タイトル:その力はなんのためにマスター:神木 まこと

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/16 00:51

●オープニング本文


 北アメリカの主要都市から離れた片田舎に一人の青年がいた。
 そこは小さな町であり、つい最近キメラによる被害を受けた場所だった。
 いまはようやくその騒動も治まり、町は平穏に戻ろうとしていた。
 その町の有力者の家、その一室で一人の青年が待たされていた。
 茶色の髪を好きにのばし、黒いコートに身を包んだ男だった。
 名をアルバートという。フリーの傭兵をしている。この町の有力者に雇われキメラ退治をした能力者だった。
 その青い瞳は不快げに細められていた。
「足りないな」
 青年の前には三人の男たちがいた。
 二人は無骨な猟銃をもっており、緊張した様子で目の前の青年を見つめていた。目の前にいるのはキメラを一人で殺した化け物のような男だ。このぐらいの自衛手段は当然だと思っていた。
 その中でリーダー格の年長の男がたまりかねて声を張り上げた。
「そうはいってもないものはない! これで精一杯なんだ」
「拝み倒してキメラを退治させて、報酬は出し渋る気か?」
「そんな気はない! だがあんたの要求は無茶だ! この状況で町が出せる精一杯なんだ。それでも十分相場以上の報酬のはずだ!」
「相場なんて知らないな。これは俺の値段だ。わかっていて雇ったはずだが?」
 交渉役を任されていた男は、これは話し合いにならないと判断した。向こうはいっさいの譲歩をする気もなければ世間の常識もどうでもいいといっているのだ。
「ならば我々は報酬を支払わない。とっととここから出て行ってくれ」
 交渉役の男が懐から拳銃を出して青年に向けた。それを合図に後ろの二人ももっていた猟銃を構える。
 威嚇のつもりだ。これ以上しぶるようなら実力行使をすると。
 いくら能力者とはいえ見境なく暴れ回るわけにはいかないだろう。おとなしく支払われた報酬だけ受け取って去るはずだと考えた。
「そうか」
 青年はただ無感情にうなずいただけだった。
 これはうまくいきそうだと交渉役の男は思った。あとはこの報酬をくれてやって町から追い出せばいい。用件が済んだならこんなうさんくさい能力者なんて連中はさっさと追い出すに限る。
 そんな交渉役の男の考えが青年にはよく理解できた。連中にとって能力者は都合のいいときに利用するだけの化け物なのだ。
 しょせんそんなものだ。
 青年の心の中でなにかが崩れた。もうどうでもいい。そう思えた。
 困ったときには呼びつけ拝み倒して難題を解決させる。事が済んだら厄介者扱いをして追いやる。そんなことがどれほど繰り返されただろうか。
 俺は、なんのために戦う? なんのためにこの力を得た?
 答えはもう青年のなかにはなかった。
 その瞬間青年の瞳が金色に輝いた。
 コートの下から刀を引き抜く。そのままの勢いで目の前にいた交渉役の男の首をはねた。
 そして突然牙をむいた男に動揺した二人の男を斬り捨てる。まさか一般人相手に剣を向けるとは思っていなかった男たちは猟銃の引き金をひく暇もなく絶命した。
「なら、俺が直接集めてこよう」
 青年はその手に血にぬれた刀を下げたまま部屋をあとにした。
 町で殺戮が起こったのはその直後だった。
「俺は強い!」
 銃を構え、刃向かう連中をまとめて斬り捨てながら青年は吠えた。
「なぜこの俺がこんな連中に媚びへつらわなければならない!」
 力を持つ者がなぜ弱い者に従う? その顔色をうかがい、お駄賃をもらって使いっ走りの仕事をしなければならない?
 アルバートは吠えた。
 剣を振るって荒れ狂った。
 牙をもつ獣が、その力をもてあますように暴れ回った。
「俺はおまえたちとはちがう!」
 能力者は、ただの人間とはちがうのだ!
 俺はなんのために戦う? なんのために力を得た?
 その叫びは哀しげでさえあった。

