集まってきた仲間達が、楽しい時間でありますようにと、笑顔も一緒に配って。
 甘酒を飲みながら、厚焼き玉子をつまんで、エイミーは僅かに、ほくほくとした雰囲気をかもし出していた。
 表情はあまり変わってはいなかったが、ご満悦である。
「やっぱり花より団子より美人さんが一番」
 あちらを向いても、こちらを向いても、様々なタイプの美人さんである。
 花より美人。
 こくりと頷いて、心の中でガッツポーズ。

「今日という日を生きれた事に。人類の明日に。そして満開の桜の木に。‥‥乾杯!」
 しっかりと甘酒を掲げたキリルとルキアは、肉を焼く。
 串焼きの肉の美味さに舌鼓を打つのはキリルだ。
「‥‥うむ、美味い。塩胡椒の単純な味付けだが良いな」
「これも牛だけど、知ってるのと少し違う。うん、美味しいよっ」
 ルキアは、串に付き合いつつ、食べやすい肉に不思議そう。
 カラオケやるよと言う声に、からおけって何だろうと、小首を傾げ。

 命は宴会用の高級料理を並べる。地酒に麦芽とホップのみのドイツ風ビールの生樽とサーバーを設置し、麦茶を置いておく。ノンアルコールビールも5ダース積み上げて、ひとつ満足そうに頷く。
「後は歌うだけです」
 カラオケセットで命は、景気の良い歌を歌い始めた。
「よし、次は俺っ。俺の歌を聴けぇえっ!!」
 賑やかに飲み食いしていた大地は、マイクを握ると、とても良い声で歌い始める。
「ではひとつ」
 あろう事か、御闇はシューベルトの魔王を浪々と歌い上げてみたりする。あまりのミスマッチが、以外にバッチグー。一部に大受けしていたりする。

 御闇は、アスカへとお酌をしつつ、先の依頼ではお世話になってと、笑う。
「依頼お疲れ様でした、子供達に喜んで貰えたみたいでよかったです」
「そーだねっ」
 アスカは、差し出される酒を受けて、嬉しそうに頷き。
 茉静が、何か言いた気にしている姿を見て、アスカは首を傾げる。
「何だっけ?」
「あ、ごめんなさい。とても‥‥知り合いに良く似ているから‥‥」
 そっかあ。その人も美人だよねと笑い飛ばせば。
「酒豪は消毒せねばならんあー! キサマにふさわしい酒が用意してある」
 挑戦的な声に、アスカは振り向く。
 ファタは、にやりとアスカを見て、くいっと顎を上げた。
「あらぁ〜? 私に酒で勝負を挑もうなんていい度胸じゃない♪」
 当然受けて立つ。
 ふっふっふと笑いが零れるかのような背景を背負って、ファタとアスカは笑顔で睨み合う。
 どんどんと酒が2人の間で消費され、そろそろ、(ようやく?)互いに酔いが回ってきた頃、ファタが懐からミニボトルワインを3本取り出し右手指の間に、すちゃっと放り込んだ。左手に持ったナイフが、きらりと一閃。ぽぽぽんとコルクだけが飛び、そのうち1本をアスカに放り、1本を口に咥えると、残りの一本を空中高く放り投げた。
 勝負は一瞬。
 ワインをダッシュするのはどちらか?!
 きらーん。
 そんな効果音が入ったような気がした。
「やはり‥‥私の敵う相手ではなかった‥‥‥」
 WINNER アスカ。カン、カン、カン、カン。誰かが酒瓶を叩いた。
 ぱったりとファタは倒れ、2本目を手にしたアスカが、やれやれといった風に、でも、しっかりと勝利のポーズを決めれば、周囲からやんやの喝采が上がった。

