タイトル:爆出・虎縞マンチカンマスター:火灰

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/27 13:25

●オープニング本文


「あの忌々しい裁判所の偽善者とその取り巻き共。いいもの見せてやる」
 怒りの皺しかない老婆の顔が、さらに彫りを深めていく。その彼女が歩く廊下から部屋がいくつか見える。潔癖症を示すように、調度品は埃(ほこり)が一つもない。ペルシャ絨毯や印象派の絵画類は、彼女の財産力を示していた。その中で優雅に転がっている猫達はいずれも毛並みが良く、王侯貴族の趣味を思わせる。
 しかし、この老婆の実際の姿は、あきれ返るほどの貪欲な高利貸し。さらに思考もヤクザで、小柄で細身に宿して先天的に高い身体能力が相まって、軍需物資を生産する町工場から枯れかけた木と変わらない貧者まで、残り僅かな水分を絞る取るように、金品を強奪していく卑しい人間だった。
 軍に土地を貸している故に、軍資金には事欠かない。しかし、彼女は大きな勘違いしていた。
 まず、軍に協力しているから、何かしら軍から特別扱いを受ける、と言う妄想である。しかし、それはある日突然、崩れ去った。軍の威光を盾に取立てを強行しようとした時だ。取立てを受けたものが基地の責任者に翌日訴えた。それから三日も立たないうちに、仮設テントやらコンテナが、彼女から借りている土地から別の場所に移動し、更地となって綺麗な状態となって彼女に返された。それは土地の貸し借りの契約以上のかかわりを軍が拒否した証。
 そして、もう一つ、彼女が常識を持って猫を愛している、と言う妄想だった。残念ながら、猫達がこのことを知ったら、ブーイングの嵐だろう。確かに餌を与えていくれるのだが、その餌がそのまま放置され、猫達の生活を不衛生にしていた。その上、彼女とは別に前から野良猫の世話をしているボランティアが、猫の皮膚病の治療のために一匹捕獲した時に、
「猫ちゃんを藪医者のおもちゃにするな」
 と老婆は怒鳴りながら、彼らに飛びけりを放ったのだ。
 猫の引っかき傷覚悟で行動したボランティアが、アスファルトとの接吻。予想外の人間の病院への直行。そんな問題行動を繰り返して、とうとう、司法も重い腰を上げて、野良猫に関わるな、と言う内容の仮処分を通知。そう、今、その仮処分の関係者が彼女の家の豪華な玄関へと集まっていたのだ。
「‥‥あんな連中を追い払うことが出来ないなんて、無能な弁護士ばっかり。そう、こんな腐った町なんて。ああ、せめて娘がまともだったら」
 不満を口から漏らしたまま、地面の下へと通じる、無骨なコンクリートむき出しの階段を下りていった。
「‥‥なんだ、ぐずか。とっとと最低限の仕事を済ませな」
 ステッキをふるってメイドの頬と頭を巧みに叩く。老婆にとって、そのメイドは無能で、借金まみれな『人間のくず』であった。なぜなら、一ヶ月のうちに、このメイドが過ちををしない日がないからだ。彼女が何かしらミスをするたびに、馬鹿にわかりやすい忠告として、老婆は、メイドの借金の額を雪だるまに膨らませた。そのたびに、メイドの目は泳ぎ、困惑を示したり、涙を流す。一見、第三者からしたら、それは悪趣味な道楽に感じただろうが、老婆は当然の処理であって、道楽でもなんでもないと、否定するだろう。が、いま、当のメイドにとって、それはどうでも良かったかもしれない。
「金貸しって、本当に馬鹿ばかり」
老婆が降りたのを確認すると、彼女は、一日中はめている白い手袋のまま、裏口へと向かう。
「キメラの『子育て』お疲れ様でした。といっても、地下室に持ち込みましたキメラの健康状態の把握だけですが、洗脳された人間にしては上出来でした」
洗い物が放置されたダイニングにある隠し扉のような裏口。そこから庭、そして表玄関の反対側から外へとでると、小さなドアに最敬礼を済ませ、足早に立ち去った。
その数分後、

