タイトル:白い街を夢見てマスター:火灰

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/23 21:35

●オープニング本文


 豊かな森を破壊し、農地を更地にして、商店街のシャッターを降ろさせて、壊して造るのは、大型ショッピングセンターと広い道路、綺麗に並べられた広い家‥‥
 都市開発の会社を経営するN氏の夢は、ただただ『綺麗な町が延々と続くこと』。
 しかし願いは真紅の月が現れた時から潰えた。
「そういえば、オヤジが消えてから大分経ったよな。全くサツの役立たず。日頃から札束で叩いてやっているのに‥‥。恩を忘れたか」
 手入れをされた頭髪や服装はサラリーマン。しかし、その口から出るのは、健全な職業についているとは思えない暴言。彼がいるのは父親であるN氏の会社にある社長室。そこから壁一枚で隔てられている事務所は誰もいない。
 人口の減少やバグアの占領による土地の制約で、この会社が得意とした振興住宅街の開発は、皆無。商店街や旧市街の整備も、今ある建物の改築やらリフォームが中心。会社が静かになってかなり経つ。
 そんな会社が維持できるのは、N氏が鱈腹溜め込んだ資産のお陰。とはいえ、従業員はこの息子も加えて片手で数える程度。
「畜生、あの女、あれの手掛かりだけでも‥‥」
 画面を眺める男。それは監視カメラが記録した動画。ソファーで腰をかける男性とその正面に同じく座る、黒で統一されたメイド服の女性。顔は解像度が悪く、モザイクと変わらない。
「どんな話だったんだ。万が一のために仕掛けた録音機は、全部お釈迦になっていた‥‥ってなんだ!」
 割れるガラスの音。今まで聴いたこともない悲鳴のような金属音。
「なにやってんだごらぁ」
 凄みながら一階の玄関へと転がるように飛び出した息子は見た。チェーンソーを構えたはげ頭。それは、口からは涎をたらし、汚らしい顔に相応しく、左目は上に、右目は右斜め下に向いている。右手にはチェーンソー。動力部は手の保護をかねてか、チェーンソーには、腕を守るためだろうか。不釣合いな装甲が張られている。そんな奇人が、割れたガラス窓のサッシを切断中。橙色の火花が室内へと飛んでくる。
「整地じゃごりゃ、立ち退きじゃぁ」
「こ、これやっば‥‥」
 ただの狂人じゃない。直感が囁く。それにしたがって逃げようと、そのまま180度からだの向きを変える。視線は万が一に警察が令状を持って来店した際の出口。絨毯が敷かれている。今ではあること自体奇跡のトルコ製のそれを投げて、露出するタイル。そのうちの一枚の角を押す。ぱかっと観音開き。そこから覗くのは真っ暗な穴と、その側面に貼り付けられた、先が闇に飲まれた梯子。
「梯子なんて使っていられるか」
 そのまま足を下に落ちる男。細い体に秘めた運動能力で、難なく無傷で着地した社長の息子。左右には永遠と続く下水道。ぎぎぎぎ。彼の耳に異音が入る。壁からだ。
「今度は何だ!」
 顔の皺をより増やして怒る男。しかし、歯を食いしばりながら左に曲がって走る。逃げるのが正解とばかりに、壁を破り、梯子を曲げて粉砕したのは、銀に輝く金属製の頭部を回転させるモグラ型のキメラ。開けた穴から落ちるように降りて、床に腹をつける。そして、そのまま男の方向に向き、飛ぶ。ばら撒かれる肉、天井に付着する脂肪、側面を染める血。しかし暗くて臭い下水道では、全く汚泥と見分けがつかない。キメラは粉砕と言う仕事を終えると再び穴を掘って移動する。
 その上では、自分の会社が入っている建物をバグア製の強靭なチェーンソーで壊していく、かつての姿とは程遠い社長だったものの笑い声。

「依頼です。洗脳された一般人による破壊活動を止めてください」
 そういう中年男性の顔は普段より青白い。
「一般人はチェーンソーを武器に、公園の砂の城から警察署まで、目に留まる建造物を粉砕しています。そして、キメラも、一体、男の近くにいます。このキメラは、男の近くにいる人間、特に男から逃げる者を優先して攻撃するようです。どうやら男の持っているチェーンソー等の武器から電波か音波が発せられているのか、男の位置を把握した上で、その男から遠ざかる物体の振動を感知すると、それに向かうようです」

