●リプレイ本文
●
パノム・ワン遺跡は、石組みの建造物だった。
「出来るだけ、風下から近寄りましょう。近寄ったら‥‥出てくるんでしょうね‥‥」
古びたその建物を見て、金 海雲(
ga8535)は、僅かに目を細める。漆黒の髪と瞳は、淡い茶の髪へと変化している。幸運を上げ、さらに待ち伏せなどを見破る為の能力を発揮すれば、色は抜け落ち、金色の髪と宝石のような赤い瞳が現れた。
「その分は、楽だがな。‥‥そういや観光地とは縁が無かったか」
三間坂京(
ga0094)は、軽く目を細めた。タイには何度か来てはいたが、何処も、生活に密着したような場所ばかりであった。海岸線は観光地っぽくはあったが、やはり、歴史を感じさせる建造物があると違うものかと思う。
(「まあ、それだけ情勢も落ち着き始めてると思いたい所だが」)
修復されているとはいえ、パノム・ワンの佇まいは、今にも崩れ落ちそうである。石とレンガ造りの建物であるがゆえだ。復旧と言う事になっても、それは当時のままのレンガでは無く、石では無い。
「‥‥残された時間が少ないからこそ、訪れるのはキメラじゃなく人であるべきだ。寿命延ばす為にも一気にやっちまうか」
金属の爪・ディガイアの具合を確かめると、仲間達を振り返る。
海雲の記憶は失われて久しい。その建築を見て、もしかしたら、見た事があるのかもと思う。だが、どちらにしろ、今の海雲にとっては初めて見る光景であるには違いない。
(「遺跡か‥‥そういえば、今まで見学したことなかったな‥‥」)
「‥‥遺跡を傷つけないようにキメラを倒さないと。失ったら二度と取り戻せない、大切な物だから‥‥」
深く息を吐き出すと、シールドを構え、飛び道具は止めて、レイピアを手にする。
その外壁へと近付くと、キメララットは罰当たりにも中央の主堂から飛び出してくるのが見えた。
「内部でなく外でカタをつけてしまいたいねェ‥‥」
柔らかな雰囲気と、栗色の髪が一変する。姐さんと呼びたい程の威圧的な雰囲気を纏い、硬質な光を放つ銀髪がゆるく流れ落ちる。レーゲン・シュナイダー(
ga4458)は、エネルギーガンを手にし、海雲と京へと練成強化をかける。
「さァ、やっておしまい!」
外壁の隙間から、次々と躍り出るキメララット。
レーゲンのエネガンが、すさまじい威力で一番先頭のラットを撃つ。
京が先手を打って両手の爪を振り抜くが、何しろ数が多い。そのスピードを上げつつ、再び両の手の爪でラットを弾き飛ばす。
「何だか、海を思い出してしまいますよ!」
レイピアを操りながら、海雲が呟く。
「っこのっ!」
エネガンを撃っていたレーゲンは、腕に食らい付こうとしているラットへと、蒼い刀身の小太刀・涼風を抜き放ち、打ち付けようとするが、別のラットがレーゲンを襲おうと飛び掛る。
京が爪を一閃させて、レーゲンに飛び掛ったラットに重い一撃を加えて吹き飛ばし、海雲が、銀色の閃光を翻し、最後のラットをレイピアで屠った。
どうやら、パノム・ワンのキメラは全て退治したようだった。
パノム・ルン遺跡にジープが止まる。
最初の顔をあわせの事を思い出し、ガーネット=クロウ(
gb1717)は、軽く首を横に振る。
『内乱ですか。大変でしたね』
『ええ、大変でしたよ』
それまで、愛想良く対応していたシリワットが、嘲笑するかのような返事を返した。その言い方に、タイの内乱についての事情を知らないガーネットは、人にはわからないほど軽く眉を上げ、それ以上聞く事はしなかった。
(「彼は、誰を恨めばいいかわかっているのですね。‥‥私は、誰を恨めばいいのか、わかりませんね‥‥」)
