●リプレイ本文
月と星の光の届かない海の底、そこに潜む人の影。真っ黒な潜水スーツに身を包み、ただ獲物が来るのを待っている。
海の中を機械音が伝わってくる。それは次第に大きくなり、スクリュー音も聞こえてきた。その数は3つ。そして、海に潜む者達の頭上で停泊する。1人がそれを見て、光が漏れぬように筒の中に入れたライトで、周囲に居る仲間に合図を送り、浮上を始めた。彼等のレギュレーターとボンベは特殊な物で、一切泡を放出しない。その効果は極めて高く、水面に浮上するまで、発見される危険性はほとんど皆無である
海面まで浮上し、船へとゆっくり音を立てずに近寄っていく傭兵達、一緒に浮上した民間組織のチームは、護衛艦へと二手に別れる。作戦前に渡された、強力なマグネットにより接着するロッククライミング用のホールドを使い船へと侵入する。
旭(
ga6764)と美具・ザム・ツバイ(
gc0857)の2人は、即座に行動に移る。
「ふぁぁぁ‥‥」
完全に油断し、欠伸までしている警備員。その背後に旭が迅雷によって瞬時に回りこみ、締め落とす。
「ぐっ」
ガタッ!
警備員が気絶し、銃を甲板に落としてしまう。その音に近くに居た警備員が不審に思い、近づいてくる。警備員が気絶している仲間を発見し、急いで通信器を取り出そうとする。
ガクッ‥‥
膝かっくん‥‥そして、流れるように首を絞め、旭に続き美具も1人気絶させる。これで、見張りに出ている警備員の残りは4人という事になる。
船尾の甲板上にも、1人警備員が歩いている。それを風代 律子(
ga7966)が、物陰から様子を窺っている。
「こんな海の上で見回りなんて必要なのかね‥‥まったく」
やる気をまったく感じさせない警備員は、動く気配がない。周囲に隠れる物がない場所に居るため、容易に手を出せないでいると‥‥どこからともなく怪しげな歌が聞こえてくる。
「‥‥ふぁ〜‥‥」
元々やる気のない警備員は、そのまま座り込み眠りについてしまう。風代が歌声がした方を見ると、イルキ・ユハニ(
gc7014)が、眠っている敵を指差して、合図をしている。どうやら、眠っている内に倒してくれという事の様だ。風代は、瞬天速で瞬時近寄り、そのまま音もなく締め落としてみせた。
気絶している警備員を物陰まで運び、見えないように隠し、他の警備員を探すと、船の上から海上を監視している警備員が見えた。この警備員は、しっかり働いているようである。その警備員の少し向こうに、隠密潜行で隠れている夢守 ルキア(
gb9436)が居るのが見える。今度は自分の番だとばかりに、甲板の上に銃弾を投げ音を立てる。
「なんの音だ?」
警備員が音に即座に反応し、音のした船尾に向かう。その先に進めば、丁度夢守が隠れている前を通る形になる。
ガシっ ギュッ
背後から首に腕を回し、瞬時に締め上げ気絶させる。夢守は、倒した警備員の服を漁り無線機を押収。
「情報は多い方がいい、陽動にも使える」
船首の方にも警備員が居る。こちらは、何か無線で通信をしている。どうやら、護衛艦との連絡としている様だ。この状況に手を出せないでいる者がいる。
「まいったな」
ついつい小声ではあるが、ため息交じりの独り言を言ってしまっているのは、ネオ・グランデ(
gc2626)だ。もちろん、聞こえるようなヘマなどしてはいない。しかし、この状況は非常にまずかった。無線を終わらせる方法はないかと思っていると‥‥
「なんだ、やけにノイズがひどいな」
警備員が無線機を叩いてイラついている。このノイズは偶然ではなく、夢守が起こしたことだった。押収した無線機から、延々と続く会話が流れてくるのを聞いていると、それが船首にいる警備員であるという事がわかったため、その通信を妨害したのだ。
「チッ! 壊れたのか?」
