●リプレイ本文
●
目的地はオオイヌノフグリ王国。
ならば、レンゲ王国の王宮から一番の近道を通ったとしても、乳白色の小山を迂回しなければならなかった。どれほどの俊足の相手でも、まだ追いつく。それは、乳白色の小山の下に、王と側近しか知らないレンゲ王国の秘密通路があるからであった。
道を抜けると、レンゲの上に、王と、姫とおぼしき人影を確認する。
近衛達は、慎重にレンゲの葉の影を伝い、花影を利用して接近して行く。
「ふむ‥‥突然の拉致とは、困ったものだねえ‥‥まったく、どこの野蛮人かと思うね」
全身を灰色一色の騎士服に身を包んだ錦織・長郎(
ga8268)は、軽く肩を竦める。周囲に溶け込むかのようなその灰色の翅。何時もは徹底した裏方に回るのだけれども、事、姫が攫われたとなると話は違ってくる。長郎が出るとなって、ちょっとばかり、裏方についている者達がほっと溜息を吐いていた。びしびし厳しく、睨まれたらしばらくは針の筵にいなければならないからだった。もちろんこれは内緒の話。だけれど、当の長郎はそんな事は重々承知なので、一向に構わなかったりもする。目下の問題は、姫奪還なのだから。
「‥‥俺とした事が‥‥ほんのちょっと目を離した隙に、姫を賊ごときに攫われてしまうとは‥‥姫に万一の事あらば、この煉条トヲイ‥‥腹掻っ捌いて責任を取る‥‥ッ!」
真紅の線の入る漆黒の軽鎧に、漆黒のマントが翻るり、裏地の真紅が鮮やかに見え隠れする。背には光を受けたかのような銀が入る真紅の翅。やりきれない面持ちで、ぐっと唇を引き結ぶのは煉条トヲイ(
ga0236)。姫の幼馴染と言っても良い。ずっと姉のように慕ってきた。王宮で近衛として側近くに在れるのが、己の誇りでもあった。それが、近衛が交代する一瞬の隙をつかれたとはいえ、むざむざ攫われてしまうとはと。
「人ン国のプリンセスを毒牙にかけようなんざふてぇ野郎だ! 傾国のロイヤルイケメン、つまり俺が天に代わって誅してくれるッス!!」
金色の翅が眩く光る。近衛の深いレンゲ色の胴着に白いシャツ。黒いズボンに黒のマントは、通常の姿なのだけれど、そこに、これでもかっ。というくらいの首飾り。両の手に6つ嵌めているキランキランの指輪。太いバングル。でっかいイヤリング。王国の中でも、大貴族に位置する家柄の植松・カルマ(
ga8288)は、顎に手を当てて、自分の世界に入って行く。
「そして、カッコイイ俺の活躍を見たプリンセスは‥‥フフフフ‥‥」
「はいはい。まずは、どこの馬の骨と知れない賊から姫様を取り戻さなきゃね?」
結婚が決まっていると言う事をすっかりと何処か遠い空へと飛ばすロイヤルイケメン・カルマを、やれやれと言った風に見て溜息を吐くのは、赤崎羽矢子(
gb2140)。鮮やかな緑の翅が、羽ばたく度に銀色がかって見える。ベージュのシャツに良く手入れされた革の肩当て。一般兵と見間違うほどの軽装だが、羽矢子はこれが楽で良いと、近衛の衣装を着る着ないで、良く近衛隊長や侍女達とやりあっていたりした。しかし、その腕たるや、近衛として誰もが認めるものであり、罷り通っている。
「あ、そこ危ないので気をつけて」
真珠色の翅が過ぎる。緑の胴着に赤いシャツ。ジャック・ジェリア(
gc0672)は、近衛に急な抜擢を受けていた。この近辺の地理に詳しかったからである。とりあえずと手渡された服装が何処か身につかず、ぎこちない。何時もは、王宮の下働きとして、雑務をこなしているのだが、出来ることをしようと思っている。
「姫‥‥待っててください‥‥。巫山戯たデラード王に鉄槌を!」
黄金色の翅が蜂蜜のように光る。赤の胴着に白いブラウス。愛梨(