 通称なんでも課課長ロバート大尉は困っていた。
 三十代にしては若く見えるが、ぼんやりとゆるんだ表情はその魅力を二割は落としていた。
 能力者による一般人の虐殺。
 その後その能力者は町を占拠。
 現在その能力者の元にはならず者や傭兵など様々な連中が集まって群れをなし、町は無法状態。
「どうして私のところにこういう仕事が来るのかな? 面倒くさい仕事だよね。きっとこの人もストレスがたまっちゃったんだよ。きっと」
 やる気なさそうに愚痴をこぼす。
「討伐することになるか。人間同士で殺し合いをしている場合じゃないんだけどな」
 説得することは難しいと思う。
 一度暴走してしまった能力者が再び元のように一般人の命じるままバグアと戦う兵器となって戦うことができるかどうか。
 無法者に堕ちた能力者はなんの支援も受けられない。絶対必要であるはずのエミタのメンテナンスすら受けられない。それを覚悟しての玉砕じみた暴走であるならばどうにもならないかもしれない。
 ましてやこれだけの大事件を起こしたのだ。罪に問われないということはあり得ない。したがって無罪を条件にした交渉は不可能だ。
 けれど、小さいとはいえ町一つ占拠してしまう能力者。その能力は貴重だ。
 能力者の数は無限ではない。数が増えたとはいえ一部の適格者のみの限られた戦力なのだ。
 まったくの無罪はあり得ない。それでも彼を今後戦力とする方法がないだろうかとロバートは頭を悩ませた。
「可能ならば交渉して降伏させる。それがだめなら討伐になる。今後のことはそれから考えるしかないか」
 そうぶつぶつ呟きながら執務室に戻っていく。
「さて、誰を行かせたものかな」
 敵は暴走能力者だけではない。
 小さいながら町一つが占拠されたのだから、逃げ遅れた人々は人質にされる可能性がある。
 また能力者の力を頼りにここぞとばかりに荒稼ぎしようとする無法者どもが集まっている。
 能力者ではない一般人なのでたいしたことのない連中だろうがなかには傭兵崩れもいるらしい。ならば銃器などで武装していると思うべきだろう。
 こんな連中は利益にならないと考えたり、敵が強いとわかった時点で戦う意欲をなくしてしまうだろうとは思うが、数が集まっていれば脅威になりうるだろう。
 説得するには頭がまわり口の達者な者が必要だろう。戦いに、とくに対人戦闘が得意な者も必要だろう。そしてなにより町一つを相手にする機転と知恵をめぐらす者がいなければならない。
「人間に失望したまま、能力者であることに希望を失ったまま、死んで欲しくはないんだがね」
 もし降伏したとしても今後、表舞台に立つことはおそらく不可能だろう。
 死を望まれ、それをかばう者などいないかもしれない。
 それでも生き残る道はある。その能力を生かす生き方はある。
 裏の汚いやり方になるし、生き地獄かも知れない。しかし、犯した罪の償いは、生きてこそできるもの。それがあるのも人の世の中だとロバートは割り切っていた。
 失意のなかで、荒れ狂う心のままで自滅させたくはない。
 それを救うことも人の世のあり方の一つだ。ロバートはまだ見ぬ暴走した能力者にそう語りかけていた。

●参加者一覧

空間 明衣(ga0220
27歳・♀・AA
ナレイン・フェルド(ga0506
26歳・♂・GP
赤村 咲(ga1042
30歳・♂・JG
小鳥遊神楽(ga3319
22歳・♀・JG
リュス・リクス・リニク(ga6209
14歳・♀・SN
秋月 祐介(ga6378
29歳・♂・ER
オットー・メララ(ga7255
25歳・♂・FT
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN

●リプレイ本文

「これでは話がちがうじゃないですか!?」
 赤村 咲(ga1042)はアルバートの減刑を求め、その返事を受け取り、その内容に愕然とした。
「減刑の必要は認められない。問題の能力者は速やかに処分せよ」
 処分しろと、つまりさっさと殺せといっているのだ。
「ボクたちの受けた任務は、説得だったのではないのですか?」
 この仕事を斡旋してきた通称なんでも課ロバート大尉に問い合わせると、事情が変わったと不機嫌そうな回答が戻ってきた。
「罪には罰を、それもできれば厳罰をっていう意見が出てね。はやい話上の連中は問題をおこした能力者を処刑したくて仕方がないんだよ」
「それではボクたちの受けた任務とちがうじゃないですか」
「まぁ、なんとかする方法はあるしこちらも努力はしている。命だけはたすけられるかもしれないが、まぁこの条件ならたいていは死んだ方がマシだと思うだろうなぁ」
 他人事のようなとぼけた口調だったがその声はどこか哀しげだった。
「激戦地へ飛ばされて、一生強制労働じみた戦いをするか、それとも‥‥まぁ、彼にとっていいようにしてやってくれるかな、私らにできるのはそのぐらいだ」
 こっちの都合で割に合わない役を押しつけちゃったねとロバートは電話越しにわびた。
「命だけはたすかる。たすけることができる‥‥」
 これは難しい任務になったと赤村咲はこのことを仲間に告げた。

