●リプレイ本文
●集落へと慰問とは余裕クマね
サイト(
gb0817)は思い出す。3時間前、ユウ・ターナー(
gc2715)や市来 緋毬(
gc0589)、蒼唯 雛菊(
gc4693)の3人に抱きつかれたり、なでられていた事を。30台の外見なのに撫でられる理由は、装着していた白熊の着ぐるみ。バグアの侵略行為ですっかり殺伐としたこのご時勢に、着ぐるみという道化は、同行者や目的地までに遭遇する住人には潤いとなった。
「サイトおにーちゃんふわふわ。ちょっと触らせて」
「癒されます」
「こういうクマさんはほしいですの」
彼女達がサイトを弄ぶたびに、ふわふわと着ぐるみの感触が彼に伝わる。そして思った。ああ、なぜか犬猫が撫でられたがる理由がわかった気になる。暑さも忘れるほどの幸福感。それゆえに、子供を乗せたり、散歩中の犬を抱き上げたりと大サービス。だが、運命とは皮肉なもの。それから2時間半後、現場近くの集落に無事に到着し、聞き込みを始めてすぐ、彼は再び囲まれた。今回は、そう、乙女、
「これ、このモフモフじゃ」
「ほんとにのぉ、最近は寝具や衣類を買い換えるのが難しくてぇ、こぉ、柔らかな触感。よい冥土の土産になるのぉ」
‥‥乙女だったのが半世紀以上の方々ばかりに。それも、すごく積極的。具体的には普段の畑仕事で鍛えられた腕力でユウ達以上に力強くつかんで来る。キメラと間違えられて誤射される覚悟のあったけど、これは恐らく予想外。独特な香りとぬくもりに、あれ、目の辺りに水分が。
「おお、この辺りの柔らかさは極楽。畑仕事の汚れも清めてくださる!」
まて、ばあちゃん、タオル代わりに着ぐるみの腹部を使用しないで。叫びたい気持ちを心に押さえ込みながら、笑顔を保つ。必死に目を動かして残りの5人を探すと、ちょっと先の十字路で、捜索隊に参加した爺さんに集まって情報収集中。
「例のクマっぽい動物が見えた場所は、どのあたりになりマスカ?」
ラウル・カミーユ(
ga7242)は入手した現場周辺の地図を指差しながら老人に問いかけた。
「遭遇場所じゃな。恐らく、ここじゃ。特徴的な二股に分かれた栗の木があるはずじゃぞ。そういえば、あの時、蹴られそうだったのが、丁度帰省中の隣集落出身の傭兵だったのが幸いだったなぁ」
丹念な説明に5人は聞き漏らさないように集中していた。
「ずいぶんここから先に進んだところですネ」
「本当に山林の真ん中ね。んと、この辺りで開けたところってある?」
ユウがさらに尋ねると、爺さんは現場を中心に楕円を描くように人差し指を動かし、この辺りにあったはず、と答えた。
「失礼ですけど、ほんの僅かでも良いですから、クマに関して、気になったこととかありますでしょうか」
龍乃 陽一(
gc4336)がさらに情報を集めようと丁寧に尋ねる。すると、
「そういえば‥‥クマに殺された本田さんだが、見つかった時よぉ、収穫されただろう山菜とか弁当がぁ、食い荒らされていたっけ。あとは、そうそう、あやつ、出現時、右手にキノコを握っておったなぁ。後は‥‥すまん、それぐらいかなぁ」
「食い意地が悪いのですか」
龍乃は率直に感想をこぼした。
「食べながら歩くなんてお下品ですの。それじゃあ、早速決戦場までいくのですの」
元気良く、蒼唯は合図を送り、5人は移動する。自分達の後方に、老婆に囲まれた何かに気づくことなく。
●レーションで釣られるクマか
起伏のある山にさまざまな形状をした木々が伸びているが、地面に近寄れば落葉した広葉によって形成された腐葉土が永遠と続く。そんなところを着ぐるみが歩けば。
