●リプレイ本文
●ワンコ達を見つめながら。
能力者6人が敵の存在を目視したのは、キメラたちが頭突きでクマネズミを投げて遊ぶ所。放物線を何度も描くネズミの姿が白みを帯びた青空になぜか似合う。
「小麦を出来るだけ傷めないように陽動が出来ればよかったのですが、無理ですね。この農場、広すぎて」
冷静に麻宮 光(
ga9696) が発言した。説明中に出てきた『請求書』という強敵を如何に回避するか考えていたものの、犬蛇キメラがいるのは丁度畑のど真ん中。そこから被害が抑えられるところまで誘導するのはあまりに時間がかかるだろう。
「キメラでも‥‥犬‥‥だよな。あの鼻とか耳は」
空閑 ハバキ(
ga5172)が言葉を漏らす。そして、
「俺、無理」
その嫌そうな反応をした理由は単純だ。彼は、野に放たれた犬の強さを今まで刷り込まさてきたからだ。言葉が途中で途切れる刹那の時間に、野犬に追われ、その輝く犬歯に脅された記憶がハバキの心に蘇る。
「だからゆーしゃジョージ、がんばってくれ。精一杯、援護するから」
「はいはい、判りました。まぁ、生態研究になりますから」
桂木穣治(
gb5595) はそんなハバキに対して諦めとも悟りとも思える了解の言葉を口にする。とはいえ、穣治にとって、キメラのことについて知りたい気持ちがあった。それを理解するには、キメラに近づき、締められるのが一番確実。故に、率先して選んだことだった。そこに、安原 小鳥(
gc4826)が向かう。
「あの‥‥ハバキ様は、穣治様を‥‥見捨てるようなこと、しないで‥‥ください」
と、口にした。小鳥は、ハバキがポロリとこぼした勇者、という所に不穏な何かを感じたのかもしれない。
「あれ、誤解された? 大丈夫だって、俺、犬苦手だから、近寄れないから、代わりに後ろから攻撃したり、援護するから、今回は、ジョージが最前線で、という話。あ、それより、戦闘経験が少ないα・アリシア組が気なるな‥‥」
そういって、α(
ga8545)を見る。
「モフモフです、もふもふです」
優雅なアオザイに真新しい輝きを放つ両手の手甲を合わせて、待望の思いを放っていた。その隣では、
「せめて足があれば、モフっと触れてみたい気がするのですが」
アリシア・トリーズン(
gc3897) がαに答えるように呟く。
彼女達の目の先には、小麦の穂から覗く3つの首が動く光景。鳥が羽を動かすように上下に揺れる耳。時折口をあけて、さらにきゃいんと鳴き声をあげる様子は、可愛らしく感じるかもしれない。
「ちょっと待ってください。もふもふとかじゃないって、マジあれはやばいです。ほら、サッカーボール代わりに遊ばれているネズミちゃんをみてください。どう見ても骨、砕かれているじゃないですか」
ハバキはなぜか敵に指を差して訴える。怖がっているのは自分一人、理解されないことにあせりを感じたがための行動。
「そんなに力説したら、敵に聞かれます。それより、あの様子ならうまく接近できるのではないですか」
光が突っ込み、ハバキは沈黙。そして、キメラ達はいまだに遊びに夢中でこちらに気づいていない。それは、能力者達が風下にいたために、彼らの嗅覚に感知されていないことも大きいだろう。
ぼとり。という音が穣治の耳に入る。あれ、と、彼がそこに目を動かすと、足元から10cmほどのところに何かが落ちている。良く確認すると、赤いものを垂れ流す鼠の躯。
「気づかれました」
アリシアは長い、長い首をかしげるキメラ3体を見つめながら、言った。
●小麦畑で戯れて。
6人全員は一気にそれぞれ、対応するべく黒色、桂皮色、虹色へと接近する。敵側といえば、ほぼ同時に小麦の海へと飛び込んで、姿そのものは目視できない。が、なぎ倒れたり、揺れたりする小麦の動きから、大体の行き先は傭兵たちにはわかっていた。
きゃわわん。最初に姿をさらして飛び出してきたのは虹色のキメラだった。
「ちょっとまて、こういうのは俺の攻撃がああぁぁぁ」
思わぬ先制攻撃によって、穣治の胸へ早速キメラの体当たりが決まる。そして、彼の体と主張は小麦の根元へと落ちていく。その姿に相方は静かに両手を合わせて祈りを捧げる。