 空間 明衣(ga0220)と秋月 祐介(ga6378)は外部から町のなかに立てこもる連中に向かって説得を開始した。
「我々は能力者だ。このままでは掃討されるぞ。無駄な殺し合いをしたくないので解散したらどうだ? 今なら間に合うぞ」
 説得というよりも最後通告じみたセリフだったが、なにやら町の様子が遠目でわかるほど慌ただしくなったところを見るとそれなりに効果はあったのだろう。
 さて、どうでるか。

 リュス・リクス・リニク(ga6209)、オットー・メララ(ga7255)、小鳥遊神楽(ga3319)は町に潜入していた。
 警戒しているかと思われたが、町の警備状況はまるでざるだった。
 確かにあちこちに武器を持った男たちがたむろしていたが、敵に備える様子もなくただ意味もなく武器を振り回しては子供のように喜んでいるだけだった。町の人間は家の中で息を潜めており、外へ出てくる様子がない。
 元々城塞都市というわけでもないただの小さな町なので進入しようと思えばどこからでも入れたし、脱出しようと思えば道はいくらでもあった。
 ましてやそこにいる傭兵崩れはまるでお祭りに参加しているような緊張感のなさだったので町の封鎖などやってはいない。指揮官がいないただの寄せ集めなため統率がとれていないのだ。
 そのため外から最後通告ともとれる説得の言葉が投げかけられると、いままでおおきな顔で威勢のいいことをいって騒いでいた傭兵崩れたちは途端に顔色を変えて周囲のものとこれからどうするか相談をはじめた。
 もし大部隊が討伐に来るなどといってやれば即座に逃げ散ってしまうだろうと思えるほどの戦意のなさだった。
「こいつらなんのために集まったのよ?」
 小鳥遊神楽が思わずそう呆れるほど、彼らには目的意識や組織だった行動力がなかった。しょせん能力者が町を乗っ取ったと聞いて、ろくになにも考えずに集まった連中なので先への考えもなければ目の前の事態への行動方針もなかった。
 周囲に目を光らせていると一人二人と集まってごそごそ相談したあと人目をはばかるように路地裏に消えていく集団がいくつも見られた。おそらくそうそうに町を脱出するつもりなのだろう。
 彼らは脅威とはならない。あとは血気にはやる馬鹿がでないことに注意すればいい。

 風代 律子(ga7966)は拍子抜けしていた。
 敵の捕虜になる覚悟で乗り込んできたのに傭兵崩れたちは彼女が能力者だとわかると腰を抜かしかねない勢いで逃げ出した。ようやく一人つかまえてアルバートの居場所へ案内させようとしたが泣きながら命乞いをされ、同行は拒否された。散々脅したりなだめたりしてみたがらちがあかず仕方がないから居場所だけ聞いて解放した。
 どうやらここの傭兵崩れは能力者をよほど恐れているらしい。
「彼がなにかやったのかしら」
 もくろみがあっさり崩れてため息をつきながら、風代律子はアルバートのいるという屋敷にやってきた。
 別段普通の屋敷だった。
 これよりもっとおおきく豪勢な屋敷は他にいくらでもあるだろうに、ごく普通の小さな商家が住んでいそうな屋敷になぜ町を占拠した男がいるのかよくわからなかった。
 玄関をノックすると使用人らしい女性が出てきた。
「ここにアルバートという能力者がいると聞いてきたのだけど」
「はい、あの方ならロビーにおられます」
 町を占拠した男に恐怖するわけでも嫌悪をみせるでもなく若い使用人はうなずいた。
 その様子に風代律子は疑問を感じた。
「あなたは逃げなかったの?」
 あげく町を占拠した男の屋敷にいる。脅されているようにも見えなかった。
「はい、あの方は私のようなものには危害は加えませんから」
 どういうことかと問うと、彼が殺したのはあくまで彼を殺そうとして武器を向けたものだけであるらしい。
 それ以外のものにはなんの危害も加えていないどころか勝手に集まってきたならず者にも町の人間に危害を加えるなと厳命し、それを破ったものを処刑するほどだという。
「あの連中も悪いのです。高額な報酬を約束してあの方を雇っておきながら、キメラが退治されると報酬を出し渋ったあげく銃で脅して彼を追い出そうとしたのですから」
 殺されたのはそういった連中だけで、町の人間が虐殺されたというのはどうやら誇張に話がふくらんだ結果らしい。
 これなら説得することもできるのではないだろうかと風代律子は考えた。どうやら相手はある程度理性的な人物であるようだった。
 使用人に案内されて、ロビーに入るとソファーでくつろいでいた男は待ちくたびれたといいたげに閉じていた目を開いてこちらを見つめた。
「ようやく来たか、討伐人」
 ソファーから腰を上げ、歩きだす。
 風代律子がなにか言いだすよりもはやくアルバートは口を開いた。
「外が騒がしくてしかたがない。俺が町を出れば町の馬鹿騒ぎは収まるだろう。それで文句はないだろう?」
 ついてこいと、アルバートはさっさと屋敷をあとにした。その後ろ姿に使用人の女性は静かに頭を下げた。そして風代律子に小さくささやいた。
「あの方は死ぬおつもりです」
 問い返すと「それが自分の役割なのだとおっしゃっていました」と続けた。
「どうかあの方を救ってください。非はこちらにもあるのです。あの方だけが責任を負わされることはありません」
 アルバートの後を追う風代律子に使用人の女性は深々と願うように頭を下げた。

