タイトル:囚われのトンプソンマスター:神木 まこと

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/20 04:59

●オープニング本文


 ある日町をキメラが襲った。
 その日、陽気の中をのんびりお散歩していた少女はキメラから逃れようと大人も顔負けの逃げ足でその場を脱出するも、人波に揉まれ盟友トンプソン三世とはぐれてしまう。
 そして少女は見た。
 憎たらしい犬っころもどきがその口に彼女の盟友トンプソン三世をくわえていることを!
 でかい犬っころもどきはそんな少女をあざ笑うようにトンプソン三世を連れ去ってしまう。
 力ない少女には、それを止めることなどできるはずもなかった。
 そして数日、少女は決意した。
 盟友トンプソン三世。
 彼を取り戻すために、少女はいま戦士になろうと。
 サバイバルゲームマニアの兄貴の部屋から各種武装をちょろまかし、準備万端いざ出撃!
「なにをやっているビアンカ。新しい遊びかい?」
 いきなり発見されてしまった。
 しかも上の兄様だ。
 下の兄貴ならいくらでも言いくるめられるが、上の兄様に口で勝つのは不可能だ。
 三兄妹の末っ子。ビアンカ・アンブラー十歳はあっという間に進退窮まった。
「トンプソンを取り戻すんです!」
 一応自己主張してみる。
 すると上の兄、アンフィニーは納得したようにうなずいた。
「この間なくしたあのクマかい?」
「そうです! 取り戻すのです。これは聖戦なのです!」
「あれはキメラに持っていかれたって言っていなかったかい? さんざん泣いてごねて、父上が新しいのを勝ってくれると約束したはずだけど」
「トンプソンでないとだめなのです! あのふかふかがないと夜ぐっすり眠れないのです!」
 毎日お気に入りのぬいぐるみを抱いて眠っている妹の主張にアンフィニーはなるほどとうなずいて見せた。
「で、そんなものを持ってどこに殴り込むつもりなんだい?」
「ですからトンプソンを取り戻すのです! 聖戦です! つまり神様はきっと守ってくれるのです!」
「それでキメラと戦うつもりなのかい?」
 妹が全身に装備している武器類を見てアンフィニーは密かにあきれた。
 背中にバズーカ砲のようなものを背負い、両手にマシンガンを持ち、腰には拳銃を差している。さらになにやら中身のつまったリュックを背負い、よく見ると腰にはさらに手榴弾っぽいものまでつられていた。
 見た目だけなら重武装だが、十歳の子供が背負えるようなものが本物であるわけもなく、すべてサバイバルゲーム用のおもちゃだ。まああの馬鹿がなにやら細工しているかもしれないが悪ガキどもには通用してもキメラに通じるほど強力な改造は、まさかあの馬鹿にもできないだろう。
 それができたらすごいどころではないが、やりそうで怖いところが兄をして馬鹿と呼ばせるほどのぶっ飛んだ弟なのだ。
「無理じゃないのかい?」
「敢闘精神があればあらゆる敵は粉砕できるのです!」
 そんな精神論をぶち上げられても。
 子供の割に映画などが好きなので難しい言葉も知っている賢い妹だった。
 うんうんとうなずきとりあえず理解を見せた後、アンフィニーは笑顔でビアンカの頭をなでた。
「ビアンカ、僕の怒るところがそんなにみたいのかい?」
 びくっぅ。ビアンカが恐怖に震える。三兄妹に君臨する長兄は笑顔のまま続ける。
「あんまりわがままをいうと僕も怒っちゃうよ? ビアンカを泣かせたくないんだけどな?」
「トンプソンをたすけに‥」
 声が震える。笑顔の兄、その目は限りなく冷ややかだ。怖い。
「うんうん、それはそれは‥聞き分けのないことだね」
 優しくなでていた大きな手がビアンカの小さい頭を握りつぶすようにぎりぎりと締め上げてくる。
「きゃああああ、ぼ、暴力はいけません。神様は話し合いを望んでいます!」
 君臨する暴君、長兄アンフィニーは笑顔のまま首をかしげた。
「暴力、これが暴力かい? こんなものはまだまだ暴力のはっしこにも値しないよ。知っていると思うけど僕はかわいい妹のしつけのためなら体罰大歓迎だぞ?」
「しかしトンプソンが!」
「ああ、何となく今日はビアンカのお尻を力一杯殴りたい気分になってきたよ。明日椅子に座れなくなってもいいかい?」
「ゆるしてお兄様!」
 真っ赤にお尻を腫らし椅子に座ることもできずにベッドに寝転び尻を冷やされている自分の姿を想像してビアンカは悲鳴を上げた。十歳にもなって恥ずかしすぎる姿だ。およそ少女にとって過酷な罰だった。
 少女の聖戦、その第一次侵攻作戦はこうして潰えた。
 しかし。
「まぁ、気落ちすることはないよ。あのキメラを退治するために能力者を呼んだらしいし」
「しかし能力者はキメラを退治してもトンプソンを救出してはくれないのです‥」
「頼めばいいじゃないか」
 こともなげにこの兄はいう。
「ついでにキメラの持っていったぬいぐるみを探してほしいって」
「引き受けてくれるでしょうか」
「ああ、こういってやればいいんだ。もし引き受けなかったら今すぐ大人たちのもとへ駆け込み、よそ者の能力者にいたずらされそうになったと泣いて訴えるといってやれ。泣き真似は得意だろう。我が妹よ」
 にやりと悪党っぽく笑う。しかし十歳の妹に何を言わせる気だ?
「あ、悪党のすることです。それは脅迫なのです」
 年の割に賢い妹はその意味を察し、批判的に言い返す。しかし妹の非難など、この兄にはそよ風ほどの意味もない。
「よし僕も協力しよう。もし能力者たちがビアンカの要求を蹴った場合。知り合いの女性たちに頼んで能力者たちに痴漢行為をされたと言いふらしてもらおう。複数の被害者がでればもう言い逃れはできないだろうな」
 この長兄の恐ろしいところはこういう容赦のないところだ。実の妹でも本気で怒らせれば玄関先につるされる。下の兄貴は首だけ残して庭に埋められたことがある。
「いいかい、いつも父上をたらし込んでいる演技力があれば能力者なんていちころだ」
 優しそうに兄は笑った。
 そうすれば能力者たちは必死になってぬいぐるみを探すだろうと。
 しかしビアンカは、それならばとひらめくものがあった。
 不覚にもアンフィニーはそれに気がつかなかった。