ドカン、バキバキ、

 天井が崩れ、壁がひび割れ、窓ガラスの破片が飛ぶ。表玄関にいた人間達が驚き、あるものは身を屈め、あるものは十数メートル逃げ出した。音が落ちついて、彼らが体を直して再び見えたものは、辛うじて形を保っている瓦礫一歩手前の屋敷。

がらんごろん。

 右に傾いた扉によって押さえられた玄関を突き破って何かが姿を見せる。

「‥‥ね、こ」
「に゛ぁぁぁぁ」

 アーモンド形の大きな瞳が目の前の人間を眺める。顔は人のそれより一回り大きく、噛み付かれたら、一般人なら一瞬で死んでしまうかもしれない。その額等に見える黒と黄色の縞模様がさらに可愛らしさを強調する。何を思ったのか、背を起こし、巨大猫が直立の姿勢をとる。ふわもこの腹部を晒して、首を左右に揺らす。
「キメラだ」
「逃げろ」
 全員、屋敷にいるだろう老婆のことなど忘れて脱兎のごとく逃げ出していく。
 粉塵が消えたことで、晒されたキメラの上半身は、冬の猫の1.3倍ぐらいに毛の密度も長さもありそうな、抱きつくと毛の中へと体の半分が埋もれそうなふわふわした姿だった。

「緊急事態発生。軍の仮設基地に近い場所で巨大キメラが出現しました。出動可能な能力者はすぐに高速移動艇に向かってください」

 アナウンスに誘われて移動した能力者は、移動艇の入り口の前で立つ説明者の姿を見た。
「手短に今回の任務を説明します。全長7mのキメラ一体の征伐です。現場は住宅街。被害はすでに出始めているので、敵をあまり移動させないように。外見は手足が短いマンチカンを巨大にした感じです。最も気をつける点は、行動が出鱈目な点です。子供や幼獣にみられる気まぐれ、というものではありません。完全なランダムです。現場では軍が注意を引いて陽動や押さえこみを試しているものの、その出鱈目な動きと、巨体と耐久力に戸惑っている状態です。つまり、早急に撃破してください」

「何なんだ、あのキメラは」
 現場責任者の冷や汗が止まらない。今までお座りの姿勢で一分そのままかと思えば、突然横向きに転がり、次には斜め後ろを向いて、鳥でも見えたのだろうか、飛び跳ねて、着地と共に公民館の敷地に侵入。そのまま、子供達用のお菓子を物色。軍も一応陽動として敵の右側へと砲撃をしてみたが、にゃぁ、とないて無傷の体を三角コーンが転がるように左横に回転。囲んで砲撃しても、キメラが顔を掃除させる程度の効果しかない。辺りにはキメラが生成したサトイモ色の物体や、黄色い水溜りといったユニットが見られて混乱を助長させていた。
「とにかく、あいつらに頼る以外に道がない!!」

●参加者一覧

α(ga8545
18歳・♀・ER
大神 直人(gb1865
18歳・♂・DG
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
セラ(gc2672
10歳・♀・GD
アリス・レクシュア(gc3163
16歳・♀・FC
龍乃 陽一(gc4336
22歳・♂・AA
ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751
18歳・♂・DF
藤代 カンナ(gc4984
10歳・♂・DG