他方、麻宮は、
「無事に満足してくれるだろうか」
と、覚醒の証である灰色の瞳で小鳥を見つめていた。ただの傍観ではない。彼女がキメラと戯れたいという気持ちを大切にした上での判断。それを示すように、彼とキメラの距離はすぐに近接できる位置であり、そして、緋色の爪ですぐに切り裂けるように構えていた。
「いくよぉ」
小鳥の体は光っている。それは迅雷発動の証。茶毛のキメラへと、彼女が光の線を描きながら急接近する。この時、大鎌「ディオメデス」を支える腕は淡く光っていることに、キメラは気づいただろうか。振るう鎌。ぐきりと肉に当たる音。逆刃で打ったといえど、頑健な武器で、かつ、エミタで強化された能力者の一撃。切り傷の代わりに肉と骨を急激に圧を加え、打撲させようとする。受け流すことが出来なかったキメラは地面に転がる。一瞬、倒れて気絶したかと小鳥は思った。が、
「きゃわうん」
胴をくねっと弾ませて、シナモンカラーが飛び跳ねる。
「‥‥モフ」
怯んで一時的に動けないキメラに抱きつこうと動いた小鳥の顔に、キメラの左わき腹が当たった。彼女が飛ぶ。腹で着地したキメラは口を半開きにして、はぁはぁ、笑みを浮かべるように目を輝かす。その目線の先には、ひらひらとスカート。しかし、小鳥は裾を押さえて覗かれない様にガート。そしてころりと転がる。彼女が転がり終えるのを待ってたとばかりに、すぐに犬頭の蛇は体をねじって、小鳥に再度体当たりを決めようとする。長い胴を左右に動かしながら、猛スピードで加速して飛ぶ。が、狙われた彼女はひらりと2回の体当たりを避けた。
「体当たり‥‥か、ダメージは大丈夫か」
光は瞬天速を発動させて、一気に近寄って救急セットを開く。そしてすぐに絆創膏等で擦り傷を覆う。彼の対応に小鳥は首を縦に振って大丈夫と合図を送りながら、
「抱きしめるには、動きを封じないと無理、ですね」
彼女はと言う。それを聞いて安心したのか、小鳥が再びキメラと対峙しやすいように、光は離れていく。
その頃、ハバキは目と首を動かしていた。
「さて問題は」
視界に飛び込む桂木の姿に心のモザイク処理をした上で、強敵相手に戸惑っている仲間がいないか探す。そのハバキが見たのは、キメラの体当たりで転がるαの姿だった。その光景は、どこか可愛らしい。黒毛のキメラに夢中になった彼女は、突進してくる愛犬を抱きしめようとして、その勢いを抑えられずに倒れる飼い主を思わせる。
「αさん、攻撃は」
氷の翼を背負うアリシアが指摘すると、
「あ」
気まずくなったα。立ってアオザイに付いた土ぼこりや枯れ草を叩き落とす。
「だから、攻撃だって」
ハバキは冷や汗を流しながら声を出す。その側でアリシアは、負傷しているαに向けて練成治療。ほのかに輝きながら、頬の傷が薄れていくα。
「とにかく行きます!」
顔をほんのりと染まらせて、αは一気に走るものの、黒毛のキメラはじゃれ合いに慣れているのであろうか、彼女の武器である牛頭馬頭が刺さったのは地面で、その横でジャンプして回避した細長いものが胴体着陸。
「仕方ない!」
ハバキの腕が白色に輝く。そしてその腕を使って矢を放つ。はぁはぁと心地よい興奮に包まれているブラック&タンの長い胴へとぐざりと2本刺さる。さすがのキメラも、エミタによって強化された一撃にキャインと痛みでのた打ち回った。ポロリと落ちる矢、樹皮が剥けたクヌギのごとく、血がどろどろと流れ出る。
「よし」
とハバキは自分自身を称える。どこからか、野太い声が聞こえるが、気にしている暇はない。彼は、黒毛の対応しなくては、と判断。そう決めた以上、しっかり目線を対象から外さない。
●モフモフ小麦畑
「もふるのは諦めて」
横でごろんごろんと回転する何かに目もくれずに、小鳥がディオメデスの、凶悪な三枚の刃を標的へと向ける。が、彼女の足が動くより前にシナモンカラーが地を這いながら突進する。
「しまった」
その光景を見た光があわてて盾となろうと移動しようとするが、間に合わない。小鳥は大鎌で毛深い蛇の接近を抑えようとするが、キメラは動かす得物を巧みに避ける。そして、飛び上がって彼女の上半身にもふっと密着。それからあっと、彼女が声を出す前に締め付けの動作が始まる。彼女が毛の柔らかさを堪能できたのもほんのちょっとだけ、すぐにぎりぎりと締め付ける音。