 食べ物を手に、宴から少し離れた場所に座り込むと、ソウマは満開の桜を見上げて目を細めた。
 雪洞が浮かび上がらせる艶やかな桜は、まるでこの世のものではないかのようで。
(「綺麗だ‥‥」)
 賑やかに楽しそうな傭兵達を見て、僅かに笑みを浮かべる。
「傭兵になったばかりの自分は、一緒に楽しむ人が居ないのが残念ですね」
 僅かに肩を竦め、綺麗な桜や賑やかなスナップを写真に残し、桜にもたれると、くすりと笑った。
(「こういうのも悪くない。雅なものです」)
 熊本からまたLHへと戻れば、次の依頼が待っているのだろうと思いながら。
 透の広げたお弁当は、鶏のから揚げ・卵焼き・筍金平・ゴマお握り。一方、つばめのお弁当は、筍の炊き込みご飯・土筆の佃煮・ふきのとうの天ぷら・鰆の漬け焼き・竹輪の磯辺焼き。
(「‥‥また、春が来ました。母さん‥‥僕は、元気です」)
 つばめと茉静の語らいを邪魔しないようにと、透はお茶を口にしつつ、頭上の桜を見上げる。つばめの作った磯辺焼きの味が染みて、笑みが零れて、美味しいと呟き。この穏やかな時間に自然と感謝が沸いてくる。
 茉静は、手作りのお弁当の美味しさに一瞬動きを止める。つばめと一緒の任務をこなしてから、もう一年以上になる。それでも、ゆっくりと話した事が無くて、ずっと話したいと思っていた。だから、こうして一緒に居れる事がとても嬉しい。
「良かった」
 にっこりと笑うのはつばめ。
「私は‥‥救えた命もあったけれど、救えなかった命もあった‥‥」
 進む道、歩んだ道は違う。見出したのは希望と挫折。茉静は淡々と言葉を繋ぐ。
「それでも、私は最後まで希望を捨てずに進もうと思っている‥‥」
「くれぐれも‥‥この前みたいな無茶はしないで下さいね? 御沙霧さんはもっとご自身のこと大切にしなきゃ、駄目です‥‥」
「‥‥ええ、ありがとう、つばめさん‥‥」
 胸のつかえが下りたかもしれない。茉静は、小さく頷いた。
 どうぞと、ラフィールはアスカに杯を差し出した。
 嬉しそうに、アスカはその杯を受け取る。
 満開の桜は、雪洞に照らされて、艶やかに揺れる。
 時折、はらりと落ちる花弁。
「桜が綺麗ですね〜」
「ホント、綺麗な夜桜ね‥‥こうしてラフィちゃんと一緒に眺められて幸せよ」
 賑やかに笑いさざめく仲間達の合間で、楽しく宴会が出来てとても良かったとアスカは思う。
 2人は視線で会話すると、笑い合った。
 もぞり。
 宴会で再びお腹一杯になったリュウナが、寝ている百白を発見したのだ。嬉しそうに寄っていき、ぽてっともたれ。
「にゃ〜、夜になると眠くなるなり〜っ」
「リュウナ様? 寒くありませんか?」
「百白がぬくいから大丈夫なり〜っ‥‥」
「あらあら」
 すやすやと寝入ってしまったリュウナと、身じろぎしない百白を交互に見ると、龍牙は防寒着をそっと掛けて、横に座って桜を仰げば、百白が目を覚ましていた。リュウナはすやすやと寝息を立てている。
 百白は小さな包みを、龍牙へと差し出した。
「東青‥‥プレゼント‥‥だ‥‥その‥‥おめでとう」
 顔を僅かに桜色に染めて、横を向く百白を、目を丸くして龍牙は見ると、小さな包みを開けてみた。そこには、ダイヤモンドの指輪があった。
「ありがとう‥‥ございます‥‥」
 桜が、わさりと揺れて、沢山の花弁が舞い落ちてきた。
 むにゃむにゃと目を開けたリュウナに、龍牙は、帰りましょうかと、告げて、百白へと向き直る。
「‥‥‥‥出来れば、西島さんに家まで送って欲しいのですが‥‥駄目‥‥ですか?」
 はらり。
 また桜が舞った。
 ブロンズは、隣に座る緋音の肩を、そっと抱き寄せた。
 誘って、良かったと思う。
「こういう騒がしいのもたまにはいいもんだな‥‥夜桜も綺麗だし‥‥来てよかった」
 桜の花が雪洞に照らされて、ほんのりと緋の色を濃くして、二人を照らしていた。
 夜桜の美しさに感嘆の溜息を吐くと、キリルは知らず知らずのうちに、ルキアの小さくて細い肩にもたれかかっていた。甘酒を飲み過ぎて、意外に疲れてしまっていたのだ。
「美しい風景だ。花見とはこんなにも素晴らしいものか‥‥」
「夜の桜って青ざめてるんだ」
 仄かに浮かび上がる桜の花弁は、雪洞の光が消え行く先は、まるで夜の闇に溶け込むかのよう。昼とはまったくその姿を変えている。キリルはくすりと笑う。思うままにただ咲き誇り散って行く桜。
「私と一緒だね、明日を考えずに、ただ、咲くの‥‥あれ、一緒にしたら怒る?」
 木の方が寿命長かったっけと、無邪気に笑うルキアへ、いや。と、キリルは首を横に振る。
「‥‥私は民兵の頃、こんな自然を楽しむ余裕は無かった。薄汚れた町並みが全てで‥‥」
 キリルはルキアへと向かい、目元を和ます。
「だけど‥‥お前と一緒に来れて‥‥良かったと思う‥‥。一人ではこれほど楽しめなかっただろう‥‥」
 その目元に、ルキアは気付いて、小さく笑う。ずっと仏頂面をしている方が難しいルキアとしてみれば、キリルの無表情が木になって仕方が無かったから。このお花見が、楽しかったら良いのにと思っていたから。
 そっと呟かれたのは、ルキアへの感謝の言葉。ふんわりと桜が揺れて。