「サイトさん、しっかりですの。森の汚れなんて後で綺麗にしてあげますよ」
「サイトお兄ちゃん、どこかつらいの」
「‥‥ありがとう‥‥大丈夫だから」
3人の女の子が寄って慰める。しかし、木々や木の葉にモフられる、もといくっ付いていく姿は哀愁漂う。集落での一件は相当辛かったらしい。
「丁度ここが、あの写真の現場ですネ。となると、向こうですね。もう少し進みませんと」
カミーユが目の前の木を指す。そこは、この森に初めて入った6人全員が見覚えのある所。そう、スライドに写っていた『クマ』がいた場所である。獣か人の足を思わせる存在が通った跡もある。その先をもっと進むと、クヌギの大木が一本、朽ちたことで生じた開けた場所が現れた。木々の枝や葉で覆われた、ほのかに暗い臨床が続く中にあって、そこだけが地面までまっすぐ直射日光が降っており、下草が青々と茂らせていた。
「この木の根元に餌を置くネ」
カミーユはそういいながら、リュックからごそりと肉を取り出した。ユウと市来はそれぞれ、持参したレーションの封を開け、
「うまく寄って来ると良いのだけど‥‥」
「ここに餌がいる、と判ればよいのですけど」
不安そうに朽ちた木の根元にレーションを置く。その側に転がされた肉の匂いが、ビーフシチューの香りを打ち消さんばかりに、その生々しい臭気を放っていた。香りが標的の鼻に到達するかどうかは、運に任せるしかない。うまくいかない場合は、腐葉土に残っている足跡を元に再度捜索を行い、直接接触しに行かないといけない。わなを仕掛け終えると、前もって隠れる場所をいくつか考えていたラウルは木の上に待ち伏せることにしたが、残りの5人は身を隠す茂みを探すこととなった。市来とサイト、龍乃と蒼唯はそれぞれ一緒になって茂みに隠れることにした。
「‥‥静かです」
餌の周囲を見渡しながら、蒼唯がぽろりと声を出す。他方、蒼唯の視線は白い物体、サイトのほうに自然と目が行く。森の中にあってその色はちょっと目立つためだろうか。
「やわらかぁい。ちょっとへんな匂いがするけど」
「ははは」
一人で隠れるユウも、市来とサイトに目が動く。そんな地上とは別に、カミーユは木の上で耳を済ませている。風が流れ、木や葉をこする心地よい音、遠くの川が底の石を洗う音は心も清らかにする。それに誘われたのかぶぅんと虫の音と、それに混じってカチカチと?
「もしかして‥‥これは」
彼は恐れるように、気になる音の元へと目を向けた。頭髪がダークグレーに静かに変わる。しかし、能力を使って気配を消しているため、気づくものは居なかっただろう。遠くから近づいてくる影が見えた。恐らくキメラ。同じく気配を察したユウは視線をカミーユと同じ方向に視線を向ける。敵のその姿を捕らえると、彼女は声を漏らした。
「なに、あれ」
彼らがそのように反応した理由、それは、直立する『クマ』が、余計なものをつれて向かってきたから。
●蜂の子に飽きたところだから丁度良いクマー
羽虫がカチカチと威嚇の合図を送る。黒と黄色の縞模様が恐ろしい、その大きな蜂が数匹、フォースフィールドの膜の抵抗にあいながらも、必死に目の前の獣めがけて体当たりを繰り返す。その獣は。そう、今回の目標。獣の左前足にはボール紙で出来た、いや、あれは蜂の巣を握る。そして、右前足で飛んでいる蜂を数匹、器用に捕られると、潰して口の中へと放り込んで噛み砕く。口をあけたり閉めたりするので、くちゃくちゃという音が周りに飛び散る。直立でのそりと歩きながら、置かれた肉まで移動する。
「クマ退治って、こんなハプニングがあるの?」