gb5765)は、ぐっと拳を握り込む。代々、王家に文官として使えてきた家系から、愛梨は初めて武官として仕え、小さな頃から、ユン姫は大好きなお姫様で、近頃ようやく念願の近衛となったのだ。それなのに、攫われてしまうなんてと。
「まあ、大方の正体は把握しているが、そうおおっぴらに言わないで欲しいものだね?」
長郎が愛梨をたしなめる。万が一、王とこちらが知っていると、王にわかれば、奪還がやりにくくなる。
「しっかし‥‥第5王妃だぁ? ったく、羨ま‥‥じゃねぇや、ひでぇ話だ」
布をふんだんに使った袖。膨らんだズボン。同色の刺繍がびっちりとなされた黒いベスト。女物の飾りが括られた漆黒の柔らかなローブ。白っぽく透ける翅。やれやれといった風に、近衛一のサボり魔でもあるアンドレアス・ラーセン(
ga6523)が呟く。何時もならば、リュートを抱えて、花の陰で昼寝をしている時間である。その安息を破られるのは、はなはだ不愉快。それが、こんな事態ならば尚の事。
「第5王妃なんて蹴るに決まってるでしょ! それを無理やり攫って行くだなんて、無作法にも程があるわ!」
軽やかな空を思わせる淡い水色の翅。落ち着いた色合いの蒼のドレス。智久 百合歌(
ga4980)は、何時もはとても穏やかなのだが、とても怒っていた。自身が、愛する人と共にある既婚者だからこそ、尚更姫には愛する人と結ばれて欲しいと思っていた。
「姫にも私と同じように幸せを感じて欲しいもの」
「ま、この結婚式は、成功させたいからな。なーに、向こうはとっくに卑怯な手使ってんだ。こっちもやらねぇ手はないよな」
姫と隣国のサーマート王子の為に、一肌脱ぐのは望む所だと。面倒臭ぇがと呟きながらも、アンドレアスはにやりと笑い。
「あたし達がこっそり近付くから、皆はデラード王の気を引いて」
よーし、行きましょうかと、羽矢子が皆に合図し、謎の姿に変装をする。秘儀『こたつむり』。葉の下を、こそこそと進む羽矢子であった。
●
早い。
接近したカルマ、トヲイ、愛梨は、レンゲの花の中から飛び出した、不適な笑みを浮かべる相手を凝視する。
(「‥‥誰かに似ている様な気がするが――気にしない事にしよう」)
やっぱり、デラード王かと、トヲイはその顔を見て、心中で深い溜め息を吐く。
「『あの』素敵で無敵で格好良いデラード王が、こんな所で鼻の下を伸ばして油を売っている訳が無い‥‥! 他人のそら似、と言うヤツだな。よし、単なるそっくりさんなら遠慮は要らない。大人しく縛に着いて貰おうか‥‥!!」
デラード王、もとい。賊は、ニヤリと笑うと、すらりとレイピアを抜き放った。
「ユン姫! 今、お助け致しますので暫しのご辛抱を‥‥賊め、覚悟‥‥!!」
遠くのレンゲの花の中に見えるは、間違い無く姫。トヲイは姫へと声をあげつつ、賊へと向かう。銀の軌跡を残しながら、漆黒と真紅が翻る。迫った賊から、レイピアの斬撃が繰り出されるのを、かろうじて防ぐ。
その横から愛梨が気合と共にレイピアを突き出す。
「この賊が‥‥ッ! あんたの罪は果てしなく重いわ」
「花泥棒は罪にはならないんだぜお嬢ちゃん。この人数で俺を止めようってか?」
が、軽く弾かれる。
「まあ、あれッス! もちろん、そんなつもりなんか無いッス!」
「何だと?」
カルマと賊が打ち合う剣戟の音が空に響くと同時ぐらいに、地上から花の合間を縫って、羽矢子、アンドレアス、百合歌が飛び出してきていた。
アンドレアスが、すらりとレイピアを抜き放つ。
「どこのどなたか存じませんがってな。花嫁泥棒、観念しな!」
