●リプレイ本文
●
北京環状包囲網。
それは、大地に線が引かれているわけでも、外周に壁が作られているわけでも無い。
ただ、下手に進入しようものなら、いつの間にか北京へと追い込まれ、捕獲されてしまうのだと言う。
その北京環状包囲網と、西安の間に、バグアが降下を始めていた。
環状包囲網の敵も、降下を阻止せんとする傭兵達を迎え撃つ為、いくばくか割合を裂き、中原の戦場へと向かっていた。
降下の地が戦場となり、バグア軍が僅かにざわついている今が、環状包囲網の実情を探る絶好のチャンスであった。
GDABは、騒然としていた。
大部隊が、出撃した後だからだ。
何時でも補給を開始出来るようにと、整備員達が、格納庫や滑走路を行きかう中、傭兵達の機体が、滑走路近くへと、回され、次々と大陸の空へと飛び出して行った。
「いつか観光に行く為にも、ちゃんとチェックしないとねッ!」
ウーフー2・『ココペリ』、M2(
ga8024)は、紫禁城へと思いを馳せる。北京包囲網が完成してから、どれぐらい経つだろうか。その間、情報らしき情報は人類側には流れてきてはいない。
「さってと‥‥錆びた腕で何処まで足掻けるか、ちと試してみるか!」
フェニックス・ヴィルトシュヴァインで、隊の後方を守るのは武藤 煉(
gb1042)。随分とブランクが開いている。知らない敵も多そうだ。だが、その知らない敵が煉の気持ちを昂ぶらせる。光りの翼が、背もたれに吸い込まれ。
「太陽って、こんなに近かったっけ」
暁・N・リトヴァク(
ga6931)は、ワイバーンMk. II、ワンコのコクピットの中で呟く。煉機と共に後方を守り飛びながら、久し振りの空の眩しさに橙色に色を変えている目を眇めた。
「こんなに長い間空に来てなかったんだな。腕が鈍ってないと良いけど」
護衛をしっかりと勤めれると良いと思いながら、計器を確認する。身についた習慣。技術を思い起こさせるかのように。
多くの傭兵達が、今北京と西安の間で戦いを繰り広げている。
「隙を突いて偵察するとは、ちょっとわくわくする話だな」
そうは思っても、危険な任務に変わりは無い。油断は禁物だと、シュテルン・G、ウシンディを飛ばすカルマ・シュタット(
ga6302)は上空からの敵機来襲も視野に入れ、周囲をしっかりと索敵をする。右の手の甲に紋章のような赤い光りが僅かに浮かんでいる。
「さあ、そろそろ敵の網に掛かる頃です、気を引き締めて行きましょう」
(「虎穴に入らずんば‥‥とは言いますけど。この手の強行偵察は何回やっても緊張しますね」)
雷電、フォル=アヴィン(
ga6258)は、広がる空を鮮やかな青い双眸が見上げる。左頬に一筋浮いた古傷が、僅かに引きつるかのように思えた。
戦いに慣れている自分を知っている。しかし、だからといって油断は何時でも命取りになる。
(「‥‥とくに、隠れる場所の無いこの空では」)
「思いっきし敵地だなこりゃ」
コクピットの中は、金色の光りが溢れている。ディアブロ・ギャラルホルン、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)が目を見張る。
DAEBから山間部を通って来る間にも、何度も敵と遭遇しかかったが、シエル・ヴィッテ(
gb2160)の骸龍・Myrtによる特殊電子波長装置γの発動により、何度も大回りを繰り返していた。
共に前衛を守り飛ぶ破曉、レールズ(
ga5293)をちらりと見る。北京は知らない。だが、友人の故郷ともなれば、危険を冒す価値は十分にあると言うもの。
(「北京に来るのも3度目」)
レールズはぐっと操縦桿を握り込む。
終わらないバグアとの戦い。その中のひとつではあるのだけれど。エメラルドグリーンのように僅かに光る目が、やりきれないように、故郷を見る。
(「戻ってきてすぐ出撃かぁ‥‥。人使いが荒いなぁ‥‥」)