●リプレイ本文

●惨事です
「これは‥‥酷い‥‥」
 敵を見たシクル・ハーツ(gc1986) の言葉。犯人を見つけようと、それを目印に迷うように辿ると、公民館だった瓦礫の山と茶色や黄色の汚れ。そこを横切って、さらに東に数十メートル進んでいけば、問題のキメラが壁から後ろ足と尻を披露している。小道で裏側に回れば、商店のカウンターにキメラが頭を乗せている。横着なことに、その異形は置かれているサンドイッチを器用に前足で引っ掛けて口に運び、咀嚼する。
「何度見てももっこもこだね!」
 セラ(gc2672) が明瞭な声を出しながら、今回のキメラを指で示す。
「本当に、もこ‥‥もこ」
 転がっている食パンや瓦礫を飲み込むほどのその柔らかキメラの毛皮と、顔を前足で拭く動作にシクルは体を震わせる。その目はなぜか強い輝きを放つ。そのまま飛び込めない苦痛を弱めようと、息を出し入れする。
「誘惑するとは、なんて卑劣なキメラでしょう」
 アリス・レクシュア(gc3163) が、状況を一言でいいきる。だが、
「コンクリートの粉塵とかで、汚れちゃっていますね。‥‥シャンプーしたら」
 今まで丁寧にお辞儀をしていたα(ga8545)が率直な思いを吐いて追い討ちをかける。結果、シクルの表情にさらに戸惑いの色を増加させる。それを感じて、セラが必死に魅了されている女性二人を正気づけようと服を引っ張っる。そんな彼女達へ大神 直人(gb1865)が、早く動けとばかりに視線を注いでいる。その冷たさに気づいて、2人は後ろを向いて、恥ずかしそうな表情を示して、何とかその場を濁そうとする。はぁ、とため息をつくアリスは、龍乃 陽一(gc4336)を見る。彼は巨大な斧を両手に構えていつでも突撃可能な状態。華奢な骨格ゆえか、武器の大きさが引き立ち、刃の輝きも鋭利さを強調する。その隣で、どこを聞き間違えたのか。 グルメに出来るキメラ退治として参加した藤代 カンナ(gc4984)も巨大包丁を掲げる。刃物の先を例のキメラに向けて、どう調理しようか、いやそれ以前にどう倒そうかな考えていた。
「う〜ん。下処理だけで日が暮れてしまいそうです。帰るのが遅れてしまいますから、あの毛、刈り取ってお土産にしましょう」
 各々、思い思いを体で表現しているが、その8人全員の攻撃目標といったら、ハエ捕りの帯を気にして、目だけが左右と、不規則に動いている。
「キメラが戦うのに良い場所に‥‥陽動するのは困難そうですし、それに、動かせられるのか」
 遠くで観察している間に、キメラは転がって塀や柱を曲げて折ったり、電信柱を見つめながら垂直に飛び上がってそのまま圧し掛かったり、建物に突撃したりと破壊活動を続けていた。
「ともかく、攻撃するしかありません。いきましょう」
 