 キメラの攻撃方法は、狙った対象から10m付近に出現し、そのままジャンプする突撃が中心。あと、対象の移動する先、または停止している対象の足元に空洞を作って落としてしまうという、小賢しい技も行うらしい。
 さらに、建造物の破壊に専念する一般人も、振り回すチェーンソーがかなり強力で、傭兵でもかなりのダメージを負う可能性がある。とはいえ、一般人なので、その体の強度は強化人間やキメラと比べれば‥‥弱い。

「戦闘場所は穴が開いていたり、敵の掘った空洞による落とし穴が潜んでいたりする恐れがあります。それ以外にも、予想外のことが生じるかもしれませんが、ともかくお願いいたします」

 こうして集められた傭兵達が現場へ移動している時、武器を振り回している問題の狂人は小学校へと走っていた。
「けけけけ、ボロ校舎、かいたぁぁい。新コーシャ。ホルマリンのぉ、かおり〜いぇい」
 今、絶叫と、エンジン音、金属音が学び舎を包もうとしていた。

●参加者一覧

夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
ウルリケ・鹿内(gc0174
25歳・♀・FT
シグ・アーガスト(gc0473
18歳・♂・EP
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
秦本 新(gc3832
21歳・♂・HD

●リプレイ本文

●廃墟をくぐると
 能力者たちは、全速力で現場に向かう。所々に見られる陥没や、壊された外壁、印を失った標識が点在する。中にはぎぃ、ぎぃ、と悲鳴のような音を発している建物も。
「ここからでも充分に聞こえますね」
 軍の情報に従ってたどり着いた学び舎の正門。そこからでもガラスと金属が砕かれ、切られる音が伝わる。しばらくすると、能力者たちの背後から車の音。振り向くと白いワゴン。
「漸く来たか」
 夜十字・信人(ga8235)が前もって呼んだ救急車だ。車内では救命士達が無言で待機している。これで準備は整った。
「いこう」
 能力者5人がコンクリートの道を通って轟音の元へ。
「アヒャヒャ」
 轟音に混ざる奇声。音のするほうを見れば、二つの扉がくっ付いている大きな玄関。そこで、男一人がチェーンソーの切断芸を披露する。
「これはただの襲撃なのか‥‥嫌な予感しか、ゲホ、しない」
 裏門から来たソウマ(gc0505)の言葉が、この仕事のすべてを語っていた。探査の目を使用しなくても、違和感を放つ。隠密潜行を使用していたお陰で、6人の中で一番N氏に近づいていたが、氏に気づかれていない。お陰で、狂った解体業者が撒き散らす粉塵や木片が飛んできて、ソウマは別の意味で苦しい。
「そこまでです。武器を止めなさい」
 秦本 新(gc3832)がまず初めに、N氏に警告の声を発する。が、男の切断芸を止める気配はなく、下駄箱の右半分を切断し終える。
「‥‥理解できないどころか、聞こえないのか」
 秦本が息を吐く。切断されて転がった木片を、憎き敵が倒れたとばかりに、狂気に包まれた男は何度も踏んでいる。勢いよく飛んだ大き目の破片が、ソウマに当たる。
「独善的であったにしても、こんな事になってしまった事が唯、悲しいです…」
 ウルリケ・鹿内(gc0174)が哀れむ声をかける。
「いい加減にしろ、そこの不審者」
 入れ替わるように、夜十字が2人の少女の幻影を引き連れて、威嚇。自身のエミタAIに仁王咆哮の指令を送った夜十字の声は声優のように明瞭で、敵を能力者たちへと向けるのに充分だった。
「その学び舎を壊したら、修理費はどこが出すと思っているんだ!!」
能力者の正当な苦言に対して
「ジショーシっミンのクソー」
 男は前と同様の意味不明の暴言を叫ぶ。対する、夜十字は巨大な十字架、いや、両刃の剣、クルシフィクスを構えて、淡々と敵の次の一手に備える。それに答えるように、N氏はバグアから与えられたチェーンソーを天に掲げて、突進する。それはまだらに禿げた頭髪を踊らせるほどの勢い。下がりながら構えたい思いを押しごろしながら、そして、
「ギギギッギ」
 響く金属音に飛び散る橙の火花。強さを感じさせない持ち主とは裏腹に、チェーンソーは僅かながらメトロニウムの剣に損傷をさせている。
「B級ホラーなら斬られているのかな」
 冷や汗を流しながら出す声は、相手には聞こえないだろう。例え、ぶつかる武器の音が小さくても、
「チキューシミーン、シッケー!!!」
 とN氏自身の絶叫が彼の耳をふさぐ代わりとなっているのだから。おまけに、氏の動きは出鱈目で、かつ大振りの動きをするので、一般人である彼を無力化させたいウルリケは、N氏の後ろ左に接近しようとしても、チェーンソーから逃れるために、また離れなくてはいけない。
「もうおやめになってください」
 訴えかけも併用するが、全く聞いている気配はない。他方、ソウマは、
「周辺に敵はいないです」
 と、冷静に探査の目による周囲の探索を続け、結果を口に出す。2人は耳で拾ったそれを頭に入れながらも、なお攻撃を続ける哀れな人に視線を合わし続ける。

