●リプレイ本文
「でかっ!」
一日案内してくれる能力者たちとはじめてあったときのミナの第一声だった。
心底驚いたらしく、女ばかりの中に一人だけいる男性に視線が釘付けだ。
砕牙 九郎(
ga7366)はそんな年下の少女を怖がらせないようにかがみこんで目線を合わせて挨拶した。
「はじめまして、俺は砕牙九郎だってばよ。よろしくだな」
「は、はじめまして、ミナです」
腰がひけているが視線はそらさない。まるで視線を外した瞬間に襲いかかってくると警戒しているようだった。
姫藤・椿(
ga0372)はクマがウサギに挨拶しているようだと思った。
そのクマは絶対に食わないから、襲わないからと笑顔でいるが。ウサギの方はおっかなびっくりでいまにも背を向けて逃げ出しそうだ。
姫藤・蒲公英(
ga0300)はおずおずと声をかけた。
「だ、だいじょうぶですから、怖い人じゃありませんからだいじょうぶですよ」
「こわくなんかないもん! ただ驚いただけだもん!」
ミナがすごい勢いで反論した。
蒲公英はおもわずごめんなさいと謝りかけるほどすごい剣幕だった。
「こんなのちょっと図体がでかいだけだもの。たいしたことないもん」
驚かしてしまったようだが、怖がられてはいないらしい。
砕牙はほっとしたように立ち上がった。のそりと巨体が立ち上がった瞬間ミナが思わず後ろに身を引いた。
皐月・B・マイア(
ga5514)はぼそりと呟いた。
「アレはどう見ても怖がっているな」
「そうですね。でもすぐなれますよ、きっと」
御崎緋音(
ga8646)比較的楽観的な感想を述べた。
「でも砕牙さんは少し傷ついていますね」
矢場菫(
ga5562)は密かに傷つく仲間を見やって微笑んだ。
あれでも精一杯気をつかったつもりなのに怖がられてはやるせないのだろう。
しかしあの長身巨体のインパクトを相殺するにはまだ足りなかったらしい。
加恋(
ga8052)が心配げに口にする。
「仲良くやっていけるでしょうか?」
「ま、なんとかなるんじゃないかな」
椿は気楽に答えた。
若い女ばかりの集団なので比較的はなやかな雰囲気の一団だった。
椿は紺色のワンピースにデニムのレギンス、足下は気軽にシューズと動きやすい格好をしている。
菫は季節に合わせたワンピース姿で、女性的な雰囲気が強調されていた。
蒲公英はリトルナース姿だった。どうせならもっとおしゃれしてくればいいのにと椿に嘆かれた。
ミナは白のブラウスにチェックのスカートは膝下まで、白いソックスにリボン付きのパンプスという年頃の少女相応のおしゃれ感覚の服装だった。聞いてみると研究所の女性職員たちが選んでくれたらしい。
長い黒髪は薄桃色のリボンで飾られていた。
人見知りはしないタイプなのかミナはそうそうに派遣されてきた女性陣と仲良くなっていた。
女ばかりの集団に入りづらく、砕牙は少し離れた後方を歩いていた。
なにが楽しいのかわからない話題できゃっきゃと喜ぶ女たちをどこか遠くの存在のような目で眺め、砕牙は今日一日の苦労をはやくも悟った。
女の集団の中で孤立したまま今日一日を無事に過ごすこと。
難問だ。
まずはなんとかしてミナと仲良くなることだろうか?
とりあえず機会があったら話しかけてみよう。そうだよくいうじゃないか『気は優しくて力持ち』そう、その路線で行こう。
まずは遊戯施設へ。
小さな遊園地や動物園があり、乗り物に飽きたら動物を見ればいい。
そこそこの規模で乗り物も多い。客足もなかなかのものだ。カップルや家族連れなどもいる。
「あ、コーヒーカップっ。あれに乗らない? くるくる回って楽しいかも〜?」
椿がはしゃいだようにミナを引っ張って乗り物へ連れて行く。ついでのように蒲公英も連れて行かれた。
列に並んですぐに順番が着た。三人でコーヒーカップに座り、ミナが不思議そうに周囲を見ているのに気がついて椿は中央のテーブルをできる限り回すのだと教えた。そう力一杯に回せと!
姉の思惑に気がついた蒲公英が訂正する暇もなくアトラクションはスタートし、素直に信じ込んだミナは力一杯テーブルを回す。
回す、回す、回しまくる!
