タイトル:小さな妖精の初恋マスター:神木 まこと

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/05 01:11

●オープニング本文


 長い黒髪は肩にかかり、神秘的な琥珀の瞳は心を奪い去る魔眼のように怪しく輝いていた。長身に無駄のない身体、剣を無造作に肩に担いだその姿はまるで異国の騎士のようだった。
 偶然だった。
 彼がおぞましい化け物をその剣で切り捨てた。そのときその場にふわふわのワンピースを着た少女はいた。
 心奪われたように立ち尽くす少女に、男はにこりと笑い。少女の鮮やかな金色の髪を撫でた。
「小さな妖精さん、怪我はないかい?」
 その瞬間、イレーヌは現代の騎士である青年に心奪われた。
 彼は能力者。
 この世界を守る、現代の騎士。

「それで、なんの用? この間の説教ならもういいじゃないか。しつこいと部下に嫌われるよ、おっさん」
 おっさん呼ばわりされてロバート・エイムズは密かに傷ついた。
 まだ三十前で、十分若いつもりなのだ。
 実際、外見だけならそこそこ整ったハンサムといえないこともなく、間違ってもおっさんくさいなどとは言われない。同僚の女性からも「ロバート大尉は若く見える」と噂されているのを聞き知っている。
 目の前の黒髪を伸ばした軽そうな青年は、ジョン・マルケルス。なんでも課に登録している能力者だ。
 まだ新米のくせに態度がでかく、上司や先輩にも横柄な口をきく。
「今日は説教じゃない」
 依頼主の娘を口説いてあっさり捨てたことならもう決着がついた。
「じゃあ仕事? 俺この間仕事したばっかだから面倒なのやだよ。キメラ退治なんてそこらの腕力馬鹿にやらせりゃいいじゃん。俺はもっと知的なの。あんな埃まみれの仕事なんて最悪だよ」
 面倒くさがりで、わがままで、自尊心ばかり高くて、顔がいいのをいいことに女性を口説いて遊び回っているような男でも大事な部下だ。そう大事な部下なんだと胸の内で繰り返す。
「キメラ退治じゃない」
「じゃあ、なに。面倒なのはやだよ。楽で稼げて可愛い女の子がいれば完璧」
 この野郎、ホストにでもなりやがれ。
「とある女の子の依頼でな」
「美人?」
「可愛い子らしいな」
 その返事を聞いてジョンは急に張り切りだした。
「いいじゃん。あんたもようやく俺のことがわかってきたみたいだな」
「依頼内容は簡単だ。ちょっとその子とデーとしてこい」
「おお、話わかるじゃんって‥なにそのうさんくさい依頼?」
「不服か?」
 さも意外そうに聞き返すとジョンはチンピラのような仕草でこちらをにらみつけた。
「なんか裏があるんじゃないの? 俺をだまそうったってそうはいかないよ?」
 ロバートはまじめくさって書類をめくってみせた。
「要はレディーのエスコート役だ。その子を楽しくデートさせてやればいい。一日つきあえば満足するだろう」
「このかっこよくてステキな俺をご指名とか?」
 まんざらでもなさそうに自信にあふれた台詞を言う。
「その通りだ。向こうは君を指名している」
「へぇー、誰なんだよ。教えろよ」
「イレーヌ・エマール、君に以前たすけられたことがあるらしい」
「イレーヌ? さぁ、だれだったっけな。まぁいいか。可愛いんだろ?」
「ああ、まるで妖精のように可愛い子だよ」
「いいネ! いつもそういう仕事ならいいのに」
 そういって書類を奪い取り、浮かれながら課長室を出て行く。
 ロバートはしばらく黙って閉じた扉を見つめていたが。
「まぁ、いっか。嘘はついていないしな」
 そういって仕事に戻った。

 仕事の日。
 場所はエイジア学園都市。
 約束の待ち合わせ場所に、軽く気合いを入れたジャケットなぞ着込んだジョンが行くと、そこには小さな少女がいた。
 鮮やかな金色の髪に澄んだ青い瞳、日焼けなどしないような白い肌。可憐な妖精と言われてなるほどと納得してしまいそうなかわいらしい女の子が緊張に身体をこわばらせ、期待に頬を紅潮させて立っていた。
 なるほど可愛い、確かに可愛い。
 しかし。
 ジョンはいやな予感を感じつつその子に名前を聞いた。
「イレーヌ・エマールです。今日はよろしくお願いします」
 気負ったように一息で言った。
 ジョンは急にやる気が失せたように唇をひん曲げて笑った。
「お嬢さん」
「は、はい」
「十年たったら逢おう」
 そしてさっさとその場を立ち去ってしまった。
 後にはぽつんと何が何だかわからず取り残された七歳の少女が残された。
 イレーヌはその夜、家に戻って泣いた。

