●リプレイ本文
鬱蒼と茂る森、森。その中に暗く深い溝を穿つかのような崖、谷。そこに居るのは、狼キメラがわっさわさ。そこから離れた場所の、ちょっと小高い丘に人影が複数。
「あの壊れた橋の下辺りに、目的の金庫が落ちているわけか」
双眼鏡を覗いて、終夜・無月(
ga3084)が目標の確認を済ませる。双眼鏡を受け取ったドクター・ウェスト(
ga0241)も、確認を始める。が、概ねキメラの確認であった。
「なかなか数がいるんだね〜」
ドクター・ウェストが見たものは、数匹の狼キメラの群が、そこかしこに居る現状であった。とはいえ、この二人にとっては百匹居ても問題はないかも知れない‥‥
●陽動作戦開始
ドクター・ウェストが、森の中をよくわからない格好で歩いている。いつもの白衣姿なのだが、白衣の下には何故か迷彩服を着込んでいる。隠れるための迷彩服が、逆に白衣に隠れてしまっているので、これではまったく意味がない。だが、陽動の意味からすれば、これはこれでいいのかも知れない?
グルゥルッゥ‥‥
ドクター・ウェストの前に威嚇音をあげながら一匹の狼が現れ、それに続いて三匹が現れる。そして、四匹がほぼ同時に襲い掛かってくる。
「さて機械剣の攻撃、何回耐えられるかね〜?」
表情一つ変えずに、機械剣を握り覚醒する。両目が輝くと同時に、周囲に赤く光る楕円形が浮かび上がる。
ブゥゥゥン‥‥
眼にも止まらぬ迅さで機械剣が振られ、レーザーブレードの軌跡が残る。飛びかかってきたはずの狼キメラが、目標を見失ったかの様にドクター・ウェストの横を通りすぎ、そのまま反対の方へと着地する。
ドサ、ドサ‥‥
着した直後、そのまま横に倒れる。そして、一番大きく飛び掛った二匹の内一匹は、空中で両断され、もう一匹はそのまま木へと衝突する。
「一瞬で終わってしまったね〜。これでは、陽動にならないかもね〜」
ドクター・ウェストと谷を挟む反対側で、無月の陽動戦闘も始まっていた。感覚を研ぎ澄まし、周囲に隠れる敵や、襲いかかろうとする敵の行動を細かく察知していく。そして、「ジャッジメント」と「ケルベロス」の二丁拳銃で、射程に入る狼キメラを次々と撃ち倒していく。
「やはり数が多いですね」
狼キメラが弱く、強さに自信はあっても、拳銃の弾の数は容易に尽きてしまう。あまり長時間このまま戦闘するもの、燃費が悪いという物。拳銃から、デュランダルに持ち替え、なるべく多くの狼キメラをひきつける動きへと切り替える。そして、周囲に十分な数をひきつけたところで、
「はっ!」
十字撃が繰り出される。それは、前後左右の敵を――味方が居た場合、巻き込んでしまうが――広範囲に攻撃するスキルであり‥‥森の木々もそこそこ切り倒されてしまう。その倒された形が、十字の形となっており、そのスキルの名前の意味を窺わせていた。
「派手にやりすぎましたか」
●‥‥なんで居るの?