イラつきながらも、船内に戻ろうと重い腰を上げて、歩き始める。それをチャンスとネオもまた瞬天速で接近し、一瞬で締め落とす。あとは1人‥‥
最後の1人を最初に見つけたのは、キリル・シューキン(
gb2765)だった。この警備員に奇襲をかけようと機会を窺うものの、なかなか隙を見つけられないでいた。周囲への警戒も怠る事もなく、あるく速度も速めたり遅くしたりとかなりの警戒ぶりである。キリルは意を決して行動に出た。
「Эй Иван!」
ロシア語で適当に名前を呼ぶ。警備兵が振り向くのにあわせて、踏み込み鳩尾に肘を‥‥
「と! いきなりか!」
警備員が体を捻り、肘を紙一重でかわしてしまう。
「‥‥もともと近接戦闘は得意じゃなかったとはいえ、やはり鈍ってるな」
キリルは相手の反応のよさに少々焦ったものの、所詮は一般人とばかりに余裕の笑みを見せ、覚醒する。
「!! 能力者か‥‥。わかった‥‥もう抵抗はしないから命だけは助けてくれ」
覚醒するのを見た警備員は、武器を捨て、両手をあげて降伏する。肩透かしを食らった感じはするものの、とりあえずは警備兵の口を塞ぎ、縛り上げ転がしておく。そして、次の作戦準備に取り掛かる。他の者達も、それぞれの位置にすでについていた。
船内から甲板への出入り口の扉の上で待機しているのは、風代だ。彼女が次の作戦発動のための合図を担当することになっている。少々高い位置であることもあり、周囲が良く見える。風代のすぐ近くには、美具と旭が出入り口の足元にロープを張り待ち構えている。しかし、美具の方は旭の方ばかり見つめている。どういう関係なのかは、一目瞭然と言った所だろう。出入り口の反対の甲板には、イルキが準備OKとばかりに合図している。バイブレーションセンサーにより、上がってくる敵を探るのが役目だ。夢守、キリル、ネオの3人は、完全に戦闘態勢に入っており、すでに覚醒状態である。
カチ、カチ‥‥カチ、カチ
風代が合図を海上へと送る。
ドドドドドドドン!
小規模の爆発が連続で起こり、2隻の護衛艦が爆煙につつまれる。
ボン!
大きな鈍い爆発音と共に、1隻が水柱に押し上げられ転覆する。
――護衛艦内――
「どうした? 敵襲か?」
「船の全計器が異常な数値に示しています。全機能停止!」
「くそ! すぐに救難信号を支部に送れ!」
護衛艦内はけたたましい警告音や悲鳴、怒号が飛び交っている。
「こちら、ピーピング・スミス! 敵襲を受けている、繰り返す! 敵‥‥」
シュー!
船内に甘い匂いのする煙が充満し、ばたばたと乗組員が倒れていく。
「お勤め、ご苦労様。港まではエスコートしてやるから安心しろ」
倒れた乗組員を見ながら、依頼の説明をしていた作務衣の男(今は乗組員の姿をしている)がニヤニヤしながらセリフを決めている。もちろん、誰も聴いていないのだから、自己満足だ。
「あとは、リナの方が上手くやってくれるだろ。こっちももう終わってる所か」
――情報処理船――
カンカンカンカン! カカンカカンカカン!
数人が勢い良く階段を駆け上がってくる。全員は服装を整えながら、銃を手に持っている。
「なんの音だ?」
「わからん! だが、護衛艦が1隻沈んでいるぞ!」
「敵か! 他の連中はまだか?」
カン! カン! ドン!
「救難信号が出たぞ!」
4人目の警備員が上の階から降りてくる。そこにさらに2人が合流し、全員が甲板へと駆け上がっていく。
ガン!
頑丈な扉をぶち破るように開け放ち甲板へ――しかし、
「おわっ!」
「ギャ」
「どし、って、!!」
先頭の警備員が、足元に張ってあるロープに気が付かずに転倒。さらに、もう1人が重なるように転倒し、それに気が付きどうにか急停止したものの、後ろの警備兵に押される形でロープの上に転倒。それを助けようと、4人目、5人目が近寄る。
ドン!