 後日、能力者たちのまえにでたビアンカはこう宣言した。
「わたしをあのクソ犬っころ退治に連れて行きなさい。トンプソン三世を救出するのです!」
 あの日のように全身に武器を装備した姿で十歳の少女は能力者に要求した。
 探してこい、ではなくつれていけである。
 どうやら彼女は自分が陣頭指揮をとらなければ気が済まないタイプの人間のようだ。
 もし要求をのまなければと兄のとる処置を伝え、自分もあなたたちにいたずらされたと大人たちに訴えると。
「これは聖戦です! なにがなんでもトンプソン三世を救出するのです!」
 こうしてビアンカの聖戦は能力者たちをおのれが兵士とし、第二次攻勢へと出撃していった。

 その頃のトンプソン三世は。
 町外れの廃屋で猛獣のようなキメラの腹にしかれてクッション代わりになっていた。

●参加者一覧

ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
旭(ga6764
26歳・♂・AA
ジーン・SB(ga8197
13歳・♀・EP
優(ga8480
23歳・♀・DF
御崎 緋音(ga8646
21歳・♀・JG
筍・佳織(ga8765
18歳・♀・EP
古郡・聡子(ga9099
11歳・♀・EL

●リプレイ本文

 さぞかし迷惑がり、しぶしぶと引き受けるだろうと踏んでいたのだが予想に反して能力者たちは結構乗り気であった。
「我らが身命を賭してでも必ずや同志トンプソンを悪軍キメラの魔手より奪還しましょー!」
 筍・佳織(ga8765)が上限なしのハイテンションで拳を振りあげる。
 元気な人だ。
 やたらやる気にあふれていて、なんというかこちらが圧倒されるほど元気だ。
「ビアンカ司令、我らにお任せください! 私は救出任務においてもエキスパートであります! 必ずやトンプソンを救出いたします!」
 礼儀正しく、かつ気合いの入った言葉。
 ジーン・SB(ga8197
 ちっこいし、年齢的にビアンカより少し上なだけの少女だが能力者だ。
 いつの間にかビアンカは司令官に任命され、彼女はその護衛兼副官になっている。
 彼女と先ほどの佳織の二人がビアンカの直属の護衛役らしい。
 脅迫されたという事実はもはや忘却されたかのように能力者たちは好意的かつ意欲十分だった。
 これなら素直に普通に頼めばよかったかな。そうビアンカが思ったほどだ。
 彼らとの間で作戦会議が開かれたとき、真っ先にビアンカは即時強襲を提案した。
「いや、キメラを誘き出すために餌を用意したい。一度町に戻ってその準備をしたいのだが」
 低い淡々とした声でそう意見する青年の言葉にビアンカはうなずくことはしなかった。
 即時強襲の一点張りだ。
 意見を強く否定され、弱り果てたホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)は少し考えた後こういってみた。
「トンプソンの安全のためにそうした方がいいのだが」
 ホアキンはいう。
 キメラがもしトンプソンのそばにいたならそこで戦闘すればトンプソンに被害が及ぶ。
 ならば、キメラをそこから引き離し戦った方がよい。
 うっとうめいて心理的に後ずさる。
 その理屈はビアンカにもよくわかった。
 まったくもって正しい。
 しかし状況がそれを許さないのだといいたい。
 ビアンカのキメラ退治への同行はビアンカの独断だ。
 もしうかうか町に戻ったりすれば、おそらく今頃妹の不在から状況を察知した上の兄の異常に広くて速い情報網に引っかかり、捕まったあげく家に閉じ込められるだろう。