 幸乃は宵闇の濃くなって来た時刻に、のんびりと桜を見ながら歩いていた。
 ざわめきが聞こえ、頭上には雪洞に浮かぶ花の雲が浮かぶ。
 時折舞い落ちる花弁が、甘い香りを一緒に連れて落ちるかのよう。
 宵闇は穏やかに人を包む。
 全てを明らかにしてしまう陽光よりも優しく、抱えた痛みを友にそっと語り、広げても大丈夫な時刻。
 けれども、宵闇にひとりで居ると宵闇に連れて行かれてしまう。
 考えを深くするには良いけれど、考えの淵に嵌って暗い場所へと落ちて行く時間でもあるから。
(「‥‥あぁ、花はキレイだなぁ‥‥あのバラ園みたい‥‥」)
 人の心に介入するのは難しい。
 ましてや、その人の支えになるのは。
 はらりと落ちる、少し大きな桜の花弁が、幸乃の前を踊るように通り過ぎていった。
 小さく溜息を吐き出すと、幸乃はゆっくりと明るい場所へと戻って行くのだった。

「‥‥すげーな」
 宴もたけなわ。人の群れを離れれば、幾重にも重なる桜の雲海。
 満開の桜は人を狂わすという。
 揺れる気の流れに、狂気を僅かにでも抱えてしまった者は引き込まれるのだろう。
 古木の根元に座り込むと、アンドレアスは深く息を吐いた。
 思い出すのは去年。あれはフランス古城の夜桜だった。
 まるで、夢のような一夜だった。
 ──いとおしい。
 罪だと知っても消える想いでも無く。
 ふわりと揺れる桜の枝の向こうに溶けるのは何処までも続く深い闇。
「うおぉゎぁッ!?」
 物思いに囚われていたアンドレアスは、真琴の接近に気が付かなかったようで、盛大な声を上げた。
「沢山沢山、ありがとでした」
 去年のクリスマスに、ロンドンで2人はまた仲の良い友達に戻れた。
「感謝してんのは、こっちだ。俺はまだ‥‥自分を上手く赦せねぇから」
 人に手を貸す事で、ようやく自分の存在が赦せるのだからとアンドレアスは苦笑する。
「ちょっと似てる所も、あるか」
 真琴にも同じような雰囲気を感じてはいる。だが、同じような行動であっても、何処か眩しく好ましいのだと。
「こんなん、人に言うんは初めてだ。そんくらい信頼してるっつーコト!」
 2人で飲みなおそうかと笑うアンドレアスに、真琴は小首を傾げる。
「ちょっとだけごめんなさい」
「何だ? ‥‥っぉ?!」
 真琴は、ぎゅっとアンドレアスの頭を抱え込んだ。
「うちにとっては、アスさんも、とても大事な人ですよ」
 自分でマイナスに考えているけれど、そんな事は無いと真琴は思う。
 やっぱり、とても良く似ているとも。ぽっかりと開いた孤独の穴は、叢雲が居ても、誰が居ても、未だに埋められずに居るのだと。
「時々、蓋ぐらいにはなりますから」
 互いにある、その空洞が痛む時は。抱えた腕に、僅かに力を入れて、真琴は続ける。
「アスさんは、初めてちゃんと自分を必要だと伝えてくれた‥‥。叢雲とはまた別の所で、大事な大事な人だから。友達だから。寂しい時には側に居る」
「ったく‥‥」
「えへ。飲みましょー」
「おう」
 ざわりと揺れる桜は、ひとりで居ればその心の穴を暴き出立てる。
 しかし、2人で居れば大丈夫。かちりと杯を合わせ笑い合い。