軽く首を横に振ると、ガーネットの赤い髪の色みが深くなり、その名の宝石のような赤い色へと変わった。
肌が雪のように白くなる。レティア・アレテイア(
gc0284)は、口角を僅かに上げた薄い笑みを浮かべる。手にするのは、機械本ダンダリオン。表紙に老若男女の判別の付かない不思議な顔が描かれている。
事前にタイ王国について様々な知識を仕入れて来ていたレティアは、長い参道の先の巨大な遺跡や風景を眺め、忙し。参道の突き当たりは、また、長い階段である。その階段を上ろうかという時に、キメララットは現れた。
「やはり、上から来ましたか」
銀色の髪が揺れる。ロジー・ビィ(
ga1031)を蒼い闘気が薄く包む。そして、その背には蒼い羽を広げたかのように闘気が伸びた。二刀小太刀・花鳥風月を引き抜くと、両の手に構え、遺跡を傷つけないようにとその動線を確保したロジーは階段を駆け下りてくるキメララットの群れの前に立ちはだかる。
「大きな鼠だ‥‥うわっ‥‥キモッ」
眉を顰め、レティアは練成強化をガーネットとロジーへとかける。
足元に空間を確保し、大盾で間違っても階段を打ち壊さないようにと一歩下がったガーネットは、自身の行動に、くすりと笑みを浮かべて、小さく口の中で呟く。
「フフ。遺産を気にかけられる分、まだ私達人間には余裕があると言う事ですね」
ガーネットの手には、尊い思い出という花言葉を冠する純白の片手爪・エーデルワイス。ふわりと風をはらんで赤い髪が流れる。身体を反転させるかのように爪を振り抜けば、ラットが吹き飛ぶ。
「そちら、お願いします」
「任されましてよ!」
先手を取ったロジーの二刀が、くるりと手首を返し、右に左に刃を閃かせ、その動きを追うように蒼い闘気が揺れたなびく。
「あっちいけ!」
レティアに突進するラット。知覚力をぐっと上げたレティアは攻撃をするが、周囲に群がるラットは足元を抜けて、突進し、ダメージを受ける。
前方からのラットは盾で防御出来るが、背後からの攻撃に僅かに遅れ。ガーネットは軽く眉を顰める。
「これで‥‥終わりですわ」
やはり、軽い傷を負ったロジーが最後の一体を刀で切りつける。
ラットに触られたのが不愉快そうに、レティアはその部分を手で払うと、仲間達へと拡張練成治療をかけ。この地のキメラを薙ぎ払う事に成功した。
ムアン・タム遺跡は、塀で囲まれた公園の中にあった。芝生が広がり、その合間に樹木が点在する。石畳を歩いて行くと、遠くに赤茶けた外壁が見えた。
通路を抜ける。その門の上部、赤い壁の上部には、灰色に風化した姿ではあるが、尖塔のように細やかな彫刻がびっしりと見える。僅かに青く苔むしている場所もある。抜ければ。目の前には、中心の建物を取り巻くような、回廊となった庭園が見えた。四つ角には、それぞれ角ばった池がある。
その敷地に入った途端、中央の遺跡の入り口から、キメララットが飛び出して来た。
エネルギーガンを手に、ほんのりと酔いが回ったかのような肌へと変化した大泰司 慈海(
ga0173)は、綿貫 衛司(
ga0056)へと練成超強化をかける。
「男2人でムサいけど、ちゃっちゃと片付けちゃおう!」
「男むさいのは、まぁ、慣れていますから‥‥と、通常の銃では、兆弾が心配ですね」
金色に変化した目。呪術を思わせる文様がその肌に広がって行く衛司は、くの字型の湾刀・ククリナイフを片手に、くすりと笑い、ぐっと腰を落として、戦いやすい場所へと走り込む。
慈海は、二度、三度、ラットへと向かい、エネガンを撃ちながら、共に、広い場所へと移動する。人の動きに釣られて、残りのラットは、簡単に方向を変える。
追いつかれた衛司と慈海。2人では、どうしても飛び掛られる間が出来る。