●戦い始まり
 金属同士が削りあう音を合図とばかりに、キメラを退治するべく、黒瀬 レオ(gb9668)と秦本、そして、シグ・アーガスト(gc0473) は黄褐色の荒野のようなグランドへと向かう。地面は所々、亀裂が見られる。キメラが用意した即席の落とし穴なのか、元々からある亀裂なのか、わかるのは
「いざ尋常に勝負をお願いします」
 と、言って探査の目を発動させたシグのみ。気づいた彼は、慌てるように、
「敵は中央にございます。あ、今こちら側に動いています! それと、正門よりのところと‥‥に落とし穴の可能性が」
 捕らえた敵の動きとフィールドの惨状を指摘しながら、閃光手榴弾のピンのピンを抜く。軽いその音を掻き消すように、その彼の左右から、黒瀬と秦本が飛び出し、校庭内を走り回る。
「鬼さんこちら」
 黒瀬が声を出しながら、黄褐色の地面をジグザグに移動する。他方、秦本は地面に見渡しながら、動き回る。亀裂はあるものの、その下に這いずっている物の気配は感知しようとする。地面の揺れがだんだん大きくなっていくのを感じ取り、
「秦本様に向かっています。後ろから!」
 シグの指摘が秦本の耳に入った。落とし穴を恐れて直線的な動き開始しつつ動き続ける黒瀬より、彼の動きが安定していたためだろうか。僅かに隆起している地面が一気に頑健な騎士へと進む。頬を一筋の光を点す秦本が振り返って見たのは、自分へと飛んでくる、銀に輝くドリル。逞しさのあるハイドラグーンは、その高重量の装甲からでは想像きない滑らかな動きで、すぐに横にずれて回避する。避けられたキメラは、己の鼻をそのまま地面に刺して、潜っていく。しかし、それを逃さないとばかりに、黒瀬は紅に輝く大太刀、「紅炎」をキメラに突き刺し、引き出そうと進んでいく。
「黒瀬様、足元に落とし穴」
 シグの指摘で、おっと、と声を出しながら立ち止まり、左に曲がって迂回しようと走っていく。低脳なキメラの予防措置は全く役を立たないまま、黒瀬の主兵装は地面に刺さり、
「よし決まった」
 手に持つ得物とともに上を向けば、天にあがった、俵型のキメラの胴体。光の照らされて、炭化したクリームコロッケのようなそれが、油落としの金網に転がされるように、グラウンドへと落下。ばたばたと釣られた鯛のように全身を動かすキメラは、しかし、その体は前後左右、上下に移動しない。
「うりゃぁ」
 大太刀に紋章が浮かんだと思うと、それは一気に収縮して刀身に吸い込まれた。刀身は強く輝き、照らされる顔には温和な表情はない。そのまま、腹を晒すキメラの急所へと突き刺す。
「ピキィィ」
 痛みを示す悲鳴に、次は秦本が右腕をスパークさせながら、和槍を異形へ突き刺す。4回振られたそれが決まると、血溜まりが生じた。が、手足を振り回すキメラの動きに、衰弱の兆しはない。
「‥‥ともかく倒します」
 敵の元へと移動し、仕込み箒の隠された鏡のような刀身を晒す。そして、一気に2回、斬り付ける。宙を舞う、異形の血液。それは浴衣に赤い無意味な赤い装飾をつける。