 ロバートは眉を寄せてうなった。
 ジョンはこういう。
「ガキは嫌いだ。俺は女とデートはする。けれどガキとデートする趣味はない。他をあたれや、おっさん」
 イレーヌ嬢は七歳。とてもかわいらしいご令嬢だが、この男のお気に召さないらしい。
 しかし依頼は、この性格破綻男に惚れた少女がこの性格最悪男とせめて一日過ごしたいという依頼だったのだ。
 それを、置いて帰ってきた?
 それも会った直後に速攻で?
「どこまで性格の悪いやつなんだ!」
 うかつとしか言いようがないがロバートはジョンが女性に優しいなら女の子にも優しいだろうと思い込んでいた。
 けれどジョンはあれは女じゃなくてただのガキだという。
「どうしたものか‥」
 おかげで少女は落ち込んで部屋に引きこもってしまった。
 なんとかフォローしなければなんでも課の信用に関わる。
「男女関係が理解できて、子供の相手もできて、あのクソ馬鹿に言うことを聞かせられる人材はいないか?」
 なんとかしてこの事態をフォローしなくてはならない。
 かわいそうなイレーヌ嬢にあのクソ馬鹿をあきらめてもらうか、あるいは一日だけでもつきあうようにあの子供嫌いを説得するか、あるいは他の魅力的な男性にでも慰めさせるか‥。
「なんでこんなことになるんだ‥」
 ロバートは自分の失策に頭を抱えた。
 後始末を押しつけるのも気が引けるが、あちらに頼んだ方がいいかもしれない。

 ロバートから連絡を受け取ったアンジェラ・ブロウはエイジア学園都市、なんでも課分室の総力を挙げて事件の解決に乗り出した。
 有志を募り、全力でフォローする。
 年端もいかない女の子が傷つけられたことにアンジェラは結構怒っていた。
「女の敵ですね」
 そうジョンを評し、
「こんなことがあったらトラウマものです。なんとしても乙女の夢をフォローしてもらいます」
 小さな拳を握りしめて力説する。
 具体的な方法はと問われてあっけらかんとこう答えた。
「みなさんに任せます」
 なんでも課分室室長さんのけっこう無責任発言。
 うわ、丸投げだよ。
 能力者たちがそう思ったかどうかはわからない。

●参加者一覧

マクシミリアン(ga2943
29歳・♂・ST
門鞍将司(ga4266
29歳・♂・ER
木花咲耶(ga5139
24歳・♀・FT
瑞姫・イェーガー(ga9347
23歳・♀・AA
イスル・イェーガー(gb0925
21歳・♂・JG
シァン・ツァイユン(gb3581
43歳・♂・GP

●リプレイ本文

 刃が肉を裂き、撃ちだされた銃弾が内臓をえぐる。
 噴き出す血。
 荒い呼吸、噴き出る汗。自らも血を流しなら敵を倒すために武器を取り、勇敢に戦う能力者たち。
 これはなんだ?
 俺はなにをやっている?
 剣を振り回し、必死にキメラの突進をかわし、思うことはもう失った夢だった。
 使いこなれた様子に適度に散らかった小部屋。
 鼻につく匂いは鮮やかな色彩を放つ顔料の匂い。
 小さいが自分だけのアトリエ。
 まだ学生である自分がこんな部屋をもてる。それはとても恵まれていて、幸福なことだ。
 学校から帰るとすぐにこの部屋にこもり、芸術の女神の声を聞こうと躍起になる。
 美しい女性を描いた。
 雄々しく戦う騎士を描いた。
 どこまでも広がる生命力にあふれた自然を描いた。
 まだまだ他人に認められるような出来ではない。欠点も多い。何よりも未熟であり、そしてなにかが不足していると感じていた。
 それでも楽しかった。
 一心不乱に線を引き、その線は思い描く姿となり、そこに筆を入れ、そこには心の中にあった人物が、風景が現れる。
 技術は拙くとも情熱はもっていた。
 そしていつか、心の中にしまわれた美しい景色や人物を完璧に、いや、より美しく生き生きと表現できる日が来ると信じていた。
 そんな夢の中で戯れるような日々に奴らは突然やってきた。
 能力者の適性がある。
 世界をまもるために戦って欲しい。
 そんなものに興味はなかった。
 俺はただ、この胸の内にある美しさを、自らの手で表現したいという欲求しかなかった。
 それでも気がつくともう断れない状況になっていた。
 俺は夢のアトリエから連れ出され、そしてきっともう二度と戻ることはない。
 能力者の才能などいらない。
 俺は芸術の女神の声を聞き、その腕に抱かれ、導かれるままに夢の光景を描きたかった。
 俺は決めた。
 能力者にはなってやる。
 けれど世界をまもってなどやらない。
 ただ気の向くままに遊びほうけてやる。
 夢のアトリエを失った俺に、もう執着すべきものなどありはしないのだから。