湾曲した刃が、まるで長い手のように、2体のラットを切り伏せるが、衛司は足元後方から突進を受ける。
次々とエネガンを撃つ慈海も、やはり2体目を攻撃している合間に、痛みを感じるが、共に、深手では無い。
「大泰司さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫っ」
「攻撃力はたいした事はありませんでしたが‥‥流石に囲まれてしまうと、やっかいでしたね。もう少し数が多ければ、苦戦したかもしれませんね。他に潜んでないか、確認してきましょう」
「治すよ☆」
抜きん出た力を持っていても、数には中々苦労する。傷を治し、遺跡に他にキメララットが潜んでいないかを確認すると、合流地点へと向かうのだった。
●
「俺、レストランより、こっちの方が好きだよっ。地元色が出てて」
屋外に無造作に設えてある椅子とテーブル。どんと乗ったおいしそうな食事に、慈海は嬉しそうに笑う。あちこちで、食事を楽しむ人々が目に入る。それもまた、とても嬉しくて。お酒はと、聞けば、タイの屋台料理には、何といっても、これだと、琥珀色の米の酒が出てくる。思いもよらない甘さだが、度数は高い。辛すっぱい料理にとても合い。
「賑やかで、良い場所ですね‥‥」
ガーネットは、その活気に僅かに顔を綻ばせる。
「やっぱ、屋台だよなあ」
鶏肉を突き刺し、京も嬉しげに目を細める。味わい深いのは、食事だけでは無い。程よい人の声やバイクの音。時折吹き抜ける風。全てが好ましく。
「美味しいですね。少しピリリとします」
ソーセージをガーネットは口にして、そのもっちりとした味わいと深い味に目を見張る。
ロジーはレーゲンの様子を気にかけていた。何時もと様子が違うから。けれども、何時も通りに接するのが一番だろうと、ころころと笑いかける。
「さ、レグ!こっちに美味しそうなモノが在りましてよっ☆ これにビールが在れば最高ですわねッ! んーッ! どれも美味しいですのッ」
ビールも頼もうかと、ビールが運ばれる。美味しさに顔が綻ぶレーゲン。
「ここは、シリワットさんのお勧めのお店なのでしょうか」
「ああ、ここが無けりゃ、俺は仕事放棄しちゃうね」
とても美味しいですと笑えば、だろうと頷かれる。辛味は旨みに変わる。レーゲンは食が美味しいのだから、きっとタイは素敵な国なのだろうと、頷く。
「シリワットさん タイの料理美味しいなぁ またタイに来たくなるよ」
「俺、この戦争を終わらせたらタイに移住したい‥‥」
とても、非常に口に合った。
思わず死亡フラグっぽい言葉を口にしてしまうほど。感動に涙する海雲と、びっくりした顔のレティア。傭兵達の感想に嬉しそうにシリワットは頷くと、追加でヤムウンセングングソドを注文した。春雨と色々な野菜。豚肉のこま切れ。茹でた蝦が複雑な味わいだ。ここの屋台のは絶品なんだと、振舞われ。思わずこくこくと首を縦に振る海雲の涙顔には大受けすると、聞かれるままに、細かく説明をしてくれた。
慈海は、あえてシリワットへと、復興具合、市民生活や市民感情を、新聞記者の目で見てどうかと尋ねた。ずっとタイの依頼で、様々な事を聞いてきたから、彼にも聞きたかったのだ。
返ってきたのは、冷たい言葉。
「あんたに教える情報は、ひとつも無い。ドブに捨てる方がマシだね」
淡々とした言葉だった。その目は凍てつた光で慈海を見て、ちらりとロジーをも見た。
慈海は苦笑する。彼は傭兵を‥‥というか、内戦に関わった傭兵を、好ましく思っては居ないようだ。けれども、仕事として対応するに、笑顔は絶やしていない。ひとまず良しとしようと溜息を吐いた。
ロジーは、その目で胸を穿たれた。彼は、情報の紙を手渡してくれた新聞記者だったから。