 その一方で、一般人対応の3人は、いまだに無軌道な動きを示す男に振り回されていた。
「こんなこと…あなたは、したかったのですか? 綺麗な街とは唯、建物が整然と並んでいれば良いのですか。生きた街のほうが」
「ノーコンパーックトシっティーノー」
 説得を遮るような絶叫で、あっけにとられるウルリケ。仕方なく、叩くように腕を攻撃しようとして、響くごぉんという金属音。腕を覆うように装着されているチェーンソーの頑丈な外装が邪魔をする。おまけに、相手は一般人、不用意に強い打撃を与えれば、昏睡どころか、致命傷になりかねない。哀れみの表情から、戸惑いの表情へと、彼女の顔が変わっていた。
「がばばばばで」
 バグアに正気を奪われた被害者は、雄たけびを発しながら、夜十字へチェーンソーを振る。
「学校のみならず、俺の武器の損害賠償もほしいのか、この‥‥」
 再び、クルシフィクスを傷つける。火花が、お互いの武器の歯を痛めつける。しかし、チェーンソーの殺傷力が落ちる様子はない。非常にゆっくりとしたものだが、B級ホラー映画の被害者の運命へと近づきつつあるという滑稽さが、彼の顔に冷や汗を流させた。
「あとは‥‥これは、チェーンソーに爆弾が仕込まれている恐れがあります」
 そんな中、ソウマは冷静に観察を続けて見つけた『罠』を、淡々と伝える。だが、この状況を打開する決定打にならず、苦虫をかむように歯をかみ合わせる。おまけに、GooDLuckと探査の目のお陰で、もう一つの小さなことも見つけ出した。
「足の動きが、おかしい、相手は損傷しはじめている!」
 ソウマはより大きな声でウルリケと夜十字に警告。立ちはだかる能力者に夢中のためか、洗脳の方法に問題があるのか、男は無茶苦茶な攻撃をし続けたために、体が痛み始めていたのだ。

●戦は暗転
「閃光、参ります。お気をつけくださいませ!」
 そういって、シグが手から放った閃光手榴弾は弧を描いて、黒瀬の、そう彼の側で攻撃しようと出てくるモグラへと落下していく。警告に注意して目を覆う黒瀬と秦本、そしてシグ。その小型の兵器が地面に落ちて閃光。
「効果がありましたでしょうか」
 シグは目を開け、見たのは穴。
「逃げたようです」
 黒瀬が、残念そうに言う。彼が天地撃でキメラを吊り上げて総攻撃を仕掛けた後、キメラ対応の彼ら3人は、苦戦を強いられていた。理由は、彼らが弱いからではなかった。事実、秦本の、得物を持つ腕をスパークさせた竜の爪を地中のキメラに喰らわせた時に出来た、血痕のある窪みが見られるのだが、
「耐久力が‥‥高い」
 黒瀬が銀髪を持ち上げながら、言葉を息のように吐く。僅かな地響きにより、キメラが自分に近づいているのはわかるが、深紅の瞳で周囲の地面を確認しようにも、地面の隆起からは判別できない。ただ、
「黒瀬様、左からキメラが来ます」
 浴衣姿のシグの忠告のみが頼りなので、テンポが遅れてしまう。それをあざ笑うように口をあけて飛び出す、キメラ。鋼のドリルの頭部が黒瀬の腹部を狙う。素早く避けるが、左わき腹と左腕に衝撃。かすったダメージを耐えながら、キメラの動きを追う眼は、水へと飛び込む魚のように、その姿を隠してしまう。こうなってしまうと、
「アーネストさん、敵の気配は」
 秦本がすぐにシグに探査を願う。そう、隠れてしまうために、秦本や黒瀬の攻撃がなかなか当たらない。唯一、シグのみは、探査の目のお陰で、敵や攻撃も、
「自分ですか! 隠れ続けるのは、いい加減していただきたい!」
 そう、今キメラが作った落とし穴も、飛び跳ねて後方へと移動することで回避したように、逃れることが出来たし、有効な攻撃を与えていた。が‥‥