蒼唯は初めての依頼にしてこの状況に戸惑う。能力者にとってスズメバチはたいした脅威ではないものの、害虫は気分はよくない。だからといって、そんなことで逃げ出す本末転倒な人間達ではない。我慢して待ち構えること30分。ようやくキメラは餌場にたどり着いた。魅力的な餌を目の前に、最中を食すように巣をそのまま口に放り込んで咀嚼する。
「今です」
ユウが放つ100発の弾丸が放つ凶音。市来のけん制。それはキメラの注意を乱すのに充分だった。弾ける蜂、粉砕されるレーションと肉。それを合図とばかりにカミーユは矢を一本放ち、蒼唯、龍乃、市来が異形のツキノワグマを囲もうと移動する。
「ぎゃぉ」
キメラの不釣合いな足にぐさりと矢が刺さった。カミーユは木から飛び降りる。悲鳴を上げているそれに向けて、ほのかに光り輝く市来。その髪は本来の黒に戻る。瞬時に切り替えた直刀、イリアスで切りかかった。傷は浅いが、深入りせずに離脱する。入れ替わるように龍乃の赤い刀身の壱式が、突きを2階放つ。
「おいたが過ぎましたね」
威嚇するように犬を思わせる青いオーラが彼女、じゃなかった彼から伸びている。敵の胴に傷口を二つ、深いが出血が少ない。その後方で、サイトは超機械を操って、クマへと近接して攻撃を仕掛けた2人と、今まさに龍乃の背後から飛び出そうとする蒼唯の得物を輝かせた。
「滅してあげますの!」
異形の背丈を越える大剣を振るう、氷の耳と尾を生やした彼女は、キメラに渾身の一撃を与えようとする。彼女の脳裏には、犬とクマが戦う漫画のイラストが浮かび上がる。その漫画と重ねるにはあまりに不釣合いな大剣がキメラの肩に刺さり、一気に血の演出を広げる。が、切られた側も右前足を用いて力任せに追い払う。それにあわせるように、彼女も飛び跳ね、離脱した。こうしてようやく『クマ』が己の攻撃を仕掛ける時には、傷はすでに幾つもあり、要の足の片方には矢が邪魔をすると言う状態。普通の獣であれば、彼らの一撃だけですでに生きていける形になっていないだろうが、彼はキメラ、まだまだ反撃できる。
この、知恵がないこの哀れな存在は、痛みを堪えながら、攻撃する対象を選ぼうと、首を回す。かの獣は最後に手出しした犬耳女を見つけて殴り倒したい、という衝動に囚われていた。そして、視界に入ったのは彼女と、銀色の盾を構える龍乃。キメラの判断は、しかし、後者。一番近くにいる相手から順々に倒すのが、このキメラの基本行動であったのだ。鋭利に発達した爪で龍乃を引っかこうとする。盾に当たる音二つ。踏ん張ろうと力む足の下の地面は押されてへこむ。
「キミの攻撃、‥‥防がせてもうらヨ」
八つ当たりに夢中になろうとする異形の背に、カミーユの2本の矢が食い込む。怒りの声を放つ敵。ユウは、異形の瞳でクマを捕らえ、その襲撃の動作から狙撃。強く弾丸が異形の肉に食い込む。そして、冷静にそのまま銃を握って援護射撃の構え。息を合わせるように蒼唯が再び大剣を、援護の射撃音と共に、今度は敵の左の肩へと落とす。大量の血を放出。そして邪魔にならないように彼女が敵から離れると、市来が『クマ』に接近し、回転し、一緒に移動する直刀を叩き付けた。サイトのスキルによってユウの銃とカミーユの弓、そしてサイトの超機械が輝きを放つ。そして龍乃が3度の突き刺しで直立する異形に、銃弾の援護もあって、柔らかい内臓にも達しるほどの大ダメージを与えた。が、
「ぐああああぁ」
クマは口をあけて、腹の空気を一気に追い出したかのような大音響が響く。痛みによるストレスが極限になったのか、彼は振り上げる左右の前足の連続攻撃を龍乃に打ち付ける。何と盾で防ぐが、左ひじを地面に下ろす。だが、彼は顔を敵に向けたまま。その彼が見たのは、無表情なはずのキメラの目に不気味に黒い何かを宿らせていること。そして、片足を上げようとしていること。くる。回し蹴りが。