 ジョン・マルケルスはその日以来、筆をとったことはない。
 芸術の女神の声は聞こえない。
 夢のアトリエに足を踏み入れることはない。
 もうすべてが終わったのだと思っていた。
 自分はもう美しさに焦がれることも、突き動かす衝動を感じることも、心をふるわせるものに出会うこともないのだ。

 ある日であった小さな少女。
 金色の髪が日の光に輝き、ふわりとした服装がまるで妖精がベールをまとっているようだった。
 青い瞳に強い好奇心と憧憬の念を浮かべ、頬を赤く染めていた。
 とても小さな女の子。
「小さな妖精さん、怪我はないかい?」
 夢もなにもなくなった戦場に紛れ込んできた妖精。
 ふとこの子を描きたいという欲求が浮かんだがすぐに打ち消した。
 もう、すべては終わったのだ。

「なあ、ジョンさんよ。この嬢ちゃんとずーっと付き合えって言ってるわけじゃあないんだ。依頼が来ておたくのボスがそれを受けた。それなら任務を遂行するのがプロってもんだ」
 ああまったくその通りだ。
 目の前の男の言っていることはよくわかる。
 マクシミリアン(ga2943)といったか、今回のもめ事の後始末にかりだされたらしい能力者だ。
 ジョンより年長で、ロバート大尉とほぼ同年代に見える。
 身長が高めで、黒い髪を後ろになでつけたすっきりした容姿の男だ。
「あんなガキとデートしろっていうのか? 俺は女好きだの軽薄だのいわれるのは慣れている。だけどな、変態と呼ばれたらさすがに傷つくんだよ」
 ああ、まるで聞こえてくるようだ。
『ジョンのやつ、ついに普通の女には飽きて子供に手を出したらしいぞ』
 悪意ある陰口がいまにも聞こえてきそうだ。
 しかしマクシミリアンは相手にしなかった。
「だいじょうぶだって、なあに傍目には兄貴と妹が連れ立って歩いているようにしか見えないから恥ずかしくないって」
 全然似てないのに兄妹を連想させるのは無理がある気がするが。
「一日だけ、あの子にいい思い出をプレゼントしてやればいいんだよ。簡単だろう? 仕事だと割り切れよ」
 確かに、簡単かもしれない。
 けれどジョンにはいまいちあの子が何を望んでいるのかよくわからないでいた。
「そうはいっても俺、あのガキをたすけた憶えなんてないぞ。たまたまドンパチの現場に紛れ込んできたから声をかけただけだ。もちろん口説いてもいない」
 不機嫌そうな女性が声を荒げた。
「ボクだって似たような経験あるんだけど、気を失いかけてたからその人の顔もなにも記憶に残ってなくて、今どこにいるかだって知らない」
 柿原ミズキ(ga9347)だったか、いまにも殴りかかってきそうだ。そばに立つ少年が必死になだめている。その少年はなぜだか怪我だらけだ。
 たしかイスル・イェーガー(gb0925)だったかな。
 なにかの作戦で負傷したのだろうか。
 それでもおさまらないらしく柿原は怒鳴り散らした。
 どうでもいいが騒がしい女だ。
「あんたみたいな奴、ぶっ飛ばしてやりたいよ。でもそんなことをしたって何にもならない」
 憤りをこらえるかのように拳を握り全身をふるわせる。
 おっかない。
 なにを怒っているのか知らないが、よほど我慢ならないらしい。
 イスルは特に口を出す気はないらしく様子を見守りながら怒れる女をなだめている。
「仮に俺がオーケーしたとしても、あのお嬢ちゃんが会いたがるか? とっくに幻滅して顔も見たくないんじゃないの?」
 ま、出会い五秒の別れって感じだったからなぁ。
「そっちはそっちで仲間が行っているところだ」
 マクシミリアンが自信ありげに請け負う。
「へぇ、そうかい」
 故意に情報を隠匿されたような詐欺まがいの仕事だが、仕事は仕事だ。
 まぁ、つきあっても悪くないかもしれない。どうせヒマだ。
「会うのなら会ってもいい。ただ妙な期待はしないでくれよ。俺はガキをくどく趣味はない」
「なによその言いぐさは、もとはといえばあんたのせいでしょうが!」
 柿原がまた怒鳴る。
 俺はなにもしていない。
 っていっても納得しそうにないな。この女は。
「まぁまぁ、そういわずに未来のべっぴんさんをしっかりエスコートしろよ、色男!」
「どうせなら十年後に逢いに来て欲しかったね」
 きっと将来は美人になりそうなのは、俺も同意するところだ。