シエルは、西安の前での戦いに顔を出すと、とんぼ返りでこの班へと途中で合流した。
合流した途端、敵機を確認して、大きな目をさらに目を丸くした。
すかさず飛行ルートを変えたのだが、変えた先で、また敵機と遭遇しかかり、またルートを変え。そんな事を繰り返して、ようやく石家庄付近へと辿り着いたのだ。
そして、広がる様に、何度目かの驚きに目を見張る。ゴーレムと陸軍の多さだ。石家庄付近、環状包囲網西側に広がる陸軍の密度の濃さは、群を抜いていた。
●
「さすがに、敵のど真ん中‥‥。どっちにいっても敵ばっかりだね‥‥。一番良さそうなルートは‥‥」
対空砲火の少ない場所をシエルは探す。出来るだけその地域の戦力が映せて、こちらに攻撃が届かない範囲を狙う。糸を通すようなルートが割り出され、傭兵達はそのルートへと突入を開始する。
「なんていうか、火薬庫の上を渡ってる気分だな」
煉は、味方機と速度を合わせ、撮影を開始する。
「ここでドンパチやったら帰れませんね」
だが、いざとなったら、煉と共に殿を受け持つ覚悟で飛んでいる。暁は、分布を眺めて小さく溜息を吐く。
「始めてみる敵機とかは無さそうだけど‥‥タートルワームも赤、緑レックスもかなり居る」
M2は、居並ぶゴーレムの多さに目を見張る。
「ですね。珍しい戦闘機とかは、無さそうですが、特にゴーレムが多い」
レールズが頷く。
どちらから入れば、より攻撃をしやすいのかと考えながら、M2は町並みを撮影する。怖いなと思ったのは、人々とワームが、近い場所で共存というのか、一緒に居るという事である。下手に攻撃をしかければ、市民が巻き添えになることは火を見るより明らかだった。
下手に行動を下げると、砲火に晒される可能性もある。
レールズは、高度をあまり下げず、速度もそのままに、撮影を開始していた。
「この戦力に大規模な降下部隊。いい加減バグアも北京を生かしておくつもりはないって事か」
より広範囲に。妙なカムフラージュは無いかと目を凝らし、レールズは妙な塊を見つける。
「あの、ゴーレムとタートルワームが囲むようにしているのって‥‥ひょっとすると、アグリッパ?」
「‥‥かもしれんな。撮れたか?」
「大体ね」
次に来る時の為にと、カルマは地形などを良く見ていた。レールズの言葉に、視線をやると、確かに、何かを守るような陣形を取る敵機の一隊があった。
大規模に参加した事のある者ならば、見たことがあるかもしれない。その中心には、大型では無いアグリッパがあった。
「どうやら、アグリッパで確定じゃないかな」
また、ゴーレムとタートルワームが守る場所を、M2が発見する。先程のもそうだが、これも陣営の外側に位置している。
「2つって事もなさそうだ」
軽く翼を降るカルマ。
等間隔に、アグリッパが点在していた。その数は、少なく見積もっても、石家庄市外周だけでも5機は下らないだろう。
「大型・中型HWも、当然のようにあるね」
M2が、溜息を吐く。
「そろそろ脱出の時間だよ」
シエルが声をかける。敵機が接近する反応がある。高度がある飛行ではあるが、流石に迎撃へとの動きがある。だが、その動きも、急接近するほどのものでは無い。せいぜい、追い払うという感じの接近の仕方だ。
『‥‥セイモンへ‥‥オイ‥‥オトス‥‥ヒツヨ‥‥ナ‥‥』
「? 敵通信を、僅かに傍受したよ。うーん。多分、私達を追い落とす必要は無いって事なんだろうけど。何だろう。セイモンって? 声紋? 正門?」
シエルは、逃走する最中に、僅かに敵の通信を拾い、仲間達へと伝達する。
石家庄市を抜けた傭兵達は、増えたHWをシエルの誘導でかいくぐり、済南市へと到達する。
済南市も、石家庄市と似た状況になっていた。
石家庄市に比べると、ぱっと見、その戦力は少ない。
しかし。
「やっぱりある。アグリッパ」
レールズが、やれやれと言った風に溜息を吐く。