慈海のように、彼と相対する事をロジーはしなかった。‥‥未だ、胸にしこりが残る。南部に移動した赤い獅子には会った。しかし、思ったような答えは返らず。何故上手くいかないのか、わからなくて。
(「‥‥私は‥‥やれるべきことをするだけですわ‥‥」)
気持ちを振り払うように首を横に振る。
人の心は複雑である。自身の心や行動の結果さえも見えていない事もあるのだから。
●
雲行きが怪しい。じき、雨が降るのだろうか。
トレンチコートに着替えた衛司は、改めて見る建築物の美しさに、目を細める。
「この遺跡達も仏様を祀ったものか、この国における仏教の修行地だったのでしょうね、日本の高野山や比叡山みたいな」
伝来した教えは変わって行き、厳密には同じものとはいえないかもしれない。けれども、その根底に流れる信じる心。祈りは同じものなのだろう。
本堂と思われる場所や、発掘された仏像などを目にして、衛司は、静かに目を閉じると、手を合わせた。
眼鏡とカメラ装着。
そんな観光客候の格好へと変わった海雲は、フラッシュをたかずにシャッターを切る。
ただ、そこにある。
それだけなのに、心が震える。悠久の歴史が迫ってくるかのようで。
海雲は静かに息を吐いた。
「‥‥この遺産を守る為にも‥‥もっと頑張ろう‥‥」
海雲へと感謝を告げたガーネットは、テントの中でワンピースに着替えてきていた。
何だか落ち着かない。
「似合わないでしょうが、女性らしい格好の方が良いでしょうし」
「可愛らしいですわ」
遺跡群に、感動して言葉も無かったロジーは、ガーネットへと笑いかける。
雨雲の間から、時折り見られる陽光が、尼さんのような頭に反射して、見ようによっては、後光?! と思うような風景を作り出していたレティアが、手を振った。この地で、皆で観光が出来るという事が、とても楽しくて、普段に無いほど気分が浮き立っているのがわかる。
「ロジィさん、ガーネットさん 一緒に写真を撮りましょうよ」
「ほら、レグも!」
「は、はいですっ」
女の子達は、互いにきゅっと身体を寄せ合い、肩を組み、にっこりと。つられて笑顔を作り辛かったガーネットも、笑顔が零れ、ロジーはにこやかにピースサインを突き出した。
どうみてもバックパッカー。つい、自分を見返してしまった京は、見栄えがしなくてすまないと、つい自己申告してしまったが、問題ないと笑われ、仲間達と共に、のんびりと遺跡を歩く。
先を行く女の子達を見やれば華やかに楽しげで、心配は杞憂だったかと頷く。
「ま、綺麗所成分は‥‥充分だな」
「そう言う事だよねーっ☆」
大好きな建築物を見て笑みを浮かべていた慈海は、つい、京の肩をぽむり。
一通り、観光が終わった頃に、雨が降ってきた。
まだ、スコールになるほど、強い雨では無い。
レーゲンは、帰り際に、仲間と離れて、ひとり、雨の中に踏み出した。
やって来た事のない国、タイ。その異国の雨は、独特の香りがするかのようで。
あるいは、遺跡‥‥歴史の匂いだろうかと思う。
雨の名を持つ彼女は、しばし、その場所で空を仰いで瞑目した。
様々な凝った事柄が、この雨に流れてしまえば良いと思いながら。
この後、東北部観光案内が出来上、安全が国内外に伝えられる事となった。
『これで、北東部の安全はアピール出来る。傭兵に肩入れするのも、擦り寄るのも馬鹿らしいが、気の良いヤツもまあ、いるようだ。何にしろ、記者は中立だ』
良い事と嫌な事があった日だったと、普段使っているぼろぼろの手帳に書き記すと、シリワットは出来上がった写真を眺めて呟いた。
南部復興度△9
中部復興度△7
北東部復興度△5→2へUP!