●リプレイ本文
ひんやりとした空気の流れが肌をかすめていく。
明かりのない部屋。一歩先もわからないほどに暗い地下室。
五人は暗闇の中で静かに息をのんだ。
「‥やるよ」
鏑木 硯(
ga0280)の言葉に全員がうなずきを返す。
彼の手にある懐中電灯が獅子のレリーフに向けられた。
緋月(
ga8755)はひそかにどきどきと胸を高鳴らせながらその様子を見つめた。
いろいろと考えてみたが、やはりこの謎を解く手段はこれであるとなかば確信していた。
仲間たちも異論はなく、一見美少女風だが実は男の子である硯の行動を見守っている。
正面の鍵穴、これはすべて真実から目をそらせるまやかしであると考えた。
そして真実は、この暗闇の中で光を受けた鏡が教えてくれるはずだと確信していた。
硯はいった。
「第三の目とは真実の瞳であるらしい」
そして光を持って獅子と対面することを選んだ。
そう、自分たちは鍵を持ちながら、真っ先に鍵を使うことを選ばなかった。
記された言葉は愚者は鍵を使えという。
真実を見るものは光をもって獅子と対面せよ、と。
すべては伝えられた言葉通りのはずだ。
依頼人ベレニス・アスマンは一度ここにたどり着きながらも、その謎がわからずに戻ることを選んだ。
その際にここに記された文章のメモをとっておいた。
その文章と、部屋の状況を伝え聞いた彼女たちはこの方法しかないと考えたのだ。
そしてこの部屋にたどり着いたとき、思案は確信に変わった。
緋月は硯が懐中電灯のスイッチを入れるのを知らず知らず緊張しながら見守る。
そして闇の部屋に光がともった。
その光は壁に飾られた獅子のレリーフを照らし、獅子の眉間が輝く。
眉間の鏡はまるで射貫くように一条の光を放った。
その光は真実を照らす。
その光の先にあるもの、そして鏡に映る真実は‥‥。
依頼を受けてやってきたアスマン邸で五人の能力者はベレニス・アスマンに歓迎された。
依頼人は金色の髪をした穏やかな女性で、つまらないことで呼び出してすみませんと能力者たちに謝った。
「鍵を持ち、財宝を夢見た愚者は迷うことなく鍵を使うがいい。光をもって獅子と対面する賢人は真実をその鏡の中に見るだろう。鍵はただ一つ、偽りの口に手を入れれば食いちぎられ、二度と口を開けることはないだろう。さぁ、夢追う者よ。汝の望みはここにある」
ベレニスの渡したメモには丁寧な筆跡でそのような言葉が記されていた。
たどり着いた小さな小部屋。
正面に三つの鍵穴と見事な彫刻で彫り上げられた獅子のレリーフ。
そしてその眉間に小さな鏡と添えられたメッセージ。
詳しい話をきくうちにM2(
ga8024)は少しあきれたように笑った。
「へぇ‥‥地下道まで作っちゃうって、ある意味凄いというか‥お茶目なじいちゃんだね‥‥」
「そうですねぇ、なんというかとても変わった人でしたから」
ベレニスはそういいながらもうれしそうに祖父の逸話をいくつか語った。
突然「ワシは芸術家になる運命に目覚めた!」と叫んだかと思うと絵画に没頭してみたり、ある日起きたらまるで未踏の遺跡に挑戦する探検家のような格好をして「世界の不思議をこの手で探し出すのだ!」といって一日中町をうろつき回ったり、何とも奇抜な行動の多かった人物らしい。
それでいて憎まれないのは持ち前の人当たりの良さと、なにをやらせてもそこそこうまくこなせる器用さと、底抜けの人の良さのおかげだっただろう。
「楽しいおじいさんだったんだね」
依神 隼瀬(
gb2747)がいうとベレニスはうれしそうにうなずいた。
そんなベレニスにルドルフ・ハウゼン(
gb2885)とM2は地下道の情報を聞き出していた。
地下道はほぼ一本道であり、何度も右に折れ左にまがりとするがどうやら敷地内をぐるぐる回る構造になっているらしいこと。
しっかりとした石造りで、崩落などの危険はなさそうだが照明などは一切ないこと。
いくつか憶えておいた罠の位置を加えた地図をベレニスは記憶と格闘しながら書いてくれた。
なんでも課のロバート・エイムズ大尉から懐中電灯五本とロープとサッカーボール、ついでに「がんばってね」と書かれたメモが渡されていた。
お腹がすいたら食べてくださいとベレニスはサンドイッチをもたせてくれた。
そして五人はアスマン邸の隅っこにある地下道入り口から、ベレニスの祖父の残した謎に挑んでいく。
気分は古代遺跡に潜る、一攫千金を夢見る探検家だ。
「地下の探検? 謎解き? うわ、それ何だかすごく面白そう!」
などとはしゃいでいた隼瀬は安全ヘルメット代わりの野球メットをかぶり、薙刀の先に提灯のようにランタンをぶら下げている。
五人はそれぞれ役割分担して、隼瀬は明かりの確保、M2は先頭を歩いて罠を発見する役目、手に持った棍棒は今日は武器としてではなく探査役として役に立ってくれるはずだ。
硯とルドルフはそれぞれ盾を持って仲間を守る役。