「アグリッパがあるなら、無闇に低空進入なんてしたら、損害は馬鹿になんねえな」
がしがしと頭を掻きながら、アンドレアスが渋面を作る。
「北京環状包囲網では、HWの数が半端無いと報告されていますが、ひょっとすると、ひょっとしますね」
それがアグリッパとするならばと、フォルが考え込む。
「敵機接近。今度は多いわよ」
先に、石家庄市を偵察している。それと同じ機体が、今度は済南市上空に現れたのだ。
バグアも今度は本腰を入れて、追撃にかかる。
煉がニヤリと笑う。
「っと。敵さん、本かく的にお出ましか? 後方はばっちり任せてくれ!」
「だね。でもまあ、とりあえずは逃走かな?」
頷く暁が、レーダーに現れた敵機との距離を見る。
「基本、逃げの一手。だろ?」
カルマが笑う。笑いながらも、自機の位置取りの中で、撮影機の盾となるべく微調整をする。
「私は大体撮れたけど、皆、必要な物は全部撮れたかな?」
目だった建物や敵機が集中している場所などをシエルは映し終えた。
「こっちもOKかな」
少しジャミングがきつくなってきたかと、軽く眉を顰めながら、M2も撮影終了を告げる。
「めぼしいものは」
そろそろ、敵機と戦闘が気になる距離だ。レールズからも、OKの声が飛ぶ。
(「‥‥また、逃げるしかないのか‥‥600年もこの国の首都だった場所‥‥必ず取り返す」)
レールズはぐっと唇を引き結んだ。
「それじゃ、さっさと帰ろ」
シエルが笑う。
「んじゃあまあ、ブーストかけて、済南市を離脱。一気に大連まで駆け抜けようぜ」
写真からどれだけのものがわかるだろうか。アンドレアスが口の端を上げて笑う。
「煙幕いきますよ」
「あ、こっちも煙幕行くよ」
「合わせよう」
フォルとM2、カルマから声がかかる。
『‥‥キュウ‥‥ンへ‥‥オト‥‥エンゴ‥‥』
それと同じタイミングで、シエルが敵通信を傍受した。
「‥‥また、敵通信を傍受。援護を要求しているわ。留まってると大変よ! ええと。それと。キュウモン? 糾問? 九文?」
次々に、M−122煙幕装置が発射される。
目くらましをかけた傭兵達は、速度を上げて、環状包囲網を抜けて出た。
●
「モン‥‥が共通するんだよな」
これは、暗号かと、アンドレアスが首を捻る。
「漢字を当て字にすると、随分沢山の組み合わせになりそうだな」
フォルが苦笑する。
「意外と、横文字かも? 別の国の言葉かもしれないよ?」
幾つも紙に殴り書きをするM2。
「だとしても、共通する音はモンと言う事には変わりはなさそうだ」
やはり、横から文字を書き足すのはカルマ。
「区切って読む‥‥とかは、ありそうですよね」
暁が横書きで箇条書きにする。
セイモン。
キュウモン。
「こういうのは得意じゃないのよね」
「あ、俺も苦手だな」
眉を寄せて、シエルが唸ると、煉も、お手上げのポーズ。
「‥‥中国には、八門という戦術があるんだ。間違いじゃなければ、これはきっと‥‥」
考え込んでいたレールズが、漢字を書いた。
セイモン→生門。
キュウモン→休門。
「八門遁甲。古い時代の戦法に記されているよ。相手はバグアだから、何処までこれをそのまま使ってるかわからないけどね」
きゅっきゅと、音を立てて、レールズは、マジックでさらに書き足した。
セイモン→生門→石家庄市。
キュウモン→休門→済南市。
この報告により、北京環状包囲網には、八門遁甲になぞらえている場所がある事が発覚した。
西安へと向かう為にその戦力が割かれ、そちらに気が行っていたからこその偵察任務。
東西南北合わせ、多大な戦果をUPCへともたらした。
何よりも、収穫だったのは、アグリッパの存在が明らかになった事である。100万とも言われる、北京環状包囲網のHWは、アグリッパによる高度な防空管制によって、誇大に伝えられていた事が判明する。
北京環状包囲網の鉄のカーテンが揺らいだ一瞬だった。