 ビアンカが町に戻らなくても、能力者たちが兄に捕まれば、おそらく兄は妹を同行させないように依頼するだろう。
 子供の無茶な依頼と、保護者の常識的依頼。どちらが優先されるかは明白だ。
 いまはやる気になっている能力者たちだが、あの兄に説得されればおそらくビアンカを町に残すことを承知するだろう。というか承知しなければ今度こそ兄は直接能力者たちを脅迫するに違いなく、それを拒絶してまで彼らが自分につきあってくれるかはなはだ疑問だ。
 ビアンカの結論は、誰一人町に戻ることなく、かつ万が一ビアンカを連れ戻すために兄が追っ手を放とうとも追いつけない速度で進撃し、とにかくトンプソンを奪取しなければならないというものだった。
 ビアンカの頭の中ではそういう図式ができあがっていたが、それを素直にいえない。
 いえばこの気のいい能力者たちにそういう方法もあると教えるようなものだ。
 一度町に戻り、ビアンカを兄に預け、自分たちは足手まとい抜きにキメラ退治にいく。ついでにトンプソンを拾ってくる。
 どう考えてもそうなりそうなので、ビアンカはとにかく進撃を主張するしかない。
 突撃しか知らない単細胞将軍のようにわめきながら、それでもキメラを誘い出す案は正しいと思うので他に手がないものかと必死に考えていた。
「おとりをだすのはどうだろう?」
 進撃を主張して譲らないビアンカに緋室 神音(ga3576)が意見した。
 そして取り出したのは犬のぬいぐるみ。ふかふかもこもこそうで、なかなかかわいらしい。
 そして旭(ga6764)もいう。
「餌がだめなら、銃声で誘き出したらどうかな?」
 ぽんぽんと小銃をたたく。
 それだとビアンカは決断した。
 町に戻らなくてすむし、トンプソンからキメラを離れさせ、その気になればその隙に救出もできる。よいアイデアだと思った。
 作戦がおおよそ決まると、優(ga8480)がひどく真面目な顔でビアンカに向かって忠告した。
「一緒に行動する以上、あなたにも仲間としての責任があります。その行動が仲間を危険にさらすこともあります。くれぐれも軽率な行動は慎んでください」
 むかっときた。
 おそらくおもちゃとはいえ銃器持参でやってきたビアンカが無茶な行動に出ないようにということなのだろうが、ビアンカも馬鹿ではない。
 単独で向かうならともかく、せっかくキメラ退治の専門家を味方にしたのだから彼らに任せた方がいいというくらいの分別はある。
 自分がありったけの弾をばらまくよりも本職の一撃の方がはるかに確実だ。
 むかむか。
 なにか言い返してやろうと口を開くが、御崎緋音(ga8646)が機先を制してビアンカの肩に触れた。
「ビアンカちゃんが怪我なんてしないように、私たちもがんばるからね」
 要は彼女の忠告は「足手まといになるな」ではなく「無茶をして怪我などしないように」という気遣いなのだといいたいのだろうとビアンカは察した。
 いささか不満だが、彼らにしてみれば子供を連れていったあげく怪我をさせたら立場がないだろうと考えてうなずいた。
「そうそう! ビアンカちゃんはあたしが身体を張って守ってあげるわ!」
 佳織がプロテクトシールド片手にそう請け負えば、
「ビアンカ司令の身に傷一つつけません! 自分は護衛役でもエキスパートであります!」
 ジーンがまるで上官に対するようにしゃちほこばって敬礼して見せた。
「このみなさんが一緒ならきっとだいじょうぶですよ。かならずトンプソンを取りもどして見せます」
 古郡・聡子(ga9099)もそういって優しくほほえみかけた。
 かくしてトンプソン奪還のため、ビアンカ率いる能力者たちの一団はキメラの目撃情報のある町外れの廃屋へと向かった。