「姫様を浚うだなんて、本当に、何処の誰だか知らないけれど、タダで済むとは思わない事ね!」
きりりと表情を引き締めて、姫の居るれんげの花を背に、百合歌がレイピアを賊の肩口を狙って繰り出す。
「これは美人なお嬢さん。俺のところは余裕がある。どうだい? 俺の第6夫人にならないか」
「愛する方へと、嫁いでおりますわ。‥‥なかなかやるけど、伊達にれんげ王国の近衛じゃなくてよ」
剣戟の音が響く。手数が多い賊なれど、囲まれるように攻撃をされては堪らない。受けるのが精一杯になってきているようだ。
「抜けられるなんて思わない事だね」
こたつむりを脱ぎ捨ててきた羽矢子がにやりと笑う。
「そうッス。離脱なんてさせ無いッス」
開いた空間へと飛び込み、賊の逃走経路を塞ぐカルマ。翅を狙う賊の手を良く見ており、少しも傷を負う事が無い。
「中々やるな」
「人ン国の姫様連れ去っておいて、ただで帰れるワケねーだろうが!」
「姫はサーマート王子との挙式を控えた大切なお体。賊如きが気安く触れて良い方では無いのだ‥‥!」
憤懣やるかたないトヲイの猛攻が続けば、背後からも、百合歌の容赦ない攻撃が、利き腕を狙い、入れ替わるようにアンドレアス、愛梨、羽矢子、の攻撃。賊の金色の翅がぴり。と、嫌な音を立て、賊の頬に一筋の傷がつく。
ようやく姫の下へと辿り着いたのはジャックと長郎。
戦っている姿を見て、ジャックはかすかに震える。
「大丈夫ですか姫ー。今すぐ助けますからー」
(「うわー。すごい戦い。くるなーっ。こっちへ来るなよーっ」)
心中で盛大に呟きつつ、ジャックは翅に絡みついた茨を慎重に切って行く。手にはじっとりと汗が浮かび。
2人を背に構え、長郎は油断無く戦いの帰結を睨む。近くでどう見ても、あの顔は。
「上に立つ王者たる者が、無法者紛いとはこれは倣うべきではないというか本性が知れてるね、くっくっくっ‥‥」
「そう。でも、困ったわ。あの方を‥‥落としては駄目よ。皆、そこそこに引いて下さらないかしら」
万が一、酷く傷つけたり、王と判った上で捕縛してしまったら、強大な王国との戦いは避けられない。
賊として逃がさなければ互いの面子が立たないのだから。
姫は、今にも攻撃で落ちそうな賊を見て、声を上げる。当然捕縛するつもりであった近衛達の手が一瞬止まる。その隙を突いて、賊は囲みを抜けて、オオイヌノフグリ王国の方角へと飛び去った。
しっかりとフルボッコ。そんな、よれよれの姿で。
「姫っ!」
涙目の愛梨が飛んで来る。茨が翅についていた姿が目に焼きついている。もう怪我は無いかと仰ぎ見れば、何時もの姿で、安心し、また涙が溢れてしまう。
「姫様、ご無事でしたか? お召し物が汚れてしまって‥‥もうっ」
「ありがとう、百合歌。貴方が汚れてしまってよ? 大丈夫だから」
「そうはいきませんっ!」
「皆、ありがとう。わたくしの不手際で、迷惑をかけました」
にっこりと艶やかに笑う姫に、うっ。と来たカルマが飛び込む。
「プリンセス! やっぱりこの俺を愛して‥‥あ、違う?」
んがっ。
百合歌に抱えられた姫は、一歩後ろに下がって、カルマの抱擁はすかっと空を切った。
●
春風の中、たんぽぽ王国の王子サーマートと、れんげ王国の王女ハンノックユンファランは結婚式を上げた。
沢山の王国から、様々な使者が祝いにやってきている。その中には、隣国のデラード王の姿もあった。その翅は少しばかり破れ、その頬には真新しい傷が残っていたりした。
国賓をもてなす侍女として給仕を手伝っていた羽矢子は、デラード王に杯を渡しながら、こっそり小声でしれっとささやく。
「お怪我の具合は如何ですか?」