 あのとき出会った男の人は、とても綺麗で優しくて。
 もう一度会って、あのときご迷惑をかけたお詫びと、お礼を言いたかっただけなのに。
 なのに、なのに。
 ‥きっとご迷惑だったんですね。
 すっかり落ち込んでいる少女を囲んで、三人の能力者は元凶への憤りと少女への同情ですっかり親身になっていた。
 門鞍将司(ga4266)は近くの喫茶店でイレーヌ・エマールの話を聞いていた。
 ケーキセットに口をつけながら細い糸目をますます細くして困ったようにイレーヌを見た。
 さてどうしたものか。
 少女の隣の席に着いた和服美人、木花咲耶(ga5139)が少女に優しく問いかけた。
「もう一度会いたいと思っておりますか?」
 イレーヌはしばらく迷ったが、「ご迷惑でないならお話がしたい」と答えた。
 迷いながらも決断した少女にシァン・ツァイユン(gb3581)は穏やかなほほえみを向けた。
 引きこもっていると聞いたからもっと内向的で打たれ弱い子かと思ったが、案外しっかりした子らしい。
「わかりましたわ。頑張って会ってみましょう。レディーからお誘いしているのに断る殿方は私が許しませんわ」
 咲耶が優しく微笑む。
 笑顔の裏でもしもの時は叩ききる覚悟を固めていたりする。
「頑張ってください。恋をするほど女性は綺麗になるものです」
 そういうとイレーヌは慌てたように手を振り、それだけでは足りないのか首を振り、さらに足をばたばたされて顔を真っ赤にした。
「こ、恋とかそういうのじゃないんです!」
「えっ、違うのですか? 私はてっきり‥」
 門鞍が思わずつぶやくとイレーヌは小さな声で「そういうのじゃないんです」とつぶやいた。
 ただ、なんとなく気になっただけなんです。
 とても、つらそうで、悲しそうで。
 どこかへ消えてしまいたがっているような、そんな悲しい人に見えたから。