 道中、歳の近い聡子とおしゃべりし、ついでのように銃器の心得なども聞いた。そのときには緋音も加わって、素人のビアンカに銃の使い方を説明する。
 なんとなく銃口を向けて引き金を引けばよいと考えていたビアンカに二人はわかりやすく説明した。
「いい? 敵が目の前にいるからって勢いに任せて無闇に撃ってもダメ。きちんと狙って、一発ずつ撃つのよ?」
 緋音の言葉になぜと問えば、
 無闇に撃てば味方に当たるかもしれない。それに弾の無駄遣いにもなる。しっかり狙って撃てばとりあえず当たると説明された。
 なるほどとうなずくと、それならば連射式のマシンガンタイプよりもこのやたら大きいバズーカの方がいいかななどと考えた。
 下の兄が好奇心優先で開発した威力重視のスペシャル仕様の中でもおそらく最大の火力を持っているはずだ。
 なぜならでかくて重いから。
 そういうと二人は困ったように顔を見合わせた。
「あのね、ビアンカさん。威力の大きい銃は反動もすごいんです」
 聡子がいう。
 もしそれが本当にすごい威力を持っているとしたら、銃の撃ち方など知らず、体重も軽い、腕の力もないビアンカなど反動でひっくり返るかもしれないとなるべくやさしく説明した。
 名残惜しげにおっきくて重いバズーカ砲もどきを眺めて、仕方なく片手でもてるマシンガンを構えてみる。
 歩きながら狙いの付け方、銃の構え方の簡単なレクチャーを受ける。
 下の兄貴がこんなことをやっていたなぁと思いながら、いわれたとおり構えてみる。
 まぁ、これだけ専門家がそろっていれば自分が銃を使う機会などないだろうと思う。
 身を守るにしても護衛役を務めてくれるジーンと佳織がいる。二人はやる気十分でおそらくキメラからも守ってくれるだろう。銃を使う必要などない。
 様子を見ている限り、キメラを倒すにしてもビアンカの銃などより彼らの方がずっと頼もしそうだ。やる気十分だし、トンプソンのことも気にかけてくれるようだ。
 おそらく銃など必要ではない。
 キメラも彼らにとってそれほど強敵というわけではなさそうだし、後は足手まといにさえならなければおそらくキメラは退治され、トンプソンも無事取り返すことができるだろう。
 信頼できる人たちでよかった。