●暴れる獣を退治せよ
 考え出されたのは、二つの班に分かれ攻撃と陽動を試みる、という作戦。まずは、αとアリス、ドゥ・ヤフーリヴァ(gc4751) と龍乃が攻撃を行うために、接近する。前者が一気に正面よりやや右側より接近し、後者がそれぞれ、巨大猫の背後に移動していく。他方、
「‥‥ぱぁ」
「こっちだよ、ほら」
 セラにシルクが、持参した傘を用いてパタパタと動かしたり、その傘で体を隠したり、出したりしている。が、キメラの瞳は天井と食品ばかり。
「遊ぶことより食い気ですか。獣らしいですね」
 その2人と同じ班に入っている大神は、独り言を言いながら後ろで弓を構えている。そんな中、アリスが一瞬消えたかと思うと、足を輝かせながら直刀で切りかかる。と、アリスが見たのは一気に飛び出す虎縞の頭。キメラの側面を斬りながら、衝突されないように右側に体をよじる。その次に見たのは、同じタイミングで、竜の翼で接近して斧を振ろうとした龍乃と細身の剣を握って体を回転させながらきろうとしていたドゥの2人。彼らは運悪く、攻撃できず、カウンターの在ったところに立っている。
「と、ともかく、あれを、追いましょう」
 オドオドしながらドゥがいう。それに従って3人が駆け足で外にでれば、大神が敵の足を封じようと弓を放ち、藤代がバイクに乗って、キメラに向かっている光景。大神の矢は外れたが、藤代が巨大虎縞猫の周囲を回ることで、路上に引き止めた。すると、前足を地面から浮かせ、尻を地面につけて、胴を地面に垂直に立てた、お座りの姿を披露する。敵の突進に布団の柔らかさ、または人形の心地よさを連想して油断しているシクルをボディガードで助けたセラは、打ち身をした。が、そんなことを気にしないとばかりに、転がっているリボン付きの傘を、淡々と拾う。
「すまん、セラ」
「気にする‥‥ん?」
 キメラの腹部が大の字の形で凹んでいるような‥‥。
「攻撃ですよ、αさん」
「え」
 大神が呆れた声で指摘をすると、顔を半分出すα。残り半分は、抱きついているキメラの毛の中に埋没中。αの頭の下も3分の2以上が飲み込まれていて、アオザイの姿が見えない。
「は、はい」
 ともかくαは右手を上げて、武器を晒すが、ずぅっとそのままの状態。そこに龍乃とドゥが一気に切りかかる。巨大な背面にドゥのマジ・クイットにより3本の線が走り、黄色と黒の縞模様に赤い色が加わる。そして、アリスが続いて月詠を突く。が、キメラはぱちくり瞬きをするのみ。続いて龍乃がLの字に曲がっている小さな左足に斧を入れる。皮膚を切るが肉を絶つまでいたらず、敵はその足を上げて一本立ちをするかと思えば、そのまま回転。その左足に走行中の藤代のバイクに接近し、
「運転中の肉球は待ってください」
 3センチの隙間を空けてギリギリ避ける。が、注意がそれていたために、地面の瓦礫の上を走ってしまう。バイクが揺れて傾き、豪快に横転する。その音に耳すら傾けずにキメラは、にゃぁ、と鳴きしながら後ろ両足で飛び上がって雑居ビルへと落ちていく。姿勢からして、キメラはその建物に抱きつくつもりなのだろうか。慌てて腹から離脱するα。彼女が着陸する直前に、ガチャリと巨体の衝撃によってガラスが割れる音。その音に引き寄せられるように、龍乃がAU−KVの脚部に火花を散らし、アリスが瞬天速によって姿を線のごとく移動して、キメラへと接近。その後を追うようにドゥがキメラに向かえば、背に斧を沈める龍乃の姿。それに続いてアリスの刀が敵の右わき腹に二回振り下ろされ、αの両手の爪が左の側面に3度刺さる。そして、ドゥが再び、起き上がるキメラの虎縞の背面に一撃入ようとするが、キメラはそのまま体を回転させて地面を転がり、回避。その動きを封じようと大神が弓を放つが、刺さったのは胴で、その上、回転で地面とぶつかって折れてしまう。
「こっち、こっち」
 と、他方、セラは必死に傘で誘おうとするその後ろで、青く輝く瞳で睨むシクルが持ち替えた弓から矢を放つ。それは誘うべき敵のすぐ側に刺さる。が、敵の回転が逆転させるだけで、半円を描くように転がって、藤代の走るバイクスラも避ける。その光景は、キメラの出鱈目さがより極まろうとするかのようだ。そして、どん、とコンクリートの塀を破って、小さな中庭で背を地面に押し付けこすり始める。
「いい加減より意味不明」
 ため息を漏らす大神。