 夜桜を見ながら、ソラとクラウディアは歩いて行く。寒さで身じろぎするクラウディアへと上着と毛布をかけて、点々と繋がる桜色を追って行けば、様々な桜色が重なり合った一枝を見つけて、そこに座り込む。くすりと笑うと、ソラは魔法瓶を取り出した。甘酒を分け合うと、笑い声が重なり、暖かな湯気が桜へと立ち上る。
 遠くに仲間達の楽しげな声が聞こえる。
 少し歩けば届く場所だけれども、音が聞こえていても、この場所はまるで違った空間のように感じられる。
 桜の下には死体が眠っている。そんな話をするクラウディアに、ちょっとばかり、涙目になるソラ。クラウディアは、軽く笑うと、また、夜風にふんわりと揺れる花の雲を見た。
「でも、本当に綺麗‥‥」
 夜の闇に浮かんで消えるその花弁が、クラウディアには深い海の中の泡に重なって見えた。
 救いたいという想いは泡となって消えてしまった。
 泡のような桜の花弁がクラウディアの目の前で踊った。
 頬を伝うものに気が付いて、クラウディアは目を伏せる。
 目と閉じても消えることは無い光景があるけれど。
 ソラは、クラウディアが背中に顔を埋めて抱きついた事に僅かに後ろを向くが、クラウディアの震えを感じて、口元を引き締め、前に向き直り、雪洞で浮かぶ桜を仰いだ。
 どれくらい時間が経っただろうか。夜風が2人の間に割って入った。
 振り返ると、クラウディアは目を腫らしてソラを見ていた。
 差し出された甘酒を手にして、クラウディアは、ソラの微笑みに、微笑を返した。
 あのね。そう、クラウディアは溜息のように言葉を零す。
「もし、もしもね。私が死んだら‥‥その時は、故郷の桜の木の下に埋めてくれないかなぁ」
「‥‥嫌です。俺は‥‥クラウさんを看取りたくは、ありません」
 即答したソラに、クラウディアは、僅かに頷く。
 もし。
 それは、ありえない事では無い。
 でも、それをクラウディアの口から聞きたくは無い。
「そういえば、お腹空きませんか? 何か食べましょう」
「うん、そうだね」
 桜が惑わせたのだろうかとソラは振り返る。
(「もし‥‥そうだったら‥‥」)
 そうじゃないとは知っている。でも、今は桜のせいにしたかった。
 酷く悲しい言葉を口にしなければならなかったクラウディアの為にも。
 それを聞いて、手足が鉛のように重くなってしまった自分の為にも。
(「桜なんて、なくなってしまえばいいのに」)
 ゆらリ。
 追っていた夜桜が、追いかけてくるかのような錯覚を感じた。

 夜桜が舞うのが、雪のように綺麗だと思えて、レーゲンは安堵のため息を吐く。まだ、自分の心は綺麗と風景を感じる事が出来るのだと。何時もの仲間達と離れ、静かに歩く桜の下、デラードを見つけてお帰りなさいと言った。
 大規模から無事に戻って来てくれたのが嬉しいから。
 お帰りなさい。
 その言葉を告げる度に、気持ちが波立ち、心が勝手に浮遊してしまう。それを押さえつける。
 本当に言いたい人の顔が浮かぶから。
「『相棒』さんも元気ですか? 私の子も、がんばりました‥‥」
 一歩デラードが近付くと、一歩退く。
 今は、誰にも必要以上に近寄りたくは無かった。
 誰かの優しい気持ちや手に触れたくは無かったから。
 桜の花が散るように、こんな気持ちは散ってしまえば良いのに。
「何時までそんな顔してるつもりだ?」
 ついに、怒らせてしまったのだろうか。レーゲンはそれもしょうがないかと、小さく息を吐く。
 踵を返そうとしたレーゲンは、その手を掴まれて抱え込まれた。
「解らないヤツだな。そうじゃない。辛いときは、泣いとけって言ったはずだ。俺もお前も忘れられないヤツが居る。なあ‥‥? それで‥‥構わないから、俺の側に居ろ」
 返事は、次に会う時で良い。そう言うと、デラードはレーゲンを解放した。
 温もりの残滓を夜風が連れて行く。
 今までのままでは──もういられないのだと、区切りの桜がレーゲンの目の前に舞い落ちていた。