 町外れの廃屋は、小さな一軒家だった。
 優はその周辺を偵察し、周辺に他に建物がないことなどを確認した。
 人が住まなくなって久しいらしくて薄汚れ、扉や窓は破れて雨風が吹き付けられた。
 屋敷の中になにか大きな生き物の気配を感じた。おそらくキメラがいる。
 まず神音が玄関外に犬のぬいぐるみを置く。
 そして家の裏手に回る。キメラが外へ出たら突入してトンプソンを救出する役だ。
 事前に優がトンプソンの外見をたずねていた。
「大きな熊のぬいぐるみ。ふかふかで抱き心地がいいの」
 抱き心地は関係ない。
「写真とかない?」
「家に帰ればあるけど、いまはない」
 ついでにいえば帰れない。だから見せられないと断られた。
 見ればおそらくわかるだろうと神音は配置についた。
 廃屋から少し離れた場所に本陣としてビアンカが陣取る。右手にマシンガン、左手に背中のリュックにしまってあった旗を掲げている。その両脇をジーンと佳織が固め、いざとなったらビアンカの前に出てキメラへの盾となる構えだ。その両翼に緋音と聡子が遠距離攻撃の体制を整える。
 前衛はホアキン、旭、優がつとめる。トンプソン救出を果たしたら神音も合流する。
「配置、完了しました!」
 ジーンがビアンカへ報告した。
 ビアンカは一つうなずくと左手の旗を振り回した。青地に白のストライプの入った下の兄貴のサバイバルゲームチームの旗だ。
「それでは作戦開始!」
「作戦開始!」
 ビアンカの言葉をジーンが復唱する。
 勢いよく振られる青い旗。
 それを見た旭が小銃を玄関に向けて撃ち込む。
 敵襲を知ったキメラが窓を破って外へ飛び出してきた。
 ホアキンが素早くキメラと廃屋の間に入り込み退路を断ち、トンプソンと分断する。
 優はキメラとビアンカの間に入るように立ちはだかる。
 旭がキメラの側面に回り込み、これでキメラの包囲が完成する。
 ジーンと佳織がビアンカの前に出て防御を固める。
 両翼から聡子と緋音がキメラに狙いを定める。
「ビアンカちゃん! トンプソンを無事発見したって!」
 不意にトランシーバーからの声に佳織ははしゃぎながらビアンカに伝えた。
 ビアンカは表情をほころばせると、右手のマシンガンを捨てて両手で旗を振る。
「後はクソ犬っころをぶちのめすだけ! みんながんばって!」
 声援をうけ、キメラを包囲していた三人が動いた。
 ホアキンが素早く動き、キメラの口の中にソードを突き込む。
 優がキメラの側面に回り込みつつ一撃を加える。
 旭のもつ蛍火が赤い輝きを放ち、キメラの毛皮を斬り裂く。
 三人の連携された波状攻撃。
 常人なら強敵であろうキメラが能力者たちの手にかかればこうもたやすく倒されてしまう。ビアンカは能力者というものに感動した。
 そんなビアンカの目の前にいささか薄汚れた熊のぬいぐるみが差し出される。
 見上げると神音が笑いかけていた。
「少し汚れちゃっているけど」
「ありがとう! みんなありがとう」
 帰ってきたトンプソン三世を抱きしめてビアンカは涙を浮かべて礼を言った。

 右手にトンプソン、左手に神音からもらった犬のぬいぐるみ、命名トミー一世。
 そして佳織に肩車してもらっての帰還だった。
 聡子と仲良くぬいぐるみなどについておしゃべりし、能力者のすごさを興奮気味にしゃべっていた。
 あのあとジーンが廃屋を調査したら、キメラがすんでいたらしき部屋には毛布やらクッションやらが集められており、どうやらあのキメラはふわふわもこもこしたものが好きだったのかもしれないと考えられた。
 ぬいぐるみの犠牲一号がトンプソンだったらしく他にぬいぐるみは見あたらなかった。
 家まで送ってもらうと笑顔のアンフィニーが待っていた。
「兄様! トンプソンを取りもどしました!」
 喜色満面駆け寄るビアンカ。
 兄は優しい笑顔で拳を握り、右手を大きく振りあげた。
「ぼへ!」
 ビアンカの眉間にアンフィニーの拳が突き刺さる。
 地面を転がり目を回す妹に恐怖の長兄は笑顔のまま。
「誰がキメラ退治に同行しろといった?」
 といった。
 危険物の管理がなっていないという理由で下の兄には鉄拳制裁。
 さらに当事者たるビアンカには。
「ベランダから星でも見上げて一晩反省してもらおうか。準備はできている」
 ベランダから吊されることとなった。
「みなさん、うちのクソガキが迷惑をかけました。なんのお礼もできないのが心苦しい限りですが、どうかお許しください」
 そういって能力者たちに頭を下げるとビアンカを引きずっていく。せめてトンプソンとトミーを回収して、ビアンカは心の底から叫んだ。
「たすけて!」
 キメラからは我が身を張って守ってくれた能力者たち、
 しかし怒りに燃える長兄アンフィニーの脅威にたいして彼らはあまりにも無力。
 引きつり気味の笑顔で手を振られてしまう。
「たすけて! お願いします許して、ちょっとした出来心だったんです! そうなんというか可愛い子供のわがままというかお茶目さんなんです! だからゆーるーしーて〜!」
「黙れクソガキ!」
 ゴツン。拳が脳天に落ちる。
「‥反省しています。ついちょっとした出来心でやりました。関係者の皆様にご迷惑をかけたことを深くお詫びします‥‥」
 家の中へ連れ去られる一日司令官を眺めて、思うところはやはり保護者は怖いという思い。
 ビアンカが厳しい兄の元で立派に成長することを願いつつ、能力者たちは勇ましい一日司令官の家を後にした。