ぐるんぐるんとコーヒーカップが回転し、ミナは歓声を上げた。
椿は楽しそうに笑っている。
蒲公英はなんとかしてミナを止めようとするが回り続ける世界にはあらがいようもなく、ただひたすら回転する世界の中でぐるぐると目を回していた。
短いようで永遠のような回転する世界が終わり椿は楽しそうに、残り二人はふらふらとコーヒーカップを降りた。
「す、すごかったね。コーヒーカップって」
「ミ、ミナ様、ちょっと回しすぎです〜」
「そうかな〜、すごかったよね〜」
きゅう、ごちん。
二人して目を回してお互いの頭をぶつけ、その場に伸びてしまった。
目を回した二人はジュースとアイスで復活。
再び遊園地内を歩きだす。
ふとミナが家族連れを見つめた。
ミナより少し小さいぐらいの女の子とその両親が手をつないで歩いている。
ミナの目がその家族連れを追う。その目が少し寂しそうに揺れた。
皐月はそんな様子を見て、そっと手をのばした。
「お母さんというわけにはいかないがな」
ミナの小さな手を握る。
年齢的にそう違いはないが、どうもこの少女は幼く見えた。
暮らしが特殊なせいか、あるいはなにか特別な事情があるのかもしれない。
ミナは握られた手をこわごわと握りかえしていたが、やがてうれしそうに微笑んだ。
「ありがとう」
その様子があまりにうれしそうだったので、この子はあまり人とふれあったことがないのではないかと思った。
ジェットコースターに乗って大喜びで大声をだす菫を見て、さぞ楽しいにちがいないと嫌がる蒲公英を連れてミナもジェットコースターに乗った。
が、ジェットコースターが終点についたとき、蒲公英は気を失っていてミナは目を回していた。
「もっと静かなものならいいでしょう?」
加恋は観覧車を勧めた。
ミナと蒲公英の二人を連れて、観覧車に乗る。
だんだんと高くなり、遠くまで伸びていく景色。
ミナは声もなくその風景に見入っていた。
静かに動く観覧車の中で三人はただ目の前に広がる光景を見つめていた。
そこにあるのはどこまでも広くて、美しく、平和な景色だった。
広場でそれぞれ持ち寄ったお弁当を広げて昼食にする。
おせち料理、ミートパイ、アップルタルト、ポテトサラダにサンドウィッチ、その他いろいろ。
「これは、なに?」
変わったおにぎりを指さしてミナがたずねた。
緋音は愛想良く答えた。
「天むすっていうの、名古屋の名物でおにぎりの中にエビの天ぷらが入っているの」
ほー、っと感心したように手にとって見つめる。
「一応私の手作りなの、あんまり自信ないけど良かったら食べて」
自信がないという言葉に一瞬躊躇したが、ミナはかぷりと天ぷら入りおむすびを頬張った。
「うん、おいしい」
その言葉に緋音はにっこり笑った。
「エビフライもあるよ」
「うん」
「ほらほらこっち見て〜、みんな笑って〜」
振り向くとぱしゃりとシャッター音が響いた。
椿がカメラ片手に笑顔で手を振っていた。
いろいろなお弁当を食べ、写真を撮り、おしゃべりを交えての楽しい昼食会だった。
午後からは動物たちにふれあえるコーナーに向かった。
「うさぎさんは、私のお友達なのですよ」
加恋はうれしそうに柵の中に入りウサギを抱きかかえて頬ずりした。
「ほら、うさぎさんだよ〜、触ってみなよ〜」
椿もうれしそうにうさぎを撫でながら、ミナを誘う。
おっかなびっくり柵の中に入ってくるミナに加恋は白いうさぎを手渡した。
「かわいい」
と言いきる前にうさぎが暴れ出し、後ろ足でミナを蹴飛ばして逃げ出した。
「か、かわいくない」
ふーっと猫のように逃げたうさぎをにらみつけるが、うさぎの方は知ったことではないとばかりに平然としている。
「あいつ、嫌い」
逃げ去ったうさぎを指さして憤慨する。
そんなミナに「抱き方が悪い」と皐月はいった。
逃げ去った白いうさぎを抱き上げて、手つきをミナに見せる。
「こうやって抱くんだ。あまりきつくするとうさぎが苦しがる」
優しく抱け、と言いつけてうさぎを渡す。
「ぬいぐるみとはちがう。生き物だから」
不満そうにむくれながらもおっかなびっくりうさぎを受け取る。
見せられたとおり左腕でうさぎの重さを支え、右腕で抱え込むように抱くとうさぎはおとなしく抱かれたままになった。
「だいじょうぶだろう?」
「うん、今度は平気みたい」
打って変わって機嫌が良さそうにミナは笑った。
菫と蒲公英は少し離れたところでうさぎを追いかけて遊んでいる。ミナがそんな二人によっていって自分が抱いているうさぎを自慢しにいく。
そんなミナを緋音は優しい目で見つめていた。
どうやら楽しんでもらえたようだ。
よかった。
女性陣が動物と戯れていた頃、砕牙は一人孤独な戦いを続けていた。実はかなりはじめの頃から戦いは始まっていた。
女ばかりの集団なのでなにかと人の目を引き、中には声をかけようとする不埒な男どもも少なからずいた。
そんな男どもに容赦なくガンを飛ばし、追い払う。
これで何人目だ。今日の俺はかなり人相が悪化しているにちがいない。
そんな風に嘆きながらも、これも唯一の男たる自分の役目と言い聞かせて、へらへら笑いながら近寄ってくる男に殺気のこもった視線を向ける。
ああ、心がすさむ。むこうは乗り物を楽しみ、動物と戯れて癒されているというのにこの差はなんだ?