 ――桜。LHを離れている恋人を連想させる花。こんなに綺麗なのに、儚くて――
 楽しい宴会を抜け出すと、ハバキは浮かぶ桜を見ながら、妹とも思う少女を探す。が、人目を避けるようにしているのだろうか、何処にも姿が無い。熊本城のこの季節。彼女の揺れる気持ちはいかばかりかと。手にした甘酒が冷えて行く。
 小さく溜息を吐くと、ハバキはひとつ大きな桜を眺めて、そっと幹に手を当てる。
「俺は、相変わらず、彼女のことが好きみたい」
 浮かぶのは桜の花のような愛しい人。ただあるのは好きという気持ちだけで。
「彼女が何処かで笑っててくれるなら、それで十分、なんだよ」
 でも。
 彼女から笑顔が失われているから。だから、何度でもこの手を伸ばすだろう。
 揺らぎの無い、惑わない笑顔を、ハバキは桜に向けた。
 何時も、彼女に向けるように。

 ロジーは去年見た桜を思い出しながら、歩いてた。大好きな薔薇と同じ種類に属する、木に咲く淡い花弁。何処か切なさを喚起させる桜は、とても好きな花のひとつだ。ハバキを見つけると、軽くハグぎゅとするが、すぐに離れて、またねと手を振った。
 花弁が舞うのをただ1人で見ていた。
 雪洞の灯りの中で酒の杯を手にし。
 耳の奥に思い出すのは、ギターの音。その音に突き動かされるように、ロジーは足を踏み出した。ふうわりと、桜の花を抱え込むように舞い踊りながらも、気持ちは大好きなあの人へと帰る。
「やっぱり、あたしはあの方が好き、ですわ」
 踊り終わって桜を見上げ、微笑むロジーは、何時もの笑顔を浮かべていた。

 長郎は、宴からひっそりと抜け出していた。
 酒杯ひとつと、スープ一杯を、赤みの強い桜の花の根元へとそっと置いた。
「全く君は呆気無かったね。あそこで撃墜できるとはね。精々撃退するくらいにしか思えなかったが‥‥」
 供えた相手は、ゾディアック牡羊座。
「散々巧緻で翻弄していたのに、最後において『彼』に執着したとは、バグア―蟲─ではなく本当に『人』らしい行いだね。将来訪れたであろう決戦時に、新型KVで当たるのを考慮してたが、それも夢に終わって真に残念だね」
 軽く肩を竦めると、【OR】薫の喪章を剥ぎ取り、そこに供えた。
「今暫くは眠るが良いさ」
 くるりと踵を返した長郎の表情は変わらなかったけれど。
 長郎が立ち去った桜を夜風が揺らし、桜の花弁が、艶やかに笑う様に、一斉に舞い散った。

 喧騒を遠く離れた小さな桜の木の下で、UNKNOWNはヴァイオリンを弾きながら、静かに時を思っていた。片隅に置かれたのは琥珀色の酒。響く弦の音は誰の元に届くのか届かないのか。
(「──傭兵になって、3度目の桜、か」)
「やぁ黒い御仁。楽しんでるかい?」
 賑やかな場所も好きだが、静寂も嫌いでは無い。ぽつんとはなれた場所の桜をひとりで愛でるその姿を見つけて笑いながら、ファタはUNKNOWNに声をかけた。もう、明け方といって良い程の夜更けだ。
「ふふ、まぁちょいと酌をしようかとね。迷惑じゃなければ、だけどね」
 軽く肩を竦めるUNKNOWNと杯を合わせると、ぽつりと呟く。
「いい文化だね。こんな余裕も持てるなんて‥‥さ」
 これは良い事なのだろう。けれども、戦いの最中に居る事も間違い無く、苦笑するファタにUNKNOWNは再び軽く肩を竦めると、くるりと向きを変えさせ、ぽんと背中を押した。
「行きたまえ」
 そろそろ私も行かねばならないのでねと、UNKNOWNは含み笑い、じゃあ、またとファタも挨拶を向けた。 



 朝靄の中、牛乳を一気飲みする人の影を映し出しつつ、熊本城の朝に、澄んだ鼓の音が響き渡る。
 桜の安らぎの中から、LHへと‥‥戦いの中へと傭兵達が戻る時刻だった。