緋月は地図作成。
即席ながらも見事なパーティ構成だった。
「では皆様、いきましょう」
ことさら真面目な顔をして緋月が出発を宣言する。
内心はこれから先になにがあるのかわくわくどきどき、まるでテーマパークに挑むような気分だ。
程度の差こそあれ全員似たようなもので、用心はしているもののどこか楽しげだった。
陽気な返事をあげ、続々と地下道に潜っていく。
そんな能力者を見送りながらベレニスは手を振りながら声をかけた。
「怪我しないように気をつけてくださいね〜」
「うわっち!」
提灯のようにぶら下げていたランタンが先頭を歩くM2の頭にぶつかり、M2は悲鳴を上げた。
「あ、悪い」
隼瀬は軽く謝ったが、またすぐにぶつけそうになり、提灯ランタン案は廃止された。
「うーん、この方法が一番視界を確保できると思ったんだけど‥‥」
方法は悪くないが、武器であり、それなりに重い薙刀の先にランタンをぶら下げれば当然重いし、バランスも悪い。
歩きながらならふらふらしてしまうのは仕方がない。
仕方がないが頭の上にいまにも燃えさかるランタンが落ちてくるのは先頭を歩くM2の心理的にもよくなかった。
「どうせならちょうどいい棒でももらってくればよかったね」
ルドルフはそういってこちらはロバート大尉が首をひねりながら貸し出してきたサッカーボールを手に笑う。
「‥それはなにに使うの?」
無念そうにランタンを普通に手でもって隼瀬はたずねた。
「こうするんだよ」
ある程度まっすぐな通路にサッカーボールを転がす。
ころころ。
サッカーボールはそれが使命であるといいたげにどこまでも転がっていき、やがて見えなくなった。
「なんの意味があるの?」
「いや、罠とか発見できるんじゃないかなって」
M2がいう。
「なんのために俺がこうしていると思っているんだい」
地味に棍棒で先の床をたたいているM2がいう。
この作業、地味な上に結構疲れる。
ただ叩いているだけなら楽しいが、そこに罠があるのかどうかと考えながら叩いているとなんというか気疲れしてくるものがあった。
「なんていうか」
硯がふと思いついたように口を開いた。
「探検って結構地味なものなのかもしれないね」
確かに‥‥‥。
全員が何となく同意した。
「でも、ちゃんと気をつけていきましょう。罠があるのは確かなのですから」
緋月が地図を書き込みながら声をかける。
ルドルフがベレニスにもらった地図によるとそろそろ最初の罠があるはず。
「もうすぐ落とし穴ですね」
「任せろ! 必ず発見する」
M2が張り切って棍棒で床をつつく。
こんこんこん。‥カコン。
M2の足が止まる。
空気を察した隼瀬がランタンでM2の棍棒の先を照らす。
「これかな?」
「いかにも開きそうだね」
「いじらない方がいいと思うんだけど‥」
「どんな罠か試した方がいいって」
「だいじょうぶ、ちゃんと支えるから」
硯とルドルフに支えられながらM2がしぶしぶと怪しげな床を蹴りつける。
ぱかっと床が開き、高さ2メートルほどの穴が開いた。
「やっぱり罠はあるんだね」
ルドルフが落とし穴をのぞき込みながら感心したようにいった。
底に剣山があるような凶悪なたぐいの罠ではないが落ちたら怪我ぐらいするだろう。
「気をつけていきましょう」
地図に印をつけて、緋月がいうと全員真面目な顔でうなずいた。
なにが危険はないだろう、だ。
なんでも課の課長の言葉を思い出す。
十分危険だといってやりたい。
隼瀬は落とし穴のあった場所に白いバッテンを書いた。
硯から借りたスプレーを片手にようやく探検らしくなってきたなとも思った。
その後、ベレニスの事前情報とM2の罠探知の努力と硯とルドルフの身体を張った防御のおかげで数々の罠をくぐり抜け、一行は目的の小部屋へとたどり着いた。
五人が入ってもまだ余裕のある広さ。
地下道の終着点では獅子の彫刻と三つの鍵穴、そしてベレニスの祖父からのメッセージが待ち構えていた。
ここに来るまでにすでにベレニスから情報を得て行動を決めていた一行は、改めて室内を見渡し、獅子のレリーフとその額の鏡、三つの鍵穴、プレートの文章などを調べると決断した。
「やりましょう」
緋月の言葉に皆が頷き、隼瀬はランタンの火を吹き消す。各自持っていた懐中電灯も消し、硯がレリーフの正面に立った。
「‥やるよ」
硯が手に持った懐中電灯を獅子のレリーフに向ける。
それぞれ緊張した様子でじっと見守っていた。
「‥‥何が、出てくるのでしょうか‥‥」
緋月のつぶやきがいやに大きく聞こえた。
緋月自身も自分の声に少し驚いた。
それほどこの暗闇の部屋はいま静まりかえっていたのだ。
緊張と不安、それから期待と確信。
これしかないと思った方法だ。自信はある。仲間たちも賛成してくれている。
けれど胸の鼓動がおさまらない。
もし違ったら。
いや、あたっていたとしたら次はどうなるのだろう?