●惨事が惨事を呼ぶ
 攻撃を再度、2回行ったアリスの息が荒い。毛並みの良い尾が垂れている。ドゥも、酔っているような動きばかりするキメラを追い、攻撃するうちに、集中力が低下する。
「なかなか、ですね」
 龍乃が一撃、なぁごと鳴くキメラの肩にベオウルフを振り落とす。標的の骨が砕けず、顔から汗が流れ出る。全身は濡れて、しかし、押してくる敵の力強さと、舌を出してなめようとする仕草に、寒気を感じて、一気に後ろに下がる。入れ替わるようにシクルと大神の弓矢が右後脚の付け根に刺さる。そこへとαが追撃とばかりに無骨な牛頭馬頭で狙う。その彼女の真上から対応するのは、前足の肉球。αは肉球に弾かれるように飛んで、勢い良く地面に転がる。そしてアーモンド型の瞳が見つめた。キメラの視界に入ったのは、今まで援護に徹していた者達。セラとシクル、大神に、今まさにバイク形態から装甲形態へとミカエルの形を変えて突進する藤代。その藤代の手にはアルティメット包丁。竜の翼で一気に間合いを縮めて、
「お土産ゲェット、できなかった」
 刃にくっ付いている皮膚。そこから流れ落ちる血。攻撃ついでに羊もびっくりなあの体毛を取ろうとしたが、うまく出来なかったようだ。代わりに、ダメージを与えることが出来たようで、キメラはごろりと転がって、ぎゃぉーっと威勢よく鳴く。お土産だったら倒してから、と誰かの声が聞こえるが、そんなことを気にせず、キメラはセラとシクルの方向へと体の向きを変える。ただしキメラの視線は、その先にあるコンビニだけど。
「とっとと倒れな」
 それに向かい打つ形でセラが接近、両手の盾で右前足を殴る。骨が割れる音が聞こえるが、相手の動きを封じるまでにいかないようで、その愛くるしい瞳をぱちくりしている。そこへ、シクルが瞬時に切り替えた風鳥を手に持って一気に居合い斬り。
「もらった!」
 セラが殴ったところへと一気に二つの筋をいれる。さらに、大きく上に伸ばすように縦に、それに続いて斜めにも斬る。さすがに痛みが激しく、その前足に力が入らないのか、地面から離している。
「ま、最初から本気になれば、この程度の」
「まえまえまえまえ」
 解説をするように声を出している大神は、余裕があるのか目を閉じていた。その彼に声を上げるアリスと龍乃。そう、移り気なキメラは、移動方向を大神の後ろにある家に変えたのだ。邪魔とばかりに肉球に打たれてる大神。柔かなその感触は産まれたばかりの赤子の頬。一瞬脳内でバグアに白旗を揚げてしまう。そのまま放物線を描いて落ちて水溜りへとスライディングをする音。どうやらキメラのユニットに接触したようだ。おめでとう、大神。弔い合戦ではないが。ゴツンと標識の白く塗られた鉄の柱にぶつかっているキメラを7人で取り囲んで、一気に攻撃を仕掛けていく。ふっくらとした背に乗った藤代はその気持ちよさを顔いっぱいに示しながら包丁をキメラへと突き刺すのが印象的。
「ぐぁぁぁぁ」
 毛皮の色に相応しい雄たけびを上げる。が、可愛らしい前足で傭兵達にアタックする姿は、どう見てもおもちゃを弄るマンチカン。そのどこか和む戦場へ一人、ゆっくり近づいていく。
「ひぃ」
 顔を引きつってそれから避けるアリス、無表情にそれを確認して間合いを計算しなおすセラ。気づいたシクルは口がすこし開き、ドゥは困惑を、藤代と龍乃が苦笑い。彼らが見たのは、髪が濡れているものの逆立ったままの大神。鬼か竜の気配を発する。だけど、体中から、オーラのごとく、あの『芳しい』香りが立ち上がる。紅い瞳で今の姿にさせた敵を睨みながら、弓から刀へと得物を持ち替えた彼は、そのままキメラの顔へと近寄り、飛び上がる。淡く、いや、不気味に光る月詠はキメラの頭頂部へと当たる。強い衝撃の性か、キメラの鼻から赤い血が噴出。そして地面についたかと思えば、さらにキメラの鼻へと突き刺した。さすがの巨大猫もこれにはひとたまりもないのか、腹を見せてその場で両足をばたばたさせる。他方、大神は引きつりながらに笑い出す。
 そこから先、さらに攻勢となった。セラが盾で敵の肋骨を粉砕し、シクルとアリス、αの刃がわき腹に深い傷をつくる。龍乃が振るう斧がさらに、虎猫の足を砕くと同時に肉の色を外へと晒す。藤代は腹部に乗っかって、包丁で厚い皮膚を切り裂いていく。そしてなにより、大神は怒りのまま、キメラの頭部を集中攻撃していった。真っ赤に染まったキメラの顔が痛々しい。そこに、ドゥがキメラの胸に乗っかった。
「暴れない、って約束できるなら、刺さないけど」
 皮肉めいた言葉に、いまだ汚れのない瞳をぱちくり、まぶたを動かしながら見つめる、キメラ猫。傷だらけの左前足を上下に動かしているが、それは遊んでよ、と言う仕草だろうか。
「仕方ないね」
 ドゥは、残りの精神力を使って、体を回転させながら、手持ちの剣でキメラの首元を斬る。噴出する血が、キメラの死を確定させる。
「もふ‥‥」
 その光景を名残惜しそうに、シクルは見つめた。