「‥‥ちっ。まったく喰えない国だな」
苦虫を噛み潰したような王を見て、猫が笑ったかのような笑顔を一瞬浮かべると、真剣な声で小さく告げる。
「王子の隣にいる時が、姫様は一番幸せそうに笑うんです」
ざけんなよ。そんなドスも込めて。そんな羽矢子には、第5王妃にならないかという打診があったりした。当然、思いっきり蹴ったのは言うまでも無い。気ままではあるが生真面目な羽矢子は、多くの部下から慕われて、無くてはならない隊長となる。
裏方に従事していた長郎は、最後まで姫と会わずに終わった。遠くからちらりとその姿は見たのだけれど。
すっかり終わった深夜、れんげの花の上で、月を見ながら、杯を掲げて、祝いとしたという。そんな長郎により、宮廷内の事務方や使用人達の脅威が、少しばっかり増していったりもしたようである。
笑顔で挨拶を交わす出来立ての夫婦が通り過ぎる。目の前に来た途端、ジャックはカチンコチンニ固まった。
「ほ、本日は、おめめ、おめでとうございまっす。自分に場違いながら、ほ、本日はお招きいたただきましてっ、ありがとうごじゃいます」
「もう爵位ある身なのです。これからもよろしくお願いしますわね」
「っはいっ」
それでもやっぱり、手足が一緒に動いたり、テーブルのグラスをひっかけて割ったりしてしまうジャックは、慣れない爵位に溜息の毎日。だけれども、毎日が一生懸命過ごす事となる。
「短い間でしたけれど‥‥姫の近衛として勤められて、幸せでした‥‥うわーん!」
「ふふふ。ごきげんよう。無茶なさらないでね?」
ドレスかどうしようか考えて、やっぱり、近衛なのだからと、近衛の正装に身を包んだ愛梨は、柔らかなヴェールと姫の笑みに涙が止まらない。披露宴中、えぐえぐとして。そんでもってやっぱり、先輩達に怒られる近衛兵としての日常がまだまだ続くのだった。
「末永くお幸せに‥‥そして、私の忠誠は永遠に変りません」
「ありがとう。貴方を忘れる事など無くてよ? 父を頼みましたよ」
そっと手をとり、甲に口付けをするのはトヲイ。
姉とも慕う姫の幸せな笑顔を見て、心中は複雑だった。寂しくて。でも、嬉しくて。心の底から二人の幸せを願うから、この寂しさはしばし抱えていようとも。トヲイは、れんげ王国の黒い閃光、黒騎士として、やがて大陸中に名を馳せて行く。
「両王家の友好を祈り‥‥なんてガラじゃねぇやね。幸せになってくれ、俺らの姫さん!」
蜂蜜酒で、ほろ酔い加減のアンドレアスが、リュートをかき鳴らす。賑やかながら優しい曲。並び立つ二人は、何処か似た雰囲気があるなと思う。誇り高く、何処か人が手を差し伸べたくなる影がある。きっと上手く行く。
近衛一のさぼり魔は、やっぱり気が付くと何処かの花の陰で転寝をしており、仲間達にイイ笑顔で引っ立てられる日常が待っている。
「最高ッス!」
カスタネットを派手な音で鳴り響かせるカルマは、その見かけによらず、大貴族の肩書きを存分に背負って、意外な重鎮として近衛の要になって行く。もちろん、突進傾向は変わらず、誰か彼かに突っ込まれてはいたのだが。
式典ではハープ演奏をしていた百合歌が、歩み寄る。
「ご結婚おめでとう御座います。愛しい方と結ばれる事が、最高の幸せです。お二人の行く末と、両王国の未来に光ありますよう」
「貴女と別れるのが、酷く辛くてよ? お願いだから、遊びに来てね?」
にこやかに笑みを浮かべる百合歌へと、姫は手を伸ばす。ぎゅっとした抱擁に、百合歌は大丈夫ですと微笑んで、必ずと頷いた。この後、れんげ王国とたんぽぽ王国の使者として立つのは、必ず百合歌の役となり。
祝福の音楽が鳴り止まない。
HAPPY END ☆