そう考えても胸の鼓動は止まらない。まるで身体の中で小人がダンスしているようだった。
かちり。
懐中電灯のスイッチが入れられる。
暗闇に光に照らし出された獅子のレリーフが浮かび、その額が輝く。
額の鏡から一条の光が走ったような錯覚を感じた。鏡に反射した光は床の一点を指していた。
そこは部屋のおよそ中央だった。
緋月がその場所を調べると床石がふたを開くように開かれ、そこに鍵穴と小さなメッセージが刻まれていた。
「真実を見定めたのならば、鍵を使うがいい」
仲間たちを振り返り、判断を促す。
反対するものがいないようだったので緋月は預かっていた鍵を取り出した。
自分たちは謎を解いてこの鍵穴を見つけた。
真実を見定めたのだ。
ならば鍵を使うことを躊躇する必要はない。メッセージは使えという。真実を見定めたならば使えと。
これでいいはずだ。
呼吸さえ止まったかのように緊張して緋月は鍵穴に鍵をさし込んだ。
カチリと鍵がおさまる。
ゆっくりと鍵を回す。
カチリ。
どこかで音がした。
直後にぐぉんぐぉんとなにかの機械が稼働する音が聞こえ。
直後右手の壁が開きはじめた。
ゆっくりと壁が左右に開いていき。
まぶしい明かりが室内を照らす。
そこにあったのはとても美しいものだった。
正面には大きな絵画が飾られている。
金色の髪をした美しい女性と黒髪の青年が寄り添うように並んでいた。
優しそうな女性はどこかベレニスに似ていて、隣に立つ生真面目な顔をした青年に愛おしげに寄り添っている。
他にも数点、絵画があった。
先ほどの青年によく似た生真面目な金髪の青年。
その青年と一緒に描かれた美しい娘。
そしてまだ小さい金色の髪と青い瞳をした少女。活発なようでやさしげで、どこか穏やかで暖かさを持つ少女。
「我が愛しい孫娘ベレニス‥‥これひょっとして家族の絵?」
隼瀬がそうつぶやいた。
そうだ。ベレニスがいっていた。祖父は一時期絵画に没頭していたと。
おそらくそのときの作品なのだろう。
部屋の隅には金庫があり、その上には封筒が置かれていた。
宛先は我が愛しの孫ベレニスとあり、送り主は偉大なる祖父クレマン・アスマンとある。
もう一通の封筒はこの場へたどり着いたものへと書かれていた。
少し迷ったが封がされておらず読んでみることにした。
「この手紙をまず最初に我が息子か我が孫娘が読んでくれるのを期待するが、そうでなかったとしても嘆くことはない。
こうして酔狂ものの道楽につきあってくれる人物がいただけでも望外の喜びである。
ここにあるのは私の遺産の一部とそして私の想いである。
金庫の中に遺産はある。
つまらないものだが鍵は息子か孫娘が持っているだろう。こんな書類でも我が子我が孫を幸福にできれば幸せである。
他のものは私が生涯をかけた想いである。
私は裕福な家に生まれ、幸福な一生を終えた。まことに恵まれた人生だったと思う。
そんな私が誇れる幸福な想い。それは金銭でもなければ権利書でもない。
ただあのときの想いであり、その想いを引き継いで生き続けている人々である。
それを私は残した。だがただ残すのではつまらんのでこういう趣向を凝らした。
苦労をかけたと思う。もしかしたら怪我人ぐらいは出たかもしれないな。
だが、その思いもいずれ宝となるだろうことを私は約束しよう。
私はついぞ宝を求めて迷宮をさまよい、謎を解明するような機会に恵まれなかった。まことに無念で仕方がない。
だがあなたはその機会に恵まれた。私は心底、あなたをうらやましく思う。
そして必ずこの想いが生涯の宝になると信じられる。
真実の鍵が開いたことにより、怪物の口は閉じられた、二度とこの地下道の罠が動くことはない。
出口は心配するな。この部屋から外へ出られる。
さぁ、酔狂な探検につきあってくれた好人物たちよ。夢とロマンを求めて旅立つがいい」
手紙はそこで終わっていた。
老人の酔狂につきあわされた好人物たちは、それぞれの表情で振り返り、とりあえず笑い出した。
まったくとんでもない爺さんもいたものだ。
隠し部屋からの出口からでるとそこは屋敷の裏にある小さな物置だった。
内側から鍵かがかけられていて外からは入れないようになっていた。
いまは鍵を外され自由に出入りができる。
あとはベレニスにことの顛末を告げ、封筒を届けるだけだ。
事情を知った彼女はどんな顔をするだろうか。
非常に楽しみだ。