「チェーンソーを落とすのは難しい。なら」
 このまま狂った人間の戦闘演習を続けるのも危険と判断する、ソウマとウルリケ、夜十字はお互いに目で合図を送る。そして、
「攻めさせてもらいます」
 一気に接近して、大剣でチェーンソーを押さえる夜十字、その行動に、N氏は目を大きくして、頬を硬直させる。当初は絶対防御を使って敵を抑える予定だったが、今の相手の状況なら、不要のようだ。
「セートーボーエー。セートーボーエー」
 金魚が水面で口を動かすように、顎を上げ下げするN氏に、夜十字は、ではがんばってください、と静かに応答する。が、内心は慌てていた。クルシフィクスから伝わる、男のどこかの関節が外れる感覚。その彼の横からウルリケが飛び出し、薙刀の柄でチェーンソーを打つ。と、同時にソウマが狂った男の首へと手刀を落とす。
「セ‥‥」
 口をあけたまま気絶して倒れるN氏。チェーンソーは緩んだ手に反応したように、唸りを止めて、腕についたまま落下する。
「骨折が追加されるかもしれんが我慢してほしい」
 そう侘びを言いながら、素早くN氏と彼が握る武器を切り離す夜十字。ウルリケも素早く、押さえ込む。そのまま、着ていたケプラージャケットで縛り上げる。露出する腕。そこに張り付いていたテープと線が見える。それを見たソウマは素早くチェーンソーに近寄る。
「あぶない!!」
 武器は、何かを感知したのか、音を発している。最悪を予想して、ソウマはすぐにバグアの使い捨て武器を蹴り上げる。弧を描いて校庭に転がる。が、それっきり、閃光も爆音も、ガスもでなかった。
 
●尻切れ蜻蛉
 チェーンソーが転がっている時、今まさに秦本へと攻撃しようとしていたキメラが、鼻を地面から出したまま停止。秦本とシグ、黒瀬は突然の変化に驚く。それにどう対応しようか、戸惑っているうちに、キメラは鼻を引っ込め、潜っていく。
「キメラが正門へと向かいます」
 シグの指摘どおり、地面の盛り上がりが正門へと伸びていく。
「これは、まさか逃走か!」
 秦本が声を出して、装甲全体をスパークさせたまま、攻撃を放つ。命中し、転がり出てくるキメラ。が、黒瀬の大地撃とは違うのか、強烈な攻撃とダメージを気にすることなく姿勢を正す。そして、そのまま能力者に短い尾っぽを向けて、地面に潜る。地面の隆起と亀裂は正門を通り、救急車を無視してさらに進む。キメラは全速力で逃げるため、地面の亀裂を追う様に走る3人の能力者。追いかけっこの開始。
「逃がさない」
 そんな声を言ったのは誰だろう。道と敵の痕跡を頼りに左に右に、曲がっていく中、ついに、目の前に2階建ての木造家屋が立ちはだかった。キメラは深く潜って壁の下から通っていく。が、能力者たちはその行き先すら、見ることが出来ない。それゆえに、バグアの建てたどんな頑健な壁よりも、頑健に見えてしまう。
「すぐに迂回して」
 追いついたウルリケの声。それに従うように、4人は一斉に左右に分かれて捜索を開始する‥‥。

「爆発のトリガーは、今はわかりませんが、ともかくチェーンソーは、N氏が無力化したことを感知すると、キメラに逃走するようになっていた、ですか」
 今先ほどまで、夜十字と共に、狂わされた一般人の検査と拘束をしていたソウマ。かれは、今判明していることから推測できることを口にした。そして、笑みの一片もない顔のまま、全くこっけいな、と吐く。
「はぁ」
 一番苦労をした夜十字、自決や隠れた爆弾への警戒のために、ウルリケがキメラ退治に加勢した後、衣服を無理やり脱がして縛り直したのだが、精神的なダメージが大きかった。
 縛られたまま、タンカーに乗せられるN氏。目覚めたのだろうか。目を左右バラバラに動かしている。それがどんな意味を持つのか、全く読み取れない。それをゆっくりと動かす救命士達は、困惑の表情を浮かべている。
 救急車が患者を乗せて、現場から遠ざかった頃。ゆっくりとした足取りで学校へと入っていく4人の能力者。
「逃がしました」
 シグが、悔しそうに言う。しかし、
「無事で何より」
 夜十字が、ゆっくりと答えた。