「離してください」
と、体を動かし、生きたロープを解こうとする。それに続いてブラック&タンのキメラも、ふわもこに興味津々のαへと締め付けようと飛び跳ねる。
「あ、だめ」
アオザイの女性の体に食い込もうとする。それによって胸や腰の曲線がより引き立つ。
続いて、光が己の武器のイオフィエルの爪を、小鳥を締め付けるキメラの毛皮へと何度も打ち込む。血の噴出と共に襲う痛みで驚き、シナモンカラーの口からキャインという悲鳴。それと共に締め付けが緩む。その茶色の毛に浮き上がるように目立つ傷口からは、背骨だろうか、肋骨だろうか、白い何かが覗く。続いて小鳥は大鎌の柄をキメラと己の間に入れて、隙間を広げて脱出。
「一気にけりをつけます」
間髪いれずに体を回転させて、己を縛っていたキメラに、3列の刃を切り込むと、小鳥は望んでいなかったが、綺麗な茶色の毛並みに大きな切れ込みが入り、その大きさに相応しい血を放出。そして、あるべきものなくしたそれは、動きを止めて躯となった。
「いい加減にしやがれっての」
他方、ハバキは焦りの表情を見せながら、矢を2本、練力を注いで放った。そのうちの1本がキメラの黒い毛並みに刺さり、より黒くするほどの血を吐き出す傷口を作る。が、はぁはぁ、と息を吐きながら、いまだにαを縛り続けている。
「あの状態でもまだ喜んでいるのか」
「請求書は怖いですが」
驚くハバキに対してアリシアは冷静なまま、装備していた超機械を動かす。放たれる電磁波がキメラをぶるぶると震わせ、さらに刺さっている矢と肉の間から大量の血を吐き出す。そして、
「きゃわわん」
と鳴いてこと切れた。
●そして風が吹く
風が吹く。緩やかな波を作る小麦畑は何もかも飲み込むような感じだ。
「ちょっとどたばたしましたが、何とか無事に倒せ‥‥ました」
光が閉めの言葉を口にしようとするが、血だらけの小鳥とαの姿をみて、戸惑う。幸い、小麦畑が燃えたり、地面が削られたりという、請求書が届けられるような事態にはなっていない。他方、倒された茶色と黒色の犬キメラは、血で毛皮は濡れ、肉が覗く。ただ、顔だけが穏やかだった。
「おじさん、本当に、助けて、ほしいのですけど」
ん、と全員が何かに気づいた。彼らが見たのは輝きながら訴える髭を生やした男性一人。
「ハッハッハッハ」
そして、クマネズミの香り漂う口を開いて息を吐く犬、一匹。目がメラナイトを思わせる艶やかさ。
「忘れていたYO、ゆーしゃジョージ」
ハバキが輝く笑顔で答える。
「ゆーしゃじゃないです。というより、苦しいですし、臭いですし、早く助けてください」
冷や汗を流しながら、必死に救出を訴え続ける穣治。その訴えが効いたのか、αは穣治へと向かってくる。
「おお、捨てる神があれば」
「この子、傷だらけですけど、大人しそう」
αの率直な感想に、
「もしかしたら良い素材になるかもしれませんね」
とアリシアが答える。
「いやぁ、いい笑顔だ、ジョージ。んじゃ、攻撃するね」
と、ハバキが弓を引くが、
「そういえば、弓使うの久しぶりだから、外れたり、万が一ジョージに命中してもユル」
「許さない、許さな、ぎゃぁぁ、助けて助けて」
寒気を感じて訴えようにも、虹色の締め付けが邪魔をする。その言葉を気にすることなく、ハバキが弓を放つ。ぶすり、と弓矢が虹色の肉に刺さるが、矢の刺さり具合は浅い。
「すまない。俺の練力切れているみたい」
切れたのは練力というより気力ではなかろうか。
「とにかく助けなければ」
力が抜けているハバキに続いて光がイオフィエルの爪をキメラの体へと刺し、続いてアリシアの超機械の放つ電磁波が異形の肺の動きは永遠に停止した。
「ふぅ、どうなるかと」
力を失った虹色の毛皮に覆われたキメラをどけて何とか立ち上がろうとする穣治の姿は青痣だらけ。
「お疲れ様‥‥です、穣治様。」
小鳥が声をかけた。
これにて、3匹の物語は終わり、6人の傭兵の仕事も無事完了。