●最後まで散々な、または
「ふぅ‥‥」
 傭兵達が到着する前に壊された水道管から噴出する水を浴びる大神。UPCから借りた石鹸を使って必死に体と脱いだ衣服を洗浄する。それを遠くから眺める軍人達。その手にはさまざまな洗剤や消臭剤が、大神の香りを撃退するために待機中。
 それとは別に、清掃活動等の事後処理に動いている軍人に混じって、αが正座をして祈っている。彼女のすぐ側には、土が弄られた跡。そこには燃やされた今回のキメラの躯が埋まっている。軍だけでそれを動かし、埋葬するとなると、考えるのも嫌になるほどの労力と時間が費やされるところを、彼女のお陰で今は綺麗に消えている。感謝の意をこめて、兵士が数名、一緒に座り、祈る。
「マスクをしているのに、においが‥‥」
 龍乃は、キメラの大きな落し物を、兵士と一緒に、手押し車に乗せて専用のトラックへと乗せていく。軍が提供した全身を覆う白い防護服を装着しているので、運ぶ量と走るスピード以外では、他の兵士と区別できない。
 そんな時に、藤代は自身のグルメメモに記録するものがないか、街中を移動する。キメラの調理は出来なかった代わりに、おいしいお店を探すことにしたのだ。いまだ住人が戻っていないので、彼を満足させる料理の匂いはない。それに今街にいるのは忙しく働いている兵士ばかり、なかなか聞き出せない。それでも彼は聞き込みと調査を続行する。
 その一方で、とある瓦礫に、シクルとセラ、ドゥが集まっている。陥没しているが故に目立っているそこは、キメラが最初に出現した場所。瓦礫には劣化を示すひび割れや汚れは殆ど見当たらない。それは、人が住んでいた証拠。おぉい、と声を出すシクル。考えながら、周囲を見渡すドゥ。そして、
「声がする」
 セラが報せる。そこは陥没の中心で、見た目はすり鉢の底。普通の人なら、落ちて二次遭難をしそうな崩れそうな地点。何時転がるかわからない瓦礫の一片の上にバランスよく立つ姿はさすがは能力者。シクルとドゥが同じく、その瓦礫を、庭に並べられた石の上を跳んで進むように、移動する。
「ん、まさか」
 幾重にコンクリートや鉄の板が重なり合う瓦礫の隙間から、白い何か。それは、
「おばあさん?」
 それはまさしく年老いた女性の頭部であった。弱々しく唸り声を上げるのが聞こえる。
「すぐに報せましょう。瓦礫を丹念に撤去しなければ、助けられないでしょうから」
 シクルはそういって、一旦、瓦礫の外に指を刺す。そこには、クレーン車とその周囲に兵士が数名。彼らの助力がなければ、彼女が救えないから。