「盾が崩れて、崩れてなるものですか!」
体全身を揺さぶる衝撃。彼の体が倒れた。彼は予想する。再び攻撃される。自身の体勢は最悪だ。蹴り飛ばされれば、飛ばされてしまうかも。クマはさらに接近して前足を叩きつけるように背中を上下に動かす。辛うじて盾で防いでクマの爪による傷を防ぐが、体の内側から嫌な音がする。が、銃弾の音が響く。注意が乱された異形。弓矢がクマの左肩と右肩に刺さる。
「モウ、逃げられないネ」
カミーユは何かを悟る。それに続いて、笑顔をそのまま、蒼唯の得物がばっさり、その背面に突き刺さる。背には大きな切れ込みが。血は流れる。それは腹に生じた傷口から、赤葡萄酒に満たされた樽に穴が生じたように、鮮血が放出される。それは攻撃されていた龍乃が構える盾垂れ下がり、銀杯に注がれる酒のよう。それに続いて、市来の一撃とサイトが発する電撃2発がさらに皮膚を斬り、覗く肉を焦がす。と、サイトの練成治療で内出血と骨折が治療された龍乃が立ち上がる。目の前にいるのは唯、姿勢を維持するのに精一杯な獣。
「終わりです」
口内へと直刀が飲まれていく。
●バイバイクマー
囲まれた時点で、運命は定まっていた。傭兵達の攻撃時に即逃げ出せば、生存ばかりか地理を生かして一人ぐらい倒すことが出来たかもしれない。
「逃げ出さナイで良かったネ」
いや、出来ても無理だったかもしれない。カミーユの弓矢が、キメラの要の足を破壊し、横転させていただろうから。
「クマ退治、完了、ですの」
と、蒼唯は勝利宣言を発した。
「倒した‥‥」
龍乃がぼんやりとしながら声を出す。言葉に力がない。クマに一番接近していたため、集中攻撃を受ける形となった彼は一番疲労しており、
「う」
歩行が遅い。そして崩れるように腰を下ろす。安堵と疲労によって体から一時的に力が抜けたからだ。
「大丈夫!! 龍乃さん」
市来が声をかけながら接近し、様子を見る。サイトも近寄り、様子を見る。このサイエンティストは、ん、大丈夫だよ、と龍乃と彼を心配する仲間達に答える。そして改めてキメラへと動くことが出来るものが集まった。首から下の骨格が人に近い形ゆえか、足を広げて横になった姿は、妙な生々しさを放つ。
「埋葬しましょ」
龍乃のその提案に全員首を縦に振り、その場で穴を掘る。豊富な落ち葉によって形成された腐葉土は掘りやすく、かつ深い。念のためにその下にある少し硬い土壌も削り、墓穴を完成させると、銃弾や足跡が付いているレーションや生肉と共に丹念にキメラを寝かすと、土で覆った。ああ、掘られた土が元の場所に帰ると、そこが戦場であったとは思えないような静けさ。
「無事に終わったね。サイトお兄ちゃん」
市来は安心感から、もふるついでにサイトに抱きついた。サイトはちょっと照れる。それを冷やかすように羽音とカチカチという音。
「まさか」
ユウは見た。あの縞模様を。
「八つ当たりダヨ。コレは全力で勘弁!!」
カミーユがあきれ返る。相手は思いっきり針から毒液を吹きかける。
「ひぃ、この着ぐるみ、防護服ではないから逃げないと」
サイトは悲鳴を出しながら走る。そんな彼にしがみつく市来にユウ、蒼唯の4人の姿はなんとも珍妙な。
「早く集落まで!」
脱力から回復した龍乃はみなに指示を出して、印象深さが全くない下山をすることとなった。その後、集落では退治のお礼としてもてなしを受けたが、これについては各自の思い出。ここに書き足すべきではないだろう。