●リプレイ本文
「面倒くさい‥‥とはいえ似たもの同士だしな‥‥」
ネロ・ドゥーエ(
gc5303)のそんな一言から作戦は開始された。作戦地域には、まだキメラの姿も女性の姿もなかった。しかし、ここから数キロ離れた場所では、ここへと向かうキメラの群が確認されていた。ネロは先だって、退路の確保を行なっていた。女性の状態によっては、キメラから追われる形での撤退もありうるからだ。
「あら? やっぱりこの情報は罠だったかしら」
記憶喪失の女性が、離れた場所の丘から超望遠の双眼鏡を覗いている。彼女が見ているのは、ネロが退路の確保を行なっている姿だ。双眼鏡を少しズラす。そこには、別の傭兵が見えた。
一人は、バイブレーションセンサーによる索敵を行なっている月見里 由香里(
gc6651)、もう一人は樹上でライフルを構えているセレスタ・レネンティア(
gb1731)だった。
「キメラは今のところ発見できません」
セレスタが通信器で仲間に報告する。風は心地よく、空も青く、敵さえ出なければこのまま過ごしたい程である。
「‥‥記憶がないというのは、『自分』が無いんとほぼ同意味や、思います。彼女にとっては、キメラへの憎しみだけがこの世界との繋がりかもしれませんな。これ以上無茶させるのも、彼女の為にはならへんのやし、保護せんとあきませんな」
月見里が樹上のセレスタに話しかける。戦いを続ける彼女にとって、戦闘そのものが危険ではなく、エミタのメンテナンスを受けない事が危険なのだ。そのため、現在の状態が良いものとは思えないのは当然であった。だが、本来なら一度の戦闘毎にメンテナンスを受けなければいけないはずなのに、すでに彼女は数回の戦闘を遂行しさらに姿を眩ましているのだ。
「キメラ発見! 犬型のようです」
「一匹だけや。他には見あたらへんわ」
その敵から一番近かったのは、大神 直人(
gb1865)だった。しかし、女性がまだ姿を現しては居らず、この一匹をどうするかを思案していた。このまま放置するわけにも行かないが、倒してしまうのも‥‥。大神は記憶を取り戻させてやりたい、そう考えているのだ。それは彼自身も記憶を無くしているからだ。
ガルルルル!
大型犬キメラ――犬種はボルゾイ――が大神を見つけ、威嚇をする。
「仕方がないか」
大神が構えると、ボルゾイが襲い掛かってくる。さすがに直線的過ぎる突進だ。軽く身を躱し、すれ違い様に体を両断。
ドサッ ドサッ
ボルゾイの体が二つになり地面に落ちる。
遠くで彼女もそれを見ていた。けれど、その顔からは嬉しそうな表情が見て取れる。
「あのキメラ‥‥色は違うけど同じタイプね」
女性は急いでバイクに飛び乗ると、一気に丘を駆け下りて戦場へと向かう。
一方傭兵達の方は、キメラを倒した大神の下に全員が集まっていた。
「このキメラ、強さはどうでした?」
不破 霞(
gb8820)が大神に尋ねる。キメラの方は、春夏秋冬 立花(
gc3009)が埋葬していた。
「それほど強くはありませんでしたよ」
大神によれば、ボルゾイの攻撃は直線的に襲ってきただけだったため、かなり単純だったという事だ。
「だが、油断はするな。外見が同じキメラでも、中身まで同じとは限らない」
終夜・無月(
ga3084)の一言が、その場の空気を締める。その終夜の裾を誰かが引っ張る。
「あれ」
トゥリム(
gc6022)遠くを指さしている。その指の指す方向を全員が見ると、一台のバイクがこちらに向かって走って来ていた。
「たぶん、彼女」
トゥリムが言う通り、そのバイクに乗っているのは、保護するべきはずの女性だった。しかし、元気にバイクに跨り失踪中‥‥いや、疾走中か。
「あららら? やっぱり、その顔見ると私が目的だったみたいね」
女性がゴーグルとメットを外して降りて来る。しかし、その顔はそれほど血色は悪くはない。だが、ちょっと眼は充血している。
「ボクたちは、もうバレてる様な気がするけど傭兵です。君を保護するために集まって今ここに居る」
ネロが、女性に自分達の事を先に説明する。それに続く様に
「体は大丈夫なんですか?」
女性の状態は悪くない様に見えるが、不破が確認の為に尋ねる。それにトゥリムもコクコクと頷いている。
「体は問題なしとは言えないわ。疲れみたいなのは溜まっているかしらね。あと、名前がわかってないから話し辛いでしょ。とりあえずは、ポーラ・リッジウェイにでもしておいて」
女性の顔が深刻になり、自分の両手を見ながら体調を説明する。そして、仮の名前を名乗るポーラだったが、その言葉はあまり信じて貰えてはいなかった。
「‥‥こんな無茶をして、何をしたかったんですか?」
信じていない一人、春夏秋冬がその行動について質問をする。ポーラも信じてもらえていない‥‥特に体調に関して信じて貰えていない事を感じ取っていた。
「記憶を取り戻したいだけ。別にムリも無茶もしてないわ。本当に体調はそれほど悪くないし、誰にも迷惑をかけたくも無かったから」
言い終えたポーラはしばらく考えると、行動にでた。一本の刀を右腰につけ腰をあまり落とさない形の居合い抜きの構えを取る。
「私は、ただ決まったキメラだけを相手にしてるの。黒かったり、犬だったりね。今回はしかもボルゾイタイプと来てるから、本当に期待してる」
キン! シュッ! チン!