陽動班の二人が狼キメラの注意をひきつけている間に、回収班も動き始めていた。無駄な戦闘はするべきではないため、目立たず密かに谷へと向かう。
「ここ?」
銀・鏡夜(
gb9573)が、橋が落ちたという場所に着くと、「まさか?」という顔で誰に尋ねるという訳でもなく問いかける。それもそのはず‥‥そこは、谷底まで数百メートルはありそうな場所であった。
「‥‥高い」
恐る恐る崖縁に近寄ると、谷底が見えないのを知り、エリーゼ・アレクシア(
gc8446)の顔が青ざめる。
「ほら、襲われない内に降りるわよ〜」
「「え?」」
二人の横で、丈夫そうなロープで崖を降りる準備している女性が一人‥‥マリア・ケミカーである。確か予定では、回収用車両の運転手をしているはずである。
「ん〜、なんか人数が少なくて大変そうだったから、来ちゃった」
「運転役は?」
鏡夜の当然の突っ込みだ。しかし、マリアは至って笑顔である。
「もちろん、他に頼んだわよ。オペレーターのフリーマンさんが運転手やってくれてるわよ」
その頃、フリーマンは‥‥
「これって、アッシーとかいうヤツですか‥‥『運び屋』やって欲しいなんて頼まれたから、カッコイイ自分を妄想しすぎてしまった‥‥」
完全に後悔している。そして車内で、終わらない自己嫌悪と自己批判の世界に浸りきっている。
そして今、鏡夜とエリーゼは「回収班」になった事を後悔していた。
「こうやって、ここを通して、こっちを、違う違う。そこはこうして‥‥」
マリアによる、ロープワークの現地講習が行なわれている。そう‥‥この深い谷を、ロープで降りようというのである。例えるなら、話題の東京スカイツリ○の展望フロアからロープで降りる様な感じである(時事ネタを入れると、風化するの早いよね)。
「よし、これでだいたい大丈夫ね。私は先にソリと一緒に降りるから、ゆっくりでいいから降りてきてくださいね」
『だいたい』という言葉に突っ込む余裕などあるはずがない。すでに、数十メートル下へとマリアは降りて‥‥落ちる様な速さで、谷底へと消えていく。
●這うが如く
「‥‥はぁ、はぁ、はぁ‥‥」
マリアが待つ谷底に先に着いたのは、鏡夜であったが、すでに精神的に疲れきっていた。それでも、さすがは能力者と言うべきなのか、玄人顔負けの速度で降りて来ていた。
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁ〜!」
エリーゼが遅れて降りて来た。しかし、その速さは本日一番の速さである。さすがにこれは危ないと感じたマリアは、即座に覚醒してエリーゼを受け止める。
「これで、全員降りたわね。金庫探しましょ」
あえて、これまでの流れをスルーするつもりだ。無駄に危険で怖い思いをさせた事を、なかった事にしようとしているのかも知れない。
気を取り直して、金庫を探し始めた三人。予定通りの場所に降りた甲斐があり、金庫は程なく見つける事ができた。予め用意しておいたソリに、発見した金庫を乗せようとするが、重い! 重すぎる!
「どうしましょうか」
どうしても持ち上がらない金庫に対し、鏡夜から戸惑いの声が漏れる。重量はおよそ500kg。三人で持ち上げるとして、一人あたり170kg近い重量を持ち上げなければならない。例え能力者といえども、楽な事ではない。それでも、やって出来ない事ではない! やれば出来る! 出来ないと困る‥‥
ズゥドォン!
どうにかこうにか、ソリの上に金庫を乗せると、ソリが重みで悲鳴をあげている。
「ソリを使うアイデアは良かったとは思いますけど、下は小石や岩もあって平坦とは言えないですし、少々厳しいと思うわね」
「おっしゃる通りかも知れません」
マリアの指摘に、エリーゼも相槌を打ち戸惑っている。‥‥だが、誰の頭にも方法は浮かんでいるかも知れない。普通では持ち上がらない金庫を持ち上げ、普通では運べない道を進んで運ぶ訳である‥‥。能力者なら出来る。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
鏡夜と、エリーゼの二人はしばらくの間思考が止まっていた。この先の事を想像してしまったからだ。
思考が止まってから、数分後‥‥。やるべき事が始る。
ドドーン!
ズズズズズゥ
ゴォォン!