 アルバートが討伐にきた能力者と共に町を出た。
 その情報はあっという間に町にたむろしていた傭兵崩れたちの間に広まった。
 頼みの能力者が真っ先に敵に降伏したようなものだった。
 傭兵崩れたちは本格的な討伐体制が整わないうちに、町を脱出すべきだと考え、我先に町を逃げ出した。
 ナレイン・フェルド(ga0506)は赤村咲と町に潜入し行動を共にしていたが、どう行動すべきか悩んだ。
 町に残って傭兵崩れたちが町の人間に危害を加えないように見張るべきか、アルバートを追うか。
 アルバートは町の外に行ったらしい。外から説得していた秋月祐介たちのもとへ向かっているらしい。
 もし戦闘になったら風代律子を加えて三人で戦うことになる。手薄ではないか。
 アルバート自身が町を出るという状況は想定していない。
 三人では逃げられてしまうかもしれない。
 かといってこの混乱のなかで町の人間に乱暴を働く輩がいないとも限らない。
「民間人の安全確保も大事ですよ。アルバートさんのことはあちらに任せましょう」
 赤村咲はそういった。
 ナレイン・フェルドはうなずくしかなかった。

 オットー・メララ、リュス・リクス・リニク、小鳥遊神楽も我先に逃げ出そうとする傭兵崩れたちが民間人に危害を加えないかが気がかりで動けなかった。
 
 秋月祐介、空間明衣はアルバートと彼を連れてきた風代律子を迎えた。
「三人か、ずいぶん少ないな。残りは町の方か?」
 アルバートは三人の顔を順に眺めてからたずねた。
「町の住人の安全を確保しています」
 秋月祐介が答えるとアルバートは鼻で笑った。
「馬鹿馬鹿しい。あんな連中になにができる? 今頃命惜しさに逃げることで頭がいっぱいだ。なにかをやらかす余裕などない。それで俺の方を手薄にしたのでは本末転倒だ。おまえたちの任務は俺の討伐だろうに」
「討伐ではなく説得でありたいと思います。どうか降伏してください」
 アルバートは意外そうな顔をした。
「説得だと? 俺に処刑されるために降伏しろというのか?」
「命は保証します」
「その命を保証する対価はなんだ? 研究用の実験体にでもなるのか? それとも死ぬまで使い続けられる便利な兵士になれとでもいうつもりか?」
「それは‥‥もちろん無条件で許されるわけではありませんが」
 赤村咲から本部の意向は聞いている。ロバート大尉の考えも。
 交渉すべき取引材料そのものが乏しいということを。
「同じことだ。いま死ぬか、散々便利に使われたあげくに死ぬかのちがいだ。おまえならどちらを選ぶ? 人のために身を捨てて戦うか?」
「人の為に戦うかというと否です。自分は、本が好きなんです。世の中には色々な本があり、日々新しい本が生まれてくる。出来るなら、その全てを読んでみたい。その為に‥自分の為に‥戦っているんです。これが正しいかは判りませんが‥」
 この言葉で説得できるものかわからないながらも自分の本心を秋月祐介は語った。彼は本が好きだった。読書狂と呼ばれるほど本が好きだった。
「我々の力は刀や銃器のような武器と一緒だ。使い方次第で凶器にも変わる」
 空間明衣が口を開いた。
「私は初心忘れべからずという言葉を心掛けている。能力者になる時何故なったのかとね。私はバグア侵攻から逃げ延びてきた。ただ逃げるしか出来なかった。その時の悔しい思い、悲しい思いをもうしたくないしさせたくない! その為に能力者になったのだ」
 アルバートはそんな彼女を静かな瞳で見つめていた。
「貴殿も理由があったであろう。やり直さないか? 罪は償わないといけないが貴殿の力を必要とする者らがいる。我々は使われるだけの武器ではないはずだ。自ら動けるのならやり直せるはずだ」
 風代律子がアルバートと向き合った。
「私達から見たら普通の人は弱い存在なのかもしれない。でも、彼等だって唯弱いだけじゃないわ」
 アルバートはなにを言いだすのかと興味深そうに待っていた。
 彼らがいるから、自分たちもまた生きていけるのだと。