抜刀から納刀を一瞬で行い、居合い抜きを見せる。
「わかってもらえた?」
「瞬間的な覚醒ですか」
セレスタがポーラの質問に答える。その後詳しくポーラの説明が始った。ポーラは常に待ちの戦い方をしていて、その攻撃はほとんどが居合いだと言う。本来、護身術に近い居合いであるが、彼女にとっては別の意味を持っていた。
「私は鞘から刀が抜けた瞬間に覚醒して、再び鞘に納まった時に覚醒から戻る訓練だけをしたの。だから、今までの戦闘全部合わせて‥‥10分の覚醒もしてないわ」
その説明を聞いた一同は、何故長期間エミタの調整を受けずに連続戦闘をやってのけられたのかの疑問が解けた。しかし、それでも無事とは言えなかった様だ。眼の充血以外にも、睡眠不足などの症状があったようだ。
「こんなことしなくても、みんなに頼ればよかったでしょう? 話せば力を貸してくれる人は多いはずです。じゃないと死んでしまいますよ」
春夏秋冬の口調は強く、例え体調が悪く無くとも一人で戦う事が危険な事には違いない。例え傭兵であっても、仲間は必要であり、独りである事などありえない。
「‥‥そうね、お嬢さんの言う通りかも知れない。けれど、私は死ぬつもりはないし、危ないと思ったら逃げるわ。記憶を取り戻す前に死ぬのだけは嫌! だから、敵前逃亡と言われても生きる為に逃げる。そんな私が仲間と一緒に戦えると思う?」
ポーラの言葉に誰も言い返せなかった。そんな仲間が居れば、確かに不安がつきまとう事になる。
「いいわ。この話を続けても意味もないし。やっと彼が来たみたい」
ポーラの表情が一変し、その視線の向こうには‥‥先ほどより少し大きなボルゾイキメラが迫っていた。終夜はすでに戦闘態勢に入っており、覚醒状態である。
「さて。私たちがフォローしますから、やりたいようにしてください。ただし、無理だと判断したら力づくででも連れて帰りますからね?」
今度の春夏秋冬の口調は、優しくにこやかだった。その言葉に、素直に笑顔でポーラが返す。
―――
「先ほどのキメラとは違う‥‥ということか」
大神の周りを、警戒しながらボルゾイ二頭がウロウロしており、攻め入ってこようとはしない。直線的な体当たりだけではなさそうである。
タタタッ! トン!
突然ボルゾイが走り出す。その速度は人間の速度を遥かに超えている。しかし、大神とて普通の人間ではないのだ。
突如、大神の姿が消える。それに驚いたボルゾイが見たのは、自分の横をすり抜けた何かだった。そして、それが最後に見た光景となる。迅雷によって一気に間合いを詰め追い抜き、そのまま刹那による一撃で首を刎ねたのだ。
―――
不破、ネロ、ポーラが前衛として、後ろに春夏秋冬と月見里が、その間にセレスタが陣取り敵と対峙している。トゥリムは、ポーラの背後を守るように動いている。その相手は六匹のボルゾイだ。周囲を走り周り、撹乱を狙っている。一匹が方向を変え、月見里の背後から飛び掛る。
ターン!
銃声が響き、セレスタの銃弾が跳びかかって来るボルゾイをかすめる。体勢を崩したボルゾイの体当たりは失敗に終わり、春夏秋冬と月見里の間に着地する。もちろん、この好機を逃すわけがない。
「やぁ!」
バシュゥ!
ギャウン!
春夏秋冬の機械刀「凄皇弐式」が唸り、ボルゾイの前足が焼ききられる。春夏秋冬の狙いは外れてはいない、これが狙いだ。そして、月見里が陣形の外へと蹴りだす。さらに追い討ちを掛けようとした時
「構えろ!」
不破が叫ぶ。他の五匹のボルゾイが一斉に飛び掛る。今のやりとりを撹乱の成功と考えたか。
ネロが大剣「ヘラクレス」でボルゾイの牙と爪を受け止める。さらに足元に一匹。二匹によって、転倒してしまう。
「どけ!」
不破が瞬天速で駆けつけ、ボルゾイの一匹を鞘で強打する。流れるように体を捻りつつ抜刀し、もう一匹を円閃で斬り倒す。しかし、ネロの足の噛み傷はひどく、立ち上がれない。それでも、強打されて怯んでいるボルゾイを押し潰す様にヘラクレスの両断剣で斬り倒す。
「大丈夫ですか?」
春夏秋冬が少し離れた場所から、練成治療でネロの足の傷を集中的に回復する。
キン! バシュ! チン!