すっかりふてくされはじめた砕牙に明るい声がかけられた。
「砕牙〜、ほらうさぎ!」
振り向くとうさぎを抱いて、表情を輝かせているミナがいた。
「うさぎ!」
「‥ああ、かわいいな」
そう答えると満足したのかミナがてくてくと去っていく。
ただうさぎを自慢したかったのか、あるいはひょっとして気づかってくれたのだろうか?
もうちょっとがんばろう。
くじけそうだった心があの笑顔で復活した。
遊園地を後にして、一行はショッピングモールにいた。
良さそうな店を物色し、いまはそのうちの一つで試着の最中だ。
白キャップと白シャツに紺のジーンズを着込んだ皐月は少し背筋を伸ばし、凛々しい雰囲気をだしてみた。
きゃいのきゃいのとなかなか評判がいい。
椿は胸元がひらいたワンピース。黒と赤の花柄がプリントされている。
女の子らしくてなかなかよし。
蒲公英は椿がそろえた衣装を身につけていた。ピンク色のワンピースで白いリボンが飾られている。可愛らしい服だ。
もじもじと恥ずかしげにしているが、そこがまた可愛い。
緋音が選んだのは白いワンピース。清純そうなお嬢様な雰囲気だ。
菫は隅でこっそり涙目になっている。
お気に入りの服は見つけた。見つけたのだが胸が入らなかったらしい。
悔しそうに自分の身体を見下ろして拳を握っている。
加恋は自分は着替えに参加せずにいろいろと着替えて楽しんでいる仲間を微笑ましそうに見ている。
いよいよメインのミナの服装となるともめにもめ、ミナはいろいろな服を着る羽目になった。
まずは皐月とそろいの格好。
白いシャツに紺のジーンズ、白いキャップをかぶって二人で並ぶとまるで仲の良い姉妹のようだった。
紺色の上品なワンピース。水玉ドット模様が可愛らしいし、全体的に上品なイメージなので少し大人びて見える。
不思議の国の絵本から抜け出してきたようなアリスルックのエプロンドレス。かわいらしさ倍増。
ゴシックロリータものの黒を基調としたフリルたっぷりのドレス。
まるでお人形のように可愛らしかった。
その中からミナが選んだのは、椿の選んだ紺色のワンピースだった。
「これなら普段も着られそうだし」
確かにエプロンドレスやゴスロリ衣装を普段着るには根性がいるだろう。
おもしろみのない選択だが堅実だ。
それに。
これだと少し大人っぽくみえるから。
そんな理由は口に出さない。
なんとなく恥ずかしいから。
上品な雰囲気のワンピースを着て、すまし顔をつくってみればなかなかのお嬢さまっぷりだ。
「さらさらの黒髪、とってもうらやましいですね〜」
そういう加恋の髪はゆるやかに波打つ天然パーマ。これはこれでふんわり軽い印象で綺麗なのだが、ミナのような癖のない黒髪がうらやましいらしい。
そして丁寧な手つきで新しい服に合わせて髪を結い上げる。
仕上げに購入しておいた髪留めをつけて、完成。
長い髪を一度アップにしてから後ろにながし、落ち着いた色調の髪留めには花の意匠が凝らしてある。
紺色のワンピースの上品な雰囲気とあわさって普段幼く見えるミナを大人びて見せた。
完成品を見て、みんなそれぞれの反応で喜んだ。
なかなかの出来映えだった。
そんな様子を店の隅っこで眺めていた砕牙はぼそりと呟いた。
「女って化けるってほんとだよな」
乗り物で目を回し、うさぎに蹴られてすねていた子供がまるでどこぞのお嬢様だといわんばかりの穏やかな表情で笑っているのだ。
‥おもわず女性不信になりそうだ。
「疲れただろう」
そういって砕牙に差しだされたクレープを受け取ってミナは笑った。
「でもたのしかった」
「そうか」
それはよかった。
すこしほっとした。
それにもう怖がられてもいないようだ。
最初にあったときはどうなるものかと思ったが、なんとかなって良かった。
「わたくしもたのしかったです」
菫もそう笑った。
「また一緒に遊べるといいね」
ミナが少し寂しそうにそういった。
外出許可はそう簡単にでない。ましてや彼女たちは依頼されてきたのだ。友達だから遊んでくれた訳じゃない。
また外出許可がでて、案内役を集めたとしても彼女たちが来るとは限らない。
そんな様子を見て、皐月は少しためらったあと思い切って口に出した。
「何時かまた会えたらいいな。それは‥今日の記念‥だ。大切にしてくれな‥‥‥元気でな、ミナ」
言葉と一緒にこねこのぬいぐるみを差しだした。
ミナはぬいぐるみを受け取ると、ゆっくりといままで見せたことのない儚げな微笑を浮かべた。
「もう一度、またみんなと遊ぼうね」
かなわないかもしれない。
二度と巡り会うこともないかもしれない。
それでもいうべき言葉は変わらない。
もう一度、みんなで。
そのくらい今日この日が、とても楽しかったから。
もう一度と願うくらいに、楽しかったから。