 風代律子は心を込めて、その心を届かせようと必死に言葉を続けた。
「彼等を守る事、それは私達を守る事でもあると思う。彼等の幸せは私達の幸せでもあると思うの」
「立派な考えだな」
 ぽつりと呟くアルバートの目には深い悲しみがあった。
「だから、貴方には人を愛する心を持って欲しい」
 風代律子は懸命にアルバートと向き合った。その心を届けようとした。
「貴方は一人ぼっちじゃないわ、少なくともここに貴方を信じている人間がいるのだから。私は、貴方を救いたい‥」
 アルバートは深く息を吐いた。
 風代律子は力強く、その言葉をアルバートに届けた。
「大丈夫、貴方なら出来るわ。怒りを優しさに、絶望を勇気に変える事が」
 しばらく周囲は沈黙に包まれた。
 やがてアルバートは小さく笑った。
「おまえたちはいい奴だよ」
 優しく穏やかな笑いだった。
 三人の顔を順番に見つめる。
 どの顔にも希望があった。不安はあってもそれに負けない力強い輝きがあった。
 彼らは絶望しないだろうか、いつか自分たちの立場に、自分たちを操る人々の思惑に。
 それともだいじょうぶだろうか。
 希望をもってこの力強い輝きと共に困難を乗り越えるだろうか。
「能力者は兵器だ。バグアに対抗できる有効な兵器だ」
 アルバートは静かに呟いた。
「そして兵器は替えがきく。一人二人失っても補充がきく」
 口を挟みかける三人を手で制して言葉を続ける。
「人々のため、世界のため、あるいは自分のため、どんな理由であれ俺たちはそういった連中に利用され便利に使われる。これはいまの状態では仕方のないことだ」
 仕方のないことだと思う。しかし。
「俺にはどうやら才能があったらしい。おかげで能力者なんてものにならされた。初めのうちは納得もできた。戦うためには力がいる。誰かが戦わなければならないと」
 けれどそれが当たり前になっていくと心の奥が重くなってきた。
 なぜ自分が、なぜ自分たちが。危険に真っ先に飛び込み、後ろで安穏としている者たちをまもらなければならないのか。まして感謝されることなどまれだ。能力者なのだから当たり前の役割だといわれ、能力者が自分たち力のないものをまもるのが当然だという。
 感謝などされない。尊敬などされるわけがない。
 ただ利用され、やがてどこかでのたれ死ぬまで使われるのだ。
 便利で強力な兵器として。
「おまえたちはいい奴だ」
 アルバートはもう一度言った。 
「おまえたちならば、俺のようにはならないかもしれない。能力者であることに迷うことなく、その義務を果たすことに疑問を感じず。優秀な兵器として戦い続けられるかもしれない」
 アルバートはそこで皮肉げに笑った。
「俺には無理だ」
 疑問に感じた。理不尽に思った。そして我慢ができなくなった。
「成り行きでこんなことになったがいい機会だと思った。ただ兵器として戦うことに疑問を感じない馬鹿を何人か斬って俺も斬られようと思った」
 管理から抜け出した能力者に生きていく場所などないのだから、死ぬことなどとうに覚悟ができていた。
「だがおまえたちを斬る気は失せた。おまえたちはまだ絶望していない」
 その希望がどこまで続くか、やってみるといい。
 アルバートはふてぶてしく笑った。
「おまえたちの好意に感謝する。感謝ついでに忠告もしてやる」
 コートの中から小型の拳銃をとりだした。
「組織で生きていこうと思ったら疑わないことだ、そして疑われないことだ。はみだしものに手をさしのべて睨まれてはつまらんだろう? なにも考えずにただ従っていればいい。少なくとも役に立つ道具である限りは生きていくことができる」
 つまりは俺なんぞに関わるなということだ。
 拳銃を自分の頭部に向けて、アルバートは引き金を引いた。
 最後に三人の能力者に向けた視線はとてもおだやかで優しかった。まだ幼い弟や妹に向ける兄のような優しさだった。
 希望を胸に秘める後輩たちの将来に思いをはせながらアルバートは自決した。