先ほど聞いた音が響く。ポーラへと襲い掛かったボルゾイの上半身と下半身が分離される。それでも、まだ息のあったボルゾイに対し、頭部を至近距離から持っていた小銃で打ち抜いて止めを刺す。
「元々ボルゾイは狩猟犬よ。考えようによっては性質が悪いわ。本能が狩りをさせてるみたいな物だからね」
ポーラの視線はずっと敵から離れていない。しかし、何か様子がおかしい。
(記憶のフラッシュバック‥‥意識が飛びそう‥‥)
自分の記憶の鍵ともなっているボルゾイと敵対し、その記憶が戻りかけている。しかし、それはパニックにも似た現象を起こしていた。
「大丈夫。僕が守る」
そっと背後に立ち、トゥリムが声をかける。そして、ライオットシールドを構えると、前だけに集中しろと言った感じである。
「ありがとう‥‥お嬢さん」
ポーラの顔に笑みが戻り、記憶のフラッシュバックが止む。
崩れた陣形を建て直し、反撃が始まる。
「はよ、大人しなりや」
先ほど前足を飛ばされたボルゾイに対し、月見里が呪歌でその動きを麻痺させていく。その月見里に対して、ボルゾイが二匹攻撃に向かう。
「させません!」
その二匹の真正面に立ちはだかり、制圧射撃の範囲に捕らえ春夏秋冬が迎撃する。その攻撃で足止めを食らった二匹の内一匹に、セレスタのライフルが止めを刺す。一発で眉間を打ち抜いている。それを見た一匹が一旦引こうとするが
ブォォン!
振り返ったボルゾイが、縦に二分される。
「残りはここに居るキメラだけだ。後は、俺と大神が片付けた」
現れたのは終夜だった。そして、遅れて大神もやってくる。
ドサッ!
いつのまに倒したのか、ネロが一匹を始末しその死体を投げ捨てる。
残っているのは、前足を飛ばされたボルゾイ一匹‥‥。空気を察した月見里が呪歌をやめる。そして、大神が力一杯ボルゾイを蹴り上げ、ポーラの前へと差し出す。しかし、予想外の事が起きる。
「あぁ‥‥」
ポーラが頭を抱え、倒れこむ。
「まずい、記憶障害だ。」
大神が叫び、駆け寄ろうとする。しかし、それを終夜が制止する。
ボルゾイは様子のおかしいポーラを見て、今が好機と睨み襲い掛かる、が、
ドン!
終夜が素手でボルゾイの突進を受け止め、そのまま勢いよく縺れる様に転倒。全て計算の上での演技だ。ポーラを助けようとした女性の存在を思い出し、咄嗟に瀕死のボルゾイを利用し再現したのだ。ポーラにとって最悪の日の光景を。
(だめ! 嫌! このままじゃ、また‥‥)
「いやぁぁぁぁぁ!」
ポーラが叫ぶ。さすがにこれ以上は危険と判断し、終夜がボルゾイに止めを刺そうとした瞬間。
ビュゥッ!
空を斬る音がする。ポーラが倒れこむ姿勢から、居合い抜きでボルゾイを突き刺したのだ。その速さは、今までの比ではない。その場に居た者が目で追えない程の速さだった。そして、ポーラがその場に倒れこむ。
●終わらない記憶
搬送先の病院でポーラが目覚めた時。そこには共に戦った仲間が居た。
「少しは満足しましたか?」
春夏秋冬の言葉に、ポーラは苦笑いする。さすがにああなるとは思って居なかったからだ。
「何か思い出した?」
ベッドの横に顔を乗せて、トゥリムが尋ねる。
「名前‥‥私の名前‥‥マリア‥‥」
「思い出せたのなら良かったな」
ポーラの口から出た言葉に、ネロが喜ぶ。同じ記憶を無くした者としては、感慨深い物がある。
「他には思い出せたか?」
大神もまた、ネロと気持ちであった。しかし‥‥
「私を助けようとした子‥‥マリア。私もマリア? ‥‥違う‥‥私は『マリア・16』‥‥あの子は『マリア・13』‥‥私達は‥‥何?」
全身を震わせながら、マリアが両手で顔を覆う。マリアに付けられた心拍計と脳波形がアラームを鳴らす。
「申し訳ありません! みなさん病室から一旦出てください」
病室に医師が駆け込み、マリア以外の退室を促す。それがこの依頼の幕引きとなり、新たな幕開けへと繋がっていったのだった。