 OSAKA文化学術研究ミレニアム。
 エイジア学園都市として親しまれる都市は、戦火も遠く、治安もよい、穏やかな日常が当たり前に約束されているような町だった。
 約束の公園。
 薄緑色のワンピースに白い上着を羽織り、手にはポーチをぎゅっと握って少女は待っていた。
 多くの人たちが通り過ぎていく。
 笑顔を浮かべ、無邪気なおしゃべりに熱中して歩いていく。
 そしてその人の流れを自分には関係ないといった仏頂面でやってくる青年を見たとき、イレーヌの胸は高鳴った。
 黒髪を肩に流し、琥珀色の目はどこか覚めたような周囲を突き放すような冷たさを持っていた。白のスラックスと黒のシャツが嫌みなく似合っているすらりとした姿。
 彼だ。
 ジョン・マルケルスはこちらの視線に気がつくと、表情を改めた。
 穏やかで、優しげで、どこか蠱惑的な微笑に。
「やあ、この間は悪かったね」
 イレーヌが知るはずもないが、これはジョンの女性を口説くとき専用の営業スマイルだ。
 そんなことは知らない純情な少女は高鳴る鼓動に思考回路がどこかへ行ってしまいそうになりながらもなんとか平静を装った。
「いえ。お忙しいなか、すみません」
 ふん、なんだか大人みたいなガキだな。
 ジョンはそう感じ、そういう子供ならば普通に女性に対する態度で問題ないだろうと考えた。
 見張りもずいぶんいるようだ。
 イスルと柿原、後の三人はこの子を説得していた能力者だろう。あの男はいないのか?
 周囲をそれとなく見渡しているとイレーヌが声をかけてきた。
「少し歩きませんか?」
「ああ、かまわないよ」
 公園の中を目的もなく散策して、いろいろなことを話した。もっぱら話すのはイレーヌでジョンは聞き役だった。
 学校の話、友達の話、将来の話。
 いろいろな話を少女は夢見るように楽しそうに語った。
 本当に楽しそうで、うれしそうな少女を見ているうちにジョンはふと思い出していた。
 あのアトリエは、残してきたたくさんの絵画はまだあそこにあるだろうか?
「ジョンさんは世界をまもるために戦っているんですよね?」
「ちがうよ」
 何気ない問いかけをジョンは笑って否定した。
「俺は戦いなんて嫌いだよ。世界なんて気にしたこともない。だってそうだろう、俺が戦わなくてもどこかで誰かが戦うだろう。なら俺が夢をあきらめてまで戦わなければならない理由はどこにある?」
 イレーヌは言葉に詰まりながらもたずねた。
「ジョンさんの夢ってなんですか?」
 ジョンは笑った。
 誰にも見せたことのないような、すがすがしく、ただ夢を見続けていたあの頃の笑顔で言った。
「絵を描くこと。芸術の女神の導きのままに俺の信じる美しいものを表現することさ。それに比べたら戦いなんてくだらなすぎて真面目になんてとてもなれないな」
 世界をまもる騎士の意外な本心。
 けれどイレーヌはそれを特別意外だとは思わなかった。自分が必死に語りかけたような夢が、彼にもあったのだ。それはとても普通のことで、当たり前のことだった。
 能力者にならなかったら、きっといまでも彼は夢を追い続けただろう。
 でも能力者になったいまでは、そんなささやかな夢も叶えられないでいるのだろう。
「ちょっと待っていてもらえますか」
「どうしたの? 幻滅でもした?」
 意地悪そうに問いかけるジョンにイレーヌは強い口調で言いはなった。
「絶対待っていてくださいよ!」
 そうしてスカートの裾が乱れるのもかまわず走り去っていく。
 なんなんだろうねぇ。やっぱガキはわからん。
 自販機でコーヒーを購入し、その場で待つ。
 香りが強く、ほのかな甘みのあるコーヒーだった。
 ちびちびとなめるように飲んでいるとイレーヌがどこかの店の袋を抱えて戻ってきた。
「これ、お礼です! 今日はありがとうございました」
 そういって差し出した袋の中身はスケッチブックとペンだった。
 この小さな妖精は、この俺にこれで絵を描けと言っているのだろうか?
 昔のようなアトリエはなくても、絵を描くだけならばできるとでも言うのだろうか?
 必死に走ってきたのだろう、服にしわが寄り、息が上がり、頬を紅潮させて必死にこちらを見つめている。
 これが芸術の女神の計らい、なのだろうか。
 ジョンは小さく肩をすくめるとスケッチブックを広げた。
 真っ白なスケッチブックの一枚目に描くべき絵はもう決まっているのかもしれない。
「こっちに来い、クソガキ。この間の詫びに一枚描いてやる。ありがたく思え」
 乱暴な口調。けれどその目は温かくこちらを見つめ、口元は笑っていた。

 一本のペンで紡がれたモノクロの絵。
 その日の記念に、丁寧に額に入れられ飾られていた。
 彼がおそらく久しぶりに描いただろう絵は、一人の少女が草原で小さな妖精たちと戯れ笑っている姿が描かれていた。
 まるでいまにも踊り出しそうなような躍動感と妖精の国を信じさせるような繊細な筆致が特徴的なとても美しい少女の絵だった。
 彼は夢を取りもどしただろうか。
 きっともう一度夢を取りもどしたんだとイレーヌは信じた。
 イレーヌの出会った騎士は、世界平和のために身を捨てる騎士ではなかったけど。
 子供のように純粋な夢を見て、情熱を胸に秘めたとてもすばらしい男性だった。
 たくさんの人の協力を得て、そんなすてきな男性に出逢えたことはきっと幸運だったんだ。
 私もきっと、そんなすばらしい夢を見よう。

 タバコに火をつけながらマクシミリアンは言った。
「いろいろあったが、結果オーライじゃないか。若いってエエもんだ」
 同年代の門鞍が苦笑いする。
「私たちだって若いですよ?」
「違いないですね。私に比べればお二人はまだまだお若い」
 シァンがそう微笑む。
「‥説得、うまくいって‥よかった」
 イスルがそういうと柿原もうなずいた。
「最初はどうなるかと思ったけどね。案外悪い奴じゃなくてよかったよ」
「あの絵もよいものでしたね。これを機会に心を入れ替えてくれるとよいのですが」
 咲耶たちもあの絵を見せてもらっていた。
 そして不真面目なナンパ男ジョンの意外な一芸に意外さを感じたものだ。
 しかし思えば、最初からジョンに詳しい事情を話していればこうもこじれずにすんだのではないだろうか?