出入り口の上から風代がジャンプし、そのまま6人目の警備員の後ろに降り、そのまま締め技に入る。4人目と5人目の警備兵が、風代に向け銃を向けるが、この2人は、夢守の鳩尾への貫手と、ネオのとび蹴りの餌食となり悶絶。キリルが倒れている3人にMSGを向け、威嚇する。その隙に美具と旭が縛り上げる。イルキは一足先に船内へと入り、作業員の確保へと向かっていた。
潜入開始から20分あまりでの制圧完了となった。転覆した護衛艦の船員は、民間組織のメンバーが、もう片方の護衛艦に引っ張り上げ、そのまま拘束。沈まなかった方は、すでに乗組員は夢の中。かなり強力な睡眠ガスだったのか、何をしても起きてはこない。
「見事な手際だったな。大したものだな、能力者ってのは。君達のお陰で、時間を持て余す程の早さでの制圧が出来た。ありがとう。それとだ、この件の報酬が振り込まれる際に、こちらの組織名がわかるらしいんで、もう隠す必要もなくなった。」
男はポケットから名刺を取り出すと、傭兵達に配り始めた。その名刺には
『民衆の為の民衆による組織『エトセトラ』 代表者兼受付窓口担当』
という言葉のあとに、『ロバート・夏』(ロバート・シャア)と書かれていた。
「オレの名前はロバート・シャアだ。よろしくな。で、こいつらはオレの部下で、ネズミのマークの部隊「ビッグマウス」のメンバーだ」
自己紹介しながら、1人の男と2人の女性を指差し紹介する。
「呼ぶときはボブとかボビーでいいんだが、何故か日本人だけはシャアって呼びたがるヤツが多いな。そういえば、リナが雑談する約束したとか言ってたが‥‥アイツは別の作戦の指揮とってるはずだから、ここには来られない。本人もわかってはいたはずなんだが‥‥。まぁ、オレで良ければ質疑応答の時間はとれるぞ」
ロバートが両手を腰にあて、さぁ来い! と言った感じで構えている。
「軍事スパイ、それは構わんさ。だが、産業スパイの可能性もあると言ったな? ならば、UPC以外にも連中を疎ましいと思っている組織があるかどうか。そして報酬のピンハネが行われていないかどうかを疑うのはプロとして当然であるな」
キリルが一番に質問をする。
「どういう情報を盗んでいるのかってのは、正確には掴んではいないが。軍事より民間企業寄りらしい、しかも軍事といっても小規模な作戦の情報が多いとの事だ。敵対するような組織ってのはないが、疎ましく思ってる企業は多い。今回もそういう企業からのバックアップもあったからな。コレとか」
ロバートが、潜水道具一式を指差す。
「で、ピン‥‥ハネか? どうだろな、さすがに給料明細とかまで押収できるかどうか」
あははは‥‥と渇いた笑いをして誤魔化している。
「どうして、特定できたの? スパイを紛れ込ませたって言うケド」
少々不機嫌な感じで、夢守も質問をする。彼女の場合、リナに頬にキスしてもらおうと楽しみにしていたらしい。
「うちの組織には情報収集専門の連中が居てな。かなり前から怪しい組織というのは、目星はついていたもので、スパイを潜り込ませてそういう情報の裏を取っただけだ。ちなみに、オレやリナは戦闘専門で、正確には『干支』という組織のメンバーだ。情報収集専門の組織が『セトラー』って名前でな、色々絡んでいるうちに合併して『エトセトラ』って組織になったってわけだ。あ、余計な説明だったか?」
「リナさんは何でパジャマ?」
ネオの質問だ。しかし、周囲はウンウンと大きく頷いている。
「あれか、あれは、天然だからだ。それ以外説明しようがない!」
半分怒っている様だ。
「けどな、リナの戦闘力を見ればきっと印象も変わるはずだ」
この後、他愛もない雑談をしながら迎えを待っていた。しかし、旭と美具だけは、みなと離れて2人だけの世界へと入り込んでいた。