ズズズズゥ、ズズ
行く手を阻む岩を、エリーゼが粉砕する。そして、鏡夜がソリを覚醒状態で引っ張り、マリアも覚醒してそれを押して手伝って進んでいく。道を創る役、ソリを引っ張る役、押す役、それぞれを交代しながら進んでいった。
ウォォォォォォン
「狼の遠吠え‥‥」
「キメラが近くに居ますわね」
鏡夜とエリーゼが、谷間に響くその声に身構える。それに呼応するかの様に、一行の前と後ろから狼キメラの影が近寄ってくる。
「お二人に前は任せたわ。私が後ろを受けもつから、安心して暴れて頂戴ね」
この言葉を合図に、戦いの火が灯る。鏡夜の武装は「装着式超機械」、エリーゼは「トニトルス」の近接戦闘コンビであり、狭い谷間での戦いには向いていると言える。そして、マリアは二丁拳銃を得意とするが、遠距離攻撃を狙う戦い方ではなく、接近戦においての銃撃を得意としている。
跳びかかって来る狼キメラの攻撃を回避し、カウンター気味に一撃、一撃叩き込んでいく鏡夜。エリーゼは、限界突破と先手必勝のスキルを併用し、瞬天速で距離を詰めて攻撃、即離脱の戦い方である。マリアは、あえて狼キメラの中に突っ込み、まるで舞うかの様にくるくると回りながら銃を乱射していく。
上の森では、ドクター・ウェストと無月がしっかりと陽動的且つ、殲滅する勢いで戦っている。その為、谷に下りてくる狼キメラの数も大した事はない。しかも、すでに傷ついている個体も少なくはない。その為谷の戦闘事態は長引かず、また運搬に専念できるような状況に戻る事が出来た。
谷の出口まであと200m程という地点で、陽動作戦の役目を終えた二人も回収班に合流した。狼キメラはほぼ討伐し、陽動と言えるような戦闘をする事が出来なくなったからだ。探し出しては、狩っていくのでは、陽動にはならないからだ。
「依頼人さんにとって、この金庫の中身にはどんな意味があるのですか? 良ければ教えて頂けませんか?」
ソリを押すマリアに、エリーゼが問いかける。暫く間をあけ、マリアの話が始まった。
依頼人の居た街は、ここから数キロ離れた所にあり、そこがバグアにより襲撃された事で、非難を余儀なくされた。その際に、依頼人は家族の写真と少々の金品と共に、「ある物」をこの金庫に入れて避難する事にしたのだ。しかし、この谷に架かる橋の上で、盗賊団に襲われ金庫を橋ごと谷底へ落とされてしまった。本来、回収の目的は「ある物」を無事に持ち帰るという事なのだ。
「依頼人が言うには、その『ある物』って言うのは、あまり言いたくない物みたいなの。でも、私も気になったから、色々調べたのよね〜」
なんでも、資産家でもある依頼人には、たった一人だけ子供が居るらしい。らしい、というのは、一緒に住んではいないからだ。すでに離婚した妻が連れて行った子供であり、その子が来年、『成人』する年齢なんだそうだ。「ある物」というのは、その成人したわが子に渡したい物らしいのだ。勿論、マリアが調べた内容であるから、断言出来る訳でもないのだけど。
「お金じゃなく、自分で何か作ったらしいの。さすがに、内緒で作ってたらしくて、何を作ったかはわからないけどね。でも、素敵よね。お金があっても、子供には自分の手で作った物を贈りたいなんて‥‥。それを喜ぶかどうかわかんないけど」
少々、毒を吐いている。
プウワァァーン!
賑やかしいクラクションが谷に鳴り響く。金庫を運ぶ面々の前には、フリーマンが運転する車両が見えた。やっと、運び終えたのだ。
「アトはよろしくだね〜」
ドクター・ウェストがフリーマンに金庫を託し、無事金庫の回収は終了である。
「みんな協力ありがとうね。帰りの手段も準備してあるから安心して。あとは帰ってゆっくり休んでくださいね。ありがとうございました」
マリアが深々と、ドクター・ウェスト、終夜・無月、銀・鏡夜、エリーゼ・アレクシアに握手をしながら御礼を述べていき、全てが無事に終わりを告げた。